CETI 〜宇宙鯨の声が聞こえる〜



 大きな姿に映った自分の姿を目にするなり、ヨーコは思わず息を飲んだ。
 鏡の中のヨーコは、艦長を示す深紅の肩章を付けた銀色のスペーススーツを着用した凛々しいアストロノーツの姿ではなく、ピンクの生地でできたスカート付きロンパースを着た、まるで赤ん坊のような姿をしていた。胸元は大きな涎掛けに覆われて、両足は足首のところにボンボンをあしらったソックスに包まれた、赤ん坊そのままの姿だった。ロンパースのお尻はぷっくり膨れて、たっぷりとおむつをあてているのが一目でわかる。
「えへへ、可愛いでしょう? ミウ、お裁縫も得意なんです〜」
 鏡とヨーコの顔を交互に見比べながらミウはにこっと微笑んだ。
「お裁縫が得意はいいけど、でも、どうして私がこんな格好をしなきゃいけないのよ? こんな……こんな、赤ちゃんみたいな格好を」
 ヨーコは鏡から目をそらすと、羞恥に満ちた表情で顔を伏せた。
「だってぇ、お洋服を着せてあげなきゃ、おむつが丸見えだったんですよぉ。あ、ひょっとしてお姉ちゃま、おむつの他には何も身に着けてない姿を見せびらかすようなヘンタイさんだったんですかぁ? 別に、私は、そんなお姉ちゃまでもいいけどぉ」
 ヨーコが何を戸惑っているのかわからないという顔でミウが言い返した。
「ちがうわよ。そんなことじゃなくって、どうして赤ちゃんみたいにロンパースなのかってことなの。おむつは仕方ないにしても、その上にスペーススーツでもよかったんじゃないの?」
 ぶるんと頭を振ってヨーコは言った。
「でも、スペーススーツは上下がつなぎになってますぅ。おむつを取り替えるのにすっごく手間がかかるんですぅ。だから、おむつを取り替えやすいようにロンパースを作ってあげたのにぃ」
「でも、手間がかかるっていっても1日に1回くらいのものでしょうが。お、おむつを取り替えてもらわなきゃいけないのは」
「はい、1日に1回だけでしたぁ。お姉ちゃま、いい子におねむしてたし、おしもがしっかりしてたから1日に1回ですみましたぁ。でも、おねむから覚めたら、1日に何度も取り替えてあげなきゃいけないですぅ。だから、やっぱりロンパースがいいんです〜」
 ミウはきっぱり言い切った。
 それを耳にしたヨーコが慌てて顔を上げた。
「ち、ちょっと待ってよ。あんた、『おねむから覚めたら、1日に何度も取り替えてあげなきゃ』って言ったよね。どういうことよ、それ。人工冬眠中は仕方ないにしても、目が覚めたらおむつなんて必要ないじゃないの?」
 ヨーコは早口でミウに言った。
「だってぇ、このお船、おトイレを使えませんよぉ。おトイレが使えないんだから、おしっこはおむつなんですぅ」
 こともなげにミウが応えた。
「まさか……」
 ヨーコは航法コンピューターのディスプレイに指先で触れた。
 待つほどもなく、船内マップが表示される。
 OMU−1の内部を模式的に映し出した映像の所々に真っ赤な×印が表示されているのは、給水コックと食料供給シュートの位置だ。奈緒がOMU−1に実装した配給システムのために固く封印されてしまったせいで、使用不可能を示す×印が重なって表示されているのだ。
 大慌てで視線を走らせてトイレの位置を確認したヨーコは、信じられない思いで何度も何度もディスプレイを睨みつけた。――トイレの位置にも、給水コックと同様の×印が表示されていた。
「どうして、こんなことに……」
 呆然とした声で呟くヨーコ。
 それを待っていたかのように、ミウが耳朶からケーブルを引っ張り出してコンソールの接続端子に差し込んだ。
 さっき闇の中に消えた奈緒の立体映像が再び姿を現した。
『言い忘れたことがあるからまた出てきたよ、愛しのヨーコ。トイレが使えなくて困っているんだろう、マイハニー』
「あんたね? トイレまで使えなくしちゃったのは、あんたなのね!」
 ヨーコは、恨みがましい目で奈緒の立体映像を睨みつけた。
『そうだよ、ヨーコ。でも、理由を聞けば納得してもらえると思うよ』
 お気楽な顔つきで立体映像が応えた。
「じゃ、説明してみなさいよ。ちゃんと私が納得できるっていう理由を」
 険しい表情でヨーコが言い返す。
『今のところOMUは0.1Gの加速を続けているけど、あと1週間ほどすれば加速を止めて慣性航行に移る筈だね。そうすると、船内は完全に無重力状態になってしまう。そんな中でトイレを使ったらどんなことになると思う? おしっこが雫になって船内を漂うことになるんだよ。それを回収するのに必要なエネルギーを考えたら、とてもじゃないけどトイレを使わせるわけにはいかないんだよ』
「じゃ、他のOMUもトイレは使えないの?」
『いいや、トイレを使えないのはOMU−1だけ、つまり、僕が手がけたこのOMUだけだよ。他のOMUは空気を使ったりしておしっこを便器の中に吸引するような構造にしているみたいだけど、僕から言わせれば、そんなの愚の骨頂だね。そんな機能を付けて便器の重量を増やすくらいなら、そのぶん観測機器を余計に積み込めるし、吸引に要するエネルギーで少しでもたくさんのデータを基地に送信できるんだから。他の連中は、OMORASIの本来の目的を忘れてしまったんじゃないかな。僕にはそうとしか思えないよ。ヨーコならわかってくれるだろう?』
 立体映像は人差し指と中指の先を額に当てて、大げさに頭を振ってみせた。それから、ひとり納得したようにうんうんと頷いて言葉を続ける。
『それに、トイレを封印しておむつを使うのは、クルーの健康管理の面からも有効な方法なんだよ。排泄物をトイレに流し去ってしまわずにおむつに吸い取らせれば、健康状態をチェックするための試料を簡単に手に入れることができるんだからね。その後、おむつを回収装置に投入しておしっこを回収すれば水のリサイクルもずっと簡単に済むんだ。一石二鳥というのはこういうことを言うんだよ、マイエンジェル。これで説明は終わった。今度こそ消えることにするよ。――それにしても、完璧なシステムを組み上げたものだな。我ながら感心するよ。やっぱり、コーディネーターたる者、こーでねぇと〜』
 わっはっはと高笑いの声を残して立体映像は再び闇に溶け込んだ。
「これでわかったでしょ、お姉ちゃま? ほら、いつまでも濡れたおむつのままじゃ体に良くないからおむつを取り替えましょうね」
 ケーブルを耳朶の中に戻したミウはヨーコに向かって両手を差し伸べた。
「冗談じゃないわ! あんな説明で納得できるわけないじゃない! んとに、どうして奈緒なんかが私のOMUの担当になったのよ、まったく。ええい、情けない!」
 ヨーコは殆どヒステリー状態だった。
「あらあら、ご機嫌斜めだこと。お姉ちゃま、なにをむずがっているのかしら? ひょっとしたらお腹が空いて機嫌がわるいのかなぁ。じゃ、おむつを取り替える前にごはんにしてあげた方がいいわね」
 ミウは小声で呟いて、手早くエプロンの紐を解いた(アシストロボという役割に合わせて、そうして、また、純粋に奈緒の趣味に合わせて、ミウはゴスロリ風のブラウスとメイド服姿に純白のエプロンといういでたちだった)。そうして、メイド服の胸元を大きくはだけて、ブラウスのボタンを上から三つ、あっという間に外してしまう。
「な、何してるのよ、あんた?」
 突然のミウの行動に、ぎょっとしたような表情を浮かべてヨーコが訊いた。
「何って、お姉ちゃまにごはんをあげるだけです〜。お腹いっぱいになってご機嫌が直ってからおむつを取り替えてあげるんですぅ」
 言いながら、ミウはブラのホックを外してストリングをずらしたかと思うと、右側のカップを持ち上げるようにして、形のいい乳房をさらけ出した。とてもロボットとは思えない、ぴんと立ったピンクの乳首があらわになる。
「ほら、いらっしゃい。お姉ちゃまのごはん――お姉ちゃまの大好きなおっぱいですよ」
 言うが早いか、ミウは力強い腕でヨーコの体を自分の方に引き寄せてキャビンの床にお尻をおろした。
「離してよ、ミウ。やだ、離してったら」
 思いもしなかったミウの行動にヨーコは手足をばたつかせるが、最新技術の粋をこらして作製されたスーパーアシストロボット・ミウの10万馬力の腕力から逃れられる筈がない。
「ほらほら、暴れちゃ駄目ですよ。お姉ちゃまは素直ないい子でしょ? ちゃんとおっぱいを飲んでおむつを取り替えましょうね」
 おちゃらけた態度から一転、ミウは幼い子供をあやすような口調で囁きかけて、ヨーコの口に自分の乳首を押し当てた。
「むぐ……」
 ヨーコは激しく頭を振って乳首を拒んだものの、並みの人間とは比べ物にならないミウの腕力のために、強引にピンクの乳首を口にふくまされてしまう。
 途端に、甘い香りが口の中いっぱいに広がって、ほの温かい液体が舌の上に広がる。
 ヨーコの表情が一変した。
 どこかとろんとした目つきになって、あんなにミウの乳房から逃げようとしていたのに、いつのまにか、おずおずと唇を動かし始めている。
 ヨーコが微かに唇を動かすたびに、ミウの乳首から白い液体が溢れ出てはヨーコの舌に滴り落ちる。
 今や、ヨーコの理性と感情とはまるで別のものだった。羞恥と屈辱にまみれた理性は今もミウの手から逃れようともがくのに、感情の方は、そんな理性のあがきなどまるで知らぬげに、ミウの乳首から滴る液体を求めて無意識のうちに唇と舌を震わせ続けているのだ。
 体中を焼き尽くさんばかりの屈辱と羞恥。
 全身を貫く悦楽と満足感。
 相反するエモーションの渦がヨーコの胸をまっぷたつに引き裂く。
「いくら嫌がってみせても、体は正直なものね。お姉ちゃんたら、こんなに強く私のおっぱいを吸うんだもの」
 くすっと笑ってミウは指先でヨーコの頬をつんとつついた。
 これ以上はない羞恥のためにヨーコの頬が熱くほてる。
「いいのよ、そんなに恥ずかしがらなくても。お姉ちゃまが冬眠ポッドでおねむの間、ミウがいつもおっぱいをあげてたの。だから、今更そんなに恥ずかしがることはないのよ」
 ミウの言葉に、ヨーコははっとした表情になった。
 ミウの言ったことは嘘ではない。ヨーコが人工冬眠に入ってからは、ミウが3時間おきに自分の胸をはだけて授乳していたのだ。それが、人工冬眠中のヨーコに対する栄養補給の方法だった。



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