キミじゃないと、ダメなんだ

       〜かぐわしきは 君の… 9

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さて、全国各地で大学のセンター試験が始まり、
それと並行してというのが何とも意地の悪いことには、
この冬一番という大寒波が列島へ襲い来てもいて。
東北や北陸、日本海側のみならず、
東京の平野部でも雪が降るかもしれないと言われているほどの
途轍もない極寒がやって来ている、さすが“大寒”前日の日曜日。
此処、立川のとあるご町内では、
いよいよの大寒マラソン当日と相成りまして。

 「うあぁ〜、晴れてはいるけど今日も寒そうだよ。
  ブッダ、ちゃんと防寒の用意は出来てるの?」

布団を上げたそのまま窓辺へ寄ったイエスが、
ジャージとセーター越しに自分の二の腕を抱えつつ、
ぶるると震え上がってしまったほどに。
当地もまた、随分な冷え込みの中で夜が明けた。
こんなお外に出てくからにはと、
さっそく案じるような物言いが飛び出した彼なのへ、

 「ほら、イエス。まずはご飯だよ?」

今朝もやっぱり、いつも通りに軽くジョギングして来てから、
マラソンは午前中の開催とはいえ、
何やかやでバタバタしそうなのでと想いが及んだそのまま。
多めに炊いたご飯で おかかとシソ昆布入りのおむすびを握り、
ほんのりと甘辛のだし巻き玉子を焼いて、
そこへ塩茹でしたグリーンアスパラを添え、
お昼ご飯にと簡単なお弁当を作ることにし。
それと同時進行で、大根の千六本と薄あげのお味噌汁に、
カブの葉の浅漬けをまぶした菜っ葉ご飯と、もやし炒めの卵とじ。
出来立てのほかほかを“さあどうぞ”と、
いつものようにコタツに並べて勧めるブッダのほうが、
当事者だっていうのに よほどに落ち着いておいで。

  実は実は それのみならず

遠足の前の晩はなかなか寝付けぬ小学生と同じという、
相変わらずの体質がやはり出たものか。
早くも昨夜から、興奮と緊張に襲われてしまい、
どうやっても眠れなかったイエスでもあったのへ、

 『これじゃあ、ブッダの睡眠の邪魔になるかも知れないっ。』
 『あ、ちょっとイエスっ、何処へ行くつもりだいっ?』

いつものように懐ろへ迎え入れたブッダにまで
余計なドキドキが伝わってしまい、
落ち着けなくって眠れないのでは迷惑だろと。
不意にガバチョと身を起こし、
微妙な涙目になって何処かへ駆け出さんと仕掛かったのへ、

 『いい子だから、もとえ…外は寒いよ?
  ほら、大丈夫だから もう一回横におなり?』

すっかり起き上がり切らぬうち、
素早く肩を掴まえて どうどうと宥めてから。
いつもとは逆に、
自分の懐ろへ収まりの悪い髪ごと抱え込むと、
そおっとそっと十八番の子守歌を唄ってあげることで、
瞬く間に寝かしつけた手際もお見事だった
慈愛の如来様だったりしたそうで。

 「防寒の用意というか。」

双方ともに“十分寝ました”という
それはすっきりとしたお顔同士で食卓について。
お椀の縁から立ちのぼる湯気も温かそうな、
お味噌汁をどうぞと差し出しつつ、
ちょっぴり う〜んと唸ってしまったブッダだったのは、

 「風が当たるのが多少は寒いかもしれないけれど、
  走りだせばすぐにも暖かくなるからね。」

さすがに フルマラソンの人みたいな
タンクトップに短パンというよな本格的なカッコはしないけど、

 「いつものジョギングと同じで、
  手套と厚めの靴下と、
  インナーの上へジャージの上下ってところかな。」

 「え? 使い捨てカイロとか持ってかないの?」

走れば顔とかへ当たる風だって強くなるよねと、
想像しただけで寒さの方まで思い起こしたか、
箸を持ったまま ぶるるっと薄い肩を震わせるイエスなのへ、

 「どんどん汗をかいてしまうだろうから、
  着込んじゃうとそれが途中で冷えて 却って寒いかも知れないんだ。」

そうと応じてから、それよりも大事なことのよに、
昨夜の筑前煮も食べる?と、既に立ち上がりかけつつ訊いて来る。
さすがは毎朝走っているだけあって、
ちょっぴり勝手が違うはずのマラソンだというに、
装備や何やに関してもちゃんと心得てもおいでらしい。

 「あ・でも、イエスはちゃんと防寒対策しないとダメだよ?」

応援してくれるのは嬉しいけど、
それこそ寒い風が吹く中での立ちん坊になるんだしと。
オーブンで温め直した鉢をコタツへ置きつつ、
やっぱり逆に、イエスの用意の方をこそ案じてしまう始末。
何せ自分が付いててやれないのだから世話も焼けないその上、
わっと盛り上がったら、そのまま前後が見えなくなって
一気に突っ走ってしまう性分のイエスだってことは重々承知。
なので、我に返った地点で、準備のないまま 寒風吹きすさぶ中
二進も三進も適わぬまま、立ち続けることになりでもしたらと思うと、
ブッダとしては それこそ居ても立ってもいられない。

 「声援を掛けてくれた後は、ゴールに戻るまで間もあろうから。
  何だったら一旦此処へ戻ったっていいんだよ?」

確か主催のほうでサイトを立ちあげてるそうだし、
現在状況とかをスマホへ知らせてくれるようなサービスも
あるって話じゃなかったかと。
どっちが遠出をする身なんだか
もはや判らないほどの気遣いをしてくださる始末であり。

 「ブッダ、
  そういうことに気を取られてる場合じゃないでしょが。」

ポッケから自分のスマホを取り出しかかるのを見るに至って、
イエスが“おいおい”と、
順番がおかしいでしょと 手を挙げてそれを制したほど。
確かに、どっちが主役な催しかを思えば、
他人の世話を焼いてる場合じゃあないのは当然の理屈。

 「あ…うん、そうだよね。////////」

はやや、窘められちゃったと、
我に返って肩をすくめる愛しいお人へ、

 「あのね、
  実は 私のほうは寒さの心配はあんまり要らないんだな。」

ふふーと笑うとそんなことを言い足し、
イエスはお味噌汁を美味しそうに味わって見せる。
え? ずんと寒がりな君が何言い出すの?と、
こちらもお味噌汁に口をつけかけていたブッダが、
キョトンとして見せるのも織り込み済みか。
唇の上のお髭ごと、弧にした口許に宿した笑みを
なお濃くしての云わく、

 「あのねあのね、竜二さんが車を出してくれるの。」

スタート地点でまずはの応援をしてから、
愛子ちゃんと一緒に中間の折り返し地点まで先乗りして、
そこでもエールを掛けるんだって言っててね。

 『イエスの兄貴も一緒にどうですかい?』
 『いえすも一緒 行こーvv
  かーたんとぶっだ、おーえんしなきゃvv』

捻挫の方は何とか治ったらしいのだが、
いきなり、しかもマラソンほどもの長距離走は無理だと
周囲から反対されまくった挙句、
そこへ静子さんからも、

 『アタシが走ってる間、愛子はどうすんだい』

そんな一言で とどめを刺されたものだから。
恐持ての“おあにいさん”でありながら、
無類の愛妻家で 子煩悩でもある竜二さんとしては、
どうで逆らえるはずもなく。
已なく応援のほうで頑張ることに気持ちを切り替え、
ボックスカーを手配し、コースの先々へ先回りする格好で
応援に徹しようという構えなのだとか。

 「それへご一緒させてもらえることになったんで…vv」

食事中にそれってのは行儀が悪かったが、
コタツの天板の隅に肘をついての頬杖ついて。
それは楽しそうに浮き浮きとした笑顔を振り撒き、
心配は要らないよんvvと言いたいイエスらしかったが、

 「車には酔うんじゃなかったっけ、キミ。」
 「………………あ。」

いろいろ万端みたいなれど、
その上へエチケット袋も要るみたいだねと。
本人以上にイエスを知るブッダからやんわり苦笑され、
ご当人が“たはは…”と照れ笑いしちゃうところは相変わらず。


  ……でもね、あのね?


美味しいご飯を朗らかに平らげて。
後片付けもてきぱきこなし、
晴れているならと洗濯機を回したけれど、
今日はいつ帰って来るか判らぬからと、
タオルからシャツからお部屋の中へ干し出して。
いつものスポーツバッグへ、
スポーツドリンクを詰めた小さめのペットボトルや、
タオルなど必要最低限の用意とウェストポーチを入れ、
ジャージの上へコートを羽織った姿で
“さて”と立ち上がったブッダ。
さあ出掛けるよと、
そちらも準備をしていたイエスへ声をかけようと振り返れば。

 「…イエス、今日は寒いんだから。」

そちらはいつものダウンジャケットに、
真っ赤なミトンはポッケに入れて。
でもでも、マフラーは首へ引っかけただけという
中途半端な恰好でいるものだから。
今日は寒いと言ったのは君だろにとの苦笑を添えつつ、
ほらしっかり閉めるところは閉めないとと、
マフラーを結んでやろうと手を延べかけたものの、

 「ちょっと待って、その前に。」

深色の髪した神の子・ヨシュア、
玻璃色の双眸に冬の陽を宿し、肉薄な口許を小さくほころばせ。
大好きな伴侶様の手をあっさり掴まえると、
そんな所作を真似てのことのよに、
相手の懐ろの奥向き、ジャージの襟辺りへと手を延べる。

 「え?」

思いも拠らないことじゃああったが、
ブッダの側には逃げるいわれなんてないものだから。
避けもせぬまま、向かって来るその手を見やっておれば。
自分のまろやかな手に比べ、
ちょっぴり節の骨が立っていて、
いかにも男臭い作りの頼もしいイエスの手は。
顎の下、おとがいの縁へとすべり込み、
首元という深みへ至ってその肌を掠めると、
シャツの内へと指先を差し入れる。

 「…っ。///////」

微妙にもたついた分、くすぐったかったけれど、
何をしたいイエスなのかはすぐにも知れて。
抗わないでいたいたお陰様、
それほど もたつかぬうちにも
目当てだったらしいチェーンを探り当て。
それを引き出すことで、襟元の表へ出て来たのが、
ペンダントトップのように提げられていた、細い細い銀のリング。

 「?」

シャツの中で跳ね回るだろから、
いっそ外しておけとでも言いたいのかな?と。
だとすれば、
毎日のジョギングでも意識はしないこと、
むしろ、お守りみたいで外し難いのだけれどと、
言い返そうと思っておれば、

 「効き目があるかは判んないけれど。」

改めてブッダのお顔を見、にこりと微笑ったイエスが、
リングを乗せた手のひらをそのまま握り込む。
そうまで長い長いチェーンでなし、
引っ張り過ぎない限界のうち、
つまりは、ほとんどくっつきかねぬほどの間近で
向かい合ってた二人であり。
懐ろに彼の頭が来ている構図は、
ちょうど昨夜の寝入りばなと似ていたけれど。
チェーンの先を握り込んだ手に、
そのまま自身の額を押し当てるイエスなのへ、

 “あ…。/////////”

まるで、敬虔な祈りを捧げられているような気がして。
そこまではどこか…幼子の無邪気な悪戯に
されるがままになってた感が強かったものが、
打って変わって、心持ちも塗り替わっての、
含羞みと ときめきとに、見る見る頬が熱を帯びてゆく。
相手が神の子だからという“奇跡”を感じてのことじゃあなくて。
それこそ、無邪気な彼からの真摯な思い入れが
ぐいぐいと込められているのが感じられ。

 「…はい。無事に完走出来ますようにvv」

ややあって顔を上げ、手を開くと
ブッダの襟の内へ元あったように戻すイエスであり。
奇跡を込めては反則だろうけど、
応援の気持ちなら大丈夫だよねと、
はにゃりと笑うのが何とも彼らしくって。

 「うん。応援のお祈りだよね。」

自分で襟元を直し、
胸元へスルリと降りたリング、
服の上からそおと手であらためて押さえてみて。
優しい温みが加わったのをこそ、愛おしいと感じ入る。

 「これは頑張り甲斐もあるね。」

仏としては そうそうがっつく訳にもいかぬ。
他のスポーツにも言えること、
あくまでも“遺憾なく健闘するだけ”という建前の下の参加であったれど。
結果がよければ、賞品も頂戴出来るかな…と思ってなくはなかったのだし、
最愛の人から、こんな可愛らしい応援なんてされた日にゃあ、

  ぶっちぎりで勝つっ、と

胸の内にて ぐっと拳を握ってしまった、
そうよ、今日こそは“必勝”記念日……vv






    お題 D “記念日”




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  *いやホントに無理がありますかね、このお題ってのは。
   おまけにちょいと短いですが、本番前の風景ということで。
   日付的に始めるのが早すぎたかなと思ったものが、
   何とリアルタイムで当日に食い込もうとは…。(笑)
   あまりの寒さがいけないのよ〜〜。
   一月下旬の寒さと大寒、舐めてはいかんかったねぇ。(とっほっほ)


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