ママは同級生



「いい? ちょっと寒くなるけど、すぐに済むから我慢するのよ」
 さっきは少ししか捲り上げなかった掛布団を今度は大きく捲り上げ、体の左側を下にした姿勢で横向きに体を丸めている茜が身に着けているベビードールのボトムと紙おむつを太腿の中ほどまでずりおろした。
「……いや、寒い……」
 意識があるのかないのか、茜の口から弱々しい声が漏れ出る。
「すぐよ、すぐに済むわよ。このお薬をお尻に入れたらすぐに楽になるからね」
 美也子は囁くように言い聞かせながら、右手に持った坐薬を茜の肛門に差し入れた。
「あ……」
 茜の体がびくんと震える。
「もう少しだけ我慢するのよ。お薬がちゃんと入ったら、おむつとボトムを穿かせてお布団を掛けてあげるから」
 美也子は人差指の腹で坐薬をぐいっと押し込んだ。茜の体温で早くも表面が幾らか溶けだしている坐薬は、思ったよりも簡単に肛門に吸い込まれてゆく。
「これでいいわ。よく我慢したわね、茜ちゃん。本当に茜ちゃんはママの言うことをよくきくいい子だわ」
 紙おむつとベビードールのボトムを元通りにし、茜の体に布団を掛けた美也子は、茜の顔を正面から覗き込んで言った。
 そんな美也子に、訴えかけるように茜が繰り返し言う。
「……寒い、寒いよ……」
 いくら即効性に優れた坐薬とはいえ、挿入してすぐに効き目が表れるものではない。早くても15分間くらいはかかる。
「そう、寒いのね、茜ちゃん。わかった、じゃ、ママが温めてあげる」
 朦朧とした意識のまま何度も「寒い」を繰り返す茜に向かって美也子は大きく頷いてみせると、再び掛布団を捲り上げて、茜のすぐそばに体を滑り込ませた。
「ほら、抱っこしてあげるから、こっちへいらっしゃい」
 ベッドの上で添い寝の姿勢を取った美也子は、茜の背中に両手をまわしてそっと体を引き寄せた。
 ひどい悪寒のためにぶるぶる体を震わせているのに、体温は異様に高い茜。本当なら憎むべき美也子にこんなことをされればひどく反発するところだが、高熱のために半ば意識を失っているせいで、自分が何をされているのかもわかっていないのだろう。ただただ悪寒から逃れようとして美也子の体にひしと身を寄せてくる。
「そう、それでいいのよ。今日から私が茜ちゃんのママなんだから。パジャマの着替えも一人じゃできなくて、毎晩おむつのお世話にならなきゃいけない茜ちゃんは今日から私の娘なのよ」
 すっと目を細めて優しげな口調でそう茜の耳元に囁きかける美也子だが、少し間を置くと、片方の眉を吊り上げるような奇妙な笑みを浮かべ、今度は強く言い聞かせるような口調で続けた。
「そして、勇作さんは私の旦那様。これまでは茜ちゃんのパパだったけど、これからは私だけを愛してくれる優しい男性になるのよ。茜ちゃんも、パパとママが仲良しだと嬉しいわよね?」
 朦朧とした意識の茜が微かに頷いたように見えた。熱に浮かされ美也子が何を言っているのかわからないままの行動だろうが、それで美也子には充分だった。
「そう、茜ちゃんもパパとママの仲をお祝いしてくれるのね。本当に素直でいい子だわ、茜ちゃん」
 美也子は満足そうに茜の背中をぽんぽんと優しく叩いて言い、サイドテーブルに右手を伸ばした。
「じゃ、茜ちゃんがいい子のご褒美に、気持ち良くねんねできるように作ってきてあげたミルクを飲ませてあげる。あったかくて甘いから、これを飲めば寒くなくなるわよ」
 美也子は左手を茜の首筋の下に差し入れてそっと頭を持ち上げ、右手に持ったマグカップを自分の唇に押し当てた。そうして、レンゲのハチミツを溶かし入れた温かいミルクを口にふくむと、その真っ赤な唇を茜の蒼褪めた唇に重ねる。
 一瞬の間があって、茜の喉がこくりと動いた。美也子が口移しで飲ませたミルクを、自分が何をしているのかわからないまま飲み込んだのだ。しかも、美也子が口を離すと、もっとミルクをちょうだいとでもいうふうに唇を幾らか開けて物欲しそうな表情を浮かべる。
 それを見た美也子はにっと笑うと、再びミルクを口にふくむのだった。
 そうして、そんなことを何度も繰り返しているうち、解熱剤が効いてくるのと、ミルクで体が温まってくるのとが相合わさって悪寒が弱まってきたのだろう、それまでの寒そうな表情とはうってかわって茜の顔つきが穏やかになってくる。
 やがて、美也子から口移しでミルクを飲む茜の体の動きが緩慢になってきたかと思うと、とうとう、最後のミルクを唇の端から溢れ出させながら安らかな寝息をたて始めた。
「あらあら、ミルクを飲ませてもらいながらおねむだなんて、まるで赤ちゃんね。うふふ、でも、それでいいのよ。これからずっと、ママがおむつのお世話もしてあげるし、ミルクも飲ませてあげる。だから、茜ちゃんは赤ちゃんでいいのよ」
 あやすように美也子は言い、ふっと天井を見上げて呟いた。
「この調子だと、計画は思ったよりも簡単に進みそうね。これから先が本当に楽しみだこと」




 ようやくのこと茜が目を覚ましたのは、翌日の夕暮れ時分のことだった。いつになくひどい発熱のため、目は覚めたものの体は気怠く、意識も幾らかぼんやりしたままだ。
 茜が虚ろに目を開けると、サイドテーブルの上を片づけている美也子の姿があった。
「あら、おっきしたのね、茜ちゃん。長いことおねむだったけど、具合はどう?」
 気配を察したのか、それまで背中を向けていた美也子がくるりと振り返った。
「あ、うん……」
 茜は慌てて顔をそむけ、曖昧に頷くだけだ。おねしょ癖のことを知られ、美也子の手でおむつをあてられたことを思い出すと、とてもではないが目を合わせられない。
「昨夜に比べると大分ましみたいね。でも、まだ顔色はすぐれないみたいだし、そのままねんねしていた方がいいわ。晩ご飯はお部屋に持ってきてあげるから」
 茜に比べて、美也子の方はまるで何事もなかったかのようにわざとらしく明るい口調だ。
「……ご飯はいらない。食べたくない……」
 茜はぽつりと言った。
「駄目よ、ちゃんと食べなきゃ。何も食べないと病気が治らないんだから。用意してくるから、ちょっと待っててね」
 美也子はベッドの脇でひょいと腰をかがめ、そっぽを向いた茜の背中を優しく叩いて言うと、部屋をあとにした。

 待つほどもなく戻ってきた美也子は、両手で捧げ持っていたトレイをサイドテーブルに置くと、まだ向こうを向いたまま横になっている茜の頬を両手の掌で包み込むようにして上を向かせた。
「ママが食べさせてあげるから、いつまでも拗ねてないで、ちゃんと食べましょうね。食べやすいように柔らかな物ばかりだから」
 半ば無理矢理みたいに茜の顔を上に向けさせた美也子は、トレイに載せて持ってきた食器を持ち上げ、プラスチック製のスプーンで何やら見るからに柔らかそうな食べ物を掬って茜の口に近づけた。
 茜はそのスプーンと食べ物を目にするなり、どこか訝しげな表情を浮かべ、ベッドのすぐ横にあるサイドテーブルに視線を移し、美也子が運んできたトレイの上に並ぶ食器に目を凝らした。
 その顔がみるみるこわばる。



戻る 目次に戻る 本棚に戻る ホームに戻る 続き