恋でも愛でも 理由なんて あとからでvv

 

     2



春という格別の新しい季節の到来に合わせ、
顔見せだ歓迎会だとちょっぴり浮かれるお花見も、
北領を除く地域では そろそろ終わりつつあって。
樹木の梢に芽生えた若葉たちが
顔を出した順番に色みを濃くしてゆくのが何とも目映い今日このごろ。
気持ちも新たに歩き始めた人々も、
そろそろ それぞれの新しい環境へ落ち着く頃合いではあるものの、
人によっては 襟を正しすぎた緊張もつのっていようかという、
この微妙なタイミングでやってくるのが、
春の連休、ゴールデン・ウィークというやつ。
思い切った遠出をする人は
早くも新幹線の予約チケットを取ったりしているそうだが、

 「そういや、
  今年のは真ん中にがっつりと
  ウィークデイが挟まるんだそうですね。」

 「そうらしいねぇ。
  よくて四連休が二つって格好かねぇ。」

長い連休…と言われても、
生国が違うその上、
此処にいることが既に“バカンス”である身のブッダなぞは
そうか だから番組編成が違うのかとか、
だから人出が違うのかという形でくらいしか
実感は伴われなかったりもするし。
会社に勤めているでない 大家の松田さんにしてみても、
お孫さんが遊びに来るという意味じゃあ楽しみらしいが、
自身が遠くへ旅行にでも出掛けようかという方向で計画を立てるでなし。
どこか他人事という感じで口にするところは、
二人とも似たようなものかも知れぬ。

 まあ大きなラインで流れ作業してるような工場なんかは、
 盆休みみたいに一斉に操業を停止してしまうってところも
 あるのかも知れないけどね。

 今時にそれってかなりの太っ腹ではないですか?

 そうかい? 作業効率を考えれば、
 途中途中で区切って混乱するよか いっそ得策だろうよ。

 そうは言っても、
 駆け込み需要の反動で、物がなかなか売れなくなってるからこそ、
 新製品で呼び込まにゃあって態勢が…などなどと

実は経済新聞系のニュースもお読みの松田さんなので、
ブッダとだけ顔を合わせると、そういう話をしないでもないそうで。
まま、このくらいならば一般常識の範囲なんでしょうが、
イエスが相手だと、まずは出て来ない話題に違いなく。

 “…いや、そんなこともないですよ。/////////”

おや、これは失礼。
決して無邪気な伴侶様をくさしたつもりはなかったので、
どうかどうかご容赦を。(苦笑)
というか、ゴールデン・ウィークといや、
昨年の子供の日、
松田さんから久し振りにうっすらと誤解されかかった挙句、
アナンダとのキャッチボールなんてことへ運ばれた
ブッダお父様だったんじゃあなかったか。
強引にも程がある“親子の対話の図”だったけれど、
ああまで大きな息子だと判ったからには、
今年は“どっか居酒屋にでも行って来い”でしょうかね?(こらこら)

 「ところで、イエスさんはお出掛けかい?」

何から何までべったり一緒じゃあないにしても、
こうして片やが アパート前などで引き留められていたりすれば、
もう片やが5分以内に顔を出すという彼らの呼吸も
何とはなく御存知の松田さん。

 “もしくは、こちらさんが
  最初の話だけで手際よく切り上げてるトコだろうにね。”

そういうところもお母さんみたいだと 薄々感づかれておいで。
だというに、
ロン毛のお兄さんの姿がないままだわ、
こうまで腰を据えて世間話を続けている彼だわということは…と、
推量というほどでもない察しを巡らせておれば。
そちらも、意を得たりというほどでもなくのあっさりと、
上背があるのに居丈高には感じられない一番の理由、
誠実で柔和そうなお顔、ほこりとほころばせるブッダであり。

 「ええ。お弟子…というか、
  後輩さんたちに何か御用があるとかで。」

ちょっと言葉を選びつつではあったが、
今朝早くに出掛けたんですよと すんなり応じてしまわれる。
先だってもそんなお出掛けをしたばかりなイエスじゃあったが、
ひとかたならぬレベルでの
慕い慕われという間柄なのへはブッダも理解があるその上、
それでなくとも、彼らには GW以上に特別な日が近い。
神聖な日のはずだのに ブッダが脱力半分で驚いたのは、
クリスマス以上に“ドッキリ”色を醸したがっていた
イエスの使徒の皆様だったことだけど…と来れば 読み手の皆様にも通じよう、
神の和子様、イエスのセカンドバースデイ、
復活祭ことイースターが迫っているのであり。

 “今年は4月20日の日曜日ですってね。”

春分の日と満月との兼ね合いなため
毎年“当日”が変わってしまい、
そんな調子で“何月何日”と決まっていないせいでか、
日本ではいまだに知る人も少ないまんまな行事だが、
キリスト教の世界では、
それこそクリスマスに並ぶほど重要で大切な祭り。
イエス・キリストが十字架に掛けられて絶命し、
だがだが3日後には復活した奇跡を皆で記憶しましょうという、
言わば教えの根幹にもあたろう事象を祝う日であり。
そんなせいだろか、
自分の誕生日であるクリスマスが何の日かは
相変わらず どこまで把握しているのか定かじゃあない ご本人なものの、
こちらの日は、天界にいた時分からも
イエス自身からして ワクワクしながら毎年待ってたくらい。
とはいえ、

 “イエスの方から話があってのだなんて…何だろね。”

ブッダが知る限り、
お弟子の誰かから連絡があってという気配はなかった、
今朝方、いきなりイエスが言い出しての外出で。
はっきり そうと言った訳じゃあないけれど、
ちょっと出掛けるねと言い置いたおり、

 『いや何、はつか…じゃなくて、
  これからの我らの指針についての、あのその、ちょっとね。//////』

そこもまた相変わらず、
うっかりと口に仕掛かり、慌てて誤魔化した日付からして、
やはりそれに関する話をしに行ったのは間違いなさそうで。(笑)
昨年のではブッダも驚かされた 例の“ドッキリ”仕様、
今年は辞めようよとお願いしにでも行ったのだろうか。

 “でも、ああいうお遊び企画、
  実はイエスも大好きみたいだから…。”

師と仰ぐ人へも容赦がないなんてと、
ブッダには相変わらずなかなか馴染めないそれながら、
イエス自身が“一緒に騒いで盛り上がってこそだ”というノリでいるようだし。

 “それはないかなぁ。”

ぼんやり考えごとをしつつだったせいか、
掃除していた換気扇の羽根をクレンザーで擦りかけ、
ああいかんいかん、細かい傷をつけちゃうトコだったと、
判る人が物凄く限定されそうな、(ホンマにな)笑
家事の達人らしからぬ“うっかり”を
ついついやらかしかけたブッダだったほど。
これはまずいと、
気分転換も兼ねて外へ出て来たようなものだったのだが、
そんなところへ、

  ♪♪♪♪♪〜♪♪

流れ出したのが、某海賊映画のメインテーマであり。
ありゃとジーンズのポッケを探ってスマホを取り出せば、
やはりやはり イエスからの通話の着信で。

 「イエス? どうしたの?」
 【 …あ、ブッダ、あのね。】

人通りがある開けた場所からなのだろう、
かすかにざわざわした気配にくるまれているような空間から
イエスのやや切迫を含んだ声がして、

 【 私の用は済んだんだけど、
   通りすがりのお茶屋さんが転んでしまって。
   それで雑貨屋さんの奥さんが、あのね?
   あ、私は大丈夫なんだけど、すぐには戻れそうになくて…っ。】

 「イエス、落ち着いて。」

いつにも増して要領を得ないのは
一大事に遭遇したからか、
それとも今現在もみくちゃにされかけているからか。
言いたいことが多過ぎる中、
急がないとという事情に迫られてもいるようだと、
何とはなし察せられたブッダとしては、

 「今どこにいるの?」

押さえ付けるような口調にならぬよう注意しつつも、
滑舌のくっきりした訊き方をする。
浮足立っていては埒が明かぬと思ったからで、

 【 えとあの、駅前の商店街の中の、】

イエスがアルバイトでお世話になっている
いつもの雑貨屋さんかと思っておれば、

 【 ぷちふるーるっていう、イートインつきのパン屋さん。】
 「……何でどうしての部分は、後で訊いていいかな?」

思いがけない店種店名が飛び出したため、
今度はブッダが ひょっと息を吸い込むほど混乱しかかったものの。
自分まで浮足立っては話にならぬと思い直したところが、
さすが冷静沈着な、仏界の誇る“知慧の宝珠”様。

 「戻れないというなら、私がそっちへ行っていいのかな?」
 【 えっと、うん。でも、話が出来るかどうか。】

説明仕切れるかは判らないらしい言いようになった彼の、
その背後からだろか、自動ドアによくついている特長のあるチャイムの音がして、
あ、いらっしゃいませと慌てたように応対するイエスの声もしたものだから、

 「……判らないけど判ったから今から行くよ。」

核心部分は相変わらずに紗が掛かっているものの、
何だか大変そうな事態に巻き込まれたイエスらしいというのは
それこそ長年の経験からピンと来たブッダだったようで。
手短な言いようになったせいで、

 “判らないけど判った?”

傍らで聞くともなく訊いていた松田さんが怪訝そうな顔をしたものの、
まま、そこはお約束のようなもの。

 【 ありがとぉ〜っ。】

助け舟としては間違ってなかったらしく、
困っております状態のおりの
最大級的“救援求む”な声を出したそのまま
通話が切れたスマホをぎゅうと握りしめた釈迦牟尼様。
きょとんとしている松田さんに一礼すると、
身支度のため、自宅のある二階へ一旦駆け上がったのだが、

 「あれまあ…。」

何とも凛々しく冴えたお顔だったのが印象的で。
一体イエスは出先でどんな目に遭ってるものかと、
その勇ましさから、却って案じさせちゃったようでもあったそうな。





     ◇◇



とはいっても、
ブッダの側にも何とはなく…事態への輪郭くらいは予想もあって。
駆けつけたのは、
片側が角地に当たる位置どりのガラス張りになった明るいお店。
手前にショーケースや商品棚を据えた販売スペースを取り、
奥まったところへテーブル席と壁沿いにスツール席を設けてイートインとした、
ここいらではちょっと人気の手作りパンのお店だそうで。

 “パンのお店には、確かにあんまり縁がなかったよねぇ。”

朝食用にという食パンを買わない訳じゃあないし、
菓子パンだって買いもするが、
どちらもスーパーで売っているヤマギワパンと決めている。
こういうお店特製の手作りデニッシュやお総菜パンなども、
手が掛かっていて美味しそうではあるけれど。
はっきり言って腹もち感に比して単価が高すぎる気がするので、
ブッダの感覚では いっそスィーツ扱いになっており。
そうともなると、ちょっとした菓子類は手作りしちゃう彼なので、
結果として進んで入る気はしなくなるらしく。
そんなこんなという事情というか感覚から、
今の今まで 床屋さん以上に店内に入ったこともなかったお店であり。
自動ドアだと思っていたが、
実際は やや重たげなガラスのスイングドアを押して入れば、
頭上で独特なリズムのチャイムが鳴って来店者を知らせる仕組み。
お客様への朗らかなお愛想も売りのお店らしいのだが、

 “…何か、それどころじゃなさそうだよね。”

四角いトレイへトングで取り分けたお好みのパンを載せ、
レジでお会計というよくあるタイプのベーカリー。
その奥向きにあるイートインでは、
注文すれば飲み物つきのセットも用意されているらしく。
とはいえ、小さな商店街の中の店、
平日のお昼時だけに、地元の主婦層くらいしか利用者はいないかと思いきや。
押すな押すなは大仰ながら、
レジにはトレイを手にした数人が列を作りの、
店内もちょっぴり通路が埋まりかかりという混雑ぶりなのが、
特別な売り出しの日かと思わせるほどの盛況ぶりで。
こんがりとした焼き色も香ばしそうな、
定番の食パンや菓子パン各種からデニッシュやパイ。
サンドイッチのコーナーには、
コッペパンにポテトサラダや焼きそば、コロッケを挟んだ総菜パンも並び、
イギリス風 山型パンに、クルミの入ったライ麦パンや、
長いのや丸いのがあるフランスパンなどなどまでもが、
かなりのペースで棚から次々とチョイスされていて。

 「…結構な繁盛ぶりだねぇ。」
 「あ・うわぁん、ブッダぁ〜っ。」

結構込み合っている店内の一角、
そこが作業室なのか、バックヤードから出て来たのが、
食べ物屋だからだろう、まとまりの悪い深色の髪をうなじで束ね、
見慣れたTシャツにGパン姿の上へ帆布エプロンを着付けた姿で、
蓋つき型のアルマイトぽい大きな平箱を
うんしょと両手掛かりで抱えて出て来た、メシア様ことイエスであり。
ほぼ半日ぶりのご対面とあって、
どちらが救世主なのだかというお顔になった彼だったが、

 「あ、イエスさん。クリームパンの補充お願いします。」

カウンターの内へケースをおいたのと交換するかのように、
女性店員さんから“はい”と手渡された平たい籠があり。
ショーケースの裏になるそちらも随分と忙しそうな有り様で、
これは…困っている人には弱いイエスが逆らえないのも無理はなかろと、
ブッダも得心しつつ、苦笑をしもし。

 《 話は後で聞くから、今はお仕事に集中して。》
 《 うん。///////》

他の誰の意識も視線も妨げにはならぬそれ、
伝心にて意を伝え、笑顔を見せて怒っていませんと示せば、
やっとのこと、イエスの側も少しは安堵の顔を見せる。
彼としては 忙しい事態へ巻き込まれたこと以上に、
この愛しいお人を
何の説明もしないまま放り出してる格好になっていないかと、
それが気になって気になってしょうがなかったようであり。
緊張がほどけたような笑顔を見せてくれた彼だったのへ、

 “〜〜〜vv////////”

そうだと読んだ自分の自惚れごと むしろ救ってもらえたようなのが、
ブッダの側にも甘酸っぱいくすぐったさを齎す至福よ。

 “もうもうもうvv//////”

いい歳をしての初恋に、
いまだに慣れの境地にまで至れずで。
些細なことへも焼き餅を焼いての落ち着けず、
そうかと思えば内緒ごとがあると動揺してしまうよなブッダなの、
困った人よと呆れず、失笑もせず。
ごめんねごめんねと言葉を惜しまず、
大丈夫だからね 愛しているよと、
いつも真摯にやさしく宥めてくれる人。
何であの頼もしいまでの鷹揚さが、
普段の、例えばこんな窮地に発揮されないのかなぁと、
随分と後になって“そういえば…”と小首を傾げてしまったほどに、
何よりもブッダをこそ優先してくれるイエスなのであり。

 《 じゃあ 後でね。》

安堵とそれから覇気ももらいましたということか、
彼なりに大きく胸を張り、
この店の看板、クリームたっぷりカスタードパンを盛ったトレイを掲げ、

 「商品通りま〜す、失礼しま〜す。」

人の隙間を縫うように、陳列棚のフロアへ進軍してゆく彼を見送り、
うんうんと感心したように頷いてから、

 「あの私もお手伝いしたいのですが。」

カウンターの店員さんたちへ向け、
ブッダがそうとお声をかけるや否や。
お母様世代から もちょっと若手かお姉様がたまで、
そこに居合わせた数人の女性陣がわあという歓喜のお顔をし、

 「では、エプロンを、それと手も洗っていただいて。
  …あ、みっちゃん、こちら、ブッダさん。」

 「は〜いvv」

気のせいだろうか、
お客様がたの方でまで“きゃ〜vv”という声なき声が上がったような。
思いがけないことに見舞われたのは最聖のお二人のみならずで、
今日は何から何まで特別づくめになった
ベーカリー“プチ・フルール”さんだったようでございます。




     ◇◇◇



一体 何がどうしてこうなっていたのかというと、
ブッダもそこまでは知っていたお出掛け、
駅付近のド○ールに お弟子の誰かを呼び出し、
何やらお話をしての帰り道がコトの発端だったそうで。
近道だからと商店街の中を突っ切って行こうとしかけたところ、
昨夜のうちに降ったらしい雨で濡れていたマンホールに足を取られ、
お茶屋さんの女将さんがすってんころりと派手に転んだ。
それがちょうど、イエスにも縁の深い雑貨屋さんの前であり、
まあ大変と駆け寄った店主さんが容体を訊いたが、
腰をしたたかに打ったか痛くて立ち上がれぬというので、
病院へ連れて行こうという運びとなって。
保険証だの要るものもあろうからと、
お茶屋さんの娘さんを呼びに行ってのタクシーを手配しておれば、
その娘さんというのが、近所のパン屋さんでのお手伝いをしている身、
忙しいおりは 結構お客の入りの多い店なのでと頼まれた仕事ゆえ、
自分がいないと大変なんじゃないかと案じて見せたものだから、

 『…そこは私に任せてと、胸を叩いてしまったんだね。』
 『胸なんか叩いてないもの。』

軽率な安請け合いはしてないぞと言いたいか、
ぽそりと言い返して来たものの、
仲のいい商店街ならではの助け合いの連鎖に
自分から巻き込まれたらしいイエスには違いないらしく。
パンを焼くとか、調理パンを作るとかいう専門的なことはしなくていい、
お昼時にはイートインへの利用者も増えて店内がやや混むため、
引っ切りなしとなろう、棚への商品補充をしてくれればと、
手際を説明されつつ、エプロン姿になった彼がフロアへ出た途端、

 『え? 何でなんで?//////』
 『うあ、イエスさんだvv』
 『今日来て良かったぁvv』

ご近所の学校の子がお昼ご飯を買いに来ることもあるそうだというのは、
雑貨屋さんの店頭アルバイトをしていたおりに 知ってはいたイエスだが。
それでなくとも新学期が始まったばかりで、
授業が本格的に始まってはない学校もあるらしく、
そんなこんなという事情で
割とお早い時間帯から来合わせていた女子高生らが、
目ざとくも素早く気づいたその上、
“おお、顔見知りのお兄さんじゃありませんか”と
異様に沸いてしまったのが問題で。

 “そうなんだよねぇvv”

ちょっぴりイケメンで、なのに朗らかな天然さんなものだから。
気安く話しかけられるお兄さんとして、
本人が思っている以上に実は人気者でもある存在の登場に。
ついつい…今時の便利ツール、スマホを使って
聞いて聞いてとお友達へ広めてしまったクチがいたらしく。

 「な、何でだろうか。今日はまた物凄く混んでない?」
 「あんドーナツ追加っ。」
 「シナモンエスカルゴ、午後の仕込みも焼きますか?」
 「クロワッサンあがりましたっ。」

窯と調理場担当のスタッフがいつも以上のフル稼働状態になるわ、
客数とお店の広さとの拮抗から、
商品補充とレジとがこちらも日頃以上の回転を求められるわ。
イエスも慣れぬ身ながら、売れ筋商品を何往復も運びまくるわ、
その合間にお客様である女性らへ“どうもどうも”と愛想を振るわ。

 “それが問題だったとはねぇ。”

苦笑が絶えないブッダ様なぞ、
実はお店へ着く前から、そんな気配に気づいたほどであり。
ブッダにも見覚えのある制服の、
某ミッション校のお嬢さんたちの一団なぞ、

 『イエスさんってどんな人ですか?』
 『お名前からして、教会関係の人でしょか。』

新入生なのだろう、
真新しいからか やや肩の線が合ってない子もいる、
いかにも初々しい制服姿の後輩からそう訊かれ、

 『そこまでは知らないなぁ。』
 『でも、この商店街を使うことになるんなら、
  知っといた方がいい有名人なんだからvv』

先輩なのだろお姉さんたちが、鼻高々に応じていたのが
何とはなく聞こえたブッダにも何とも微笑ましくって。(苦笑)
選りにも選って、
投入された助っ人が更なるてんやわんやを招いていたとは、
お釈迦様でも御存知あるまい。

 “いや、知ってますってば。”

あ・そっか、そうだったねぇ。(笑)
ただでさえ忙しい時間帯へ、
もっと人を呼んでしまう“客寄せ”を
知らず配置してしまったものだからという繁盛っぷり。
来店したことがないにも関わらず、
イエスのみならず ブッダのことまで知っておいでだったお店の方に誘なわれ、
こちらはイートインの方で、
菓子パンかブリオッシュやクロワッサンか、サンドイッチと、
カフェラテや紅茶、オレンジジュースのセットという
ランチメニューのサービスを運ぶ担当を任されたブッダ様。
いらっしゃいませとの笑顔も神々しく、
何へかは知らねど御利益がありそうな御手での接客に、
こちらでも“きゃあvv”と、
必死で押さえつつも華やいだ悲鳴が上がりまくりになってたらしく。

 「先輩、あの方は?」
 「さっき言ってたイエスさんと、
  お部屋をシェアなさってらっしゃるブッダさん。」

お料理がお上手で、
去年の卒業生に、合格祈願つきのカップケーキを焼いてくれたんだってと、
そっちもさっそく伝説になってるらしい逸話が取り沙汰されており。
その段階までは、ブッダとしても
“可愛いなぁ”という他人事で済んでいたのだけれど、

 「…あのあの、///////」
 「はい。」

ミルクティのお代わりですか?と、
テーブルからのお声かけへ にこり応じれば。
そちらもやはり高校生なのだろう女子の人が、
自分の口許へ手のひらをあてがって囁いて来たのが、

 「あの、ブッダさんはイエスさんの恋人さんのこと、
  御存知じゃあないですか?」

 「……はい?」

なんか凄い美人の恋人さんがいるって聞いてて、
時々此処の近くでデートもしていて。
手をつないでたり、何のキスしてたって話もあるくらいで、

 「でも なんか、
  知り合いにははっきり見たって子もなかなかいないんで、
  どんな人かなぁって。」

 「同居してるブッダさんだったら、
  もしかして知ってるんじゃありませんか?」

 「…………え?////////」

 髪の毛が足元までありそなほど長くて。
 そうそう、しかもサラッサラだったって。
 色白で眸が大きくて、口許がちょっぴりセクシーで。
 あ、それアタシ知らない。
 吹奏楽のサッコ先輩が言ってたよ、
 坂田先輩が去年の夏祭り前に見たんだって…と。

お嬢さんたちにすれば、
特に深追いしようというよな意図まではないらしく。
ごくごく身近にいた そうまで華やかなカップルの噂への、
ちょっとした好奇心レベルのそれなのだろが。

 「あ、やっ、えとあの…。//////」

訊かれた方はそれどころじゃあない。
だって、それって間違いなく、
こちらの釈迦牟尼様が、混乱したり動揺したおりに
うっかりと螺髪がほどけてしまった姿なのであり。
しかもお外でという、目撃者もあった場でのことゆえに、
どれほど混乱していたのかまでも、一気に思い出されてしまい。

 「〜〜〜っ。////////」

取り繕うための文言を構築するどころじゃあない、
うわわぁと頬から耳から真っ赤になってしまっておれば、

 「こらぁ。」

そんな彼らの背後から、やや低い響きで掛けられたお声が1つ。
どうぞと延ばされた手の先、
小ぶりのお皿に乗っかったジャムつきのロールパンを差し入れしつつ、

 「ブッダはお仕事中なんだから、
  そんなお話に引き込まないの。」

やっと販売フロアは一段落したものか、
ブッダを呼びに来たらしいイエスが
わざとらしいからこそ、目許が鋭く眇められたそれ、
“メッ”というお顔を作っておいでで。

 それでなくとも真面目な堅物さんなんだよ?
 人の恋愛事情を言い触らすなんて 出来っこないんだから、と

言いつつすぐにも“ふふーvv”と微笑って見せて。

 「疲れたでしょ?
  店長さんが奥で休んでくださいなって。」

ブッダもまた、人当たりはいいし、
何と言っても多くの信者を前に、滔々と説法を紡いだりしもする身ゆえ、
人と接すること自体へは臆しもしなかろうけれど。
こんな格好での接客なんて、もしかして初めての仕儀だったに違いなく。
いきなりごめんねと、眉を下げつつ微笑ってくれるイエスのお言葉に甘え、
それじゃあと、彼と入れ替わるよにして、
カウンターの奥らしい休憩の場へと向かいかかる。

 「…大体ねぇ。
  わたしの恋人なんて話、どこから沸いて出たんだい?」

だって、みんな見たって言ってるものォと、
当の本人を前にしても引き下がらない無邪気さ相手、
くすすと微笑うイエスなのをちらと見やり、

 “……。”

万年モテ紀のアナンダとは別次元で、
彼もまた、ある意味 もてる方だなぁと思う。
…いや悋気はおいといて。(苦笑)
アガペーの申し子だからか、
いやいや、天真爛漫、天然で無邪気だからかも?

  そして今、
  どんな好意も受け止めるが、
  そのまま受け流す彼の横顔を見るにつけ。
  それが朗らかなればこそ、
  何となく胸の奥がしくりと
  ひりついてならないブッダでもあって…




たまには 懲らしめてやろうと構えての言動というもの、
過去に一度くらい、なくはなかったかもしれないが。
人の贖罪を背負う身であらせられ、
基本、何でも許してしまわれるイエスだから。
何の下心もなく、且つ、相手を疑わず、
どんな罪人も嘘つきも区別なく、
誰をも受け入れてしまう、尋深きやさしい人。

 その結果、自分がどれほど傷つけられても
 決してその無垢な眸を穢されはせず、
 眼差しも声音も歪まぬままに柔軟で。

あふれんばかりの慈愛と光の覇気あってのなせるもの、
そうまで底知れない強靭な心をもつのも、
神の子ならではなのだろうが。
頼もしいが同時に切ないことでもあって、
ブッダとしては 時に恐ろしくてたまらなくなる。
まだまだ動揺しやすいブッダを優先してのことか、
小さき者からの好意の光、受け取っても受け流し続ける彼は、
相手を傷つけぬよう、それは巧妙にお調子者を演じたりもして。

 ねえ、本当に痛みはないの?
 本当は以前にも増して、その心、傷だらけなんじゃないの?

受け取れぬと拒む振りって、ホントは切ないはず。
それに、言い含められなかった子は傷ついたかも知れぬ。
キミはちゃんとそこにも気づいた上で、
自身の胸へ鋭い刃を刺してはないの?

 “人の苦行のことばかり言えないじゃないの。”

優しすぎる人、哀しすぎる人。
神の子として光しか知らぬキミ、
闇に侵食されても已なしと思うキミ。
後にも先にもたった一つの我儘、
振り向いてほしいけど 叶えちゃいけない恋のため、
他は全部要らないと生前以上の忍耐を選んだキミ…


  キットイツカ、
  キミヲ マモレルヨウニ ナルカラ…




 「…ダ、ブッダ? どうかしたの?」
 「…っ。//////」

食堂用のようなパイプ脚のテーブルと、
スチール製のロッカーが数個ほど置かれた、
従業員たちの控室の明るい窓辺にて。
お茶を頂きつつ ぼんやりしていたものか、
不意に間近から立った声にハッとする。
パイプ椅子に腰掛けていた自分を覗き込むようになって、
そちらは立ったまま、腰で身を折るようにしたイエスが、
早い話、お顔を寄せてぼそりと囁いて来ておいで。
やっと店も落ち着いたか、
彼もまた上がってくださいなと言われてのこと、
引っ込んで来たらしいイエスが“おや”と感じて声を掛けて来た。
要はただそれだけのことなのだけれど。
他には誰もいないからというのと、
他の人へまで案じさせぬよう、
言いにくいことかもと小声で訊いたからなのと、

 “惚けていても綺麗なんだものなぁvv”

どこか焦点の合わないままな深瑠璃の双眸は、
なのにその潤みも儚げで、天界のどこか秘密の場所に沸いた泉のようだったし。
すべらかな頬はその透くような白さがまろやかだったし、
軽く合わさった口許は、可憐で物憂げで麗しく。
こちらを向いてないのはちょっと切なかったけれど、
そんな横顔を縁取る線の繊細さや、無心なお顔の危なっかしいところとか、
日頃は滅多に見られない雰囲気だったせいか、
ホントはもっと見てたかったほど。
そんなこんなで、誰か来たらばその人にも見られるのが癪でという、
はっきりと独占欲からお声掛けをしたイエスだったというに。
あまりの近さがやっぱり問題だったか、

 「〜〜〜〜っっ。////////」

深い水の底にたゆたっていたような風情から、いきなり打って変わって
わあっと驚いた弾み、後ろへのけ反りかかったテンションの変わりようよ。

 「ぶっだ?」

重ねて声を掛けられて、何でもないと言いかかり、だがだが、
あまりにあっけらかんとしているイエスへ、
今日はちょっぴり口惜しいような気分が収まらなかったものだから、

 「コタツ。もう仕舞っちゃうからね、イエス。」
 「え〜?」
 「そんな顔しても今日こそは聞かれません。」

何でどうして、何か怒らせた?、何か考えごと中だったの?と、
考え直してほしそうな哀願を重ねるヨシュア様だったが、

 「〜〜〜知りません。///////」

真っ赤になって聞く耳ももたないブッダ様だったりし。
微妙に思うところがずれてたお二人で、
それはまま、この場合はしょうがないのではありますが。

 つか、まだ出してたんですね、あれ。(苦笑)

 「ねえブッダぁ。」
 「聞かれません。」
 「う〜〜〜っ。//////」
 「…何だい。
  そんな声を出しても…う、んっ。///////」

パイプ椅子というのは背もたれもある分、
動作範囲が限られてしまい。
あまりに間近によられると
相手にぶつからずに立ち上がるのは難しく。
特にどこかしら拘束されてなくとも、
いわゆる壁ドンに近い構図になってしまえもするものだから。


 「…いえすぅ〜〜〜。//////」
 「ブッダが可愛いからいけないの。////」


やっちゃったわね、あんたたち……。//////////
またぞろ、
イエスさんがパン屋のロッカールームで
こっそり恋人とキスしてたなんて噂が広まっても知りませんよ?(笑)






  お題 2 『恋愛上手』





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  *風邪が絶好調でございます。
   つか、これって風邪かなぁ。
   咳と鼻水、時々くさめが止まらんくて鬱陶しいのですが、
   それほど熱も出てないし、
   全身のあちこちまでは痛くならないから、
   インフルじゃあないと思うのですが。
   でも、こういう妄想ばっか浮かんで、
   そのくせ書き留めとく体力はなかなか沸かないという、
   何とも口惜しい日々を送っております。
   (書いてみたらみたで、こんなグダグダしたものに……)
ううう

   次はいよいよのイースター話、
   間に合う期間内に書けますように…。

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