月より星より キミに誓うよ


     




オレンジピールとか、
ばんぺいゆやザボンの皮の砂糖づけとか、
柑橘類の厚めの皮を使ったお菓子は古くからありまして。
そも、保存のために施したのが砂糖漬けの始まり。
砂糖に漬けるなんて腐りやすいんじゃないのかなんて、
浅はかなもーりんは 妙なことよと思っておりましたが、
実は塩漬けと同じで、食品から水気を抜く原理を応用した処方なのだそうで。
特に砂糖づけの場合、そのまま菓子として食べられるので、
高貴な方々への嗜好品として、昔から好まれていたらしい。
冷凍すれば1年以上保つ優秀な保存食で、
白い部分を残しておれば、
ほどよい苦みが大人のゼリービーンズみたいだとのことですし、
この白い部分は繊維質の塊で、となると腸にもいいとのこと。
甘いものはちょっとという方も、ワインのお供なぞにいかがでしょうか。




     ◇◇



あまりにも唐突で、意外すぎたため、
当初はブッダ側の戸惑いもなくはなかったものの、
そんな始まりようをしたイエスのアルバイトも
今日でいよいよ最終日を迎える。
一体 何への支出なのだか、
“資金繰り”のための労働だと言ってたイエス。
しかも 肝心な目的のところは

 ブッダ関わりだから内緒だよvv、と

言いようだけは堂々と宣していた辺り、
相変わらず、子供のように無邪気だったのだけれども。
そのくせ、その初日となって、
バイト先から帰って来てからという随分な“後出し”で。
どこか怖ず怖ずと

 独りぼっちでのお留守番なんてさせてごめんね、と

気が引けておりますというお顔で
ブッダへ気遣ってもくれた彼でもあって。
誰もいないおウチでのお留守番は寂しいだろうし、
彼は彼で、何か見聞を拾うのも兼ねてのこと、
同じようにアルバイトに出てもいいはずなのに。
ブッダが誰かに見初められるのが嫌だからと、
相変わらずな我儘から そんな強引なこと言ったりしてと、
もしょりとした“ごめんなさい”を告げてくれて。

 でもそれって独占欲だよね、と

むしろ嬉しく思えたブッダとしては、
ちゃんとした気持ちの安寧もあってのかぶりを振って、
イエスの想いを 嬉しいと微笑ってやってから、
でもねあのねと言い諭せるまでに落ち着いており。

 “そりゃあサ。”

何へか気を留め、ちょっぴり険しい表情になると、
不思議と男臭さや精悍さの増す
目線とかお顔とかはどうしたって見逃せないし。
機嫌がいいときに感じる薔薇の匂いの中へ、
オレンジの甘い香りが混じっているのへ気がついて
自分だけがドキドキする特別な高揚とか、
何してるの?と こちらの肩口へ
子犬みたいに無造作に顎先を乗せてくる無邪気さと裏腹、
背中へ張り付く格好の、
シャツ越しの肢体の肉感や温みに落ち着けなくなるのも、
すぐ傍らにいればこそ得られる実感であり、
互いを独占出来ているのだという、紛れもない至福で。

 いつも一緒、それが一番には違いないけれど、

四六時中 一緒に居なけりゃ
何にも立ち行かないようでは、
それって単なる熱病でしかないのではなかろうか。
十代の若人じゃああるまいし、
明けても暮れても相手のことで頭が一杯、
他は何も手につかない…となると、
あの、七夕伝説の恋人たちのようなもので、
大人げないにも程がある。

 “だよねぇ。”

いや、偉そうなことは言えませんよ、私とて、と。
衣紋掛けへ吊るした浴衣の
衿や袖を整えていた手を つと止める。
いい大人という言い方では追いつかないほどの
いい年齢をしていながら、
不慣れな恋心を持て余しては
そりゃあもうもう様々に狼狽し倒したのは、
それこそ まだまだ記憶に新しすぎるあれこれで。

 “でも…。”

恋情を自覚したばかりの頃ならいざ知らず、
自信という強さだって、
これで結構 身についているはず

 “私たちもう大人なんだから。”

目の届くところに相手がいないと
居ても立っても居られない段階は さすがに卒業しなきゃね、と。
聡明なこと この上なき凛々しいお顔を感慨深げに頷かせ、
再び 浴衣のお手入れに手を動かし始める如来様。
今年はお盆当日が金曜とあって、
その晩に 恒例の町内会主催の盆踊りが催され、
翌日の晩が花火大会という なかなかに凝縮された週末でもあり。

 『わあ、ブッダ着付け出来るようになったんだ♪』

連チャンでのお出掛けになりそうなので、
盆踊りのほうは普段着でお出掛けかなと思ってた昨夜、
ブッダから“おいでおいで”をされて、
寄ってったら一気にTシャツを剥がされたその上へ
はさりと浴衣をかぶせられ、てきぱき着付けしてもらい、
イエス様ったら まあ驚いた驚いた、いろんな意味で。(笑)

 『こないだ着せていただいた折に
  今度はちゃあんと見ておいたからねvv』

いやまさかに、
ネクタイの結び方みたいな“印”を開発してまではいませんが。
貝の口結びも伊達に決め、
型通りの堅いものではなく、
動きに余裕も出るよな格好、しっかとした着付けをご披露し、
自分もちゃんと着こなす手際の善さよ。
そうやって着付けた今年二度目の浴衣、
今宵も着ることになろうからと、
朝早くに洗って干し出し、何とか乾いたのを整えていたのであり。

 “でも…。”

その手が再び止まったのは、
特にこだわりなどなかった今回のイエスのバイトだが、
いまだに不可解な点が1つだけあったのを
不意に思い起こしたからに他ならぬ。

 “私関わりって何だろう?”

8月16日だという“ヒント”もくれたが、
まるで覚えのない日にち。
何か勘違いしているのかな、それとも新設された記念日とか?
わざわざそれのためだと宣言してバイトまで始めた彼なのであり、
となると、ささやかな記念日とも思えないのだが、

 “…まさか、花火への出資をしたとか?”

オリジナルの花火を特注するという話題をたまに聞く。
メッセージが出るよな特製のだったり、
揚がってる中、用意されたプロポーズの言葉を囁く企画とか、
そういやワイドショーで紹介されてたなぁと、

 “ぷろぽぉず…?////////”

そんなそんな、今更そんなこと言われても。///////
ああいや待てよ、結婚しようという格好のは まだされてなかったっけ。
じゃあなくてだな…と、
早くも混乱しかかっておいでのブッダ様。

 「あ、いっけない。」

ゆっくり煮込んでいたトマトソースが
いい風味に落ち着き始めた香りを出し始めたのに気がついて。
キッチンの方へと足を運ぶ。
この1週間という猶予がありながら、
なのになかなか答えに辿り着けなかったのは、
こんな具合に家事を優先しては中断されるという
中途半端な推測しかしなかったからでもあって。
気になってはいたが、あのイエスがしかも嬉しそうに構えた企み、
サプライズな何からしいが、
ああまで朗らかに前以ての宣言が出来るほどのことならば、
特に重たい代物でもなかろと、
それほどムキにならなかったのであり。

 “相応なお返しが
  すんなり出来るようなことなら いんだけど。”

これもイエスの好きなラザニアのソース、
うんうん上手に煮込めてると、
満足そうに味見をしつつ。
小窓から望める夏空に小さく微笑ったブッダ様だったのであった。





  …………で。



カンコンカンという、
二階へ上がってくる人のステップを鳴らす靴音がし、
たったか・たかた♪という、それは軽快な足音が続く。
この1週間を通しての帰宅時間、
いわゆる“定時”からはやや遅れたものの、

 「…あ♪」

足音自体を聞き間違えるはずもなく、
まだかなまだかなというワクワクが、
あわわ帰って来たというドキドキに塗り変わり、

 「たっだいま〜♪」

いつもいつも、平然と卓袱台前で待ってようとか思うのに、
気がつけばドアが開くのと競うよに、
毎日 玄関まで立っていってる始末であり。
今日もやっぱり、タオルを手に立って行けば、

 「はいっ、真ん中バースデーおめでとうっ!」
 「え?」

イエスのお顔を遮って、
鮮やかなオレンジ色や甘い緋色のガーベラが
何本も束ねられたブーケが突き出される。
レース柄をプリントされたセロファンにくるまれた、
何とも愛らしい花束で。
不意打ちと可憐な愛らしさとに機先を制されたけれど、
それと同時に飛んで来たお言いよう、
ブッダとしては うっかり聞き流す訳にもいかなくて。

 「真ん中バースデー?」

何ですかそりゃと、呆気に取られているブッダなのへ、
ふふーっと、それは嬉しそうに微笑って見せて、

 「あのね? 今日って、
  私の誕生日とブッダの誕生日の丁度真ん中なんだな。」

だから、二人の記念日ってことでと。
それは朗らかに笑うイエスであり、

 「これ、オレンジとネーブルのピールの砂糖漬けだよ?」

美味しいんだからと、
愛らしい包装紙に包まれた化粧箱を差し出したイエスだったが、

 「ずるいよ、私のほうは何の用意も。」

楽しそうなところに水を差しちゃいけないとは思うけど、それでもと。
イエスからの畳み掛けへ呆然としていたものが、
これでも相当に素早く“コトの次第”を把握したからこそ、
思いがけないその方向へ、
ついのこととて異議を申し立ててしまうブッダであり。

 「二人の記念日だっていうなら、
  私だけじゃなくイエスだって祝われなきゃおかしいじゃないか。」

だってのに、支度というか贈り物の準備というかに、
イエスの側だけ、しかもああまであっけらかんと手掛けていたなんて。
いくらサプライズにしたかったとしても、
このフライングっぷりは、
ちょっとそれってないんじゃないかと思えてやまぬブッダであり。
屈託のないイエスから振り回されるのは今更じゃああるが、
そしてそして、
これだって“罪のないこと”という範囲なのかもしれないが、
それでも何だか収まらないよぉと、
ややもすると非難の意を込め、声を高めかかったところ、

 「だってこれはブッダへのお祝いだもん。」
 「?」

してやったりというつもりは一切なかった証拠だろうか、
ブッダから詰め寄られても、圧倒されるということもなく、
けろりとしたお顔で言い返して来たのが、

 「私だけ、2回もバースデイがあるなんて不公平でしょ?」
 「はい?」

かといって、入滅おめでとうもなかろうしと、
鹿爪らしいお顔になって“うんうん”と感慨深げに頷く彼へ、

 “…もしもし?”

強いて言うなら そんな風に言いたそうな、
やや唖然としておいでのブッダを置き去り、

 「昨年は片思いから両想いになれたばっかで、
  そりゃあわくわくと足が地につかない嬉しさを堪能していて。」

そんな浮かれようだったから、
ちょっと時々至らなかったりもして
ブッダを困らせてばかりで。
何とか少しずつ落ち着いて来れば来たで、

 「毎日のようにキミばっか忙しい日々なのが、
  何てのか、不甲斐ないなぁなんて思うようにもなっちゃって。」

これもブッダがかぶってけと言った野球帽。
つばを摘まんでぼそりと脱ぐと、
もじもじと手の中に見下ろしつつ、イエスからの告白は続いて。

 「それで思いついたのが、
  真ん中バースデイだったってワケなんだなvv」

これでも知恵を絞りましたと、
てへへという照れ笑いを見せてから、

 「羽伸ばししてほしいってところは、
  何だか空回りしたみたいだったけど、」

 「あ…。//////」

手のかかる自分が家にいない間は、
何もしないでのんびりしててと、
そういや言ってたイエスだったよなぁなんて。
今になってホントの正解を出されたような気分になっておれば、

 「いつもいつも良くしてもらってばかりで、」

でも私は、そんなブッダへ太刀打ち出来ることって一つもなくて。
歯痒いなぁって思ってたのへの、

 「これは言わば“敵討ち”なんだから、
  そんな私の顔を立てて、ここは引き下がってもらわなきゃ。」

 「イエス、言ってることが何かおかしいんだけど。」

時々どこか不思議ちゃんな言動が飛び出すヨシュア様。
そんなところは相変わらずに健在であるらしく。
受け取った花束を見、
それ越しに…ふふーと楽しそうに笑う伴侶様の
何とも言えぬ、幸せそうな顔を見ていると、

 “……うわぁ。////////”

ちょっぴりいきり立ちまでしかかったのが、結果として大人げなかったと、
今度はそれを恥ずかしいと思うより先。
どーだ、すてきなサプライズでしょうと、
いかにも幼い思惑で、堂々と胸を張られてしまったようなもの。
立ててあげなきゃそれこそ大人げないし、
ああでも、そうやって道化回しになるのも
キミの場合は最聖としての余裕から出たものかも知れぬ。
そこまで思うのは勘ぐり過ぎかな、
でもでも全くの無邪気なばかりな人じゃなしと、

 困惑しかかっていた気持ちごと、
 大好きなイエスのお顔がそれは明るく笑うのへ、

 するり吸い込まれて昇華してしまう威力の物凄さよ

引っ掻き回されたのへの動揺の倍くらい、
幸せの分け前が貰えている自分に気がつくブッダ様でもあったりし。

 「さ、贈り物も開けて開けて。」
 「え? ああうん。」

上がり框に立ったままでいたのに気がついて、
ああ上がって上がってと、
ブッダの方も身を引くようにしてイエスを促せば。
うんっとわざわざ頷いて見せる屈託のなさよ。

 それってねぇ、わたしが作ったんだよ?
 え? だって…砂糖漬けって言ったよね?

愛らしい化粧箱をあらためて見回し、
びっくりしたように訊き返すブッダなのへ。
とたとた六畳間まで上がり切る途中、
流しのところで手と顔を洗いつつ、やっぱり うんと大きく頷いて、

 「雑貨屋さんのトコのお嬢さんがね、
  柑橘大好きで皮まで食べちゃうって話を聞いて。」

え?って驚いたら、砂糖漬けにしてだって話でね。
専門のお菓子職人でなくても簡単だよって教えてくれたんで、
ああ これだって思ってサ。

 「実は もちょっと前から、
  キッチン借りて、教わりながら作ってたんだな。」

作業としてはシロップを煮詰める手間だけで、
ほぼ“待ち”で作るものだから、
ちょこっとお顔を出しちゃあ、
預けてあったビンを手にコンロをお借りし、
具合はお嬢さんに見てもらって
八月に入った頃合い辺りから、こつこつと製作に取り掛かってた。
仕上げの乾燥の段階が、
果たして間に合うかどうかにはらはらしたとかで、

 「私ってなかなか手作りものでは太刀打ち出来なかったけど、
  お味見したら、とっても美味しかったんだvv」

会心の出来だったと、それもあってのご機嫌な彼だったようで。
まったくもうもう///////と、
やっぱり振り回されちゃった釈迦牟尼様、
口許を尖らせかかったものの。
夕食の支度にと茶碗だの箸だのを並べた卓袱台の
空いたところに置いた化粧箱をちらちら見やるところなぞ、
もっとずっと小さな子供が
お土産のケーキが気になってしょうがないのと同じよに
そわそわしだすのが何とも可愛いと、
こそりじんわり微笑んでしまったイエス様だったことは、
ブッダ様には内緒だからね? どか、よろしくです。







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  *何だかバタバタっとしたアルバイト週間になっちゃいましたね。
   書き手が落ち着きなかったとはいえ、ほんに面目ございません。
   ……で、そういう下心、もとえ、
   企みあってのお話だったんですねぇ、実はvv
   二人の真ん中バースデイ、
   記念日が大好きなイエスならきっと釣られるだろうし、
   こういうサプライズにしちゃうんじゃないかなと。
   そして、イエスのたいがいの思惑は先読み出来るブッダ様も、
   これに関しては全くの死角だったようで、
   とりあえず、最初の伏線は消化出来たということで。
   そして、性懲りもなく もうちょっと続きます。



 ● 柑橘類の皮での砂糖漬けの作り方

  甘夏やネーブルといった柑橘類をまるごと
  よ〜く洗ってから、丁寧に皮を剥き、
  金属の匂いが出ないホーロー鍋などで茹でて。
  冷水にとってアクを抜き、水気を切ってから、
  焼酎などで消毒した密閉ビンに入れる。

  水150ccに グラニュー糖150gを入れてぐらぐら煮詰め、
  沸騰したまま皮を入れたビンへそそぎ、
  蓋をして室温で3、4日おく。

  3、4日経ったら
  ビンの中のシロップだけを取り出して沸騰させ、
  砂糖120gを足してさらに沸騰させてビンへ戻す。
  蓋をして室温で3、4日おく。

  同じ工程をあと2回ほど繰り返してから、皮を引き上げ、
  クッキングペーパーを敷いたトレイの上へ並べ、
  風通しのいいところで乾燥させる。
  数日経って、表面から白く砂糖をふいたようになれば完成vv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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