ママは同級生



「味付けに使った苦み成分はかなり強力なやつだから、単に苦いってだけじゃなくて、舌や喉に焼けつくような痛みさえ感じるていると思うわ。それに、それがかなり長いこと続くから、このくらいの大きさの哺乳壜だとミルクをみんな飲み終わった頃じゃないと苦みは消えない筈よ。ほら、ご覧なさい、茜ちゃんのあの顔」
 薫がそっと指差す先、茜は二人のことを気にしてちらちらとこちらに視線を走らせては、目が合うと羞恥にまみれた表情になって慌てて目をそむけた。けれどそうしながらも、決して哺乳壜の乳首を口から離そうとはしない。喉を焼かれるような苦みから逃れるためには、一時も休まずミルクを飲み続けなければならないのだ。
「うふふ、あの恥ずかしそうにする表情がたまりませんね。なんだか、悪戯をママにみつかった時の小っちゃい子みたいで」
 美也子は、いかにもいとおしいものを見るように目を細めて言った。
「でしょう? あの表情を美也子さんが独占するためにも、絶対にお薬を忘れちゃ駄目よ。お薬をのませて哺乳壜を使わせて、自分が本当に何もできない赤ちゃんに戻っちゃったんだってことを茜ちゃんに思い知らせるのよ。茜ちゃんが美也子さんに頼りきるようになった時、初めて美也子さんが勝ったことになるんだから。そうして、優しい旦那様と聞き分けのいい娘を手に入れることになるんだから」
 薫は片方の眉を吊り上げて薄く笑いながら言った。
「わかりました。だから、一日でも早くそうなるために、先生、これからもよろしくお願いします」
「もちろんよ。高校生の女の子を赤ちゃん返りさせちゃうだなんて、こんな面白いゲーム、他では絶対に経験できないもの」
 茜の顔をじっとみつめながら薫は頷いたが、茜の下唇からミルクが雫になって滴り落ちるのを目にすると、今にも舌なめずりせんばかりの表情になって誰にともなく呟いた。
「さ、茜ちゃんがもっともっと恥ずかしそうにする様子をたっぷり楽しむことにしましょうか」
 そう呟いた薫はベッドの枕元付近に歩み寄ると、ミルクを飲むために盛んに唇を動かし続ける茜の顎先に指をかけ、強引に自分の方に顔を向けさせた。
「あらあら、いっぱいミルクをこぼしちゃって。もっとお行儀良く飲まないと駄目じゃない、茜ちゃんてば」
 薫の言うように、下唇から顎先にかけて、ミルクの雫がたくさん付いていた。ひどいところは、細い条になって流れ落ちた跡さえある。薫が仕組んだ苦み成分に耐えきれずに茜が急いで飲んだために溢れ出したミルクの雫だ。自分が仕掛けたことなのに、そんなことはおくびにも出さず、いかにも行儀の悪い幼児を叱りつけるといった口調の薫だった。
 薫にそう言われて、茜はおどおどと顔を伏せ、唇の動きを鈍らせた。
 そこへ、横合いから美也子が割って入る。
「気にしなくていいのよ、茜ちゃん。先生に叱られても、ママはずっと茜ちゃんの味方だからね。茜ちゃんはまだ小っちゃな赤ちゃんだもの、哺乳壜のぱいぱいを上手に飲めなくてもいいのよ。ぱいぱいをこぼしても平気なようによだれかけをしてるんだもの、ほら、顔を上げてごらん」
 美也子は茜を庇ってみせ、よだれかけの端で、唇の下から顎先にかけて飛び散るミルクの雫を拭き取った。
 ハンカチでもタオルでもなく、幾つかミルクのシミを付けたよだれかけの端で顔を拭かれて、茜は想像を絶するほどの羞恥に包まれた。それこそ自分では何一つできない赤ん坊そのままに扱われたと思うと、恥ずかしさで身悶えしそうだ。
 美也子と薫は、そんなふうにして激しい羞恥に耐える茜の顔を見やって互いにほくそえんだ。そうしてそっと目配せを交わすと、美也子が茜の耳元に唇を近づけて甘い声で改めて囁きかけた。
「何があっても茜ちゃんのことはママが守ってあげる。怖い人がいたらママの背中に隠れればいいのよ。怖い夢を見たらママのおっぱいにしがみつけばいいのよ。怖い目に遭ったら思いきり泣きながらママの名前を呼べばいいのよ。絶対にママが茜ちゃんを守ってあげるから」
 それまで味わったことのない屈辱と羞恥のために気持ちが不安定に揺れている中、薫に叱られたせいで茜の心が壊れそうになるところへ、美也子の甘い声は、砂に撒いた水みたいにじわっと滲みこんでくる。
 思わず茜は、すがりつくような目で美也子の顔を見上げてしまった。その内面はまるで異なるとはいえ、外見は亡き母の面影を思い起こさせる美也子の顔が間近にあるのだ。
 茜は一瞬とろんとした表情を浮かべて、美也子の体に寄りかかりそうになった。
 が、すぐにぶるんと首を振って哺乳壜の乳首を噛みしめる。
 美也子と薫は茜に気づかれぬよう注意しながら満足そうに微笑み合った。そうすることで二人は、自分たちの連携プレイがうまく運んだことを互いに確認し合ったのだ。
 今、茜はほぼ完全に肉体の自由を奪われ、美也子の支配下に置かれている。けれど、精神的にはまだまだで、少し油断すると抵抗する素振りを見せる。美也子の手によって突如として自由を奪われ、愛する父さえ奪われようとしているのだから茜が抵抗するのは当たり前のことだが、それが美也子には気にくわない。そこで美也子と薫が茜を精神的にも屈服させる方法として選んだのが、互いの役割を決めての連携プレイだった。あるいは敵と味方、あるいは怖い人と優しい人、あるいは見知らぬ他人と愛情深い母親――薫と美也子の役割を簡単に例えれば、そんなところだろうか。要するに、薫が冷たい態度で接した直後に美也子が茜を庇うことで、茜の胸の中に美也子に対する依存心を芽生えさせようする企みだ。今回は茜もすぐに我に返ったが、様々な状況で何度も何度も同じように繰り返し接すれば、やがて茜は精神的にも美也子なしでは生きてゆけなくなるだろう。いつしか、例えば薫が茜を怖い顔で睨みつけた時に茜が美也子の背中に隠れるような仕種をみせた時が来るとすれば、その時こそが、茜が身も心も美也子の支配の下に置かれることになった瞬間なのだ。




 それからしばらくして、哺乳壜のミルクが半分ほどなくなった頃、ゴムの乳首を吸う茜の唇の動きが突然ゆっくりになった。
「あら、どうしたの、茜ちゃん? ぱいぱいはまだ残ってるわよ」
 それまで頬を膨らませて盛んにミルクを飲んでいた唇の力がふっと抜け、ためらいがちな視線をこちらに向ける茜の様子に、美也子は訝むような口調で声をかけた。
 それに対して茜はしばらく逡巡した後、力なく首を振ってから、何かに耐えるような表情を浮かべた。
「どうしたの? ぽんぽんが痛いの? それとも、お熱が高くなってきたの? ちゃんとママに教えてちょうだい。教えてくれたらママが何でもしてあげるから」
 美也子はなだめすかすように言った。
 けれど、茜からの返答はない。
 そこへ、薫が美也子の耳元に小さな声で囁きかけた。
「茜ちゃん、おしっこがしたいんじゃないかしら。実は、美也子さんから茜ちゃんを赤ちゃん返りさせる計画に協力してほしいって頼まれた後、茜ちゃんが通院していた泌尿器科の医院に行ってカルテを見せてもらったんだけど、どうやら茜ちゃん、膀胱が普通よりも小さいみたいなの。おねしょとそのこととは直接の関係はないんだけど、ただ、膀胱が小さいせいで、おねしょしちゃった後もわりと短い時間で膀胱がいっぱいになっちゃうから、目をさますとすぐにトイレへ行きたくなる筈なのよ。なのに茜ちゃん、今朝になって目を覚ましてからこれまで、もちろんトイレへは行ってないし、おむつも汚してないじゃない。もうそろそろ我慢の限界なんじゃないかしら」
「あ、そういえば、昨日はお仕置きの途中でおもらししちゃったんだっけ、茜ちゃん。そうですね、先生の言う通りかもしれません。だとしたら、面白いことになりそうですね」
 美也子は目を輝かせ、含み笑いを漏らして頷いた。



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