キミとならいつだって お出かけ日和

 

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昨日の昼から降ってた雨は、予報通り夜半のうちに上がったようで。
陽は既に昇っていように まだ少々雲は厚いけれど、
道々にもそれほど大きな水たまりはないし、
木々の梢にもさほどの滴は宿っておらず。
ジョギングで通る道のどこもかしこも、
文字通り洗われたように清々しい空気に満ちていて。
部屋の中に比べればひんやりするものの、
冬場ほど鋭く冴えてはいなくて むしろ心地いい。

 “花粉の気配さえないようだしね。”

イエスから案じられるまでもなく、
ブッダ本人だとて、お気楽にも“大丈夫”を連呼している訳じゃあない。
彼なりに日々あれこれ調べたり、
他でもない自身の身への実感を慎重に受け止めたりして。
それこそ彼ならではの実直な分析をした上で、
大丈夫だと割り出し、屋外へ踏み出しているのであり。

 “…まあ、イエスが心配してくれるのも判るけれど。”

日頃は それこそこっちがハラハラするほどのノリで
何でも安請け合いするイエスなのを思い返せば、
この慎重さはいっそ ずんと破格なこととと言え。
立場が逆だったらと置き換えるまでもないこと、
どれほどの思い入れあっての心配かも判るというものだし。

 “イエスの方こそ、お出掛けしたくてしょうがないんだろうに。”

そういう時期か、テレビでもやたらと
紀行ものや春先にお薦めという旅を紹介する番組が多く。
遠出は無理でもご近所のあちこち、
それこそ降臨したての年の春先に 足を運んだ行楽地なぞへ、
もう一度行ってみたいなと思っていても不思議はない。
日本の春と言えばの桜は、彼らなりの穴場も幾つか押さえているので、
満開の鮮やかなところや はらはら散りゆく儚げな風情、
ブッダだってぜひとも観にいきたいというもので。

 “ああでも、その時分と言ったら、
  それこそ花粉も絶好調で飛び交うんだろうしね。”

西の方ではこのお彼岸が最高潮だとかで、
それが北上して来てのこと、
ここいらも来週には同じように
暖かいからこそ花粉の密度も濃いという状況になるに違いなく。

 “…。”

丁度着て出たジャージの上着のポッケ辺りを、
輪郭もまろやかな手で、上からそおと押さえたブッダ様。
素性もはっきりさせられぬ身だというに、
深くは問わぬまま、優しく接してくれる人たちに恵まれているのを、
それは幸いなことよと改めて思った今朝でもあって。

 「…? あれ?」

さほどには目も痒くはならなんだまま、
何とか無事にアパートへ帰りついたものの、
ドア横の郵便受けから新聞を引き抜けば、
足元へヒラリと落ちた何かがあって。
何だろと屈んで拾えば、素っ気ない薄茶色の封筒が1通。
こんな時間帯に郵便?と小首を傾げ、
表書きに“聖様”とあるだけで住所がないのへ
ますますと不審そうに眉を寄せかけたブッダだが、

 「……あっ♪」

裏の差出人を見て納得したのか、
打って変わっての喜色満面、
危うく小脇へと挟んだ新聞を落としかかったほどの急ぎようで、
慌ただしくもフラットの中へと上がってゆく。

 「イエスっ、イエス起きてっ。」

案の定というか、
ブッダの花粉症を案じてはくれていても、
寝ぼすけなところは一朝一夕には改善されぬか。
まだ布団の中の人だったイエスなの、
普段だったら朝ご飯の支度中まで猶予をもってやるものが。
今朝はそこをも待ってはおれぬか、
手を洗う習慣さえ二の次という急ぎようにて、
六畳間へと踏み込んで。
駆け込むというより飛びつくように、
五体投地を思わす勢いで、
イエスのいる布団の傍らへ膝をつきつつ、
起きて〜と揺さぶりをかけるから、
これはもう全くの全然いつも通りではない運び。

 「んや? 何なに?」

終末? それとも弥勒菩薩が現れたの?と、
選りにもよって、
双方の教義での人世界の末世を表すようなものを
持ち出してしまったイエスだったのへ、

 「そうじゃなくて。」

こないだ強い目の地震が起きたおりも
確か同じこと言ったよねと思い出しつつ。
違う違うとそこは否定し、

 「ほら見て、新聞屋さんの懸賞が当たったみたい♪」
 「え……?」

こんな朝早くであったり、
住所の記載がなかったのももっともな話、
恐らく配達の人が新聞と一緒に届けてくれたらしくって。

 「けんしょう?」
 「そう。
  ほら、自然公園の特集記事にあった
  優待券プレゼントが当たったんだよvv」

上がりながら封を切って確かめたのだろう、
何枚かのチラシや印刷物をほらほらと掲げるブッダであり。
コピー紙にプリントされた
ご当選おめでとうのご挨拶と同封されてあったのは、
小切手みたいに片側をホチキスで止められた横長のクーポンの綴り。
表紙が入園券になっており、
公園の中の施設のイベントで使えますよといういろいろなチケットが、
ミシン目で切り離せるよう、その下へまとめられている。

 「どこのだっけ〜。」

まだちょっと夢の中の住人のままらしいイエスへ、
もぉ〜っと焦れたブッダ様。
膝立ちになって手を伸ばし、カーテンを勢いよくシャッと開け、
まだ曇り空ながら、多少は明るくなったその中で、

 「ノイエ・ネーデルランドっていうところだよ。
  ほら、去年の秋に開園したとかで、
  春にはビオラや桜やチューリップが一杯咲きますって
  テレビのニュースでも紹介されてたでしょう?」

 「でもぉ、まだ桜もチューリップも先じゃない。」

あ"、咲くのは まだ先だってと、自分で言ったことへウケたのか。
掛け布団を震わせ、ぷぷっと吹いたその途端、
枕元にあった茨の冠が ぽぽんと2、3個 紅色のばらを咲かせたところで、

 「…気が済んだ?」
 「はい……。」

枕元へチラチラとかざされた
カウントダウンを示すVサインへ、一気に背条が凍ったらしく。
折り目正しいお返事をし、
やっとのこと その身を起こしたイエスだったのは言うまでもなく。(笑)
あらためて“はい”と差し出されたチケットやパンフレットをお膝に広げ、
そういえばハガキ出してたねぇと、彼もまた思い出したらしい。

 「確か秋にはビール祭りをしたんだってね。」

あちこちに林立するドイツ村ではないけれど、
オランダやベルギーもビールが有名だからだろう、
収穫祭を兼ねたか、そういう催しがありましたという
地方版独自のレポートが掲載されてた広告紙の一角に、
春も楽しい催しがいっぱいとし、優待券をプレゼントという公募があったのへ、
紙面から切り抜いた応募券を貼り付け、当たるといいねと出したのが先月のこと。
園内での飲食への割引券や、出店で売られているマスコットの引き換え券、
土産物のチーズやヨーグルトにチョコレート、
ハムやソーセージなどの詰め合わせをプレゼントといった特典は元より、

 「ほら、JR料金も割り引いてくれるらしいって。」
 「どこまで太っ腹なんだろうね。」

開園したばかり同然なので宣伝が足りないものか、
当選者数も結構あったような記憶があったし、
入園と割引のほうは1冊でご家族全員対象とされており、

 「これは行かなきゃでしょう♪」
 「そうだねvv」

順調に暖かくなりつつあるから、と、
雲間から降りそそぐ陽が届いてか、
じんわりと明るみも増しつつある窓辺にて、
うんうんと頷いたイエスではあったれど、

 「じゃあ、明日にでも。」
 「うん………、え?」

ブッダの和やかな言いようへ、うっかり“いいよvv”と頷きかかり、
だが、その声が消えかかる前に“はい?”と訊き返したイエス様。

 「明日?」
 「うんvv」

性急な分には、いやまあ私たちバカンス中だから異存はないけれど、

 「でもさ、花粉が…。」

そういやぁトレーニングウェア姿のブッダであり、
花粉の状況の確認とかお見送りとか、今朝も間に合ってなかったこと、
やっと今 気がついたイエスとしては。
これからの何週間かが いよいよ本番とばかり、
花粉の飛散がひどくなる頃合いというのを、
何より真っ先に案じてしまったようで。

 “しかも、このご近所界隈ならともかく…。”

確かその公園とやら、
立川駅から快速でも小半時は掛かろう、
微妙な距離のある郊外地にあったはずなので。
某天部様からのさりげないお気遣いが、
もしかしたらば ますますと届かないことになりかねず。
下手に庇っていたのが裏目に出てしまい、
あんまり慣れのない身のまんま、
いきなり濃度が増す中へ飛び出すこととなろう運びへは、
到底 賛成しかねるイエス様だったのへ、

 「案じてくれてありがとう、イエス。////////」

日に日に暖かさを増す中にあって、
春の訪のいを喜びつつも、別の懸念をいつも忘れぬイエスであるのだろうと、
そこは素直に、しかも嬉しいなぁと受け止めたらしい如来様。
何て大事に想われているものかと感じ入ってのそれ、
含羞みを含んだそれは目映い笑顔を向けられて、
根は素直で正直者の伴侶様が、

 “う…っ。”

そのちょっぴり薄い胸へ
罪悪感という槍をグサーッと突き立てられてのこと、
こっそりと虚ろな目になっておいでだとも気づかずに、

 「今日も一日、時々にわか雨という話だから、
  花粉はきっと少ないだろし。」

彼なりの見当というのを語りつつ、
羽織っていたジャージの上着のポッケから ごそごそと掴み出したのが、

 「ほら。さっき静子さんからもらったの♪」
 「おや。」

愛子ちゃんのお支度もゆっくりでいい春休みとあって、
早起きした日はご町内を走っておいでの静子さん。
逢ったら渡そうと思ってたと、
今朝ほど遭遇したおりに“効くってよ”と渡されたのが、
今期 新発売の花粉症のお薬らしく。
鼻炎だけじゃなく、目の炎症という症状も出ている人向きのだそうで。

 私のようなタイプだと、鼻炎薬だけじゃあいけないんだって。
 鼻へのブロックが出来ていても目への炎症がそのままじゃあ、
 結局は涙腺を刺激されて、
 タマネギを切ったときみたいに鼻もグズグズ言い出すんだって、と。

半分くらいは静子さんから訊いた受け売りだろう、
それでも筋の通った専門的なお話をしてから、

 「イエスに車酔いの酔い止め薬が効いたんだから、
  私にもこういったお薬、特に効くんじゃないかなぁ。」

 「…あ・そっか。」

勿論のこと、効きようは人ぞれぞれなのだけれど。
こうまで繊細効果的にと精査された先進の薬品へ、
こちら 全く縁のないまま長々と 天上にいたお二人なだけに。
それこそ子供用でも効果絶大なんじゃあなかろかというのは、
確かに理屈じゃあある話。
それに病院処方ではなくの市販薬なら、
花粉以外へも余程のアレルギーをもつ身でない限り、
そうそう過激な副作用もないのではと薦められたそうで。

 「ここいら以上に緑の多いところへ行くからって
  案じてくれているんだろうけど。
  それはこれで しのげそうだから大丈夫だよ?」
 「ブッダ…。」

まだ服用前だというに うんうんと深く頷いていて、
薬の効能よりも、静子さんやイエスからの心遣いで
何とか なりそうな言いようをするブッダなのが やや引っ掛かりつつ、

 「でもね、まだ桜とか咲いてないんじゃないかなぁ。」

確かチューリップの方だって、植えた時期にもよろうが
桜が咲くのと同じ頃合い、もっと暖かい四月の初めに咲くはずで。
せっかくの優待券、しかも記された使用期限も六月までとなっており、
そんなにせっかちに構えずとも、それを待ってからでもいいんじゃあと、
諭すように言葉を重ねたところ、

 「大丈夫だよ。
  もう春休みなんだから、それなりの計画してのこと、
  ビオラやプリムラの遅いのは咲き揃ってるだろうし。」

まだ観ぬ公園の開花状況、何を根拠にか太鼓判口調で確約したその上で。
桜のお花見は それこそ、それは見事な大川べりのを観に行けるのだしと、
そちらへの懸念も要らないよと言ってのけ、

 「それに、どうせなら三月中に行きたいじゃないか。」

清々しいほどそれはきっぱり、言い切ったブッダ様だったのへ。

 「……………………。」

ちょいと飲まれたように押し黙ってしまったイエス様。
ややあって、

 「……まさか、消費税?」
 「当然じゃない。」

恐る恐るのように口にした一言へ、
すかさず返ってきた端的なお返事もまた、
真理の文言の如くにきっぱりしていたのは、

 “いっそお見事ってところだよねぇ。”

いろいろ割り引いてもらえるセットを貰ったというに、
それでもやはり、
少なくて済むものを多めに払うのは
何だか収まらないらしいブッダ様であるらしく。
これはもう、何を言っても変更はなしだろなと。
諦念からの苦笑と呼ぶには もちょっと甘い、
小さな頬笑みをお顔へ浮かべてしまった、
イエス様だったようでございます。



   お題 3 『おさんぽ』




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  *作中に出て来ました『ノイエ・ネーデルランド』というのは
   勿論 架空の公園ですので念のため。

   ウチも 某新聞の懸賞で
   ドラえもん関連のグッズが当たったおりは配達所から届きました。
   全国規模の大型懸賞ならともかく、
   地域限定とかいうのなら、
   そうした方が郵送料もかからないからでしょうかね。

  *さて、今回のお題は“犬的 10のお題”です。
   以前に頑張った“ねこのきもち”とは 別なところからの拝借ですが、
   わんこだとそうなるかなという
   可愛いのや意味深なフレーズが多かったもんで♪
   ええ、はいvv
   イエス様を指してのものばっかでもない運びとなりそうですvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

掲示板&拍手レス bbs ですvv


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