千恵里は思わず後ずさりしかけたものの、倫子の手に阻まれて思うにまかせない。 「これやね、おむつかぶれの薬は?」 紙おむつのパッケージと一緒にダンボール箱に入っていた細いチューブを目敏くみつけた桃子は、その表面に細かい字で書いてある説明をざっと読んでから手早くキャップを外した。 僅かに力を入れて指先でチューブの端を押すと、半透明の塗り薬がじわりと出てくる。 桃子は右手の人差指の先で薬を掬い取ると、その指をゆっくりゆっくり千恵里の秘部に近づけた。 「いやや、やめて。な、桃子、やめてぇな」 逃げ出すこともできずに、ただおろおろと懇願するだけの千恵里だった。 「桃子おねえさんやろ?」 千恵里の反応を楽しむみたいにじわじわと指を近づける桃子。 「桃子……おねえさん。お願いやから、やめて」 「もっと丁寧に言わなあかんやん。やめてくださいやろ?」 「ほな、桃子ねえさん。お願いやから、やめてください」 「いや、やめたらへん」 結局やめない桃子であった。 とうとう、桃子の指先が千恵里の内腿に触れた。 塗り薬のひんやりした感触が、内腿からおヘソの側を通って、髪の毛の先まで、ぞくりと駆け抜ける。 桃子は人差指を千恵里の内腿に押し当てたまま、つっと滑らせた。 びっくうぅ。 一瞬、電気が走りでもしたかのように千恵里の体が震えた。 「どないしたん、サクランボ? 何をびくびくしとんのん」 自分でやっておいて、わざと意地悪く聶く桃子だった。 「もうやめて、なぁ、ほんまにもう……」 いつのまにか、千恵里は涙声になっていた。「これをやめられへんこと、サクランボがよーく知っとる筈やで。せっかくのすべすべしたお肌がおむつかぶれで荒れてしもてもええん?」 微妙に力を加減しながら、桃子は人差指を滑らせ続けた。 時おり指先を立ててぐっと肌を押すと、そのたびに千恵里は唇を微かに開いて声をあげそうになる。 ふと倫子の顔を見ると、倫子もこの状況を充分に楽しんでいるようで、いつになく上気した表情で桃子の指の動きを目で追っていた。 よしよし、これやったら今晩は頑張ってもらえそうやわ。サクランボをここへ連れてきた効き目がこんな早う出てくるやなんて、ほんま、神様が味方してくれてるとしか思われへんわ。桃子は心の中で舌なめずりしそうになった。 桃子の責めはとどまるところをしらなかった。おむつかぶれの薬を塗ってあげるという名目で、いつやむともしれずしなやかに指先は蠢き続ける。 千恵里の最も敏感なところ、千恵里の一番恥ずかしいところ、千恵里の――。女の子のポイントは女の子が知っている。桃子のピンポイントアタックは絶対にマトを外すことがなかった。 次第に千恵里の息遣いが荒くなってきた。 いつしか目つきが虚ろになってくる。 気がつくと耳たぶの先までほてっている。 そして、ねっとりした愛汁がこぼれ出してきた。 「うふふ、いややいやや言うとったからもっと抵抗するかと思てたけど、こない濡らしてしもて。体は正直なもんやね」 時代劇の「そちもワルよのう、越後屋」「いえいえ、お代官様ほどではございません」という定番のセリフとタメを張るほどエッチビデオでは有名な決まりセリフ(ふん、嫌がってみせても体は正直だぜ)を千恵里の耳元で囁いて、桃子は鼻を鳴らした。 「あ、そうそう。恥ずかしい蜜が溢れ出してくる柔らかい谷間にもお薬を塗っとかなあかんやんね。こない湿っぽいんやもん、特に気をつけとこな」 桃子の指が、千恵里の恥ずかしい谷間にずぶりともぐりこんだ。 「あん……」 さっきからの桃子の入念なウォーミングアップのせいでただでさえ感じやすくなっている千恵里の口から呻き声が洩れた。 「あらあら、えらい切なそうな声なんか出してしもて。けど、ちゃんと塗っとかなあかんしな」 桃子の指は、柔らかい肉の襞の一つ一つをまさぐるように身をくねらせた。 「く……」 千恵里の顔が歪んだ。 それでも桃子は容赦なく指を滑らせる。 「待って……お願いやから、ちょっと待って……」 不意に、千恵里が喘ぐような声を出した。それまでの呻き声とはちがう、切羽詰まった声だった。 「『待ってください、おねえさん』やろ?」 完っ全にこの状況を楽しんでいるほこほこ顔で執拗に言い直させる桃子。 「ああん、もう……ちょっと待ってください、桃子おねえさん……」 ちょっとぶうたれかけて、でも、じきに思い直して千恵里は息を荒くしながら言った。まるで、何かにじらされるみたいに。 「けど、理由も言うてもらわなあかんわね。――そない何をあせっとんのん?」 「……」 千恵里は言い淀んだ。言い淀んで、助けを求めるみたいなうるうるした瞳を桃子に向ける。 「ちゃんと言わなわからへんやろ?」 桃子は千恵里の体の中で指を曲げてくいっと動かした。 「いやぁ……言う、言うからやめて……」 倫子に押さえつけられたままの体を激しく揺すって、千恵里が金切り声をあげた。 続きを待つように、桃子は指を止めた。 千恵里がはぁはぁと息をつきながら、恨みがましい目で桃子の顔を睨みつける。 桃子はすっと目を細めて千恵里の顔を睨み返すと、早くしなさいと命令するみたいに人差指をピンクの谷間にそれまで以上に深々と突きたてた。 「ひ……」 途端に悲鳴のような声を出して、千恵里は観念したような表情を浮かべた。そうして、おどおどと視線をそらして、今にも消え入りそうな細い声を絞り出す。 「……お、おしっこ……」 「おしっこ?」 桃子は、ねっとりした声で聞き返した。 「……寮でトラックが来るのを待ってる間、全然トイレへ行ってへんねん。そのままこのマンションへ連れてこられて……桃子がそんなとこをいじりまわすもんやから……」 千恵里は言い訳がましく呟いた。 「ふーん。つまり、こんなことしたら感じてしもて、おしっこをしたくなってんな?」 とどめを刺すみたいに桃子は指先をぐっと動かした。 「いややぁ……あかん、出てまうぅ……」 千恵里は唇を噛みしめて盛んに身悶えしながら、潤んだ瞳だけを桃子の方に向けて訴えかけた。 「ええやん、出てしもても。どうせサクランボは夜になったらおしっこで紙おむつを濡らすんやろ? それが昼間になってもかまわへんのとちがう?」 薄く笑って、桃子は千恵里の一番敏感なところを指先でちょんと突いた。 「ぁあん……」 切なげな声を洩らしながら、千恵里は両脚の内腿を擦り合わせて膝を曲げた。 「そろそろかな」 熱くほてった千恵里の頬をちらと見て、桃子は小声で呟くと、すっと指を抜いた。ほんの僅かの間だけ、桃子の指先と千恵里の下腹部とが愛汁の細い糸でつながっていた。 千恵里は少しだけほっとしたような顔になった。けれど、内腿はまだもぞもぞと擦り合わせ続けている。桃子が指を抜いた後も、じわじわと高まってきた尿意が消えてなくなってしまうことはない。 「手……手を離してぇな、倫子」 両膝の内側と内側とをこすり合わせ、両足の親指どうしをもじもじと絡ませて、千恵里は背後の倫子に言った。 それを、桃子がぴしゃりと遮った。 「あかんで、倫子。そのまま捕まえとかなあかん」 もちろん、そんなことは倫子もわかっている。倫子は千恵里の体を押さえつけたまま軽く頷いた。 「そう、そのままやで。そのままサクランボもじっとしときや」 桃子は、手に持ったままの紙おむつをゆっくり広げ始めた。時おりダンボール箱の中のパッケージをちらちらと見ているのは紙おむつのあて方を確認しているのだろうか。 「なに、何する気なん?」 千恵里は床に両手を突っ張って倫子の手から逃げようと身をよじった。 「見たらわかるやろ?」 桃子は、すっかり広げてしまった紙おむつを千恵里の目の前に持ち上げた。 「おしっこが出そうやいうから、これをあててあげるんやんか。――おむつかぶれの薬を塗っといて、ほんま、よかったな」 「いや、いやや、そんなん。紙おむつやなんて、そんなんいやや。倫子が手を離してくれたらトイレへ行けるやん。そやから、なぁ、そんなイケズ言わんといてぇな」 千恵里は激しく首を振った。 「なに言うとんのよ、サクランボ。うちはさっきも言うた筈やで――これからはうちらがサクランボの面倒をみてあげるって。みーんな、うちらにまかせといたらええねん。うちらの言うとおりにしとったらそれでええねんから」 桃子は紙おむつをそっと床の上に広げると、千恵里の膝に手をかけた。 倫子が両手に力を入れて千恵里の上半身を後ろに引いた。桃子が千恵里の膝をつかんだまま両手を持ち上げると、千恵里の体はいとも簡単に仰向けに倒れこんでしまう。 「いやや、いややぁ」 お尻の下に敷きこまれた紙おむつの感触に、千恵里は手足をばたつかせて抵抗した。一人、毎夜ベッドの上で自分自身の手であてる紙おむつでさえあれほど恥ずかしいのに、かつての同窓生で久しぶりに会った桃子の手であてられる紙おむつの感触は、とても言葉にできないほどの羞恥に充ちているのは当然のこと。 けれど桃子にしてみれば、そんな千恵里をおとなしくさせるのは簡単なことだった。桃子は千恵里の膝から離した手を、ねっとり濡れた千恵里の股間に押し当てた。 「いやぁ……」 千恵里は怯えたような表情になって弱々しく首を振った。 桃子は中指を僅かに曲げて、ぬるぬるになった千恵里の谷間にもぐりこませた。そうして、お尻の方からおヘソの方へ、つっつっと滑らせる。 「いややぁ、出てしまうぅ」 思わず千恵里は力を抜いて、床の上にぐったりと手足を投げ出した。ただ、おしっこを我慢するためだろう、下腹部だけはひくひくと震えている。 「どないするの、サクランボ? このままうちらが見てる前でおもらししてみる? それとも紙おむつをあてる? どっちでも好きな方を選んでええねんで」 目の下をほんのり赤く染めて、桃子は千恵里の下腹部をゆっくりまさぐりながら低い声で言った。 「そんなん……そんなん、どっちも……」 仰向けに寝かされ、僅かに膝だけを上に曲げて、千恵里は呻いた。 「これでも?」 ずぶずぶという音が聞こえてきそうなほど、桃子の指が肉の谷間に沈んだ。 「あ……くぅ……」 千恵里の腰が持ち上がった。 「どないするの?」 桃子の指からすっと力が抜ける。 「このままやったら、ほんまに……おむつ、紙おむつ……」 お尻をのろのろと紙おむつの上に戻して、千恵里は熱い息を吐き出した。 「紙おむつをあててほしいねんな?」 勝ち誇ったような桃子の声が、玉のような汗を額に浮かべた千恵里の耳に、どこか遠い所から聞こえるみたいにぼんやり届いた。 「……」 千恵里はぎゅっと目を閉じて小さく一度だけ頷いた。 「さ、これでええわ。これで、いつおもらししてしもてもええねんよ」 膝まで引きおろされたジーンズとショーツにお尻を包みこむ紙おむつという倒錯的な姿になった千恵里を満足そうな表情で見おろして、桃子は、千恵里のお尻のカーブに沿ってふっくら膨らんだ紙おむつをぽんと叩いた。 「……」 千恵里は目を閉じたまま、浅い呼吸を幾度も繰り返すばかり。 「ほら、せっかく紙おむつあててあげたんやから」 床の上に力なく横たわる千恵里の耳元に唇を寄せて、桃子は甘く囁いた。 千恵里は瞼を開くことなく弱々しく首を振るだけ。 「ええやんか、なあ、せっかくやもん、紙おむつを濡らしてみせてぇな」 あまり反応のない千恵里の耳元にますます唇を近づけて、ふっと熱い息を吹きかけるように桃子は言い募る。 そうして、それでも千恵里が微かに首を振るばかりなのを知ると、急にがばっと体を起こし、眉をぴくりと動かして言った。 「なぁんや、さっきまであないおしっこおしっこって喚いとったのに今になったら出えへんのん? ま、それやったらそれでええねんけどね」 桃子は妖しい笑みを浮かべると、千恵里の下腹部を包みこんでいる紙おむつの上にそっと掌を載せた。 その時になってようやく千恵里がおずおずと瞼を開いて、不安そうな目で桃子の顔を見上げた。 桃子は千恵里ににやりと笑ってみせると、つんと人差指を突き立てた。最初、桃子の指は、紙おむつの上から千恵里の秘部を軽くくすぐるだけだった。 だけど、さっきから激しい尿意に襲われて下腹部を小刻みに震わせている千恵里にとってはそれで充分だった。千恵里は短い喘ぎ声を洩らして、もういちど膝を擦り合わせた。千恵里の両脚が揺れて、紙おむつが微かにかさかさと音をたてる。 「これでどない? これでもまだ我慢できるん?」 桃子は次第に指の力を強くしていった。さっきまで紙おむつの上からくすぐっていただけだったのがさわさわと撫でつけるように動き始め、いつのまにか、つんつんとつつきながら指先がこねるように動きまわりだす。 「いやや、いやや言うとんのに……」 千恵里の額に再び汗がふき出してきた。 「ええやんか、サクランボ。恥ずかしがらんと見せてみ」 優しい口調とは裏腹に、桃子の指は千恵里の秘部を激しく責め続ける。 「いややぁ」 千恵里は拳をぎゅっと握りしめて僅かに腰を浮かせた。そしてそのすぐ後、あ……と声にならない声を洩らしたかと思うと、大きく目を見開いてわなわなと唇を震わせる。 紙おむつの上に置いた桃子の掌に微かな感触が伝わってきた。 ――これは。 桃子は指の動きを止めて、あらためて掌を紙おむつの上にそっと置いてみた。 とどまることなく次から次へ噴き出してくる微かな微かな感触。しゅるると震えるような、よほど気をつけていないと気づかないだろう決して激しくはない、そのくせ妙にはっきりした不思議な感触。 桃子はゆっくり体を曲げて、千恵里の紙おむつの、自分が掌を載せているあたりに耳たぶをそっと押し当てた。――薄くはない紙おむつの不織布を通して、雪解け時の小川の頼りなげなせせらぎみたいな音が聞こえた。そうして、掌に感じるのと同じ弱々しい震えるような感触が頬に伝わる。 「……やっと出たみたいやね」 紙おむつに耳を押し当てたまま、桃子は穏やかな声で言った。 千恵里は両手で真っ赤な顔を覆った。 その顔を見ながら、桃子はゆっくり体を起こした。耳にはまだ、紙おむつを通して聞こえたせせらぎの音が鮮やかに残っていた。 駅前の停留所でバスをおりて少し歩くと、デパートやスーパー、いろんな専門店が連なって建つショッピングゾーンに入る。 様々な形のビルが不揃いの高さで重なり合ように建っているせいだろう、ショッピングゾーンの幅の広い通路には(アーケードがないせいもあって)ビル風というのか、意外に強い風が方向も不規則に吹き渡っていて、行き交う若い女性たちの長い髪をなびかせていた。 「なぁ、どこへ行くん?」 千恵里は、先を行く桃子と倫子に後ろから声をかけた。 「どこって、買い物やん? 食器も持ってきてへんサクランボのためにいろいろ買い揃えなあかんやろ?」 歩くのを止めずに顔だけちらと振り返った倫子が、何をわかりきったことを訊くのん?というような表情で応えた。 「そうやで、サクランボ。まともな着替えは持ってへんし、茶碗一つも持ってへんし。ちゃんと持ってきとんは美術資料ばっかり。ほんまに、よぉまぁ……」 仲良く倫子に寄り添うように歩いていた桃子も、倫子と顔を見合わせるようにして振り返った。 「けど、バスをおりてすぐの所にデパートもスーパーもあったやんか。そやのに、なんでわざわざこない遠いとこまで歩かすんよ? 私が訊いとんは、そのことやねんで」 千恵里は少し苛々したように言った。 といっても、千恵里が苛ついているのは長い距離を歩かされているせいなんかじゃない。ま、それもあるんだけど、千恵里が不機嫌なのは、少しでも早く買い物を済ませて一刻も早くマンションへ帰りたいのに二人が近くのデパートに入ろうとしないでショッピングゾーンの長い通路をゆったりした足取りで歩き続けているせいだった。本当のことをいえば、千恵里はマンションの外へ、ううん、実のところ、部屋からさえ一歩も外へ出たくはなかったのだから。 で、どうして千恵里がそんなに外出を嫌がっているのかというと――。 ひときわ強いビル風が吹き抜けた。 長い髪をなびかせた桃子が慌ててスカートを押さえた。ショートヘアにパンツスタイルの倫子は慌てる様子もない。 そして、千恵里は。高校時代こそ制服のスカートを身に着けていたものの、一年間の浪人生活の間に、千恵里はすっかりジャージやジーンズの生活に慣れきってしまっていた。絵を描いたり石膏をこねたりするのが大好きな千恵里は、もともとラフな服装が好きだった。その方が自由に体を動かせるからだ。だから、制服から開放された一年の間に一度もスカートを穿いたことがなくても不思議じゃないかもしれない。だけど、そのせいで、今身に着けているのがスカートだということを忘れてしまっていたのは失敗だった。 すぐにそのことを思い出して慌てて両手で押さえようとしても、ちょっとした隙に意地悪な風が千恵里のスカートの裾を大きくあおって、まるで無抵抗に捲り上げてあげてしまう。 通路の両側に並ぶショーウインドウの大きなガラスに、驚いたように口を半開きにしてスカートの裾をぎこちなく押さえようとする千恵里の姿がくっきり映っていた。そして、スカートの下に着けている純白の大きな不格好な下着も。 千恵里がいつものようにジーンズ姿ではなく、慣れないスカートを穿くことになったのは、その下着のせいだった。 それは、普通の下着なんかじゃなかった。スカートが風に舞ったのはほんの短い間のことだったから、千恵里のその下着をまじまじと目にした人はいないかもしれない。それに、たとえ目にしたとしても、若い女性がそんなものをスカートの下に身に着けているなどとは思ってもみないだろうから、それが本当は何なのか気がつかないかもしれない。 けれど、ショーウインドウのガラスにはっきり映ったのは、まぎれもなく紙おむつだった。 ――スカートの中に紙おむつという羞恥に充ちた格好をしているために、千恵里は一時でも早くマンションへ、誰の目もない場所へ帰りたいと願っているのだった。 でも、どうして千恵里はスカートの下に紙おむつをあてているんだろう? どうして穿き慣れたジーンズじゃなくてスカートを穿いているんだろう? そんなことをちらりとでも疑問に思ってもらえたら、私としてもとても嬉しいの。なんといっても、その疑問にお答えするという名目ですんなりと回想シーンに入ることができるのだから。 ということで、みなさんの疑問にお答えすべく回想シーン。桃子の手で強引に紙おむつをあてられた千恵里が紙おむつを濡らしてしまったそのすぐ後へ戻ります――。 千恵里の下腹部を包みこんでいる紙おむつはたっぷりとおしっこを吸い取って、とても重そうにお尻の下にたれさがっているように見えた。外側の防水生地を通して、うっすらと色付いた不織布が透けて見える。 「よしよし、サクランボはええ子や。ええ子やから、もう泣いたらあかんで」 力の抜けた両脚をぐったりと床の上に投げ出して両手で顔を覆ったままの千恵里に、桃子は幼児をあやすような口調で声をかけた。 千恵里はのろのろと首を振った。頬を伝ってこぼれ落ちた数滴の雫は汗なんかじゃない筈だ。 「困ったなぁ。サクランボがいつまでもそないして拗ねとったら、まるでうちらがサクランボをイジメたみたいやんか」 イジメた。私らは間違いなくサクランボをイジメたんやで、桃子。倫子は胸の中でぼそっと呟いた。 だけど、倫子の心の声は桃子には届かない。ま、届いたとしても、いーや、そんなことあらへん。うちらは、サクランボの世話をするための練習をしとるだけやと言い張るにちがいない。そーゆープラス思考の持ち主なんだ、桃子という子は。それに、好きな子をイジメる、これは子供時代からのクセやからしゃーないやん。 「ま、ええわ。それやったらそれで、そのままおとなしゅうしとってよ、サクランボ。その間に紙おむつを取り替えてあげるから」 いつまでも千恵里が立ち直る気配をみせないと感じた桃子は、ほのかに黄色く見える紙おむつをぽんと叩いた。ぐじゅっとした感触が掌に伝わってくる。 その後で桃子は、すっかり力の抜けてしまった千恵里の膝をよいしょと持ち上げると、膝頭に引っ掛かるみたいにして千恵里の両脚にまとわりついているジーンズを強引に引きおろし始めた。それを見た倫子が、そっと千恵里の体から手を離して桃子を手伝う。 その時になって、ようやく千恵里がおそるおそる顔を上げた。二人と目を合わす勇気もないけれど、かといって、桃子たちが何をしようとしているのか、そのまま知らないでいる方がずっと不安に思えてくる。 「あ、やっとサクランボが目を開けたで」 千恵里の視線に気づいた倫子が、ジーンズに続いてショーツを引きおろしかけていた手を止めてちょんちょんと桃子の手の甲を叩いた。 「うわ、なんちゅう目をしとんのよ、サクランボ。兎さんみたいやんか」 倫子に言われて千恵里の顔を見た桃子が大袈裟に驚いてみせた。両手の拳をぐうにして、それで唇を覆うという(往年の松田聖子みたいな)念の入れようだった。 ぼろぼろと涙をこぼして充血した目を僅かに恨みがましく吊り上げている千恵里は、たしかに兎みたいに見えなくもない。それも、おどおどと不安そうに周りの様子を探る子兎みたいに。 「……何する気やのん?」 それまでかろうじて膝に引っ掛かっていたショーツを爪先まで引きおろして、それを無造作に床の上に放り投げてしまった桃子に、千恵里はおどおどした声で訊いた。 「言うたやろ? 紙おむつを取り替えてあげるんやんか。けど、ジーンズとショーツがあのままやったら膝を開いてもらうのにジャマになるやん」 紙おむつのテープに指をかけながら桃子は事もなげに応えた。 「いやや、そんなん。――もうええやろ? なぁ、もう紙おむつはええんちゃうん? それより、ショーツを返してぇな」 ぶるっと首を振って、千恵里は慌てて体を起こしかけた。 それを、咄嗟に腕を伸ばした倫子が再び押さえつけてしまう。 「そうや、サクランボ。あんたはやっぱり元気ええ方がお似合いや。――けど、紙おむつを取り替える間だけはおとなしゅうしといてもらわなあかん」 床に横たわった千恵里に言い聞かせるように話しかけて、桃子は手早くテープを剥がした。 べりっ。千恵里が自分で静かに外す時に比べると随分と大きな音をたてて、紙おむつのテープが一枚、桃子の手で剥がされた。 そして一枚、続いて一枚。 テープの剥がれる音が室の空気を震わせるたびに、千恵里が瞼を閉じて顔をそむける。 そうして、最後の一枚。 これだけはわざとのように丁寧にそっとそっと静かに剥がしてゆく桃子。 ぴりぴりぴり。少しずつ少しずつテープが剥がされる感触が微かに下腹部に伝わって、自分のおしっこでぐっしょり濡らしてしまった紙おむつの内側が二人の目にさらされる時がすぐそこに迫っていることをムリヤリに知らされる千恵里。 ぴっ。僅かに重なっていたテープがとうとう外された。 途端に、それまでは紙おむつのせいであまり感じることのなかったまだ春先の少しひんやりした空気が千恵里の股間に触れて、思わずぞくりと体が震える。 桃子は千恵里の足首をつかむと、さっと高く持ち上げた。千恵里の両脚がぴんと伸びて、僅かにお尻が浮く。 桃子はぐっしょり濡れた紙おむつを手早く千恵里のお尻の下からどけて、その代わりに、いつのまに用意していたのか新しいふかふかの紙おむつを敷きこんだ。 けれど、新しい紙おむつの柔らかな感触は、千恵里の羞恥をますます婬靡にくすぐるばかりだった。まだ眠る時刻でもない、部屋の外には春の暖かな日差しが充ちている昼前に桃子の手で強引に紙おむつをあてられてその中におもらしをしてしまい、しかも、その後もまだショーツを返してもらえずに新しい紙おむつに『取り替え』られる屈辱と羞恥。 こんなん……こんなん、まるで赤ちゃん扱いやんか。たまりかねて、千恵里は叫び出しそうになった。だけど、慌てて言葉を飲みこむ。赤ちゃん扱いという言葉を口にするのが、ひどく恥ずかしかった。 毎晩毎晩おねしょで紙おむつを濡らしてるサクランボが赤ちゃんやないとでも言うのん? へ〜え。 桃子はそう言うに決まっている。そう言って、反論もできずに困り果てた顔をする千恵里の様子をじっと眺めて面白そうに微笑むにちがいない。 桃子が千恵里の足首をそっと床に戻したために、微かに触れていた新しい紙おむつの上にお尻が載った。 無理矢理ショーツを脱がされて紙おむつをあてられた時よりも、一度おもらしした後に新しい紙おむつに取り替えられた今の方が何倍も恥ずかしく感じるのは気のせいなんかじゃない。千恵里には、柔らかな紙おむつがそっと囁く声がはっきり聞こえていた。――まだ昼間なのに、ちゃんと目も覚めてるのに、サクランボは私を濡らしちゃったんだよ。桃子さんのせいだって? そんなの関係ないよ。だって、私を濡らしたのはサクランボのおしっこなんだもの。それに、サクランボはまだショーツを穿かせてもらえないんだよね。うふふ、また私を濡らしちゃうつもりなの? 桃子の手の動きに合わせてしっかり千恵里のお尻を包みこんでいく紙おむつのかさこそいう音は、千恵里の心の中に囁きかける紙おむつの声にちがいなかった。千恵里は顔からお腹、指先まで熱くほてらせて、切ない溜め息をそっと洩らした。 桃子は千恵里の紙おむつのテープをみんな留め終えると、黙ってリビングルームを出て行った。 待つほどもなく戻ってきた時には、細かなプリーツのついたスカートを持っている。 「これを穿いたらええわ」 桃子は静かに千恵里の目の前に膝をつくと、手にしたスカートのジッパーをさっと引き下げた。 「え?」 なんのために桃子がそんな物を持ってきたのかわからなくて、千恵里は床に横になったままスカートを不思議な目で見上げた。 「え?やないやんか。紙おむつのままやったら恥ずかしいやろから、せっかくうちのお気に入りのスカートを貸してあげよ思たのに。それとも、そのまま買い物に出る気?」 「買い物?」 千恵里はきょとんとした顔で訊き返した。そして、すぐに怯えた顔になって叫ぶみたいに言う。 「……嘘やろ?」 「何いうとんよ、嘘なんか言うてもしゃあないやんか。――紙おむつの上にジーンズは窮屈で穿かれへんで」 「それやったら紙おむつを外して……」 千恵里はおそるおそる手を伸ばして、紙おむつのテープに指をかけようとした。 「あかんで、サクランボ。紙おむつをあてたまま買い物に行くんや」 桃子は千恵里の手首をつかんでクスッと笑った。 「そやかて、サクランボは、いつおもらししてしまうかもわからへん赤ちゃんやもん。ちがう?」 千恵里のすぐ側に、ついさっき桃子の手で外された紙おむつが無造作に丸めて置いてあった。それを目にした途端、ひどい羞恥が千恵里の体中を駈け巡る。千恵里がその紙おむつを濡らしてしまったのは本当だった。それも、眠っている間のおねしょではない、目が覚めている昼間のおもらしだった。 「……ちがう。そんなん、私のせいやない」 それでも千恵里は、なけなしの気力を振り絞って首を振った。私が紙おむつを汚してしもたんは桃子と倫子のせいやんか。 「うふふ、べつに誰のせいでもかまわへんよ。けど、サクランボが紙おむつの中におもらししてしもたんはほんまの事やねんで。――なにかの間違いで、このことが入学式の時にでもサクランボと同じクラスの子らの耳に入ったらどないなるやろな?」 「ひ、ひどい……二人とも、そんな人やったやなんて……」 千恵里の顔がこわばった。 「あらら? いややなぁ、サクランボ。すっかり誤解してしもとるわ。なんか、まるでうちらがサクランボのことを脅してるみたやんか。うちは、ただ、そんなことが聞こえてしもたら困るやろなぁって心配してあげてるだけやのに」 ちっとも心配なんかしてない顔で桃子が言った。 「……私にどないせぇ言うのん?」 ぎゅっと奥歯を噛みしめて、千恵里はざらざらした声を絞り出した。 「うちは、こないしなさいとかは言わへんよ。そんなん、うちが命令してるみたいやもん。可愛いいサクランボにうちらが何か命令するやなんて、そんな可哀相なことでけへん。ただ、一度あることは二度あるて言うから、お出かけする時は紙おむつをあてといた方が安心やろなぁって思うだけ。そんで、紙おむつの上にジーンズは窮屈で穿かれへんから、うちのスカートを貸してあげてもええかなぁって思てるだけ。決めるんはサクランボ、あんたやで」 桃子は千恵里の顔を見おろした。 「……わかったわよ、紙おむつをあてたままスカートを穿いて出かけたらええんやろ? そんで、何を買いに行くんよ?」 千恵里は、ぶすっと頬を膨らませて言った。しっかり逆ギレしていた。立派なプッツン君と呼んでいいだろう。 「ん、それでええねんで、サクランボ。ほんまにサクランボは聞き分けのええ素直な子やわ。買う物は食器とか着替えとか、とにかく、サクランボが持ってへんもんを一つ一つ揃えなあかんわね」 にこやかな顔で桃子は言った。 ――そんな事情があって、三人は仲良くバスに乗って駅前の商店街へやって来たわけです、はい。 じたばたじたばた。 回想シーンが終わったばかりだというのに、千恵里が早速じたばたしていた(まんまな描写やな)。 じたばたして、やっとのことでスカートを押さえることができた。ビル風もだいぶ弱まってきて、ちょっとだけ安心。それでもスカートの裾をしっかり押さえながら、不安そうな表情で千恵里はおそるおそる周りを見わたした。 平日の昼間とはいっても、学校は春休みということもあって、駅前のショッピングゾーンはかなり賑わっていた。だから、みんながみんな千恵里のスカートの中を目にしたわけではけれど、少ないながら、その光景を目にした通行人もいないでもない。 現に、千恵里から三人ほど後ろを歩いていた女子高校生らしき二人組は、しきりに千恵里の方を指差して、なんともいえない笑みを顔に浮かべて囁き合っている。そのすぐ横に立ちすくんでいるサラリーマンふうの若い男性の顔には、はっきりと驚きの表情が浮かんでいた。 「あ……」 一瞬サラリーマンと目を合わせてしまった千恵里は慌てて目をそらせると、倫子の体に隠れるようにして早足で歩き出した。 「そない急がへんかっても、お店は逃げへんで」 からかうようにそう言って、倫子はスカートの上から千恵里のお尻をぽんと叩いた。 紙おむつがかさこそ鳴る音が意外に大きく千恵里の耳に届く。 その音が周りの人たちにも聞かれたような気がして顔を真っ赤にした千恵里は、その場から逃げ出すみたいに、紙おむつのせいで少し開き気味になってしまう両脚を盛んに動かし続けた。 二人が千恵里を連れて入ったのは、ショッピングゾーンの中ほどから少し行った所にある大きなドラッグストアだった。最近の流行なのか、昔ながらの薬局というイメージではない、ホームセンターを兼ねたような品揃えが豊富で売場の広い明るい店内のドラッグストアだ。 「何を買うん?」 きょとんとした顔で店内の様子を見まわして、千恵里は、すぐ横にいる桃子の顔を振り仰いだ。 「そやねぇ。まずは、サクランボに一番必要な物からかな」 桃子は、売場のコーナーごと天井に吊ってある案内板を見上げて歩き出した。 そうして、入り口から二区画ほど離れたコーナーで立ち止まる。 そこには、床擦れ防止用のエアマット、着替えが簡単な寝巻きやポータブルトイレといった様々な種類の介護用品が所狭しと並んでいた。その中に、何種類かの紙おむつと一緒に幾つかのメーカーのおむつカバーが陳列してある。 それを目にした途端、どきりとしたような顔になって、千恵里は逃げ出すみたいに、もと来た通路を引き返しかけた。 それを、倫子が千恵里のスカートの裾をつかんで引き戻す。そんなことをされては、千恵里もしぶしぶ従わざるを得ない。そのまま強引に逃げ出せばスカートが捲れ上がってしまうのだから。 「どれがええ?」 スカートの裾をつかまれて引き戻された千恵里に、無駄な事はやめときよというふうに指をちっちっと振ってみせてから、桃子はおむつカバーの方に目を向けた。 「どれって……何のことやのん?」 わざとすっとぼけた顔で千恵里は天井を見上げた。 「あかんで、ごまかしても」 桃子はクスッと笑った。 「そやかて……なぁ、なんぼなんでも、これは冗談やろ? な?」 頼りない声で、気弱に追従するような笑みを浮かべて、千恵里も桃子の見ている方にちらと目をやった。薄いブルーや淡いクリーム色、地味なベージュ色といった、あまり目立たない色あいのおむつカバーが薄い透明の袋に入って棚に並んでいる。 「冗談なんかやないで。その証拠に……」 桃子は少し間を置くと、あたりを見まわして、すぐ側の通路を歩いて行く店員を呼び止めた。 「すいませ〜ん」 桃子の声に店員はこちらへ顔を向けると、きびきびした歩き方で近づいてきた。白衣の胸元に、顔写真と名前、それに『薬剤師資格保有者』という文字が鮮やかに印刷されたプレートを留めた、まだ大学を出てさほど間がないように見える若い女性だった。 「何かお探しですか?」 微かにクセのある髪をあっさりとショートにしたヘアスタイルが白衣にとても合っていて、どんなことでも安心して相談できそうな印象そのままに、よく通る声ではきはきと話しかけてくる。 「ええ、介護用のおむつカバーがほしいんですけど、どれがいいのかわからなくて」 桃子は、これまで千恵里が聞いたことのないようなちゃんとした標準語で応えた。 「はい、介護用のおむつカバーですね。お使いになる方の体格とかはおわかりになりますか?」 店員はきちんと復唱してからにこやかな顔で尋ねた。 「それが、ちゃんとした数字はわからないんです……」 桃子は少し困ったような表情を浮かべた。そうしてすぐに、千恵里の背中をぽんと突いて自分と店員の真ん中に押し出すと、よく気をつけていないとわからないほど僅かに笑いを含んだ声で続けた。 「……使うのはこの子なんですけど」 「え? あ、ああ。――こちらの方がお使いになるおむつカバーですね?」 いくら薬剤師とはいってもまだ経験の浅い店員は、まさか目の前にいる、自分よりも少し若いだけの女の子が使うおむつカバーだとは思ってもみず、いくぶん驚いたように口ごもってしまった。そうして、慌てて接客マニュアルの内容を思い出して律儀に復唱してみせた(そんなこと、いちいち復唱なんかせんでもええやんか〜:千恵里の心の声)。 「ええ、そうです。なにせ、大人用のおむつカバーを買うなんて初めてなもので、そちらで適当に選んでいただけません?」 桃子は取り澄ました顔で言った。 「あ、あの……そうですね、夜だけお使いになるのか、それとも昼間もお使いになるのかによっても選び方は違ってきますし……」 一度ぎこちなくなると、いくらマニュアルを思い出してみても応対はしどろもどろになってしまう。それに、店員は若いんだし、目の前にいる千恵里のためにおむつカバーを選んでくれだなんて予想外の注文だ。この店員は、まだ、どちらかといえばよくやっている方だと褒めてあげてもいいくらいだ(うんうん、頑張ったんだね)。 「ああ、それは昼間もです。眠っている時じゃなくても、いつおもらししちゃうかわからないんです」 桃子はきっぱり応えた。 もうこうなると、千恵里が弁解する隙もない。桃子が嘘を言うてるんですと訴えても、その若い店員は信じてくれないだろう。むしろ、憐れむむような目でじっと見つめられることになるかもしれない。 「あ、それは御愁傷様……、いえ、ご苦労なさって……、あ、その、お慰めする言葉もございま……、いや、だから、あの、……大変ですわね?」 こちらがドギマギしてしまって、やっとのことで適当な言葉をみつけても、それに自信が持てなくて思わずハテナマークを付けてしまう若い薬剤師であった。形のいい鼻の半分ほどが微かに赤くなっていたりする。 「ええ、大変なんです」 ちっとも大変そうじゃない顔で(むしろ、完全に面白がっていた)桃子が言った。 「そ、それじゃ、とりあえずサイズを確認いたしましょうね。とにかく、あの、詳しいことはその後ということで」 とりあえずは、自分の仕事に忠実な薬剤師であった(作者註:しまった。ついさっき登場したばかりの人物なのに、登場の時と今とじゃ、随分キャラ設定が変わっちゃったじゃないか。――ま、いっか。どうせ、ちゃんとキャラ設定した登場人物なんて一人もいないんだし)。対照的に、自分の仕事に投げやりな作者であった。 「どうぞ、こちらへ」 頼りない作者の独り言を無視して、店員は千恵里の返事も聞かずに先に立って歩き出した。 両側から桃子と倫子に挟まれて、千恵里も仕方なく足を踏み出した。 店員が三人を案内したのは、従業員用の更衣室だった。ロッカーが整然と並んでいて、着替え中の衣類を置いておくちょっとした台や姿見の鏡も揃った、清潔そうな室だ。 「この時間ならここへ入ってくる者はいませんからご安心ください」 ここへ来るまでの間に少しは落ち着きを取り戻したのか、店員は業務用の笑顔を作って言った。 「あ、あの……何をするんですか?」 一方、千恵里は不安そうな表情を隠せないでいる。 「はい、採寸させていただくだけです。すぐに済みますから、あまり緊張なさらないでください」 「採寸?」 「はい。おむつカバーを選ぶ時は、なるべく体に合う物にしませんと、お小水が洩れ出してしまうことがあります。ですから、腰回りですとかお尻回りですとかのサイズを測らせていただきます」 店員は白衣のポケットから小さなメジャーを取り出した。 「申し訳ございませんが、少しの間だけスカートをたくし上げていていただけますか」 「え? あの、でも……」 千恵里はぎくりとしたような顔になって、ぱっとスカートを押さえた。 「こらこら、せっかく店員さんがサイズ測ってくれるいうてはるねんから、そんなことしたらあかんやんか」 桃子と倫子が強引に千恵里の手首をつかんでスカートから手を離させた。そうして、店員に向かって軽く頭を下げてみせる。 「すみませんね、聞き分けのない子で」 完全に保護者めいた仕種だった。 「あ、いいえ。急にこんなことを言われても、ご本人もお恥ずかしいでしょうし」 店員はにこやかに応じた。千恵里がおたおたしているのとは対照的に、だいぶ落ち着いてきたみたいだ。 「ほな、きちんと測ってもらおな。おしっこが洩れてしまうようなおむつカバー、サクランボもイヤやろ?」 千恵里の右手を倫子、左手を桃子がしっかりつかんだまま、空いている方の手で二人は目配せをして同時に千恵里のスカートをさっと捲り上げた。 「いや、いややぁ」 更衣室の空気が千恵里の叫び声でびりびり震えた。けれど分厚い二重のドアのせいで、千恵里の声が更衣室から売り場や事務室まで届くことはない。 スカートをお腹の上までたくし上げられて、恥ずかしい紙おむつが丸見えになった。もちろん、メジャーを手にした店員の目にも。 「あ……あの……?」 千恵里のおむつカバーを選んでくださいと言われた時よりも何倍も激しい驚きに、店員は言葉を失って桃子の方に顔を向けた。若い女性の紙おむつ姿を目にするなんて、そうそうあることじゃない。 「売り場でも申しあげましたでしょう? この子は、いつおもらししてしまうかわからないんです」 桃子はわざとのような丁寧な言い方をした。倫子が、その言葉に軽く頷いてみせる。 「え、ああ、……はい。でも……」 「何か不都合なことがあります?」 「いえ、その……なるべくきちんと採寸したいと思いまして、だから、その……」 店員は困ったように口ごもって、千恵里のスカートの下から現れた紙おむつに何度もちらちらと視線を投げかけた。 「ああ、紙おむつのせいできちんと測れないんですね?」 店員の視線の意味がようやくわかったというふうに頷いて、桃子は確認するように言った。 「え、ええ」 桃子につられるみたいに、店員は頼りなげに小さく頷いた。 「それじゃ、外してしまいましょう。――倫子、スカートをお願いね」 少しも迷うふうもなく桃子はさらりと言ってのけると、自分が持っていた方のスカートの裾をさっさと倫子に渡してしまった。 倫子がそれを受け取って千恵里のスカートを片手でたくし上げたままにしたのを確認してから、桃子は紙おむつのテープに指をかけた。 「やめてぇなね、桃子。こんなとこで、知らん人の目の前で……なぁ、桃子、ほんまにもう……」 両腕とスカートを倫子の手につかまれて一歩も動けない姿勢で、千恵里は両脚をぶるぶる震わせて懇願した。 「知らない人じゃないわ。この人はここの店員さんで、ちゃんとした薬剤師さんなのよ。だから、おとなしく測ってもらいましょう。その方があなたのためなんだから」 背筋がぞくぞくするようなわざとらしい標準語で、桃子は言い聞かせるように話しかけた。 「あの、でも……」 そこへ、店員がもうひとつ気が進まないような感じで口をはさんだ。 千恵里が、ほのかな期待を持って店員の顔を見上げた。けれど店員が口をはさんだのは、紙おむつを外されるのを嫌がる千恵里を気遣ってのことではなかった。 「この紙おむつはN社の少し古いタイプのもののようですね? だとすると、一度テープを外すと二度めはかなり粘着力が弱くなってしまう筈です。じっとしている分には差し支えないとは思うんですけど、歩きまわったりすると、すぐに剥がれてしまうということを聞いたことがあります。――よろしいんですか?」 店員が桃子を止めた理由はそれだけのことだった。嫌がる千恵里に同情してとかいうことは全くなくて(その場の主導権を誰が握っているかは、若い店員にも一目瞭然だった。店員の目に映る千恵里からは、自分よりも僅かに年下なだけなのに、随分と幼い、どちらかといえば少女めいた印象を受けていた。それは、千恵里の小柄な体格のせいばかりではなく、スカートの中に紙おむつという姿をしていることや、その事実を受け入れることもできずに喚き出したり頼りない表情を浮かべたりする仕種といったもののせいだった。だから店員は、保護者然とした桃子と相談することはあっても、千恵里に何かを相談したりあれこれと気を遣ってやる気はなかった)、一度外したその紙おむつがもう使えなくなるおそれがあるという事実を桃子に告げるためだけだった。 「あ、そうなんですか?」 紙おむつに関して殆ど知識のない(ま、そんな知識を持っている若い女性が多いとは思えないけれど)桃子はテープからそっと指を離した。 それから少しだけ考えこむような顔をした後で、店員の耳元に唇を寄せてひそひそと何かを囁いた。 |
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