キミじゃないと、ダメなんだ

       〜かぐわしきは 君の… 9

     3



新年早々だけれども、そろそろお屠蘇気分も抜けの、
社会人の皆様は“仕事始め”とあって会社も始まり、
世間様もゆるりと平生のリズムへと戻りつつあって。
それへ合わせたと思うのはちょっと意地悪かもしれないが、
三が日はあんなに穏やかだったものが、
小寒を過ぎた途端に、
いかにも冬ですという重々しい極寒もじわりと忍び寄って来たようで。

 『カイロは持った? 手套は?』
 『うん大丈夫だよ、持ってる。』
 『ああほら、靴下薄くない?』
 『大丈夫だよー。』

今日はイエスが、特撮ファン仲間の皆様とのオフ会を約束しており。
出先で寒い目に遭わぬようにと、
ブッダがあれこれ確認させる構いよう。
子供扱いに近いそれだが、
それだけ“寒い想いをさせたくない”と案じられてるってことだけに、

 『もうもう、ブッダったら
  どれだけ私をときめかせたら気が済むの?////////』

そんなにも心配されちゃったら、
心細いのかなぁって気がして来て、
一人でお留守番なんてさせられなくなっちゃうでしょーっ、と。
切れ長の目許を憂いに翳らせ、
愛しの君を置いてけないよぉと双腕広げて、
伴侶様をぎゅむとその胸へ抱き締めてしまう始末。
ふかふかとすべらかな頬へすりすりと懐きつつ、

 『あああ、離れがたいよぉ〜〜vv』

未練たらたらな言いようをするイエスだったものの、

 『…じゃあ行かないの?』
 『いや、あのその…。///////』

最新ライダーのちょっと微妙な傾向とか、
語らいたい気も満々らしく、

 『ブッダも来る?』
 『う〜ん、私全然判らないしねぇ。』

お互いに夢見るような伏し目がちとなって
とろけるような眼差しで相手をうっとりと見つめつつ…。
そんな短い会話を交わした末に、
行ってらっしゃい、楽しんで来てねと
結構あっさり送り出した…数刻後。
そのブッダもブッダで、
なんと静子さんからの電話で呼び出されてしまい。

 『イエスはいないのですが、構いませんか?』

 『ああ、構わないよ。
  というか、どっちかっていうと
  あんたの方にお願いしたいことがあるんだ。
  今からあたしらンちまで出て来れるかい?
  こっちから行くのが筋なんだろうけど、
  ちょっと手が離せなくてね。すまないけど…。』

 『あ・いえ、伺います。』

それでとお出掛けして行った…その日の夕刻のこと。

 「…あのね、イエス。」
 「なぁに?」

ニンジン、タケノコ、ささがきゴボウに、高野豆腐、
レンコンに ゴマにシイタケにと、
7品目も入っているけど“五目”の
甘辛い具がいっぱい入ったすし飯を詰めた稲荷寿司と。
エノキと絹ごし豆腐のお澄ましに、
ふんわり瑞々しい出し巻き玉子、はじかみつき。
イエスには静子さんから頂いた練り天を、
軽く炙ったのが おろしショウガつきで一皿多く出されており。
香の物には甘酢しょうがに べったら漬けという。
予告なしに大好物だった晩ご飯を前にして、
ワクワクのイエスだったのへ。

 「えっと…。////////」

何か告げたそうな、でもでも、
それへは えいという思い切りが要るものか。
お箸も取らず、両手はお膝の上で閉じたり開いたりという、
いかにも躊躇しているような素振りを示すブッダであり。
微妙に含羞みつつ…というか、
信条として迷いを嫌っておいでなはずの彼が、
なかなか言い出し切れずにもじもじしているものだから、

 「…どうしたの?」

わぁいと、まずは御馳走へ目が眩んでいたイエスだが、
そこはさすがに“あれれぇ?”と不審を感じもするというところ。

 「こんな御馳走だったことといい、
  何か言いたそうなのに、でも言えないでいる態度といい。」

 「う…。//////」

見たままを言っただけだというに、
やだ、ちょっと場の空気を繕ったところからしてバレバレ?と、
視線をちらと上げてから、頬を赤くする辺り。
話すのが辛くて言えないっていう代物では なさそうな…と
ぼんやりと推察したのとほぼ同時、

 「あっ、まさかまさかっ、君もしかして…。/////」

別の何かが彼の内にて勢いよく閃いたらしく、
その衝動に 他でもないご当人が弾かれたものか。
だとしたら やややビックリと、
早くも驚きの表情になってしまってたイエスだったのへ、

 「いや、あのその…。/////////」

いやん何でもう判ったのー///////と、
ますますと赤らめた頬を、困ったように照れつつも
そのまろやかな両手で覆ってしまったブッダ様であり。

 「もしかして“おめでた”だとか。」
 「…おいおい。」

不謹慎かもと思ったのですが、鉄板ですので一応 言わせてみました。
いくら何でも、そりゃなかろうと。
冷静にツッコミを返したところでちょっとは落ち着けたようで、

 「そうじゃなくって。」

なだらかな肩をすとんと落とし、ほうと一息ついてから、
実は今日、イエスとは別口のお出掛けをしていたのと、
そこからの説明を始める釈迦牟尼様。

 「呼び出されたの? 静子さんに?」

主夫と主婦という間柄にて仲のいい二人だから、
さては 何かお値打ちもののまとめ買いとかの相談かしらと。
そのくらいはイエス様も御存知な、
最近流行の大型業務用スーパーのあれこれを思い起こしておれば、

 「あのね、市民マラソンってほどじゃないんだけど、
  ハッスル商店街と川向こうの商店街との合同主催で、
  大寒マラソン大会っていうのがあるんだって。」

毎年開催されてたらしくて、
ただコースが川向こう側だったんで、
なかなか気がつけなかったみたいでねという、訥々とした説明が続き。

 「いろんなコースがあって、
  コースに配置する人手の関係で、フルマラソンは一般男性だけ。
  あとは、お子様向けとか21.1キロのハーフマラソンとか、
  女性の10キロマラソンとかに 分かれてるんだけど。
  それへ静子さんが出るっていうんで、
  ……あのその、
  一緒に参加しないかって誘われちゃったの。///////」

 「…おや。」

毎年 随分と効率よく催されていて、
子供たちの1キロマラソンのあと、大人の分が始まるんだけれど、
ビブスで色分けされるだけで、スタートはほぼ同時なんだって。

 「それで…あのね?
  私も出場しちゃっても、いいかなぁ?」

出てもいいかという訊き方ではあるが、
保護者の許可がいる年齢でもあるまいに、
もう静子さんへはお返事しているのだろうブッダなのも伺えたし。
それより何より、

 「凄いじゃない。もちろん走るんでしょ?」
 「いいの?」
 「いいに決まってるでしょーvv」

どうして参加しないの? 出ればいいのにと、
さんざん残念がってたイエスなので、参加するという話には大賛成。
満面の笑みでそうと応じたヨシュア様ではあったれど、

 「あ、でもあの私は………応援に回るからネ?///////」

体力も根気もないから、自分は参加なんて無理と。
あまりに判り切ってることなれど。
それこそ、
ああまで薦めるようなお言いようをしておきながら
そのご当人はこの爲軆…というのが恥ずかしく思うのか。
さすがに照れたのだろう、視線を泳がせつつの、
ちょっぴり尻すぼみな言いようになったイエスなのが可愛くて、

 「うん、いっぱい応援してね?///////」

それへと今度はブッダの側が、
思い切りくっきりと笑って言い返し。
やっと胸の閊えが降りたと伺わせる、
そりゃあ いい笑顔になって見せ、
いただきますと手を合わせ、自分も箸をとって食べ始める。
ああまで“マラソンは やらないから”と言った以上、
それなのに打って変わっての“これ”って流れは、
ちょっと何だか気まずいなと思っていたらしい、
そんな彼なのがありありしていて。

 “生真面目なんだから、もーvv/////////”

何への筋なんだか、
それでも通さなきゃいかんのではと思ったらしい堅物なところへと。
こっちはこっちで微笑ましいなと感じてのこと、
そこへの苦笑が絶えなかったイエスだったものの、

 「…あ、でも。」

自分も良いつやの出た油揚にくるまれたお稲荷さんを一つ、
危なげなく箸で摘まみつつ、ふと彼が思い出したのは、

 「竜二さんはどうしたの?」

静子さんとは、運動会の父兄参加競技でお顔を合わせた間柄。
その折も、仲良く二人で参加していたほどに、
息の合いようは最強なご夫婦で。
そんな催しなのならば、ご亭主の竜二さんは出ないのかなと。
今になって“あれ?”と気づいたらしいイエスなのへ、

 「うん、それがね。」

私も静子さんに訊いたんだけどと、
そこで やや声を落としたブッダ様。
自宅の居間だというに、陰口のようで気が引けるものか、
随分と声を低めてイエスへと告げたのが、

 「練習中に足を捻挫しちゃったんだって。」
 「ありゃ☆」

そりゃあ張り切っていただけに、
残念だーって落ち込んじゃってるそうで。
静子さんが“手が離せない”としたのは
まだ冬休み中の愛子ちゃんのことではなくて、
負傷したてで、失意のまま床についてた、
竜二さんのことだったくらい。

 「それもあって、
  せめて静子さんが上位入賞して励ましてやりたいって。」

 「そっかぁ。」

静子さんも運動するのは好きみたいだし、
ブッダがペースメイカーも努めるカッコで一緒に走れば、
かなりいい成績が出せそうだものね、と。
話題になって以降、ついつい観る機会も増え、
マラソンへの知識もやや増えたらしいイエス。
これは今から楽しみだねぇと、
ほくほくという いい笑顔になって見せるものだから、

 “えっとぉ…。///////”

10位までの上位入賞をしたらば、
商品券がもらえるって話はしない方がいいのかなぁと。
いやいや、勿論 それを目指しての参加じゃないんだけれど、
先に言っといた方がいいものか、
目当てじゃないなら話す必要もないものか、
ちょっぴり迷ってしまったブッダ様だったのは、
此処だけの話でございます。

 “だって、男女別々で、1位には10万円分、
  10位でも1万円分の商品券と
  各賞それぞれへお餅1キロずつだなんてvv”

そこは主夫ですもの、見逃しちゃあいません。
ご本人様としては大きに胸を張り、
それをも糧にして頑張るぞと、こそり拳を握っておいでだったそうな。





     ◇◇◇



大寒マラソン大会と銘打っているだけあって、
開催日は毎年“大寒”に近い日曜日なのだそうで。
今年は20日の月曜が大寒なので、19日の日曜日に催されるそう。
商店街の掲示板にもポスターが張られてあり、

 “何で気づかなかったんだろうなぁ。”

駅ビルや駅前の像をデフォルメしたイラストつきのポスターを
ふと立ち止まったそのまま眺めつつ、
結構立派なポスターだから、眸に入らないって事はなかっただろにと、
静子さんから“毎年やってるイベントだよ”と言われるまで、
ちいとも知らぬ身だったのを、奇異に思ってしまうブッダだったりし。

 “イエスへ説明したように、
  大っぴらに走るつもりは まるでなかったから、
  眸に入ったとしても関係ないないって除外されていたのかなぁ。”

それとも、いつだって二人一緒に行動する彼らだったので、
イエスも一緒に参加出来ない種のそれ、
娯楽や行楽じゃあないイベントには反応が鈍くなってたものか。

 「あ、聖さん。」
 「ブッダさんじゃないの。お買い物?」

トートバッグを肩に、掲示板を眺める後ろ姿は、
結構な長身なことといい、螺髪という変わった髪形なことといい
他でもないという看板を背負っているようなものらしく。
顔見知りの奥様がたが気安いお声を掛けてくる。
今でこそ、仲のいい主婦(主夫)同士として気心も知れて来たけれど、

 『…まさか私、オーラを封じ切れてないのかなぁ。』

日本に於けるパンチパーマのお兄さんというのは、
全部が全部そうとは言わないが
“極道の”というイメージだってあろうはずなのに。
なんでこうもすんなりと、
か弱き女性の奥様層に馴染まれているのかなぁなんて、
当初は そういう方向で、
不審に思ったこともあったブッダ様だったそうで。
しかもしかも、

  自分に威容がないのかなぁという意味からではなく

もしかして、仏門開祖という正体が実はばればれで、
ちょっとした言動所作にも奇跡があふれのしており。
そのままで地上に居られては混乱が生じますと、
天界ストップがかかって
お迎えが来てしまうよな(…)状態にあるのかな、なんて方向で、
一時期 真剣に不安がっていたそうで。

 『いやほら、
  主婦の皆さんは結構逞しくていらっしゃるから。』

背丈があろうが、髪形がパンチパーマに似てようが、
この、慈愛あふるる、しかも類い希なる美人を捕まえて、
恐持てのお兄さんだと恐れる人はまず居なかろにと思いつつ、

  愛しいブッダが不安がるだなんて
  まずはあってはならぬ事態だったので

何のことはない、君がいい人だっていうのを、
あっさり見抜いただけのことだよと。
イエス様が何とか宥めて納得に至ったという経緯があったとか。
まま、それもずんと過去の話なので今はさておいて。

 「あら、これって19日のマラソンの。」
 「川向こうのジョギングコースとか走るのよね。」

ユニークな仮装をして走る人が出るような、
お祭り系のイベントものではなく。
家族で参加して“いい汗かいたねぇ”とほのぼの盛り上がる系の、
あくまでも至って健全な、
だからこそ これで結構息の長い大会なのだとかで。
確か近所の大学だか高校だかじゃあ、
体育実技の単位が足りなかった子は、
これに出ましたって証明書で補填してもらえた時代があったとか。
ああそれって聞いたことあるわよ、
のんびりした時代があったものよねぇと。
さっそくのようにマラソンが話題に取り上げられてから、

 「あ、まさかブッダさん、これに出るの?」

そうと気がついたお人が出て、
いやあの、えっとそのと、少々言い淀んでおれば、

 「ま、そうなの?」
 「そうよねぇ、毎朝熱心に走ってらっしゃるし。」
 「そうそう、しかもペースも早くて。」

出るのよねぇ?と、期待いっぱいの眼差しで見上げられてしまい。
嘘をついても始まらぬ、焦らす意味だってないことだしと、

 「ええはい、実は。/////////」

ちょっぴり照れつつ、頷いて見せる。
そんな態度がまた、

 “まあまあ、何て素直で純朴なvv”
 “可愛らしい人なのよねぇvv”

イエス様へと女子高生らが集まるの、
嫉妬してやきもきしている場合じゃあないんです、実は。

 “目鼻立ちくっきり系のイケメンだっていうのにねぇvv”
 “そうなのよ、そうなのよvv”
 “ちょい鋭角系のイエスさんと一緒にいるせいか、
  同じくらい背丈もあるのに、
  ブッダさんて なぁんか愛らしいというかvv”

ブッダ様にもこうやって、
意外に可愛いとばかり、奥様がたが集まる集まる。

 「頑張ってね。」
 「アタシたちも応援に行くからvv」
 「婦人会で横断幕作りましょ♪」
 「あ、それそれvv」

随分な盛り上がりに、
ありゃまあとたじろぐばかりのブッダ様だったりし、


  イエス様が常に危機感抱いてるのって、
  まんざら大仰な思い過ごしでもないのかも?(笑)





    お題 A“主夫(婦)の休日”




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  *そうなんですよ。
   マラソン大会の方が主になりそうなので、ちょっと危機感。
   いつものラブラブが
   ちょっと書きにくいかも知れません。(そこかい)


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