CETI 〜宇宙鯨の声が聞こえる〜



「あんた、なんとかしなさいよ」
 目の前にあるミウの顔に向かってヨーコは無責任に言った。この非常事態から逃げ出そうとしている態度がありありだ。
「ど、どうして私なんですかぁ。ここはヨーコお姉ちゃまがなんとかしなきゃいけない場面ですぅ」
 ロボットのくせに完全にウロがきた口ぶりでミウは言い返した。
「何よ、お姉ちゃまっていうのは。いつ、私があんたと姉妹になったっていうのよ」
 むきになってヨーコも言い返す。論点がずれていることに気づかないのは、無意識のうちに現実から逃避しようとする心の動きのせいだろうか。
「あ、お姉ちゃま、冷た〜い。せっかく同じお船に乗り合わせた仲なんだからそんな冷たい言い方しなくてもいいと思いますぅ」
 ミウはぷっとほっぺを膨らませた。ロボットだとわかっていても、外見は16歳くらいの少女だから、妙に可愛らしく見えてしまう。
「ええい、馴れ馴れしくするんじゃな〜い! あくまでも私は艦長で、あんたはアシストロボなんだからね。そこんとこ、ちゃんとしておいてちょうだい。これは艦長命令です」
 すりすりと身を寄せてくるミウの体を向こうに押しやって、ヨーコは初めてきりっとした表情をみせた。
「えぇえ、かんちょう命令ですかぁ。そんな、こんな所で恥ずかしいですぅ」
 ヨーコの言葉に、ミウはぽっと頬を赤らめた(ロボットのくせして)。
「へ? 何が恥ずかしいのよ?」
 ミウの仕草の意味がわからずに、ヨーコは目を点にして訊き返した。
「だってぇ、浣腸命令だなんてぇ。私もぉ嫌いじゃありませんけどぉ、でも、最初は、もっとおとなしいプレイから始めた方がいいと思うんですぅ。いきなり浣腸だなんて、ほんっと、ヨーコお姉ちゃま激しいんだからぁ」
 潤んだ瞳でミウはヨーコの顔を見上げた。
「ちが〜う! よりによって、そんな変な聞き違いをするんじゃな〜い!! んとに、そりゃ私だって嫌いじゃないけど……あ、ううん、そうじゃなくて……あんた、本当に規格通りに製造されたロボットなの? なぁんか、他のOMUに配備されているアシストロボに比べると普通じゃないのよね」
 ヨーコは疲れきった顔をしてミウの肩に力無く掌を乗せた。今にも溜め息をこぼしそうだ。
「あ、それ、失礼ですぅ。ちゃーんとSSDOの工場で組み立ててもらって、オペレーティングシステムだってASIMOをインストール済みなのにぃ。それも、特別バージョンのASIMOなのにぃ」
 ミウは拗ねた声で言い返した。

 ちなみに、ASIMOというのは、ヒューマノイドロボットを含む自律制御が可能な作業機械群を作動させるためのオペレーティングシステム(OS=基本ソフト)として最も広く使われているソフトだ。”Autonomous System for Integrated Mechanics Operation”の略語だが、もちろん、ロボット工学三原則を初めて提唱したアシモフ(Asimov)博士の名前にちなんで名づけられたのは言うまでもない。ミウたちロボットが新しい行動を起こそうとするたびに、行動を制御するアプリケーションソフトに対して”ASIMOV”というコードで割り込みをかけ、これから取ろうとする行動がロボット工学三原則に反していないかどうかを監視する機能をカーネルの基本に置いたOSで、拡張性と安定性では、他のOSとは比べ物にならないほど高い評価を受けている。参考までに、ロボット工学三原則は
 [第一条]ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
 [第二条]ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りでない。
 [第三条]ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。
と定めている。

「ふぅん。一応、ASIMOもインストールしてあるんだ」
 ヨーコはとりあえず納得顔で頷いた。が、じきに何かに気がついたような表情でミウに問い質す。
「あんた、特別バージョンのASIMOをインストールしてあるって言ったわよね。それって、どんなふうに特別なのよ?」
 ミウの妙に馴れ馴れしい態度、きゃぴきゃぴした喋り方、へらへらした顔つき、それは、他のOMUに配備されているアシストロボとはまるで違っている。ひょっとしたらその原因が特別バージョンだというOSにあるのではないかと思いついたヨーコだった。



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