ママは同級生



 茜の身に異変が起きたのは、そのすぐ後のことだった。美也子に何度も叩かれて真っ赤になったお尻を突き出し、美也子の膝の上に腹這いになりながら背中をのけぞらせた茜が何かに耐えるように哺乳壜の乳首をぎゅっと噛みしめたかと思うと、涙に潤んだ両目の瞳が虚ろになり、体が小刻みに震え始めた。
「どうしたの、茜ちゃん?」
 その様子にさすがに不安を覚えた美也子は茜に呼びかけた。が、返答はない。その代わりに、茜の口から嗚咽めいた声が漏れ出る。
 茜の下腹部がいっそう大きく震えたかと思うと、ぽたぽたと数滴の雫が内腿を伝い落ち、それがすぐに細い条へと姿を変える。
「駄目、そのままじゃお布団が濡れちゃう!」
 茜の下腹部から溢れ出たのがおしっこだと気づいた美也子は、ブラウスの袖口が濡れるのもかまわず、茜の太腿の下まで引きおろしていた紙おむつを急いで引き上げた。
 茜はおねしょ癖があるだけではなく、昼間も、どちらかといえばトイレが近い体質だった。どうやら膀胱が小さいらしく溜めておけるおしっこの量が少ないのがその原因らしいのだが、おねしょ癖のことで泌尿器科にかかった時も、病的なまでに小さいわけではないからということで外科的な治療は受けずにこれまで生活してきた。平均すると2時間ちょっとに1度の割合くらいでトイレへ行くのが習い性になっているのだが、人よりトイレの回数が多いから面倒だなと思うことはあっても、それで学校の授業に支障をきたすというほどのこともないため、茜自身もあまり気にしたことはない。朝も、(夜中におねしょでおしっこを出しきてってしまっている筈なのに)目が覚めた時に尿意を覚え、おねしょで汚してしまったおむつを外しがてらトイレに行っておけば、通学のバスも電車も大丈夫だし、学校に着いても朝のホームルームが終わるまでは我慢できている程度だ。
 しかし、今は事情が違った。高熱にうなされ意識を失うようにして眠っている間に、(自分では認めたくないものの)何度もおむつを汚してしまっていたに違いない。そうしてそのたびに、美也子の手でおむつを取り替えられていたのだろう。現に、美也子の携帯電話には、美也子が茜の紙おむつの中に指を差し入れて様子を探っているシーンを撮った写真が残っているのだから疑う余地はない。そんなふうに何度もおねしょで膀胱を空にしながらも、さっき夕方になって目を覚ました時、いつもの朝の目覚めの時と同様に尿意を覚えていた。けれど、それを美也子に言い出せないまま、離乳食を与えられたり哺乳壜でミルクを飲まされたりしていたのだ。その間に尿意は次第に高まり、お仕置きと称してお尻をぶたれていた時には耐え難いほどになっていた。それをようようのこと堪え、お仕置きも終わりだと思って気を緩めていたところに、思いがけない強烈な最後のお仕置きを与えられたのだからたまらない。とうとう辛抱できなくなって、茜は美也子の膝の上に腹這いになったまま恥ずかしい粗相をしてしまったのだ。
 自身の惨めな姿に嗚咽の声を漏らし、その声を押し殺そうとして哺乳壜の乳首を噛みしめる茜の下腹部から、紙おむつの生地越しに、小川のせせらぎのような音が聞こえていた。そんな茜の姿は、お仕置きを受けている時よりも更にずっと幼児めいて見えるのだった。




 最近の紙おむつは吸水性が良くなっていて、おねしょの分だけでなくおもらしのおしっこも洩らすことなく吸い取ってくれた。ただ、美也子が慌てて紙おむつを引き上げる前に溢れ出てしまったおしっこのために茜の内腿ばかりでなく、美也子が穿いているジーンズの膝のあたりとブラウスの袖口、それに敷布団を幾らか濡らしてしまっていた。
「どうやら掛布団は大丈夫みたいだし、敷布団も、それほどは濡れていないわね。これなら、おしっこで濡れたところをバスタオルで覆えば滲み出してくることもないでしょう。本当ならすぐにでもベランダに出してお日様の光で乾かしてあげたいんだけど、もう日が暮れてるし、それは明日にしましょう。今夜一晩だけそれで我慢してね、おもらしっ子の茜ちゃん」
 お仕置きのために腹這いにさせていた茜の体を元のように仰向けに寝させ、布団の濡れ具合を手早く確かめた美也子は床におり立って溜息交じりに言った。
 それに対して茜は何も応えない。いいようのないほど惨めな醜態をさらし、その一部始終を間近に見られた相手に一言でも応えられるわけがない。
「ママは着替えをしてくるから、その間、残ったぱいぱいを飲んで待っていてちょうだい。茜ちゃん、哺乳壜のぱいぱいが大好きなんでしょう? だって、お仕置きの間もおもらしの間も、あんなにしっかりぱいぱいを吸っていたんだもの」
 今にも泣き出しそうな茜の顔を見おろし、皮肉めいた口調で言って、美也子は部屋を出て行った。さすがに美也子もまさか茜がお仕置きの最中に粗相するとは予想もしていなかったが、けれど、決してそれで計画が狂う筈もない。むしろ、茜を罠に追いたてるための絶好の口実になるのは目に見えて明らかだった。

 しばらくして戻ってきた美也子は、紺のスカートに淡いピンクのブラウス、それに、さっきまで着用していたデニムのエプロンから明るい色合いの花柄のエプロンに代えて、いかにも良家の若奥様といった格好をしていた。しかも、もう何年もこの家に住んでいてこの家のことは全て知り抜いているとでもいうような威厳めいた雰囲気さえ漂わせている。それとは対照的に茜の方は、たっぷりのおしっこを吸って吸収剤がぷっくり膨れた紙おむつに汗まみれのベビードールといった姿で、自分のおしっこで濡らしてしまった敷布団の上に寝かされて哺乳壜からミルクを飲んでいるという、屈辱に満ちた姿だ。祖母が他界してからは家事の一切を取り仕切ってきたというのに、今の茜は、それこそ自分一人では何もできない幼児めいて頼りなく無力な存在に見えてしまう。
「あ、えらいえらい、ちゃんと飲んじゃったのね、茜ちゃん。そうやってたくさんぱいぱいを飲んで、次はまんまを食べられる大っきな赤ちゃんになって、それから、普通のご飯を食べられるお姉ちゃんになりましょうね。それで、その頃にはおもらしが治っいるといいわね、茜ちゃん」
 美也子は自分が着替えている間に茜が哺乳壜を空にしたのを大仰に褒めてみせながら、手に提げてきた大きな藤のバスケットをサイドテーブルの上に置いた。バスケットには、普通のタオルが2枚と、厚手のバスタオルが1枚入っていた。ただ、どうやらそれだけではなくその他にも何か入っているようで、丁寧に折りたたんだバスタオルが小高く盛り上がっているのが見える。
「先にパジャマを着替えましょうね。昨夜よりはましだけど、お熱はまだ下がりきってないから汗でぐっしょりよ。はい、お手々を上げて」
 美也子は、すっかり空になった哺乳壜を受け取ってバスケットの横に置き、茜の上半身をベッドの上に起こすと、両手を上げさせてベビードールを脱がせた。そうすると茜は、丸裸に紙おむつを着けただけの姿になってしまう。いまひとつ発育しきれず僅かに膨らみ始めたばかりの乳房と紙おむつとの対比が、幼さとあどけなさばかりでなく、妙になまめいて見える。
 茜は何度か浅い呼吸を繰り返した後、下唇を噛んで美也子の顔をちら見上げ、渋々のように両手を上げた。美也子はそんな茜のベビードールを脱がせ、藤製のバスケットに入れて持ってきたタオルで茜の体を拭き清めると、整理箪笥の引出から新しいベビードールを取り出して茜に着せた。けれど、ベビードールのボトムはまだ穿かせない。茜がおねしょとおもらしで汚してしまった紙おむつの後始末をしなければいけないからだ。美也子は上半身を起こしている茜の体を再び横にさせるとお尻と両脚を上げさせ、敷布団のうっすらとシミになったあたりを、やはりこれもバスケットに入れて持ってきた厚手のバスタオルで覆った。
「さ、新しいおむつにしてあげますからね。おしっこで濡れたおむつでお尻が気持ちわるいでしょ? すぐに新しいふかふかのおむつに取り替えてあげるから、おとなしくしてるんですよ」
 美也子は敷布団を覆ったバスタオルの乱れを整えた後、お尻と両脚をおろした茜の耳元に囁きかけた。
 それを耳にした途端、熱のせいばかりでなく茜の顔がかっとほてった。出会ったばかりの他人の手でおむつを取り替えられるのだから、羞恥に身を焼かれる思いだ。
 けれど、実は更に想像を絶するほどの羞恥に満ちた状況が茜を待ち受けているのだが、今の茜にそれを知る由はなかった。



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