月より星より キミに誓うよ


     




イエスの雑貨屋さんでのアルバイトが始まった。
日に4時間だけという短い代物で、
しかも最も猛暑の苛烈な昼さがりという時間帯。
夏休みのただ中でもあって、
客層からも学生さんが目減りする頃合いだから、
さして仕事もなかろうにと
そこもブッダから危ぶまれていたようだが、
なんの、口コミ最強なのが女子高生。
彼がバイトを始めたらしいというのも
らいんや つぶやきで あっと言う間に広まるだろうから、
ただ通り過ぎるだけだったのが、
イエス目当てに 寄って来てくれたらめっけものだと、
むしろ歓迎されていたようで。
実際の話、
昼食を買い出しに来たらしい部活登校のお嬢さんたちが、
あ、イエスさんだvvなんて店内まで入って来てくれて、
ついでにと何か買ってってくれるケースが増えたそうだし、
そんな彼女らから伝わったらしき顔触れも続々とお運びいただいたため、
お隣の文房具屋さんも、
少し先の店頭でアイスを売ってた駄菓子屋さんも
この時期には思わぬ格好で 恩恵を得たそうな。



  「…ふう、やっぱ暑いなぁ。」

イエスからわざわざ厳重に言い置かれたものの、
そこはやはり、日頃の気性もあったし、
何より ある程度は我慢も利く身、
窓からの風だけで何とか過ごせていたものの。
今年は関東が当たり年なものか、(おいおい)
陽が高くなるにつれ、その風も止まり、
ウチワの意味がないくらい
むんとする湿気と 炙られたような空気とが
部屋の中にまで充満しだしたのに耐え兼ねて、
ついのこととて
窓辺に置かれた頼もしい家電くん、
冷風扇のスイッチを入れるブッダ様。
小さくうなったそのまま、
スリット状の送風口からひんやりした風がそよぎだし、
火照りかけてた肌を冷ましてくれるのへ、
ふうと思わずの吐息がこぼれてしまう。

 “最初の夏は扇風機さえなかったのにね。”

ただでさえ身の回り品というものを増やしたがらぬ
“赤貧洗うがごとしで何が悪い”派、
清貧を良しとする性分のブッダとしては、
単なるバカンスで居る住まい、
家具や家電をいたずらに増やすのはよくないとし。
どうしてもこらえが利かないようならば、
外の冷房があるところへ出掛けようなんて格好で
その場しのぎを続けていたのだったっけ。
それはそれで色んな見聞を広げるのに役に立ったし
思わぬ出会いもあって楽しかったが、

 『私、ただいま〜って言うのが大好きなんだ。』

バカンスに来た先での寝に帰るだけの処、
よく言って“コンドミニアム”みたいな場所だったはずが。
いつの間にか、気がつけば、
二人にとっての“我が家”みたいな存在になっており。
特に、この家へ ただいまvvと帰ってくるのがそれは幸せなのと、
嬉しそうに言ってたイエスなのを思い出す。
他でもない彼自身が 独りぼっちは苦手な性だから、
お留守番は寂しいだろうし、
勿論のこと、二人でお出掛けが一番なんだけど、と。
コトの順番はちゃんと踏まえた上で、

 でもね、と

照れ臭そうにしながらも、

 キミが待っててくれるなんて どれほど幸せかvv と

隠し切れない至福を、
お惚気もかくやというお顔になってに語ってくれて。
訊いたブッダの側までも、
含羞みに頬が熱くなったほど
それはそれは幸せになれた言いようをしてくれて。

 “…そうなんだよね。”

涼しい風に人心地ついて、
扇ぐのをやめたそのままお膝に見下ろしたウチワは、
昨年 浴衣を仕立てた呉服屋さんでもらったもので。
先だっての七夕イベントのおり、
それはお商売のうちではないのだろうに、
どこへ頼めばいいのか判らなくてと頼った彼らへ
快く着付けをして下さったおり、
小道具にちょうどいいから持って行きなとくれたもの。

 “……。”

そういや、昨年も今時分にアルバイトに出ていたイエス。
あの時のは確か 酒屋さんの、配達の補佐という代物で、
浴衣を買う資金にという目的あってのそれだったっけね。
そして、それを黙ってた彼だったのへ、
もしも言ってくれなかったらどうしようなんて、
今からだと何でまたと思うような臆病さから身がすくみ、
こちらからは一切訊けずにいた ブッダでもあって。

 “何であんなに怖かったんだろう。”

何かしら疚しい意味合いから、
隠しごとをされているようだったからだろか。
それとも、何でキミに話す必要があるのと言われたら…?

 “今にして思うと、”

自分の知らないことがあるのが怖いというよりも、
こちらからの執心があまりに深いような気がしてもいて、
それを如実に思い知らされるようで怖かったのかも知れぬ。
何でもない程度の“好き”と示しただけだのに、
なに? キミそんなにシリアスに構えてたの?とか言われたら…。

 自覚したばかりの本気の恋心を嘲笑されるのは、
 さすがに怖かった…とはいえど

今だからこそ判る、未熟さ故の罪がもう一つ。

 “それって イエスへも失礼千万だったんだのにね。”

誰であれ許し、誰であれ受け入れる、
そんな“博愛”主義者にしてアガペーの申し子様であるべき彼が。
そうまで大きな普遍の愛の中へ一緒くたにはしたくないという
あってはならない“特別”をこそりとその胸のうちに抱いていて。
みんなを好きだよ〜では済まない、切なくてたまらぬ恋心まで、
実はちゃんと理解していたイエスだったのに。
しかも、その対象の傍らに身を置きながらも
成就どころか明かせないことだと覚悟したまま
永の歳月 過ごして来た、
どこか人魚姫みたいな境遇にあった彼だったというに。

 そこまでの切なる想いを抱いてた当のお相手から、
 不安にさせるなんて不実だと詰られては
 立つ瀬がなかっただろうになぁ、と

今の自分だからこそようよう判る。
というか、当時の情けないほど未熟だった自分を
真っ赤になるほど恥ずかしいと思う如来様であり。

 “人生、至るところに試練あり、だな。///////”

 何ですか、そりゃ。(苦笑)

場外で誰かが呆れたのはともかくとして。
新しい苦行に等しい試練とやらにも、
すっかりと打たれ慣れ、もとえ、
克服し得たる、美しくも頼もしき如来様、

 「さてと。」

家計簿とは別口の大学ノートを広げると、
そこへごしょごしょ、ブッダが描き始めたのは。
次の『R-2000』への原稿用の絵コンテ…ではなくて、
仏教や聖書にまつわる言葉とそれらをロゴ風にしたデザインと。
いまだにイエスには気づかれてもいない、
自分たちの愛用するTシャツへのシルクスクリーン・プリント、
この機会を利用して思う存分堪能しちゃおうと、
そんなことをば思いつけるほど、
今年のブッダ様は余裕のよっちゃんでもあったのだった。

 “…よっちゃんて誰でしょう?”

さ、さあ。誰なんでしょうか。(おいおい)




     ◇◇



ほんの4時間はあっと言う間で、
一応というか彼らしいというか、
スマホにセットしたアラームの音に我に返ったほど、
結局は没頭してあーだこーだとメモしていた作業、
いかんいかんと中断すると、
大まかなところまで こなしてあった
夕食の支度の続きにと立ち上がる。
今日はイエスからのリクエストで、
大豆ミートの酢豚風甘酢煮と、きんぴらごぼう。

 “玉子どうふも作っちゃおうかなvv”

茶わん蒸しが好きなイエスだからと、
お料理のサイトで作り方を覚え、
腕試しにと作ったのをご披露したところ、
以降、買ったのを出すと
ちょっぴり残念というお顔をされてしまうよになった、
こそり 自慢の逸品で。
そんなこんなを手際よく仕上げていれば、

 「ただいま〜♪」

階段を上がってくる音も通路を駆けてくる気配も
すべてあっと言う間だったほどの急ぎっぷり。
まるで何かのゴールみたいな駆け込みようで、
幼い子供みたいなノリのご帰還をなしたヨシュア様。
勿論、待ち兼ねたからもあってのこと、

 「おかえり。」

こちらからも 彼の大好きな声をかけ、
キッチンからはすぐの玄関までのほんの数歩を
冷やしたおしぼり片手に歩み寄っての
お出迎えして差し上げれば、

 「うわ、気持ちいいvv」

ありがとねと汗びっしょりの顔をほころばせる。
きっと大急ぎで、
途中で駆けまでして帰って来たんだろうな、なんて。
ブッダへそうと思わせるほどだったのは、
シャツが妙にしっとりしていて、
肌へと貼りつきかけてもいたほどだったから。
だがだが、

 「ああダメだよ触ったら、私すごく汗臭いし。」

首回りをまずはゴシゴシしていたお手伝い、
額や鬢を拭ってやろうと、別なハンドタオルを当てかかると
“や〜ん”と逃げを打ちかかったのが
ちょっぴり水臭いイエスでもあって。

 “おやまあ。”

甘えるのが大好きなはずが、
時々こちらを淑女様扱いする彼なのも相変わらずで。
世話好きなブッダには
こういう間合いにそれを持ち出されるのは少々不本意なこと。
とはいえ、さすがに いつまでも及び腰でなんかじゃいられない。

 「触ったらダメだなんて、そんな意地悪言わないでよ。」
 「え?」

ずっと一人でお留守番してたから、寂しかったんだもん…と、
ちょっぴり視線を下げの、
ふくよかな口許を薄めに開いてそうと紡ぎ、
くぅんという鼻声を出しまでするブッダだとあっては、

 「わ、わ、ごめん。ごめんね、ブッダっ。」

大好きな人のそんな悲しそうな態度は堪えたか、
もうもう、どこでも触って、ほら此処とか此処も、と。
今度はシャツの裾までめくり上げかねない勢いになっちゃったのが、
何とも極端だったものだから、

 「…っ☆」

さすがにそれはと、今度はブッダの側が真っ赤になったほど、
効果のありすぎな
“思わせぶりの術”だったのではありますが。(笑)

 “もうもう、キミったらvv”

独りぼっちは嫌いなイエスこそ、
いくら周囲に人が居たって、
愛しい人とは離れ離れというのは
何とも詰まらない数時間だったろにね。
それでも、こんな風にブッダ大事が出てしまうなんてと、
そこもまた愛しくてならないこと。

 「あ、酢豚だ。」
 「なんちゃってだけどもね。」

何言ってるかな、いつも美味しいのにと、
涼やかな目許を細め、にこり微笑うイエスであり。
先にお風呂に行く?と訊けば、

 「う〜ん、これは途轍もない選択だ。」

汗を流してからでないとご飯に失礼かもだけど、
美味しそうだから一刻も早く食べたいしと、
鹿爪らしいお顔になって真摯に考え込むお人なのへ

 「え〜っと、////////」

胸の底がじんわりと暖かくなった、
釈迦牟尼様だったそうでございます。


 「でも、まずはこっちvv」
 「え? ………ん、もうっっ。////////」


 さて、此処で問題です。(おいおい、しらじらしいぞ・笑)







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  *短くてすいません。
   こちらは昨日今日とそれほど暑くもなかったのですが、
   それでも甘いお話を考えるのは
   集中力と持久力が要るもので。(とほほん)

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