キミじゃないと、ダメなんだ

       〜かぐわしきは 君の… 9

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カレンダーは七草を過ぎて、
関西地方では新春恒例、十日戎“福男”選びの早朝ダッシュが、
ニュースショーをほっこりと和ませる頃合い。

※節分の海苔巻きの丸かぶりと同じくらい、
近年 全国ネットでも扱われるようになっているこの行事は、
商売の神様 戎(えびす)様を祀っている神社の総本山、西宮 戎神社にて、
一月十日の本宮当日を前に催される駆けっこで、
正式には“開門神事”といいます。
そもそもの始まりは、
戎様がお社を出て町内を見回ってくださっている間、
氏子たちは家から出てそのお姿を見ちゃあならぬとされており。
それが済んだぞという合図とともに、家から飛び出してお参りをしたのだが。
いつしか誰が一番早く駆けつけたかが競われるようになり、
現今のように開門とともに猛然とダッシュする形になったとか。
やや曲がりくねった境内の本殿までの230mをただただひた走るもので、
男性オンリーの催しではないので女性が参加しても構わないが、
走るのに適さない靴やミニスカート姿だと断られることもある。
(あくまでも“怪我をするから”と案じられてです。)
当初は先着順に門前で待機できたが、
数年ほど前、団体で参加して代表を勝たせるための陣営を組んだりするよな
微妙な傾向が出始めたので、
門前に立てる108人までをくじ引きで抽選するようになったそうな。
引けるのは 先着1500人までで、
更なる“運”が試される催しと化したとも言える。

 「もーりんさん、解説をどうも。」
 「どこの氏子さんたちも色々大変だねぇ。」

いや、氏子さんでなくても構わない催しですがね。(苦笑)

  それはともかく。

大寒マラソン大会まで はや2週間を切り、
この冬一番という極寒となった今朝方も、
いつも通りに早朝ジョギングへと出たブッダであり。
昨年までは気がつかなんだが、
事情が判ると成程、正月明けだというにもかかわらず、
早朝ジョギングに出てくる顔触れは、
寒さにも負けることなくの、いっそ増えて来たような気配。
日頃は見ないお顔が 老若男女の別なく、
あちこちの辻から白い息を吐き吐き出ておいでで、

 「昨年までは、ほら、
  今年の抱負じゃあないけれど、
  年頭に“今年こそジョギングを頑張るぞ”とか
  決意した人が出て来ていて増えたのかなって、
  そう思っていたんだよね。」

そうして大寒が過ぎるころ、
やっぱり寒いからって、
志し半ばで諦めちゃうのかなって思ってたんだけどと。
こちら、マラソン大会の存在なぞ知りもせず、
数年間 走り続けて来た身としては、
毎朝の街路でお顔を合わせる顔触れの変動を、
これまでずっと そんな風に解釈していたそうで。

 「そっか、
  あれって大会目指してのトレーニングだったんだなぁ。」

例えハーフでも、10キロでも、結構な距離だものね、
いきなり走るという訳にも行かないから体慣らしをしてたんだねぇと、
今更のように納得しているブッダ様だったとか。

 「でも、今はブッダだって
  トレーニングモードで走っているんでしょ?」

こちら、やはり陽の出より早くは起きられずで、
ジョギングから帰って来るとそのまま支度にかかった働き者の伴侶様から
相変わらずのこととして“ご飯だよ”と起こされておいでのイエス様。
今朝は、モヤシと長ネギのお味噌汁と五穀米のおむすびに
昨日の晩ご飯ではおでんとして出されたガンモドキ、
甘辛に煮直したのの卵とじ、キヌサヤ添え。
美味しそうで温かな朝ご飯と向かい合いつつ、
わくわくと訊くイエスだったれど。
訊かれたブッダはといえば、
深瑠璃色の双眸をくりんと瞬かせて、

 「? ううん、特に変わったことはしてないよ?」
 「え?」

ちなみに、彼が出場するのは
フルマラソンではなく ハーフマラソンで、

 「言ったでしょう?
  フルマラソンに出ることとなりゃ、
  いくら毎日走ってたって、そこは苦しさとの戦いにもなろう、
  それこそ“必死に”なろうから、それだと不味いって。」

 「あ…そういえば。」

毎朝のジョギングからして、
あくまでもトレーニングなのであり、
体調管理のための運動の一環なのであって、
先を急いで走っている訳じゃあないとして来たから、
毎朝無難にこなせているのであり、

 「自惚れて言うんじゃないけれど、
  私が下手に盛り上がっての躍起になって走ったりしたら、
  当日だけに収まらず、ご近所一帯が大変なことになってしまうよ。」

 「…そうだったよねぇ。」

この仏門開祖でもある如来様が、
記録目指してとはいえ、先を急ぐ気配なぞ見せようものならば。
お急ぎならば どうか私に乗ってくださいとばかり、
あくまでも献身的な意図からとはいえ、
あちこちの辻から突然、大きな鹿が幾頭も、
下手をすれば かつての愛馬カンタカくんまで現れかねずで。
ご町内が 奈良公園か厳島神社になってしまうのは、
さすがにいただけないもんねぇ。

 “いただけないって騒ぎじゃありませんて。”

そんな微妙な奇跡を起こして混乱を招いている場合じゃあない。
かくの如く、
自身のコンディション調整以外にも
厳重に留意しなけりゃならないことがあるのだから、
成程、打ってつけに見えて、実は
マラソン大会なんて集いにこそ、参加しにくい身だったには違いなく。
そうは言っても、

 「でも、ハーフってことは20キロ以上だよねぇ。」

イエスから問われ、うんと頷いたブッダ様。
それはきれいな箸さばきにて、丁寧にガンモドキを小分けしつつ、

 「女性の10キロコースを2周するそうだよ?」

なので、静子さんのペースメイカーも並行してこなせそうだと、
にっこり微笑っておいでの、そこは余裕な彼であるらしく。
よく煮えていて瑞々しいガンモをぱくりと頬張り、いい笑顔をお見せだが、

 「20キロかぁ…。」

何せ“大寒”と銘打っているほどで、
ただでさえ それはそれは寒い日になるだろう頃合い。
そんな中を黙々と走るだなんて、

 “やっぱりブッダって、基本ストイックなんだなぁ。”

こういった、我慢や根気がないとやり遂げられなかろうことを、
厭わず、むしろ進んで選んでいるよな傾向もある彼であり。
マイブームだったじゃないと突っ込むたんび、
何も苦行が好きな訳じゃあないと、
毎度毎度 困ったように言い返すブッダだけれど、

 “そういや、ネタばれも嫌いだよね。”

どんなに冗長な小説やドラマ、映画であれ、
半ばで焦らされまくる展開なのがまた、
ラストの痛快な畳み掛けへ大きに効くんじゃないかと、
早送りもせずの綿密に、
じいっと根気よく鑑賞しているタイプだしねと思い出したイエス。
好きかどうかは彼が決めるところだから置くとしても、
その苦行で培われたそれだろう我慢強さは、

 “さすが半端ないよねぇ。”

色んな大変なことを地道に着実にこなして乗り越えて、
1つ1つ丁寧に身につけ、実にして来た、
何につけ“努力”の人、なんだなぁと。
やっぱり感動してしまうイエスだったりするようで。

 「あ、それじゃあ昼間のうちも、
  特別なトレーニングとか やんないの?」

凄いなぁ偉いなぁと
目映いものでも見るかのように目許を和ませていたものが、
不意にそんなことを訊いて来て、

 「?」

小首を傾げるブッダへ、

 「古タイヤを何本か曳いて走るとか、
  うさぎ跳びでお寺の石段を登るとか、
  お相撲さんを肩車してスクワットするとか、
  日本海の荒波に向かって素振りを繰り返すとか…♪」

 「…っ☆」

いくら何でもという
微妙な喩えばかりを繰り出すイエスなので、
ブッダもさすがにお味噌汁を噴きかかり、

 「特別なことは やりませんてば。」

というか、
ショムジョや温泉卓球以外のスポーツには
観戦しはしても接することはまずない彼だというに、

 “一体どこで そういう情報を仕入れるかな。”

最後のは どういう効果があるのだかだしサと。
彼なりに案じていたんだというに、
やっぱり困った人だという苦笑のお顔をされてしまった、
イエス様だったのでありました。




     ◇◇



まま確かに、いきなり過激なトレーニングを始めても、
この寒い中では身体の方だって侭には動かせずで、
却って体調が崩れてしまったり、
竜二さんではないが怪我をしてしまう恐れだってある。
何事においても、
日頃からの地道な努力の積み重ねが物を言うのであり。
ましてや、骨惜しみをしないで
ちょっとしたことへでもササッと立って行くような、
マメに働く性分のブッダなので、
今のペースを崩さずにいることのほうが、
無難なのかも知れないほど。

 「たっだいま〜っvv」
 「ふふ、お帰り〜vv」

最初の声を放ったのはイエスだが、
何も彼だけが出掛けていた訳じゃあない。
ブッダと一緒に、
商店街までのお買い物に出掛けていたのであり。
外から帰って来たらご挨拶という習慣から、
今日のように誰も待ってない場合でもついつい飛び出すらしく。
ご挨拶を覚えたてな幼子みたいで、可愛いなぁと思いつつ、
そんな彼の後から入って来たブッダが、
しょうことなし“お帰り”という合いの手を入れているようなもの。

 「寒かったよねぇ。」
 「だねぇ。」

明るい陽が照ってたから、せめて陽だまりは温かいかと思いきや、
それさえ打ち負かすような寒さがしんしんと、
足元から這い上りの、真っ向から吹き付けのしていた外であり。
部屋へ上がると早速にも、
コタツやストーブのスイッチを入れの、
ジャケットを脱ぐのももどかしくという急ぎようで、
こたつ布団へ足を突っ込んだイエス。
早く暖まれ〜とする呪文でも掛けているものか、
布団越しに腿辺りをわしわし擦ってみせる忙(せわ)しさで。

 「ブッダも早くあたりなよ。」
 「うん、でもちょっと待って。」

いくらまだ室温は上がってないとはいえ、
お豆腐や牛乳や卵といった、生鮮ものもあるし、
それ以外だって所定の位置へ片付けねばと。
まろやかな苦笑を一つ、イエスへ向けてから、
買い物の整理を手掛けるのが先とばかり、
冷蔵庫を開けて食品あれこれを仕舞い。
流し台の下の棚や釣り戸棚、
下駄箱の脇や押し入れなどなどへも、
それは手際よく日用雑貨を片付けてゆく。
片手間に扉を開けて、
ポイと放り込んで足で閉める…なんていうよな、
行儀の悪いことは一切せず(あはは…)
腰から下の高さへ仕舞うものは、
かかとを立ててのきちんと屈み込み、
丁寧に押し込む彼であり。
一見 仰々しいように見えもするが、
こうした方が ぐちゃりという惨状にはならず、
結果、探しやすいし取り出しやすいという、
後々のメリットが大きいワケで。

  …あっ。凄っごく耳が痛いわ、何故かしら。(う〜ん)

ついでにと、沸騰ポットに水を入れ、
ミルクパンを先に火に掛けていたらしいブッダでもあり。
途中で火を起こしたそのタイミングの先、
全部のお片付けが終わったと同時、
丁度沸騰したよとスイッチが落ちたポットからティーポットへ湯をそそぎ、
マグカップ2つと砂糖ポッド、温まった牛乳とをトレイへのっけ、

 「お待たせ。」
 「わぁいvv」

にっこりという笑顔も優しき、行き届いた良き妻そのもの。
卒がないったらありゃしない手際にて、
午後のお茶一式を運んで来たブッダ様。
それを見やって、そうそうと手を打つと、
こちらは ややずぼらにも、
パタンと寝そべり、コタツから出来るだけ離れぬようにして。
窓辺の Jr.の傍らに置いてあったクッキー缶を
よいしょと引き寄せたイエスであり。

 「そのうち“孫の手”を手に入れて、
  何でもかんでも引っ張り寄せるようにはならないでね。」

 「あ、それいいvv」

窘めの喩えを、ナイスアイデアなんて受け取ってしまっている辺り、
彼の側はどんどんと、いかに動かなくて済むかを極めそうで。

 “う〜ん、少しはお尻叩いて
  あれやって これやってって言った方がいいのかなぁ。”

自分と暮らしていたから怠け者になってしまったというんじゃあ、
ちょっと始末が悪いかも、なんて。
やっぱり困ったなぁというお顔になったブッダ様。
それぞれのマグカップへ、
慣れた所作にて温かいミルクティーを淹れ。
片やを どうぞとイエスの前へ勧めてから、
やっとのこと、温かいコタツへとあたった彼だったが、

 「…え? 何なに?」

それほど乱暴に突っ込んだ訳じゃあなかったけれど、
それでも小さなコタツゆえ、
後から差し入れたブッダの足が、
やぐらの中で とすんと当たっただけ。
だというに、え?え?という驚いたような声を出したイエスで、

 「? 何が?」
 「何が じゃないって。」

差し向かいではなく、すぐお隣の縁に腰を下ろしたブッダだったため、
それですぐさま とんと触れた足と足だったのだが、

 「こんな冷たくして。」
 「ひゃっ☆」

身を屈めると布団の裾から手を入れて、
間近に来ていた相手の足の、
しかもつま先をきゅうと掴みしめたりしたものだから。
予想外の感触へ、
思わず声が出てしまったブッダだったのはしょうがないとして、

 「いえす〜。/////////」
 「なに?」

痛いのではないが、そのままこちらの足先を
いたわるように握ったままでいるイエスなのが、
ブッダとしては、何というのか…居たたまれない。
力づくで振り払うのも何だしと、しょうがないから説得にかかる。
いわく、

 「冷たかったから怒ったの?」
 「違くて。」

その腕を肩近くまで布団に突っ込んでいるという格好、
だのに お顔は真顔のまんま、

 「ブッダって いつだって温かい手をしてるじゃない。」
 「そ、そうかな。」

言われて、いつもだったかなと小首を傾げておれば、

 「それが、こんな冷たい足してサ。」
 「あ…。/////////」

落差があまりに大きくて、それで
びっくりしてしまったというところかなと。
イエスが憤然とした理由へ、やっとのこと理解が追いついたブッダ様。

 “…ああ、そうだったよね。///////”

時に幼子のような屈託のない言動が飛び出すイエスだが、
ついでに言や、甘え上手な彼でもあるが。
だからといって、闇雲に甘えるばかりな人でもない。
小さきものの痛みを理解し、
辛い目に遭っているのを知れば、
我が身へのそれのように深く感じ入る人であり。
病を癒す奇跡を起こせるのは、
神の子だから起こせる“奇跡”というより、
彼自身の身へ置き換えている、
捨て身の救済なのではないかと思えたほどで。

 「もうもう、こんな冷たくして。」

つっちゃったらどうするのと、
ともすれば怒っているような雰囲気のまま、
そおと摩ってくれている甲斐々々しさが、

 “もうもうなのは こっちだよ。////////”

じんわりと温まって来たのへ擽ったさを感じつつ、
いえす、と、
わざわざ身を寄せ間近から囁きかける。
なぁに?と ややぶっきらぼうに応じる彼へ、

 「お茶。このままだとすぐにも冷めちゃうんだけど。」
 「……あ。////////」

慌てて 手を引っ込めかかれば、その振動でごとんと天板が揺れ、
カップが倒れぬかと、あわあわしちゃう動転ぶりの他愛なさよ。
ちょみっと跳ねただけで無事だったのを、
ほおと安堵し、指の長い手で左右から包み込むよに捕まえて、

 「いただきます。」

神妙なくらいの真面目さで声をかけ、そおと持ち上げると口をつける。
微妙な間が空いたこともあり、
ミルクティーは猫舌なイエスにとって最良な飲みごろになっていて。
まさかに、そこまでブッダの計算あってのことじゃあないのだろうけれど、

 「…あ、美味しいvv」

お砂糖の甘みといい、紅茶と牛乳のバランスといい、
鼻先に届く香りの濃さといい。
こくこくと飲める温度と それらとの案配といい、
どれを取っても 何て絶妙なんだろかというほどに、
自然と笑みがこぼれてしまうよな逸品と化していて。

 「御馳走様でした。」
 「いえいえ。」

え?から わあvvへと塗り変わってく、イエスの嬉しそうなお顔を、
最初から最後まで堪能しつつ、
ふくふくの頬を両手で支える格好の頬杖ついて、
どういたしましてと、ほんのり頬染め、微笑ったブッダ様。
あっと言う間に暖まったつま先だったことへの、
ささやかなお返しになって良かったと。
自分が淹れたミルクティー、
それは幸せそうに満喫してくれたイエス様だったのが、
こちらにも格別の眼福だったらしい釈迦牟尼様だったようでございます。






    お題 G “冷たい足”




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  *えっとぉ、このお題目だったのへ、
   ホントは もちょっとけしからぬ展開を考えておりました。

   そこで、
   ちょっぴりけしからぬ“幕間”へ続きたい方は
こちらへ。
   (相変わらず、大した代物じゃあないんだけどねvv)


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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