キミとならいつだって お出かけ日和

 

     8



高い建物や電柱に電線なぞという、
障害物が一切ないまま見通せる、淡色の春のお空も広々と。
うららかで穏やかなお日和の下に見渡せる、
若緑の芽吹きに満ちた、それは清かで心地のいい草原は、
ともすれば…天界でよく逢瀬の場としていた“端境の庭”に
その趣きがちょっぴり似ていたからだろか。
名も知らぬ樹下の、やわらかな下生えに座し、
ひざ枕なんぞし合うほどに、
すっかりリラックスしてしまったせいもあろうとは思うのだけれど。
ほんのりと甘い雰囲気になったからとはいえ、

 『キスをしたけりゃ、とりあえずは起き上がりなさいな。』

何とも大胆なことを言い出したブッダだったのへは、
楽天家なイエスでも、正直“おおうvv”とうろたえかけたが。

 “大丈夫だ、うん。/////////
  ちゃんと(?)忌避の結界を巡らせたんだし…。”

誰が見ているやも知れないような屋外ではあれ、
何故だか視線を向けられぬ、視野に入っても注意が散漫になるような、
そんな暗示がかかるよな封印咒、
イエスの覇気により さりげなく掛けてある空間だ。
よってこの木陰は ちょっとした物陰と同じ…と、
他でもない自分自身へ しっかと言い聞かせたメシア様。
向かい合ってたところから、
はんなり微笑っておいでの伴侶様の両肩へ そおと手を添え、
ちょっぴり膝立ちになるよに腰を浮かせつつ、
愛しいお人のお顔へ静かに近づく。
水蜜桃みたいにしっとり瑞々しい、
曇り一つない乳白色の肌が、
春の陽の下でその高貴さをなお表しての麗しく。
それでなくとも虹彩が大きい双眸は、
漆黒より奥深い瑠璃色を、今は甘い潤みに滲ませていて。
長いまつげが伏せられるたび、
ぱちりと音がしそうなほどの艶な瞬きをしていたものが。

 「………ぁ。//////」

自分から“しよっか”と誘っておきながら、
視線が合うと 一瞬ハッとするのは狡いと思うの。
今になってどれほど大胆なことを言ったかに気づいたらしく、
甘い含羞みの中へ
戸惑いやためらいの翳りを微妙に差してしまわれちゃあ、

  何とも言えず蠱惑的になってしまうから

聖人男子にはあるまじきことながら、
そんなまで惑うお顔をされたら もうもうもうっ。
搦めた視線も欲しい気持ちも、
なんちゃって…なんて誤魔化すカッコでであれ
止められなくなっちゃったじゃあないですか。//////

 「ぶっだ…。」

間近になった無垢な眼差しへ、
大好きだよと、吐息同然なほど掠れた声で囁けば、

 「…。//////」

胸が詰まってしまったか、
ちょっぴり苦しげに震えてた、彼の吐息が悩ましい。
肩へと添えてた手を背中へとすべらせ、
まろやかに柔らかい肢体、くるみ込むよに抱きしめながら。
瞬きを忘れたようなその瞳の深遠へ、
すべなく吸い込まれそうになるのに任せつつ、
こちらは目許をやや伏しながら覗き込めば。
ゆっくりとした瞬きの陰、視線があちこちへと泳ぐのは、
今になって恥ずかしくなったから?
まずは鼻の脇同士が触れ合って、
触れる前すれすれの
頬や口許、肌の表の熱同士がふわりと一つになるのが判る。
そのままそおっと触れた感触が、
いつもより熱っぽいのは、陽盛りにいたから?
実はいつも以上にドキドキしているからなら、お互い様。
吸いつくようなしっとり甘い感触は素敵で、
でも、触れ合ったままでは物足りない。
捕まえて咥え込んでしまいたいのに、
その唇はやわらかくて頼りなく、
するするとつれなくも逃げるばかりで。
幾度か食むように摘まむようにと撫で続けると、

 「んっ…んぅ…。//////」

小刻みな、でも甘えるような声がして、
こちらの背中にしがみつく手が震えてる。
ああ いけないと我に返ったイエス様。
あんまりな おいたは、キミがあとあと恥ずかしくなるだけかも、と。
思った自分の理性が憎い。
名残り惜しいとの未練が沸いたか、
離れかかったそのまま、も一度軽く触れてから、
今度こそはと ゆっくりそおと引き下がり。
もう終しまいなのが やっぱり惜しくて、
おでこ同士をコツンとくっつければ、

 「〜〜〜。///////」

ふふと微笑って見せたのが、どういう加減でか口惜しかったようで。
ちょっぴり熱っぽくなった眼差しのまま、
彼の側からも
もうもうと言いたそうな上目遣いになったブッダ様だったが、

 そんな間合いに届いたのが、
 ぽちりという、
 ささかやながらも やや硬い音。


  “え…?” × 2


さすが、地上の一般の方々よりも素早く気がついたお二人だったのは、
それが天からの飛来者だったから。
まだ明るい陽のあるうちながら、
しかと開いていた葉へと落ちたそれだろう、
くっきりとした“ぱつん”という音を皮切りに、
あ、これは来るなと彼らへ思わせ、その視線を上げさせたもの。
気のせいかとも思わせた間があってから、
だがだが やっぱりそうはいかなかったか、
たんとん・ぱたたと、弾むような音が次々に続き、

  あ…っ、え? なになに、〜だよ、ほら
  ○○ちゃ〜ん、戻ってらっしゃい
  いや、そのまま売店へ行かせろ
  ママぁ〜、雨降って来たぁ

周辺の皆様が ざわめきながら腰を上げる気配が続々届く。
見上げた空はまだまだ明るかったが、
上空では風もあってのことか、雲の移動が駆けるよに早く。
それが運んだものだろう、不意に降り出した急な雨であり。
天気予報でも“一日中 快晴”とうたっていたほどだったので、
傘や雨具の用意なぞない人ばかりなのもしょうがなく。
敷いてたシートを畳むのももどかしく、
それはばたばた、慌ただしく荷物をまとめると、
濡れるのがそんなにいやか、我先にと逃げ出すように、
一斉に斜面
(なぞえ)を駆け降りてゆくのは なかなか壮観な光景で。

 「…私たちは どうしようか?」
 「う〜んとね。」

土が水を吸っているせいだろう、
丁寧に擦った墨のような、ほのかにツンとした匂いがする。
そのまま雲の真下に突っ立っておれば
髪も服もしっとり濡れよう降り方なれど。
落ち着いて見回せば雨脚もさほど強くはない。
木陰を生んだほどには葉が重なっていて、結構 枝も張っている樹下までは、
降り込むほどじゃあないようなので。
幹の間近へまでもぐり込めば、濡れもしないに違いなく。
空の明るみは変わらぬままなの見やり、
どうやら一過性の通り雨らしいと見極めたブッダ様。
自分はこんな程度の自然現象にいちいち動じはしない身なので、
此処はイエスの見解に任せようと思ったか、
答えを待っておれば、そんな彼を見やったメシア様いわく、

 まさか、私たちが不謹慎なことをしたからかなぁ。
 う、う〜ん、どうだろか。////////

そりゃあまあ、今までにも
お二人の気持ちが高揚するのへ合わせて、
季節外れの花が咲き乱れたり、尾の長い鳥が飛んで来たりと、
様々な奇跡が起こっておりましたが。
星が降っても気がつかなんだ人たちへ、今更こんな奇跡が降るもんでしょか。

 「冗談はともかく。」

おお、冗談でしたかと、
案外余裕のイエスだったのへ、おやと瞬きをしたブッダを前に、

 「こゆとこでキミが駆け出したら、
  あちこちから鹿が何頭も競うように現れそうだしねぇ。」

 「う"…。///////」

これがご町内だったなら
仏スマイルとか私の聖光とかいう 力技を持って来て丸め込み、
気のせいで済ますことも出来るかもだけど、

 「こうまで不特定多数の人が居合わせてる場では、
  生半可な誤魔化も出来ないだろし。」

 「…そうだよねぇ。」

呑気な会話を交わしていること自体が、
結論を既に遂行中の彼ら二人であるよなもんで。
しばらくほど、こうして様子見をしていようかと、
広げていたシートをやや引き込むと、心持ち奥へ座り直し。
バッグの提げ手へ引っかけていたパーカーやブルゾンを、
一応のように肩へ羽織り直して。

 キャンディあるよ?
 あ、ほしいvv

満員御礼というほどじゃあなかったが、
それでも結構な人がいたものが、
こうまですっかり居なくなってしまうと静けさもひとしおで。
なればこそ雨脚の音もさあさあと耳につき、
それがまた閑散としている草っ原の寂寥を強めてもいたけれど。
不思議と黙っているのが気まずくなるような“間”ではない。
足止めされたのは事実だけれど、
ちらとすぐ傍らを見やれば、
薄い頬を今だけ真ん丸くしたイエスが
“んん?”って、何ぁに?って見つめ返してくれて。
何でもないよと目許をたわめれば、
彼もまた ふふーと微笑ってくれて。
アパートで過ごすちょっとした間合いみたいだなぁ…なんて。
耳鳴りみたいに静かな雨脚に包まれたまま、
どのくらい経った末のことだろか。

 「私一人だったなら、こんな落ち着いていられなかったなぁ。」

ふと。イエスがそんな言いようをする。
まだ大きなままのキャンディの居場所を移し変えたか、
口の中で、籠もったような からんという音をさせてから、

 「慌てて飛び出すか、
  しかも何の用意もなくてのずぶ濡れになっちゃうか。」

こうして雨宿りをしたとしても、
どれほどついてないんだろうなんて、
きっと落ち込んでたんじゃないのかな、なんて。
そうではないからか、くすすと微笑ったイエスであり。

 「そんなことはないでしょう。」

いくらなんでもこのくらいでと言いかかるブッダなのへ、
ん〜んとかぶりを振って見せ、

 「いつだったか、出先で雨になったことあったもの。」

例えばじゃあなくて、実は経験したことなんだということか。
立てていたお膝を抱え込むと、
そこへ頬を当ててそのままこちらを見やる眸が、
髪の陰だからか翳りに沈んで見えるのが、酷なほど頼りなくて。

 同じ濡れるにしても、
 キミとお顔を見合わせて
 一緒にシートかぶって飛び出すとか、

 「きっとワクワクと取り掛かれることばかりだと思うんだよね。」

ブッダと一緒にいると、
何もかも幸せな“よかった”になるから不思議だよねぇvv、なんて。
玻璃色の眸をたわめ、
微笑っているのかそれとも、
泣きそうになったこと、思い出してしまったか。
どっちつかずな顔をするイエスであり。

 一人は苦手。
 試練の始まりも、
 それは辛かった最期のときも独りぼっちだったし

言うと聞いた人が辛くなるから、
滅多に口にしたことはないけれど。

 昇ったばかりの天界で、
 身の置きどころに困ってた私へ
 それは清らかな心持ちをくれたのは、
 他でもないキミだったんだよ?

知性と礼節という
清廉にして冒涜し難い気品を芯に据えたその尊格は、
気高い印象の中、されどそれは嫋やかな繊細さも持ち合わせ。
あまりの威光から、近寄り難くてひれ伏すばかり…というのではなく、
姿を視野に収めるだけで、心が洗われるような癒しを下さって。
それがどんな人かも知らなかったイエスの、
動揺や不安に揺れ続けていた心持ちを、一瞬で落ち着かせてしまったほど。

 “勿論、こんな話を聞かせるつもりはないのだけれど…。”

大好きな人と過ごす幸いを知った身には、
孤独なんて なおのこと辛い。
だからネ、あのね?

 「一緒にいてくれて、ありがとねvv」

どんな感謝も足りはしなかろと思いつつ、
それでも…口にせずにはおれなかったヨシュア様。
恵みの雨に後押しされ、
えいと頑張って、愛しの伴侶様へ告げたのでありました。





 さあさあさあ…と

 静かな雨音は、
 遠く近くに 霞むように止めどなく。


思わぬところで寂しんぼさんからの告白をされて。
共に居てくれてありがとう、なんて、
切ないまでの感謝の辞をいただいてしまい。

 「…あ、えとあの。///////」

そんな不意打ちへ、
含羞むように視線を泳がせるブッダだったが。

 「  ……。」

沈黙の中、
雨音をどのくらいか聴いてから。
こちらもまた、ふと。ぽつりと呟いたのが、

 「…でも、キミって天界じゃあ
  お弟子さんたちとか大天使たちに、
  いつも囲まれてるんじゃなかった?」

 だからという反動もあって、
 地上では私しかいなくて寂しいんじゃないの?、と

想いも拠らなかった考えようを、
他でもないこんな間合いに、
しかも“ありがと”と伝えたご本人から ひょいと持ち出されてしまい。

 うわ、そんな解釈もありなの?、と

勿論、そんなつもりなんてなかったイエス様。
疚しさが一片もなかったからか、それとも、
あまりに意外が過ぎると、ショックを受けるどころではなくなるものか。
そうそう浮かれるばかりでもない、
存外冷静な恋人さんなのへこそ、
ついつい感心しかかったほどだったけれど。

  「……。///////」

   ……おや。

そんなことを訊いときながら、
なのに ちょっぴり上目遣いになった眼差しとかち合って。
あくまでも理屈として割り出した上で、
沈着冷静に口にした彼なのかと思ったが、

 もしかしてもしかしたら
 “そんなところなんじゃあないの?”と

彼は彼で、まだまだ臆病なところがついつい覗いてのこと、
読めないイエスの胸中を、
おどおどと手探りしているだけなのかもで。

 “んも〜、なんて可愛いのvv”

本来の釈迦牟尼様はといえば、
人を導く開祖としての威容というか風格というか、
やさしげな態度の中にも、必ずそんな頼もしさも兼ね備えていて。
その気高さと清廉さから、
善を照らして尚輝くほどに、目映いばかりな存在でもあるがため。
心に引け目や疚しさのある衆生には、
時に、己の罪を暴く気がして近寄り難い御尊の筈なのだが。

 そんな臆する心こそ、
 既に罪を悔い、恥だと思い知っている証しだと

泰然とした態にあって、
なのに限りない慈愛にくるまれた笑顔を絶やさない。
それはそれは嫋やかにやさしい如来様のその寛容さには、
出自の異なる世界のはずな天乃国にも
密かにながら信奉者がたんといたほどであり。

 “ホント、油断も隙もなかったんだから…。”

でもネあのね?
そんな信奉者たちは絶対に知り得ないこと、
自分だけは そりゃあいっぱい知っている。
物知りで読書家で、
図書館の貸し出しカードをあっと言う間に埋めちゃう人で。
お料理が得意で倹約も上手で、
売り出しのチラシを眺めるのが大好きで。
含羞むとぷっくりした口元をうにむにって噛みしめるのがまた可愛くて、
ほら、今だって…。

 「…もうもう、何で黙りこくっちゃったの?///////」

居たたまれないでしょと、焦れてしまったお顔が何とも言えぬ。
天界では見たことがないくらいに、
ちょっぴり助けを求めるような甘さも滲んだ可愛さへ、

 「うん。だから、あのね……?」

お膝へ伏せてた頬を浮かせ、身を起こしたそのまま膝立ちになり。
大好きな彼の柔らかな頬へと手を伸べて。

 「あ…。/////////」

そこから何を予感したものか、
するりとほどけたブッダの長い長い髪の先が、
座ってたシートに当たって躍り、ぱさりと鳴って。
やっぱり瑞々しい唇に触れながら、
お願いだから、そんな美味しいお顔は私以外に見せちゃダメだよと、
どうやってそっちへ持ってこうか、
ちょっぴり困ってしまってた、ヨシュア様だったのでありました。






 ● おまけ ●


不安にさせてごめんねと、
甘い甘い睦みのひとときを堪能してから、さて。

 「…うん。
  天乃国にいる間は、確かに、」

ブッダはイエスほど相手の領へ運んだことがなかったものだから、
それで余計に、実態を知らなかったのも無理はなくて。
地上に降りたイエスにGPSを持たせ、
単なる静電気へまで
“これを罰する”とばかり、いちいち天誅を加えに来るほどの、
大天使らの過保護っぷりを見るにつけ。
本拠である天界では、いっそ おんば日傘というノリで、
こまごまと綿々と、傅づかれているのでは?と思ったらしく。

 「布陣的には、確かにそんなもんなんだけどもね。」

他には代え難い、唯一無二にして至高の存在ゆえ、
害されることのないよう、はたまた穢れを浴びて曇らぬよう、
聖なる熾光による大外からのガードがデフォなことを皮切りに。
使徒の皆様や守護天使たち、
それ以外の信徒の方々や神族関係者などなどに、
常に囲まれてらしたイエス様には違いないそうだけれど。

 「でもね。
  ああ此処は私共がやりますから、とか、
  これは私共にお任せをとか言われて、
  私はただ見てるだけってことが多かったからねぇ。」

 「ありゃ。」

  私にしか出来ぬことを優先して下さいっていう
  意味があってのことなんだろうけど。

 「みんなで一緒に手掛けるものに限って蚊帳の外だったの。」
 「…何か、他人事じゃないなぁ、それ。」

立場のある人、慕われている人は、
多くの人々に日々囲まれながらも、
それなりの孤独、ちょっとばかり味わってもいるようでございます。




   お題 9
    『私が居なきゃ生きられないよな振りをして』








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  *とうとう 某Hさんから
   “新婚旅行篇?”と命名されてしまいました。(大笑)
   うんうん、
   わんこを猫っかわいがるどころのいちゃいちゃでは、
   到底なくなって来つつありますしね。
   性懲りもなく まだ少し続きますが、
   次の章も読んでくれるかなぁ?(…いいとも、終わりましたねぇ)


  *ところで、終盤にちらと並べました
   すごく至近な周囲の皆様との間柄というか信頼関係というと。

   端境の庭へのお出掛けも、
   気づいていながら、でもそっとしといてくれてるんだろうなと、
   アナンダやサーリプッタの心遣いを察しつつ、
   こそりと出て来ていたのがブッダ様なら。

   きっと“語らいの丘”とか“真理の森”でぶらぶらしているんだと
   皆して見当違いをしてるんだよ…なんて信じて疑わず、
   だってのに ウリエル辺りにきっちり呼びに来られて、
   何で此処って判ったのサっなんて
   半日くらい憤慨しちゃうのがイエス様なんじゃなかろかと。(笑)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

掲示板&拍手レス bbs ですvv


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