恋でも愛でも 理由なんて あとからでvv

 

     9



連休後半、終盤にあたろう“子供の日”の昼下がり。
イエスが自家製サングリアを持ち出しての、
昼から飲むぞという“酒宴”を始めることとなった最聖のお二人で。
今時分の花や緑の名所を検索したり、
PCでの対戦ゲームに興じたり。
微妙にイエスが苦手な“スプラッタ系サスペンスドラマ”を、
ドキドキしもって鑑賞したりと、(笑)
二人きりのウチナカ宴を 存分に楽しんでいたのだが。

 『ねえ、』

軽いソフトドリンクだとはいえ、酒精が入ったせいだろう。
日頃より微妙に自制への箍が緩くなっていたブッダ様、
まだまだ翻弄されてしまいがちな“恋”という感情へのジレンマ、
何とも もどかしい心情を、
他愛ない切っ掛けからイエス当人へと告げてしまい。

 『私たちが もっとって思うのはやっぱり罪なのかなぁ。///////』

その切なる訴えに、
ヨシュア様の側でも実は抱えていたもどかしさ、
ついには隠し切れなくなってしまってのこと。

 『…………そんなことない。/////////』

衆生を普遍の愛で照らし、道を説く師じゃあれど、
恋のほうには てんで縁がない身であったため。
不慣れな想いが育てば育つほど、
そうまで恣意的でいいのかと、ともすりゃ疚しささえ感じつつ。
それでも 抱えたままでいた、
互いへの“もっと”という望みだったから。

  一旦弾ければ、もはやどうにも止める術なんてなくて。

内なる情を思う存分 振り絞り、
欲しくてたまらぬ相手を求め、求められる至福に酔いしれて。





  「………………。」


唐突に ぽかりと目が覚めて、
ほんの僅かなそれだが、
自分の居場所や刻限を把握するのに“間”が挟まる。
今現在の、下界の自宅の六畳間。
まだ何とか明るいなぁ。
そっか、あれから いつの間にか寝入っちゃったんだ。
毛布を出したのは覚えてるし、
そうそう、一応 座布団を枕にして。
そっか、あれから…あれから……………

 “……、あ。/////////”

いつになく熱のこもった抱擁とキスをと交わし合った感触が、
シャツ越しのじんわりとした温み、
腕の中の存在を 愛しい彼だと意識したのと同時に蘇る。
まるで刻印を残すような深いキスを、
彼が“此処へ”と望んだのへ応じ、
その芳しくも嫋やかな懐ろへ、強く強く刻みつけたイエスであり。

 『……っ。/////////』

無垢なままの柔らかな肌へ、故意に相当強く吸いついたのだ。
慣れぬくすぐったさだけじゃなく、ちりりという痛みも覚えてか、
腕へと抱いたその身が ひくひくりと悩ましげに震えていたけれど。

 『…ん、ぅく…。///////』

それと相殺したいかのように零れ出す、
か細くも甘やかな声、懸命に咬み殺してもいたブッダであり。
しゃにむな愛咬でありながら、同時にどこか儀式のようでもあった、
そんなキスを授け終えたそのまま、
しばらくほどは無言で互いを抱きしめ合っていて。

 『……。//////』
 『ぶっだ? 眠いの?』

ほろ酔いだったせいか、それともいろいろと気が済んだ反動か、
萎えてゆくその身へ、うとうとと眠そうにしているブッダだと気がついて。
ならばと毛布を引っ張り出し、一緒にくるまっておれば、
さして掛からず、眠りについてしまった彼だったので。
その幸せそうな寝顔を、
それだけでこちらも口許の緩みが止まらぬまま、
飽かず眺めているうちに、

 “私も寝ちゃったんだな。////////”

ああ、まだ髪がほどけたままだね。
長い長い深色の髪の、
緩くたわんだ一房ほどが、白いお顔に垂れかけていて。
くすぐったいんじゃないかと思い、そおと指先で退けてやる。

 …ああ、綺麗だね。

なんて穏やかな寝顔だろうね。ちょっと微笑ってない?
長い睫毛が伏せられた白い頬に、
すんなりとした鼻梁、ふっくらした口許。
深みのある白さをたたえた肌は、
やわらかさや瑞々しさが何かの花びらにも似てて。
それが静かに上下する胸元がちらと見えるの、意識しかかったところで、

 「……。…、////」

浅かった寝息を、一つ、深々と吸い込んでから、
視野の中の睫毛が震え始め、ぬばたまと見紛う潤みがそこから覗く。
そんな彼もまた、
しばし自分のいるところを意識でまさぐっているようで。
そのうち、自分がすっぽりと埋まっているのが誰の懐ろかに気づいたか、
何故だか うつむきかかる気配がしたので、

 「……ぶっだ。」

こちらから声をかけ、

 むかむかするとか頭が痛いとかしない?と

ワインの後遺症を訊きつつ、
さらさらの髪をまろやかな肩からも そおと退けてやれば。
戸惑い交じりの躊躇も消えたか、
ううんとかぶりを振りつつ、そのお顔を静かに上げてくれて。

 「…いえす?////////」

不思議だよね。
説法に臨むときなぞの、
それは聡明で崇高な、落ち着きに満ちたお顔も重々知ってるし、
それと寸分変わらない、同じ人の同じ顔だというのにね。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、
生まれたての幼子みたいに微笑うんだもの。
それは綺麗で儚げな、ブッダのそんな笑顔を見ていると、
胸のどこかが振り絞られるよに ぎゅぎゅうってして来て。

  幸せって多すぎると切なくなるんだって、初めて知った。

わたし、一体どんな顔をしたものか、
ブッダの深瑠璃色の瞳が一瞬またたき、
それから、柔らかな手が挙がってくると、
こちらの頬を優しく撫でてくれて。
それがあんまり優しい手触りだったので、ホッとして やっと笑ったら、
そこでやっとお揃いになって。

 何というのか、ただただ照れ臭く。
 そのくせ、このまろやかな温みを脱ぎ捨ててまでして、
 起き上がって何かするという気にもなれなくて。

互いのお顔を見つめ合い、
相手が微笑うだけでも愛しいと、
静かなひとときに うっとり浸っていたのだけれど。

 「………あ。」

ふと。何かを思い出したらしいブッダであり。
お顔をうつむけると、何やらごそごそと衣擦れの音をさせていて。
毛布の中だけに覗き込んでも明るみが知れており、
イエスには見当もつかぬまま。
何なになぁにと説明を待ちつつ、
さらさらとした髪が落ち着かないせいで、
流れ落ちては ちらちらと隙間から覗く白いおでこを見やっておれば、

 「〜〜〜〜。/////////」

彼がひたと止まったのと同時、
自分の懐ろ、シャツの中で ほわんと熱を帯びたものがあり。
あれ、指輪が…と気づいた途端、

 “……あ。///////”

全てへ気がついて、こちらまで赤くなる。

 “そっか、前のときと違って、今度は自分でも見えるんだ。”

うっかりで残した刻印が、鎖骨の上という危うい場所だった前回は、
ブッダ自身には鏡でしか確かめようがなかったらしいが。
さっき付けたばかりのそれは、胸へとやや降りた位置であり、
見下ろせば彼の視野にも収まるらしく。

 …また、蚊のせいにするね?///////

今は見せてはくれぬのか。
シャツの上から手のひらを伏せ、
ちょっと誇らしげに ふふーと微笑って見上げて来たのへ。
こちらも苦笑し、頬へと小さなキスを贈ったイエスだった。





     ◇◇◇



何と言っても“世界三大宗教”に数えられし崇高普遍の教えを
それぞれ説いた“最聖”のお二人ゆえ。
天にも昇るような歓喜により、ついつい盛り上がったりした日にゃあ、
世界を満たす森羅万象も その聖なる波動に呼応し、
祝福にあたろう何らかの奇跡が起きるのがお約束。
ごくごく限られた地域のお天気つぃーとでは、
南米のジャングルにいそうな虹色の蝶々が、
何羽も何羽も目撃されたとの報告がなされており。
いやいや、
雨のように降りそそぐ山法師の花びらが凄かったという声も多数。
その一方で、

 『何だろねぇ、
  アパートの敷地ん中へ、
  誰ぞが仰山の花を置いてったらしゅうて。』

綺麗な毛氈の上へ並べてあったから、捨ててったって様子じゃあない。
とはいえ、献花されるような事故なんて起きちゃあないし。
そっちを匂わす縁起でもない悪戯だろうか、
でもでも、どれも高価そうな花ばっかだしねぇと。
大輪の白百合やら八重の紅ばら、品のある緋色が優雅なハスに、
そちらも大ぶりの胡蝶蘭などなどと。
それを切り花にして花束にするって、
どういう金銭感覚の人だろうねと思わせるような、
ガーベラがマーガレットに見えるような“大物”ばかりを、
アパート周辺へ巡らすように、ぐるんと陳列してった誰かがいたらしく。
明るいうちの何物かのそんな所業を、
神社から先に戻ったんだから見てはないか、
心当たりはないかねと、松田さんから聞かれたおりは、
二人そろって“あちゃ〜〜っ”と顔が強ばってしまったものの、

 いや、私たちウチナカ宴会してまして、と

そこは正直に言って、これから銭湯へ行くのでと切り抜けた。
そりゃあまあ、随分と我を忘れて舞い上がっていたもの、
このくらいの、あのその“奇跡”も起こって道理と、
妙な言い方だが、心当たりは大きにあった。
だがだが、彼らがその手でやらかして回った訳でなし、
特別な神通力も…以下同文と来て。
よって、何もわざわざ申告する必要もないことよと、
ぎこちない態度ながら、不思議ですねぇと何とか白を切り通したそうで。

  だって・ねぇと見交わした視線は、ちょっぴり共犯者ぽくて
  そのまま くすすと、甘くて小さな内緒の共有に浮かれもして

そう。最初はちゃんと、同じ想いを分け合うようにし、
同じ含羞みに頬笑んでは、なによ、なんでもないよvvなんて、
無邪気な目配せなぞ、楽しそうに取り交わしていたのだが…




 「……す、イエス? どうしたの?」

ブッダがそれへ気づいたのは、
連休も終わり、世間様が欠伸しながら日常へと戻りつつある中のこと。
連休中も微妙に寒暖の差があったが、
最終日の宵なぞ、コタツが恋しくなるほど冷えたかと思や、
生暖かい突風がびゅんびゅんと吹いて、
今日なぞ東京では雹が降るよな不安定な空模様となったし。
これじゃあまだ毛布は仕舞えないねと、
使い慣れたそれ、ブランケットのように広げて
昼間のうちもお膝へ掛けたりして使っていたりするのだが。

 何かの拍子、イエスが返事をしない間合いが微妙に増えた。

寝ぼけ半分、腕へと抱き込んだ布団を見てとか、
押し入れへ仕舞いかけてた枕を見てとか。
Jr.の腕へ提げているトートバッグを見やってとか、
窓の外、夾竹桃の生け垣の緑色を背景に、
大きくはためく洗濯物のシーツを見ていても。
何かしらの物思いに沈んでか、
こちらからの呼びかけへ気づかぬイエスであり。

 「…いえす?」
 「え? あ、えと、なに?///////」

はっと我に返ればいつもの彼で。
あぶ玉煮やタケノコご飯に わぁいvvと拍手をし、
ブログも更新すれば、うたた寝もするし、
卓袱台前から立って行かずに寝転んで新聞へ手を伸ばし、
行儀が悪いぞと ブッダから叱られもして…と。
支障なく立ち戻れているからには、
何かに呼びかけられてのよそ見や放心ではなさそうで。

 「……。」

そしてそして、
これが 先日からの、
あのその…ちょっとだけ にじり寄るよに身を進め合った
彼らの間柄への“進展”から来る、
気の緩みや やに下がりだとは、到底思えぬブッダでもあり。

 「ねえ、イエス。キミってば 一体どうしちゃったのかな。」

ともすれば覇気も足りない彼なため、
案じるあまりにこちらまでもが気もそぞろになりかかったが、
それでも丁寧に淹れたミルクティーを卓袱台まで運んで来ると。
お髭の下の口許を弧にして微笑うイエスへ、
はぐらかされないよとばかり、尚の言及を重ねれば、

 「…、…………うん。」

不意を突かれたためか、ギクリと表情が止まったものの。
いずれ指摘されるだろうという予想もあったことなのか、
誤魔化すような顔も、焦り半分の慣れない言い訳も繰り出されはせず。
薄い肩が見るからに萎えてのすとんと落ち、
茨の冠を巡らせた頭も項垂れてしまう。
それでなくともご陽気な彼だし、
ブッダにはついてけないほどの楽天家でもあるはずが、
こうまで打ちひしがれてしまうなんて、これはやはり尋常ではなくて。
だが、

 まさか、今になって疚しさに呑まれているとでもいうの?

確かに、後先考えないのもまた、イエスの困ったところじゃああるが。
この想いは彼にとって別格な代物のはず。
他は何も要らないとの覚悟の下、
それは長い間、片思いという形で温めて来た恋心だのに、
そうまでの辛い想いをしつつ育んで来た情を、
今になって中途半端に放り出したりするだろか。

 “思いを遂げたから、もういいのかなぁ…。////”

あああ いかんいかん、
ひどく傷つくのが怖くてのこと、
早めの見切りが頭をもたげかかったのを、
そうじゃないでしょと 胸の中にてかぶりを振って追い払い、

 「…いえす?」

何も問い詰めてる訳じゃあなくてと。
こちらも怖々とした語調で聞き重ねれば、

 「あ、あのね?」

膝や腿をごしごしと擦るようにして見せつつ、
イエスがやっと口を開いて。

  あのね?
  あの…怒らないで、いや笑わないで聞いてくれる?

  ………?

そんな前置きをする辺り、
一体どんな奇天烈なことを言うつもりか、
それともまだ混沌としたままな想いなのか。
少なくとも自分から語るつもりじゃあるようだとあって、

 「…うん。」

ブッダもまた、背条を延ばして居住まいを正すと、
次の言を神妙に待つことにする。

 「あの…あのね?///////」

一応は30代の成人男性という風貌、
特にイエスの場合、この若さで亡くなっている身なので、
よって、この姿で様々な人々へ教えを説きもしたというに。
顔を赤くし、見るからに覚束ぬ様子で訥々と語り始める様子は、
どうかすると…ずんと幼い子供が おっかない親戚のおじさんを前に、
叱られることへ怯えつつ、
何かしらの言い訳をたどたどしくも始める図のようでもあって。
そうまでの及び腰、でも、
ちゃんと言わなきゃと覚悟は決めたらしいヨシュア様。
眸を伏せ、すうと息を吸い込むと、
少しは冴えたお顔をあらためて上げて見せ、
口火を切るよに放った一言というのが、

 「ブッダって…あのその、私でいいの?/////////」

 「…………はい?」

こうまでの一大決心の下に語り始めた言いようが、
どれほど剥き身で繊細かは判らんでもない。
訊き返されるだけでも、否定と同じに感じられるほど辛かろうということも。
とはいえ、これではあまりに言葉が足りず、
さすがの慈愛と知慧の如来、釈迦牟尼様でも意味が通らないというもので。
聞こえなかったのごめんなさいという級の、それは柔らかな訊き方をしたが、
それでもイエスには堪えたか、

 「……っ。////////」

 「あっ、あ、ごめん、ごめんねっ。////////」

どれほどの想いを振り絞っているかは判るからと、
突き放されたような顔になり、視線を落としたイエスへ、
傷つけたのを詫びるよに、懸命に励ますような声をかけ。
震えているよにさえ見える愛しい人を、
何ならその懐ろへくるみ込みたい衝動に駆られつつ。
それでもそれこそそこは我慢と、
こちらも白いこぶしを自分のお膝に押しつけて、
イエスの言葉が続くのを待つブッダであり。

 「あの、あのね?////////」

彼自身のうちでも その思考は形を取ってまではいなかったのか。
どう言えばいいものかと、
言葉を選び、言い回しを選び、
話す順番を考え考えというのを偲ばせる様子で。
それより何より、訊いていいものかという戸惑いが
逡巡というブレーキとなっているのも ありあり判るままながら。
真っ赤になったお顔を少しほど持ち上げ、
あらためてイエスが口にしたのは、
やっぱりとんでもない言いようで。

 「あのね? ブッダは既婚者で、
  ラーフラくんていう息子さんもいるでしょ?
  なのに、こんな…十代の子みたいな、
  キスやハグだけでドキドキしてるような、
  こんな子供じみたお付き合いって、物足りなくなったのかなぁって。///////」

 「…っ。/////////」

こんな話、わざわざすること自体からして幼稚でしょう?と、
蚊の鳴くような声で言い、


 「ブッダの言ってた“もっと”っていうのは、
  もっと大人のって意味かなぁって思って…あの…。//////」

 「…?」

 「だから、
  だったら 私では……物足りないかも、と。////////」



       はい?



いつもの如く、イエスの言いようには
遠回しだったり難しかったりするような言い回しはなくて、
少なくともブッダには それはそれは判りやすかった。
だというに、冗談抜きに その“真意”へとなかなか辿り着けなくて。
そんなせいで…顔からは表情も消えていただろうから、
えいっと思い切って告白したイエスは、
随分と胸が潰れそうな想いをしたかも知れぬ。だがだが、


 「あのさ、えっと。」
 「…っ。///////」


何か言わなきゃと思ったものの、まだ表情は戻らぬままの呆然自失。
声にも抑揚がないままだったため、
イエスがますます怖々と肩をすぼめてしまい、
可哀想だという本能レベルの何かが働こうとするのだが、

 「あ…。//////////」

理性と感情とが、競い合うようにそれぞれの答えを浮上させんとしていて、
そのせいか胸元がむずむずしたし。
妙なこと言って振り回してごめんなさいと、
とうとう泣きそうなお顔になっちゃうイエスなのが何よりも堪えて、それで、

 「………あのねぇ。」

ああもう、微笑っても怒ってもいけないんだったっけね。
でもそんなの、まだ約束してはないからと、
とりあえずは深々と吐息を一つついてから、

 「何でそう、……そんな風に思ったの?」

イエスの質問への答えは、馬鹿馬鹿しいほどあっさり出ていた。ただ、
何がどうしてそんな解釈が生まれたか、そこがどうにも合点がいかぬ。
出来るだけ“責めてないよ?”という口調を装い、
ねえと訊いてみたブッダへと、

 「だって…。////////」

もしかして別れを切り出されぬかと、それを自分で早めたんじゃなかろうかと。
後から思えばそれへの恐れから、肩を縮めていたイエスがぽつぽつと語ったのは、

 「ブッダってあんまり、
  ああしたいこうしたいって言わないでしょう?」

何につけ、いつもイエスの側ばかりが優先されてて。
だからあのその、
まるで子供な私への遠慮から、
いっぱい我慢させてたのかなぁと思った、と。

 「??」

まだどこか流されているような節の強かったブッダが、
もっと欲しいなんてこと、自分から言い出すなんてと。
それへは純粋に嬉しくてしょうがなく。
両想いってこういうことなんだ、
どっちかだけが導くんじゃなくて、
一緒に手を取り合って先へ先へと進むことなんだなぁなんて。
ともすれば有頂天になりかけていたものの、

 ただただ浮かれて やに下がってたけれど、
 それって………私と、なのかなぁ、と

ふっ、と。
そんなところへと気がついてしまったイエスでもあって。

 だって自分は初心者で。
 ブッダの知ってるだろう もっと気持ちいいことや、
 もっと胸が熱くなるものが欲しいと思ったのへ、
 よし来たと応じてあげられるとは思えないし…。/////////


  「…………………いえす?」


ようもそこまでと思えたほどに、真っ赤になってうつむく彼へ。
呆れたという吐息さえ痛かろと察し、
とはいえ、

 “こっちだって
  ちょっとムッとしちゃったんだけどなぁ、それ。///////”

唖然とした後からにせよ、
人を見くびらないでと思えもすること。
イエスが相手じゃなければ、ブッダでさえ突っ慳貪になってたかも。
でもでも そんなの出来っこないし、
正直な話、ちらりと苦々しく思ったものの、
イエスの無垢さを思い出せば、あっと言う間にどこかへ消えた。

 「…あのね、イエス。」

こうやって向かい合って話していいことかな。
心細いかも…ああでも、彼だって
なし崩しへ逃げず、甘えに走らず、
頑張って 論を尽くしてくれたのだ。

 “それに…。”

くるみ込むよにくっついちゃうと、
感性優先の彼のことだから、考えるのは後回しになるかも知れぬと。

  そこは ぐっと我慢して。

卓袱台を間に挟んだまま、ブッダの側もまずはと語りかけ始める。

 「あのね、イエス。
  私、キミに不足なんて思っていないよ?」

顔を上げないのは、まだ混乱中だからで。
だとすれば聞こえてないかも、でも聞いてと、
そのまま静かな声で続けて、

 「こうして一緒にいて、
  キミが私に関心を持っていてくれて。
  あのその……好きだよって/////// 言ってくれたし、
  アガペーと同じほどだよって
  それは大事に、してくれて。//////」

ここの下りは、さすがに自分で言うのは恥ずかしくって。
どうしよかとつっかえかけたが、
含羞み半分に視線を泳がせれば、その先でイエスが顔を上げており。
神妙な顔のまま、うんとしっかり頷いてくれたのへ後押しされ、
深瑠璃の双眸、嬉しいなという笑みで甘くたわめてから、

 「あのね、イエス。
  十代の子供みたいなというけれど、
  例えば 出掛けているキミを想って胸が締めつけられるのだって、
  人込みの中でこっそりと手をつないでくれるときだって、
  夜中に目が覚めちゃって、キミの寝顔を見てるときだって、
  それは切ないし、私 とってもドキドキするんだ。」

なにも、激しいキスをしたり、
深い愛咬をし合うのばかりが大人の熟した恋じゃあない。

  視線や指だけつないだ手の感触とか、
  何とすれば想いだけでも 身のうちがほこりと暖まるような、
  逆に途轍もなく切なくなってしまうような、
  そんな間接的なことだって、立派な恋情だと思うんだけどな?

現に私は そういうのにさえ
泣きそうになったり 胸が痛くなったりするほど翻弄されてたんだしと。
あんまり自慢にしちゃあいけないことをまで、
わざわざ口にした彼で。

 「ぶっだ…。//////」
 「私は十分満たされているよ。」

それどころか、
寂しいと萎れるたびに キミからの“大好き”をいつもいっぱいそそがれて。
あふれそうになる こっちの器が、果たして足りてるのかしらってほど
キミへの愛しさに目が眩みそうになってばかりなのに。

 “ホントにもうもう…。///////”

 選りも選って、
 キミが先に“先行き”を案じていたとはね、と。

ブッダとしては、なんてまあと呆れるばかり。
こんなところに至ってまでも、
こちらを優先し、大事にしなくちゃとばかりを思う君であることか。
ちょっと不慣れだからだろう、
微妙な思い違いもしていることへは気づかなんだようで、

 「第一、何でイエスじゃない誰かとの“もっと”だと思うの。」
 「だって…っ。/////」
 「私の“もっと”は、イエスを“もっと”なのっ。」
 「うう…。///////」

  私を誰だと思ってるの。
  慎みもないよな享楽主義者だとでも思ったの?

  ……っ、あっ。//////

そうとまで言われて、やっとのこと、
思い違いの齎した、もう一つの大きな侮蔑という罪に
今頃 気がつくところは幼くて。

 「怒るよ、もうっ。」
 「ごめんなさいーっ。//////」

ひゃああと肩をすぼめたところが、こちらは可笑しくてたまらず。
卓袱台のお向かいから立ち上がると、
四角く座っているイエスのすぐ傍までを運び。
取り調べごっこはもう終しまいと、
原告の傍らへすとんと座って、ほらと双腕広げて見せるブッダだったりし。

 「…ぶっだぁ。////////」

やっとのこと心から安んじたか、よかったぁと思い切り脱力し、
大好きな懐ろへ しゃにむにしがみついた、
やや泣き顔のヨシュア様だったのは言うまでもなくて。

 “まったくもう…。”

わざとらしく怒って見せたのも、
引きずらせたくはなかったからだ。
何も“そうならそうで”と
すっぱり切り替えられてるイエスだったワケじゃあないに違いない。
むしろそうだったなら訪れるのだろうお別れが怖かったからこそ、
心ここにあらずという様子になってた彼なのだし、

 『もしも、それもイイネなんて私が言い出したらどうしていたの。』
 『う〜〜〜。//////』

そんなのあり得ないからこその“もしも”と後日に訊けば、
いじめっ子に向かい合う泣き虫な坊やのような顔をして、
うんうんとしばらくほど唸ってから、

 『……きっとストーキングしてたと思う。』

だって言ったでしょう? 私、諦めが悪いのには自信があるって、と。
相変わらずに斜めなことへ胸を張って、
ブッダをひとしきり笑わせたのだけれども。

 何て一途で、無垢で健気で純粋で。
 そしてそして…

 “あくまでも私を優先と、大事にしてくれているんだね。”

何でだかよく判らないけれど とし、
ついのこととして ブッダを求めるようにとその身が動くのへは、
強引な我儘ではなかろうか、それでブッダを傷つけないかと、
ただただ恐れるばかりだった人なくせに。
お互い様な“もっと”だと知った途端、
安堵するどころか、まさかこう来るとは思わなかったなぁと。
彼なりの気遣いとやら、
愚かな…と呆れたものの、それ以上にくすぐったいやら可愛らしいやら。

 “…愚かなのは いい勝負かな。///////”

間近に抱いた愛しい存在の感触に、
もしょりと沸いたは…安堵の余りに沸き出した、甘えたいという感情で。
こちらも正座をすとんと崩せば、
そんな動きが伝わったか、なぁにとお顔を上げるのへ。
薄い頬へと手を伏せて、宝石みたいに淡色の玻璃の瞳をじいっと見入る。
もう怒ってないから、あのね…と、
口許をうにむにと軽く噛みしめれば、

 「……うん。///////」

片手をひょいと持ち上げたイエス、
それはあっさり、茨の冠を引きはがしてしまい。
それを卓袱台へ置き切らぬうちにも、
長い双腕が上手に回り、
愛しいお人の嫋やかな肢体、
ゆったりとした輪の中へと抱きしめてくれる。

 いぃい?という目配せ、今日はどうしてか焦れったいほど。
 ああいけない、そんなだとまた、イエスが不安に思うかも?

 “そんな風に思われるほど、
  私だって経験豊かだってこともないのにね。//////”

ぎゅうと掻い込まれる腕の、それなり雄々しい頼もしさとか、
密にくっつく胸元の堅さ。シャツ越しの微熱。
ほのかなばらの香りの陰から、
するすると匂い立つオレンジの香の健やかさ。
肩口からこぼれている髪が視野に入るのは、
まぶたが降りてて視線が下がっているからで。
鼻と鼻とでくすぐり合ってから、
すんでのところでまずは先に触れるお髭の感触まで、と。

 キミの輪郭、作法みたいな所作までも、
 既に全部覚えている私なのが、今更ながら照れ臭い。

吐息つきの唇の感触へ、
ああ昨夜ぶりだと安堵して…
そのまま胸が高鳴るほどワクワクしているのだから、
そうだね、ちょっとは キミが案じたのも間違ってはないのかも?

 「…ん。/////////」

最初は小鳥同士の悪戯みたいなバードキス。
それから、薄く開いたところを噛み合わせ、
互いの唇のまろやかな柔らかさ、捕まえようと躍起になって。
もどかしくてか
互いの肢体を抱き合う手にさえ力が入りかかったものの、

 「…っ。///////」

不意に歯列をノックされ、怖ず怖ずと差し出し合った舌先を、
ちょんと合わせると、一瞬で頬が顔が熱くなり、
背条がぎゅうと強く震える。
それだけであたふたし、離れかけた口元から、
はあとこぼれた吐息に誘われたのか。
巻き戻すよに再び密着した唇に、
ちょんちょんと宥められるよなキスをされ。

 「あ…。////////」

はさりと背中へあふれた髪の流れを、
なのに唐突さへ驚くこともないまま、
それは愛おしげに撫でられたのが 訳もなく嬉しい。
唇を離してもそのまま、
寄り添い合うよになって甘い余韻を追っておれば、

 「……ねえ、見てもいい?///////」

低められたいいお声で囁きつつ、
こちらのTシャツの襟元を ちょいと指先で引くイエスなのへ。

 「?? …あ、うん。//////」

何をと聞き返さずとも そこは通じて。
ただ、

 「…っ。////////」

まさかそのまま、
襟ぐりから覗き込まれようとは思わなんだブッダ様。
ぶつかりそうなほど寄って来た頭へ おおうとお顔をのけ反らせれば、
そこへとキスされたときと ほぼ同じ体勢なのだと思い出されて。

 「〜〜〜。////////」

体温がまたもや ぐぐんと上がってしまい。
こういう反応の差も、
イエスが危惧した“経験の差”の一端なのかなぁ。
いやいや、むしろ初心ならではの含羞みだと思うぞと、
思い直したそれもまた、何とも恥ずかしい結論に過ぎなくて。

 “……裾からめくった方が早いのに。///////”

思いはしたが、自分から言い出すというのは、
さすがに はしたないかも知れず。

 「……。///////」

已なく黙って待っておれば、
自分がそこへと記した紅色のキスマーク、
何かの芸術作品みたいに じいと見やっていること数刻。
うんうん 満足しましたということか、
最後に小さな吐息をついてから、
いかにもご満悦ですという笑顔を上げて見せるのが、
何とも判りやすい彼でもあって。
キスマーク一つに
そうまで嬉しそうな顔をするとは思わなかったものだから、

  何なら、私のあちこちへ
  もっと触って、もっと付けてもいいんだよ?

  ブッダのえっち。

  お…。///////

  でも、私、どっちかというと触ってほしいかも。

  はい?

何でもな〜いと言い返し、
ぱふんと、その双腕の中へ大切な人を掻い込む
やっぱりどこか、不思議ちゃんなイエス様なのでありました。





  お題 9 『恋情』




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  *だってブッダの手って、優しくてきもちいいから、なのですが。
   受け宣言だと解釈されたらどうしましょ。(こらこら)

   それはともかく。
   長々と何GBも使って 何やこれという問答ですいません。(笑)
   この恋心では先輩だけど、
   プラトニックじゃあない段階へ もしも移るというのなら、
   そこはやっぱり、
   ブッダの方が知ってるわけで…とか。
   昼夜を問わず、ぼんやり考えてたイエス様らしいです。(おいおい)
   男の子だなぁ〜vv(こらこら)


  ※キスマーク初出は 『
蜂蜜色の恋蛇足』 です。

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