キミじゃないと、ダメなんだ

       〜かぐわしきは 君の… 9


     8




のちに“最強寒波”と呼ばれる極寒の訪のうた日曜日。
都内とはいえ、その遠景の中にはまだまだ緑も十分残し、
住めば下町のおおらかさや ご近所付き合いのあれこれも色濃い、
ここ、立川のとある住宅地にて。
駅前と川沿いの二つの商店街の合同主催による、
真冬のメインイベントが 折しもその幕を開けており。
まずは小学生たちによる“ちびっ子1キロマラソン”が、
それなりのドラマと共に、全員 微笑ましくもゴールしてののち。
いよいよの大人の出番、
男性のみ参加のフルマラソンと 女性のみの10キロマラソン、
男女混合のハーフマラソンの各選手が一斉に飛び出す格好で、
それは賑々しくスタートを切った“大寒マラソン大会”だったのだが。

 『コンビニ強盗ってのはホントかよ。』

警察無線を聴いていてキャッチした話だから間違いない。
大川のこっち側の幹線道路沿い、
ヤマンバ通りの角のファンミマートに押し入った手合いがあり、
回収前の売り上げ、8万ほどを 奪って逃げたらしいとのこと。
ナイフを振り回して店員に怪我をさせたらしく、
そのため目撃者が皆無で 逃走手段が徒歩なのか車かも判らない。
という初動捜査の結果を得てのこと、
コンビニ前からこっち側は、
慌てて敷かれたらしい一斉検問のせいで、ずっと渋滞しているほどだとか。

 しかも、此処が問題

つい30分程前の通報なため、
マラソン大会の本部へはまだ情報が届いてないらしく。
主催から参加者や応援の皆様へという呼びかけや告知は、
直接の声掛けででもメールという形ででも一切出ていない。
あまりにたくさんの人が集まっている催しで、
しかも既に多くの参加者がスタートしている段階。
ここでそんな事実を公開したらどうなるものか。
そういった諸般の事情を考慮し、
大混乱になるかも知れぬと、敢えて押さえたものかどうかも今は不明だが、
ただ、交通整理担当とは明らかに装備の異なる警察官の姿が多いというのは、
単なる犯人捜索のため以外に、
万が一にも犯人がコースへ乱入し、
開き直って暴れたら…という恐れからかも知れなくて。

 「何でまたこの日にやるかな、そいつもよっ。」

見つけたら袋だたきだぞ、こんやろがと。
さすがその道の強わもの揃い、
今だけは真剣本気で怒かっておいでの、恐持てご一行様じゃああるが、

 「ともかく、捕り物は警察に任せとけ。」

まさかに彼らの地元で、
しかもこの日に、他でもないこの日に、(重要なので繰り返しました)
そんな怖いもの知らずなやんちゃを、しでかす身内はおらんやろと。
そういう方向からも、憶測のしようが一味違う皆様だったりし。
(おいおい)
何せ、彼らにとって
今の今 一番大事なことはといえば、

  我らが代表ランナー、
  静子さんとブッダの兄貴の健闘を、
  ただただ粉骨砕身 応援すること、なのであり

寒い中でのランニング練習中、
うっかりと足をくじいてしまった竜二の兄さんへ、

 『あんたの分もアタシが頑張るからそれでいいじゃないか、
  去年の6位より上を目指すから、よっく見てなよ』 と

わざわざ言うのはさすがに恥ずかしかったか、
白い頬を染めて、ちょっぴり照れつつの斜に構え。
それでもきっぱり言い切った恋女房様 且つ姐さんを、
見守るしかない男どもとしては、
せめて渾身の声援で支えないでどうするか。

 「ブッダの兄貴が杖代わりンなってて 結構なペースやぞ、急げ。」
 「折り返し地点までの抜け道を探せ。」
 「おうっ。」

コースなればこそ通行止めになっている中通りは勿論のこと、
検問に引っ掛かっても結構な遅れを取ってしまうのは明らかで。
しかも、
30分以内に駆けつけないと通過してしまうだろうハイペースと来て、
応援団を乗せたボックスカーの中は、
各所への情報収集へと電話したおす声も飛び交っての
一時騒然となったものの、

 「よしっ、行きやすぜ?」

カーナビのみならず、警察無線での手配も聞きつつという、
最新版の情報を元にして、最短で到着出来よう道を決め、
ドライバー担当の舎弟さんが、気合いのようにそんなお声を掛けたれば、

 「おおっ、」
 「気張れや、タツ!」

な、何か…今から仇敵のヤサへ出入りにでも乗り込むような
微妙な盛り上がりようになっておりますが。(う〜ん)

 ただし、

そんな皆様の、真の意図が酌めればこそで、
愛子ちゃんとイエスまで、
えいえい・おーっ!と元気に拳を振り上げたものだから。
たまたますぐ間近に居合わせた、
やはりマラソン参加者のご家族らしき通行人の方々。
突然 沸き上がった、
車体を震わすほどの迫力の怒号へはぎょっとしたものの、

  …ああ、応援の方々なのね、と

窓側に覗いたメシア様の朗らかな笑顔に、
なぁんだと胸を撫で下ろした効用は
なかなか結構なものだったようでございます。





     ◇◇◇



さてとて、
こちら そんなどたばたなぞ一向に届いてはない、
ランナーの皆様へ眸を転じれば。
大寒は明日だというに、
顔や腕脚に当たる風が冷凍庫のそれのような痛さという、
正しく極寒の中の疾走となっており。
それでもお天気自体は今のところようよう晴れていたし、
沿道の至るところに立っている応援の人々から
手を振られ、声援も飛んでの、なかなかに和やかな雰囲気で。
アスファルトを蹴立てる足音の群れの小気味よさも軽快に、
先頭集団の皆様は、今のところ順調なペースで
商店街の外の中通りへと入ったところ。
昨年も参加した静子さんによれば、
もう少しほど進んだところで、
フルマラソンの組は川沿いのジョギングコースへ分かれてゆくので、
結構な人数のこの集団も、そこからはほぼ半分くらいになるらしい。

 “…今年は やけに交通整理が多いねぇ。”

ちゃんと走りへ集中しておいでではあるが、
それでもついつい とある制服には過敏になるものか。
(苦笑)
沿道に立つ人々の中、
濃紺の制服巡査が多いことへ気づいたらしい静子さんと
着かず離れず、並んで走るブッダ様の方はといえば。

 「……。」

あまり根を詰めると
大人が跨がれるほどの大鹿が出て来かねぬことを
用心して…いるということもなく。
真剣真摯な無表情のまま、
結構 速めのペースを保ってただただ黙々と走っておいで。
凍るような風のみならず、
ふるふると揺れる福耳が頬に当たるのがさすがに冷たいものの、
そんな弊害障害も何するものぞという一心不乱。
のほほんとした優しい笑顔しか知らないだろう、
婦人会の皆様におかれましては、

 あら意外とかっちりした体つきだったのねvv、
 何とも頼もしい走りっぷりじゃないのvv、と

横断幕を振る手も思わず止まるほど、
日頃のよく気のつく 至れり尽くせりな主夫ぶりよりも、
ストイックな勇ましささえ醸すほどの雄々しさが全面に出ておいで。
さすがは仏門開祖様で、
慈愛の如来とはいえ、その芯となる心根はしっかと強靭なのであり。
こうと決めたものへの精進にかかれば、
それがどれほどの艱難辛苦であれ、
乗り越えんとする根気がどこまでも続く。
そんな屈強な心意気が、
彼の真っ直ぐな信念を頑として鎧っているものかといや、
実は……微妙なところだったりし。

 『ブッダ、静子さんっ! 頑張れ頑張れー!』

スタート地点でさっそく掛けられたそれ、
イエスからの声援はよく聞こえて、

 “何でかなぁ。///////”

日頃だって もっと気の利いた言葉とか、
朴訥ながらもキュンと来ること、
のべつ幕なしにいっぱい言われているはずなのにね。
頑張れーっと、人前で大きな声で叫ばれたのが、
その大きさ分なのか、どすんと胸を貫いてった威力の凄まじさよ。
あの場には参加者も応援の人らも入り乱れ、あんなにも人が一杯いたし、
イエスとは かなり離れてもいたのにね。
しかもしかも、
スタートの号砲に素早く反応しなけりゃあという緊張から、
それらが混然となってしか聞こえなかったはずなのに。
此処にいるよ、ちゃんと見ているよ、大丈夫だよという、
そんな温かい想いと共に、
この胸へ しっかと届いた声だったのが得も言われず嬉しかったし、

 「…?」

ふと、懐ろに本当にほのかな温みを感じ、
寒さよけの手套のまま
そおと手を伏せ、触れたれば。

 「? どうした、腹が痛くなったかい?」

まずは静子さんから案じられちゃったが、(笑)

 「あ、いえ。お守りが…。////////」

ぎこちなく微笑って“此処に提げてて“と言いたいらしいのを、
そこは素早く察したお姐さん。
ふふんと、微笑ましいねぇという笑い方をして、
それ以上は問わずに前を向く。

 “仲がいい二人だもんねぇ。”

きっと あのイエスが子供のような思いつきから
大仰にどっかの神社で買ったのを渡されて、
それを提げてでもいると思ったらしかったけれど。

 「……。////////」

重ね着した服の上からだというに、
手のひらを当てれば ほのかな温みがそこへと届く。
最愛の人への思いやりが籠もった誓いの指輪、
しかもしかも最聖人による祈りつきの威力は
寒風にも負けぬほど、半端じゃあないというところだろうか。

 “あ…。///////”

頬に当たれば冷たいのみならず、
冷えたまま振り回されることで耳朶自体も痛いはずが、
含羞みついでに ほわほわりと温まってきたせいか、
その痛さが消えている。

 “凄いなぁ、イエスありがとね。///////”

何だか負ける気がしない、
どこまでも走っていられそうだという
途轍もない自信までもが溢れるままに。
たかたったかと軽快な走りを見せ続けるブッダ様と、
それに導かれる格好
こちらも絶妙なピッチで駆けている静子さんという、
ハッスル商店街陣営 最強主婦(夫)のお二人だった。




   ………………ので。


ハーフマラソン&10キロマラソンの折り返し地点、
5キロ離れたところにある、
こちらの区域の公民館前のロータリーをぐるりと周回する二人へと。
通行止めと検問を何とか避けて避けてして、
あちこちの抜け道を乗り継いで 何とか迎える格好で追いついた応援団の、

  がんばれーっ、かーたん、あとはんぶんだよぉーっ!
  ブッダ 凄い凄い、いいペースだよっ!
  姐さん、兄貴、踏ん張れ踏ん張れっ!

沿道からのやんやという声援に励まされたのが功を奏したか。
まずは“女性10キロの部”で、
静子さんが4位入賞という
約束通り昨年を上回った順位で、快挙のゴールを決めた。
女性らのゴールへという別れ際に、

 『伴走ありがとね、頑張るんだよ』と

静子さんからポンと背中を叩かれたことが、
ブッダへのますますのパワー注入となったようで。
女性らがごそりと抜けても
全体の順位はさほど変動しないままだった
ハーフマラソンの部の後半…だった中、

 「お…。」
 「あ、あの人 凄い。」

さすがに ラストスパートかという勢いではなかったけれど。
それでも目に見えてというほどの加速をつけ、
疲れ始めた人々の中、ぐんぐんと順位を上げてゆく螺髪のお人は、
観衆の目もようよう引いたし、

 「ほら、アタシの世話はいいから追うんだよ。」

順位の受付等があるのでと、係員に本部へ招かれた静子さんもまた、
自分よりまだ走っているブッダをサポートしないかと、
ゴールで待ち受けていた応援団のボックスカーへ発破を掛けたため。

 「兄貴、俺らが向かいやすっ。」
 「おお、頼んだぜっ!」

竜二さんと愛子ちゃんを降ろした顔触れで、
再び折り返し地点へと向かって下さるところが何とも義理堅い。
酔い止めの薬が効いているものか、
イエスも今のところは元気なまんまであり、

 「ブッダったら無理してなきゃいいけれど。」

何とも凛々しい姿が頼もしかったものだから、
その姿を視野に入れた瞬間、それはそれは きゅんと萌えたものの。
急に加速したようにしか見えない走りっぷりだったのへ、
あとに堪えぬかと、ドキドキと案じてしまっているほどで。
一方で、

 「ちい、さっきの道にもマッポが出てやがる。」

こっそり局地的に話題集中のコンビニ強盗の、(おいおい)
その逃走の足取りさえ掴めぬからか。
ほんの30分ほど前には通れた道沿いにも、
新たに制服巡査たちが、監視のためだろ姿を見せつつあるらしく。
竜二さん云く、
今日は何もしちゃあいないのだから怖がる必要はないとしつつも、
職務質問とやらで引き留められたら、
分単位を争う規模のマラソンなだけに、
肝心の沿道からの応援が出来なくなってそれこそ一大事。
それらの情報を詳細に知らせろと動員された若いのが
沿道へどっと繰り出したことも…もしかして
警察サイドのただならぬ警戒を強めさせた一因じゃあないかというのは
まま 今はさておいて。(おいおい)
折り返し地点へ再び急ぐボックスカーは、
日頃どういう鍛練を積んでおいでか、
そこも聞くのが怖いので もう一回さておいて(こらこら)
普段は子供らが鬼ごっこに駆け回っているような、
車の幅ぎりぎりしかないため住人でさえ車では通らぬような、
そんな住宅街の細い小道を何本か抜けてののち、
何とか先程も声援にと立てた“折り返し地点”へ辿り着けたものの、

 「ちょっとそこの。」

さあ、此処の後はいよいよのゴールへ急ぐぞと、
声援班を降ろしたそのまま、車の向きを変えていたところ、
こちらに立っていたお巡りさんからのお声が掛かった。

 「さっきから何度も何度も行き来してるよね。」
 「マラソンの応援でさあ。何か問題ありやすか?」
 「いや、うん。それは判るんだけどもね。」

今はちょっと、何だからねぇと、
お巡りさんの側でも声を大には出来ないか。
やや言葉を濁しつつ、運転席のお兄さんを見やると、
事情聴取用のだろうバインダーを開きながら近づいてゆく。
そんなこととは気づかぬまま、

 「あ、来たっ。ブッダーっ、あと5キロだよーっ!」

さほど疲れているようにも見えなかった、
やはりやはり頼もしい限りで激走中の伴侶様へ。
おーいーっと両腕を頭上でぶんぶんと振り回して、
精一杯の声援を贈ったイエスはイエスで。
だがだが、

 「……何か変だ。」

ハイペースのまま たったか駆けてった伴侶様だったのへ、
おやぁ?といきなり不審顔になって見せていて。

 「何がです?」
 「もう終盤っスから、
  バテて来てて 返事や会釈が出来んのはしょうがないっスよ。」

顔見知りになっているヤスさんが訊いたのへ、
別な舎弟さんが声を重ねて来たその言いようも
理屈として判らなくはないのだが、

 「そうじゃなくて、すぐ傍にいた人がね…。」

確たる何かが目に止まったとか、
おや不審だと気づいた訳じゃあないのだけれど。
所謂、勘というか感触のレベルのそれなんだけれど。

 “あんなにもばてばてで、走り方も覚束ない人が、
  何でまた、ブッダが後から追いついた集団にいたのかな。”

実際にかかわるという格好では
スポーツにはほぼ無縁のイエス様だが、
ブッダ様というスポーツ万能な人が身近にいるお陰様、
観察眼だけならば ずんと磨かれてもおいで。
なので、ハーフとはいえマラソンに出場しようという人で、
今の今まで上位集団にいたにしては、
何ともお粗末な走りじゃあなかろかというのが気になった。
しかも…何だかブッダが気に留めてるよな素振りをしていたと、
だからこそ、赤の他人のことだのに妙に引っ掛かったらしいイエス様。
むむうと口元を歪めてしまわれたが、はてさて。


 大川&ハッスル商店街協賛 大寒マラソン、
 ハーフマラソンコースもいよいよのラストスパートと相成りましたが、
 思わぬ事態も絡まって、さあさあ どうなる? どう転がる?(こらこら)






    お題 “言葉なんて無くたって”




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  *いかん、まとまらないぞ。
   このお部屋のお話には不慣れな騒動、
   強盗事件の陰なんてものを絡めたせいでしょか、
   収拾にもちょっとかかりそうなので
   マラソンをもう少し続けますね。


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