人恋しき 秋の深まりに
      〜かぐわしきは 君の…

     


秋も深まりつつある、とある平日の昼下がり。
管理人の松田さんに呼ばれて大工仕事をこなしたその後、
小汗をかいた手間をねぎらわれ、
喉が渇いたでしょう、どうぞと出されたのが…
イエスには因縁のリンゴ味のサイダーだったようであり。
そこからの記憶がないという彼は、
やはりやはり知恵の実の呪いをこうむったらしく。(おいおい)
それをおびたまま自宅へ戻ると、
何にも知らぬままだったブッダへと、
熱い情愛のほとびるまま、やや強引に迫ってしまったのだけれど。
押し倒したそのまま、耳元へのキスを贈ったところで、

 『……………え? あれ?』

何とか我に返ってくれたため、
ああ良かったとブッダが胸を撫で下ろしたのも束の間のこと。
大丈夫?といたわってくれたその途中、
何に気づいてのことなやら、

 『ご、ごめんなさいっ!』

弾かれたように謝りつつも、何故だか大きく後ずさり。
膝立ちというほぼ座ったままの態勢で、
よくもそこまでという、窓際までを大きく後ずさったヨシュア様。

 『私、我を忘れてたらしくて、
  なのに、ブッダに何かひどいことをしてしまって。』

 『はい?』

 『他でもないキミに、そんな…手を挙げただなんてっ。
  突き飛ばして組み敷くなんて、そんな非道なことをっ。』

自分が記憶のないうちにやらかしたことというのを、
一体どうと推察したものか。
ブッダへひたすら謝って謝って、
それからお膝を抱えると、
部屋の隅、ブッダ似のJr.の傍らにうずくまり。
何かを堪えるように唇を咬みしめて
真っ青になったまま悲壮なお顔になってしまう。

 「…イエス、どうしたの?」

今度はブッダの側から傍へ寄って、
膝を進めてお顔をのぞき込むのだが、

 「〜〜〜っ。」

ただただ“いやいや”とかぶりを振るばかりの彼であり。
その沈痛な様相は、これまでに見たことがなかったほどの落ち込みよう。

  家にあった元食器のパンたちを全部、
  皿に戻せたかもしれないほど。
  そうまで悲痛な想いに虜われていたらしきイエスであり。

  いや、まさか、
  そんなことをさせたブッダ様じゃあありませんが。(まったくだ)

そうまで神妙な彼へ、ねえと寄り添うブッダだが、
そんなこちらを見ようともしないのは、
いつものような、甘え半分の落ち込みではない証しか。
解けた螺髪を戻しもせぬままでというほど優先し、
手を延べて髪をなぜても、
振り払いこそしないが…ううんと力なくかぶりを振るばかり。
俯いていて良く見えないお顔をのぞき込めば、
長い髪のカーテンの陰から、ぼそぼそとした声がして、

 「寄って来ちゃあダメだよ、ブッダ。
  私ってば、何をするか判らないんだから。」

それこそ歯止めの利かない獣になってしまうかもしれないと、
ブッダが初めて見るほど“後ろ向き”なものだから、

 “誰かを思い出すなぁと思ったら、
  ユダさんが丁度こんな風だったよね。”

こちらは、とんでもない“一難”が去ったばかりとあって。
あれより大変なことはそうそうなかろうと、
…そう思えるあなたの物差しも相変わらず大したものですが、(う〜ん)
今はこれを果たさねばならないと、
イエスの気落ちを何とか宥めるという務めに乗り出しておいで。
務めなんて言いようが失礼に当たるほど、
それはそれは柔らかでやさしいそれ、
何も鎧わぬ心持ちのままに、
どうしたの? 何をそんなに打ちひしがれているの?と、
囁く声と温かな手とで、根気よく尋ね続ければ、

 「…だって、キミを守らなきゃいけない私が、
  他でもない私が、キミへ手を挙げただなんて。」

 「いやいや。だからね、イエス…。」

何かそういう態勢だったから、キミってば誤解してるようだけど。
抵抗して振り払った訳でもないのに、
結局はこうして傷ついてしまった彼なのを、
やはり宥めねばならなくなった結果に、やれやれと内心で吐息をこぼせば、

 「ブッダは優しいものね。」
 「イエス…。」

すんと傷心の息をつくと、
ゆるゆるとかぶりを振って見せ、

 「何をしでかしも許してくれるけど。
  今度ばかりは、私、自分で自分が許せなくて…。」

いつもお陽様みたいに陽気で無邪気な人が、
こうまで重く暗く沈めるなんて。
その大きな落差へも ただならないものを感じておれば、

 「だって…………、だってだよ?」

まるで何かしらに怯えるように、ふるふるとその肩を震わせる彼であり。

 「だって私ってば、
  優しいブッダを手荒に突き飛ばして、
  そこへ無理からのしかかってたんだよ?」

こんなにも嫋やかで優しくて、
臈たけた美しさに満ちた人を前にして、と。
間近におわす如来様をその双手で讃えるように捧げかけ、
だが、すぐさまその手を引っ込めてしまい。

 「言う通りにせよと、
  手を、手を挙げて突き倒しただなんて…っ!」

震える声をやや荒げる彼なのへ、
ああやっぱりそこかと、ブッダもまた苦い顔。
どうしてもイエスが納得しない、誤解が解けない最大のポイント、
どう言い繕おうと間違いないでしょな点を繰り返すばかりであり、そして

 “う〜〜〜っと。///////”

実は…ブッダの側でも
そここそが説得するのに相当に困っておいでの点なのであり。

 だって、あののしかかりという体勢は
 決して乱暴や無体からの一方的な狼藉だと言い切れぬことだから。

いやいや いやいや、
ほとけである自分が、力づくを肯定しちゃあいかんし、
双方の同意が必要なことだという観点からしたらば、
確かに…あれは立派な“無理からの”迫りようではあったのだけれども。

 でも、あのね…と、
 ブッダとしては、こっちからの物申すをしたくもあって。

ああなった流れを
そういうのだと肯定してしまっては何にもならぬ、という気がする。
そりゃあ 恋仲だからって言ったって無理強いはいけません。
どんなささやかなことでも、のちのちのセクハラやDVに繋がりかねません。
敵は“あの時のは良くて 今のは何でダメなのサ”と、
子供の駄々みたいなことを言い出しかねません。(もはや敵…)

 “だけども、さっきのイエスがやらかした代物は、
  リンゴという特別なイレギュラー要素のせいなのだし。
  それにあのあの……。/////////”

がっつりと本気出して相対し、あの場はきっぱりと拒んでののち、
正気のときの彼とだけ向き合うべきことだと。
そうという正解が判っていながら…、
なのに、密着するほど間近になったイエスからの、
男臭い声やいつもと変わらぬ温みやといった 愛しい存在感に流されてしまい、
ちゃんと姿勢を正せなかったこちらも、
悪いと言っちゃあ悪いという気がしてならぬ。

 …って、それってダメンズへの第一歩だぞ、ブッダ様。
 いくら螺髪が解けてるからって、
 そのあまりにゆるい見解にはちょおっと程があるのでは。

私も悪かったとか、そんな状態でも彼は優しかったものとか、
自分への言い訳を見つけてはいかんというに。
そこもまた慈愛の如来様たるゆえんか、
こうまで項垂れてしまった人を前にして、
しかもしかも好いたらしく思う相手とあっては、
その知性も、戒めを重んじる心根も、
ついつい迷いが生じての、困惑へと誘なわれ、
甘い方向へと縒れてってしまうものなのか。

 “そういうのじゃあなくてっ。///////”

違いますと、はっきりくっきりと断言してから、(…誰へだ)
項垂れ過ぎて団子虫にでも進化しそうなメシアに向かい、
あらためての言を連ねる。

 「あのね、イエス。
  私、キミにちゃんと言ってなかったことがあるの。」

 「???」

それは厳かな口調で語りかけるブッダとあって、
悲壮なくらいにしょげていたイエスが僅かほどお顔を上げたのへ。
いつの間に泣き出していたものか、
今にも涙に溺れそうになっている目許を痛々しく見やると、

 私 時々、
 突拍子もないところへ“リンゴ食べた?”って訊くことがあったでしょ?

そうと切り出してのそれから、

 「あれはね、キミはリンゴを食べると妙に才気走ってしまうからなの。」

まずはと、それをあらためて告げたれば。

 「え?」

やはり自覚はなかったか、キョトンと瞠目するイエスなのへ、

 「リンゴは原罪の塊だって言って、
  食べたことがなかった君へ勧めたのは私だから、
  それもあって細かく説明出来ずにいたんだけれどもね。」

評論家みたいに難しい言い回しが増えるとか、
神経質そうな、それでいて強引なキャラになってしまうとかするだけで、
特に実害もなかったから。(そうかなぁ)
それで、我に返ったキミへ
いちいち言っても詮無いなと思って言わなかったんだけど。

 「これまでは、おじさんの言葉をもっと広めねばとか、
  人々に終末の恐ろしさを説いて回らねばとか、
  教えの方向へばかりに積極的になっていた君だったのが、」

 「……さっきは、キミへと迫るのへ?」

 「う、うん。そういうことになってたんだと思う。////////」

そいでね…と、更なる言葉を紡ぎつつ、
ほどけたままの髪の陰で、するすると頬が赤くなるのを感じたけれど。
言いにくいことであれ、このままではイエスが浮上してくれぬと、
恥ずかしさをえいと思い切り、お顔を上げて言い足したのが、

 「でね、イエス。
  キミは決して、
  私へ手を挙げたり乱暴をしたりはしていないの。」

 「でも…。」

その段になると、再びお顔を降ろして俯くヨシュア様。

 だって、ブッダはいつも言ってるじゃないか
 私は象だって投げられるほど力持ちなんだよって。

お買い得な日の箱詰めミネラルウォーターや10キロのお米も、
どうかすると自分一人で提げて 楽々帰って来るほどの人が。
そんな人がどうして、私のような非力な男に組み伏せられていたの、と。
そう言いたい彼だったようで。しかも、

 「……泣いてたじゃない、ブッダ。」
 「あ…。///////」

そう。
イエスが一番に堪えたのは、

 ブッダのそれは美しい双眸に
 うっすらと滲み出していた涙が光っていたのを
 見たからに他ならず

何日も食べないとか途轍もない寒さや暑さにも耐え切るとか、
悪魔の見せるそれは恐ろしい幻影にも怯まぬとか、
出家するときは家族にすまぬと思いつつ…とか、
それはもうもうありとあらゆる苦行を試し、
どんな苦しみにも耐えられるようになった人だというに。
それが…涙をこぼして泣くなんて、それはそれは辛かったからに違いない。
手を挙げられたのみならず、脅しすかされたか、
それとも手ひどく罵倒でもされたのか。
きっと そんなこんなという目に遭い、
信じていたイエスから裏切られた悲しみから、
涙してしまったのだ…と思うと、申し訳無くてたまらぬらしい。

 「そんな酷いことをするなんて、
  私ってば、もうもう君に顔向けが出来ないよぉ。」

何をどうしたかは一切判らぬままなくせに、
この世の終わりのような顔になって、
泣き出すほど塞いでいた彼だということで。

 “……もしかして、まだリンゴの影響が出てるのかなぁ。”

 こらこら、ブッダ様。(あ、すいません、馴れ馴れしくして)

そうかと詳細は判ったが、
そうともなればやはり、語り足さねばならないことがあると。
頬の火照りを意識しつつ、うんと思い切ったブッダ様。
お顔を上げると、それへとかかる髪を指先で背後へ払いつつ、

 「それも違うの。」

かぶりを振ってイエスの細い肩へと手を置き、
膝をついたまま ずいと身を乗り出して……

 そのお顔を、イエスの耳元へ寄せると、
 チロリと出した舌先で、
 一見ばらの花のように複雑な形へ開いている耳朶の中より辺りを、
 軽く舐め上げたブッダであり。

温かくて濡れた何かの感触と、
離れ際にふうと吹きかけられた吐息にくすぐられ、

 「…ひぃっ?!/////////」

ただ触られた以上の何かしら。
ぞくぞくぞくっと一気に背条を駆け登った何かの、
寒いような熱いような甘いような感覚や、
それが弾けた先から四肢へと広がった激しい血脈の震えやに襲われたイエス。
肩をすくめても相殺出来ぬほどの感覚へ、
思わずのこと、ひやぁあっという大きめの声を上げており。

 「あ…。///////」

 「そういうことです。////////」

直裁的に何かを納得したらしきヨシュア様へ、
結構 艶冶なことをしておきながら、
ほっこりと笑って見せると、
一応の確認、言葉での説明を付け足す釈迦牟尼様。

 私が、特に耳に限って、
 途轍もなくくすぐったがりなのは知ってるでしょう?
 イエスったらそこへといきなりキスして来たんで、
 くすぐったいのを我慢して、ぎゅうって眸を瞑っただけなの。

 「そりゃあまあ、我慢が要ったほどには辛かったけれど。」

のしかかられてた体勢もね、
大きなわんこが遊んで遊んでって飛びついて来たのへ、
不意を突かれて押し倒されたようなものなんだよ、と。
深色の髪をさらさらと肩先にすべらせつつ
小首を傾けて頬笑むブッダ様へ、

 「………ホントに?」
 「うん。」
 「私、キミに酷いこと…」
 「してない、してない。」

ほんわりと微笑った如来様、
まだ不安げなイエス様を安心させるかのように。
もう一度膝立ちになってのその身を寄せると、
今度はお顔をのぞき込み、

 「……………………え?////////」

キョトンとしているお顔をさっと掠めるような素早さで
触れて離れた軽やかなキスは、
どうしてだろか、ラムネみたいな味がした…。






    お題 AとB “ちょっとだけなら”&“ラムネ味”



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  *困惑のブッダ様の次は、大混乱のイエス様でしたが、
   そこはそれ、
   大好きな人への説法(?)ですもの、
   根気も続くし、優しさだって幾らでも繰り出せますってもので。
   でもなぁ。
   ブッダ様、ちょっと注意しないと、
   ダメンズへの道 まっしぐらだぞ?(こらこら)


めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv


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