キミとの春、ひたひたと


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焼きたてパリパリ、内側はしっとり。
やっぱりどちらかといやパイだろという印象。
表面にまぶされたザラメの甘いところが
時折 カリリと不意打ちしてくる
何とも不思議な食感がして。
でもでもあんこも風味のいいところは
やっぱり“鯛焼き”だったのを
美味しいネ♪と 二人していただいた、
そんな 二月最後の日曜日から。
あっと言う間に日は流れ、今や弥生を迎えており。

 “何だかバタバタッと…って 感じだったものなぁ。”

二月が28日しかないせいもあろうが、
それにも増して、
最後の1週間は天候がもんどり打つよに乱高下した。
月の半ばにとんでもなく降った雪が、
都心部でも日陰や屋根からなかなか解けないほどの極寒だったものが、
最終週はいきなり15度なんてな花見どきの気温となり。
ああ身が軽くなるようだと気も晴れかけたものの、
だがだが、そうなると
今度は花粉と某国から飛来する微細粉塵が騒がれて。

 『大丈夫? ブッダ。』

イエスも殊の外、
ブッダの花粉症が目を覚まさぬかを案じてくれて、
しまいには買い物もお洗濯も自分がすると言い出す始末。

 『そんな。それでは私は何をすればいいんだい?』

あまりに直裁的ではあるが、それでも確かに
“花粉がすっかり去るまで外出しなければ良い”というのは
一番の最善策には違いない。
けれど、それでは別な意味合いから息が詰まるというもので。

 『花粉が去るまで、この部屋から外に出てはいけないの?』

鼻水や目のかゆみなどなど、
地味に不快な症状が襲いくるのが花粉症ではあるけれど。
それと同時に、この時節と言えば
少しずつ訪れる春めきを実感出来る、何とも良い頃合いでもあって。
プリムラの小鉢が一際華やいで来る中、
ジンチョウゲの良い香りがしてくるのや、
モクレンの蕾が膨らむのやを見つけるのは、
ああもうそんな時期かと何とも胸が弾むことだし。
陽あたりのいいところでは梅だってもうほころんでいて、
忘れちゃいけない桜の便りだって待ち遠しい。
他でもないブッダの身を案じてのことだというのは嬉しいけれど、

 『用心すれば大丈夫だよ。』

第一、イエスが花粉の浴び過ぎで倒れたらどうするのと言い張り、
そんな過保護はダメダメと却下して。
天気予報の花粉情報をチェックした上で、
それなり慎重にお出掛けするようになった彼であり。

 『でもねぇ…。』

去年でた症状があまりに酷かったせいか、
送り出すイエスの表情は そう簡単には晴れなくて。
お買い物にと出掛ける彼を、幼子みたいに玄関まで後追いし、
スニーカーを履いて“じゃあ”とお顔を上げたところへ、

 『本当はサ、』

ちょっぴり上目遣いになったのは、
子供っぽいことを言うのが さすがに恥ずかしいからか。
ほんの僅かほど言おうか言うまいか迷ったような間があってから、

 『私、ブッダのこと、
  此処へ閉じ込めちゃってもいいって
  思ってるんだけど。///////』

 『え…っ。/////////』



  こらこらこら、お二方。


イエス様に於いては
“そのくらい家事とか頑張って見せる”っていう言葉が足りてない上に、
ブッダ様もそんな
足りてない言い回しへ速攻で赤くならないの。(苦笑)
実際の話、
唐突なお言葉には総身が固まりかかった如来様だったものの、

 『ヤ、ヤダなぁもう イエスったら。/////////』

やや堅く微笑って見せて“大仰なんだから”と丸め込み、
何とか そそくさと出掛けて来たけれど、

 “イエスったら、もう。///////////”

アパートから離れても、スーパーに着いても、
八百関さんの店先を覗いていても。
ついつい思い出しては、
キャアvvとかギャアvvとか叫びそうになり、
口許がふにむにと落ち着かなくなるほどだったようで。

 “イエスには何の他意もないんだろうけど…。///////”

嘘とまではいかないながら、
微妙な言い訳を取り繕うことも多かりしなイエスとはいえ、
根本的な部分が純真無垢なままの人。
なので、大人びたそれ、
駆け引きや含みのあるよな物言いはしないのだろうし、
そもそも、口にした以外のことも宣するような、
でも、そう思ったなんて勝手だなぁと言われもするよな
そんな複雑な言い回しがあるなんてこと自体へ疎いに違いないのだ。
揚げ足を取ろうとした狡猾な輩へ、
けろりと正論を言ってやり込めた話も多々あるくらいで、

 “…うん。
  勝手にそうと聞いちゃう方がいけないんだよなぁ。”

寝しなに懐ろへ掻い込んで、ぎゅうと抱きしめてくれたり、
おでこや頬への、友情や敬愛の証し以上、
ちょっぴり意味深なキスをしてくれるのも。
さすがに“幼子が母へ求めるような”よりは進んでもいるのだろうが、
今のところは、まだ“好き好き・大好きvv”の延長のままに違いなく。

 “でも…。////////”

冴えた眼差しを向けて来る、あの印象的な玻璃の双眸や、
それへとバランスよく似合う、薄い頬に細い鼻梁。
表情豊かな口許には、いかにも大人の男性としての
思慮深い落ち着きを感じさせもする お髭が添えられていて、

 “あんな端正で男らしいお顔で、
  しかも伏し目がちになってのムーディに
  好きだよといいお声で迫られる身にもなってほしい。///////”

昨日はあまりの暖かさに“もう仕舞おうか”と思ったそれ、
アイボリーの柔らかいストールを直す所作に紛れさせ、
指先でするりとブッダが触れたのは、自身のやわらかな首元で。
時々、深々とした口づけに気持ちが高ぶってか、
そのまま 此処へもイエスからのキスが降って来る宵があり。
指ではない“唇で”触れられるというのが、
何とも意味深で性急な求めに通じて思えるのは、だが、

 “やっぱり勝手な思い過ごしなんだろな…。////////”

今頃の気候と同じだよね。
すっかり春だと思って舞い上がっておれば、
容赦のない寒の戻りにあって震え上がることになる…と。
ちょっぴり もしもし?な独り言、
その胸の裡
(うち)にて 小さな溜息混じりで呟きながらも。
それでも何とか てきぱきとお買い物を済ませ、
今日は風が強い中、
中通りから小道を抜けて とぽとぽと戻って来たれば、

 「…あれ?」

そんなブッダを追い抜いたボックスカーがアパート前で停車する。
見慣れた制服姿のお兄さんが降り立つと、
ミカン箱よりは大きめの段ボール箱を丁寧に抱え、
アパートの階段を上がってゆくのを。
そんな手際が挟まったために追いつけたそのまま、
何とはなく 後から付いてくような格好になって眺めておれば、

 「聖さ〜ん。イエスさんへ お届けもので〜す。」

あらまあ、やっぱり。
チャイムの音へ“は〜い”と出て来たイエスが、
お兄さんの後ろに立つブッダに気がつき、
いい笑顔になったまま荷を受け取ったものの、

 「 …っ、ゎあっ☆」

微妙に上の空だったのと、想定以上に重かったか。
箱を完全にゆだねられた途端、
上体ごと がくんと引力に負けてしまっていて。
そのまま足元へ取り落としかかったの、
お兄さんと追いついてたブッダの二人がかりで
慌てて受け止めているのが
ちょっとしたコントのような顛末だったのが相変わらずな一幕でございます。(笑)





     ◇◇◇



何とも微妙な苦笑をし合ってから、
宅配便のお兄さんが軽快に去ってゆくのを見送って。

 「何か買い物?」
 「ううん、違うよぉ。」

まずはとブッダがそう訊いたものの、
イエスには覚えがないものらしく。
いつもの無駄遣いなんかじゃありませんと かぶりを振ってから、
今度こそは重さを覚悟して抱えた箱ごと一緒に部屋へ上がりつつ、
伝票に印刷された小さな記載をまじまじと目で追っていたものの。

 「……あ♪」

嬉しそうな響きの短い声を上げたそのまま、
ブッダがトートバッグから買い物を取り出していた手を取ると、
こっちこっちと引き寄せる。

 「? 何だったの?」
 「うん。これはブッダへのお届けものだからvv」
 「はい?」

お片付けの前にと言いたいか、
そのまま居室まで“おいでおいで”と手を引いてゆくイエスであり。
コタツの上へと置かれた箱は、
特にどこの業者というロゴも無かったが、
はいと渡されたハサミで封のテープを裂いてゆくと、
中に入っていた化粧箱には、見覚えのあるロゴと店名があって。

 「コンビニ?」
 「そう。ほら、スィーツのシールを集めてたでしょ? 私。」

そういえば、そうそう…あれは聖バレンタインデー前のこと。
例の予餞会へのカップケーキ騒動の切っ掛けになった日の取っ掛かり、
コンビニスィーツについてたクーポンの締め切りだと言って、
買い食いを叱られる前にと思ったかどうか、
そそくさと出先で別の目的地へ向かった彼では無かったか。
その賞品がどうやら当たったのらしく、
ご当選のお知らせという書状と
様々なキャンペーンへのチラシが同封されている封筒ごと、
化粧箱のほうの蓋を開けば、

 「わあ…vv」
 「これは凄いねぇ♪」

今が旬のイチゴにオレンジ、グレープフルーツ、
リンゴにバナナ、キーウィといった定番から。
カップに入ったブルーベリーとラズベリー。
それと、何とかいうマスカットっぽい葡萄や
小ぶりながらマンゴーとメロンもついてるゴージャスさ。
もちょっと温かくなってから、そうそれこそ初夏ならば、
サクランボだの ビワや桃だのもあったろにと思えば、
この時期にここまで集められたのはなかなかで。

 どれも いい匂いだね。

 うん、食べ頃なのかも知れないね。
 あ、イエス、キミはリンゴはダメだからね。

 え? …あ、そかそか。うん/////

思わぬ戦利品なのへ、
まずは、しばし その瑞々しさに見とれていた二人だったものの。
賞味期限付きの代物なだけに見ているだけって訳にも行かぬ。
食べ物なのでと“ブッダへの品だ”と言ったイエスが、
そのままこちらを見やって来るのは、
もしかせずとも期待を込めてのことだろうからと、
そこは重ねて言われずとも判るので。
う〜んっとと熟考しての後、
ふふと口許ほころばせた釈迦牟尼様、

 「…じゃあ、うん。フルーツタルトを作ろうか。」
 「うあ、凄いよ、ブッダvv」

お料理が出来ても、お菓子はまた感覚が異なるものなだけに、
日頃から手掛けていないと、なかなか応用は利かぬものだというに。
甘いものが大好きなイエス様が、
それは嬉しそうに食べてくれるものだから、
無駄遣い防止という建前の下、
その実、飛び切りの笑顔を励みに腕を上げ。
蒸しパンや練りきりに始まって、
ブラウニーやお団子、カップケーキに水羊羹。
今や、パンプキンパイにフォンダン・ショコラまでを、
それは手際よく作ってくださるほどの名パティシエぶり。
今回もまた、
その腕を振るって差し上げましょうと言い出したその上、

 「……あ、そうそう♪」

遅ればせながら、お買い物を片付けて。
じゃあ下ごしらえをと、戸棚から小麦粉を取り出したところで、
一体 何を思いついたものか。
いつぞやのように“お手伝いしたいです”というお顔で
キッチンまで立って来たイエスへ、

 「これを頼めるかな?」
 「うんっ、任せてっ♪」

大きめのボウルに
分量の強力粉とドライイーストを合わせたのへ水を足し、
それを うんうんと捏ねてもらい。
同時進行のこちらは、
薄力粉と卵とバターに砂糖を使い、
1ダースほどを形成した、やや大きめのお猪口サイズのタルト生地、
そのままオーブンで焼き上げて仕上げてしまったブッダ様。
強力粉の方の生地は少し発酵させ、
その隙に、冷凍してあったおかず用のあんを解凍。
発酵させた生地は、
六つほどに切り分けて二人で手分けしてくるりと丸めてから、
厚みのあるお煎餅みたいに平たくし。
そこへ、心持ち とろみを足したあんを載せ、
やわらかい造作の手のひらの中、
器用な手捌きでくりくりと、
栗の実みたいな形にして封じ込めつつ まとめてゆけば。

 「あ…まさかそれって?」

じわんと徐々に明るさが増すように。
言い出す前からの予感だけで、
嬉しそうなお顔になるイエスなことこそ、

 “私には他には類がないほど
  嬉しくてたまらないことなんだなぁ。////////”

ブッダの胸元が暖かくなる。
優越感にも似ている甘さがくすぐったくて、
でも、何故だろか…同時に微かに切なくもあり。

 「そうだよ、これをお昼に食べようね。」

お腹すいたでしょ?と、
正方形に切って並べたクッキングシートの上、
とんとんと置かれたそれらは。
オーブンの蒸し機能にて程よく蒸かされ、
ふっかふかの中華まんじゅうになる。
ちょっと前に作った手作りシュウマイの具を、
実は多めに作り置いてたのを思い出し。
ニンニクを足してギョウザでも作るかなと思っていたが、
ああそうだと、ここで思いつく機転がおサスガ。
名残りの北風か、それともまだまだ制御が利かない東風か。
びょうびゅうと寒々しく唸って吹きすさぶ中、
かき玉スープつきのほかほか美味しいお昼を二人で囲む。

 「側生地が少しくらい冷めても、中はまだまだ熱いから。
  油断して火傷しないようにね。」

 「うん♪」

それでなくとも猫舌なイエスなのでと そんな注意を授け、
しかもそれで終わらず、
ふわふわな外側、恐る恐る割ってから
ふうふう吹いて口にするまでを
こそりと はらはら見守るところが、
やっぱりおっ母様気質なブッダ様で。

 「…うあ、美味しい〜vv」

こういうのは 工場とかお店とか、
設備がないと作れないって思ってたと、
それは嬉しそうに笑顔を見せるヨシュア様。
あんまり意外な段取りだったので、ちょっぴり興奮してもいるものか、

 「もうもう、お店出せちゃうね、ブッダ。」

凄い腕前だし美味しいしと、絶賛の中の最上級な賛辞もて、
そんな言いようをしたものの、

 「それは無理だよ。二人分以上は作れないもの。」

残念でしたと、それにしては楽しそうにブッダが言い返す。
美味しいものを手際よく作るのって、
言わずもがなだが これがなかなか難しいことで。
よほど熱心に趣味にしてでもない限り、
日頃やりつけてない人が会得するのは難しい。
逆に、料理は慣れとも言いまして、
毎日やってれば、少なくとも手際は身につくもの。

  では、その原動力は?

 「前にも言ったけど、
  私ひとりの食事というなら、こうまでのものは作ってないし、
  わざわざ調べてまで工夫を凝らすこともないと思う。」

現に、イエスがバイトしていて不在だった昨年の夏の昼食は、
菓子パンやコンビニのおむすびか、
薬味もなしの茹でたそうめんだけというシンプルさだったのだし、

 「イエスが美味しいねぇって言ってくれるのが、
  褒めてくれてるようで嬉しくて。
  それで頑張ろうって色々工夫するようになったんだしね。」

そんなこんなの積み重ねが、
お菓子にまで及んだまでのことなの、と。
あくまでも謙遜なさるのが釈迦牟尼様ならば、

 「…じゃあ、」

それを聞いたイエスはといや、
もむもむと頬張ったお饅頭をよ〜く噛みつつ熟考してから、

 「私も少しは貢献してるのかなぁ?」

何にも出来なくてお世話かけてばっかだけれどと、
ちょっぴり悪戯っぽく、おずおずと言い出した彼なのが。

 “うあ、狡いなぁ…。////////”

どう見ても男の人という造作の顔容ながら、
伺うような上目遣いなんかした日には、
輪郭や目許の線の細さを押し出してのこと、何とも言えず可愛くて。

 「……うん、とっても。」

認めるしかないじゃないと、苦笑混じりに応と頷く。
その伝で言えば、バカンスに連れ出してくれたことも、
思いも拠らない言動から騒動を起こしては引っ張り回してくれたことも、
いろんな経験をくれるという格好での大貢献なのだし。

 “その上、恋までくれたし?////////”

ああ いかんいかん、
またぞろ説明出来ない笑みが込み上げて来そうだと。
誤魔化すように饅頭へぱくりと食いついたブッダ様だったそうな。





       お題 D“解ってるのに”






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  *何か、いつにも増して食べる話ばっかになってますが。(笑)

   十分なくらいツーカーなんですけどもね。
   食べ物以外の好みも何も、
   得意も苦手もすっかりと知ってるし、
   イエスの方だって結構把握してるんだろうなと思うのだけれど。
   まだちょっと言えないこととかあるのもホントだし、
   そこがもどかしい時もあるブッダ様なようですが。
   それこそお母さんにだって言って無いことはあるでしょに、
   それこそ もちょっとイエス様を判ってからでも
   何もかんもと明かすの 遅くはないんですのにねぇvv


ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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