暖かな日差しの中で



  11 久しぶりのお出かけ


 羞恥に満ちた『おままごと』は、摩耶と真澄によって言葉巧みにそそのかされた遥香や京子たちが続行を希望したものだから、二日や三日で終わることなく延々と続き、早苗は自分よりも年下の少女たちから容赦なく赤ん坊扱いされ、数え切れないくらいたくさんのおむつを汚す羽目になった。
 その間、摩耶は早苗を真澄たちの手に委ね、奈美恵と連れだって毎日のように外出を重ねていたのだが、摩耶がどこへ出かけているのか早苗には知る由もない。
 そんな生活に変化が訪れたのは、早苗が河野家にやって来て十日が過ぎた四月初頭の暖かな日のことだった。

「おっきしてちょうだい、早苗ちゃん。そろそろお出かけしなきゃいけないから、さ、おっきするのよ」
 その日の朝、すやすや眠っている早苗の体を揺り動かしたのは、クリーム色のスーツに身を包んだ摩耶だった。
「う……ん」
 早苗は、ミトンに包まれた右手で瞼をごしごしこすった。
 なかなか焦点の合わない瞳に摩耶と真澄の顔がぼんやり映る。
「……お出かけ……?」
 早苗は摩耶の顔を見上げて聞き返した。
「そうよ。早苗ちゃんの制服、間違ってどこへ行っちゃったかわからないままでしょう? もうすぐ新学期だっていうのにそれじゃ困るから代わりの制服を手配していただけるよう先生にお願いしておいたんだけど、その受け取り指定日が今日なのよ」
 早苗が宅配便で送っておいた高校の制服を自分で捨てておきながら、摩耶はしれっとした顔で、むしろ幾らか恩着せがましい口調で言った。
「でも、サイズが合わなかったら困るでしょう? だから、早苗ちゃんも行って、念のために試着するの。私も荷物運びを手伝いに一緒に行ってあげるから寂しがらなくていいわよ。――あ、でも、その前に、おむつが濡れてないかどうか確かめておかなきゃね」
 スーツ姿の摩耶に合わせたのだろう、こちらはきちんと中学校の制服を着た真澄が言って、掛布団をさっと捲り上げた。
 寝乱れてパジャマの裾が捲れ上がり、おむつカバーが丸見えの早苗の恥ずかしい姿があらわになった。眠る前に咥えさせられたオシャブリが口からこぼれ、涎の糸をひいて枕の横に転がっている。

 掛布団を部屋の隅に片づけて戻ってきた真澄は早苗のおむつカバーの股ぐりに指を差し入れ、しばらくの間おむつカバーの中をまさぐった後、
「あらあら、今朝も駄目だったね。これで十日連続だよ、おねしょしちゃったのは」
と言って、おむつカバーから引き抜いた指を早苗の目の前に突きつけた。
「ま、いいじゃない。そのためにおむつをあててあげてるんだから。早苗ちゃんは赤ちゃんで、おねしょしちゃうのも当たり前なんだから」
 わざとらしく取りなすように摩耶が横合いから言った。
「……赤ちゃんじゃない。早苗、赤ちゃんなんかじゃない……」
 早苗は力なく言い返した。
 これまでに何度この言葉を口にしただろう。最初はむきになって強い口調で言い返していたその言葉も、今は弱々しい。
「そうね、早苗ちゃんは赤ちゃんなんかじゃないわね。だって、おむつカバーを丸見えにして、ミルクのシミがついたよだれかけのままお出かけなんてできないもんね。さすがに、こんな赤ちゃんそのままの恰好じゃ電車に乗れないもんね。だから、布おむつを外して着替えさせてあげる。ぷっくり膨らんだおむつカバーは無しにして、もう少しお姉ちゃんらしい恰好にしてあげる」
 早苗の言葉に対して、何やら含むところのありそうな声で真澄は応じた。
 だが、真澄の言う『少しお姉ちゃんらしい恰好』というのが、早苗の本来の年齢にふさわしい恰好である筈がない。
「じゃ、おねしょでぐっしょりのおむつを外して、これにしようね。これだったらおむつカバーみたいにぷっくり膨れないから、お出かけには丁度いいよ」
 真澄は替えのおむつが入った脱衣籠の横に置いてあるビニールパッケージから紙おむつを一枚つかみ上げて続けた。
「で、でも、真澄お姉ちゃん、言ったじゃない。布おむつを外して着替えさせてあげる。ぷっくり膨らんだおむつカバーは無しにしてあげる――ついさっき、そう言ったばかりじゃない。なのに……」
 早苗が力なく抗う。
「うん、確かにそう言ったわよ。『布おむつを外して』とも『おむつカバーは無しにして』とも言ったわよ。だから、『布おむつ』でも『おむつカバー』でもない、お出かけ用の紙おむつなんじゃない。間違ってなんかないでしょ?」
 早苗の言葉を遮って、真澄は悪戯めいた笑みを浮かべて言った。
 それに対して早苗は、
「そ、そんな……そんなのって……」
と口ごもるばかりで、何も言い返せなくなってしまう。
「じゃ、おむつを外そうね。おねしょでびしょびしょの布おむつを」
 黙り込んでしまった早苗の顔を見おろして真澄は言い、丸見えになっているおむつカバーの前当てを開き、横羽根を早苗のお尻の左右に広げた。
「あらあら、真澄の言う通りだわ。こんなにぐっしょり濡らしちゃって」
 早苗のおしっこをたっぷり吸って薄黄色に染まった動物柄の布おむつをしげしげ眺めて、摩耶がわざとらしい驚嘆の声をあげた。
 初めて布おむつをあてられてからこれまで何度も味わってきた屈辱と羞恥に、しかし、慣れることは決してない。早苗の頬がかっと熱くなる。
 その間も真澄は手を止めることなく、早苗の左右の足首を右手で一つにまとめ待って高々と差し上げ、下腹部の肌にべっとり貼り付いているおむつを慣れた手つきでたぐり寄せた。
 それを摩耶が、用意しておいたポリバケツで受け止める。
 二人の目にさらされた早苗の下腹部は幼い童女の下腹部と見紛うばかりになっていた。童女そのまま、無毛でつるつるの股間に。
 そう。うっすらとはいえ早苗の股間に淡い陰をつくっていた恥毛が今や一本も見当たらなくなっていたのだ。
 その事実に、河野家へやって来てからこちら一度もトイレへ行ったことがなく、おむつを取り替えられる時には自分の下腹部から目をそむけていた早苗はなかなか気づかなかった。早苗がそのことを初めて知ったのは、前日、遥香が不思議そうな表情を浮かべて発した一言からだ。その時の情景は今でも早苗の脳裏から離れない――。

 昨日の昼さがり、真澄を手伝って早苗のおむつを取り替えている最中、遥香はいかにも不思議そうな様子で
「あれ? 早苗ちゃんのここ、毛がなくなってる。公園で紙おむつを取り替えるのを手伝ってあげた時は生えてたし、初めておままごとをした時も生えてたのに、どうしちゃったのかな?」
と呟いた。
 その瞬間は遥香が何のこと言っているのかわからなかった早苗だが、摩耶が塗り薬のチューブを手にして
「ああ、それは、このお薬が効いてきたたからよ。早苗ちゃんがおむつを汚しちゃうたびにこのお薬を塗ってからベビーパウダーをぽんぽんして、そのあとで新しいおむつをあててあげていたでしょう? うん、そうそう。おむつかぶれにならないようにするために塗るのよって教えてあげたお薬。これが効いきて、邪魔な毛がなくなっちゃったのよ」
と応じるのを聞いて、ようやく自分の身に何が起こったのかをおぼろげながら理解した。
 おままごとを始めた日の夜、遥香たちが自分の家へ帰った後、早苗は前日までと同様、真澄と共に入浴し、背後から真澄に抱きかかえられておしっこをさせられてから脱衣場に連れ戻されて再びおむつをあてられたのだが、新しいおむつをあてる前に摩耶がポケットから取り出したのが、そのチューブだった。
「おむつかぶれになりにくくするお薬よ。これから先ずっとおむつだから、いつおむつかぶれになってもおかしくないわよね。でも、実際におむつかぶれになってから、おむつかぶれを治すお薬を使うよりも、おむつかぶれになりにくくするお薬を使って前もって予防しておいた方がいいでしょう?」
 チューブを手にそう説明する摩耶に向かって、早苗は渋々ながら頷くしかなかった。帰る間際に遥香が言った「じゃ、また明日も早苗ちゃんが赤ちゃんでおままごとよ。ううん。明日だけじゃなくて、明後日もその次の日も、これからずっと」という言葉と、これまでの摩耶や真澄の言動。それらを考え併せると、羞恥きわまりないおままごとから解放される日がいつ来るのか、まるで見当もつかない。その間おむつで下腹部を包まれたままなら、いずれ、おむつかぶれになってしまう恐れは充分ある。だが、四月の上旬になれば新学期が始まるのだ。身体測定や体育の授業の着替えで下着姿になった時、赤く爛れた下腹部を誰かに見られたとしたら――そんな事態に陥るのを防ぐには、摩耶の言葉に従うしかないのは明らかだった。
 そんなふうにして、おむつを取り替えるたび、ベビーパウダーをはたく前にチューブの薬を股間に塗り込まれることが習慣付けられたのだが、実は、その塗り薬の正体は、強力な除毛クリームだった。
 そうとは知らぬまま何日間にもわたって除毛クリームを塗り込まれた早苗の股間から遂に恥毛が一本残らず抜け落ち、遥香が不思議がったように、まるで童女のような下腹部に変貌してしまったのだった。
 遥香の言葉をきっかけにそのことを知った早苗は摩耶に向かって涙交じりの怨嗟の声をあげたが、摩耶の方は
「これでいいのよ。だって、おむつかぶれの原因は、拭き残しのおしっこだもの。綺麗に拭いてあげたつもりでもちょっとした油断で拭き残しになったおしっこのアンモニアがお肌を刺激したり、拭き残しのおしっこを養分にして増える雑菌のせいでお肌が爛れたりするのがおむつかぶれなのよ。それを防ぐには、おしっこの拭き残しをできるだけ減らすことなんだけど、毛が生えていると、そこに小さな雫が付着して、どうしてもうまくいかないの。要するに、毛がおむつかぶれの原因になっちゃうってこと。だったら、おむつかぶれになりにくくするには毛をなくしちゃうのが一番いい方法よね?」
と、早苗の恨みがましい視線などまるで意に介するふうもなく、しれっとした顔で応じるばかりだった。
「私、公園で遥香に『早苗ちゃんは大人でもないし小っちゃい子供でもないから、ちょっとだけ毛が生えてるんだよ』って説明してあげたよね? でも、今はどうかな。早苗ちゃんのここを見て、遥香はどう思う?」
 摩耶に続いて真澄が遥香に言い、早苗の無毛の股間を指差した。
「早苗ちゃん、大人と小っちゃい子の間じゃなくて、遥香と同じになっちゃったんだよね? 遥香と同じ、幼稚園くらいの小っちゃい子になっちゃったんだよね? ……ううん、遥香よりもうんと小っちゃくて可愛い赤ちゃんになっちゃったんだよね? だから、おむつなんだよね?」
 それまでの不思議そうな表情が一変、遥香は満面の笑みを浮かべて声を弾ませた。
「そうよ。遥香の言う通り、早苗ちゃんは赤ちゃんになっちゃったの。たくさんおむつを汚しちゃって、哺乳壜でミルクを飲ませてもらわなきゃいけない赤ちゃんに。だから、ここの毛がなくなっちゃったの。大人の印なんて、赤ちゃんに有るわけないもんね」
 真澄はにまっと笑っておおげさに頷いた。

 ――そんなふうにして、自分でもまるで知らぬ間に童女めいたつるつるの股間に変貌させられてしまった早苗の下腹部。
 その下腹部を摩耶はお尻拭きで綺麗に拭き清めた後、これみよがしに除毛クリームのチューブを手にした。
「やめて! そのお薬はもうやめて……」
 早苗が枕の上で弱々しくかぶりを振る。
「あらあら、おむつかぶれになりにくくするためのお薬を嫌がるだなんて、困った子だこと。でも、無理強いするのも可哀想だし、ま、いいかしら」
 早苗の涙声に、摩耶は意外にもあっさりチューブをしまった。もっとも、それは、早苗の哀願を聞き入れたからではない。本当のところを言えば、もう除毛クリームは用済みになっていたのだ。摩耶が早苗の下腹部に塗り込んだ除毛クリームは、既に生えている恥毛を除去するだけではなく、皮膚の内側にある毛根を不活性化するのに加え、次の毛根となるべき細胞の萌芽まで無能化してしまう効能を有していて、いったん無毛になってしまった早苗の股間に恥毛が生えることは二度と有り得ないのだった。だからこそ摩耶はあっけなく薬剤のチューブをしまいこんだにすぎない。
 除毛クリームの使用を中断すればいずれは元通りの下腹部になると早苗は思っているが、実は、それは儚い夢想でしかないのだった。
「じゃ、ベビーパウダーをぱたぱたしようね。お薬を塗らないんだったら、おむつかぶれにならないよう、ベビーパウダーは念入りにしとかなきゃね」
 摩耶は除毛クリームのチューブをパフに持ち替えてベビーパウダーを掬い取り、早苗の下腹部に押し当てた。
 何もわからずたまたま秘部をパフで撫でさする遥香とは違い、摩耶は早苗の秘部を狙いすまして責めたてた。
 みるみるうちに早苗の頬が紅潮し、やがてパフの縁が濡れてくる。それも、さらりとした濡れ方ではなく、ねっとりと糸をひくような濡れ方だ。執拗に秘部を弄られて堪らず溢れ出させてしまったいやらしいお汁なのは明かだ。
「あれ? 早苗ちゃん、ちっちしたくなったのかな? じゃなきゃ、こんな所が濡れるなんて変だよね」
 いつもなら遥香が無邪気に口にする言葉を、遥香が今日は母親と一緒に外出する用事があって河野家へ遊びにやって来ることができないため、代わりに真澄がからかいぎみに言った。
「あらあら、大変大変。じゃ、いつ出ちゃってもいいように、お出かけ用の紙おむつを着けてあげなきゃね。京子ちゃんの従妹のお下がりの紙おむつを」
 口では『大変大変』と言いながらまるで大変そうな様子などみせず、摩耶は、縁がねっとり濡れたパフをベビーパウダーの容器に戻し、真澄がパッケージから取り出した紙おむつのウエスト部分を両手で広げて早苗の両脚に通した。
 ドビー織りの布おむつの柔らかさとはまた違う、下腹部全体をふっくら包みこまれるような不織布の肌触りに早苗の耳朶が赤く染まる。
「おむつカバーがぷっくり膨らんだ布おむつに比べれば随分すっきりして、パンツみたいでしょ? ほら、ちょっぴりお姉ちゃんらしくなったわよ」
 摩耶は早苗の両手を引っ張って布団の上に立たせ、パジャマの裾から半分ほど見えているパンツタイプの紙おむつの吸収帯をぽんと叩いた。
「次は、着ている物もちょっぴりお姉ちゃんらしくさせてあげなきゃね。それとも、可愛いよだれかけ姿で制服を受け取りに行きたいかな、早苗ちゃんは?」
 真澄は冗談めいた口調で言いながら、首筋の後ろと背中で結わえている紐をほどいてよだれかけを外し、両手を覆っているミトンを外して、パジャマを脱がせた。
 真澄と比べれば貧相とはいえ、つんと上を向いたピンクの乳首やぷりんと張った乳房と、サクランボ柄の幼児用の紙おむつとの取り合わせが、いかにも倒錯的で妙になまめいて見える。
「はい、最初は肌着よ」
 胸元を覆い隠そうとする早苗の手を真澄が抑えつけると同時に、摩耶は、予め用意しておいた衣類の中から純白の肌着をつかみ上げた。綿生地でできた子供用のラン型スリップだ。
「い、いや。そんな、子供用の肌着なんて……」
 早苗は弱々しく首を振るのだが、強引に両手を上げさせられ、女児用の肌着を頭からすっぽりとかぶせられてしまう。
「何を言ってるの、早苗ちゃんたら。赤ちゃんの時はパジャマの下は裸ん坊だったでしょ? それに比べれば、スリップを着られるなんてすっかりお姉ちゃんよ」
 摩耶はそう言ってスリップの裾を引っ張って乱れを整え、次に、やはりこちらも純白の生地でできた長袖のブラウスを着せた。それも、袖口がふわっと膨らみ、大きな丸襟が愛らしい、幼い女の子向けのブラウスだ。
「私がこの家へ来た時に着ていたジーンズとトレーナーじゃ駄目なんですか!? こんな、こんな子供じみたブラウスで制服を受け取りに行くなんて……」
 早苗はすがるような目で摩耶の顔を見上げた。
「ジーンズとトレーナー? 制服を受け取りに行くのに、そんな遊び着でいいわけないでしょ? S女子大学の附属っていったら躾や礼儀作法にはとても厳しいんじゃなかったっけ? だったら、きちんとした恰好をしなきゃいけないことくらい早苗ちゃんにもわかるでしょ?」
 摩耶はぴしゃりと決めつけた。
 途端に早苗が唇を噛んで押し黙ってしまう。幼稚園から高校まで附属で過ごしている早苗だから、その厳しさは身をもって知っている。どんな事情があるにせよ、ジーンズ姿で学校へ行ったりしたらなんといって叱責されるか知れたものではない。それはわかっている。わかっているけれど……。
「じゃ、次はスカートよ。制服を着て行かなくても、このスカートなら先生方にも大目に見ていただけるわよ、きっと」
 続けて摩耶が早苗に着用させたのは、紺色のプリーツスカートだった。しかし、ウエストをホックで留めて穿くようなタイプではなく、肩紐でスカートが落ちないようにする吊りスカートだ。
「ほら、すっかりお姉ちゃんらしくなった。これなら、早苗ちゃんのことを赤ちゃんだって言う人はいないわよ。安心してお出かけできるわね」
 摩耶は、スカートの裾から紙おむつが見えるか見えないかくらいに肩紐の長さを調整してから、その上に、胸元に小花の編み込みをあしらったピンクのカーデガンを着せ、早苗の姿を無遠慮に眺めまわして満足そうに頷いた。
 たしかに、『すっかりお姉ちゃんらしく』なったのは事実だ。しかし、それは、よだれかけで胸元を覆われ両手をミトンで包まれていた時に比べてのこと。赤ん坊じみた恰好をしていたのが小学校低学年の少女めいた恰好になったという意味でしかない。しかも、スカートの下にはサクランボ模様の紙おむつを着用しているのだから、身震いするほどの羞恥は僅かも減じない。
「あとは、靴下と髪ね」
 最後に摩耶は真澄に手伝わせて、くるぶしを飾りレースで縁取りした、ブラウスと同じ色合いのソックスを履かせ、可愛い飾りのついたカラーゴムで髪をツインテールに結わえた。
 こうすると、いよいよ早苗は、小学校の新入生じみた姿になってしまう。
「こ、こんな恰好で制服を受け取りに学校へ行くなんて……」
 ガラス戸にうっすら映る自分の姿に、早苗は唇を震わせた。
 春休みとはいえ、学校には、部活動にいそしむ生徒たちが大勢いる。その中にこんな恰好で連れて行かれるのかと思うと、恥辱で胸を焼かれる思いだ。
「大丈夫よ、誰も笑ったりしないから」
 早苗の胸の内を見透かしたかのように摩耶が言った。
 きっぱり断言する摩耶の様子に、早苗は妙な胸のざわめきを覚えてならなかった。




「ちょっと待って。そんなに早く歩かないでよ、真澄お姉ちゃん」
 歩道を行き交う人たちに不審がられないよう幼児らしい言葉遣いを意識しつつ、早苗は、自分の手を引いて足早に歩く真澄の横顔を振り仰いで訴えかけた。
 もともと身長差があるから真澄が普通に歩くのに合わせるだけで精一杯なのに、ここ一週間以上も続けさせらているおままごとの間中、日に一時間弱の這い這いの練習を除いてはまるで体を動かしていないせいで体中の筋肉が弱ってしまっている上、毎回の食事も固形物は一切口にさせてもらえず、哺乳壜に入ったミルクや野菜ジュースといった飲み物しか与えられていないため、手も脚も思うように力が入らなくてつい覚束ない足取りになってしまい、真澄に手をつないでもらっても遅れがちになってしまうのだった。
「やれやれ、ちょっとお姉ちゃんらしい恰好をしていても、あんよはまだ上手じゃないのね、早苗ちゃんたら。いいわ、おんぶしてあげる」
 真澄はわざと通行人にも聞こえるように言って、早苗の手をつかんだまま、その場にしゃがんだ。
「おんぶなんて、してもらわなくていい。早苗、ちゃんと歩くから」
 真澄におんぶされているところを目撃された遥香との初めての出会いの光景が思い出されて、早苗は首を横に振った。
「でも、このままじゃ電車に間に合わなくなっちゃうよ。次の電車を待ってたら指定の時間に遅れちゃうんだから、ほら、急がないと」
 真澄は後ろ手に早苗の体を抱き寄せた。
 確かに、真澄の言う通りだ。ラッシュアワーから外れたこの時間帯、地方都市の支線を運行する列車の数は多くなく、一本乗り遅れたら次の列車までかなり待たなければならない。けれど、かといって……。
「ほら、いつまでも駄々をこねないの」
 早苗は身をよじるのだが、抵抗する力は弱々しい。真澄は早苗のお尻の下で両手を組んで軽々と抱え上げ、そのまま、さっさとおんぶしてしまった。
 あのお姉さん、私よりもずっと大きいのに、おんぶしてもらってるよ――そんな声がどこからか聞こえてきそうな気がして、早苗は周囲の視線から逃れるために真澄の首筋にすがりつき、大きな背中に顔を埋めた。




 三人が乗った列車はさほど混み合っておらず、乗降口のすぐそばに二人分の座席が空いていた。
 そこに先ず摩耶が腰をおろし、真澄がおんぶしている早苗を抱きおろして自分の膝の上に座らせた後、その隣に真澄が腰かける。
 制服姿の真澄とスーツに身を包んだ摩耶。そして、丸襟のブラウスと紺色の吊りスカートにピンクのカーデガンといういでたちで摩耶の膝の上に座る早苗。乗り合わせた乗客たちの目には、仲良し母娘のお出かけ姿としか見えないことだろう。その中でも早苗は小学校に入るか入らないかくらいの幼い少女と思われているに違いない(その年齢にしては体は大きいものの、一緒にいる摩耶と真澄もかなり大柄だから、さして不審がられることもない)。
「や、やだ。こんな、小っちゃい子みたいな座り方なんていや」
 幼児さながらの扱いを受けて早苗は頬を赤く染め、摩耶の手から逃れようとして体をよじった。
「仕方ないでしょ、座る所は二人分しか空いてないんだから。早苗ちゃんももうお姉ちゃんなんだから、そんなことで駄々をこねちゃ駄目よ」
 摩耶はわざと周囲の乗客の耳に届くよう、さも聞き分けのない妹をあやすかのような口調で言った。
「だったら、立ってる。おりる駅まで立ってる」
 早苗は、乗客たちの目の前での幼児扱いにいたたまれず、もういちど体をよじって摩耶の膝からおり、吊革につかまった。
 その途端、
「ね、ね、ちょっと見てよ。あの子が穿いてるのって……」
「え、どれどれ? あ、あれって、パンツじゃないよね」
「でしょ? あの子が穿いてるの、ひょっとしたら……」
と囁き交わす声が聞こえた。
 声の主は、向かい側の席に座っている二人連れの中学生とおぼしき少女だった。二人がちらちらと視線を向けながら時おり遠慮がちに指差しているのは、明らかに早苗のお尻だ。
 早苗は慌てて自分の下腹部に目をやり、自分がとんでもない痴態をさらしていることに気づいて息を飲んだ。
 スカートの裾から、紙おむつが三分の一ほど見えているのだ。
 ただでさえ丈の短いスカートなのに加え、ウエスト部分がかなり上に来るよう摩耶が肩紐を調整したせいで、腰をかがめたりちょっと風が吹いたりしたら紙おむつが見え隠れするいう状態だった。そんな状態で小柄な早苗が無理に背伸びをして吊革につかまったものだから、スカートがたくれ上がって紙おむつが見えてしまっているのだった
 丸見えというわけではないが、股ぐりのギャザーや吸収帯の膨らみを目にすれば、それが普通の下着でないことは容易に察しがつく。
「いや!」
 早苗は叫び声をあげて吊革から手を離し、スカートの裾を押さえた。
 けれど、却ってそれがまずかった。
 吊革から手を離した直後に発車のベルが鳴り響いて列車がすっと動き出したものだから、その弾みに体のバランスを崩してしまい、両脚に力が入らず踏ん張りがきかないため、そのまま倒れそうになる。
 と、真澄が急いで席から立ち上がって両手を伸ばし、早苗の体を抱き寄せた。
 そのおかげでかろうじて尻餅はつかずにすんだものの、倒れそうになった拍子にスカートが捲れ上がるのを防ぐことはできなかった。
 そのせいで、先に気づいていた二人連れの少女だけではなく、乗り合わせた乗客たち全員が注視する中、恥ずかしい下着があらわになってしまう。
「……!」
 早苗は声にならない悲鳴をあげ、真澄の胸に顔を埋めた。
「よしよし、ころんしちゃいそうになって怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」
 スカートの裾を引きおろそうとする早苗の手を乗客たちにわからないようそっと抑えつけ、紙おむつを丸見えにさせたまま真澄は席に戻り、摩耶に代わって今度は自分の膝の上に早苗を座らせた。
「これでわかったよね? 早苗ちゃんはまだあんよが上手じゃないんだから、こうやってお母さんやお姉ちゃんのお膝の上にお座りしてなきゃ駄目なのよ。一人で座ったり吊革を持って立ったりするのは、もっとお姉ちゃんになってから。いいわね?」
 真澄は諭すように言い聞かせ、紙おむつの上から早苗のお尻をぽんと叩いて、車内中に聞こえる声で続けた。
「それにしても早苗ちゃん、おっきしてからまだ一度もおむつを汚してないなんて、今日はとってもお利口さんね。この調子だと、もうすぐパンツのお姉ちゃんになれるかもしれないね」
「……!?」
 言われて早苗は、乗客が見守る中で紙おむつの上からお尻を叩かれる恥ずかしさに頬を上気させつつ、真澄の顔をおずおず見上げた。
 真澄に言われるまで自分でも気づかなかったが、確かにそうだった。これまでなら、目を覚ましてすぐおねしょのおむつを取り替えられた後、朝食代わりのミルクを哺乳壜で飲まされるとすぐ再びおむつを汚してしまうのが恥ずかしい日課になっていたのが、今朝は、おねしょのおむつを取り替えられ、哺乳壜のミルクを飲まされてから一時間近く経っている今もまだ尿意を覚えていない。
 けれど、当の早苗が不思議がるその理由を、実は真澄も摩耶も充分に承知していた。――早苗がまだおむつを汚していないのは、今朝のミルクに摩耶が利尿剤を混入しなかったからという、ある意味ひどく簡単な理由によるものだったのだ。
 今朝に限って摩耶が利尿剤を混入しなかったのは、自分でも知らぬ間に薬剤の服用を続けている早苗の体にかかる負担を気遣ってのことなどでは決してなく、そうすることが、早苗を生きたミルク飲み人形に仕立てるための最後の仕上げだという意味合いを有しているからに他ならない。
 河野家へやって来てからこちら、早苗は昼と言わず夜と言わず利尿剤や睡眠導入剤を服用させられ、眠っている間も意識がある時も幾度となくおねしょやおもらしを繰り返し、たくさんのおむつを汚してしまっていた。しかも、その間、摩耶と真澄は早苗をトイレの近くまで連れて行き、ひょっとしたらおむつを汚さずに済むかもしれないという淡い期待をわざと早苗に抱かせてから恥ずかしい粗相をさせたり、早苗よりも一回りも年下の幼稚園児である遥香におむつの交換を手伝わせることまでしたりして、早苗の心の奥底に絶望的な無力感を植えつけることを忘れなかった。
 そのようにして心理的に追い詰められた早苗の胸の片隅に「私には何もできない。私にできることは何もない」という諦めの気持ちが芽生え、いつしかその諦観の念が胸の内を満たしたとしても不思議ではない。
 そして、早苗の胸を満たす無力感がどれほど強大化しているかを確かめるために、摩耶は今日の外出にあたって利尿剤の混入をわざと行わなかったのだ。

「やっぱりおむつだったんだ、あれ」
「だったら、お母さんもお姉さんも大変でしょうね。あんなに体の大きな子のおむつのお世話をしなきゃいけないなんて」
「うん、普通はそうだよね。でも……」
「でも、何?」
「ほら、あの子を抱っこしてるお姉さんの顔を見てごらんよ。さっき、あの子を膝の上に座らせてたお母さんもそうだけど、ちっとも大変そうな顔なんてしてないじゃない?」
「あ、そう言えばそうね。なんていうか、あの子のお世話をするのが嬉しくて楽しくて堪らないって感じ? なんだか、そんなふうに見えるよね、二人とも」
 こちらの様子を窺いながら言い交わす二人連れの少女の声が再び聞こえた。
「そうだよ。早苗ちゃんのお世話をするの、ちっとも大変だなんて思ってないんだよ、お母さんもお姉ちゃんも。あの子たちの言う通り、早苗ちゃんのお世話をできるのが嬉しくて楽しくて堪らないんだから、二人とも」
 真澄は早苗の耳元に囁きかけてから、ようやく吊りスカートの裾を引っ張って紙おむつを覆い隠してやった。



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