キミが隣りにいる奇跡

       〜かぐわしきは 君の… 8

     6



一気に10度以下なんてほど、ぐぐんと寒くなったその後、
いやいくらなんでも あれは下げ過ぎたよね、ごめんごめんと

 「いや、別に父さんからは何も言って来ないけど。」
 「そうだね、おじさんも忙しいのかな。」

うんうん、きっと キリがないから
あのくらいでは いちいちは言って来ないでしょうよね。
何も神様がどうのこうのと言いたかったんじゃあなくてだな。
(関係者が“合いの手”入れてくるとは思わなんだ…)
確かに、もはや秋とは言えぬほど寒くなりつつあるけれど、
それでもまだまだ、冬と言っても入口だからか。
陽あたりのいいところで
体を動かすと汗ばむこともあるほどに、
背中を丸めてしまうには まだ早いかもという、
いい陽気の日もひょこりと訪のうてもいて。

 「うん。今日は穏やかなお天気だしね。」
 「ホント、暖かいねぇ。」

買い物がてらのお散歩にと表へ出れば、
中通りに沿うての道なり
通りすがったお宅のお庭で、
槇の木にこそり実っていた深紫の実をついばむ、
ちょっぴり尾の長い小鳥が小首を傾げるところを見かけたり。
やっぱりお散歩なのか、
若いお母さんの押すカートの中にて
暖かそうな毛糸のお帽子をかぶってうたた寝中の
頬っぺが真っ赤な赤ちゃんの日向ぼっこに遭遇したり。

 「おお、いつぞやは。」

まだまだきれいな黄色い葉っぱを蓄えている
大きなイチョウの木が望める神社の傍を通りかかれば。
今日も落ち葉かきに勤しんでおいでだったらしい、
白い小袖に袴、白い鼻緒の草履ばき、
今日はさすがに半纏だろうか羽織風の上着もまとった宮司さんが、
こちらに気づいたようなお顔をなさる。
にっこり笑って“こんにちは”と お揃いの会釈を返せば、

 「そうだ。ちょっと待ってておくれ。」

少し高みになっていた境内から、竹ボウキを手に姿を引っ込めなさり、

 「???」 × 2

何だろなと言われた通りに待っておれば、
ややあって傍らの、鳥居がまたぐ石段を降りて来られる。
手にはコンビニなどで使われる、白っぽい小さめのビニール袋。
それをどうぞと手渡して来られて、

 「ウチで穫れたギンナンですよ。」
 「え?」

言われて覗けば、見覚えのある形、
よく乾かした殻が真白なギンナンが随分とたくさん入っていて、

 「あ、いえ、こんなにはいただけません。」

ほんの半日ほどお手伝いしただけなのにと遠慮をしたものの、

 「なに、ウチは ばあさんと儂くらいで、そうそうは食えんのでな。」

周辺のご近所さんも、
ここからの調理まではしかねるか
わざわざ“下さいな”と言うては来られぬので、
毎年余らせてしまっているそうで。

 「そちらの御仁は料理が趣味と聞いておるしな。」

ブッダの方を見やってそうと言い、
ほこほこと楽しそうに笑った初老の宮司さんだったが、

 “……それってどこ情報でしょうか。//////”

ブッダが微妙に慄きつつ赤くなったのも無理のないこと。
当たり前のこととして、自慢して吹聴した覚えなんてないし、
時々 お弁当の交換なんてしている竜次さんご一家は、
氏子ではあるらしいが家は遠いから、此処ではあまり見かけない。
第一、ご夫婦お二人とも義理堅いから、
自分たちのことをやたら吹聴するような人たちではない。
だが、イエスの方はあっけらかんとしたもので、

 「そんなのご近所の奥さんたちに決まってるじゃない♪」

お家に帰りついてから、
妙に戸惑い気味の伴侶様なのに気がついて。
どうしたの?と訊いた上で、
なぁんだと微笑って答えての曰く、

 「さっきだって、
  八百屋さんの前で今日は何にしよっかって話してたのとか、
  スーパーで大豆ミートの細切り肉風のがあったのへ、
  これを使えばウチでも青椒肉絲が作れそうだねって話してたのとか、
  さりげなく聞いてた奥さんたちが結構いたし。」

釈迦牟尼様を見守ることにかけては誰にも負けない、
最強のブッダ・ウォッチャーですからと。
そんな最愛の君を取り巻く格好の
周辺の様子を拾うのなんて たやすいことよとばかり、
ともすれば鼻高々になっちゃうメシア様だが、

 「…あ、あんまり嬉しい話じゃないってば、それ。//////」

ブッダ様ご当人はというと、
そこはやはり当惑のお顔を隠し切れない。
というのも、

 じゃあ何? ウチの献立とか皆さんに だだ漏れなの?
 月末の苦しい頃合いの やっつけご飯とかも?、と

メニューや料理の段取りなどなどはともかく、
やり繰りまで知られてないかというのが恥ずかしい模様。

 「肉や魚は使ってないのに、
  何で毎月毎月 月末に切羽詰まってしまうお宅なのかしらとか、
  思われてないかなぁ。////////」

綺麗な白い手でまろやかな頬を押さえ、
当惑してしまわれる彼だったりするけれど。
お言葉ですがブッダ様、
気候によっては野菜の方が高くつきます、この頃では。
ハムやソーセージ、鷄の胸肉などなどを取り入れたほうが、
安上がりな献立を捻り出せる場合も多々ありますし。
冷凍野菜ならお手頃とか言いますが、
となると産地が微妙なので、
ウチの母のように頑として手を出せないという人も多いですしね。
それより何より、

 「ブッダ。」

お家での定位置に先に腰を下ろしていたイエスに続き、
もはや経験則でこなせるそれ、
沸騰ポットで湯を沸かし、茶器を揃えて盆に載せ、
茶葉と湯をそそいだ急須と共に抱えて、
遅ればせながら六畳間へ足を運ぶと。
イエスとは差し向かいになるよう
やっとこ腰を下ろしたブッダなのへ。
お〜いとお声をかけたメシア様、

 「?」
 「あのね、誰にどう思われようといいじゃない。」
 「あ…。///////」

そりゃあまあ、
あまりに恥知らずな所業なら問題だけど。
そういうんじゃないんだ、
むしろ、やり繰り上手のお料理上手だって
褒めてもらえてることなんだしと、言ってのける。
そうですよ、ブッダ様。
そもそも よそ様の懐ろ具合まで覗く人のほうが浅ましいんだから、
気になさることなんてありません。

 「私なんて、ブッダの話へ聞き耳立ててる奥さんが、
  そのまま同じお野菜買ってたりして、
  ウチと同じメニューにするらしいって判ると、
  ややや 嬉しいなぁって思うほどなのに。」

 「イエス…。/////」

はにゃりと柔らかく笑うイエスの屈託のなさに、
ああそうだったと、彼もまた思い出す。

 「そうでした。
  物欲なき清貧こそ、解脱を目指す我らへ
  悟りの境地の末にもたらされる 当然の姿だったはずです。」

何を考え違いしていたものか、
私とあろうものが そんなではいけませんでしたねと。
頬や目許をほんのり赤らめ、やや含羞んでから。
美味しく淹れられたお茶の湯気の向こう、
両手を合わせて心静かにと祈りを捧げるお姿こそ、

 「〜〜〜〜。////////」

軽く伏せられた柔らかそうなまぶたと、
それを縁取ってのつややかに、
なめらかな頬の縁へ淡い陰を落としている長い睫毛といい。
無意識なそれだろか、清楚な微笑みを浮かべたまま、
これも軽く合わさった瑞々しい口許といい。

  うあ、なんて清らかな美しさだろかvvと

思わぬ眼福に、
まずは…その切れ長の双眸が限界まで見開かれてののち。
表面的には微笑ましいことよと澄ましていながらも、
その内心では“わぁあぁぁ…っvv”と
相変わらずに萌えに萌えての、大興奮のヨシュア様だったそうで。
そんな彼だから気づけたことか、

 「………あ、ブッダ? そこどうしたの?」
 「え?」

まだ合わせたままな手をお向かいから指差され、
何だ何だと思わずその手をほどいたブッダだったのへ。
あ、あ、と イエスが腰を浮かすほど身を乗り出して、
その片方、左手をはっしと捕まえる。
右手の方はどうしたかといえば、

 「………ありがと。」
 「どういたしまして。」

イエスがすぐ前にあった湯飲みを倒しかかったの、
はっしと捕まえていたブッダ様だったから、
これは、ある意味 お相子だったりするものか。(う〜ん)
一体 何でまた、天板へ胸元を伏せるほど、
前へと身を乗り出したイエス様だったかといえば、

 「ほらここ、どうしたの?」

小さなコタツだとはいえ、天板を挟むと遠いということか。
ブッダの手を取ったまま、
よいせと立ち上がりすぐお隣へと越して来て、
あらためて此処と示したのが、
ブッダ様の左手、小指側の側線のやや手首よりの一点で。
言われて見やれば、成程、
磨きあげられた白玉宝珠に淡い紗をかけたような、
それは柔らか嫋やかな御手の肌へ、
うっすらとした細い線がすっと短く走っている。
温かい湯のみのせいで赤みを増した
掌紋の一部かと見えなくもないそれだが、

 「? …ああ、うん。」

心当たりはあったものか、
イエスが捕まえたままな手元
ブッダ自身も覗き込むようにして見やってから、

 「さっきスーパーで、レシートの端でちょっとね。」

お財布の札入れ部分へ仕舞おうとしたおりに、
端っこがはみ出してたところで掠めて
うっすらと切ったらしく。

 「痛くもないから大丈ぶ…って…。あ…。////////」

平気だよと言いかかった声が途中で立ち消えたのは、
その手を掲げ持っていたイエスが、
そのまま自分の口許へと当てたから。
以前にも、針仕事の最中にちょんとついた傷を
同じようにして治してくれた彼だったが、

 「いや…あの、いえす。/////////」

このくらい、荒れた唇の薄皮がめくれた程度のものだし、
どうかすると指先のさかむけより軽症だってのにと。
その大仰な至れり尽くせりへは、さすがに赤面のブッダ様。

 “だってこの光景って…。//////”

高貴でやんごとなき淑女が、
壊れ物のような扱いでその手を恭しく掲げられ、
忠誠を尽くした騎士様から
勿体なくも接吻を贈られているかのようではないかしら。

 「そんなことしなくても…。」

大丈夫だったらと言を重ねられても、
治療に集中しているからか、すぐには応じなかったヨシュア様。
しばらくしてやっと口許を離すと、
愛しい御手をあちこちから眺め回してから、

 「はい終しまい。」

ごめんね捕まえててと、やっと離してくれたそれ、
口許をうにむにとたわめつつ、引き取ったブッダの側としては、

 「イエスってば、過保護。///////」

このくらいで大仰だよと言いつつ、
そんな構われ方云々よりも
ずっと接吻されていたことがドキドキと堪えたらしいと
ありあり判る含羞みよう。

 “だってイエスの手って…。///////”

薄いまぶたを伏せたまま、
真剣真摯に祈りを捧げてくれた愛しい人。
触れていた口許の柔らかさへもドキドキしたが、
それを支え続けていた手だって、特別な存在に違いなく。
それと知っているからこそ目に入ると痛々しい、
聖痕への負担も気になるし。
少し乾いた感触の、かっちりとした大きな手にくるまれると、
その頼もしさが やはり嬉しいものだから。//////
そんなせいで汗ばんでしまうの、伝わってないかななんて、
そこいらの小娘…もとえ、十代のお嬢さんみたいなことへ、
ますますのこと、
ドキドキが止まらなかった釈迦牟尼様だったようであり。
だがだが、

 「何を言うかな。」

このくらいという言い方のほうへ、イエスとしては意義があるらしく、

 「何でも出来てしまうブッダの手は、
  どんなにいたわっても足りないくらいなんだからね。」

薄い肩をすくめ、その間に首を埋めるようにし、
判ってないんだからかなぁと、不平をこぼす真似をする。

 「ご飯の支度やお裁縫だけじゃあないでしょう?」

天界でも、それは達筆なことで知られておいでだったし、
イエスへの贈り物にと、椋の木で見事な蓮を彫り上げてくれもした。

 「あの端境の庭で、髪を茂みへ引っかけては、
  難儀していた私だったのへも。
  もうもうって呆れながらも、器用に丁寧にほどいてくれたし。」

そうそう、砂絵も見せてもらったよね。
それは繊細な絵をとっても上手に描けるのに、
風に任せて消されるの、私が残念がると
“そういうものなのですよ”って微笑ってたし…と。
次から次へと数え上げたメシアだったが、

 “イエスこそ……。///////”

その1つ1つへ、凄い凄いと抱きついてくれたし、
そのたびに、
この手を大切そうに自分の懐ろへと抱え込んでくれて。

 「聞いてるの? ブッダ。」
 「…え? あ・ごめん、聞いてなかった。なぁに?」

天界では、それは無邪気で天真爛漫な
言っちゃあ悪いが、危なっかしいからという意味で
目を離せない対象のイエスだったのにね。
いつからこんなに、素敵に頼もしくなったんだろうって、
ついのこととて ぼんやりと想いを馳せていたものだから。
うっとり見ほれていた、その彫の深い面差しが、
ちょいと怪訝そうな気色を浮かべ、ねえと声をかけて来たのへと、
やや遅ればせながら 我に返ってハッとする始末。
そんなブッダの様子へ、

 「………ぷvv」

イエスが吹き出してしまったのは、
こういうやり取り、
つい最近にも交わさなんだかなと思ったからだが、

 「な、何だよ、笑わなくても。///////」
 「ごめんごめん。」

でも今のって、
こないだ私がぼうっとしてたのへ
ブッダが声かけたのと丁度逆だなって思って、と。
そのまま くつくつと小さく微笑うイエスであり。

 「う…。///////」

目許をたわめる笑顔がまた、
随分と落ち着いた、大人びたそれだったものだから。
じっと見つめられているのが妙に居たたまれなくなったブッダだが、

  ? なぁに、挙動不審。
  そ、そんなことなぃ……。//////

視線を揺らしたのを、素早く拾われてしまい、
ムキになって真っ向から見つめ合おうとしたところ。
そちらもこっちを見ていたイエスが
こちらの片側の頬へふんわりと手を延べて、
ひょいとそのまま身を乗り出して来たから……。

  いえす、髭がくすぐったいよぉ。////////
  なに、今日に限って。
  だって…ん…。////////

ほどけた長い髪の陰、
んぅと曖昧な声しか返せなかったのは、
その口許を続けざまに食まれてしまったせい。
互いの吐息の熱を混ぜ合い、
右から左からと絶え間なく。
追いかけるように深く浅く食まれる合間に、
さりさりちくりと いつもよりもお髭が当たり、
それが何故だか妙に恥ずかしいのは、きっと。


  いつになく、逃がしたくないよと言わんばかり、
  頬に添えられた イエスの手のひらのせいだったかも…。







    お題 E“てのひら”





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  *背中と手のひらと、
   暖かくて頼もしくて、ドキドキしたり元気をもらえたり、
   大好きなところです、私にも。


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