ママは同級生



 薫の言う通りだった。茜は二人の話し声で目を覚ました時から尿意を感じていたものの、どうしてもそのことを告げることができないまま今まで我慢していたのだ。けれど、もうそれも限界に近かった。
「それに、ミルクの前にのませた利尿剤がそろそろ効いてくる頃ね。茜ちゃん、いつまで頑張っていられるかしら」
 薫はそう付け加えて美也子の耳元から唇を離した。
 そう、ただでさえ尿意が高まってきているところへ利尿剤の効果が加わっているのだから尚更だ。しかも利尿剤には膀胱の神経機能を低下させる成分も混入している。茜がいつまでも我慢し続けられる筈がなかった。
「茜ちゃん、ひょっとして、おしっこがしたいんじゃないのかな?」
 薫に耳打ちされた美也子は、茜の顔と、おむつで膨らんだロンパースのお尻のあたりを交互に見比べながら確認するように言った。
「……」
 一瞬はっとした表情を浮かべた茜だが、それでも無言で力なく首を振るばかりだ。
 実は、茜が尿意を認めないだろうということも薫と美也子は前もって予想していた。これほどまでに羞恥に満ちた状況に置かれて、おしっこがしたいなどという更に恥ずかしい言葉を多感な年頃の少女が他人に向かって口にできるわけがないのは火を見るより明らかなのだから。
「そうなの? 本当におしっこじゃないの?」
 切羽詰まった顔になりながらも頑なに尿意を認めない茜に向かって、美也子は念を押すように再び訊いた。
 それでも茜からの返答はなかった。何か言いたそうにして哺乳壜の乳首をきゅっと噛むのだが、言葉にならない。
「そう。じゃ、どうしたのかしら。やっぱり、ぽんぽんが痛いのかな? だったら、痛いの痛いの飛んでけーをしてあげた方がいいかな」
 本当のところを充分に承知しながら、美也子はわざと考え込むような顔をすると、茜の腹部に掌を押し当てて撫でるように動かし、その手を、少しずつお臍の下あたりまで這わせ始めた。
 ただでさえ尿意がぎりぎりまで高まっているところへ、軽くとはいえ下腹部を押さえられて、茜の顔が思わず歪む。
「あ、痛いのはこのへんかな。でも、ママがおまじないを唱えてあげるから大丈夫よ。ほら、痛いの痛いの飛んでけー」
 美也子は茜の下腹部を改めてぐっと押してから、掌をぱっと離して宙に踊らせた。
「あ……」
 茜の口から弱々しい呻き声が漏れ出た。
 哺乳壜の乳首を咥える唇が半開きになって、それまでに口の中に流れ込んでいたミルクが細い条になってこぼれ出し、顎先から首筋に滴り落ちて、よだれかけのシミを大きくしてゆく。
「あらあら、ぱいぱいをこぼしちゃって。さっきまで上手に飲めていたのに、どうしちゃったのかな、茜ちゃん」
 美也子はわざと驚いたように言い、よだれかけの端で茜の口の周りをぬぐった。そうして、冷たく瞳を輝かせると、
「あれ、お尻が震えてるわね。それに、その顔――さっき、おしっこはないって言ってたけど本当かしら? 本当に、ちっちじゃないのかな?」
と囁きかけながらロンパースの股間に並ぶボタンを外してボトムを開き、股間を包み込むような感じでおむつカバーに掌を押し当てた。
「ね、茜ちゃん。本当にちっちじゃないの?」
 布おむつとおむつカバーの生地を通して、生温かい液体が溢れ出し、じわじわと広がってゆく感触が微かに掌に伝わってくる。美也子はねっとり絡みつくような口調で茜に重ねて訊いた。
 が、茜は押し黙ったままだ。
 おしっこなんかじゃないと否定することはできない。かといって、認めることは更にできない。
 茜にできるのは、半開きになっていた唇を今度は固くぎゅっと閉ざし、おずおずと目をそらして哺乳壜の乳首を噛みしめることだけだった。

 しばらくして茜の下腹部が再びぶるっと震えた。
 それを見た美也子は、それまでおむつカバーの表面に押し当てていた右手を、幅の広いバイアステープを押し広げておむつカバーの中に差し入れた。内側の様子を探るまでもなく、布おむつはぐっしょり濡れている。
「ちっちじゃないって言ったよね、茜ちゃん? だったら、これは何だと思う? 汗かな、それとも……」
 美也子はおむつカバーから右手を抜いて、じとっと濡れた中指を茜の目の前に突きつけた。
 それが決して汗などではないことは茜自身が一番よく知っている。けれど、それが何なのか口にできるわけもない。何か言わなければひどい折檻が待ち受けているのではないかと怯えながらも、今は押し黙ることしかできない。
「あらあら、そんなに怖がらなくてもいいのよ、茜ちゃん。ちっちを教えられなかったけど、ママは茜ちゃんにお仕置きなんてするつもりはないから」
 茜の顔に浮かぶ怯えの色に対して美也子は奇妙な笑みを浮かべて言った。
 お仕置きなんてしないわよという美也子の言葉に、茜の顔に微かな安堵の表情が戻る。
 が、それに続いて美也子が口にしたのは、茜の羞恥をこれでもかと掻きたてるような屈辱に満ちた言葉だった。
「おもらしもおねしょもしなくなっておむつの外れたお姉ちゃんがパンツを汚しちゃったら、お仕置きするかもしれないわね。だって、おむつじゃなくてパンツになったお姉ちゃんなら、お仕置きをすれば、おもらしはいけないことなんだってわかってくれるもの。でも、まだおしっこを教えられないくらい小っちゃな赤ちゃんにお仕置きしても仕方ないわよね。おもらしがいけないことなんだってわからない赤ちゃんだから、おねしょやおもらしでおむつを汚しちゃうんだもの。逆に言うと、おねしょやおもらしをしちゃっても大丈夫なようにおむつをあててるんだもの。だから、茜ちゃんがおもらししちゃってもママはお仕置きなんてしないの。だって、茜ちゃんは、ちっちを教えられない小っちゃな赤ちゃんだもの。だから、ずっとおむつなのよ、茜ちゃんは。これからずっと、パンツじゃなくておむつなの。わかるわね?」
 美也子の言葉に、茜の瞳に絶望の色が浮かぶ。弱々しく首を振るが、美也子はまるで取り合わない。
「お熱が下がったら昼間のおむつはやめようと思ってたけど、これじゃ駄目ね。おねしょは当分の間治らないみたいだから毎晩おむつをあてるのは仕方ないけど、お熱が下がったらおもらしは治ると思ってた。そうしたら、おっきしてる時はパンツで大丈夫だって安心していたのよ、ママは。でも、そうじゃないみたいね。ちっちが出そうになっても出ちゃった後でも教えられないような小っちゃな赤ちゃんの茜ちゃんは当分おむつ離れできないわね。でも、いいのよ。ママ、そんな茜ちゃんが大好きなんだから。いつもいつもおむつを汚しちゃってママに甘えてくれる茜ちゃんが可愛くて仕方ないんだから。――さ、おむつを取り替えましょうね」
 美也子はすっと目を細めて言い、茜の上半身を押し倒してベッドに横たわらせた。もちろん茜は抵抗したが、薫が美也子を手助けするものだからたまらない。あっという間に茜は、両手で哺乳壜を支え持ちゴムの乳首を咥えた格好のまま頭を枕に載せられ、両肩を敷布団に押しつけられてしまった。
「いいのよ、そのままぱいぱいを飲んでいて。茜ちゃんがぱいぱいを飲んでいる間にママがおむつを取り替えてあげるから」
 美也子は改めてよだれかけの端で茜の口元をぬぐってから、おむつカバーの前当てに指をかけた。
「よかったわね、茜ちゃん。大好きなぱいぱいを飲みながら優しいママにおむつを取り替えてもらえて。これからもずっとママはこんなふうに優しくしてくれるのよ。だから、何も心配しなくていいの。ちっちしたくなったら安心しておむつを汚していいの。そうやってずっとずっとママに甘えていいのよ」
 おむつカバーを開く美也子の手つきと羞恥に満ちた表情で哺乳壜を吸う茜の顔とを交互に見ながら薫がガラガラを振った。
 からころ。
 からころ。
 本当なら赤ん坊をあやすために奏でるかろやかな音色が、今の茜には、羞恥の炎を煽り立てる屈辱の音色にしか聞こえない。






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