キミじゃないと、ダメなんだ

        〜かぐわしきは 君の… 9

 


     7




全国的にも最強寒波が襲った日曜だったが、
そこまで凄まじかったと判るのは、
宵のイブニングニュースの時間帯だろう。
確かに寒くはあるけれど、
陽も出ていての、何とか良いお日和となった立川某所では、
大川と呼ばれて親しまれている河川敷や、
土手に寄り添って延びるジョギングコースを使った
大寒マラソン大会がいよいよの開催とあって。
スタート地点に当たる大川商店街そばの広場にて、
最終受付やら参加者への説明が行われており。
参加証代わりのかぶり型ゼッケン“ビブス”の頒布や、
手荷物を預かるサービスの案内。
スタッフの皆様の打ち合わせに、
協賛店からの差し入れの搬入などなどと。
主催も参加者も双方とも、
寒い中でも頑張るぞという気合いの大きに滲む、
なかなかに華やかなにぎわいに沸いている。

 「参加する方、こちらで受け付けております。
  申し込み用紙にお名前などのご記入をお願いします。」

 「申し込まれた方、こちらでビブスをお渡しします。
  前以て申し込まれておいでの方は、半券をご提示ください。」

現在位置をスマホで応援の方々へお知らせするサービスに
使わせていただく予定ですので、
お届けいただくお名前はニックネームなどでも構いませんが、
連絡先のご記入へは、出来れば身分証などご提示下さいませと。
市の主催ではないながら、
不審な人の参加は勘弁としたいがためのセキュリティも
一応構えておいでのようで。

 「え? 身分証って…ブッダ、大丈夫なの?」

地上での身分が微妙にほにゃららな彼ら最聖様ふたり。
アパートを借りるときだって、
保証人を立てたりする何やかやに、そりゃあ骨を折ったほど。
なので、こういう対応へは
いちいち不安を覚えもするらしいイエスが訊いたが、
訊かれたブッダの方はけろりとしたもの。
大きな双眸をぱちりと瞬かせ、まろやかに頬笑むと、

 「うん。総世連の社員証でOKだったよ。」

例えば確認のためにと連絡された場合の応対もばっちりという、
それはそれは しっかとした組織ゆえ。
銀行の口座が作れたほどのレベルで、
この世でもちゃんと通用しておいでなんだとか。

 《 さすがに そこまでお堅い身元確認はされなかったようだしね。》
 《 そっか。》

大きに賑やかだとはいえ、町内会幾つか分というレベルの大会なので。
大方、万が一にも怪我をしたり
体調が悪くなったりしたらの連絡先というところかと。
前以ての申し込みをした彼だったので、そのときに貰った半券を提示すると、
ナンバリングが印刷された、メッシュ地のベスト型のゼッケンを渡され、
それとは別に、小さなハガキ大の布の番号札も渡されたのは、

 「暑くなって来て、羽織っているものを脱いでもいいようにだろうね。」

安全ピンでズボンの腰辺りへ留めておいて下さいねと言われたし、
参加のしおりというプリントにも、
脱いだ上着は、給水所として各所に設けてあるスタンドで預かるとある。
但しビブスと一緒でないと、
後々引き取りに来られたおりの混乱への責任は負い兼ねますとのこと。

 “小さい札の番号と、
  照らし合わせる事務になっているってところかな。”

ブッダの場合、
コートやマフラー、携帯品を入れて来たバッグなどの手荷物は、
イエスが預かるからいいとして。
スタート地点へ移動した方が良いのかなと、
受付のテントから離れて歩き出せば、

 「いえす、ぶっだ、こっちだよvv」

たかたかっと駆けて来た小さな影が、
二人の手を取り、こっちこっちと導こうとする。
相変わらずに人懐っこいおしゃまさんの、

 「愛子ちゃん。」
 「おはよう、早起きしたんだねぇ。」

竜二さんと静子さんの一粒種にして、それは愛らしい女の子。
その名もまんまの 愛子ちゃんが 先にこちらを見つけたらしく。
ツインテイルにした髪もつややかに、朗らかな笑みを見せつつ、
少し先で待つ両親のところへ二人を連れてゆく。

 「お、兄貴たち、おはようごぜぇやす。」
 「早かったねぇ、二人とも。」

さすがにもう杖は要らない身らしい竜二さんが
それは威容のあるおはようを投げて来られたのへは、
その背後に控えていた弟分だろう方々も
も少し頭を低く下げての“おはよっス”と追従なさったもんだから。
微妙な恐持て集団なためか、
さすがに周囲の皆様から微妙に引かれておいでだったが、

 「あ、イエスさんだvv」
 「え? まさか走るのかな?」

ちょっと遠巻きな皆様の輪の中に、
女子高生の顔なじみさんたちがいたようで、
気さくに“ヤッホーっ”と手を振ってくれもするからややこしい。
それはそれとして、

 「日頃は戒律とかあって走れないそうだけど、
  今日はそんな御託は無しだからね。」

静子さんが迫力満点な鋭いお顔でブッダへと念を押せば、

 「勿論ですとも。」

スポーツへの健闘は別物、遺憾なくの存分に走りますともと。
いつもは争いはいけないとする如来様も、
今日ばかりは固い決意を乗せたらしき表情、
頑と言い切る強気を示しておいで。

 「かーたんもぶっだも がんばれー。」

えいえいおーとエールを送る愛子ちゃんの愛らしさに、
恐持てなはずの竜二さんが目尻を下げる中、

 【 ランナーとして参加の方々は、スタート地点へお集まり下さい。】

ハンドスピーカーでそうと告げつつ、
控えの場を回っておいでの係員のお声がし、
それじゃあと、走りやすい恰好になったランナーの二人が
手を振ってそちらへ向かうのを見送れば、

 「さあ、兄さんがたはこちらへ。」
 「どうぞ こちらへ。」

スタート地点がよく見える位置へ先乗りの誰かが立っているらしく、
その他の舎弟さんたちがパタパタ動き回っているのは
車を回してくる都合のためだろう。

 「そうそう、イエスの兄貴。静子がこれをと。」

はしゃぐ愛子ちゃんを抱えた竜二さんがほらと手渡して来たのは、
車のイラストのついた、薄くて小さなパッケージで、

 「速めに飲まないと効きやせんぜ?」
 「あ、そっか。ありがとうございます。」

車酔いするイエスには もはやお馴染みの常備薬、
酔い止め薬を準備しておいて下さった辺り、
静子さんもまた、さすがの良妻賢母ぶり。
さっそくにもペットボトルの水でごくんと服用しておれば、

 「まずは小学生の1キロマラソンが9時スタートで。
  それが済み次第のスタートって話でしたが、
  もう終わったようですぜ。」

竜二さんから“マサ”と呼ばれておいでの舎弟さんが、
進行次第表を手に、今現在の流れを説明してくれて。
そんな話を交わしつつ、移動して行った先のコースの取っ掛かり、
まずはこちらの商店街の真ん中を駆けてゆくその沿道の一角に、
四、五人ほどのガタイのいいお兄さんたちが怖いお顔で立っていたものが、
彼らなりの愛想笑いになって“こっちこっち”と手招きするのへ、

 「ほらほら、あっちでサ、兄貴。」

もしかして こそこそっと恐れられつつも注目されていませんかという中を、
どうもどうもと突っ切ったイエスは、さほど照れもしてはなかったけれど。

 “うああ。目立ってるよね、相変わらず。////////”

まだちょっと、人目を華々しく惹くということへは遠慮があるブッダが、
スタート待ちをしつつ そんな様子を目撃してしまい。
イエスの代わりのように、ちょみっと赤くなっておいでだったりし。
片や、

 「やれやれ、素人さんを押しのけてないだけマシだけど。」

ちゃんと舎弟を立たせての場所とりをしていただけでも穏当と言いたいか、
静子さんが肩をすくめてから、

 「それで、あんたタイムを計ったことはないんだね?」
 「あ、はい。」

こちらはこちらでこの切羽詰まった頃合いに、
遅ればせながら“作戦タイム”でもあったらしく、

 「10キロとハーフとじゃあ、同じペースでってわけにもいかないですかね。」
 「う〜ん、
  実はアタシも いちいち時計見て走ってたワケじゃないからねぇ。」

ちなみに、市民マラソンランナーならば、
ハーフマラソンだと
2時間切っての1時間50分でこぼこが まあまあ平均なんだとか。

 「上位を狙うのなら、もっと早くってことですよね。」

目標意識も高ければ、向上心も半端じゃあないお二方。
闘志満々なのはお互い様なので、

 「1キロを5分ペースくらいで走ってみましょうか?
  静子さんが余裕でついて来れるなら
  一緒に走る間はペースメイカーになれますが。」

 「お。強気な発言だねぇ。」

言っとくけど、アタシだって長距離は得意だよ?
はい、遅いようなら容赦なく追い抜いてってください、と。
何とも明けっ広げな会話だが、周囲でも似たような相談で持ちきりだし、
そうかと思えば、緊張しまくりで何も聞こえてない人が大半で。

 「ああ、でも あすこにいる真っ青なお顔の若いのは別だ。」
 「そうなんですか?」
 「罰ゲームみたいな顔してるけど、スタートすると人が変わって、
  そりゃあ凄まじいペースでふっ切れたように走るからね。」

金物屋の次男坊でね、
あれでも3年連続フルマラソンの方でのチャンピオンだよと、
事情通の静子さんが教えてくれた青年は。
確かに 今にも緊張のし過ぎで倒れそうな顔色だったから、

 “いろんな人がいるんだなぁ。”

しみじみ感心していただけだというに、
宵の食卓の場で、

 『そういや いやに見つめてた人がいたよね』と

イエスからあらぬ疑いをかけられようとは、
この時点のブッダ様には判りようがないお話で。(笑)

 【 スタートラインにお集まり下さい。】

受付番号から順になります、
前以て申し込まれた、若い番号の方、前へ出て来て下さい、と。
常連な人は慣れておいでか、言われるまでもなくというノリで、
それでも“すいません、すいません”という低姿勢にて
人垣を掻き分けて出ておいでの方々も出揃っての、
やっとの整列が済むのに数分ほど。
全部で数百人ほどはいるようで、
ちょっとした学校の全校生マラソン規模というところか。
金銀のモールで縁取りがされたゲートが立つスタート地点の脇、
踏み台のような壇上へトレパン姿の主催商店街の会長さんが立つと、
自分で片側の耳に栓をしつつ、小型の爆竹ピストルを頭上へ掲げる。
ああ いよいよだねと気づいたからだろう、
周囲のざわめきが一瞬だけ 息を飲んで静かになった中、

  ぱーーーんんっ、と

寒さのあまり、それは冴えた冬空へ響き渡れとばかり、
鋭くも高らかな炸裂音がし。
それを合図にしての わっと一斉に、
とりどりのウェアをまとったランナーの皆様が、
商店街の真ん中、真っ直ぐ伸びる通りを一団になって駆け出してゆく。
勿論のこと、声援の方も賑やかで、

 「かーたーんっ、ぶっだーっ!」
 「ブッダ、静子さんっ! 頑張れ頑張れー!」

愛らしい幼女と、ちょっと片言っぽい発音で応援する異人さんと、
何とも微笑ましい応援の声が飛んだのへ、
あらまあと ほのぼの和んだ皆様だったものの。

 「姐さんっ、ブッダの兄貴っ、お気張りなせいやしっ!」
 「お気張りなせいやしっ!!」

それへと続いたドスの利いたお声の群れへは、
あわわと震え上がってしまったのは言うまでもなくて。

 “なんてまあ緩急の利いたグループだこと。”

まったくです。(笑)

 「でも、あのお兄さんたちって
  鎮守祭りのときとか屋台出してる人たちだよね。」
 「うんうん。」

結構気さくだよねぇ。そうそう。
どっかの黒幕とか、きな臭い縄張り争いとか、
そういった いかにも恐ろしいものには無縁な感じしかしないんだけどなぁと。
お友達が参加しているものか、見物に来たらしい女子高生たちが
ついつい目が行くイエスの連れらしいということもあってか、
罪のない言いようを交わす中、

 「さあ、折り返し地点へ向かいやすぜ。」
 「あ、はいっ!」

ランナーの皆さんが走るコースは、当然のことながら通行止めになっており。
それを迂回しての抜け道をゆき、先回りしましょうという計画。
フルマラソンの方ならいざ知らず、
ハーフマラソンの方でそこまでする人はいないでしょうとの見込みの中、

 「おう、すぐ出られるか?」

駐車場に留めてあったボックスカーへと近づきながら、
竜二さんが命令口調で声を張れば、

 「それが…。」

大通りほどじゃあないが、生活道路よりは広くて交通量もある“中通り”を、
一時だけ止めてというコース取りをカーナビに呼び出し、
スムーズに向かえるコースを段取りしておいでだったらしい面々が、だが、
何故だか微妙に言葉を濁してしまうものだから。

 「ああ"?」

こんな他愛ないことが、
だってのに計画通りに運ばないとはどういうこったとばかり、
声を低めての恐ろしく、威嚇たっぷりで唸った兄さんだったのへ、

 「いやあの、何かあちこちにマッポがやたら出てるらしいんスよ。」
 「はぁあ? マッポだとぉ?」

それがどうかしたんかい、俺ら今日は何もしとらんやろうが
マッポの何が怖いっちゅうんじゃいと、
早速ドスの利いた声で言い立てる傍らから、

 「あのぉ、まっぽって何ですか?」

こんな険悪な空気を読みもせず、
恐れもしなけりゃ遠慮もせぬままに、
そろそろと手を挙げて、ワクワクと訊いたイエスもイエスなら、

 「ぷりてぃ・きゅーてくるに出て来るマスコットの名前だよ?」

うふふぅと微笑って楽しそうに教えてくれた愛子ちゃんも愛子ちゃんで。

  ………って、いるんですか、そんなキャラが。

 「愛子ちゃん、それはもしかして“ぱっぽろりん”では?」
 「あ、そっかぁvv」

 お耳が大きくて可愛いんだよねぇ。
 そー、でも塗り絵の国のお姫様なんだよぉ?

話が通じ合っているらしく、
きゃっきゃと無邪気な会話が続いておいでの可愛らしい組は、
この際、
それをうっとりほんわか見守る兄貴ごと そっとしておくことにして。

 「コンビニ強盗ってのはホントかよ。」

 「ヤスが警察無線を聴いててキャッチしたネタだから間違いねぇって。」

 「ヤマンバ通りの角のファンミマートに押し入った奴がいて、
  回収前の売り上げ、8万ほどを 奪って逃げたらしい。」

 「ナイフ振り回して店員に怪我もさせたらしくてな。」

 「車で逃げたかどうかも判らんとかで、
  そのコンビニ前からこっちは、
  一斉検問 敷いててずっと渋滞してるって話で。」

つい30分程前の通報で、
よって、マラソン大会の本部へはまだ情報が届いてないらしく。
諸般の事情を考慮し、
大混乱になるかも知れぬと、敢えて押さえたものかどうかも今は不明。
ただ、警察官の姿が多いというのは、
単なる犯人捜索のため以外に、
万が一にも犯人がコースへ乱入し、
開き直って暴れたら…という恐れからかも知れなくて。

 「何でまたこの日にやるかな、そいつもよっ。」

見つけたら袋だたきだぞ、こんやろがと。
今だけは真剣本気で歯軋りするほどお怒りの、恐持てなご一行だったりし。
警察とこちらと、どっちに捕まるほうが無事だろうかという
とんだ憂き目に遭いそうな強盗犯の去就はともかく。
軽快なリズムとやや大きめのストライドで駆けるブッダ様と、
それへひたりと食いついたまま、
やはり余裕のしっかとした足取りで追従している静子さんコンビなのを。
住宅街側の曲がり角から、こそりと見守るつぶらな眼差しの大鹿の姿へ、
おおうとのけ反った人々が何人かいたようです、はい。
そっちもまた、心配っちゃ心配なネタですものねぇ。(苦笑)






お題 C“不意打ち”




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  *おおう、何だか風雲急を告げて来ましたね。
   お陰で甘いシーンが
   いっこも書けなんだですよ。ぷんぷん(おいおい)


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 掲示板&拍手レス bbs ですvv


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