ママは同級生



「ほら、暴れちゃ駄目よ、茜ちゃん。おとなしくしてないと、ぱいぱいでよだれかけを汚しちゃうじゃない」
 やんわりとたしなめるような口調の美也子だが、その顔には、加虐的な悦びの表情がうつすらと浮かんでいる。
「薫先生からもらったお薬は、茜ちゃんのお肌を痛めるようなことは絶対にないから安心していいの。ううん、痛めるどころか、本当の赤ちゃんみたいなつるつるの綺麗なお肌にしてくれるのよ。おむつの赤ちゃんのここにいやらしい物が生えてちゃ変でしょ? それに、そんなのが生えてたらおむつかぶれになりやすいでしょ? だから、そんなのが生えてこないようにしてくれるお薬なのよ。さ、今日もしっかり塗り塗りしておこうね」
 四日くらいで毛根が除去されるけれど、どうしても個人差があるし、人によっては思いがけず毛根が再生することもあるから、できることなら春休みの間は塗布し続けた方がいいかもしれないと薫から説明を受けて脱毛クリームを手渡された美也子としては、それも弥生に伝えることを忘れるわけにはゆかない。弥生が見守る中、美也子は脱毛クリームを人差指に掬い取り、こと細かに説明しながら、茜の下腹部に丹念に塗り込んでいった。
 その後、甘い香りを部屋中に漂わせながらベビーパウダーで茜の下腹部に薄化粧を施した美也子は、ベビー箪笥の前に置いてあるバスケットを指差して、それを持ってきてベッドの端に置くよう弥生に言いつけた。
「さ、お母様はどんなおむつを用意してくれたのかしら。可愛い柄の生地を選んでくれているといいんだけど」
 運んでくるのを待ちかねて、美也子は目を輝かせ、弥生がベッドの端に置いたバスケットを覗き込んだ。美也子の言葉からもわかるように、バスケットの中に入っているのは、京子が前もって用意しておいた布おむつだ。
「あら……?」
 バスケットを覗き込み、予め十枚を一組にして重ねて入っている布おむつをいそいそとつかみ上げた美也子は、訝しげな表情を浮かべると、哺乳壜で茜にミルクを飲ませている京子に向かって声をかけた。
「お母様、このおむつ、随分と使い込んであるみたいだけど、どうしたの? 私はてっきり新しいおむつを用意してくれているんだろうと思っていたんだけど」
「あら、そのおむつのこと、憶えてないの?」
 美也子の問いかけに京子は妙な笑みを浮かべ、悪戯めいた口調で訊き返した。
 が、まだ訝しげな顔つきのまま美也子が首を横に振るのを見ると、くすっと笑って
「ま、そうね。自分が赤ちゃんの時に使っていたおむつなんて、憶えてないのが普通よね」
と言って軽くウインクしてみせた。
「私が赤ちゃんの時の……」
 美也子の言葉に茜は少しばかりぽかんとした顔つきになる。
「そうよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが使っていたおむつは親戚に赤ちゃんができた時にプレゼントしたんだけど、美也子は従姉妹の中でも一番遅くにできた子だったから、使わなくなったおむつを貰ってくれる親戚がなかったの。それでも捨てるのは忍びないし、いつか貰ってくれるお家があるかもしれないと思って大切に残しておいたのよ。それが、まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったわ。でも、ママが赤ちゃんの時に使っていたおむつをあててもらえるんだもの、茜ちゃんも喜んでくれると思うわよ」
 京子は、美也子がバスケットの中からつかみ上げた布おむつの束と茜の顔とを交互に見比べて目を細めた。
「うふふ、確かにそうね。言われてみれば、お母様のおっしゃる通りだわ。ママのお下がりのおむつをあててもらえる赤ちゃんなんて、そんなにはいないでしょうね。よかったわね、茜ちゃん、おばあちゃまがママのおむつを大事にしまっておいてくれて。じゃ、ママのお下がりのおむつをあててあげるけど、茜ちゃんはそのままおばあちゃまにぱいぱいを飲ませてもらっていていいからね」
 それが自分が赤ん坊の頃に使っていたおむつかと思うとどことなく気恥ずかしくなってほんのりと頬をピンクに染めながら、美也子は、京子の手でミルクを飲まされている茜の顔を正面から見て言い、弥生に目で合図を送ってから、再び茜の足首を高々と差し上げた。
「……あ、ん……」
 美也子が布おむつをお尻の下に敷き込むと同時に、茜が腰のあたりをぶるっと震わせて喘ぎ声を漏らした。
 ドビー織りの布おむつはデリケートな赤ん坊の肌にも優しい生地だから、肌触りはふんわり柔らかい。それでも、真新しいおむつと、使い込んで何度も洗濯を繰り返したおむつとでは、感触は随分と違う。言うまでもなく、使い込んだおむつの方がずっと柔らかな肌触りになる。そんな、これまでにあてられた新品の布おむつとは比べものにならないほど優しい感触に加え、美也子が赤ん坊の時に使っていたお下がりのおむつで下腹部を包まれると思うと否が応でも羞恥が掻きたてられて、哺乳壜の乳首を吸っているにもかかわらず思わず呻き声をあげてしまったのだ。
「あらあら、ママのお下がりのおむつをあててもらうのがそんなに嬉しいの? そう、せっかくのぱいぱいをこぼしちゃうほど嬉しいのね」
 半開きになった茜の唇からこぼれ出すミルクの雫をよだれかけでぬぐい取りながら、京子は絡みつくような口調で囁きかけた。
 それに対して茜は幼児がいやいやをするように、枕に頭を載せたまま何度も首を振る。その勢いで茜の唇から更にミルクがこぼれ出し、頬と顎を濡らして、敷布団のシーツとよだれかけにうっすらとシミを作った。
 そんな茜の様子を面白そうに眺めながら、美也子は改めて両手を動かし始めた。
「こうやっておむつをお尻の下に敷き込むんだけど、一つ気をつけてほしいことがあるの。茜ちゃんの体の大きさに合わせて仕立てたおむつならそのままあてればいいんだけど、こういう赤ちゃん用のサイズに仕立てたおむつだと、長さがちょっと足りなくなることがあるの。そんな時は、こうして何枚かずつ前後にずらして重ね直すといいわ。あ、おしっこが出るところが厚くなるように調節するのを忘れないようにしてね」
 美也子は弥生に説明しつつ、茜のお尻の下に敷き込んだ布おむつの重なり具合と位置を丁寧に調節してから、茜の足を敷布団の上に戻し、両脚の膝を少し立てさせて左右に押し広げた。
「その後は、おむつの端をお臍のすぐ下まで持っていくんだけど、おむつがお臍に当たらないよう気をつけてあげてね。赤ちゃんはお肌がデリケートなんだけど、特にお臍は皮膚が薄いから、おしっこを吸収したおむつに触れるとすぐにかぶれちゃうの。もしもおむつが長くてお臍に当たりそうだったら、端の方を折り返してあててあげてちょうだい」
 美也子は茜の下腹部を手際よく布おむつでくるむと、おむつカバーの左右の横羽根を重ねて留め、更にその上に前当てを重ねて、これもマジックテープでしっかり留めた。
「最後は、おむつカバーの裾からおむつがはみ出していないかどうか、ちゃんと確認してね。もしも一カ所でもはみ出ているところがあると、せっかくおむつがおしっこを吸収しても、そこから横漏れしちゃうから。それで、もしもはみ出ているところがあったら、こんなふうに指で押し込んでから、股ぐりのギャザーをちゃんとして、はい、これでおしまい」
 美也子は、弥生が見守る中、おむつカバーの裾からはみ出している布おむつをバイアステープを押し広げるようにしておむつカバーの中に押し入れ、ギャザーをきゅっと引っ張って乱れを整えた後、臑のあたりまで引き下ろしていたオーバーパンツを引き上げた。
「これで大体のことはわかってもらえたかな。 何か訊いておきたいことはない?」
 美也子は、茜のお腹の上まで捲り上げていたベビードレスの裾を整え、オーバーパンツの裾ゴムのよれを直しながら、自分の手元をじっと見つめている弥生に優しく声をかけた。
「はい、お嬢様に詳しく教えていただきましたし、実際の手順も見せていただきましたから、大丈夫だと思います。それに、私には年の離れた妹がいて、小さい子のおむつを取り替えたことは何度もありますから。茜ちゃんみたいに体の大きな赤ちゃんのお世話をしたことはありませんけど、注意するところは同じみたいだから、たぶん大丈夫です」
 弥生は幾らか緊張した面持ちで頷いた。



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