月より星より キミに誓うよ


     




朝も早よから蝉が元気に合唱する中、
仲良く朝食を済ませたばかりの聖さんチの六畳間では、
毎度お馴染みな 仲睦まじいやりとりがなされており。
今日も暑い日になりそうだというに、
そんなの何するものぞという甘い甘い睦言を
これでもかと伴侶のブッダ様へ浴びせていたものが、

 あ・そうだ、と

何か思い出したような声を放ったイエス様。
続けて紡いだのが、


  「私、来週1週間だけバイトに出るから。」


思いがけないにも程がある そんな一言で。
うっかり聞いてたなら、
ちょっと遠くで鳴いている蝉の声に紛れていたかも知れぬよな、
来週から町内会のお当番だからよろしくといった感じの、
ごくごく自然なお言いようだったが、

 「……え?」

聞かされた側のブッダにしてみりゃ、あまりに唐突。
しかも、バイトに出掛けてもいい?ではなくて、
もう決まったことだからという言い方だったのも、
自分の知らぬ間にという“内緒ごと”をされたようなもの。
そうと思えば、ちょっぴり胸にツキンと来かけたけれど、

 “…ああ、いやいや。いかんいかん。”

こういうものへ いちいち萎れるところが
進歩がないというのだと。
こたびは自身で気がついたそのまま、
胸の内にて 二、三度ほど かぶりを振って
しっかりしろと気を取り直す。

 「えっと、何処でなの?」
 「いつもの雑貨屋さんだよ。」

そろそろ暑くなって来たものか、
お返事をしつつ“よいしょ”と身を伸ばしたイエス、
Jr.の足元にあったウチワを手にして ふふーと微笑う。

 「店長さんから頼まれたの?」

おもちゃ屋さんでのバイトをしたことから紹介されて以降、
秋口の売り出しや、クリスマスの商戦へも駆り出されていた彼であり。
今度もそうなのかなぁ、それで断り切れなかったとか、と
無難なところを模索しつつ訊いたれば、

 「ううん。私の方からお願いしたんだよ。」

胸元へ降りてた髪の先を少しほど躍らせながら、
ウチワで扇ぐ手も止まらぬ平静さにて応じたイエスなのへ。
ブッダが次に 恐る恐る訊いたのが、

 「…もしかして、お小遣いが足りなくなったとか?」

シェアしているものが
家賃や光熱費のみならず 食費もなため、
お財布を1つにまとめている関係で、
自由に使えるお金はお小遣い制。
初物食いの傾向が強いイエスだが、
ブッダからのお説教が
ごくごく至近から、
しかも頻繁に降ってくるよな距離感となったせいか、
これでも結構 浪費癖は収まった方。
とはいえ、
この春から消費税も上がったし、
夏の暑さはとどまるところを知らないしと来ては、
ついつい冷たいものがほしくなって、
その結果 窮状に至ってしまっても
そこは已なしかも知れないねと慮りつつ訊いたれば、

 「うん…まあ、そうなるのかな。」

全くさりげなくなんかない“事情聴取”に誘導され、
あっさりと何でもかんでも答えていたイエスだったが、

 「何なら、少しなら出せるよ?」

あちこちからお素麺もらったのがまだたんとあるし、
七夕のイベントでもらったアイスクリームの券だって
まだ使ってないんだし、と。
家計にも多少は余裕あるから…と言い足しかけたブッダを制して、

 「それじゃあ何にもならない資金なの。」

にっこり微笑ったヨシュア様。
いやに芯のしっかりした笑いようなのへ、
ここまでさらさらと素直に応じていながら、その実、
何とも曖昧、肝心なところは話してくれないつもりだったのが
今になって読めて来て。

 “そんなの狡いよぉ…。”

やっぱり何か隠してるんだと、
選りにも選ってそこへ想いが至ったからだろか、
賢そうな額の下で、きれいな眉を下げた伴侶様。
そんな彼が、くぅんという子犬みたいな鼻声を上げるその前に、

 「あのね、ブッダ関わりの話だから これ以上は内緒vv」

 「………はい?」

苦行スイッチを常備していて、
どんな環境へも我慢強さであたれるくせに、
イエスから他愛ないナイショごとをされるのが一番つらい。
そんな意外なことへ 極端に打たれ弱い、
甘えん坊さんなブッダだというのは、
それこそイエスの側だってちゃんと把握しておいで。

  …というか、

 “そこはこれまで修養してもなかった部分だろから、
  しょうがないんだろけどもねvv”

聡明で慈悲深く、
それはそれは徳の高い人なのに、
恋慕の情念には まだまだ不慣れ。
時に人を惑わす複雑なものだという“知識”はあったろが、
のちのち悲しい別離と化す前に
諦めてしまえという考えようを編み出しながら、
自分がそれへこうまで搦め捕られるとは思わなんだらしく。

 ああ、なんて初々しい人なものかvv

他でもない この自分への傾倒と甘えのせいで、
振り回されたと困り顔になっている釈迦牟尼様なのが、

 そうと思えばやっぱり意地悪なのかなぁ
 でもでも、そこも愛しい、と

眩しいものでも見やるかのよに、
甘い甘い笑みもて うっとり見つめつつ、

 「ヒントは8月16日だよvv」

あんまり苛めるのは本意でなし、
賢い人だから これで判るでしょと、
それでも十分と謎めいた一言を付け足したヨシュア様だったのだが。

 「…えっと。」

まろやかな甘えを滲ませていたその表情が、一瞬止まったブッダ様。
同じ刹那に 何かしらくるんと思考を巡らせたようで、
その結果 導かれたらしい一言が、

 「………イエス、お盆は私が入滅した日じゃないんだよ?」
 「知ってるって。」

確か2月ですよね。(苦笑)





     ◇◇◇



思えばこれまでにも、
何かしらのアルバイトを、
結構こなしていたイエスではあって。
秘密を持ったのがちょっぴり後ろめたかったが故の挙動不審と、
隠しごとが下手という素地が相俟って、
すぐにもバレてちゃったのが、
一番最初のおもちゃ屋さんでのバイトだったのを皮切りに。
向こう様から頼まれたり、
何かへの資金繰りにというものだったりと、
商店街の関係者と思われているほどには こなしてもいて。
さほど器用とは思えないものの、
人当たりは抜群にいいのでと、
お馴染みの雑貨屋さん以外からもラブコールはあるらしく、

 “…まあ、特に反対する理由はないけれど。”

その間に、そうそう
秋に向けての長袖Tシャツ、
新柄のシルクスクリーンを
一気に刷ってしまってもいいしなぁなんて思うことで、
胸のうちにて ちょっぴりもやんとしたの、
自分で何とか宥めすかしたブッダだったりし。

 そう、実をいや、
 ナイショで話を進めていた点を、
 すんなりと飲み込めたブッダだった訳じゃあない。

バイトがいけないとは言わないけれど、
じゃあブッダも一緒…と運ぶのはイヤみたいだというの、
今回のお話へも 言われる前から受け取れた自分の勘のよさが恨めしく。
これまでだって、
ブッダが“一緒に手伝おっか?”という方向へ話を振れば
“絶対ダメ”と反対しまくってたイエスであり。

 『だって ブッダには
  天界漫画家シッダールタせんせえとしての
  お仕事があるじゃない』 と、

立派な才で収入を得られる身だってことを遠回しに言ってみたり。
そうかと思えば、

 『ブッダがその笑顔でシンパシィを増やすのがイヤ』なんて

直接も直接、
営業用でも愛想を振り撒くところを見たくないなんて
はっきり言ってのけたりし。

 “それは…まあその、ねぇ?////////”

はっきりくっきり言われると、
そうまで独占したいと思われてるなんて嬉しいとか思えてしまい、
じゃあしょうがないかなぁなんて言って強気には出ない
ブッダ様もブッダ様なのですが。(苦笑)

 『あのね、ブッダ関わりの話だから これ以上は内緒vv』

隠しごとはお下手なイエスだが、
今回、自身で先に“内緒vv”と言い切ったからには、
それ以上 話してくれなさそうだとあって。
そんな風に微妙な心情だったせいか、
あんまり話題として触れることもないままで数日を過ごせば、

  あっと言う間に、アルバイトの初日がやって来た。

特に意識はしていませんということか、
ジョギングにも出たし、
手際よく朝ご飯を作って、
ほらほらと起こしたイエスと食べたブッダ様。
そのまま、特にそわそわしもせぬまま午前を過ごしたものの、
早めのお昼ご飯を食べてからは 一転し、

 「…ああ、そうだ。」

どうかすると一番暑いさなかのお出掛けだからと
いつの間に取り寄せたのか、
濡らして絞ればひんやりする素材のスカーフを用意したり、
冷やしといたおしぼりや、小さめサイズのミネラルウォーターを
持ってけ持ってけと差し出したその上で、

 「じゃあ 私も今日のお買い物に。」

どこの過保護な父兄ですかという相変わらずな段取り、
商店街まで一緒しようとお出掛けの構えとなったところが相変わらず。
そして、実の母である聖母様へは永遠の反抗紀なイエス様だが、

 「うん。一緒に出ようねvv」

この運びはむしろ嬉しかったか、
長い髪を慣れた手際でうなじへ結ぶと、
にっこり笑って
先に出た玄関先から早く早くと招いたほど。
台風の影響とかで、
西の方や、日本海を大きく回ってのこと北海道などで大荒れらしいが、
ここいらは相変わらずの炎暑が続いており。
アパートの敷地から出ればもう、日陰なぞほとんど無く。
痛いほど目映い日向だらけの昼下がりの町は、
まるでそれを恐れるかのよに、人影も見当たらないほど。

 「うあ、暑いねぇ。」
 「うん。」

四方八方からきゅうぅっと押してくるよな、
圧倒感のある温気に隙間なく密着されているかのような。
ちょっとでも気を抜くと
負け負けなまま跪いてしまいそうなほどの暑さだが、

 「お店は冷房かけてるから、過ごしやすいと思うんだ。」

商品の補充搬入とか、
お店の前の掃除とかするとなると、表へも出るけどねと、
さすが勝手知ったる勤め先という話もしつつ。
ずんと短い陰を引き連れて、
駅前までの道をとぽとぽ辿る二人であり。

 「だからね、ブッダ。
  私が いないからって、冷風扇我慢するのは無しだからね。」

いいね、守ってねと、
わざわざ立ち止まって向かい合い、
重々という格好で言い聞かせるイエスなのへ、

 「は〜い。」

お兄さんぶるのを立てて差し上げ、
いいお返事をしたブッダ様だったのでありました。







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  *今年は関東地方が連日酷暑だそうで。
   去年は雷雨や豪雨で荒れまくってたのに、
   西と逆転になっちゃいましたね。
   こちらも暑いっちゃ暑いですが、
   8月に入った途端のこのお天気で、
   真夏日止まりなのが まま助かってるかなぁと。
   (そういうことは日記に書きなさい。)

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