誠と真琴




高木かおり

 それから何度か誠が綾野の手でおむつを取り替えられ、お腹が空くたびに母乳を与えられしているうちに、気がつくと夕方になっていた。
 かろやかな電子音が聞こえた。
 綾野は壁にかかったインターフォンの受話器を持ち上げた。インターフォンはどの部屋にも置いてあって、部屋どうしの会話や玄関のインターフォンと会話できるようになっている。点滅しているランプが、玄関のインターフォンからの呼び出しだということを示していた。
「あ、旦那様ですか? すみません、すぐにお出迎えにまいります。……え? ええ、よろしいのですか? はい、申し訳ありません」
 恐縮しきりに言ってお辞儀を繰り返していた綾野が受話器を戻して真奈美に告げた。
「旦那様のお帰りです。それで、あの、玄関にお出迎えに参りますと申し上げたのですが、まこちゃんのお相手で手が離せないだろうから出迎えはいいよとおっしゃって。玄関はご自分がお持ちの鍵で開けるからと」
「ああ、そうだったわ。綾野さんには言ってなかったわね。お昼の用意をしている間、うちの人に、まこちゃんがお目覚めよって電話で教えてあげたのよ。だから、会社も定時で終えて早く帰ってきたんだと思うわ。いつもだったらもっと遅くまでお仕事なのにね」
 綾野の報告を受けた真奈美は平然と応えた。
 綾野が言った「旦那様」という言葉、そして真奈美が口にした「うちの人」という呼び方を耳にして、ベビーサークルの中で動物のヌイグルミに囲まれて座っている誠の顔色が変わった。
「パパのお帰りですよ、まこちゃん。パパ、まこちゃんのためにお土産を持って帰るって言ってたけど、どんなお土産かしら。楽しみね、まこちゃん」
 体をこわばらせる誠に、真奈美は意味ありげに微笑みかけた。

 待つほどもなく、階段を上ってくる足音が聞こえ、廊下を歩く足音が近づいて来た。
 ドアが開いて、大柄な男性が部屋に入って来た。
「お帰りなさい、あなた」
「お帰りなさいませ、旦那様」
 真奈美は男性に笑顔を向け、綾野は恭しく頭を下げた。
「ただいま、真奈美。ただいま、綾野さん。ところで、まこは?」
 律儀に二人に返事をした男性の顔を目にするなり、誠の息が止まった。誠はその男性をよく知っていた。
 まこは?と訊いたその男性は、誠の友人であり部下でもある百地剛だった。
「ほら、あそこ。ベビーベッドの横にあるベビーサークルの中でヌイグルミと遊んでるでしょ」
 そう言って真奈美が誠の方を指さした。
 剛は体の向きを変えて、すっと目を細めた。
「やっとお目覚めだね、まこ。この日が来るのをパパも待っていたよ」
 大股でベビーサークル近づいた剛は、ロンパースのお尻を床にぺたっとつけた格好で座っている誠に向かって腰を折った。
 思わず誠は自由にならない両脚を踏ん張って後ずさった。が、じきにベビーサークルに背中が当たって、それ以上は退けなくなってしまう。
「どうしたんだい、まこ。パパだよ」
 腕を伸ばして誠の体を抱き上げようとする剛だが、誠はベビーサークルの中を逃げまわった。
「恥ずかしいのよ、まこちゃんは。だって、あなたがまこちゃんのパパになって初めてのご対面ですもの」
 取りなすように真奈美が言った。
「ああ、そうか。僕はずっと誠くんが真琴ちゃんに変わってゆくところを見ていたけど、誠くんはそうじゃなかったんだものな。じゃ、初対面の挨拶から始めようか。僕は誠くんの友達で、今度は真琴ちゃんのパパになる剛です。よろしくね、真琴ちゃん」
 おどけるように剛は言った。
「剛さんと私はいずれ正式に結婚することになっているのよ。でも、今でもこの家で一緒に暮らしているから実質的にはもう夫婦と同じだけどね。まこちゃんもママだけじゃ寂しいでしょう? だから、こんな素敵な剛さんにパパになってもらうことにしたの。よかったね、まこちゃん」
 そう言って真奈美は剛のそばに寄り添った。
 誠が嫉妬に満ちた目で二人の後ろ姿を見つめたあの日。けれど、あの日は、嫉妬にかられながらも、まさか二人が本当に一緒になるなんて思ってもみなかった。自分の妻と友人とが、まさか結ばれるだなんて。それも、今度は、すっかり幼女に変身させられた誠のパパとママになるだなんて。いや、真奈美と剛だけではない。あんなに愛し合った筈の綾野が、今は誠のベビーシッターであり乳母でさえあるのだ。
「さて、挨拶も済んだし、どうやったら仲良しになれるかなぁ」
 剛は顎先を指でとんとんと叩きながら少し考えこむような表情になったが、ずぐに目を輝かせてこう言った。
「よし、一緒にお風呂に入ろう。パパがまこの体を綺麗にしてあげる。そうしたら仲良しになってくれるかい?」
「あら、いいわね。じゃ、ママも一緒に入ろうかしら。パパが早く帰ってくるのはわかっていたから、もうお風呂の用意はできているし」
 剛の言葉に、真奈美が浮き浮きした顔で頷いた。
「いいね。三人でお風呂にしよう」
 相好を崩した剛はそう言って誠の体を抱き寄せた。
 力の入らない腕を振りまわし、満足に立ち上がることもできない脚を突っ張って、誠は抵抗した。
 剛の顔が険しくなった。
「どうしてそんなに聞き分けがないんだ、まこは。そんな悪い子にはお仕置きだよ」
 わざとのような威厳に満ちた声で言って、剛は抵抗する誠の体を強引に抱き寄せた。
 お仕置きと聞いて、誠の体がびくんと震えた。
「僕が体を支えているから、綾野さん、まこのおむつを外しちゃってくれるかな」
 誠が暴れないよう逞しい腕を誠の体に巻きつけて剛が言った。
「承知しました、旦那様」
 剛に言われるまま、綾野は誠のロンパースのスカートをたくし上げて股間のボタンを外し、おむつカバーのマジックテープを剥がしてしまった。誠の股間を包みこんでいた布おむつが床に滑り落ちて、無毛の下腹部が剥き出しになる。
 剛が右手を振り上げた。
 真奈美がぶった時とは比べものにならない、ばしんっ!という激しい音が響き渡った。続いてもういちど。更にもういちど。
 みるみる、誠のお尻が真っ赤になってゆく。
「ゆるちて。もうゆるちて……」
 涙が溢れ出さないのが不思議なくらいの顔つきで誠は許しを乞うた。
「いい子になるかい?」
 誠の目をじっと見つめて剛が言った。
「……」
 誠は無言でのろのろと頷いた。
「黙ってちゃわからないでしょ? ママにぶたれた時みたいに、ちゃんとパパにごめんなさいしなきゃ。そうやってママのことをママって呼べるようになったし、綾野さんのことを綾野おねえちゃまって呼べるようになったんでしょ?」
 諭すような真奈美の声は剛の耳にも届いた。「おねえちゃま――綾野さんのこと、おねえちゃまって呼んでいるのかい?」
 剛は真奈美に聞き返した。
「ええ、そうよ。だって、他に呼びようがなかったから」
「ふぅん。いい呼び方じゃないか。じゃ、僕のことも、パパじゃなくて、おとうちゃまって呼んでもらおうかな。ほら、なんとなく可愛らしい感じだろ?」
 剛は真奈美に同意を求めた。
「確かにそうね。じゃ、私はおかあちゃまか。うん、女の子らしい可愛らしい響きだわ。そうしましょ」
 真奈美は剛に頷き返すと、誠の方に向き直って言った。
「ごめんなさい、おとうちゃま。言えるわね、まこちゃん」
 けれど誠は口をつぐんだままだ。
 剛はわざとらしく大きく右手を振り上げた。それを見た誠が怯えた顔で小さく言った。
「ご……ごめんなたい……おとうちゃま」
「はい、よくできました。ついでだから、おかあちゃまにもごめんなさいしておこうか」
 振り上げた右手で誠の頭を撫でながら剛は優しく言った。
「……ごめんなたい、おかあちゃま」
 誠は真奈美の顔を見ずに言った。
「うふふ、よくできました。やっぱり、おとうちゃまに叱ってもらった方が聞き分けが良くなるみたいね。今度からまこちゃんが何かおいたをしたら、おとうちゃまに叱っていただきましょうね」
 くっくっくっと忍び笑いを洩らして真奈美は言った。幼女に変身させた誠の屈服感に溢れた表情が面白くてたまらないといった様子がありありだ。
「じゃ、お風呂にしようね」
 今度こそ剛は誠の体を抱き上げた。横抱きにするのではなく、右手の二の腕で誠のお尻を持ち上げ、左手で背中を支える、街中で幼児を抱いて歩く父親がそうしているのをよく見かける抱き方だった。そのままドアの方に歩きかけた剛だが、急に何かを思い出したように立ち止まって綾野に言った。
「あ、そうだ。綾野さん、ブリーフケースを開けてみてくれないかな。まこのお土産が入っているんだ」
「はい、旦那様」
 剛が持ち帰ったブリーフケースのファスナーを綾野は引き開けた。
 たくさんの書類と一緒に、見覚えのある模様の紙包みがあった。サクラの包装紙だった。
「ああ、それだ。開けてみて」
 綾野が差し出した紙包みを見て剛は頷いた。
 言われるまま綾野が包みを解いてみると、鮮やかな黄色の生地でできたサンドレスとブルマーが出てきた。
「まこが目を覚ましたって聞いたから、できたばかりのサンプルを早速持って帰ってきたんだ。見て、どう思う?」
 剛に言われて、綾野はあらためてサンドレスを広げてみた。胸元からお腹のあたりにかけて大きなヒマワリのアップリケをあしらった、これからの季節にぴったりの柄だった。スカートの部分がふんわり広がっていて、上は幅の広いリボンのような紐を首の後ろで結わえて留めるようになっていた。背中がかなり剥き出しになりそうだったが、それが幼児にはお似合いのデザインだろうということは一目でわかった。それに、パイル生地だから汗も吸いやすそうだ。ブルマーもドレスと同じ生地でできていて、お尻の方には上下に三段の飾りレースがあしらってある。股間の部分はロンパースと同じようにボタンになっていて、ブルマーを脱がせなくてもおむつの交換ができるようになっているのがわかる。
「可愛いですね。それに、生地も小っちゃな子のお肌に優しそうです」
 一通り眺めてから綾野は言った。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。なにせ、サンプルの第一号だからね。それと、そのサンドレスとブルマー、パジャマの代わりにもなるんだよ。着せたり脱がせたりしやすいようにドレスとブルマーは別々になっているけど、ほら、ドレスの内側とブルマーの腰のところにプラスチックのスナップが付いてるだろ、それを合わせると、今まこが着ているロンパースみたいになるんだ。こうすればお腹を冷やすことがないからね。お風呂あがりにはそれを着せてみたいから用意しておいてくれるかい」
 剛は熱心に説明して、綾野がスナップのあたりを納得したように眺めているのを確認すると、満足げに頷いて再び歩き出した。

 ロンパースのボタンが外れたままだから、誠の下半身は丸見えだった。剛が大股で歩くたびに、剛の腕に支えられたお尻よりも少しだけおヘソに近いところで、小さなペニスが力なく揺れていた。階段をおりる時は、剛の腕に抱かれた高さから見おろす階下が随分と下の方に見え、その高さに怯えて、思わず剛の腕をきゅっと握ってしまった。真奈美がその様子を見逃す筈がない。
「あらあら、急におとうちゃまと仲良くなっちゃって。おかあちゃま、ちょっと妬けちゃうわ」
 ひやかすみたいな真奈美の声が後ろから飛んで来る。
 階段をおりて一階の廊下を突き当たった所にバスルームがある。
 ドアを開けると、まず脱衣場になっている。剛は誠を脱衣場の床に立たせると、つき従ってきた綾野が誠の体を支えるのを確認してワイシャツのボタンを外し始めた。脱衣場の少し奥の所では真奈美がサマーセーターをさっさと脱いでいる。綾野も手早く誠のロンパースの肩紐を外し、ソックスを脱がせて、髪を結わえているカラーゴムを外した。おむつは上の部屋で外してしまっていたから、もうこれで誠は丸裸だ。
「ほら、おいで」
 こちらも一糸まとわぬ姿になった剛が、綾野の目を気にする方もなく誠の方を振り返って手を差し出した。
 綾野が剛の方に向かって背中を軽く押すと、誠は倒れまいとして反射的に両手を伸ばした。それを剛が受け止めて曇りガラスの引き戸に向かって歩き出す。

 プラスチックでできた浴室用の椅子に座った剛が誠の体を抱き上げて自分の膝の上に座らせた。そこへ、シャンプーハットを持った真奈美が近づいてくる。
「頭からきれいきれいしましょうね。お目々にシャンプーが入るといけないからこれを被って」
 真奈美は誠の髪を掻き上げるようにしてシャンプーハットを頭に被せた。
「いいわね?」
 真奈美の声と一緒にシャワーの湯が飛び出した。
 ぬるめに調整したシャワーの湯でまんべんなく髪を濡らしてから、シャンプーを掌に受けて誠の頭を洗い始める。真っ白の泡が誠の頭を覆ってしまうのに、さして時間はかからなかった。時おりシャンプーハットの隙間からシャンプーの泡が下に垂れて誠の目に入ってしまう。そのたびに誠は顔をしかめて真奈美の手から逃げようとするのだが、誠を膝に載せた剛の手によって元の姿勢に引き戻されてしまう。
 頭の泡をシャワーの湯で綺麗に洗い流した真奈美は、今度は真琴の体中にシャワーを浴びせた。それから、柔らかいスポンジにボディソープをたっぷりしみこませて誠の体にこすりつけてゆく。みるみるうちに、誠の丸っこい体がボディソープの泡で包みこまれる。
 首筋から背中、腰から両脚まで丹念にスポンジで洗っていた真奈美の手が不意に誠の股間に伸びた。誠はびくんと体を震わせて体を退こうとした。けれど、剛の手でがっしり押さえこまれて身動きが取れない。それを見て取った真奈美は、今度こそ妖しげな手つきで誠の股間を弄び始めた。柔らかいスポンジで誠の小さなペニスを包みこむようにして軽く捻ってみたり左右に滑らせてみたり。
「やめて。やめて、おかあちゃま」
 誠は喘ぎ声をあげた。
「あら、どうしたの? おかあちゃまはまこちゃんの大切なところを綺麗にしてあげてるだけなのに」
 しれっとした顔で真奈美は言った。
「やめて。へんだよ、へんなきぶんになっちゃうよ」
 誠は体をのけぞらせた。
 誠のペニスは勃起することも射精することもできないように作り変えられてしまっている。前立腺と精嚢は摘出され、海綿体も削り取られて、生まれたばかりの赤ん坊同じ大きさに作り変えられてしまっている。しかし、神経まで麻痺しているわけではない。ペニスの先の一番敏感なところは敏感なままだし、ペニス全体に刺激を受ければ、それなりに感じてしまう。友人だった剛の膝に載せられ、妻だった真奈美の手で小さなペニスを弄ばれる中で感じる股間の疼くような感覚は、快感というよりは、むしろ惨めな屈辱感だった。
 けれど、体というのは正直なものだ。胸の中ではその疼きは屈辱感しか呼びおこさないのに、体の方はその疼きに息を荒げて快楽にのたうちまわっている。誠の顔が上気して赤くなり、呼吸が荒くなってきた。
「おやおや。やめてとか言いながら、まこの顔は随分と嬉しそうじゃないか。そうか、まこはここを弄ってもらうのが大好きなんだね」
 真っ赤になった誠の耳にふっと息をふきかけて、今度は剛の手が誠の股間に伸びた。
 剛の大きな掌が誠のペニスを覆い隠して、ゆっくりゆっくり握ったり離したりを繰り返した。
「やめて。やめてったら、おねがいだから、おとうちゃま」
 泣き出しそうな誠の声だった。
「せっかくだから続けてあげるよ。だって、まこ、これが好きなんだろう?」
 剛の手は尚も誠のペニスを揉みしだく。
「やだ、ほんとにやめて。やめてったら、おとうちゃま」
 誠の声に焦りの色が満ちてきた。
 その変化を剛は聞き逃さなかった。
「どうしたのかな? まこは何か困ったことになったのかい?」
 剛は誠の耳に口を寄せて囁いた。
「おちっこ。おちっこがでちゃう。だから、もうやめて」
 誠は恥も外聞もなく剛に懇願した。
「そうか、まこはおしっこだったのか。いいよ、じゃ、おとうちゃまがおしっこさせてあげようね」
 誠の言葉に剛はそう応えると、誠のお尻から太腿のあたりを掌で支えるようにして抱え上げ、体が後ろに倒れないよう、誠の背中に自分の厚い胸板を押し当てた。
「赤ちゃんはね、こんなふうに抱っこされておしっこするんだよ」
 剛はバスルームの壁に填め込みになっている鏡に向かった。
 微かに湯気で曇った大きな鏡に、剛の逞しい腕に抱き上げられた泡だらけの誠の姿が映った。お尻をぐいっと持ち上げられているから股間のあたりがまともに鏡に映っているのだが、小さなペニスは泡に隠れて見えない。
「よかったわね、おとうちゃまに抱っこしてもらっておしっこだなんて。さ、おしっこしちゃおうね」
 言うと同時に、とどめを刺すみたいに真奈美が誠のペニスの先を揉んだ。
「あ、あ……でちゃう、おちっこ、でちゃう」
 誠はぎゅっと目を閉じた。
 ペニスの先から、ぽたぽたとおしっこの雫が落ち始めた。
 それを目にした剛が冷たい声で言った。
「惨めなものだな、誠くん。かつての女房とかつての友人に赤ん坊扱いされる気分はどんなだい? ペニスを可愛がってもらっても精液の代わりにおしっこをお洩らしすることしかできない気分はどんなだい? かつての部下に抱っこされておしっこする気分はどんなだい? 惨めだろう? 悔しいだろう? でも、僕はもっと悔しい目に遭ってきたんだよ」
 それまで『まこ』と呼んでいたのが、この時は『誠くん』だった。
「広告代理店に就職が決まっていた僕に、誠くんはサクラへの入社を盛んに勧めてくれたよね。僕の才能に目をつけてくれたのは感謝するけど、でも、説得の方法があまりに露骨すぎたとは思わないかい? 僕の生家の事業が不調なのを知って親父にサクラからの融資話を持ちかけて親父に僕を説得させるなんて、いくらなんでも汚いやり方だったよね? もっとも、それに負けて結局はサクラに入社した僕も偉そうなことは言えないかもしれないけどさ。だけど、一緒に広告代理店への就職を決めていた彼女には振られるし、サクラの中じゃ誠くんのことを常務と呼んで頭を下げなきゃいけない上、事情を知らないまわりの連中からは、コネで入社した能無しとでも言わんばかりの冷たい目で見られるし。それがどんなに悔しいことか、誠くんにわからないだろう?」
 冷たくそう言った剛だが、不意に声が変化した。勝ち誇ったような、自信に満ちた声だった。
「でま、ま、いいや。誠くんがサクラに誘ってくれたおかげで真奈美と知り合うことができたんだものな。そうだよ、サクラに入社したからこそ、こうやって素晴らしい家族を持つことができたんだからな。こんなに美人で才能溢れる妻と、こんなに可愛い娘を手に入れることができたんだから。誠くん――真琴ちゃん、そう、まこのおかげだよ」
 誠のペニスから溢れ出るおしっこは、最初こそ雫だったのが、今は、ちょろちょろした一筋の条になっていた。けれど、そのペニスは泡に隠れたままだから、股間から直接おしっこが溢れ出ているように見える。それは、シャンプーハットを被った泡まみれの体を父親に優しく抱っこされておしっこをさせてもらっている幼い女の子の姿だった。
 とうとう屈辱に耐えきれなくなったのか、誠の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。




 剛が腰にタオルを巻き、真奈美が胸から下をバスタオルで覆い、誠が丸裸で脱衣場に戻ってくると、脱衣篭には綾野が用意した着替えが入っていた。剛のためには夏用のシルクのパジャマと、真奈美のためにはベビードールタイプのネグリジェ。そして綾野が誠のために用意していたのは、剛が会社から持って帰ってきたサンドレスとブルマー、それに、水玉模様の布おむつと、クリーム色の生地に小さなキャンディーの柄がたくさんプリントしてあるおむつカバーだった。
「あ、トレーニングパンツでいいわよ、綾野さん。まこちゃん、お風呂場でおとうちゃまにおしっこさせてもらったから、一時間くらいは大丈夫だと思うわ」
 脱衣場の床に大きなバスタオルを敷き、その上におむつとおむつカバーを広げていた綾野に真奈美は言った。
「あら、そうだったんですか。なら、トレーニングパンツにしておきます。お風呂あがりですぐにおむつだと可哀想ですものね」
 広げかけたおむつの代わりに藤製のバスケットからトレーニングパンツをつかみ上げて綾野は応えた。
「そうね。もう夏だから、いつもいつもおむつだとおむつかぶれになっちゃうかもしれないしね。お洩らしまこちゃんでも、そうそうは粗相しないでしょう」
 綾野がバスケットからつかみ上げた黄色のトレーニングパンツに目をやって真奈美は言った。
「じゃ、まこちゃんはおねえちゃまがちゃんとしてあげましょうね。おとうちゃまとおかあちゃまがお着替えの間に」
 綾野は、剛の手につかまって立っている誠の手を引っ張った。
「ほら、おねえちゃまの肩につかまって」
 綾野は誠の両手を自分の肩に置かせると、トレーニングパンツを穿かせるために誠の左足をそっと持ち上げた。次に、同じようにして右足。それから、トレーニングパンツのウエストのあたりを持ってさっと引き上げた。トレーニングパンツのウエストのゴムはおヘソのすぐ下あたりでしっかり留まっている。裾ゴムが誠のむっちりした太腿を締めつけているのが、どこか倒錯的なエロチシズムを感じさせる。パッドが入ったトレーニングパンツの股間のあたりは少しもこもこした感じだが、おむつの時と同じように、ペニスの存在はちっともわからない。
 トレーニングパンツを穿かせてから、綾野は、ヒマワリのアップリケが可愛いサンドレスを誠の頭からすっぽり被せて裾を軽く引っ張った。サンドレスがずり落ちてしまわないよう誠の胸に押し当てた掌に、僅かに膨れた誠の乳房の柔らかな感触が伝わってきた。なぜとはなしに笑みを浮かべて、綾野はドレスの肩から伸びている太いリボンになった左右の紐を誠の首の後ろできゅっと結わえた。
 鮮やかなイエローのサンドレスに、それよりも少し淡い黄色のトレーニングパンツの組み合わせは、誠の姿をますます幼女めいてみせた。
「あら、可愛いこと。いいわね、それだったらブルマーは要らないんじゃないかしら」
 とっくにネグリジェに着替え終えた真奈美が誠の姿をじっくり眺めて言った。
「そうですね。この季節は、なるべく薄着の方が気持ちいいでしょうから」
 綾野も頷いてブルマーをバスケットに戻すと、エプロンのポケットから櫛を取り出して誠の髪を整え始めた。髪型はお風呂に入るまでのと同じだが、ツインテールを結わえるカラーゴムを、今度は、サンドレスのアップリケとお揃いのヒマワリの花びらのボンボンが付いたものに変える。
「もういいかな」
 綾野の手が止まるのを待って、剛が誠の体を抱き上げた。

 いつものダイニングルームではなく、座卓があるリビングルームで夕食をとることになった。椅子ではなく床に直に座る方が誠の世話をしやすいだろうと剛が提案したからだ。
 ガラス製の座卓の上に、綾野は手早く枝豆の皿とビールを並べた。ビールのグラスは剛の分と真奈美の分の二つ。
「今日くらい遠慮しないで綾野さんも飲めばいいのに。まこちゃんが目を覚ました記念の日なんだから」
 剛のグラスにビールを注ぎながら、誠の前では一度も着たことのないようなセクシーなネグリジェに身を包んだ真奈美が綾野に言った。
「いえ、遠慮させていただきます。ビールのアルコールがおっぱいに混じってまこちゃんの体に入っちゃいけませんから」
 恐縮ぎみに綾野は応えた。
「なるほど、確かにそうかもしれないね。じゃ、わるいけど、僕たちだけで飲ませてもらうよ」
 胡座を組んだ膝の上に誠の体を載せた剛が、乾杯というようにグラスを高く差し上げてから一気にビールを飲み干した。
 それを誠が物欲しそうな目で見ている。誠もアルコールが嫌いなわけではない。特に夏の夕方のビールには目がない。こんな体にされても、それは変わらない。
「だめよ、まこちゃんは。ビールは大人にならなきゃ飲めないの。でも、お風呂あがりだもの、何か飲みたいわよね」
 剛がグラスを持ち上げるたびにそれを目で追っている誠に向かって真奈美は話しかけ、綾野の方に向き直って言った。
「まこちゃんに何か飲み物、そうね、湯冷ましを持ってきてあげて」
「承知しました、奥様」
 膝の上に誠を抱いた剛と真奈美がビールを飲んでいるのをどことなく手持ち無沙汰に見ていた綾野はさっと立ち上がった。
 しばらくしてキッチンから戻ってきた綾野は、ほのぬるい湯冷ましを入れた哺乳壜を持っていた。
「おとうちゃまとおかあちゃまだけビールじゃ可哀想だものな、まこにはおとうちゃまが飲ませてあげよう」
 綾野が手渡す哺乳壜を受け取って、剛が誠の体を膝の上で横抱きにした。
「あ、お待ちください、旦那様」
 哺乳壜の乳首を誠の口に押し当てようとする剛を止めて綾野が言った。
「ん? どうかしたの?」
 剛は綾野に訊いた。
「はい、せっかく旦那様が持って帰ってこられたサンドレスが濡れてしまうといけません。まこちゃん、おっぱいの時はずっとこれですから」
 綾野は説明するように言うと、授乳の時には決まって誠の胸元を覆っているよだれかけの紐を誠の首の後ろ、サンドレスの紐の結び目のすぐ後ろで手早く結わえた。それから、サンドレスを覆うようにしてよだれかけを広げ、背中の半ほどでもう一組の紐を結わえる。
「お待たせしました、それでよろしいです」
 確認するように誠の体を正面から眺めてから綾野は剛に言った。
「そうか、まこはまだおっぱいも上手に飲めない赤ちゃんだったんだね。うっかりして、せっかくのドレスを濡らしちゃうところだったよ」
 わざと大きく頷いて、剛はあらためて哺乳壜の乳首を誠の唇に押し当てた。
 それを、誠が自由にならない右手をそれでもかろうじて動かして振り払った。剛に対する誠のささやかな抵抗だった。おそらく、無意識のうちにそうしてしまったのだろう。
「悪い子だね、まこは。またお仕置きだね」
 哺乳壜をテーブルに置いて剛はゆっくり言った。
 剛の大きな掌で思いきりお尻を叩かれた時の痛みを思い出した誠の頬がぴくっと震えた。
「お待ちください、旦那様」
 誠のトレーニングパンツを脱がせ始めた剛の手を綾野が押しとどめた。
「どうしたんだい、綾野さん」
 右手の動きを止めて剛が尋ねた。
「お仕置きも必要ですけれど、いつもいつもお仕置きばかりだと、おどおどした子になってしまいます。今回のことは、おいたをできないようにするということで許してあげてはいかがでしょうか」
「おいたをできないようにする? どうやって?」
「はい、これです。これを着けてあげれば、おいたもできなくなるかと思います」
 綾野が剛の目の前に差し出したのは一組のミトンだった。ミトンというのは手袋の一種で、五本の指が自由に動かせるようになっている大人用の手袋とは違って、指から掌をすっぽり覆い包む袋のようになっている。本来は赤ん坊が無意識のうちに自分の顔などを掻きむしるのを防ぐための手袋だが、これを着ければ、確かに悪戯も防ぐことができる。綾野が差し出したミトンは右手の手袋と左の手袋があまり長くない毛糸で繋がっているから、両手が自由がかなり制限されて、なおさら悪戯を防ぐ効果が高い。
「いいだろう。じゃ、早速そのミトンを着けてやってくれるかな」
 剛はうんと頷いた。
 逃げ出そうとする誠を剛が膝の上で押さえつけている間に綾野がミトンを着けてしまった。あまり長くない毛糸で繋がった左右のミトンのため、誠の両手は胸のすぐ前のところから殆ど動かせなくなる。
 あらためて剛は誠の口に哺乳壜の乳首をふくませた。普通の哺乳壜は赤ん坊が吸わなければ飲み物が出てこない。けれど、この哺乳壜の乳首には細工がしてあった。本来は小さな乳首の先の切り込みをわざと大きくしてあるのだ。そのせいで、哺乳壜を斜めに向けただけで、中の湯冷ましが勝手に誠の口の中に流れこむようになっている。
 最初の頃こそそうでもなかったが、時間が経つにつれて誠の口の中が湯冷ましでいっぱいになって、とうとう唇の端から頬へ溢れ出す。
 溢れ出した湯冷ましは誠の顎先を伝って、綾野が誠の首筋に巻き付けたよだれかけを一雫二雫と濡らし始めた。
「おやおや、本当にまこはまだ哺乳壜もちゃんと吸えないんだね。いつになったら上手になるのかな」
 それ以上よだれかけを濡らしてしまわないよう哺乳壜を上向きにして、剛はわざと驚いたように言った。
「旦那様、まこちゃんをこちらにお預かりいたします。哺乳壜よりはおっぱいの方が少しでも上手に飲めるかもしれませんから、お二人がビールを召し上がっている間、まこちゃんにはおっぱいをあげることにいたします」
 エプロンを脱いでブラウスの胸元をはだけた綾野は、顎先に透明な雫を一つ付けた誠の体を剛から受け取って授乳ブラのパッドを外した。

 誠の表情が変わったのは、剛が二本目のビールを空にした頃だった。
「おちっこ。おちっこだから、といれへ」
 綾野の乳房から顔を離した誠がたどたどしい早口で言った。
「あらあら、大変だこと。今はおむつじゃないから、早いとこトイレにしなきゃね」
 手にしていたグラスをテーブル戻して真奈美が立ち上がった。
「えらいわね、まこちゃん。ちゃんとおしっこを教えてくれて。すぐにまこちゃんのトイレを持って来てあげますからね」
 誠には真奈美の言葉の意味がわからなかった。トイレを『持って来る』というのはどういうことなんだろう。
 が、その疑問は、真奈美が手にして戻ってきた物を目にした瞬間に氷解した。真奈美が持ってきたのはアヒルの形をした白いオマルだった。
「ほら、おかあちゃまがまこちゃんのトイレを持って来てくださいましたよ。さ、おしっこしましょうね」
 綾野は誠をリビングルームの床に立たせてトレーニングパンツを脱がせようとした。
「やだ、といれへいくの。といれへいくんだったら」
 駄々をこねる幼児さながらに誠は何度も首を振った。ひどい羞恥のために顔は真っ赤だ。
「だって、これがまこちゃんのトイレなのよ。だから、ほら、お洩らししちゃう前にちゃんとトイレでおしっこしようね」
 あやすように真奈美が言った。
「やだ。といれなの、といれなの。おまるは、やなんだから」
 あまりに切羽詰まってきたのか、言葉使いさえ幼児めいた喋り方になってきた誠だった。
「といれへいくの。おまる、といれじゃないんだもん」
「駄目よ、まこちゃんのトイレはこれなの」
 厳しい口調で言うと、真奈美は、トレーニングパンツを穿いたままの誠の両脚の間にオマルを滑らせた。
「だって、といれだもん。おまるじゃないもん」
 今にもしゃくりあげそうな声で誠は繰り返した。
「いいわ。そんなに聞き分けのない子はいつまでもそうしてなさい」
 誠をオマルに座らせるでもなく、トレーニングパンツを脱がせるわけでもなく、真奈美は誠の体をその場から動けないように両肩を押さえつけた。
「といれなの、といれなの、おまるじゃないの」
 何度も繰り返す誠の体がぶるっと震えた。
 誠は絶望的な目で真奈美の顔を見上げた。
 剛も座卓の前から立ち上がって誠のそばに立った。
 大柄な三人に見おろされてその場に立ちすくむ誠のトレーニングパンツの股間から雫が一つオマルの中に落ちて行った。パッドでは吸収できなくなってトレーニングパンツの生地の外側に沁み出した誠のおしっこだった。
 静まり返ったリビングルームの中を、ぴちゃんという水音が波紋になって広がった。少し間を置いて、また一雫。そして、すぐにまた一雫。
「といれなの。おまるじゃないの。おまるはやなの。といれがいいの……」
 トレーニングパンツをおしっこで濡らしてしまい、トレーニングパンツでは吸い取ることができなくなったおしっこをとめどなくオマルの中に滴らせ続けながら、誠は泣き声で繰り返した。



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