ママは同級生



 ここは、西村家の屋敷の中にある育児室。とはいっても、美也子やその兄姉たちが子供の時に使っていた部屋ではない。広い屋敷には使われていない部屋が幾つかあるのだが、その内の一つを改装して調度品も新たにしつらえた、まだ出来て間もない育児室だ。いかにも幼児が喜びそうなアニメキャラを描いた明るい色合いの壁紙で彩った壁に沿ってベビー箪笥が三つ並んでいて、その向かいの壁には、大きな玩具箱や小物入れがあり、その横に、大人でも抱えきれないほど大きなヌイグルミが何体か、背中を壁に押し当てるような格好で置いてある。天井にはカラフルな彩りのサークルメリーが吊ってあって、さきほどからかろやかなメロディーを奏でている。そうして、サークルメリーの真下にある大きな木製のベビーベッドに横たわって哺乳壜のミルクを飲んでいるのが茜だった。
 この部屋は、茜のために改装した真新しい育児室だ。美也子の手で強引に赤ちゃん返りさせられ、京子の手で更に徹底的に赤ん坊扱いされる運命にある茜を迎え入れるために全ての調度品やベビー箪笥といった家具類、そしてベビー箪笥の引出や小物入れに収められた育児用品の一切をアーバンキッズのブランドで揃えた、特別仕立ての育児室。
 茜がこの育児室に連れて来られて大きなベビーベッドに寝かされたのは、廊下に座り込んだままおむつを汚したすぐ後のことだった。京子に命じられるまま、茜がおしっこをおむつの中に出し終えるのを待って、弥生が抱き上げて連れてきたのだ。そうして、ベビーベッドの上におろされ、昼食代わりに京子が用意していたミルクの哺乳壜を持たされたのだった。哺乳壜を拒んだりしたらどんな仕打ちが待っているのか身に滲みて教え込まれてきた茜には、どこか遠くを見るような目で、くるくる回るサークルメリーを見上げ、おずおずと哺乳壜の乳首を咥えることしかできなかった。

「さ、今から美也子が茜ちゃんのおむつを取り替えるから、よく見ておくのよ。中野さんには茜ちゃんのお世話係になってもらうのだから、どんな些細なことも忘れずにね」
 茜の耳に、京子が弥生に命じる声が届いた。
「はい、承知しました、奥様。お嬢様、ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
 京子の声に続いて、少しばかり緊張気味の弥生の声。そしてそのすぐ後に、今度は美也子の
「いいわよ。最初は私もなかなか上手にできなかったけど、日に何度も取り替えているうちに慣れてきたから、要は回数をこなすことよ。一応、説明しながら取り替えるから見ていてね。わからないことがあったら遠慮しないで訊いていいから」
という声があって、直後、茜はベビードレスの裾がぱっと捲り上げられるのを感じた。
 はっとして茜が自分の下半身に目をやると、ベビードレスの裾を茜のお腹の上まで捲り上げた美也子の手が、オーバーパンツに伸びていた。
「や、駄目……!」
 一週間以上に渡って美也子の手でおむつを取り替えられ、そうされることに対する抵抗をいつしか諦めかけていた茜だが、美也子以外の、ついさっきまで一度も顔を会わせたことのない二人の目にぐっしょり濡れたおむつをさらすのはたまらない。哺乳壜の乳首を咥えさせられていることも忘れて上半身を起こし、両手でベビードレスの裾を元に戻そうとした。
 その弾みに哺乳壜が手から転げ落ち、下唇からミルクがこぼれ出す。
「ほら、いい子にしてなきゃ駄目じゃない。茜ちゃん、人見知りが激しいみたいだけど、ママとおばあちゃまと弥生おねえちゃまがいるだけなんだから恥ずかしくなんてないのよ。それとも、まだ哺乳壜もちゃんと使えないような赤ちゃんだったのかな、茜ちゃんは。だったら、おばあちゃまが飲ませてあげないといけないわね」
 京子が、転げ落ちた哺乳壜を拾い上げて、茜の肩を敷き布団に押しつけた。
「あら、おばあちゃまにぱいぱいを飲ませてもらえてよかったわね、茜ちゃん。ママと二人きりだと自分で飲まなきゃいけないけど、ここならおばあちゃまに飲ませてもらえるから、たっぷり甘えるといいわ」
 京子の手で再び頭を枕の上に戻され哺乳壜の乳首を口にふくまされた茜に美也子はにっと笑って言ってから、傍らに立つ弥生の方に目を向けた。
「おむつカバーの上に穿かせているオーバーパンツは膝より少し下まで引きおろしておけば、それでいいわ。パンツタイプの紙おむつをあてる時はそれじゃ駄目だけど、テープタイプの紙おむつとか、今みたいに布おむつとおむつカバーとの組み合わせなら、両脚がある程度開けばそれでいいから。ほら、こうして足首を持ち上げると、お尻がベッドから浮くから、こうやって――」
 美也子が、茜が足をばたつかせないよう左右の足首を一つにまとめ持って高く差し上げ、空いた方の手でオーバーパンツを一気に臑のあたりまで引きおろすと、おむつカバーが丸見えになった。昔ふうのおむつカバーと違い、今の股おむつタイプのおむつカバーは股上は浅めで横への広がりもあまりなく見た目がすっきりしているのだが、股間のあたりが少し垂れ下がり気味になっているのが、おしっこをたっぷり吸った布おむつの重みを無言で物語っている。
「あとは、いったん足をおろして、おむつカバーの前当てを開くのよ。前当ては、その下の横羽根とマジックテープでくっ付いているから、こんなふうに端に手を掛けて手前に持ち上げるようにすれば外れるわ。開いた前当ては、赤ちゃんの両脚の間を通して敷布団の上に広げておきましょう。それから、横羽根を――」
 美也子は細かく説明しながら手際よくおむつカバーを広げ、ぐっしょり濡れたおむつをポリバケツに放り入れてゆく。
 美也子の説明の声は、弥生の耳だけでなく、いやでも茜の耳にも届く。下腹部から伝わってくる感触だけでも恥ずかしくてたまらないのに、その説明で自分が何をされているのか鮮やかに思い知らされ、ますます羞恥を煽りたてられてならない。
「あっ!」
 突然、弥生が驚きの声をあげた。
「うん? どうしたの、中野さん?」
 実は弥生が何に驚いたのか美也子は充分に承知しているのだが、わざと不思議そうな顔をして尋ねてみた。これも、茜の羞恥をくすぐって楽しむのが目的なのは言うまでもない。
「あ、あの……茜ちゃんのあそこ……」
 驚きと恥ずかしさがない混ぜになった表情で、弥生は茜の無毛の下腹部をおずおずと指差した。
「ああ、そのこと。確かに、何も知らずに初めて目にしたらちょっと驚くかもしれないわね。高校三年生になる年ごろの女の子のあそこがつるつるなんだから。でも、仕方ないのよ。茜ちゃん、ずっとおむつだから、いつもあそこをちゃんと処理しておかないとおむつかぶれになっちゃうもの。もともとは茜ちゃんが自分で処理していたんだけど、それだと手間がかかって仕方ないから、主治医の田岡先生からいいお薬をもらったのよ。そのおかげで、今じゃいちいち剃らなくていいの。――とてもよく効く脱毛剤だから、たぶん、これから一生ずっとね」
 美也子はそう弥生に説明したが、最後の方はわざと茜の顔を見て声を大きくして言った。
「……!」
 その途端、はっとした顔になって茜が身をよじった。だが、京子の手で肩を押さえつけられ、哺乳壜の乳首を力いっぱい口に押し当てられて、体を起こすことも、叫び声をあげることもできない。
 この一週間以上の間、茜はずっと美也子の手でおむつを取り替えられていた。さすがに、その恥ずかしい様子を自分の目で確認するのは躊躇われたが、それでもやはり気になってたまらず、何度かはおそるおそる自分の下腹部に目をやったことがある。その時に、飾り毛の生え方が以前に比べて妙に遅いことに気がついていた。気づいてはいたのだが、美也子と薫の手で徹底的に赤ん坊扱いされる屈辱と羞恥とが胸の中を満たしてしまい、そのことを深く考える余裕さえなかったのだ。それが、今になって美也子の言葉で、思ってもみなかった真相を告げられたのだった。飾り毛の生えてくるのが遅いどころか、もう、下腹部に黒い茂みが戻ることは一生ないと。



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