暖かな日差しの中で



   9 おままごと(3)


「夜中に何度もおむつを取り替えてお疲れのママの代わりに、今度はおばあちゃんが取り替えてあげるわね」
 サークルメリーを廻した摩耶は自分もすっかりおままごとの役になりきって言い、床に膝をついて、早苗のパジャマの裾をお腹の上まで捲り上げた。
「おばあちゃんがおむつを取り替えてくれるから、ちょっとの間だけおとなしくしているのよ。おむつを取り替えてもらってから、おっぱいの続きにしようね」
 真澄は、脱衣場でと同様、早苗の肩を押さえつけて言った。
 その隣では遥香が
「おむつを取り替えてもらったら、お姉ちゃんがお乳の続きを飲ませてあげる。だから、もう泣かないでね。ほら、からころからころ」
とガラガラを振ってあやすのだが、早苗が泣きやむ気配は一向にない。
 もっとも、自分よりも年下の少女から逆におむつ離れもできない幼い妹扱いされて幼児向けの玩具であやされるのだから、堪らないほど惨めになってますます涙が溢れ出るのも当然のことだ。
「いいわよ、無理に泣きやませようとしなくても。幼稚園の年少さんくらいのお姉さんになればきちんとおしっこを教えられるけど、赤ちゃんは泣かないとおしっこを教えられないんだから」
 摩耶は、盛んにガラガラを振る遥香に向かって言いながら、丸見えになったおむつカバーの腰紐をほどき、スナップボタンを外して、おむつカバーの前あてを早苗の両脚の間に広げた。
「あらあら、たくさんしちゃったのね。遥香お姉ちゃんが遊びに来てくれる前に取り替えてあげた時もぐっしょりだったし。でも、他の赤ちゃんに比べればずっと体が大きいからおしっこの量が多いのも仕方ないかな」
 あらわになった動物柄のおむつをしげしげ眺めて真澄が言った。
「本当にぐっしょりだこと。この様子だと、一度にあてるおむつの枚数、もう少し増やしておかないと横漏れしちゃうかもしれないわね」
 摩耶はおむつカバーの左右の横羽根を留めているマジックテープを外し、お尻の横に広げた。
「でも、増やすっていっても、おむつが足りないんじゃない? 今だって一度に十枚くらいあててあげているから、私が赤ちゃんの時に使っていたおむつだけじゃ、汚すたびに大急ぎで洗濯しないと間に合わなくなりそうなのに」
「ううん、そのことだったら大丈夫よ。要らなくなった布おむつを譲ってもらったから」
 摩耶はこともなげに言って、早苗の両足の足首を左手でまとめ持って高々と差し上げると、おしっこをたっぷり吸ったおむつを手元にたぐり寄せ、予め用意しておいたポリバケツに入れた。
「へーえ、要らなくなったおむつを譲ってくれる親切な人がいたんだ。それって、私が知ってる人?」
 真澄はきらっと瞳を輝かせて尋ねた。
「ええ、そうよ。ほら、フリマで買った玩具が入っていた袋の横に、もうひとつ手提げ袋があるでしょう? その中を見ればわかるわよ」
 摩耶は、早苗のお尻がおむつカバーから浮くよう足首を高々と差し上げたまま、交換用のおむつと一緒に脱衣籠に入れておいた容器からお尻拭きを一枚すっと引き抜いた。
 真澄は早苗の肩から手を離し、大振りの手提げ袋に両手を突っ込んで、中に入っている布地をつかみ上げた。
 それは、摩耶の言う通り、何度も洗濯を繰り返して使い込んだ布おむつの束だった。
「おむつを広げて、端の方を見るといいわ」
 摩耶は意味ありげな笑みを浮かべて言い、お尻拭きを早苗の股間に押し当てた。
 早苗の下腹部がびくんと震える。
「端の方……?」
 真澄は摩耶に言われるまま、丁寧に折りたたんであるおむつを床の上で広げた。
「あ、何か書いてある。ええと、え・ん・ど・う・は・る・か、かな。えんどうはるか!? じゃ、これって――」
 洗濯を繰り返したせいで掠れぎみだったが、真澄の言う通り、布おむつの端にマジックインキで書いてある文字は確かに『えんどうはるか』と読めた。
「あ、遥香のだ。遥香が赤ちゃんの時に使ってたおむつだよ、それ」
 真澄が広げたおむつを目にするなり、遥香が驚きの声をあげ、面映ゆそうな顔をして言った。
「遥香、年少さんの夏休みまで、おねしょが治らなかったの。それで、幼稚園でも、お昼寝の時だけおむつしてたの。だから、他の子のと間違わないようにママがお名前書いてくれたの。……でも、でも、おねしょだけなんだからね。昼間のおもらしは幼稚園に上がる前にしなくなったし、おねしょも、夏休みが始まってすぐしなくなったんだからね」
 最後の方は頬をほんのりピンクに染めてそう言う遥香だったが、今はもう失敗なんてしないという自信があるのだろう、恥ずかしそうな表情は浮かべているものの、態度は臆することなく堂々と胸を張っていた。
 そんな遥香のおむつを摩耶がフリーマーケットで買った玩具と一緒に持って帰ってきた経緯はこうだった――。




 その日の朝、遥香を連れて河野家を訪れ、インターフォン越しに来訪を告げて門扉を開けようとした奈美恵が見たのは、二階のベランダで風に揺れるたくさんのおむつだった。普通の洗濯物なら気に留めることもないのだろうが、何枚もの布おむつが一斉に風に揺れる様子は、育児の経験がある(あるいは、奈美恵のように育児の真っ最中の)女性にはなぜとはなしに気にかかる光景だ。そうして奈美恵が門扉に手をかけたままベランダのおむつを眺めていたところへ、摩耶が出迎えに現れた。それが、二人の初めての顔合わせだった。
 二人は互いに
「昨日は娘がお嬢さんのお世話になった上に、今日も娘を預かっていただけるそうで、本当にありがとうございます。なんと言ってお礼を申し上げればいいのやら」
「いいえ、とんでもない。娘の話では、うちで預かっている姪のお世話をお嬢さんに手伝っていただいたそうで、こちらこそ恐縮です」
と先ずは無難な挨拶を交わしたのだが、おむつと一緒に干してあるのが昨日早苗が着ていたエプロンドレスだということに気づいて、奈美恵が
「あの、ところで、随分たくさんのおむつですけど、ひょっとして……」
と僅かに声をひそめて言った。
「ええ、そうなんです。外出の時には紙おむつを使わせているんですけど、家にいる間は布おむつにしているんです。その方が、お尻の濡れた感覚がわかりやすいかと思って」
 摩耶は奈美恵の顔に気遣わしげな表情が浮かんでいるのを見て取り、ベランダで風に揺れているのが誰のおむつなのか見当がついていそうだなと判断して、軽く頷いた。
「そうなんですか。いえ、昨日公園で会った時は紙おむつでしたから、早苗さんとは別に、もっと小さなお子さんもいらっしゃるのかなと思ったんですけど、そういうことなんですか。それは大変ですね」
 奈美恵はいかにも不憫そうに言った。
 その様子を見れば、誰が布おむつを汚してしまったのか奈美恵にわかっているのは明かだ。
「ね、ママ、あのおむつ、早苗ちゃんの?」
 声をひそめる奈美恵とは対照的に、まだ遠慮というものを知らない遥香はあたり憚らぬ声で言った。
 それを慌てて
「駄目よ、大きな声でそんなこと言っちゃ」
と奈美恵はたしなめるのだが、早苗の保護者である摩耶が
「いいんですよ、本当のことなんだから」
と一向に気にする様子をみせないものだから、
「いえ、まぁ、そちらがそうおっしゃるのなら……」
と曖昧に頷いて言葉を濁すしかなかった。

 その後、家の中に招き入れられた後も、遥香はいかにも早苗のことが気がかりな様子で、廊下に上がるなり
「ね、おばちゃん。早苗ちゃんは?」
と、あたりをきょろきょろ見回しながら摩耶に尋ねた。
 それに対して摩耶は穏やかな笑顔で
「早苗ちゃんはまだ起きてないのよ。階段を上がって二番目の部屋だから、遥香ちゃん、様子を見てきてくれるかな。部屋には真澄もいるから遠慮しなくていいわよ」
と、階上を指差して答えた。
「あ、まだねんねしてるんだ、早苗ちゃん。うん、じゃ、部屋へ行ってみるね。早苗ちゃん、どんな顔してねんねしてるのかな。絶対、弥生ちゃんみたいな可愛い顔してるんだろうな」
 遥香は階段に向かってたっと駆け出したが、すぐに何かを思い出したようで、くるりと振り返り、手に提げていた小振りの布袋から何やら丸い壜らしき物を取り出して摩耶に言った。
「おばちゃん、これにミルクを貰ってもいい? 本当はおうちで入れてくるつもりだったんだけど、途中でこぼれちゃいけないからってママに言われて、ミルクを入れないで持ってきたの」
 遥香が袋から取り出したのは、空の哺乳壜だった。
 それをさっきと同様、奈美恵が
「駄目でしょ、遥香。初めておじゃまするおうちでいきなりそんな厚かましいこと言って」
とたしなめるのだが、こちらもやはりさっきと同じように摩耶が
「いいじゃありませんか。小さな子供が周囲のことを気遣うなんて、そんなの、却って変ですよ。遥香ちゃんくらいの年ごろの子は、思ったことを遠慮しないで言うくらいの方が可愛いんですから」
と取りなし、腰をかがめて遥香と目の高さを合わせて
「どうしたの、その哺乳壜? ひょっとしたら、遥香ちゃん、まだ哺乳壜でミルクを飲んでるのかな?」
と少しおどけた口調で言った。
「遥香、もう、年長さんなんだよ。赤ちゃんじゃないんだから、ミルクはちゃんとコップで飲めるもん」
 遥香はわざと拗ねた振りをしてほっぺを膨らませてみせてから、にまっと笑って言った。
「お引っ越しする前に住んでたマンションで仲のよかった葉月ちゃんの妹の弥生ちゃんのなの。お引っ越しする前の日、遥香が寂しそうにしてたら、葉月ちゃんちのおばちゃんが遥香にくれたの。遥香、この哺乳壜で弥生ちゃんにミルクを飲ませてあげてたんだけど、今日は遥香、これで早苗ちゃんにミルクを飲ませてあげるの」
 それを聞いた摩耶はすっと目を細め、
「あ、そうか。昨夜、電話で話してくれたんだっけ。遥香ちゃん、真澄や早苗ちゃんと一緒におままごとをするんだって。確か、真澄がお母さん役で、遥香ちゃんがお姉さん役で、早苗ちゃんが赤ちゃん役だって言ってたわよね? それで、赤ちゃんにミルク飲ませてあげる哺乳壜をわざわざ持ってきてくれたのね」
と確認するように言って、
「すみません、娘が厚かましい上におかしなことを言い出して」
と恐縮しきりの奈美恵を
「いいえ、おかしなことだなんてとんでもない。娘とも話していたんですよ。遥香ちゃんも早苗ちゃんも慣れない街にやって来て不安だろうけど、そんな二人がひょんなことから仲良しになれてよかったねって。それも、もうすぐ三年生になるっていうのに両親と離れ離れになった寂しさのせいでおむつが手放せなくなっちゃった早苗ちゃんと、その反対に、まだ幼稚園なのに面倒見のいいお姉さんタイプの遥香ちゃんが出会ったことは、とっても素敵な巡り合わせだと思うんです。遥香ちゃんに遊んでもらっているうちに早苗ちゃんも寂しさがまぎれて、ひょっとしたらおむつ離れできるかもしれません。少し大げさですけど、神様が引き合わせてくれたんじゃないかと思うんですよ、遥香ちゃんと早苗ちゃんのこと。だから、遥香ちゃんには、自分の思う通りに早苗ちゃんに接してやってほしいんです」
と再び取りなす。
「そうおっしゃっていただけると、こちらとしても助かります。それでは、せっかく娘も楽しみにしていますので、厚かましいお願いですけど、よろしいでしょうか」
 奈美恵は摩耶の言葉に表情を和らげた。
「もちろん、結構です。――それじゃ、哺乳壜を貸してちょうだい。あとでミルクを入れて持って行ってあげるから、遥香ちゃんは先に早苗ちゃんの部屋へ行っているといいわ」
 摩耶は、事の成り行きに胸の中でほくそ笑みつつ、表向きはにこやかな笑みを浮かべて遥香の手から哺乳壜を受け取った。

 自身の企みを押し進める上でどうしても欠かせない『無自覚の協力者』に仕立てることが容易そうな遠藤母娘との出会いは、摩耶にとって、まさしく天の配剤だった。遥香が階段を駆け上がった後、摩耶は奈美恵をダイニングルームに招き入れてコーヒーを勧め、何気ない日常会話を装いつつ、早苗の失禁癖について様々なまやかしの説明を吹き込んだのだが、元来がお人好しな奈美恵は偽りの説明をいとも簡単に信じ込み、早苗の身の上を不憫がって、「できるだけの協力をするから遠慮なく言いつけてくださいね」と申し出るようになるまでにさほど時間はかからなかった。
 奈美恵の気持ちを巧みに操り、本人が気づかぬうちにまんまと自分の企みの協力者に仕立てあげたた摩耶は
「いいえ、協力だなんて滅相もない。ただ、遥香ちゃんに早苗ちゃんとずっと仲良くしてもらえればそれで充分なんですよ。――ただ、もしもお願いできるなら、布おむつが足りなくなるかもしれませんから、不要になった布おむつを譲っていただけそうなお知り合いをご紹介いただけると助かるんですけど」
と、使わなくなったおむつの譲渡をさりげなく依頼した。
 口では「お知り合いをご紹介いただけると」と言っているものの、本当のところは、奈美恵に向けた言葉だった。布おむつの使用を推奨している附属幼稚園に遥香を通わせているくらいだから、使わなくなった布おむつを箪笥の片隅にでも残しているのではないかと考えてかまをかけてみたのだ。
 摩耶の勘は正しかった。
「ええ、そんなことでよろしければ、喜んで。いえ、知り合いを紹介するまでもなく、うちに娘が使わなくなった布おむつがありますから、それでよろしければお譲りします。――あ、そうだ。こちらからですと、うちは公園への通り道にあたりますから、もしも奥様さえよろしければ、フリーマーケットに御一緒していただいて、その途中でお寄りいただくというのはいかがでしょうか。どこか御近所で必要になった時にすぐお譲りできるよう定期的に水通しをしてたたみ直していますから、いつでもお譲りできるんです。足りなくなってからだと何かと大変でしょうから、是非そうなさってください。いえ、本当は私が家へ取りに帰ればいいんですけど、隣の奥さんとの待ち合わせの時間もありますので、勝手なことを言うようで申し訳ないんですけど」
 奈美恵は、それが摩耶によって言葉巧みに誘導された結果だとはまるで気づくことなく、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「そうですか? それじゃ、以前はよく行っていたフリーマーケットも最近はすっかりご無沙汰ですし、久しぶりに掘り出し物を探しに出かけがてら、お宅におじゃましようかしら」
 摩耶は胸の内を気取られないよう少しだけ思案する振りをしてから応じた。
 それから摩耶は、利尿剤を混入したミルクを満たした哺乳壜を二階の部屋に持って行き、奈美恵と連れだってフリーマーケットの会場に向かい、途中で遠藤家に立ち寄って、遥香が使わなくなった布おむつを譲り受けたのだった。




 ――早苗が何も知らずにすやすや眠っている間(正確に表現するなら、睡眠導入剤によって眠らされている間)にそんなことがあって、摩耶は奈美恵から譲ってもらったおむつを持って帰ってきたのだった。

「それじゃ、せっかくだから、早速、遥香ちゃんのお下がりのおむつをあててあげましょう。私がこうやって早苗ちゃんの足首を持ち上げているから、真澄は、そのおむつをお尻の下に敷いてちょうだい」
 早苗の下腹部をお尻拭きで綺麗に拭き清めた摩耶が真澄に言った。
「うん、わかった。――ほら、遥香お姉ちゃんのお下がりのおむつよ。遥香お姉ちゃんのぬくもりがいっぱい染み込んだ、ふかふかで柔らかいおむつよ」
 真澄は摩耶の傍らに膝をつき、横あてのおむつを一枚、早苗のお尻の下に敷いた。
 そこへ遥香も歩み寄ってきて、真澄の手元を興味深げに覗き込んで言った。
「早苗ちゃん、泣きやんでくれるかな。遥香があげたおむつをあててあげたら泣きやんでくれるかな」
「きっと泣きやむわよ。今はおむつを濡らしちゃってお尻が気持悪くて泣いてるけど、大好きな遥香お姉ちゃんのお下がりのふかふかのおむつをあててもらったらすぐに泣きやんじゃうわよ。――よかったね、早苗ちゃん。遥香お姉ちゃんのお下がりのおむつがあるから、横漏れしないようにたくさんあててもらえるよ。ほら、おしっこが出てくる所に近いここは厚めにしとこうね」」
 真澄は横あてのおむつをもう一枚、最初のおむつよりも長さ四分の三ほど横にずらして早苗のお尻の下に敷き、更に、二つ折りにしたおむつを、横あてのおむつの真ん中あたりに重ねた。
「遥香、年少さんの夏休みまで、幼稚園でお昼寝する時、おむつしてたの。それで、目が覚めたらおむつが濡れてて、でも目が覚めてる時はおしっこ大丈夫だから先生におむつを外してもらってたんだけど、その時、シスターペアのお姉さんが遥香にパンツを穿かせてくれて。シスターペアのお姉さん、とっても優しかったんだよ。それに、目が覚めてる時もおむつの子もいたんだけど、その子のシスターペアのお姉さんは、その子がおむつを取り替えてもらう時、優しくあやしてあげてて、やっぱり、すごく優しかったんだよ。遥香、もうすぐ年長さんだから、あの時のお姉さんたちに負けないくらい優しいシスターペアになって年少さんのお世話をしてあげるんだ」
 早苗のお尻の下におむつを敷き込む真澄の手を興味深げにみつめて遥香は声を弾ませた。
「公園で早苗ちゃんのお世話をしてくれた時の遥香、とっても優しかったよ。だから、大丈夫。遥香だったら、素敵なシスターペアのお姉さんになれるよ、きっと。――そうだ、早苗ちゃんにおむつをあてるの、遥香にも手伝ってもらおうかな。今からママが遥香におむつを一枚ずつ渡すから、それを、早苗ちゃんのお尻の下に敷いて欲しいの。ほら、横向きに敷いてあるおむつがあるでしょ? それと端が重なるようにして、こういうふうに、縦向きに敷いてちょうだい。遥香、十まで数えられるかな?」
「うん。遥香、平仮名も全部読めるし、数だって百まで数えられるよ。だって、もう年長さんだもん」
 遥香は真澄の提案に顔を輝かせ、いかにも嬉しそうな笑みを浮かべた。
「じゃ、ちゃんと枚数を数えながら敷いてちょうだいね。早苗ちゃんは本当の赤ちゃんよりもずっと体が大きくておしっこもたくさん出るから、縦向きのおむつだけでも十枚はあててあげたいの。足りなかったらおしっこがおむつから沁み出ちゃうかもしれないから、十枚ちゃんと数えてね」
「うん、わかった。おむつからおしっこが沁み出したら余計にお尻が気持ち悪くて、早苗ちゃん、また泣いちゃうもんね」
 遥香は表情を引き締めて大きく頷き、真澄から受け取った股あてのおむつを丁寧な手つきで早苗のお尻の下に敷いた。
「これで一枚。――はい、次は二枚目だよ、早苗ちゃん」
 遥香は次々に手渡されるおむつを、言われた通り一枚ずつ枚数を数えながら敷き重ねた。
 それも、少しでも失敗があったらいけないという思いが強いのだろう、これ以上はないくらい細心の注意を払って丁寧に敷くものだから随分と時間がかかる。その間、その場から逃れるここともできず、早苗は胸を焦がすような羞恥に身悶えするしかなかった。

「――はい、十枚。ママ、これでいい?]
 たっぷり時間をかけて股あてのおむつを全て早苗のお尻の下に敷き重ねた遥香は真澄の顔を見上げて言った。
「いいわよ。さすが、年長さんね。これなら、立派なシスターペアになれること間違いなしだわ」
 真澄はいかにも満足そうに頷き、今度は、脱衣籠から丸い容器を持ち上げて蓋を開け、中に入っているパフで真っ白のさらさらの粉を掬い取り、それを遥香に持たせて言った。
「じゃ、次はベビーパウダーをぱたぱたしてあげてね。早苗ちゃんがおむつかぶれにならないように」
「うん、ママ。おむつかぶれになったら可哀想だもんね。お尻が痛くて早苗ちゃん泣いちゃうもんね」
 遥香は受け取ったベビーパウダーのパフで早苗の下腹部をぽんぽんと叩いた。
 途端に、どこか懐かしい感じのする甘い香りが部屋中にふわっと広がる。
「あ……」
 一瞬、早苗の泣き声が途切れ、その代わりに喘ぎ声が漏れた。まだ幼稚園児の遥香だから、どのあたりにどういうふうにベビーパウダーをはたけばいいのか考えて手を動かしているわけではない。それがたまたま、知らず知らずのうちにパフで早苗の秘部を撫でさすったのだ。
「ほら、遥香お姉ちゃんにベビーパウダーをぱたぱたしてもらうのが気持ちよくて、早苗ちゃん泣きやんだよ。さ、今のところをもっとぱたぱたしてあげて」
 ほんの短い間だったが早苗の口から漏れた喘ぎ声を聞き逃さず、摩耶は遥香に、早苗の秘部を責め続けるよう言葉巧みに促した。
 摩耶がそう言うと同時に、早苗の手の甲に真澄が自分の手を重ね、わざと秘部を狙ってパフを這わせる。
「ほんとだ。早苗ちゃん、嬉しそうな声を出してる」
 真澄の手に導かれるままパフを動かすたび喘ぎ声が早苗の口を衝いて出る様子に遥香は顔を輝かせた。
 しかも、しばらくすると、どのあたりにパフを押し当てれば早苗が身悶えするのかわかってきたようで、いつしか、真澄の手を借りなくても早苗の秘部を撫でさするようになっていた。
 そうして、それから更にしばらくすると。
「あ、大変。早苗ちゃんのここ、濡れてるよ。どうしちゃったのかな、早苗ちゃん」
 不意に遥香が声を張り上げ、パフを持つ手を止めて早苗の股間を指差した。
 遥香の言う通り、早苗の秘部は濡れていた。けれど、さらりとした濡れ方ではなく、見るからにねっとりした濡れ方だった。
 遥香にパフで責められて、とうとう堪らなくなり、いやらしいお汁を溢れさせてしまったのだ。
「あら、大変。ひょっとしたらまたおしっこが出そうなのかもしれないから、急いでおむつをあててあげなきゃ」
 早苗の股間が濡れている理由を充分承知していながら、摩耶はわざと慌てた様子で言った。
「じゃ、ベビーパウダーをぱたぱたするのはそのくらいでいいから、今度はおむつをあててあげてね」
 真澄が、パフの代わりに股あてのおむつの端を遥香に持たせる。
「はい、ここを持って、うん、そうそう。それで、そのまま、脚の間を通して――」
 真澄に言われるまま遥香は股あてのおむつを持ち、早苗の両脚の間を通しておヘソの下まで引っ張り上げた。
 体温が高い小さな子供特有の温かい手と、使い込んで柔らかくなったおむつが腿の内側に触れる感覚に、またもや早苗の口から喘ぎ声が漏れ、遥香の手であてられた股あてのおむつの中で秘部がますますいやらしくとろとろに濡れそぼる。
 それから真澄は、摩耶が早苗の足首をおろすのを待って、次の指示を遥香に与えた。
「次は、横あてのおむつよ。じゃ、左側の横あての端を持って、そう、そのまま、股あてに重ねて、そうそう、それから、今度は右側のを持ち上げて、さっきの左側のと股あてに重ねるのよ。はい、それから、おむつカバーの横羽根を――」
 弥生が母親におむつを取り替えてもらう様子を何度も見ておよその手順は憶えているのだろう、少しぎこちない手つきながらも、遥香は真澄の指示に従って早苗の下腹部をおむつとおむつカバーで着実に包んでゆく。
「それで、あとは、おむつがおむつカバーからはみ出していないかどうか調べるのよ。もしもおむつがはみ出してたら、そこからおしっこが沁み出しちゃうから、ちゃんとおむつカバーの中に押し込んでおくこと。――うん、それでいいわ。じゃ、最後に、おむつを取り替えてもらう間いい子にしてた早苗ちゃんのお尻をぽんぽんしてあげて。それでおしまいよ」
「お利口さんだったね、早苗ちゃん。うん、いい子いい子。はい、お尻、ぽんぽん」
 言われるまま遥香は、それまでにも増してたっぷりあてられたおむつのせいでぷっくり膨らんだ早苗のお尻をおむつカバーの上から優しく叩いた。
 その途端、秘部を責めたてられて喘ぎ声をあげていた早苗が再び泣き始めた。幼稚園児の手でおむつをあてられた屈辱のせいで、さっきよりも激しい泣きじゃくりようだ。
「ママ、早苗ちゃん、また泣いちゃったよ。おむつ取り替えてあげてお尻が気持ち良くなったのに変だね。おむつを取り替えてあげてる時は嬉しそうな声を出してたのに、おかしいね」
 いったんは泣きやんでいた早苗の目から再び涙がこぼれ出る様子を目にして、遥香は不思議そうな顔をして真澄に言った。
 もちろん真澄には、早苗が再び泣き出した理由の見当はついている。しかし真澄はわざとその理由を取り違え、ベランダを指差してこう答えた。
「ほら、お外はお日様があんなに眩しくて、とっても気持ちよさそうじゃない? だから早苗ちゃん、お外で遊びたくなったんじゃないかな。お外で遊びたいのに、おっぱいやおむつでずっとお部屋の中だったからご機嫌斜めになっちゃったんじゃないかしら」
「あ、そうなんだ。お外で遊びたいのになかなかお外へ行けなくてぐずってるんだ、早苗ちゃん。だったら、お外へ連れて行ってあげようよ。お日様の光にあててげようよ」
 偽りの理由を容易く信じ込んで、遥香は真澄を急かす。
「じゃ、とりあえず、ベランダで日光浴をさせてあげようか。ベランダだったら、すぐだから」
 真澄は軽く頷くと、早苗の背中と腿の下に手を差し入れ、横抱きに抱き上げて、ベランダに通じるガラス戸の前に立った。
 そこへ摩耶が歩み寄って、ガラス戸をすっと横に滑らせる。
 真澄は早苗を抱いたままベランダに進み出た。
 午前もだいぶ遅い時間帯の住宅街のことだから、ベランダから見おろす道路を行き交う人の姿はまばらだ。それに、ベランダに洗濯物を干してある家など珍しくもないから、わざわざ河野家の二階を仰ぎ見る通行人がいるとも思えない。
 しかし、ベランダから女の子の泣き声が聞こえたとしたら?
 泣き声を聞きつけてふと見上げたベランダで、よだれかけとおむつ姿の女の子が泣きじゃくっていたとしたら?
 しかも、泣きじゃくっているのが、赤ん坊にしては妙に体の大きな少女だったとしたら?
 その少女のまわりにたくさんのおむつが干してあったとしたら?
 羞恥に満ちた光景が瞬時に頭の中を駆け巡り、早苗の泣き声が小さくなった。それまで手放しで泣きじゃくっていたのが、道を行き交う人たちに泣き声を聞かれまいとして、ひっくひっくとしゃくり上げるような泣き方に変わったのだ。人目につきやすいベランダに連れ出した効果はてきめんだった。
 いかにもふと思いついて早苗をベランダに連れ出したかのように装っている真澄だが、予め摩耶と相談した上で最初からそうするつもりだったのだろう、ベランダの真ん中あたりにはレジャーシートが敷いてあった。
「そう。お外へ連れて来てもらえたのがそんなに嬉しいの。じゃ、少しの間、ここで遊んでてね。ママとおばあちゃんは、取り替えてあげたおむつを洗濯しなきゃいけないし、その他にもいろいろ用事があるから。でも、遥香お姉ちゃんが一緒にいてくれるから大丈夫よ。ご機嫌斜めになったらガラガラであやしてもらえるし、おむつが濡れてもすぐに遥香お姉ちゃんがママに知らせてくれるから。――用事を済ませている間、早苗ちゃんのことをお願いね、遥香」
 早苗の泣き方が変化したことに真澄は満足そうな笑みを浮かべ、前もってベランダに敷いておいたレジャーシートの上に早苗を座らせて手を離した。
 途端に早苗の顔がこわばり、真澄に向かって手を差し伸べる。
 だが、真澄がすっと身を退いたため、ミトンに包まれた早苗の手は虚しく宙をつかむだけだった。
「い、いや! こんな恰好でこんな所にいるなんていや! 待って、待ってったら……」
 思わず金切り声をあげそうになる早苗だったが、眼下の道路を行き交う人たちの注意を惹かないように慌てて口をつぐみ、大急ぎで立ち上がった。
 しかし、よほど慌てていたものだから、つるつるのビニール素材でできたレジャーシートに足を滑らせて、その場に尻餅をついてしまう。
 その間に真澄は一人だけさっさと部屋に戻って内側からガラス戸に鍵をかけてしまっていた。
「いや! 部屋に入れて。私も部屋に入れてったら……」
 大声で叫び出しそうになる衝動をかろうじて堪えて、早苗は、おむつで膨らんだお尻をレジャーシートにぺたんとつけた恰好で座りこんだまま、助けを求めるように両手を伸ばした。
 おむつカバーを半分ほどあらわにし、よだれかけに覆われた胸元を震わせて、すがるように両手を伸ばすその姿は、まさしく、自分のそばを離れた母親のぬくもりを求める赤ん坊さながらだった。
 そこへ、からころからころというかろやかな音色が響き渡る。
「ママは用事があるから、その間、お姉ちゃんと一緒に待ってようね。お日様はあったかいし、風は気持ちいいし、よかったね、お外へ連れて来てもらって」
 早苗の目の前でガラガラを振りながら遥香が優しく言った。
 そんな二人の様子を見届けて、真澄は、汚れたおむつが入ったポリバケツを手に提げて部屋をあとにした。
 ベランダに残された早苗には、ガラス戸越しに見える真澄の後ろ姿に向かって尚も両手を差し伸べるより他にできることは何もなかった。



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