人恋しき 秋の深まりに
      〜かぐわしきは 君の…

     



JRを乗り継いで向かうは、埠頭の手前という海寄りの地。
モノレールに乗ったところで、
窓の外、眼下に広がる秋の海を、
わあとついつい嬉しそうに望んだ最聖のお二人、

 「日ごろは観ないからかなぁ、妙に興奮しちゃうよね。」
 「そうだねぇ。」

雪景色みたいなもんかもねとブッダが言うのへ、
あ、それそれと、イエスがしきりと頷き返す。
通勤時間からやや外れているせいか、
乾いた秋の陽が満ちた車内はぐんと空いているが、
それでも他にも乗客はあって。
上背のある、いかにも外国人な二人がはしゃぐのを
微笑ましげに見やっておいで。
相変わらずのTシャツに
軽いパーカーとブルージーンズといういで立ちで、
立川からだとちょっぴり遠出になった水族館への道行き、
勇んで出て来た彼らであり、

 いいお天気になってよかったねぇ。
 うん。あ、潮の香がするよvv

自然な海岸じゃあなくの、
いかにもな埠頭や港に縁取られた眺めじゃああるが。
それでも遠い沖合の海面には
陽を弾いたそれだろう、
金の真砂を振ったようなチカチカが煌いていたし。
時折聞こえる汽笛の響きも何ともムードがあって素敵だと、
影絵のようになって見える遠くの船の進む様、
窓ガラスへ指をつけ、ほらすれ違うよなんてわくわくと眺めておれば、

 【 ○○○水族館前でございます。】

そんなアナウンスが流れて、目的地への到着を教えてくれる。
他の乗客も同じところへと向かうクチであったらしく、
小さな坊ややお嬢ちゃんと一緒の初老のご夫婦は
お孫さんとのおいでだろうか。
ベビーカートを押しておいでなの、
段差に気をつけてとブッダが持ち上げて差し上げて、
ホームへ降りれば増す増すと強まる潮の香が心地いい。

 「あ、ホントに すぐそこなんだね。」

ホームのあちこちに、
アシカやイルカの写真つきのポスターや矢印が一杯だし、
背丈のあるナツメヤシの伸びやかな並木の向こうに
それらしい建物が既に見えてもいて。

 『深海魚はいないらしいね。』
 『ペンギンやシロクマもいないんだ。』

その代わり“南米の大河”という常設展示があるそうで、
どちらかと言えば 南方寄りが得意なのだろうと思われる、○○○水族館。
広大な敷地に たくさんの海獣エリアや
関係地域の植物園まで備えた…というような、
一大テーマパークという規模の代物ではないようだけれど。
それでも凝ったデザインの、窓の大きい建物を中心に、
海側には観客席つきのイルカショー・ステージもあるというし、
数多くのクラゲを配した地下のフロアは、
星空に匹敵するよな雰囲気が幻想的でそりゃあ綺麗だと、
デートスポットなどへの特集を組まれることも多いらしくて、
検索すれば すぐさま、交通経路も目玉の展示も判っちゃったほど。
駅舎から出ればそれは広々とした自然公園が片やに広がっていて
何とも開放的な空間でもあり、

 「わあ、なんかこっちでも遊べそうなvv」
 「そうだねぇ。」

ボートが浮かぶ池やレンタサイクルもあるようだし、
少し小高い丘の上、赤く色づいた木々は桜のようで。
春先は 視野一杯を覆う見事な桜越しに海を臨む格好、
なかなか壮観な花見が楽しめそう。

 「埠頭のほうに行けば、遊覧船も出てるみたいだ。」

遊歩道になっているアプローチをゆっくりと進みつつ、
辺りの景観をまずは堪能。
平日と言っても駐車場にバスが何台か停まっているので、
小学校からの見学か何かの客が結構入っている模様で、
館内へ反響する幼い歓声が まだ中を見ぬ身へもわくわくを誘う。

 「わあ、ブッダ急ごう。」
 「あ。イエス、走ったら危ないよ。」

テラコッタ風のレンガを敷かれた歩道は、ややでこぼこ。
気が逸るか、タッと駆け出したイエスだったのへ、
つまずかないかと案じたブッダが手を延べるのも いつものペースであり、

 『…まったくもー。
  ブッダを慕ってる人には 手ごわい人が多いんだから。』

昨日ちょっとだけドタバタしたのの二つ目を、
結構遅くまで引きずってたのは
すっかり払拭されたみたいだねと、
そんな格好での安堵の苦笑がついい洩れもする。
ブッダ自身にも覚えのない明王格の尊が訪れて、
こんなところで世を忍んで何をしておられるかと、
すぐにも連れ帰ろうという勢いで詰め寄られかかったの…というの、
問われたまんまに ありのままを語ったのだけれど。
そしたら、やっぱり“もうもうもうっ”と
拗ねたか怒ったか、どっちとも言えない見幕になってしまい。
屈強とまでは言いがたいが、
それでも いかにも男の人という肉付きの腕にて、
ブッダを懐ろへ掻い込む格好、
ぎゅうと抱き着いて来たヨシュア様であり。

 『そんなおっかない人が、
  この不届き者めーとか言って
  ブッダを私から奪って浄土へ連れ帰っちゃったら、
  私、どうやって追ったらいいのー。』

 『だから。大丈夫だったでしょうが。』

そういう行為自体が不届きだから、
さすがに天界におわす尊が
そこまでの不埒や力づくはしないってと宥めたものの。
無事だったという結果をもってしても、
そんな輩がついそこまでやって来たという衝撃は大きいそれだったか。
自分を抱え込んだその腕が ややもすると震えてもいたのが、
受け止めていたブッダにしても ひどく心打たれてしまったようで。

 『…イエス。』
 『〜〜〜〜。』

長い髪ごと何度も背中を撫でてやり、
そっと名を呼ぶと、何とかお顔を上げてくれて。
茨の冠を外してから、おでこ同士をこつんこして来て、

 『怖いっていうより心配なの。
  でもねあのね、何とか大丈夫。』

 『?』

小首を傾げたブッダだったのへ、
間近になった玻璃の双眸が、
やんわりとたわめられての甘く瞬いて、

 『ブッダがいろんな人から慕われるのは
  しょうがないことだもの。』

慈愛に満ちていて何物へも懐深い愛をそそぐ、
徳の高い如来様。
ずっとずっと独占出来るなんて、
思うほうが間違いだし罰が当たるから、と
ふにゃりと笑い、

 『私が一番愛してるんだぞっていうのは
  間違いのないことなんだし。それに、』

そ、それにって まだあるの?/////////と。
ここまででも十分に赤面ものの告白なのを、
あわあわと受け止めていたブッダが
透けるほど白いはずの頬を 真っ赤っ赤に染めて見つめ返せば、

 『それに、
  ブッダ本人が私を好きだよって言ってくれるから、
  何とか我慢出来てるの。』

それは愛しい対象を、視線でも優しく愛でてたいと言わんばかり。
眼差しをやさしいそれへと細め、そうと紡いだその上へ、

 『ホントは、いつも うんと焼きもち焼いてるんだからね。』

ちょいと過激な一言をも付け足す。
少しでも取り零せないことなのでと
すぐ耳元で、囁くような声で告げるのだもの。

 『……。////////』

うわぁ何て威力のある睦言を////////と、
全身の肌へボッと火がついたよなほどの想いに
圧倒されもしたっけねと、

 “〜〜あああ、いかんいかん。///////”

余計なことまで思い出しちゃった如来様、
しまったしまったと、真っ赤になったお顔を手のひらで仰ぎつつ、
小走りになってイエスの後を追ったのでありました。




     ◇◇



一階は一番広いフロアがまずはお目見え。
館内の案内図を兼ねたそれ、
大きな海の生き物という解説プレートが壁一杯に掲げられていて。
それによれば
奥まったところには大きな水槽があっての吹き抜けになってもいるらしく。
そこへ至るまでにも、
別棟のアザラシのプールから通じているという、
強化樹脂のトンネルが柱になっているホールがあって。
下から上、上から下と、
愛嬌のあるつぶらな瞳の海獣さんが
結構な速さで“ようこそ”とひらり姿を現しては、
上手に立ち泳ぎを披露するたび、
居合わせた子供達からの歓声を呼んでおり。

 「うわぁ、可愛いなぁvv」

ほぼ黒目ばかりという大きな瞳がうるるんと見つめてくるのへは、
居並ぶ子供たちの垣根の上から見やっていたイエスまでもが、
うわぁうわぁvvと萌えなお声を上げており。

 「ほら、何かブッダの眸にも似てない?」
 「…え? えええぇ〜?///////」

あまりに頓着のない声をかけられて、
他に人もいるのにいきなり何を言い出すかなと、
そこはさすがに赤くなってうろたえかかったブッダだったが、

 「ホントだー。」
 「こっちのお兄さん、目が大きいvv」
 「うるうるしてるーvv」

頓着のなさでは負けていません、
恐らくは低学年なのだろう、愛子ちゃんくらいの子供たちが、
やはり目立つ風貌ではあったか、
ちょっと変わった髪形の、でもお顔は柔和そうなお兄さんへも
わらわらと集まって来る始末。

 “うう〜ん、と。///////”

思わぬ運びに“おおう”と肩をこわばらせておれば、
進行方向の先から引率の先生だろう女性の声がしたので。
さほどいじられることもなく、
行こう行こうとそっちへ向かってくれたけれど。

 「そんな怖がることないでしょう。」
 「う…ん、まあね。」

ボタン星人め…っなどと言い放ち、
額の白毫を押して来るのはご近所の腕白だけの話。
初対面の相手へそこまでやらかす子が、
そうそう何処にでもいるはずがないでしょと。
あっと言う間にがらんと人がいなくなったホールにて、
ほうと胸を撫で下ろしたブッダの所作の大仰さへこそ、
イエスもクスクス笑うばかりだし。
そうだよねと、ブッダも頭を掻いて見せ、

 「でも、結構明るいねぇ。」

エントランスから此処までは、
清潔な白が基調の明るいフロアが続いていて、
庭が望める大きな窓からの陽もあっての、
何とも清々しい館内なのへ、ふふvvと和やかに微笑う釈尊様。

 「そうだよねvv」

それへと相槌を打ってから、
えっとぉ、
ここの奥には、3階相当の高さが吹き抜けになった大水槽があって、
アジやイシダイ、ウデナガエビやネコザメに、オコゼにボラなどなど、
いろんな魚が回遊しています…だって、と、
パンフレットの小さな活字を棒読みするイエスの横顔へ、

 「……。////////」

一緒に歩き出しながら、
ふふと…これは別口の小さな笑みが
瑞々しい口許へ浮かんでしまった如来様。

 『ホントは、いつも うんと焼きもち焼いてるんだからね。』

焼きもちを焼いてると言われたのが、
自分ではどうしようもないことだけに困ったけれど、
実は……ちょっとだけ嬉しくもあって。
だってそれって、
イエスからの深い深い恋慕の情と強い独占欲とがないと、
決して沸くことはなかろう想いだからで。
そうと言われて喜んでしまうなんて、
ホトケとしてはどうかという、やや問題がなくもない感情だが、
でもね、あのね、////////

 「〜〜〜。////////」

それはやさしくてドキドキする、恋という想いをくれた人。
彼の側から進呈されたという意味だけじゃあなく、
そんな風に人を好きになるという気持ち、
ブッダへも い抱かせてくれた人であって。

 傍にいると温かくて、肩を張らなくてよくて。

どこか放っておけなくて、でも、
気がつけば 知らないうちに何だか頼もしくなっていて……。

 “考えてみれば、
  そも途轍もない力も持っている凄い人でもあるんだものね。”

さすがに“神の子”というのは伊達じゃあなくて。
本人が自覚しているかどうかはさておき、
普段は飄々としていながらも、
時折とんでもない奇跡を起こしたり、
大きな脅威を相殺したりと、
底知れぬ力や威容の片鱗を見せてもくれる彼ではあったが、

 そういうのとは別口の、
 むしろ自分には そちらこそがイエスそのものという
 屈託のない素直な素地のほうをこそ、
 愛してやまぬブッダなのであり。

 “…いやあのあの、
  そんな、あの、
  愛してるだなんて〜〜〜〜〜っ。/////////”

そんな大胆な言いようはまだ、
全くの全然 慣れてないから、
胸のうちでこそりと思っただけでも、
顔と言わず耳と言わず、
どうかすると うなじまでもがカァ〜〜ッと赤くなってしまう始末。

 “好きって一言だって
  やっと最近何とか言えるようになって来たばかりなのに。”

今から思えばそっちだって大変だった。
カボチャが好きとか新米が好きとか、
そういう好きは何度でも言えるのにね。
イエスが…のあとには何故だか続けられなくて。
ケンカというか言い合いになると、
勢いがつくからか“目が回るほど好き”とか大胆な言いようも出来るけど。
アルコールが入ると歯止めが緩むか、
胸元へ頬を擦り付けるなんて大胆をしつつ告げることも出来るけど。
それらにしたって、
後から思い出すと 何にもしてなくても螺髪が弾ける恥ずかしさだったし。

 “うう〜〜〜。///////”

少しずつ少しずつ、
その懐ろに掻い込まれてからなら とかいう順を踏んで。
イエスの声が好きとか、眸が好きとか、間接的に言えるようになって。
やっとのこと、
そう、少し寒いねと肩を寄せあっていいこの時期に間に合うように、
いやさ、そうともなれば小声でも届くからなのか、
やっと直接、言えるようになったばかりだってのに。



 「……っだ、ブッダ。」

そのイエスからのお声がかかり、
え? あ、なになにと辺りを見回す。
ちょこっと忘我状態だったようで、
軽くトリップしていたところから我に返ってのこと、
ハンカチかな、何か要るのとお顔を上げたれば、

 「……。」

いつの間にか こちらを振り向いていたイエスの手が、
そろぉ〜〜っと右側にあたる壁を指差しており。
え? 何か珍しい展示なのかい?と、
そちらをひょいと向いたブッダのお顔が、
ちょうどイエスもそんな顔だったのと同じくらいにカチンと強ばったのは、

 飛行機の窓くらいの小ささに刳り貫かれていた
 展示を観覧するための水槽窓へ、
 そこに入ってる全てだろう魚の全部がぎっちりみっちりと
 こちら側へと寄り集まっていたからで。

 「…………え"?」

小さめの水槽は、
余裕の密度だったんだろうから、さして目立つそれじゃあなかったが。
そちらへと向かいかけていた 通路のドン突き、
大きめのフロアの壁一面という規模の大水槽の中でも
その奇跡は起きかけていたようで。

 「あれあれぇ? お魚が集まってるよ、集まってる。」
 「ホントだぁ。こっちにばっか、ぐんぐん集まってない?」
 「何か押し合いへし合いしてなぁい?」

いやな予感がし、
誤魔化すような笑みを浮かべつつも顔を上げたブッダの視線の先、
それは勇壮な、太平洋を模したというコンセプトらしき大きな縦長水槽にて、
こっち側の面へばかりへ、魚の全てが殺到しようとしておいで。
サメもアジも、イシダイもチョウチョウウオも、オニカサゴもとなると、
壮観を通り越して…大きな地震でも近いのかとか、
そんな不吉な何かさえ醸すようで いっそ恐ろしく。

 「…もしかしてブッダ、
  何か有り難いこととか慈愛に満ちたこととか、
  若しくは……。/////////」

日頃はそれこそ、意識を制御しているため、
こうまでの事態を招くよなオーラなんて放ってはいません。
いちいちこれでは
それこそ暢気な地上バカンスなんて出来やしませんからね。
よって、よほどに気を取られての忘我状態になるか、
あるいは……、

 「ごめんなさいっ、
  ついつい君のこと考えてました。///////」

それでこうなるということは…と。
どれほどの情愛あふれる想いを巡らせていらしたかの
バロメータになろうとは。

 「……何かこういうのって、デジャブがあるんだけど。」
 「うう…。//////」

ああそうだ、植物園で蓮の花が咲き乱れたことがあったような…。

  難儀なもんですね、聖人というのも。(…おいおい)

水槽の強度には問題なさそうながら、
何とも言えない異様な光景には違いない。
何でこんな…と関係者の皆様が駆けつけての大騒ぎとなっても何だ。

 「あわわ、ちょっと離れよっかねぇ。」
 「う、うん。///////」

追及の目が集まる前にと、
手近にあった階段の方へと逸れて、
こそそと地下のフロアへ逃れたお二人。


  もしかして、ドッグランとかにも
  迂闊には行けないブッダ様なのかも知れません。(う〜ん)








    お題 E “
Aqualium ( 水族館 )



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  *すいません、カレンダーはもはや11月ですが
   こちらはまだハロウィン前です。
   まあ、これからが紅葉だってのに
   途轍もない前倒しで
   あれこれもうクリスマス用の展示に変わっちゃってるよりは
   時期的に合ってるかなということで。

  *それにしてもまあまあ、
   気を抜くとこんなことが起きるほど、
   好き好きの度合いも深まっておいでのようですね。
   歩く近所迷惑な リア充…。
(大笑)


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