ママは同級生



「や、やめて! おむつを二階のバルコニーに干すなんて、そんな、そんなこと、絶対にやめて!」
 美也子が何を言おうとしているのか理解した茜は、ベビーベッドの上で膝立ちになり、サイドレールの上端を握りしめて、身を乗り出さんばかりに金切り声をあげた。
 美也子たちの家がある一角は閑静な住宅街で、敷地は比較的ゆったり取っているし、家と家との間には割と背の高い生垣が繁っている。そのため、隣の家から物干し場の様子を窺い知ることはできない。しかし、洗濯物を二階に干した場合は事情が変わってくる。いくら背の高い生垣とはいっても二階の窓どうしの視界を遮ることはできないし、庭の木もどちらかというと勝手口に近い方に背の高い種類が集まっているから、育児室に使っていたこの部屋と一昨日まで茜が使っていた部屋のバルコニーの様子は隣の家の二階からは丸見えに近い状態だ。わざわざ覗き見しようという気がなくても、隣人がなにげなく二階の窓からこちらに目をやれば、そこに何があるのか手に取るように見える。それでも、バルコニーに干してあるのが布おむつだけなら、親戚が子供連れで遊びに来ているのだろうというくらいに思われるだけかもしれないが、赤ん坊用のと比べれば一目で大きさが違うおむつカバーが一緒に干してあれば、好奇の的になるのは間違いない。万一、今そうしているように茜のベビードールが一緒に干してあったりしたら、そのおむつを汚したのが誰なのか、すぐにわかってしまう。
 美也子はそのことを言外に匂わせて茜に言うことをきかせようとしているのだ。おむつを二階のバルコニーに干されるのがいやなら、これまでと同じように恥ずかしい粗相でおむつを濡らしなさいと。
「そんなの、絶対に駄目なん……」
 茜はサイドレールを握る手に更に力を入れて叫んだ。が、言葉は途中までしか続かない。
叫ぼうとして大きく開いた唇が、最後の方は力なくわなわなと震えるだけだ。耐え難いほど尿意が強くなっているのに加えて薬のせいで膀胱の神経が幾らか麻痺したような状態にあるのにもかかわらず下腹部に力を入れて体を動かし、叫び声をあげたものだから、急に腹圧が高まって、とうとう我慢できなくなってしまったのだ。
 茜はベビーベッドのサイドレールをぎゅっと握りしめ、小刻みに肩を震わせながら、唇を力なく半開きにして、すがるような目で美也子の顔を見上げた。
「いい子ね、茜ちゃんは。口に出してお返事する前に、こんなふうに体でちゃんとママの言うことをきいてくれるんだもの。わかったわ。茜ちゃんがママの言いつけを守って小っちゃな赤ちゃんでいてくれるんだから、おむつは今まで通り下の物干し場に干すようにしてあげる。でも、言いつけを守れなくなったら、おむつもおむつカバーも二階のバルコニーに干しちゃうからね。うふふ、その時は、おむつが風で飛んじゃうかもしれないから、ちゃんと茜ちゃんの名前を書いておきましょうね。そうすれば、お隣のお庭まで飛んでいっても、すぐに持ってきてくれるでしょうから」
 美也子は、ベビーベッドのサイドレールの上端を握って膝立ちの姿勢のまま体を固くする茜の股間に掌を押し当て、おしっこを吸ったおむつがロンパースの中でじわじわと垂れ下がってくる様子を確認すると、瞳に妖しい光を宿して微笑んだ。そうして、
「じゃ、いい子の茜ちゃんにご褒美をあげましょう。ほら、茜ちゃんの大好きなオシャブリを返してあげる。好きなだけちゅうちゅうしていいからね」
と茜の耳元に囁きかけて、さっきつまみ取ったオシャブリを再び茜の口に突っ込んだ。
 茜の唇がこじ開けられて、頬から顎先にかけてよだれの条がつっと伝い、顎先から首筋に伝い落ちて、よだれかけに吸い取られる。
「あらあら、またよだれをこぼしちゃって。この様子だと、ちっちを教えられるような大っきなお姉ちゃんになるのはまだまだ先のことね。ちっちがみんな出ちゃったら、オシャブリをちゅうちゅうしながらおむつを取り替えようね。薫先生がガラガラであやしてくれるからおとなしくしてるのよ。あ、でも……」
 美也子はくすくす笑ってよだれかけの端で茜の口をぬぐたが、急に何かを思い出したようにぽんと手を打つと、大きな玩具箱を手元に引き寄せた。
「おむつを取り替える時、これまで薫先生にガラガラであやしてもらっていたけど、先生、夕方には病院にお帰りにならなきゃいけないんだっけ。それに、毎日来ていただくわけにもいかないから、今のうちに茜ちゃんをあやす玩具を用意しておかなきゃね」
 美也子は誰にともなく呟きながら玩具箱からサークルメリーを引っ張り出すと、紅茶を飲む時に腰かけていた丸椅子の上に立って、天井からぶら下がっているフックに引っかけた。
「うん、これでいいわね。これで、薫先生が帰っちゃっても大丈夫だわ。――さ、そろそろ、みんな出ちゃったかな、茜ちゃん。それじゃ、おむつを取り替えようね。いつまでも濡れたおむつのままだと、すぐにおむつかぶれになっちゃうから」
 フックの引っかかり具合を手早く確かめ、丸椅子から床におり立った美也子は、茜のお尻がぶるっと震えるのを見て言い、サークルメリーの本体から垂れ下がっている紐を引いた。
 その紐がスイッチになっているようで、美也子が引っ張るとサークルメリーがゆっくり回りだし、同時に、ガラガラの音色によく似たかろやかな音が童謡のメロディを奏で始めた。
「ほら、いい音でしょう? さ、おむつを取り替えようね。ママがおむつを取り替えている間、ねんねして天井を見ているといいわ。綺麗なテープやお人形さんが茜ちゃんの顔の上で踊ってくれるから」
 硬直したようにサイドレールを握りしめる茜の指を一本一本引き剥がすようにして離させ、脇の下を両手の掌で抱えるようにして茜の体を横たえさせてから、美也子は大きなベビーベッドのサイドレールを倒した。
 そうしておいてから美也子はベビーベッドのすぐ横に置いていた藤製のバスケットを左手に提げてベビー箪笥の前に歩み寄り、すっと膝をつくと、一番下の引出を開けて、布おむつを十枚、一枚ずつ丁寧にバスケットの中に移して再びベッドのそばに戻ってきた。
「じゃ、おむつを取り替えてあげるね。最初はロンパースのボタンを外して、と」
 美也子は、まるで本当の赤ん坊そのまま天井に吊ったサークルメリーを屈辱に満ちた表情で見上げて横たわる茜のロンパースの股間に手を伸ばし、自分が赤ん坊の装いに身を包まれていることを改めて実感させるために、股間に並ぶボタンを殊更ゆっくり外していった。そうして、ロンパースのボトムを大きく広げ、ボタンのかがり穴がある方の生地をお腹の上まで捲り上げると、淡いクリーム色の生地に大小様々のキャンデー模様をあしらい、裾を縁取りする幅の広いパステルピンクのバイアスが見る者の目を惹く可愛らしいデザインに仕立てた股おむつタイプのおむつカバーがあらわになる。
「うん、今度は横漏れしていないみたい。だったら、おむつカバーはこのままでいいかな。少しでも洗濯物が減るから助かるわ。――あ、でも、茜ちゃんはそんなこと気にしなくていいのよ。何も心配しないで、たくさんちっち出しちゃえばいいんだから」
 美也子はおむつカバーの様子を仔細に調べた後、バイアステープが濡れていないかどうか指先でゆっくりなぞった。その指の動きが内腿に伝わって、茜はなぜとはなしにどきりとしてしまう。
 それから美也子は、おむつカバーの前当ての左右の端をそれぞれ両手の親指、人差指、それに中指で持ち上げるようにしてマジックテープを外した。マジックテープの剥がれるベリリという音が思ったよりも大きく響き渡って、下腹部がおむつに包み込まれているという事実を改めて茜につきつける。前当てを茜の両脚の間に広げた後は左右の横羽根だ。美也子から見て右側のを上にして重なり合い、互いにしっかりマジックテープで留まっている横羽根を外すために、美也子は茜の右側の腰骨のあたりを左手の中指の腹で押さえるようにしながら右手の人差指の横腹と親指の腹とで挟み込んで手前に引っ張り上げた。この時も、前当てを開いた時と同様にマジックテープを剥がす音が茜の耳にこれでもかと届き、恥ずかしさのあまり目の下のあたりが熱くほてるのを止められないでいた。



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