暖かな日差しの中で



   7 おままごと(1)


 摩耶に足首をつかまれ、真澄に肩を押さえつけられても、早苗は体をのけぞらせておむつからお尻を上げ、その場から逃れようとして抵抗を続けた。
 しかし、摩耶がポケットから取り出した携帯電話の画面を見せつけられ、
「いい子にしていられないなら、お母さんとお父さんに連絡しなきゃいけないわね。早苗ちゃん、おもらしが治らないのにおむつを嫌がって駄々をこねるから注意してやって欲しいって連絡して、うんと叱ってもらわないとね。でも、文章だけじゃ事情がわかりにくいから、連絡のメールにはこういう写真も添付しておかないといけないわよね」
と告げられると、その抵抗も虚しく潰えてしまう。
 摩耶がボタンを押すたびに、携帯電話の画面には、京子の胸に顔を埋めた早苗のショーツからおしっこの雫が滴り落ちている場面や、まばらな恥毛しか生えていない早苗の下腹部を遥香がお尻拭きで拭き清めている場面や、おしっこで濡らしたドロワースを脱がされた早苗が紙おむつをあらわにした場面といった、恥辱に満ちたシーンが次々に表示された。
「ど、どうしてこんな写真が……」
 浅い呼吸を何度も繰り返しながら、早苗は蚊の鳴くような声で呻いた。
 それに対して
「よく撮れているでしょ? 新しいケータイはカメラの性能も良くなってて、撮った私がびっくりしちゃった。ズームもよく利くし、色も綺麗だし」
と真澄が応じ、恨みがましい目をする早苗に向かって軽くウィンクしてから、続けて言った。
「そんなに怖い顔しないでよ。最初は、新しいお友達もできて早苗ちゃんはこんなに元気にしてますよってことを伯母さんに連絡するのに役立ちそうな写真をお願いねって母さんに言われて撮ってたんだから。でも、やっぱり、おもらしのこともきちんと伝えておいた方がいいよねってことになって、それに要りそうな写真も撮ることにしたの。早苗ちゃんのためを思ってのことなんだから、そんな怖い顔しちゃ駄目だよ」
「時差があるから電話じゃ迷惑だけど、メールならいいわよね。それに、早苗ちゃんの体調が気がかりだから少しでも早く知らせてあげたいし。さ、それじゃ、真澄が撮ってくれた写真を添付して――」
 真澄の言葉が終わるのを待って、早苗の足首を左手でつかんだまま、摩耶が右手で携帯電話のキーを押し始めた。
「ま、待って。……両親には……お願いだから、それだけは……」
 今朝と同様だった。両親に連絡すると告げられた早苗には、抵抗を諦め、摩耶のなすがままに身をまかせるしか他にできることはない。
「や……」
 浅い呼吸を何度も繰り返した後、僅かに浮かしていたお尻をおむつの上にそっとおろした早苗は、あえかな呻き声を漏らした。
「そう、それでいいのよ。私だって、外国にいる姉さんたちの手を煩わせるのは忍びないのよ。ただ、早苗ちゃんの体が心配なだけなの。だから、早苗ちゃんがおとなしくしていてくれるならそれでいいのよ」
 写真が表示されている液晶画面をもういちど見せてから摩耶は携帯電話をポケットにしまい、左手でつかんだまましいていた早苗の足首を高々と差し上げると、『T』の字の形に組み合わせて敷いた布おむつの股あてを、早苗の両脚の間を通しておヘソのすぐ下まで引き上げた。
「ん……」
 両脚の腿におむつが触れ、熱い吐息が早苗の口を衝いて出る。
「それにしても、私が赤ちゃんだった時のおむつなんて、よく残っていたのね」
 もう早苗には抵抗する気力は残っていないようだと判断した真澄が摩耶の傍らに移動し、早苗の下腹部を水玉模様のおむつで包む摩耶の手元をじっとみつめて感心したように言った。
「私の母さんが縫ってくれたおむつなのよ。真澄が生まれるずっと前から紙おむつが普及していて布おむつなんてあまり使わなくなっていたのに、姉さんのところに早苗ちゃんができた時も、うちに真澄ができた時も、母さんたら、おむつ用の反物を買ってきて、せっせと手縫いしてくれたのよ。布おむつを準備するにしたって、仕立て上がりのも売ってたし、わざわざ反物から縫わなくてもいいのに、それが母さんなりの孫への愛情表現だったんでしょうね。そう思うと捨てるに捨てられなくてね、真澄が使わなくなった後、御近所に赤ちゃんができたら譲ってあげようかなとも思ったんだけど、なかなか機会がなくて、それで、しまったままになっていたのよ。まさか、それがこんな形で役に立つなんて思ってもみなかったわ」
 摩耶は早苗の足を床におろし、膝を『へ』の字の形に曲げた状態で軽く両脚を開かせ、早苗のおヘソのすぐ下に左手を添えて股あてのおむつの端を押さえて、お尻の左右に広がった横あてのおむつの端を持ち上げた。
「おばあちゃん、喜んでくれるよね。私のために縫ってくれたおむつをお母さんが大事に取っていてくれて、それを今度は早苗ちゃんが使ってくれるんだもん、おばあちゃん、きっと喜んでくれるよね」
「そうね。丹精込めて仕立てたおむつを二人の孫に順番に使ってもらえるんだもの、喜ぶに決まってるわ。特に早苗ちゃんの場合は、自分のために縫ってもらったおむつを使うだけじゃなくて、今度は、真澄のために仕立てたおむつまで使ってあげるんだもの、こんなにおばあちゃん孝行なこともないでしょうね」
 摩耶は横あてのおむつを股あてのおむつに重ねてから、おむつの下に敷き込んであるおむつカバーの左右の横羽根を持ち上げ、股あてのおむつが隠れるか隠れないかの位置で互いに重ね合わせ、マジックテープでしっかり留めた。
「よかった。私、おばあちゃんの笑った顔、大好きなんだ。――それにしても、赤ちゃんの時に使っていたおむつなのに、今の早苗ちゃんにもあててあげられるなんて、ちょっとびっくりかな。窮屈じゃないの? いくら早苗ちゃんが小柄だっていっても、赤ちゃんに比べればずっと大きいのに」
「それが大丈夫なのよ。赤ちゃんにあててあげる時は体の成長に合わせて二つ折りにしたり三つ折りにしたりして使うんだけど、全然折らないで使ったら、早苗ちゃんくらいの体の大きさの子でも充分なのよ。あ、もっとも、股あてのおむつはそれでいいんだけど、横あては赤ちゃん用のだと流石に短いから、二枚のおむつの端を少しずらすようにして重ねて使うんだけどね」
 摩耶は、マジックテープで留めた横羽根が股あてのおむつと横あてのおむつをしっかり固定しているのを確認してから、おむつカバーの前あての端を持ち、股あてのおむつと同じように、軽く開かせた早苗の両脚の間を通して、横羽根に重ねた。
「……!」
 少しすべすべした肌触りの防水性の生地が腿を擦る感触に、早苗は喘ぎ声をあげることもできず、びくっと腰を震わせた。
「でも、おむつカバーはそういうわけにはいかないでしょ? おむつは赤ちゃん用のをそのまま早苗ちゃんにあててあげることはできても、流石に、おむつカバーは赤ちゃん用のを使うのは無理だよね? どうしたの、このおむつカバー?」
「真澄も知ってると思うけど、駅前のショッピングセンターに介護用品のお店があるでしょう? 真澄からメールを貰って、早苗ちゃんに布おむつを使わせようと思いついてすぐ、そこへ行ったのよ。早苗ちゃんの体つきはだいたいわかっているから、それを店員さんに伝えて、ちょうどいいサイズを教えてもらったの。確か、学童用Mサイズだったわね、店員さんが勧めてくれたのは」
 真澄はおむつカバーの前あての左右の端に縦に四つ並んでいるスナップボタンを一つずつ丁寧に留め、幅の広い腰紐をきゅっと結わえた。
「あ、そうだったんだ。介護用っていったら、つい、お年寄りのことを思い浮かべちゃうけど、そうだよね、年を取らなくても病気でおむつが必要になることもあるんだから、介護用品のお店だったら、早苗ちゃんにぴったりのもあるよね。それにしても、こんな可愛い柄のおむつカバーも売ってるんだね」
「たしかに、普通の介護用だとベージュとかクリーム色とかの味気ない単色のおむつカバーばかりよ。でも、学童用だと、使うのは小学生とか中学生とかでしょ? そういう年代の子にお年寄りと同じ、いかにも介護用っていう感じのおむつカバーを使わせるのは可哀想じゃない? だからメーカーも、いろんな模様がプリントしてある生地を使ったり、アップリケを縫い付けたりして、子供たちの気分を少しでも明るくさせるための工夫を凝らしているんだそうよ。それで、その中から早苗ちゃんに似合いそうな可愛らしいおむつカバーを選んできてあげたってわけ」
 摩耶は、股ぐりからはみ出ている布おむつをおむつカバーの中に丁寧に押し込みながら、なにくわぬ顔で言った。
 けれど、摩耶の説明は全てが事実というわけではない。早苗のお尻の下に敷いてあるおむつカバーは確かに介護用品の専門店で買い求めた物ではあるものの、真澄からのメールを貰ってから購入したという摩耶の説明は偽りだった。そのおむつカバーは、早苗を真澄の無力で幼い妹に変貌させるための道具として、摩耶がわざわざ柄や生地を指定して介護用品の業者に特別注文で作らせた物だった。いくら学童用といっても、一般的な介護用品店が取り扱っているおむつカバーはワンポイントの刺繍をあしらう程度の物がせいぜいで、赤ん坊用と見紛うような柄のおむつカバーなど、前もって特別に注文しておかなければ入手することは不可能だ。
 もちろん、そのことは真澄も承知している。承知していながら、早苗の体にぴったり合うサイズのおむつカバーがこの家にあることを早苗に不審がらせないために摩耶と口裏を合わせているのだった。
「ふぅん。確かに、下着でもなるべく可愛いのを身に着けたい年ごろの小学生とか中学生とかの女の子が病人用やお年寄り用と同じおむつカバーなんて可哀想だよね。それにしても、本当に可愛いね。大きさを気にしなかったら赤ちゃん用のと見分けがつかないくらい可愛いおむつカバーだよね」
「そうね。だけど、大きさ以外にも、本当の赤ちゃん用のおむつカバーとこのおむつカバーが違うところが一つあるのよ。今の赤ちゃんのおむつは、横あてのおむつを使わない『股おむつ』っていうあて方をするのよ。昔は横あてのおむつと股あてのおむつとを縦横に組み合わせて使っていたんだけど、それだと股関節脱臼になりやすいから、股おむつに代わっていったの。ただ、いくらおもらしが治らなくておむつが手放せないといっても早苗ちゃんは本当の赤ちゃんじゃないから股関節脱臼の心配はないし、たくさんおしっこを吸収してくれる方がいいから、昔ながらのあて方にしてあげているのよ。それで、おむつのあて方によっておむつカバーの形も違っていてね、すっきりした感じのが股おむつで、少しずんぐりした感じのが昔ながらのあて方用のおむつカバーなの。これが、大きさ以外で違っている点。――うん、店員さんの見立て通りサイズもぴったりだし、横漏れの心配もなさそうだし、これでいいわね」
 摩耶はおむつカバーの股がみに指を突っ込んでマジックテープの留まり具合を確かめ、前あてを留めるスナップボタンの堅さを確認し、股ぐりからおむつがはみ出していないことをもういちど確かめてから満足そうに頷き、たくさんのおむつのせいでぷっくり膨れたおむつカバーの上から早苗のお尻をぽんと叩いた。

「いいの? じゃ、こっちもこれでいいわね」
 摩耶が頷くのを見て真澄が呟き、親指をそっと動かした。真澄の手元でかろやかな電子音が鳴り渡る。
「ほら、綺麗に撮れてるから、おばあちゃん、喜んでくれるよ、きっと」
 弾んだ声でそう言いながら、真澄は自分の携帯電話の画面を早苗に見せた。
 そこに映し出されているのは、摩耶の手でおむつをあてられる早苗を大写しにした動画映像だった。
「私のために縫ってくれたおむつを今度は早苗ちゃんが使ってるところ、おばあちゃんに見せてあげるんだ。大喜びしてくれるよ、きっと。あ、早苗ちゃんのお母さんにも見せてあげた方がいいかな。おむつを嫌がって駄々をこねてるところを見せたら心配しちゃうけど、いい子にしておとなしくおむつをあててもらっているところを見せてあげたら伯母さんも安心だよね」
 早苗がおむつの上にお尻を載せてぎゅっと目をつぶる場面から始まって摩耶がおむつカバーの上から早苗のお尻を優しく叩く場面までを早送りで再生してみせてから、真澄は携帯電話を折りたたんだ。
 足首を高々と差し上げられて布おむつをあてられる羞恥に固く瞼を閉じていたせいで真澄が携帯電話を構えたことに気づかず、録画が始まったことを知らせる電子音も自分の胸の高鳴りのせいで気づかなかった早苗は映像の再生が始まると同時に顔色を失い、バスタオルの上に横たわったまま弱々しく首を振ったが、その姿は、さながら、まだおむつ離れもしていない幼児が機嫌を損ねてむずがっているかのようだった。
「うふふ。でも、すぐに送るってわけじゃないよ。早苗ちゃんの可愛い写真と動画がもっと増えてから送ってあげるんだ。ちょっとずつ分けて送るよりも、一度にたくさん送ってあげた方が喜んでくれるもん。――だけど、早苗ちゃんがこれからもおむつを嫌がって駄々をこねてばかりだったら、いい子にしてる時の早苗ちゃんの映像も、駄々っ子の時の早苗ちゃんも、すぐに送らなきゃいけないかな。本当はこんなにいい子なのに、時々こんな駄々っ子になっちゃうんです。だから、いつもいい子でいるよう叱ってやってくださいってお願いするために」
「……」
「いい? 早苗ちゃんが忘れないように、もういちど言っておくわね。早苗ちゃんがいい子にしてるんだったら、おばあちゃんにも伯母さんにも映像も写真も送らない。でも、駄々っ子になっちゃったら、すぐに送る。お利口さんの早苗ちゃんだもの、それがどういう意味かわかるよね?」
 真澄は、一言一言を区切るように言って念を押した。
 続けて、
「さ、おむつもあててあげたし、パジャマを着ようね。パジャマを着たら、昨日みたいにまんまの途中でおねむになってもそのまま私とお姉ちゃんがお布団へ運んであげるわよ。だから、少し早いけど、いつおねむになってもいいようにパジャマを着るのよ。はい、立っちして」
と、それまでは小学校低学年の少女を相手にするような口調だったのを、今は、それこそ、まだおむつ離れできない幼児をあやす時のような話し方に変えて摩耶が言った。
 だが、そのこれ以上はないくらい優しい声に、却って早苗は背中がぞくりとしてならなかった。




 カーテンがさっと開いて、大きなガラス戸から眩い光が差し込んだ。
「う……ん」
 急に明るくなった部屋で早苗が両手をもぞもぞ動かし、手の甲で瞼を擦る。
「あ、早苗ちゃんがおっきしたよ、ママ」
 突然、幼い女の子の声が早苗の耳を打った。
「え……!?」
 はっとして見開いた早苗の目に映ったのは、遥香の無邪気な笑顔だった。
 しかし、遥香の母親である奈美恵の姿は見当たらない。確かに遥香は早苗が目を覚ましたことを母親に伝えた筈なのに。
 その代わりに、
「あ、やっとおっきしたんだ。早苗ちゃんたら、お寝坊さんだこと」
と応じたのは真澄の声だった。
「でも、お寝坊さんでも仕方ないよ。だって早苗ちゃんは赤ちゃんだもん」
 早苗の枕元にお行儀良くちょこんと座った遥香は、太陽の光が差し込むガラス戸の方に首を巡らせて言った。
「そうね。ミルクを飲んでお腹がいっぱいになったらおねむになって、おむつを取り替えてもらってお尻が気持ち良くなったらおねむになって、よしよしってお腹をぽんぽんしてもらったらおねむになって、赤ちゃんがねんねするのは機嫌がいい証拠だもの、好きなだけねんねさせてあげた方がいいのよね。さすが、お姉ちゃん。よくわかってるわね。――はい、ご褒美よ。ほら、いい子いい子」
 カーテンを全て開け放った真澄が、うふふと笑いながらそう言って歩み寄り、遥香の頭を優しく撫でた。
 と、遥香がその手をぱっと撥ねのけ、
「やめてよ、ママ。遥香、年長さんなんだよ。頭を撫で撫でなんて、そんな小っちゃい子みたいなことしないでよね」
と、ほっぺを膨らませて言い、それに対して真澄が
「はいはい、わかりました。遥香は年長さんで幼稚園じゃ一番のお姉さんだから、小っちゃい子扱いは嫌なのね。それにしても、ちょっと前まではすぐぴーぴー泣いてた遥香がもう年長さんだなんて。手間がかからなくなるのは嬉しいけど、なんだか、ママから離れていっちゃうみたいでちょっぴり寂しいな」
と、おどけた様子で応じる。
(な、何なの? どういうことなのよ、これ? 目が覚めて遥香ちゃんが部屋にいることだけでもびっくりなのに、遥香ちゃんたら真澄ちゃんのことを『ママ』って呼んで、真澄ちゃんも真澄ちゃんで遥香ちゃんのことをまるで自分の子供みたいに『遥香』だなんて呼び捨てにして。一体どうなっているのよ?)
 まだぼんやりしている頭を枕の上で力なく振って、胸の中で誰にともなく問いかけるのが早苗には精一杯だった。
「あらあら、早苗ちゃんたら不思議そうな顔しちゃって」
 それまで遥香の相手をしていた真澄だが、早苗がきょとんとした表情を浮かべていることに気がつくと、くすっと笑って言った。
「でも、それも仕方ないわよね。目が覚めたら遥香ちゃんがいて、遥香ちゃんと私が親子みたいなやり取りをしているんだもの、何があったのかわからないのも当たり前よね。――私たちが何をしているのか、遥香から早苗ちゃんに説明してあげて」
「うん、ママ」
 やはり真澄のことを『ママ』と呼んで大きく頷き、遥香はいかにも嬉しそうなにこにこ顔で説明を始めた。
「あのね、遥香たち、おままごとしてるんだよ。真澄お姉さんがママで、遥香がお姉ちゃん。でもって、早苗ちゃんは赤ちゃんなんだよ。――遥香、前に住んでたマンションに仲良しのお友達がいたんだ。お友達の名前は葉月ちゃんで、妹は弥生ちゃん。弥生ちゃんはまだ赤ちゃんで、葉月ちゃんちへ遊びに行ったら、おままごとで遥香が弥生ちゃんの面倒をみてあげてたの。いつも葉月ちゃんがママで、遥香がお姉ちゃんで、遥香、葉月ママのお手伝をして、弥生ちゃんに哺乳壜でお乳を飲ませてあげたり、ガラガラであやしてあげたり、お腹をぽんぽんしてあげたりしてたんだよ。葉月ちゃんちのおばちゃん、おままごとを見てて、遥香のこと、赤ちゃんのお世話をするのがとっても上手ねって誉めてくれたんだよ。遥香、お姉ちゃんも妹もいないから、弥生ちゃんのこと自分の妹だと思って一生懸命お世話をしたの。一生懸命だから、赤ちゃんのお世話をするのが上手になったと思うんだ」
 遥香はそこまで一気に話し、はやる呼吸を整えるために少し間を置いてから続けた。
「でも、パパがおうちを買って引っ越しちゃったでしょ? だから、もう、弥生ちゃんと遊んであげることができないの。葉月ちゃんは同じ幼稚園だから春休みが終わったらまた一緒に遊べるけど、弥生ちゃんとは会えないから、ちょっぴり寂しかったの」
「だけど、こっちの街でも、遥香ちゃんがお世話をしてあげられる子と仲良しになれたんだよね。弥生ちゃんみたいに、遥香ちゃんが自分の妹みたいに可愛がってあげられる赤ちゃんみたいな子と仲良しになれたんだったよね」
「うん、そうだよ。弥生ちゃんのこと思い出すとちょっぴり寂しくなっちゃうけど、でも、こっちにも弥生ちゃんみたいな子がいて、遥香、その子と仲良しになったから、とっても嬉しいの」
「それで、その子の名前は何ていうんだったっけ?」
 やり取りの最後に、真澄は思わせぶりな口調で尋ねた。
「早苗ちゃん! 前のマンションじゃ弥生ちゃんだったけど、今度は遥香、早苗ちゃんのお世話をしてあげるんだよ。前は葉月ちゃんがママで遥香がお姉ちゃんで弥生ちゃんが赤ちゃんだったけど、今度は真澄お姉さんがママで遥香がお姉ちゃんで、それで、早苗ちゃんが赤ちゃんなの!」
 遥香は両手を拳に握り、いかにも嬉しそうにその拳をぶんぶん振り回して言った。
(わ、私のことなんだ。前に住んでいたマンションで面倒をみてあげていた赤ちゃんの代わりにこの街で遥香ちゃんが選んだのは私なんだ)
 遥香の口から『弥生ちゃんみたいにお世話をしてあげる』対象として自分の名前が出てくるのを聞いて、早苗は屈辱と羞恥で頬がかっと熱くなるのを止められない。
 けれど、そんな早苗の胸の内などまるで知らぬげに、真澄は尚も明るく弾む声で
「じゃ、もう一つ訊くけど、どうして早苗ちゃんなの? 早苗ちゃん、今度三年生だから、遥香ちゃんよりずっと年上だよ。なのに、どうして、赤ちゃんの弥生ちゃんの代わりが早苗ちゃんなの?」
と尋ねる。
 それに対する遥香の答えは
「だって、早苗ちゃん、おむつだもん。それに、早苗ちゃん、おむつが濡れたら泣いちゃうし、おむつを取り替えてもらう時も駄々をこねて泣いちゃうんだもん。そんなの、赤ちゃんだよ。年少さんは、おむつが濡れても泣かないし、先生におむつを取り替えてもらう時、おとなしくしてるよ。でも早苗ちゃんはすぐに泣いちゃうから弥生ちゃんと同じ赤ちゃんなの」
と、これ以上はないくらいわかりやすかった。
(そういえば、昨夜、私、お風呂から上がって無理矢理おむつをあてられて……)
 遥香が口にした『おむつ』という言葉を耳にして、早苗の脳裏に昨夜の情景が鮮やかに浮かび上がった。
 脱衣場で布おむつをあてられ、子供用のふんわりしたラインのパジャマを着せられた早苗は一昨日と同じようにダイニングルームに連れて行かれて食卓につき、そして、やはり一昨日と同様、夕食の途中で異様な眠気を覚え、「あらあら、早苗ちゃんたらまんまの最中なのにおねむになっちゃって」「何回も失敗しちゃって気疲れしてるんでしょうね」と真澄と摩耶が言い交わす言葉をぼんやり聞きながら意識を失ってしまったのだった。
 そこまで思い出してから、はっと気がついて、早苗は下腹部に意識を集中した。
 幸い、お尻のまわりに湿っぽい感触はなかった。
(よかった、おむつは大丈夫だわ)
 早苗は胸の中で安堵の溜息をついた。
 おむつが濡れていないからといって安堵に胸を撫でおろすなど、考えようによっては羞恥の極みだ。しかし、おねしょをみつかって真澄のことを『真澄お姉ちゃん』と呼ぶよう強要されることになった経緯を思えば、再びおねしょをしてしまったら、それも、真澄のお下がりの布おむつを汚してしまったりしたら、今度はどんな目に遭うかしれたものではない。

 だが、早苗の安堵は長くは続かなかった。
「というわけで、だいたいの事情はわかったでしょう? じゃ、おっきした早苗ちゃんのおむつが濡れてないかどうか確かめるところからおままごとをやり直すわよ。――遥香、早苗ちゃんのおむつを調べてあげて」
 事情を説明し終えた真澄が、中断していたおままごとを再開する合図かのように『おむつ』という部分をわざと強調して遥香に命じた。
「うん、ママ。遥香が早苗ちゃんのおむつを調べてあげる」
 遥香もすっかりお姉さん役になりきって大きく頷き、それまで座っていた早苗の枕元から、お尻があるあたりに移動した。
 それと同時に、早苗の体を覆っている掛布団に真澄の手が伸びる。
「駄目!」
 おむつが濡れていないかどうか確かめるのに最も手っ取り早い方法は、バイアステープを押し広げて股ぐりから指を差し入れ、おむつカバーの中の様子を探ることだ。そんな、おむつが濡れてしまったことを自分で伝えられないような幼児じみた扱いをされる羞恥を味わうまいとして、早苗は掛布団の端をつかんだ。
 が、その手はつるりと滑って何もつかめない。
「え……?」
 わけがわからず、早苗はおそるおそる自分の手を布団から出してみた。
 途端に、早苗の顔に呆然とした表情が浮かぶ。
「な、何なのよ、これ……!?」
「弥生ちゃんもしてたから、遥香、知ってるよ。それ、ミトンっていうんだよ。赤ちゃんはよく自分の顔を掻くんだけど、赤ちゃんのお肌はとっても柔らかいから、爪で掻いてすぐ傷になっちゃうんだって。それで、赤ちゃんが顔を掻かないようにする手袋なんだよ」
 早苗の呻き声に対して、遥香が自慢げに説明した。
 遥香の言う通り、早苗の掌はニットの手袋で覆われていた。それも、五本の指が自由に動くような普通の手袋ではなく、丸い袋みたいな形をした、ミトンという種類の手袋だ。早苗の掌は眠っている間に両手とも拳に握らされてミトンに覆い包まれていて、そのせいで布団の端をつかむことができなかったというわけだ。しかも、毛糸のボンボンをあしらった留め紐が手首にしっかり結わえてあるから、自分でミトンを外すことはできない。
「昨夜、夕ご飯の途中で寝ちゃった早苗ちゃんを部屋に運んだ後、遥香ちゃんのお母さんから電話があったのよ。明日もフリマの手伝いをしなきゃいけなくなったから、もういちど遥香ちゃんを預かってもらえないかって。それで、明日は京子ちゃんたちがいないから公園じゃなくて家で預かることになるけど、それでもいいならって返事をしたら、今度は遥香ちゃんが電話に出て、前の街に仲良しの姉妹がいることを話してくれてね、どうしても早苗ちゃんと一緒におままごとをしたいって言い出したのよ。そしたら、母さんが、せっかく仲良しになった新しいお友達なんだから遥香ちゃんの願いをかなえてあげなさいって私に言って、それから、母さん、遥香ちゃんともいろいろ話してから電話を切ったんだけど、電話を切ってすぐ、そのニットのミトンを編み始めたのよ。仲良しだった小っちゃなお友達と会えない遥香ちゃんの寂しさをまぎらわせるために、早苗ちゃんに少しでも弥生ちゃんと同じような恰好をさせてあげるんだって言って、母さん、張り切っちゃって。――さ、お布団をどけるわよ」
 ミトンに覆われた自分の手を早苗が唇を震わせてみつめている間に真澄は経緯を説明しながら掛布団を捲り上げ、さっさと部屋の隅に片づけてしまった。
 途端に、
「あ、ちょっとだけ形は違うけど、弥生ちゃんと同じおむつだ。昨日早苗ちゃんが着けてた紙のおむつじゃない、年少さんと同じおむつだ」
と遥香が歓声をあげた。
 昨夕、おむつをあてられた後パジャマを着せられた早苗だが、着せられたのはパジャマのトップスだけで、セミハーフパンツのボトムスは、おむつの上からだと窮屈だからという理由で穿かせてもらえなかった。そのせいで、眠っている間にはだけてしまったパジャマの裾からおむつカバーが丸見えになっているのだ。
「やだ! 見ちゃやだ!」
 早苗は慌てて両手を下腹部に伸ばし、赤ん坊用と見分けがつかないほど可愛らしい柄のおむつカバーを掌で覆い隠そうとした。
 けれど、拳に握らされミトンに包まれた手で何ほどのことができるわけがない。しかも、指を動かすこともままならない手でパジャマの裾を引っ張りおろせたとしても、元々腰骨に届くか届かないかという丈しかないのだから、どうしてもおむつカバーが半分くらいはあらわになってしまう。
「ほら、駄目よ。そんなことしちゃ、遥香お姉ちゃんにおむつの具合を確かめてもらえないでしょ。さ、お手々をないないしようね」
 真澄がわざと幼児言葉で言い、早苗の手をいとも易々とはらいのけてしまう。
「おむつは濡れてないかな。早苗ちゃん、ねんねの間におむつを汚しちゃってないかな」
 遥香は早苗の両脚の腿の間にそろりと右手を這わせ、おむつカバーの股ぐりから指を差し入れようとした。
「い、いやぁ!」
 幼児特有の温かい手が腿に触れた瞬間、早苗は両脚をばたつかせ、自由にならない両手を敷布団について上半身を起こした。
 しかし、すぐに
「あらあら、何をぐずっているのかしら、早苗ちゃんたら。おむつが濡れてないかどうか大好きな遥香お姉ちゃんに確かめてもらうんだから、そんなにむずがっちゃ駄目よ。ほら、抱っこしてあげるからおとなしくしようね」
と優しくあやすように言う真澄に抱きすくめられてしまう。
「お尻をここに載せて、おむつの具合を確かめてもらっている間に暴れないように脚をこうして、それと、後ろに倒れちゃわないように背中を支えてあげて、と――うん、これでいいわね。ほら、ママが優しく抱っこしてあげるからいい子にするのよ。いい子にして、大好きな遥香お姉ちゃんにおむつを調べてもらおうね」
 真澄は、きちんと膝を揃えて座った自分の腿の上に早苗のお尻を載せさせ、少し開きぎみにした両脚を真澄から見て右側方向に伸ばさせて膝頭を右手で押さえ、背中に左手を添えて上半身を支え、早苗の体を軽く抱き寄せた。
 筋力に勝る大柄な真澄にそんなふうにされると、その手から逃れることも、脚をばたつかせて抵抗することもできない。しかも、上半身を起こして真澄の腿にお尻を載せて座らされているから、少し開いた早苗の両脚の間に手を差し入れておむつの具合を確かめる遥香と正面から顔を会わせる恰好になってしまう。
 早苗は遥香と目を合わすまいとして慌てて顔をそむけたが、そこには、真澄の豊かな乳房があった。
「あ、そうか。早苗ちゃん、ママのおっぱいが欲しくてむずがっていたのね。そうよね、いい子の早苗ちゃんがおむつの具合を確かめてもらうのを嫌がるわけないもんね。それも、大好きな遥香お姉ちゃんが確かめてくれるのを。――おっきしたばかりで朝のおっぱいがまだだったもん、お腹が空いてぐずるのも当たり前よね。いいわ、好きなだけ吸ってちょうだい」
 遥香の指がおむつカバーの股ぐりに差し入れられたのを確認した真澄は、早苗の膝から右手を離し、自分が着ているトレーナーの裾をばっと捲り上げると、スポーツブラのカップをずらして乳房をあらわにし、ピンクの乳首を早苗の口に押し当てた。
 もちろん、早苗は激しく首を振って乳首を拒む。
 しかし、真澄から
「あら、お腹が空いている筈なのにママのおっぱいを嫌がるなんてどうしたのかしら。体の調子がよくないのかな。まさかとは思うけど、大きな病気かもしれないわね。だとしたら、早苗ちゃんのお母さんとおばあちゃんに、どうしたらいいか急いで訊かなきゃいけないわね。おままごとじゃない、本当のお母さんとおばあちゃんに」
と含むところのありそうな口調で言われると、いつまでも拒み続けることができなくなってしまう。
「どうする? いつまでもぐずってる早苗ちゃんの様子を動画に撮って本当のお母さんに体調を崩していそうかどうか見てもらった方がいい? それとも、体調がよくないのは気のせいで、本当はママのおっぱいが欲しいのになかなか吸わせてもらえなかったから拗ねてるだけなのかな?」
 助けを求めるような目で自分の顔を見上げる早苗に向かって、真澄は重ねて言った。
 早苗は一瞬だけ迷った後、力なく目を伏せ、おそるおそるといった様子で唇を真澄の乳首に近づけ、一度だけ深々と息を吸い込んだ後、おずおずと口にふくんだ。
「そう、なかなかおっぱいを吸えなくて拗ねていただけだったんだ、早苗ちゃん。ごめんね、ママったら、遥香お姉ちゃんとのお喋りに夢中で早苗ちゃんがお腹を空かせていることに気がついてあげられなくて。でも、これでいいでしょ? お待ちかねのおっぱいだから、好きなだけ吸っていいのよ」
 真澄は、早苗の舌が乳首の先に触れる感触に下腹部をぴくんと震わせ、早苗の耳元に口を寄せて囁きかけた。
「早苗お姉ちゃんは憶えてないかもしれないけど、小っちゃい頃、私、早苗お姉ちゃんのおっぱいを吸わせてもらったことがあるんだよ。法事か何かで親戚がみんなおばあちゃんちに集まった時、まわりの大人が面白がってそんなふうにさせたと思うんだけど、まだ幼稚園だった早苗お姉ちゃんがブラウスをはだけて、赤ちゃんだった私におっぱいを吸わせてたんだよ。そんなこと私もちっとも憶えてなかったんだけど、早苗お姉ちゃんがうちへ来るって聞いた時、おばあちゃんちのアルバムに貼ってあったその時の写真のことを思い出したんだ。それで、思ったの。今度は私が早苗お姉ちゃんに私のおっぱいを吸わせてあげたら喜んでくれるかなって」
 そんなふうに囁きかけてから真澄は顔を上げ、早苗の髪をそっと撫でつけて
「うふふ、くすくったいよ。でも、とってもいい気持ち。もっと吸ってちょうだい。そうよ、おっぱいをたっぷり吸って機嫌を直してね、ママの可愛い赤ちゃんの早苗ちゃん」
と、甘ったるい声で言うのだった。



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