かおりの育児日記 (中篇)




 こんにちは、高木かおりです。
 この前はわたしに、神谷早苗という十八歳の赤ちゃんができる時までの日記を発表しました。今回は、あの後、二人がどんなふうに暮らしているかを紹介します。興味があったら読んでみて下さい。




   【四月 四日】
 午前八時。
 早苗の部屋に入った。ベビーベッドの横に立って、愛くるしい彼女の寝顔をしばらく眺めてから、彼女の目を覚まさないように、そっとブルマーを脱がせる。オシメカバーの中に右手を差し入れてみると、案の定オシメが濡れていた。幸い外へは漏れていないようなので、天井から吊ってあるバスケットからオシメだけを一組取り出した。
 オシメカバーのマジックテープを外す音で目を覚ますかもしれないな、と心配したけどスヤスヤと寝息をたてたまま。ぐっしょり濡れている、淡いブルーとピンクの水玉模様のオシメをバケツに投げこんで、新しいオシメを彼女のお尻の下に敷きこんだ。昨日ヘアを剃ってしまったばかりの股間は童女のそれを思わせる。そこに脱毛クリームを塗りこんでからベビーパウダーをパフではたくと、なんとも懐かしいような甘い香りがあたりに漂った。ピンクのキルティング生地でできたオシメカバーが、オシメでくるまれた彼女のお尻を優しく包む。子象のアップリケが、おヘソの下で笑っている。ブルマーを穿かせ終えた頃に彼女の目が開いた。
「あ、おっきしちゃったの? も少しネンネしましょうね」ベビー帽子からはみ出ている髪の毛を撫ぜながら、彼女の耳許でささやいた。「ママは、今からお洗濯をしなきゃいけないのよ。早苗ちゃんが、オシメをたくさん汚しちゃうもの」
 彼女は、いやいやと言うように首を小さく振った。そんなふうに甘えられると、冷たくできるわけがない。ベッドのサークルを倒して添い寝をする。途端に、彼女がわたしの胸に顔をうずめてきたの。わ、可愛いいんだ。彼女の首の下に枕の代わりに手を伸ばして、もう一方の手で背中をさする。彼女の口が何かを求めるように、ちゅぱちゅぱと音をたてている。仕方ないやと思いながら、わたしがネグリジェの胸をはだけると同時に、彼女の唇がわたしの乳首をふくんでいた。
「もう、いいでしょ。ちょっと待っててね、ミルクを作ってきてあげるから」一〇分間ほど乳首をふくませ、彼女のおでこに軽くキスをして言った。その言葉に納得したのだろう、彼女の唇がわたしの乳首から離れた。いくら母親を演じようとしても、こればかりはどうしようもないのよね。実際に赤ちゃんを生んだわけではないわたしの乳房から母乳が出る筈がなかった。少し悔しい思いを味わいながら台所に立った。哺乳瓶に入れた粉ミルクをお湯で溶かした後、適当な温度に冷ましてから彼女の口にふくませる。一五〇 のミルクを元気に飲みほした彼女は、ねぇ抱っこ、というように手を伸ばしてきた。
「ごめんね。あとで、ね。お洗濯をしちゃうから」彼女の頬にキスをしながら、メリーサークルのスイッチを入れた。しぶしぶ諦めた彼女は、天井からぶら下がって廻るメリーサークルを見つめた。
 昨日から早苗が濡らしたオシメは、かなりの数になっていた。幸い大型の洗濯機が有るからオシメは一度に洗えるんだけど、洗濯物はそれだけじゃない。昨夜、寝る前にベビードレスに着替えさせたから、それまで着ていたロンパースを洗濯しなきゃいけない。夕食の時に、よだれかけをだいぶよごしちゃったから、これも洗わなきゃいけないし。ソックスもだ。
 近所に怪しまれないように部屋の中に干すつもりだったけど、そんなこと言ってられなくなってきちゃった。ベランダに干すことにした。そうよ、お日様の光が当たった方が消毒にもなるわ。ベランダにひるがえるオシメやベビー服を見ていると、『赤ちゃんが居る生活』を実感できるように思える。
 そうよ。ちょっと苦労したけど、やっと赤ちゃんができたのよ。

   【四月 五日】
 赤ちゃんになった早苗は、どうも眠ってばかりいるみたいだ。お腹がすいた時には目を覚ますけれど、オネショでオシメが濡れていても、なかなかおきない。幼児退行の過程が急激だったせいかしら? 今日は、朝からおこして、お風呂に入れることにした。慣れない家事をしているせいで、夜になるとわたしが疲れてしまい、彼女をお風呂に入れる余裕が無いの。母親、失格だな。
 ふにゃふにゃ言ってる彼女の服を脱がせ、オシメを外すだけでも大仕事なんだよ。わたしも自分の服を脱いで、ふたりでバスルームに入る。温かいシャワーをかけると、キャッキャッ言って彼女は喜んだ。ボディシャンプーで彼女の体を丁寧に洗う。特に、オシッコで濡れてばかりいる、お尻からおヘソへのラインは念入りに洗っておかなくちゃ。体を洗い終えた後は、バスタブに入れてゆっくりと温める。お風呂用の玩具を渡しておいて、わたしが先にバスルームから出る。「お風呂あがりの用意をしてくるわね。準備ができたらまた来るから、ちょっとだけ待っててね」
 体にバスタオルを巻き付けて彼女の部屋に入ったわたしは、さっき脱がせたものを洗濯機に入れてから、ベビー箪笥の引出を引き開けた。今日はちょっと運動させなきゃね、と思い、動き易い衣類を探すことにした――このブラウスはフリルが多過ぎるし、カバーオールはダメ、ああ、これがいいかな。黄色の、半袖で丈の短いベビーワンピースが見つかった。オシメカバーも窮屈だろう。運動の間だけ、トレーニングパンツを穿かせることにしよう。中にオシメを二枚ほど重ねておけば、洩れる心配も無いだろう。
 タオルできれいに体を拭いた彼女の股間にベビーパウダーをつけ、立たせたまま、ピンクの縞模様にレースのフリルが付いたトレーニングパンツを穿かせ、ベビーワンピースを着せる。ソックスを履かせてから、髪の毛を頭の両横でくくった。
 おいっちにおいっちに、と足踏みをさせたり、ハイハイでわたしと競争したり、三〇分ほど遊んだろうか。久しぶりに体を動かして気持良くなったんだろうな、彼女は上機嫌でニコニコしていた。ちょっと休みましょ、とふたりでベランダに出てみると、心地良い春の風がふたりを包んだ。軟らかな日差しを受けながら、彼女の体をわたしの膝の上にのせてみた。かなり重いけど我慢できないほどじゃない。しばらくそうしているうちに、彼女が小さく言った。「ちっち。ちっち、出ちゃったの」
「あら、ちっち出ちゃったの? たいへん、たいへん。でも、よく教えてくれたね。これからも、ちゃんとママに教えてね」おでこに軽くキスをして、彼女を立たせた。「待っててね。今、新しいオシメを持ってくるからね。今日は暖かいから、ここで取替えちゃいましょうね」
 ベランダに大きめのバスタオルを敷き、その上にオシメカバーとオシメを広げた。早苗もちょっと疲れただろう、もうすぐネンネしちゃうはずだ。それなら、トレーニングパンツよりも、ちゃんとオシメをあてておいた方がいい。彼女をバスタオルの上に寝かせて、オシメを交換する。手には、彼女が一番気にいっているガラガラを持たせた。オシメ交換のついでに、服も着替えさせることにした。ベビーワンピースを脱がせて、クリーム色にレモン色の刺繍をあしらったカバーオールを着せてみた。太ももから股間へかけて並んでいるボタンを閉じてから、ソックスもそれに合う色のものに履き替えさせる。パイル生地でできたよだれかけの紐を二本結び、ベビー帽子を着けさせた。

   【四月 六日】
 早苗が朝からぐずっている。玩具やおしゃぶりでいくらあやしても、機嫌が良くならない。おでこに手を当ててみると、熱があるようだった。ぐずっているのは熱のせいか、と気がついて、慌ててカバーオールの股ボタンを外してオシメカバーを開けた。幼児用の体温計を肛門に入れて熱を計ってみると、三七.五度の表示が出される。思ったよりも高くないので、まずはひと安心。
 体温計の代わりに、座薬になっている解熱剤を肛門に入れておくことにした。その冷たい感触に早苗は体をビクッと震わせたけど、泣きだすほどのことはなかった。
 哺乳瓶にオレンジジュースを入れて飲ませているうちに、薬が効いてきたのか、目がトロンとしてきた。そしてジュースを飲み終える頃には、その目が閉じられた。やれやれ、なんとかおとなしくなったようだ。

 二時間も経った頃だろうか。「まま、まま」と呼ぶ早苗の声が、ベッドの横でベビー服の整理をしていたわたしの耳に聞こえてきた。早苗が何か言いたそうにしている。早苗の顔にわたしの耳を近づけた。
「あのね、うんうんなの」早苗が小さな声で言う。
 しばらく早苗の言葉の意味がわからなかったけど、やっと気がついた。慌ててオシメカバーを開けると、甘酢っぱいような匂いが漂ってきた。早苗のうんちの匂いだった。そして、そのうんちがかなり軟らかそうだということが一目でわかった。どうやら、下痢も併発しちゃったみたい。お腹が冷えないようにカバーオールを着せてたのに、環境の変化のせいかしら?
 お尻をウェッティできれいに拭いてから、新しいオシメを敷きこむ。軟便だと外に漏れるかもしれないので、オシメは多くあてておくことにした。乾いた柔らかなオシメでお尻が気持よくなったんだろう、早苗はニコッと微笑みかけてから、ゆっくりと目を閉じていった。

   【四月 七日】
 早苗の熱はだいぶ下がった。それに、下痢の方も夜中には治まったみたい。とりあえずは安心してもよさそうだ。本当なら早目にお医者さんを呼ばなきゃいけないんだろうけど、早苗の場合、どんなお医者さんを呼べばいいのかわからないんだ。やっぱり小児科の先生かしら? でも、こんな大きな赤ちゃんじゃ、先生もびっくりしちゃうだろうな。ま、今はいいか。
 軽い朝食をとった後、まだ残っている微熱のせいで、早苗はウトウトしている。
 その間に、洗濯を済ませてしまうことにした。昨日の下痢のせいで、早苗が汚しちゃったオシメの枚数はかなりのものになってる。いくら大型の洗濯機といっても一回では洗いきれない。何度かに分けて洗濯機に放りこみながら、洗い終わったものから順にベランダに干してゆく。
 なんとか洗って干し終えたオシメが風になびく様子は圧巻だった。どこかでこのベランダの様子を見てる人がいるとしたら、いったい何人の赤ちゃんが居るのか、って驚くだろうな。まさか、大きな赤ちゃんが一人で汚しちゃったとは思わないだろう。

   【四月 八日】
 朝、ネグリジェから服に着替えてドレッサーの前で髪をとかしていると、「きゃーっ」という悲鳴が聞こえてきた。早苗の部屋からだと判断したわたしは慌てて立ち上がった。
 早苗の部屋にとびこむと、まっさきにベビーベッドの上を確認した。そこには、上半身を起こした早苗の姿があった。
 掛布団が足元にたたまれていて、淡いイエローのベビー帽子に包まれた頭の先から、ピンクのボンボンがついた純白のソックスを履いた足先までがよく見える。そうやって見える範囲では、特別かわったところはなさそうだった。ただ、掌を互いに組んだ両手が微かに震えているように見えた。何か悪い夢でも見たんだろうか、と思ったわたしはベッドの方へ歩き始めた。
「……来ないで。こちらへ、来ないで下さい」わたしが近づこうとすると、早苗が怯えたような声を出した。
 わたしは思わず立ち止まって考えた――そうか、早苗の心が成人に戻ったのね。精神が赤ちゃん返りを終えて、本来の早苗に戻っちゃったんだ。すると一昨日の熱は病気というよりも「知恵熱」のようなものだったのかもしれない。心が本来のものに戻る前兆があの熱だったのかもしれないんだ。そう判断すると、わたしの心の中はとても寂しくなった。大人の精神を取り戻した早苗は、わたしの赤ちゃんでいることを拒否するだろう。
 それでも、もう一度わたしはベッドに近づき始めた。早苗のお尻がある辺りのオネショシーツが濡れていることに気づいたからだった。多分、心が赤ちゃん返りから戻って来る前、眠っている間に、たくさんのオネショをしちゃったんだろう。このままじゃ気持がわるいだろう、とオシメを取替えてあげることにしたんだ。
 わたしが近づくと、早苗はベビーベッドの上で逃げようとしていた。けれど、ベッドの周囲を囲んでいる木製のサークルは頑丈にできていて、とても早苗の力で壊せるものじゃない。ベッドのすぐ横に立ったわたしはサークルを静かに倒した。後ずさりしている早苗のオシメカバーに手をかけようとした時だった。それまで怯えた様子を見せていた早苗が急に立ち上がると、ベッドから跳びおりた。呆気にとられているわたしの背後に回った彼女が、力いっぱい背中をついてくる。そのショックでわたしがベッドの上に倒れこんだ時には、早苗がサークルを立て直しちゃってた。見事な形勢逆転だった。
 わたしがベッドから出られないことを確認してから、早苗はベビー箪笥に近づいていった。下から順に引出を開けてゆく。やがて、お目当てのものを見つけたんだろう、ほっと溜息をつくのが見えた。彼女はその引出から、ジャンプスーツになっているキュロットスカートとトレーナーを取り出した。そして、背中で結ばれているよだけかけの紐をほどき始める。ベビー帽子の紐もほどいて投げ棄てるように頭から外し、ベビーワンピースのボタンに手をかけた。
 ぐっしょり濡れたオシメをお尻から剥ぎ取った時には、童女のようになっている自分の股間をしばらく見て、わたしの顔を睨みつけた。けれども、それは長い時間じゃなかった。静かに深呼吸をして落ち着いた早苗は、自分の衣類を身に着けていった。
 キュロットとトレーナーを着終えた早苗は、何かを探すように部屋の中を歩き回ったり、ふたり共用の部屋に入ったりした。多分、自分のバッグや財布を探してるんだろうけど、それは無駄だ。わたしが念入りに隠しちゃったんだもの。
 しばらくの間うろうろしていた早苗も、とうとう諦めたみたい。ドアのノブに手をかけようとしていた。
「どこへ行く気なの? お金も持ってないんでしょ」わたしはベッドの上から叫んだ。
 わたしの声に、あかんべーで返事をした早苗は一言も口にせずにドアを開けて出ていった。やがて、玄関のドアが開閉する音が聞こえた。わたしはベッドのサークルを内側から倒した(本当のベビーベッドじゃ、こんなことはできない。そりゃそうだ。内側からも開くような構造だと、偶然でも赤ちゃんが開けて落ちちゃう可能性があるもの。だけど、なんたってわたしが注文を出した特注品のことだもの、こんなこともできるようにしておいたんだ)。
 ベッドをおりたわたしは自分の部屋からショルダーバッグを持って来て、ベビー箪笥から適当に衣類を移した。そのバッグを肩に掛けると、急いで玄関から走り出る。
 玄関ホールのガラス戸から外を見てみると、早苗はまだ前の歩道に立っていた。右を見、左を見しながら、どちらへ行こうか迷ってるみたい。そうだろうな。わたしのマンションへ来てすぐに赤ちゃんになった(わたしが、しちゃった)んだもの、この街の様子なんて殆ど知らないだろう。それでもなんとか決心したのか、うん、と頷くとゆっくりと歩き始めた。
 わたしも彼女の後から、早足でついていった。開いていた距離が徐々に詰まって、とうとう横に並んだ。わたしがついてきてるなんて予想もしていない早苗は、ぎょっとした表情でわたしの顔を見た。けれど、すぐに視線を前方に移して、黙々と歩き続ける。わたしも声はかけなかった。
 しばらくそうして並んで歩いてたんだけど、急に早苗が立ち止まった。そして何かを探すように、辺りをきょろきょろと見回した。やがて目的のものを見つけたように、走り出すように歩き始める。彼女は小さな市民公園に入り、芝生を横切って歩き続けた。
 しかし、再び立ち止まった。今度は辺りを見回したりはしないで、あっ、というように口を開けてしゃがみこんじゃったの。わたしは彼女の所へ駈けつけた。何がおこったのかを調べるためじゃない。わたしには或る予感があった。その予感が当ってるかどうかを確かめるためだった。
 近よって、彼女のいる場所の地面に目をやった。そこは雨でも降ったみたいに濡れていた。今も、その地面に雫が落ちてゆく。けれど、それは水の雫じゃなかった。早苗の膀胱からあふれ出たオシッコが尿道を通り、スキャンティを濡らし、キュロットスカートに滲みこんでは更にあふれ、雫になって地面に落ちてるんだ。わたしの予感は当っていたようだ。
 ここ数日間、早苗は赤ちゃんとして生活していた。もちろん、排泄はオシメの中で。成人した者にとって、それは強く心の中に刻みこまれる異常な体験に違いない。そして、異常な状況こそ、記憶に残るものだ。しかも、その間の早苗は、赤ちゃんのようにまっ白の心を持っていた。どんなことでも描ける新しいキャンバスのような心だ。そのために、「オシメへの排泄」という記憶は余計に強く残ったことだろう。だから今、精神の表面は成人に戻ったとしても、身体の機能とつながっている深い部分には赤ちゃんだった頃の記憶が刷りこまれている筈だ。それが、正常な排泄行為を妨げるように作用してるんだろう。そうして、尿意を感じてから市民公園のトイレへ駈けこむ数分間のガマンができない体になっちゃってるんだ。
 最後の一滴を出しおえたのか、体をブルッと小さく震わせた早苗が、放心したような表情でわたしを見た。わたしは彼女の両手を引いて立たせると、バッグから取り出したジーンズスカートを見せた。すると、彼女の表情がなんともいえないものに変化した。濡れた衣類のままでいなくてもよくなったという安堵と同時に、わたしが着替えを用意してきた(つまりは、彼女のオモラシを予想していたことになるよね)ことへの戸惑いと羞恥とを感じたんだろう。
 スカートを彼女の手に渡したわたしは、芝生の上に大きなバスタオルを広げた。わたしが何をしようとしているのかわからない彼女は、その場でつっ立ったままだった。それでも、わたしがバッグから取り出したものを見た瞬間にその意味がわかったんだろう、表情を強張らせちゃった。
「どうしてオシメなんですか? 替えのスキャンティは持って来てないんですか?」早苗は、わたしが手にしている動物柄のオシメを指差して言った。それが今日、『来ないで』と言って以来の久しぶりの言葉だった。
「そうよ。普通の下着は用意してないわ。だって、そうでしょう? 今の早苗ちゃんは尿意を感じるとすぐにオシッコ出しちゃうみたいだもの、いくら穿き替えてもムダでしょ」わたしはタオルの上にオシメとオシメカバーを用意しながら、平然と答えていた。「そうなったら、スカートも濡れちゃうのよ。言っとくけど、替えのスカートはそれしか持って来てないからね」
 早苗はうなだれた。ひょっとすると泣いてるのかもしれない。
「早くしちゃいましょ。今なら誰もいないわ。今がチャンスよ」わたしは彼女を急かせた。もともとが人の出入りの少ない公園だけど、わたしたち二人しかいないっていうのは珍しい状態だ。
 早苗もしぶしぶ納得したようで、ぐずぐずとキュロットスカートを脱ぎ始めた。わたしはそれを手伝いながら、心の中で思っていた――心が大人に戻っても、やってることは赤ちゃんの時のままだわ。この調子なら、彼女がいくら嫌がっても、わたしのベビーのままでいさせることができるかもしれない。
 立ったままでスキャンティを脱いだ彼女をタオルの上に寝かせ、お尻の下にオシメカバーとオシメを敷きこむ。彼女は頬をまっ赤に染めて目を固く閉じていた。動物柄のオシメがお尻にあてられ、その上からオシメカバーが優しく包みこむ。
 できたわよ、と言って彼女の手を引いて立たせた時、わたしは背後に人の気配を感じた。早苗も同じだったのか、閉じていた目を大きく開けて、驚きとも羞恥とも怒りともつかない表情を浮かべた。
 振り返ってみると、早苗と同い年くらいの女性が呆然とわたしたちを見ているのが目に入ってきた。その視線とわたしの視線がぶつかった瞬間、その娘は公園の入口の方を振りり返ると、逃げるように駈け出した。
 赤ちゃんのようにオシメをあてられているところを同い年くらいの娘に見られたショックで、早苗はスカートを穿くことも忘れて立ちすくんでいた。わたしが手伝わなければ、そのまま何時間もそうしていたかもしれないほどだった。
 なんとか穿き終えたジーンズスカートは、なかなかのミニサイズだった。普通の下着の上に着けた時にはそうでもないんだろうけど、オシメとオシメカバーでお尻がもこもこと膨れちゃってるから、余計にミニが強調されちゃうんだ。階段の下から少し見上げれば、スカートの下のオシメカバーは丸見えになっちゃうだろうな。
 オシメを見られたことと自分の今の格好という二つのショックに、早苗は泣き出しそうな表情になっていた。それでも、早くお家に帰らないと余計に目立っちゃうのよ、というわたしの言葉に従って、大きく膨らんだお尻を振りながら、とぼとぼとマンションに向かって歩き始めた。

   【四月 九日】
「おはようございます」
 耳許で小さな声がした。
 ゆっくりと開いたわたしの目の前に、早苗の姿があった。自分の縦縞のパジャマを着てはいるんだけど、そのズボンのお尻が大きく膨れているのが滑稽とも可愛らしくとも思える。

 昨日、マンションに帰ってきてからのことだ。
 マンションの中ならオモラシの心配も無いだろう、と言って、早苗は自分の下着を身に着けた。わたしも、彼女の言い分を認めた。それまでの騒ぎで忘れてたんだけど、一〇日が大学の入学式だった筈だ。赤ちゃんのままの早苗なら関係ないんだろうけど、精神が元に戻ったんなら大学へ通学することだろう。それなら、オシメを外す練習も必要だと判断したんだ。けれど、二人の判断は甘かったみたい。
 早苗の膀胱は、ほぼ満杯にならないと「オシッコがたまってるよ」という信号を脳に送らなくなっちゃってるみたい。言い換えれば、「オシッコをしたい」って思った時には膀胱は既に満杯状態で、いつあふれ出してもおかしくない、ってことだ。だから、市民公園で早苗が数分間も歩きながらオシッコをガマンできたのは、本当によくガマンできたって褒めてあげてもいいくらいのものだったんだ。それがマンションの中だと、いつでもトイレに行ける、って安心しちゃうからガマンの度合いも弱くなってるのかもしれないけど、トイレへ行こうとした時には十秒ももたない。意識は大人でも、排泄のことは本当の幼児になっちゃったみたいなものね。ううん、幼児でも、トイレへ行く間くらいはガマンできるでしょう。今や早苗は幼児以下、乳児の段階だった。
 そんなわけで、わたしがベビー箪笥に収めておいた早苗の下着と衣類は、殆どが濡れちゃうことになった。ついに夜には、彼女の下着は全部洗濯機の中に投げこまれちゃったんだ。その頃には彼女も事態を悟った。オシメをあててくれるように、自分から言い出したんだもの。そして、パシャマの下には、スキャンティの代わりにオシメとオシメカバーを着けて眠りについたんだ。

「どうしたの?」わたしは目の前の早苗に、わざとのように尋ねてみた。彼女が何を言いたいのかはわかってるんだけどね。
「……あのぉ、濡れちゃってるんです」彼女は頬をまっ赤に染めて、小さな声で答えた。「濡れてるって、何が? ちゃんと教えてちょうだい」
「……だから、あのぉ…」
「何なの?」
「…オシメが濡れちゃってるんです」
「どこのオシメ?」
「私のお尻のオシメです」
「わかったわ。最初から、そういうふうにハッキリと教えてね」わたしはクスッと小さく笑って言った。「じゃ、取替えてあげるわね。早苗ちゃんのお部屋へ行きましょう」
 早苗の態度は一変していた。昨日わたしに逆らったのが嘘のように、今朝は聞き分けが良くなっている。わたしから逃げようとしても、排泄のコントロールができないのではそれも不可能だと悟ったんだろう。特に、オシメの中にオネショをしてしまった今朝のことが彼女の態度を変えさせる強い動機になったことだろう。
 早苗の部屋に入ると、床の上に敷かれた毛布が見えた。オシメをあてることには同意をしたものの、さすがにベビーベッドでは眠りたくない、と言って敷いたものだった。その毛布をたたんで部屋の隅に片付け、代わりにオネショシーツを敷いた。レモン色の撥水性の生地に、子猫の小さなアップリケが付いたものだった。その上に、パジャマのズボンを脱がせた早苗を横たわらせる。オシメカバーの腰紐をほどいてマジックテープを外す。その音が聞こえた途端、早苗は目を閉じた。よほどの羞恥が彼女の心に芽生えたんだろう。裾ボタンを外すとオシメカバーが大きく開いて、ぐっしょり濡れた麻の葉模様のオシメが目に入った。オシメカバーごとオシメをお尻の下からどけ、用意しておいた新しいオシメを敷きこむ。
 わたしがオシメを取替えている間中、早苗は体を小刻みに震わせていた。羞恥心がそうさせるんだろうと、わたしは考えていた。その恥ずかしそうな姿を見ていると、前にも増して彼女を可愛らしく思っている自分に気づく。本当の赤ちゃんになりきっちゃってた頃の彼女も可愛らしい存在だったけど、今みたいに、赤ちゃんになりきれない大人の赤ちゃんの方が更に可愛らしく見えるような気がしていた。

   【四月一〇日】
 今日は、早苗の入学式。
 わたしは複雑な気分になっていた。だって、わたしの赤ちゃんとして生活させるつもりだった早苗が意識を取り戻して、大学生としての生活を始めちゃうんだもの。
 まぁ、それも仕方ないかもしれない。なんといっても、早苗にしてみればせっかく努力して入学できた大学だもの。ここは母親として素直に喜んであげてもいいか。それに、マンションに帰ってくれば、早苗は可愛いい赤ちゃんに戻るんだから。
 朝から服選びで大変だった。スーツを着せようと思ったんだけど、体にぴったりの服装では、オシメで膨れたお尻が目立っちゃう。で、あれこれ着せてはみたものの、どれも大差なかった。そりゃそうよね。成人用の服は、普通の下着を着けてることを前提にデザインされてるんだもの。オシメで膨れたお尻を隠すような服なんて有るわけがない。で結局は、ブラウスとベスト、ギャザーの多いフレアスカートという組み合わせに落ち着いた。それにしても、今日のところはなんとかごまかせたとしても、服を着替えていくうちには、いずれは大きなお尻が目立っちゃうことになるんだろうな。
 正門を通り、大講堂の入口に近づいた時、一人の女性がわたしたちを追い越していった。その横顔をちらと見たわたしは、どこかで見たような顔だな、と思っていた。
 父兄席に腰かけたわたしから、早苗の姿はよく見えていた。そして、その斜め前の席にわたしたちを追い越していった女性の姿を発見した時、その娘のことを思い出した。数日前の市民公園。その芝生で、わたしは早苗にオシメをあてていた。その光景を目撃した娘こそ、彼女だった。更に、わたしは気づいた。入学式での新入生の席は学科ごとに指定されている。つまり、早苗のすぐ斜め前にいる彼女は、早苗と同じ英文科の新入生ということになる。早苗は、オシメをあてられるところを大学の同級生(その時には同級生だとは知らなかったんだけど)に目撃されちゃったわけだ。わたしは、内心ひやりとした。それでもわたしの心配とは裏腹に、早苗と彼女とは幸いなことにお互いに気づいていないように見えた。
 そのまま、式は何事もなく終了した。
 終了の言葉を待っていたように、早苗は席を立つと、慌ててわたしのところへやって来た。
「先輩、トイレはどこに在るの?」早苗が、囁くような声で尋ねてきた。
「出ちゃいそうなの?」わたしも、声をひそめて尋ねる。
「ううん…もう、出ちゃったの。早く取替えないと、お尻が気持わるくって」
「そうなの。じゃ、ついてらっしゃい」
 わたしも席を立ち、早苗をトイレへ案内した。いくつか在るトイレのうちでも、校舎のはずれに在る、なるべく人が行きそうにないトイレだった。他の人がいないことを確認すると、一緒に個室に入ってロックする。但し、オシメの交換は早苗が一人で行ない、わたしは手出しをせずにアドバイスするだけだった。講義が始まれば、わたしはいつまでも早苗についてはいられない。だから、今のうちに一人で交換できるようになってもらわなければ困るんだ。
 とはいっても、立ったままで自分のオシメを取替えるのは難しい作業だった。体をくねらせ、脚を上げている間に、早苗の手が偶然にロックを解除し、ドアを開けてしまった。ふと外を見ると、一人の娘が立っていた。これを偶然と言っていいのかどうか。入学式の時、早苗の斜め前に座っていた、例の娘だった。わたしたちを見た彼女はすぐにドアを外から押して閉めた。わたしも、すぐにロックをかける。彼女が走り去る足音がドア越しに聞こえた。
 なんとかオシメの交換を終えた早苗だったが、もうイヤだ、マンションに帰る、と言い出した。それをなんとかなだめ、その後の説明会が終わるのを、教室の外でわたしは待っていた。

   【四月一一日】
 わたしたちは一緒に大学まで行ったが、正門を通ってからの行先は違っていた。わたしは単位表を手にして、どの講義を受けるかを提出するために事務室に向かう。早苗は、今週は学内の案内等がメインだそうで、各学科ごとに指定された教室に向かった。
 いくつかの手続きを終えたわたしが学生食堂の喫茶コーナーで休憩しているところへ、早苗が誰かと一緒にやってきた。見ると、早苗と一緒にいるのは、例の娘だった。
「初めまして。田村明美といいます」彼女は、わたしに小さく会釈してきた。
「こちらこそ、初めまして。高木かおりです」わたしも挨拶を返す。
 何か話でもあるのだろう、と判断したわたしは席から立ち上がって、喫茶コーナーの奥の方へ移動した。そのあたりには人影も無く、話の内容を誰かに聞かれる心配もない。
「あのね、先輩」早苗が話し始めた。「今朝、田村さんに私の事情を話したの――実は、私は小さい時にかかった病気のせいで、オシッコをコントロールできないんだ、って。そのためにオシメを手離せないし、こちらでは事情を知ってる高校の先輩と同居して面倒をみてもらってる、って」
 わたしは一瞬、早苗の顔をまじまじと見た。よくも上手に嘘を思いついたものだ、と感心しちゃったんだ。病気のせいなら仕方ない、と誰でも納得しちゃうことだろう。
「そんな事情を聞いて、私は謝りました」田村明美が早苗の言葉を引き継いだ。「早苗さんがオシメを交換してる場面を二度見て、その度に、不潔なものでも見たような態度で逃げ出しちゃったんですから。私の態度で、早苗さんが恥ずかしい思いをしただろう、と思うとホント自分が情けなくなります。で、一緒にいらっしゃった先輩にも謝っておこうと考えて、ここに来たわけです。ごめんなさい」
「いいのよ、わかってもらえれば」早苗の嘘を信じこんでしまった明美の謝罪を聞きながら、わたしは後ろめたく思いつつも答えていた。
 明美が頭を下げている間、早苗は声を出さずにわたしに、どう?とでも言うように得意気な表情を浮かべていた。
「で、謝罪の意味もこめて、ですね」明美が頭を上げた。「学内では、早苗さんのオシメは私が面倒みることにしたいんですけど、いかがでしょうか? 一人で交換するのは大変な作業でしょうから、私がお手伝いしたいと思うんです」
 明美の言葉に、笑い顔だった早苗の表情が強張った。二人の間では、そんな話はしていなかったらしい。明美にすれば、早苗の先輩であり保護者であるわたしに直接話してみようと思っていたんだろう。わたしはしばらくの間考えこんだ。そして、答えた。
「……そうね。田村さんさえよければ、その提案を受けることにしましょうか」決心したように、わたしが言った。
「ちょっと待ってよ」わたしの言葉に割りこむように、早苗が声を出す。「明美さんの提案はありがたいけど、でも、本人の私は何も言ってないのよ。知りあったばかりの人にオシメの世話をやかせるなんて、明美さんにも気の毒だし、わたしも恥ずかしいじゃない」「私のことは気にしないで」明美が、諭すように早苗の顔を見る。「故郷には小さな妹がいて、その子の面倒をよく見てたんだから。オシメの交換も慣れてるから、心配しなくてもいいわ。私をお姉さんだと思えば、早苗さんの恥ずかしさも無くなっちゃうわよ」
「そうね、明美さんの言う通りだと思うわ」わたしは、明美の言葉を支持した。もとはといえば、明美に嘘の事情を説明した早苗が悪いんだ。その嘘にあたった罰だと思って、ここはおとなしく明美の提案を受け入れるべきだと思った。それに、わたし以外の人間にオシメを見られることで、早苗はオシメをあてていることが自然に思うようになるのではないか、という期待がわたしの心に有った。




 その日から、学内では明美さんが早苗のオシメを取替えてくれることになりました。ううん、学内だけじゃなくって、ショッピングとかコンパでも一緒にいる時にはたいがい明美さんが面倒みてくれてるみたいです。
 最初は嫌がっていた早苗だけど、何日か経つうちには、そんな状況に慣れてゆきました。本当に、明美さんのことがお姉さんみたいに思えてきたんでしょう。
 そして、早苗の心は再び赤ちゃん返りを始めたみたいです。マンションではわたしがママ、外では明美さんがお姉ちゃん、という役割に慣れてきたことで、早苗は赤ちゃんの役割だということが心の中に強く刷りこまれ始めたんでしょうね。それに、オシッコの世話という、最も他人に触れられたくないことを他人に依存する状況を正視することは非常に難しいことだと思います。だから、精神の平衡を保つために、自分を幼児だと思いこむ必要があるのかもしれません。
 但し、今度の赤ちゃん返りは、最初の時のように急激なものじゃありません。赤ちゃんがゆっくりと成人するように、静かに赤ちゃんへと返っているようです。

 さて、日記の日付を少し先に進めてみることにしましょう。




   【四月二七日】
 早苗は、新しい生活にもだいぶ慣れてきた様子。明美ともうまくやっているようで、まずは安心。
 ただ、昼間汚しちゃうオシメの枚数が増えてきたみたい。明美が面倒みてくれるのに甘えちゃって、トイレにまに合いそうな時でも、わざとオシメの中にオモラシしちゃってるじゃないかしら。マンションンに帰ってきてからのオモラシやオネショは仕方ないけど、学校ではもう少し気をつけるように注意しておこう。
「ただいまぁ」早苗が帰ってきた。バッグから濡れたオシメとオシメカバーを取り出して洗濯機に放りこむと、着ていた服やソックスをそこらに脱ぎ散らかして、バスルームにとびこんでいった。シャワーの音が聞こえてくる。
「もっと、ちゃんと脱がなくちゃダメじゃないの」と、わたしがバスルームのドア越しに怒ると、へへへ、ごめんね、という声が返ってきた。
 ほんとにもう、とブツブツ言いながら、早苗の着替えを用意する。心が少しずつ赤ちゃん返りをしている早苗にしてみれば、大学へ行ってる間、同じ年代の友人逹に交じって相応の行動をとらなければならないことは大きなプレッシャーになっているだろう。幼児が背伸びして大人として振る舞うようなものだもの。だから、部屋に居る間は思いきり赤ちゃんらしく振る舞えるように、着るものにも気をつけて、いかにも赤ちゃん赤ちゃんしたものを選ぶようにしてあげなくちゃ――そう思いながらベビー箪笥の中を見て、あることを思いついた。そろそろ、 NNの田宮さんに連絡を取ろう。そして、夏用のベビー服の新作があるかどうかを確認しておかなくちゃいけない。

   【四月二八日】
「ただいま」早苗の声と、ドアを開ける音が聞こえた。玄関に行くと、早苗と一緒に明美が立っていた。
「おじゃまします」明美が頭を下げた。
「まぁまぁ、ようこそ。いつも、早苗がお世話になっています」わたしも、頭を下げながら言った。
「明日はお休みだし、泊まりなさいよって連れて帰ってきたの」早苗が弾んだ声で言った。「いいでしょ、ママ?」
「そりゃ、別にかまわないわよ」ママ、という早苗のよび方に少し不思議そうな表情を浮かべる田村明美を無視して、わたしは答えた。それから明美に声をかける。「どうぞ、ゆっくりして下さいね」
 まずは汗を流しちゃいなさい、というわたしの言葉に従って、先に明美がバスルームへ入った。シャワーの音が聞こえてくると、早苗とわたしは相談を始めた。
「どうするの、あなたの秘密を彼女に知られちゃってもいいの? 彼女は、あなたのことを身障者みたいに思ってるから、いろいろ面倒みてくれるんでしょ。ほんとのことを知ったら、どう思うかしらね」と、わたし。
「あのね、明美ちゃんね、このごろ、オシメに興味がでてきたんじゃないかと思うの。私に時々尋ねてくることがあるのよ。『ね、オシメあててるのって、どんな気分?』とか。さりげないふうだけど、かなり興味あるみたいなの。だから、私が赤ちゃんの格好してるところを見せたらおもしろい反応するんじゃないかな、って思って連れてきたのよ」早苗が答える。ふーん、そうなんだぁ。
 早苗がバスルームへ入るのと入れ替わりに明美が出てきた。
 服を着終えた彼女を早苗の部屋へ案内してみた。その時の彼女の表情は、初めてこの部屋を見た時の早苗のそれにそっくりだった。
「お客様にこんなことさせてわるいんだけど、早苗がお風呂から出たら、あなたが服を着させてくれるかしら。オシメとカバーはこれ。服は、ここから適当に選んでみて」わたしはベビー箪笥の引出を、中に何が入っているか良く見えるように引いて言った。
 箪笥に入っている衣類が、デザインこそ赤ちゃん用になっているものの、サイズは大人に合わせて作られていることを確認した彼女は、しばらく黙ったままだった。横から見ると、彼女の顔はまっ赤に上気していた。

 アニメ柄のTシャツの上にロンパースを着た早苗の口におしゃぶりをくわえさせ、ベビー帽子の紐を結ぶ手つきは多少ぎこちなく思えるものの、オシメをあてる明美の手つきは慣れたものだった。そして早苗も、わたしに対するのと同じように、彼女を信頼し甘えるような仕草を見せていた。
「早苗のこと、どう思う?」わたしは明美に尋ねてみた。
「オシメのことは、最初から知っていたから、なんとも思いません。ただ、お家で、こんな生活をしているのには、正直言って驚きました」彼女は、考え考え、答えた。「でも、赤ちゃんの格好をした早苗さんを見てると、おかしい、っていうよりは可愛いいな、って感じの方が強いです」
「そう。そう言ってくれて嬉しいわ。早苗の本当の姿を知っておいてもらった方が、これから何かとお願いしやすいし」彼女の顔を正面から見ながら、わたしは言った。「それでね、明美さん。いつも早苗のオシメのお世話をしてもらってることだし、この際、オシメの感触をあなたにも体験してもらっておいた方がいいんじゃないかと思うんだけど、どうかしら?」
 わたしの言葉に、彼女は顔をまっ赤に染めて下を向いた。その態度が拒否のそれではなく、体験してみたいけど、それを認めるのが恥ずかしいためにどう答えればいいのかわからないためのものであることが、わたしに感じられた。こういう場合は、彼女に考える時間を与えずに強引に推すことだ。床に大きめのバスタオルを敷き、その上にオシメとオシメカバーを広げる。両方共、まだ早苗が使っていない新しいものだ。オシメカバーはレモン色の生地に何種類かの動物イラストが描かれ、裾にはレースのフリルが付いている可愛いいデザインのものを選んだ。
「さ、ジーンズと下着を脱いで、ここにお尻をのせてちょうだい」彼女に手招きしたが、まだ下を向いたままだ。そんな彼女に、早苗が声をかけた。「ね、明美ちゃん。私がオシメを嫌がったら怒るでしょ。だから、明美ちゃんも早くしなきゃ」
 早苗の言葉にしぶしぶ従った彼女のお尻にベビーパウダーをつけながら、その内腿から割れ目へと、パフで優しく愛撫していった。抵抗しようとする彼女の両手を早苗が抑え、ばたつかせる両足の上には、わたしの体が乗っていた。やがて抵抗をやめて、わたしたちのなすがままにされるようになった彼女の部分から、愛汁がししたり始めた。
 オシメをあてられた彼女の乳首を早苗が口にふくんで、舌で刺激し始めた。同時にわたしは、オシメカバーの上から彼女の部分を指で押し、こすり、つまむようにした。喘ぐような声を出す彼女の口におしゃぶりをくわえさせると、ちゅぱちゅぱと音をたてながら吸い始めた。かすかに開いた唇の端から、よだれがこぼれる。しばらくそうしていると、彼女は体を仰け反らせ、なんともいえない声をあげ、目を閉じた。
 一〇分ほど経った後だろうか、床に寝ていた彼女の目が開いた。わたしたちの顔を見ると、恥ずかしそうに横をむく。わたしは手鏡を、彼女が自分の顔を見られるような位置に差し出した。ばつわる気にこちらをむいたその唇から顎にかけて、よだれの跡が光っている。
「あらあら。オシメだけじゃなく、よだれかけも要るようね」わたしは、わざと驚いたような声をあげた。そして、黙ってうなだれる彼女の顔を下から真正面に覗きこんで言った。「この様子じゃ、オシメも濡れちゃってるんじゃないかな? オシメカバーを開けてみましょうね」
 わたしに抵抗するように伸ばしてきた彼女の手を、早苗が抑える。腰紐をほどき、ボタンを外してオシメカバーの前当てを開くと、白地に水玉模様のオシメが目に入る。濡れてはいなかったけど、一部分に大きな染みが見えた。したたった愛汁がつくったものだ。
「ほら、ね。オシッコじゃないけど、ずいぶん濡れちゃってるわ。気持わるいでしょ、新しいオシメと取替えてあげるわね」
「い、いいえ。もういいです。オシメの感触も体験したし、自分のショーツを穿きますから」
「でも。脱いだついでだから洗濯してあげようと思って、あなたの下着は洗濯機に入れちゃったわよ。ジーンズとトレーナーも」わたしがそう言うと、やっと自分が上半身裸になっていることに彼女は気づいたようだ。慌てて周囲を見回し、わたしの言ったことを確認する。

 いくら頑張っても、二人の力には抵抗しきれなかった。
 オシメを取替えられ、早苗とお揃いのロンパースとよだれかけ、ベビー帽子を着せられた頃には、彼女はすっかりおとなしくなっていた。おしゃぶりをくわえ、手にガラガラを持った格好で床に座りこんでいる。諦めの気持もあるだろうけど、このマンションに来ることで、無意識のうちにこういう事態を彼女自身が望んでいたんじゃないかしら。早苗のオシメを世話するのも、早苗に同情したからではなく、彼女自身が惹かれるものを感じたからじゃないだろうか。
 やがて、早苗と明美はベビースタイルで遊び始めた。互いに幼児語で話しかけ、積木やクッションを持ち、オシメで膨らんだお尻を振りながらハイハイする。その光景は、双子の赤ちゃんが遊びまわっているようだった。

   【四月二九日】
 朝、早苗の部屋に入ってみた。
 ベビーベッドには、二人の赤ちゃんが並んで眠っている。ひとりは早苗。もうひとりは、昨日わたしたちがムリヤリ赤ちゃんにしちゃた明美だった。二人で眠るには少し狭いかもしれないけど、サークルを立てておいたので、どちらも床には落ちていない。
 昨夜は遅くまで遊んでいたようで、目を覚ますのはまだ先のことだろう。オシメを取替えるのは、目を覚ましてからのことにしよう。
 自分の部屋の机に向かって、わたしは手紙を書き始めた。そろそろ夏用のベビー服を手配しておかなくちゃ、と思っていたところに赤ちゃんが増えちゃったんだもの。田宮さんに連絡を取って、注文を出さなきゃならないんだ。ざっとした近況報告を記した後に、会社を訪問してもよいかどうかの問い合わせを書いておいた。そうそう、このあいだ撮った早苗の写真も同封しておこう。田宮さんにはお世話になりながら、まだ一度も早苗の写真も見せたことがないんだから。
 書き終えた手紙を速達で出すために郵便局に行き、帰り道をゆっくりと歩いていた。その途中に在る産科の病院のガラス戸が開いて、大きなベビーバギーが出てくるのが見えた。普通のバギーと比べると、幅が倍ほどあるようだった。何かしら?と思ったんだけど、すれちがう時に中の赤ちゃんを見て納得した。そのバギーには二人の赤ちゃんが仲良く並んで乗ってたんだ。つまり、双子用の大きなバギーというわけだった。二人の赤ちゃんは同じような顔をし、お揃いのピンクのベビーワンピースを着ていた。
 わたしの赤ちゃんと同じね、と心の中で思うと、その赤ちゃんがますます可愛らしく思えた。バギーの赤ちゃんに小さく手を振って、わたしはマンションに向かう歩みを速めた。




 なんと、赤ちゃんが二人になっちゃいました。一人だけでも、洗濯なんて大変なのに。でも、もともと赤ちゃん好きのわたしとしては、あまり苦にしていません(立派な母親でしょ)。とにかく育児に頑張るだけです。二人とも可愛いいんだもの。
 さて、今度日記を発表する時には赤ちゃんが三人になってるんじゃないか、なんて声が聞こえてきそうです。それが本当かどうかお知らせするためにも、なるべく早いうちに続きを発表したいと思います。
 じゃ、今回はこのへんで。



前編へ 目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る 後編へ