キミとならいつだって お出かけ日和

 

     7



鼻炎や涙目へのお薬は、稀にだが口腔内や喉が渇きやすくなるという。
効果が出過ぎた場合、鼻孔が乾き過ぎるためで。
取扱説明書を揃って覗き込む格好で熟読した二人ゆえ、

 『我慢しちゃいけないよ?
  それこそ脱水症状になっちゃうかも。』

 『それは大袈裟だけど、うん、気をつけるよ。』

上目遣いになったイエスからの、やっぱり微妙な案じられようへこそ、
発想が可愛いなぁとの苦笑混じり、うんと頷いたブッダ様だったそうで。
幸いにしてそこまで強すぎる作用は出ていないまま、
行楽日和の緑地公園という、
春先には文句なく清々しいお出掛けを、堪能しておいでの最聖のお二人で。

 「……。」
 「? イエス?」

広い園内には食事処もあるものか、
本来の正午からやや時間を過ぎると、案外と人の姿が少し引いたよう。
それでなくとも、こういう場では
皆さん それほどよその客にまで注意を払ってはないようで。
同じように持ち込みのお昼を片付けたそのまま、
大はしゃぎで駆け回る子供らをよそに、
シートの上でのんびりと ごろ寝態勢に入る男性もいて。
恐らくは、マイカーで来たご家族の、
運転手役のお父さん辺りだろうかと思われる。
確かに、何とものどかな草っ原の雰囲気は居心地がよく。
真夏ほどの主張はまだない穏やかさで、
明るく降り落ちる暖かい陽射は、
発色のいい若い芽吹きを見せる芝草を温めて、何ともやさしいし。
そんな中をさやさやと吹きすぎる、まろやかな風も甘くて心地よく。
美味しかったお弁当でお腹も満たされたからか、
食休め中のイエスもまた やや本格的に凭れて来た模様。
さては少しほど眠くなって来たかなと、
肩に感じる甘い温みへ、微笑み見せつつ そうと察したブッダ様。

 「眠いなら横になんなよ。」
 「う〜〜、でもさぁ…。」

バッグを芝の上へずらせば大丈夫だからと薦めたついで、
睡魔のせいでとろけそうな目許へ笑いかけ、

 何なら ひざ枕しよっか?
 う…。/////

そんな一言をこそりと囁いたところ。
照れるかと思いきや、
身を真っ直ぐに起こして四角く座り直し、
お願いしますと頭を下げるから なお可笑しい。
ただ、その前にと胸元へ手を伏せたイエスであり、

 「??」
 「ちょっとね、今日だけの特別vv」

だってブッダって、後から真っ赤になって焦るかもしれないしぃと、
彼もまた、気づかぬレベルで浮かれておいでなのを気遣ってのこと。
胸の内にてこっそり呟いたのを、え?え?と拾う間もなく、
彼らの周囲へ さあっと吹いたやさしい風が一陣あって。
それがまるで更紗のカーテンでも引いたかのように、
二人を音もなく取り巻いてののち、
ササァッとどこか彼方へ吹き抜けたあと、
周囲からのざわめきが心なしか緩んだような。

 “……あ。”

特に強い神通力ではないながらも、一種の結界を張ったらしく。
中へ飛び込めないほど強力ではないけれど、
何故だかこちらへは注意を向けたくなくなるような、
そんな“忌避の暗示”が周縁にかかるよな代物で。
絶対禁忌の障壁よりもずんと軽い、
おまじないのよな他愛のないものだから、
構わないかなと思ったらしいが

 “…もうもう。///////”

何物をも受け入れる神の子たる彼には、
本来、相応しくない代物だろうにね。
あとあとブッダが照れるんじゃないかなと、
そちらをこそ優先してくれた先読みという発想もまた、
イエスらしからぬ周到さであったものの、

 《 やだなぁ。
   大事な人が出来ればそのくらいは進歩もします。》

この程度なら、
それこそ寺社仏閣の宗主様が施す祈祷と同じくらいの念だろうから、
問題もないでしょうよと、あっさり言ってのけるのも頼もしく。
揃えたお膝へころんと転がって来たお顔だったの、
眩しいもののように眸を細めて見やったブッダ様だったれど。
ただ…彼ら天界人にのみ備わった
神通力や光の覇気による仕儀には違いないので、

 “わざわざ意識して探る者があったなら、
  誰が放ったそれかの見分けはつくのにねぇ。”

ま・いっかとしつつとはいえ、
そういう意味合いの苦笑も絶えなかったのではあるけれど。

  ……なので

この場は苦笑で留めた釈迦牟尼様だが、
このくらいのものならば罪もないことと、
イエスへ余計な知恵をつけたのが、例の天部様だと知れたなら、
さすがに安穏と受け流したりはしなかったかもですが。(笑)

 「………。」

もともとそんなにも間近には人も寄っておらず、
広々とした空間の解放感を
随分と贅沢に満喫している格好であったので。
ここまで警戒なんてせずともと思わぬでもなかったけれど。
祝福のように降り落ちる陽を受け、
柔らかな緑がそこかしこに萌えいづる愛らしさや、
頭上の梢に間引かれ、モザイクのようになった木洩れ陽が、
たゆとう風に揺すられては さわさわと芝の上で躍るのを、
ブッダもまた微睡み半分な心地でのんびり眺めておれば、

 「  ? 眠くないの?」

ひざ枕と言っても、
きっちり正座をすると枕としては高さがあり過ぎるので、
前へ延ばした脚の上。
ただ、そんな格好になったせいで、
本来のひざ枕以上に お膝の近くへ頭を乗っけていたものが、
不意にころりと寝返る気配がして。
同じように草っ原を眺めるほうを向いてたはずのイエスが、
見下ろすと そのお顔を真上に当たるこちら側へと向けている。
眠くはないのかと訊いたものの、
目許はやっぱりとろんとしているから、いい心持ちなのには違いなく。
寝相の問題かしらねと思いつつ、
茨の冠は外していたその額へ手をそおと載せ、

  眩しいの?

それで落ち着かないのかなと訊けば、
ちょっぴり細められた目許もそのまま、うんと頷いた彼だったが、

  でも“陽射が”じゃないんだけどね、と

意味深な言いようを付け足した。
口許も和んだ、それはまろやかな笑顔のまま、
すうとゆっくり腕を持ち上げて見せると。
自分の額へブッダが何げなくその手を載せたような軽さで、
自身の手をこちらの頬へと触れさせて。

 「キミは私にはとても眩しい人だった。
  それは今でも変わらないんだけど、
  こうして、文字通り 手が届くんだと思うと嬉しいのvv」

 「〜〜〜。////////」

天界にいたころからも さんざん甘えちゃいたけれど、
それでも、ひざ枕なんてとんでもないと思うほど
心根の底では崇拝していた“あにさま”でもあって。
そこから芽生えた恋心は、でも、
それぞれの世界での立場を思えば、明らかにしちゃあならぬもの。
自分が詰られるのは構わぬが、
想いを捧げたい人までが困るのでは本末転倒だからと。
他が疎かになってもいいとばかりの必死懸命、
彼自身にも見透かされぬよう隠しつつ、
そりゃあ一途に育てて来たらば、

 「こんな嬉しい形で成就出来たなんてねvv」
 「えっとぉ。///////」

ああもう、何でそうも甘い言いようが出来るのだろかと。
幸せとはこういうことと言わんばかりの
それはそれは晴れやかな笑顔を向けられちゃあ、
想われている側のブッダとしては、面映ゆいやら照れるやら。

 “それはこちらも同じだのに…。///////”

天界にて弟のように懐かれたのも そりゃあ嬉しかったけれど。
バカンスにと地上に降りてきてからこっち、
目が離せないとする危うさや、
世話の焼き甲斐は当時と変わらぬ、
いやいや むしろもっと増したものの(おいおい)
その昔も 何とはなし甘やかな想いで接していたそれ以上に、
何を見ても何処へ行っても、充実を感じない日はないくらい。
好奇心が旺盛で、ちょっぴり我儘なイエスの挙動から、
思いも拠らぬことへ関わったり、思いがけない事態に巻き込まれたりという、
具体的なバタバタに見舞われ続けたことも勿論ながら。(…苦笑)
交わし合う眼差しや言葉からだけじゃあなくて、
例えば…胸元へ伏せた頬へ届く 声音の響きや、
しっかと捕まえられた手へ伝わる 力強さと確かな温もり。
案外と頼もしい骨格に支えられた広い背中とか、
掻い込まれた懐ろの中でまさぐるオレンジの匂い…といったあれやこれや。
間近に寄り添う彼から、知らなかった“彼”を見つけては、
そんな格好で新たな彼を感じ直せることが、
それはそれは幸せでしょうがない。

 “……。/////////”

切れ長の双眸は思案に耽れば鋭に冴え、
薄い頬をし、口許には手入れをされたお髭もあるというに。
真摯に教えを説いている姿へ
おや凛々しいじゃないかと思うことはたまにあっても。
むさ苦しいとか男臭いとかは言うに及ばず、
雄々しいとか頼もしいとか、
そういった方面の感慨を感じたことはなかったはずが。

  おいでと延べられた手や、凭れさせてくれた肩、
  止める間もあらばこそで飛び出してく背中、
  くるみ込むのが上手になった懐ろの広さなどなどへ、
  思わぬ頼もしさを感じてのこと

  惹かれ出したら もうもう
  あふるる情は 自身の意志でも止まらずで…

欲も私情さえも煩悩だと捨て去って、
孤高にあるも苦ではなかったはずのこの身が、
すっかり絆され、取り込まれ。
二人でいること甘えること、
身をゆだねることへの至福を覚えてしまったほどであり。
それが嵩じてのものか、
イエスの視線が他へと向くと、
恐ろしいほど落ち着けなくなってしまっても、

 『君が不安なのは きっと、
  物や人への執着をしてはいけないって教えを説いているからだよ?』

しがみつき方を忘れてしまっているから、
距離感が判らなくなっていて、少しでも離れると不安なのだと、
やはりやんわり見通してくれたその上で。

  でもでも心配は要らないよ、と

ブッダの教えを認めた上で 支えるよと言わんばかり。
その分、彼のほうから離さないからと微笑ってくれた、
本当に至れり尽くせりな恋人ぶりで。

 「……ねえ。」
 「んん?」
 「さっきから何してるのかな。/////////」

その柔らかさを確かめるように、
ブッダの頬をさわさわと撫でていたイエスの手が。
気がつけば…という いつの間にやら、
ブッダの瑞々しい口許へ移動していて、
指の腹を当て そおとそおと撫でており。

 「うん、いやちょっとね。////////」

咎めるような文言を向けられたことで、彼の側でもハッとしたか。
せっかく人の目も来ないことだしとか何とか、
いろいろ思ってしまって、と。
恐らくは ブッダの向けて来る揺るがぬ視線に、
叱られちゃうかなと思い始めてのことだろう、
もぞもぞとした言い訳が、どんどんと尻すぼみになるのが、

  果たして優しさからなのか、それとも臆病さからなのか

 「…………。」

どっちにしたってイエスらしいと、
仄かな苦笑に口許をほころばせたブッダ様。
それは綺麗な指先を、
膝上に見下ろしていたイエスの口許へ、
お返しのようにそおと当ててしまわれる。

 「…う。////////」

とうとう“黙って”と言われたと、
そうと思うてだろう、お声を飲み込んでしまったイエスだったのと、
入れ替わるように囁かれた、如来様からの一言というのが、


 「キスをしたけりゃ、とりあえずは起き上がりなさいな。」

 「………え?/////////」






 なななな、何で判ったの? さてはやっぱり神通力で…っ
 あー。そんなつや消しなことを言い出すなら やっぱり辞めよっか?
 いやあの、それこそそんなの無しだってば、と

 「…っ。」

慌てふためきつつも がばりと起き上がり、
ひざ枕をお願いしますした姿勢に戻ったイエス様の肩先で。
桜も恥じらう甘いやりとりとはいえど、
あまりに騒げば さすがに筒抜けになっちゃいますよと。
チラキラひらひら、窘め半分 囁くように、
木洩れ陽が軽やかに躍った昼下がりでございます。




   お題 7 『遠吠え』





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  *書けば書くほどにお題を差し替えたくなりました。
   だって、狼みたいな遠吠えというより、
   中型犬の無駄吠えの方かも知れない。(大笑)
   好きだ好きだ、大好きだーっと、
   臆面もなく叫んでるようなノリということで。(今更?)笑

   それにしても、
   今回はこれでもかというほど惚気づいておりますが。
   だって春のお外なんだもの、
   そこはしょうがないですやね、旦那vv
   天界で逢い引きしていた“端境の庭”を
   無意識にも思い出してる雰囲気でひとつ。(おいおい)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

掲示板&拍手レス bbs ですvv


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