桃子の言葉に耳を傾けながら、店員は時おり千恵里の方をちらりと見ては、しきりに頷いている。
「――それじゃ、そういうことでお願いします」
 最後に桃子はそう言うと、くるっと千恵里の方に振り向いて、もう一度紙おむつのテープに指をかけた。
「心配せんでもええよ、サクランボ。この紙おむつが使われへんようになっても、ちゃんとしてあげるから」
 言うが早いか、桃子の指がぴっとテープを剥がしてしまう。
 テープを全て剥がしてしまって桃子がそっと手をどけると、紙おむつは大きく広がって床の上にぱさりと落ちた。
 無毛の童女のような股間があらわになって、店員がどきりとしたように大きく目を見開いた。
 もともと、おむつかぶれを予防するために千恵里が自ら茂みを剃り落とした結果だ。
 それが、ただでさえ少女めいて見える千恵里に、より幼い印象を与えている。店員は一瞬、そこに立っているのが幼女なのかと錯覚して目をこらしてしまったほどだった。それでも、すぐに自分の立場を思い出してメジャーの先端をそっと引っ張り出すことだけはかろうじて忘れはしなかった。
「……それじゃ、始めます」
 目の下のあたりをほのかに赤くしながら、心の動揺を気づかれまいとしてわざと事務的な声で言うと、店員はゆっくり腰をかがめて、メジャーを持った手をそっと千恵里のお尻の後ろにまわした。
 ひんやりした感触が、お尻のトップよりも少し上のあたりからおヘソのすぐ下へまわりこんでくる。
 メジャーのスケールを読もうとして顔を近づけた店員のほの温かい吐息が千恵里の下腹部をそっとくすぐった。
「あふ……」
 昼間から紙おむつでくるまれていたせいで、まだ夏でもないのに、下腹部は蒸せかえるように蒸れていた。そこへ更衣室のひんやりした空気と一緒に店員の柔らかな吐息が吹きかけられたものだから、千恵里は思わず感きわまったような嘆息を洩らしてしまう。
 その声に、店員の方が顔を赤らめてしまった。紙おむつといい無毛の股間といい、一見したところは幼女そのままなのに、熱い嘆息だけは年ごろの女性のものだった。
 その光景を、桃子と倫子は黙りこくってじっと見つめていた。二人の顔も、それと注意してみればわかるほどには上気して赤く熱くほてっていた。
 ウエスト。アッパーヒップ。トップヒップ。アンダーヒップ。店員はぎこちない手つきながら、千恵里の下腹部のいたるところを丁寧に採寸しては、その数字を小さなメモ用紙に記入していった。
 そうして最後に腿まわりを測り終えると、ほっとしたような顔になって腰を伸ばした。そりゃ、ま、同性のあそこに顔を近づけるみたいにして採寸を続けていれば、いいかげんうんざりもしてくるだろう。
「それじゃ、これで選んできます。でも、あの……」
 店員は桃子にそう言うと、気遣わしげに千恵里の下腹部に目を向けた。
「あ、いいですよ、気を遣っていただかなくても。とりあえず、テープが付くかどうかわからないけど、紙おむつをあて直しておきますから」
 桃子は軽く首を振って応えた。
「ええ。でも、もしもよろしければ……」
 店員はメジャーをしまいこんだばかりのポケットを探って、微かにがさごそと音をたてながら薄いポリエチレンの袋を取り出した。
「……メジャーを取り出す時、これがポケットに入っていたのを思い出したんです。朝一番にメーカーの営業の方がサンプルとして置いていったんですけど、私も開店準備でばたばたしていたもので、すっかり忘れていて。――よろしければ、待っていただく間、これをお使いになりません?」
 桃子は店員に差し出されるまま、透明な袋を受け取った。袋の中には、純白の布地が入っているみたいだった。
 しばらく見ていた桃子だが、不意に右手に力を入れて袋を破いて中身を取り出して広げてみると、それは純白の生地でできた、両手で広げてくるっとまわしてみるとお尻の方に子ウサギのイラストがプリントしてあって一目で子供用だとわかる、小さなショーツだった。
「これまでの物よりも伸縮性と吸汗性に優れた新しい素材でできたものだとかで、一見したところでは窮屈そうに見えますけれど、そちらのお客様なら充分に着用なさっていただけるようになっていると思いますので」
 店員はメーカーの営業マンから説明された通りに言って、にこっと微笑んだ。
「あ、でも、よろしいんですか?」
「ええ、けっこうです。営業の方が持ってきた伸縮性データや素材試料は店長に渡してありますし、それに、仕入れる商品は本店が決めることですから」
 どことなく悪戯っぽい店員の微笑みだった。
「ふーん。……じゃ、いただきます。待っている間にお尻が冷えて風邪でもひいちゃ可哀相ですものね」
 桃子もにっと微笑み返して、すぐ横にいる千恵里の丸裸の下腹部に目を向けた。
「それじゃ」
 軽く頭を下げて、店員は更衣室を出て行った。

「さーて、と。ほな、せっかく店員さんから貰てんから、これを穿かせたげるわな、サクランボ」
 桃子は持ったショーツの伸び具合を確かめるみたいに何度も両手で引っ張ってから、満足そうに言った。そうして、千恵里のすぐ前にしゃがみこむように腰を落とすと、ショーツを両手の掌で大きく広げて千恵里の足下に差し出した。
「ほら、右足を上げて」
 けれど、千恵里はなかなか足を上げようとはしない。
「何しとんのよ、サクランボ。ちゃっちゃとせな、ほんまに風邪ひいてしまうで。こんな人気のない暖房も入ってない室やねんから」
 桃子はあらためて、ほらとショーツを突き出した。
「けど……」
 スカートを倫子の手でたくし上げられた格好のまま、千恵里は力のない声を出した。
「なんやのんよ、いったい何が気に入らへんのん?」
 床にしゃがみこんだ桃子がじと目で千恵里の顔を見上げて睨みつけた。
「そやかて、そんなショーツ……」
 睨みつけられて、千恵里はおどおどした声で言いかける。
 その言葉を遮って、桃子がびしっと決めつけた。
「ショーツが嫌やて? ほな、やっぱり、紙おむつの方がええねんな? ――ああ、そうやな。ショーツでおもらししてしもたら大変なことなるもんな。特に、街中の人混みの中なんかで」
「ちゃう、そんなんやない」
 千恵里は弱々しく早口で言った。
「ちゃう? 何がちゃうのん?」
 桃子は、わざと不思議そうな声で訊いた。
「そやから……紙おむつがええやなんて、そんなことあらへん。ただ、小っちゃい子供が穿くみたいなそんなショーツは……」
「なに言うとんの。さっきの店員さんの言葉聞いてなかったん? ちょっと見は小さいけど、めっちゃ伸びるんやで。うちも何回も試してみたけど、これやったら充分やわ」
 桃子は千恵里の足下で、ショーツをさっさっと引っ張って伸ばしたり縮めたりしてみせた。それから、脚が通るところをまるであやとりの糸みたいに親指と人差指や中指で丸く広げてすっと右脚の前へ持っていくと、目を細めてにまっと笑った。
「それに、吸汗性もええねんて。つまり、吸水性がええっていうことやん。ということは、普通のショーツよりもおしっこも多めに吸い取ってくれるかもしれへんで。おもらしサクランボのために作ってくれたみたいなショーツやんか。店員さんとメーカーの営業さんに感謝せなあかんのとちゃう?」
「そ、そんなこと……」
 尚も千恵里は首を振った。
「あ〜あ、んっまに聞き分けのない子やな、サクランボは。――けど、ま、ええよ。紙おむつもイヤや、せっかくの新しいショーツもイヤや。いつまでもそない言うとったらええねん。うちらは全然困らへんもん。――な、倫子。そやけど、ほんまにサクランボもそれでええんかな?」
 桃子はちらと腕時計に目をやった。
「もうじき昼休みやで。そしたら、ここの店員さんが交代にお昼休みをとるやろな。もちろん、ここで着替えてどこか食堂へ行く人かていてはるやろな。さっきの店員さんは事情を知っとるからええけど、他の店員さんは千恵里のこと、どない思うやろ。ううん、うちらはええねんで、うちらは」
「……いやや、そんなんいややぁ」
「ええかげんにしいや、サクランボ。なんか都合の悪いことがあったら『いやや、いややぁ』って喚くだけで、自分からこないするとかいうことは全然言わへんねんから。もう知らん、あんた一人でさっきの店員さんが戻ってくるんを待っとったらええねん。うちと倫子はどこかでお昼にしてくるから。――ほなな」
 苛々したようにそう言って、桃子はさっさと立ち上がった。
 立ち上がって、ショーツをブランド物のクラッチバッグの中に押し込むと、倫子の肘をつかんで更衣室から出て行こうとする。
「あ……待って、お願いやから行かんといて……なぁ、桃子、倫子ぉ」
 倫子につかまれていた腕が自由になって、倫子にたくし上げられていたスカートの裾が丸裸だった下腹部を隠したおかげで、千恵里はようやく動けるようになった。しかし、自由を取り戻した千恵里が真っ先にしたのは、自分をさんざ恥ずかしい目に遭わせてきた二人を追い求めることだった。二人からおそるおそる逃げ出すのではなく、二人からそっと離れるのでもなく、幼子のようにスカートの裾をはためかせて二人を追いかける千恵里。
 たとえどんな理由があるにせよ、そこに独り放っておかれるのが心細いからと、泣きじゃくるような顔で必死になって二人を呼び戻す千恵里の心の深い所で、千恵里をこれまでの千恵里であり続けさせてきた何かがポキンと、か細い音をたてて折れようとしていた。明るく楽しそうに笑ってみせていた千恵里の胸の一番奥にしまいこんだ最も脆い部分がひび割れて、また再び、去年の入試を目前に控えた時のように危うい心の状態を招きそうになっていた。
 そのことを知ってか知らずか、桃子と倫子はただ自分たちの欲望のまま、千恵里の心を自分たちだけのものにしようと執拗に責め続けるのだった。
「そない言うんやったら待ったってもええけど、うちらの言うこと、ちゃんと聞くんやな?」
 不意に足を止めて二人が振り返った。
「……聞く。聞くから、私だけ残してどこか行かんといてぇな」
 今にもしゃくりあげそうになりながら千恵里が応えた。
 二人はそっと顔を見合わせた。よっしゃ、第二ステージもクリアやな。もうじきさっきの店員さんが秘密のアイテムを持ってきてくれるから、それまでにたっぷりサクランボをかわいがったげよか。
「ん。そしたら、とにかく、このショーツやな。せっかくの店員さんの好意やねんから無駄にしたらあかん。ええな? 物を粗末にしたら、もったいないオバケが集団で出てきて夜も眠られへんようになってしまうねんで」
 桃子はいそいそとクラッチバッグを開けて、さっきのお子様パンツを取り出した。
 一旦は承知したものの、そのあまりにも可愛らしいショーツをあらためて目の前に突きつけられると、顔がかっと熱くなってしまう。それでも千恵里は二度三度と浅く早い呼吸を繰り返して、よく見ていないとわからないほど小さく頷いてから、おずおずと右足を持ち上げた。その体を、すっと足音もたてずに近づいた倫子が支えてやる。
「よしよし、それでええねんで。ほんまにサクランボはええ子や」
 お決まりのセリフを口にして、桃子はショーツを広げてしゃがみこんだ。目の前に千恵里の無毛の秘部があって、頼りなげにひくひく震えている。
 倫子に体を支えてもらって、千恵里はおそるおそる右脚をショーツに通した。新しい素材だと店員は言っていたが、微かに足首に触れるのは、コットンのように、どことなくほんの少しだけごわついた感じの残る柔らかい感触だった。
 そして足を踏み替えて左脚をそっと通して、そのまま左足をおろすと、サイズを合わせるようにウエストのゴムを少しずつ引っ張って伸ばしながら、桃子がショーツをゆっくりゆっくり引き上げた。
 天井の明るい蛍光灯の光を浴びて眩しく輝いているようにさえ見える白い股間が、次第次第に純白のショーツに覆い隠されていく。
 パンツも一人では穿けない幼女。
 今、二人の目の前にいる千恵里は、かつての同級生からはほど遠い存在だった。二人がいなければ何一つできない、無力で頼りなくて危うい、いつでも二人の庇護の下に置いておきたくなるような憐れな少女だった。そうして二人は、千恵里を少女から更なる幼女へと変貌させようという企みを共有し、ためらうことなく共に実行に移しているのだった。
「ん、これでええわ。それにしても、お子様パンツがよお似合うやん、サクランボ」
 桃子がショーツを穿かせ終わるのと同時に倫子が千恵里のスカートを少しだけたくし上げたために、下腹部を包みこんだばかりのショーツが三分の一ほどスカートの裾から覗いた。それ見た桃子の顔が微かにほころぶ。
「……」
 一方、千恵里は何も言えずにいる。
「けど、これ何やろ? 小っちゃい子のここ、こないぷっくり膨れとったかな」
 少女が穿くようなショーツに包まれた千恵里の股間にじっと目を留めて、まるで舌なめずりでもしそうな声で桃子が呟いた。呟いたといっても、もちろん、千恵里の耳にもちゃんと届くようにはっきりした声で。
「ほんまやったら、もっとつるんとしとるんとちゃうかったかな。な、倫子?」
「うん、言われてみたらそうやな」
 同意を求められて、倫子も千恵里の股間をどれどれと覗きこんだ。そうして、ショーツのボトムよりも少し上の部分を僅かに小高く膨らませている秘丘のあたりをまじまじと見つめて言った。
「ひょっとしたら、パンツを穿かせる時に何か変なもんが入ってしもたんとちゃう? それやったらサクランボが可哀相やで」
「そやろか? そんなん何もなかったと思うんやけどなぁ……」
 桃子は考えこむフリをしてみせてから、急に思いついたように千恵里の股間に手を伸ばした。
「けど、ほんまに何か入っとったらヤバいもんな。ちょっと調べてみよか」
 桃子の掌が、純白のショーツの上から千恵里の秘丘をまさぐった。
「いや……」
 千恵里は咄嗟に身をよじって腰を退いた。
「あらあら、また、サクランボの『いややぁ』が始まったんかいな。そんでも、これはサクランボのためやねんからな」
 桃子は千恵里の腰に左手をまわしてぐいっと引き寄せると、右手の掌にますます力を入れて、ぷっくり膨れたショーツを入念に撫でまわし始めた。ショーツの中に何も入っていないことは、桃子が一番よく知っている。それをわかった上での桃子と倫子のお芝居だった。それも、千恵里を主役に仕立てての恥ずかしいお芝居。
「あかん。あかんて、なぁ、桃子……」
 左手は倫子につかまれていて動かせないため、かろうじて自由になる右手の掌をぎゅっと固い拳に握って、その拳を自分の胸に押し当ててぶるぶる震わせながら千恵里は切ない声で呻いた。
「あかん? 何があかんのん?」
 掌で小高い秘丘を撫でまわした後、そろそろと中指で二つの丘の間をさするようにして桃子がゆったりした口調で言った。
「あかん。そんなとこに指やなんて……もう堪忍して……」
 いつしか千恵里の声は途切れがちな喘ぎ声に変わっていた。
「そんなこと言うても、可愛いいサクランボの大事なとこが何かおかしな物で傷でもついたら大変やん。せっかくやから、念入りに調べとかんとな」
 ぐじゅり。
 ショーツの表面からでも、千恵里がぬるぬると濡れてきているのがわかる。熱にうかされているみたいに、回数ばかり多いくせに力のない呼吸になっていた。
「いやや……もう、もうあかん……」
 はあはあと息を吐き出すばかりでちっとも吸いこんでいないような呼吸を繰り返しながら、千恵里の目が虚ろになってくる。ショーツの股間のあたりはもうぐしょぐしょだ。
「どないしたん、サクランボ。めっちゃ息が荒いやん?」
 自分の手でそうさせておきながら、桃子は澄ました顔でおかしそうに言った。
「……出てしまう。いやや、そんなことされたら出てしまうやんか……」
 がくんと脚から力が抜けて、千恵里はひざまづくようにその場にへたりこんでしまいそうになる。
 それを、倫子が強引に抱え上げた。
「何が出てしまうねんて?」
 ねっとり濡れたショーツの上から盛んに千恵里の秘部を責め続ける桃子が、ぴちゃぴちゃと舌で唇を湿らせながら言った。
「……おしっこ……いやや、そんなとこくすぐったら、ほんまに……」
 しゃがみこむこともままならず、焦点の合わない目を桃子の手に向けて、千恵里は泣き出しそうな声で呻いた。
「おしっこやて? うふふ、んまに困った子やな、サクランボは。けど、今は紙おむつをあててないんやから辛抱せなあかんで。辛抱でけへんかったら、おむつが外れたばっかりの小っちゃい子みたいにパンツを汚してしまうことになるんやから。ま、可愛いいサクランボにはそれもお似合いかもしれへんけど」
 やめるどころか、ますます激しく指を動かしながら、桃子は声をしのばせて笑った。
「……いやや、ほんまにあかん……」
 膝を曲げて力の入らない両脚を擦り合わせ、身悶えするように体をくねらせて、千恵里は唇を半開きにして声を震わせた。
 千恵里の体を抱えてかろうじて立ち上がらせている倫子には、千恵里の我慢がもう長くは続かないことがはっきり感じ取れた。

 不意に、ドアをノックする声が聞こえた。
 少し遅れて、お待たせしましたという店員の声が聞こえてドアが開いた。
 桃子は店員に気づかれないように千恵里の下腹部から手を離してゆっくり立ち上がると、ゆっくりと店員の方に振り向いた。
「あの……どうかなさったんですか?」
 倫子がスカートを捲り上げているせいであらわになってしまったショーツと、とろんとした目をした千恵里の顔と、そうして、こちらに振り向いた桃子の顔を見わたして、店員は不審げな表情を隠せずに、幾分おどおどした声で訊いた。
「あ、ええ……おもらししそうになったものだから、ちょっと様子をみていたんです。せっかく戴いたショーツを汚しちゃったみたいで……」
 桃子は申し訳なさそうな表情を作って、ぺこりと頭を下げた。
「え、ああ……でも、ショーツのことは気になさらないでください。私だってサンプルとして預かっただけですから。――それよりも、トイレへご案内いたします」
 ようやくのこと事情を飲み込んだ(と、自分では思っているだけだ。本当のことは更衣室にいた三人しか知らない)店員は、手に提げてきた買物カゴを木製の台の上に置いて、慌ててドアを押し開けた。
 それを、桃子が落ち着いた声で引き止めた。
「いえ、トイレはいいです。もう、少しでも動いたら、その拍子に洩らしてしまうかもしれませんから」
「でも……」
「それよりも、お願いした物はそのカゴの中ですね? じゃ、早速それを使わせてもらいます」
 桃子は、店員が台の上に置いた買物カゴに目をやった。
「あ、ああ、そうですね。その方がいいかもしれませんね。それじゃ、こちらで用意いたします。その間、そちらのお客様のことはくれぐれもよろしくお願いいたします」
 店員は、千恵里のショーツに視線を走らせた。少し離れた所からでも、ショーツの股間のあたりにできたシミはうっすらとながら店員の目にも映っている。本当のところはそのシミはおしっこでできたものではないけれど、事情を知らない店員にしてみれば、千恵里が少しおもらしをしてつくったものだと思ってしまっても仕方ない。
「わかりました。お願いします」
 桃子はもう一度頭を下げてから千恵里の方に振り返った。
「ということや。店員さんが準備してくれる間、おとなしゅう待っとこな」
「何やのん? あの買物カゴ、何が入っとんのん?」
 千恵里は不安そうな表情を隠そうともしないで桃子に訊いた。
 ところが桃子は
「まあ、見ときぃな。おもらしサクランボには絶対に必要な物やから」
と応えただけで、それ以上は何も言わなかった。
 けれど、店員が手早く買物カゴに手を伸ばしてその中に入っている物を取り出し始めると、それが何なのか千恵里にもすぐにわかってくる。そうして、わかった途端、思わず千恵里は息を止めてしまった。
 おもらしサクランボには絶対に必要な物やから。ついさっきの桃子の言葉が頭の中で意地悪く何度も何度もこだました。
「あ、あれは……」
 かろうじて声を絞り出した後、千恵里はぶるっと身震いした。
「どない、絶対に必要やろ? パンツをこないぐしょぐしょに濡らしてしまうサクランボには」
「そんな……そんなこと……」
 千恵里がその場に立ちすくんで言葉さえ失っている間にも、店員は黙々と準備を進めていた。さほど大きくない台の上に置いたカゴから何枚もの布地をつかみ上げては、それを一枚ずつ丁寧にシワをとって広げてゆく。
「そやかて、言うた筈やで。うちがおむつカバーの売場にサクランボを連れて行ったんは冗談なんかやないでって。その証拠に、おむつカバーを選ぶ手伝いをしてもらおと思て店員さんを呼び止めたんやから」
「けど、けど……」
 千恵里が絶望的な目で見守る中、店員が木製の台の上に広げているのは、淡いクリーム色のおむつカバーと純白の布おむつだった。千恵里がこれまで(さっき売り場で目にしたのを除けば)見たこともないほど大きなおむつカバーと、千恵里が知っている赤ちゃん用に比べれば一回りも二回り大きな布おむつ。
「昼間もお使いだということで、少しでも蒸れにくいものを選んできました。ご覧いただければわかると思いますけど、このおむつカバーは内側がネットになっていて、通気性が他の物よりも優れています。それと、布おむつの方は吸水性を重視して、赤ちゃん用のと同じくドビー織りになっています。この方が肌触りも柔らかい仕上がりになっていますので」
 三人の視線に気づいた店員はにこやかに微笑むと、おむつカバーの上に広げた布おむつを僅かに持ち上げて、よく通る声で言った。
「ありがとうございます。紙おむつはどうしても蒸れやすいでしょう? それが可哀相で布おむつにしてみようと思ったんですけど、おむつカバーにはそんな工夫もしてあるんですね。夜だけまらまだいいんですけど、本当に一日中おむつが手放せないものだから」
 桃子は千恵里のショーツを横目で斜めに見おろして、大げさに安心したような溜め息をついてみせた。
「はい、きちんとした介護用品を選ぶのは私どもの仕事ですから。――さ、どうぞ。準備ができました」
 店員は作り笑顔で頷いてから、すっかり用意のできたおむつカバーと布おむつの方に掌を広げてみせた。
「はい、それじゃ。――おいで、サクランボ」
 応えて、桃子は千恵里の手を引っ張った。
「いやや」
 千恵里は慌てて桃子の手を振りほどいた。
「こら、何すんのん。ちゃんとおむつをあてとかな、またいつ失敗してしまうかしれへんのに」
 桃子は叱りつけるようにそう言うと、再び千恵里の手首をつかんだ。千恵里の方も、桃子の手から逃れようとして腕を振りまわす。
 それを背後から覆いかぶさるようにして押さえこんだのは倫子だった。。
「そんなことしたらあかんやろ、サクランボ。ほら、ちゃんとあの台に上がりなさい」
 桃子に合わせてか、倫子も叱りつけるような口調だった。今朝、寮の玄関で久しぶりに再開してからさほど時間は流れていないのに、その時の穏やかな声と表情がずっと昔のことみたいだ。
「いやや、おむつなんか要らへん。赤ちゃんやないんやから、おむつなんかいやや」
 体の自由を奪われて、それでもまだじたばたと両足で床を踏み鳴らしながら千恵里は首を振った。
「あの……差し出がましいかもしれませんけど、お手伝いいたしましょうか?」
 暴れ続ける千恵里の様子を見かねたように、店員がおずおずと二人に声をかけた。
「あ、お願いできますか。おもらししちゃったら自分も大変なのに、なかなか聞き分けのない子で。ほんと、体ばかり大人なのに、中身は駄々っ子のままなんだから」
 千恵里の耳にもちゃんと聞こえるように、桃子はわざと大きな声で言った。
「ちゃう。そんなんやない。私はおもらしなんか……」
 激しく首を振りながら千恵里は叫んだ。
 それを、倫子が掌で口を塞いで黙らせてしまう。
「ほんと、困った子なんですよ。こんなふうにショーツを濡らしてるくせに、自分は失敗なんかしてないって言い張るんだから。そんなすぐにバレる嘘をついてどうする気なんだか」
 口を塞がれてもごもご言っている千恵里の顔をちらりと見て、桃子は店員に向かって軽く肩をすくめてみせた。
「そうですね。小さなお子さんですと、おねしょをしちゃったのが誰の目にもはっきりしている時でも、汗をかいたんだとか飼い猫が花瓶を倒したんだとか、一目でわかる嘘をつくことが少なくありませんね。親を騙そうと思っているわけじゃなくて、叱られるのがイヤで咄嗟に言い訳しちゃうんでしょうけど――こちらのお客様もそういう心理状態になってしまわれるのかもしれませんね。叱られるのがイヤだということもおありでしょうし、もう大きくていらっしゃるのにおもらしをしてしまうという事実をご自分で認めるのを避けようとしてらっしゃるのかもしれません」
 店員は千恵里の顔に目を向けて考え考え言った。言い方は丁寧だが、千恵里のことをおねしょの癒らない小さな子供と同列に見ているのがあからさまに感じられる口調だった。
 いまさら何を言っても目の前にいる店員は自分の言葉に耳を貸してもくれないんだということが、その時になって当の千恵里にも痛いほどわかった。
「たしかに、そうかもしれませんね。でも、自分におもらし癖があることはちゃんとわかってもらわないと困りますよね。だって、おむつをあてるたびにこんなに騒がれたんじゃ私たちがたまりませんもの」
 まるで、幼い娘を預けている保育園の保母に若い母親が愚痴をこぼすみたいな口調の桃子だった。
「でも、それも仕方のないことかもしれません。私だって、こちらのお客様と同じような立場に置かれたとしたら、それを自分で認めるなんて、とても恥ずかしくてなかなかできないことでしょうし」
 店員はいたわるような目で千恵里のショーツを見た。それが却って千恵里を惨めな気持ちにさせてしまう。
「それはそうかもしれないけど……ま、今はそんなことを考えてる場合じゃありませんね。さっさとしないと、それこそ、この子が失敗しちゃうかもしれないんだから」
 桃子は気を取り直すみたいにぶるんと一度だけ首を振って、倫子に目で合図を送ってから千恵里の膝を持ち上げた。
 倫子が千恵里の脇に手を差し入れて力を入れると、小柄な千恵里の体がふわりと床から離れた。そこへ店員が腰を支えるように腕をまわして抱え上げると、千恵里の体は台の高さまで軽々と持ち上がる。
「おむつはいややぁ」
 宙に浮いたまま千恵里は激しく首を振り続けた。けれど、三人の手から逃げ出す術はとっくになくしてしまっている。
「じきに済むんやで。サクランボは何もせんとじっとしとったらええねん。そしたら、じきに済むんやから」
 幼児をあやすような桃子の声に包まれて、千恵里の体は台の真上へ運ばれた。そうして、桃子の合図があって、静かにそっとおろされてゆく。
 台の上に広げられたおむつにお尻が触れる直前、倫子が千恵里のスカートをいっそう大きく捲り上げた。
 そのすぐ後、想像していたよりもまだ軟らかな布地の感触がお尻に伝わってくる。
「サクランボが悪い子にせえへんように肩を押さえとってな、倫子。――すみませんけど、両脚をお願いできますか?」
 千恵里の膝から手を離してすぐ、今度は太腿のあたりに手を置いて、桃子は二人に声をかけた。
 倫子と店員が言われたとおりにすると、桃子は、大きくはだけたスカートから丸見えになっている千恵里のショーツに指をかけた。
「いややぁ……いやや言うとんのに……」
 千恵里は相変わらずしゃくり上げるような声をあげていたけれど、それも、これまでと比べれば随分と力のない、よく耳をそば立てていないと何を言っているのかもわからないほど弱々しい声になっていた。
「ほな、始めるで。――すいません、足首を持ち上げていただけますか」
 桃子はショーツをさっと引きおろしながら店員に言った。
 ショーツがするりと滑ってそれまで隠れていた無毛の股間があらわになるのと同時に、店員が足首をつかんで高く持ち上げたために、千恵里のお尻が僅かに浮いた。天井に向かって斜めに高く突き上げた千恵里の両脚の上を、桃子がくるくると丸めるようにして脱がせたショーツが何の抵抗もなく滑っていく。
 純白の布おむつの上にお尻を載せて横たわったまま桃子の手でショーツを脱がされている千恵里の姿は、せっかくパンツを穿かせてもらったのに恥ずかしい粗相をしてしまったせいで再びパンツからおむつに戻されそうになっている幼児そのままだった。そう。そこにあるのは、びしょびしょに濡れた無毛の白い股間を照明の下にさらけ出し、何のなす術もなく母親の手に全てを委ねざるを得ない無力な幼女の姿だった。
 千恵里の足首を高く持ち上げている店員の目に、蛍光灯の光を浴びてぬめぬめ光っている股間が、妨げる物など何一つなくくっきりと映った。サーモンピンクの肉のひだがひくひくと力なく震え、桃子に責められて溢れ出した愛汁が照明の光を受けて妖しく輝いている。けれど店員は、その細かな無数の雫が実はいやらしい愛液だなどとは露ほども知らない。桃子の言葉を信じて、可哀相な千恵里が洩らしてしまった恥ずかしいおしっこだと思いこまされているのだから。

 桃子は、ソックスを濡らしてしまわないようにと注意を払いながら、舟底のあたりがぐしょぐしょになったショーツを千恵里の両脚からすっと抜き去った。
「ああ、それなら、あのカゴの中にあるブルーの袋に入れておいてください。しっかり密閉できるから、濡れたタオルや汚れた下着を入れておいても匂いや水分が洩れないんです」
 脱がせたショーツをどうしようかと思案顔になった桃子に、千恵里の足首を高く持ち上げたまま(そうして、童女のような股間をしげしげと見つめながら)店員が言った。
 千恵里の体のすぐ側に置いてある買物カゴを覗きこむと、店員の言葉通り、淡いブルーの半透明の袋が何枚か入っていた。それを手に取ってよく見ると、口のところが合成樹脂の噛み合わせになっているのがわかる。どうやら、食べ物を冷凍庫で保存するための袋と同じ作りになっているみたいだ。
 桃子は千恵里の下腹部から脱がせたばかりのまだ暖かいショーツをその袋に放りこんで、噛み合わせをしっかり閉じてから袋を台の上にそっと載せて、カゴの中身を確認するみたいにもう一度覗きこんだ。
 と、ベビーパウダーの容器が目に留まる。そのすぐ側には、柔らかそうなパフもあった。桃子が頼んだわけではないけれど、店員が気を利かせて揃えておいてくれたものらしい。
 桃子は真新しいベビーパウダーの容器を手に取って蓋を開けた。途端に、ふんわりと甘い香りが室中に広がって桃子の鼻を優しくくすぐった。容器の中にパフを入れると、白い粉がふわんと空気の中に漂い出て、光の中を舞い踊る。
 桃子は、ベビーパウダーの付いたパフを千恵里の脚の付け根あたりに押し当てた。
 千恵里が怯えたように大きく両目を見開いて、ぶるんと首を振った。パフはとても柔らかい材質でできている。だから、少々手荒にパフを押し当てられたとしても痛みなど感じることはない。それよりも、千恵里が怯えたような顔をしたのは、パフの柔らかさのためだった。まるでいつまでもおむつの外れない赤ん坊みたいにおむつをあてる前にベビーパウダーのパフを下腹部の肌に押し当てられることなんて考えてもみなかった千恵里にとっては、これまで経験したことのないその柔らかな感触そのものが、羞恥を激しくかきたてる屈辱の源だった。ちょうど、布おむつの思いのほか柔らかな感触がお尻の下から羞恥を妖しくくすぐっているように。
「どない、気持ちええやろ? さらさらしとって、今まで濡れとったとこがすべすべしてくるみたいやろ?」
 脚の付け根からおヘソのすぐ下へパフを滑らせながら、桃子は千恵里の耳元に囁いた。
 千恵里は何も言わずに大きな目をぎゅっとつぶった。店員が持ち上げている足首がぶるぶると小刻みに震え出している。
 パフが、もう片方の脚の付け根に滑って行った。
 そのすぐ近くに、本当なら黒い茂みに覆われている筈の肉の谷間があって、ぬめぬめひくひくと震えている。一見したところでは幼女のそれとさほど変わらないようだけれど、ベビーパウダーをすりこむために顔を近づけてじっと見ていれば、それがやはり成熟した女性のものだとわかる(ロリマンガに出てくるような縦一本線ではなく、もっと複雑な曲線だったりするし)。そんな(まだ固いとはいえ)充分に熟れた年ごろの女性の秘部に赤ん坊のための白い粉のついたパフをこすりつけていると、妙になまめかしい倒錯感に包まれて、桃子自身の下半身まで疼いてくる。
 そうや、これでええんや。うちは絶対にサクランボを倫子とうちの赤ちゃんにしたるねん。いつまでもおむつの外れへん、うちらがおれへんかったら何もでけへん赤ちゃんにな。それも、ただの赤ちゃんやないで。こないしてベビーパウダーをはたくだけでもけっこう昂奮してくるんやもん、もっとやーらしいことをさせたったら倫子かて辛抱たまらんようになって、うちを毎晩でも悦ばせてくれる筈や。な、サクランボ。あんたは倫子とうちを仲良うさせてくれるええ子になるんやで。うふふ、「子はカスガイ」やなんて、ほんまに昔の人はええことを言うたもんやな。
 なんとなく一人で盛り上がってしまい、目の下から鼻のてっぺんにかけて真っ赤に上気した顔になって、桃子はくいっとパフを動かした。
 その先に、千恵里の最も敏感な所があった。
「ひん……」
 悲鳴とも呻き声ともつかない声があがって、千恵里の体がびくんと跳ねた。
 千恵里の哀れな声を耳にした途端、急にSMな気分になってしまって、桃子はもう一度ぐいっとパフを動かしてしまう。いくら柔らかい材質とはいっても、そんなに力まかせに責められてはたまらない。
「いややぁ……」
 今度こそ悲鳴だった。
 けれど、桃子はおかまいなしだ。
「なんや、またサクランボの『いやや』かいな」
と言っただけで、いっこうパフを止める気配がない。それでも、甲高い悲鳴に少しは思い直すところがあったのか、それまでは本当に力まかせだったのを、千恵里の感じやすい部分を擦るような微妙な動きに変わってきている。
 だけど、それが却って千恵里を窮地に追い込む結果になった。
 力まかせに責められているうちは、痛みに堪えてようとして体も心も緊張するため、まだ我慢のしようもある。ぴんと意識を張りつめて、秘部に襲いかかってくる桃子の手の動きに立ち向かう気にも(それが実際にはひどく難しいことだとしても)なれるかもしれない。ところが、いやらしくうねうねと蠢くパフにじわじわ責められると、下腹部がじんじん疼くばかりで、それを払いのける気力さえ萎えてしまうような思いにとらわれて、むしろその動きを自ら受け入れてしまいそうになってしまうのだ。
「あん……」
 知らず知らずのうちに、悲鳴が喘ぎ声に変わっていた。
 ベビーパウダーをすりこむふりをしながら、桃子は千恵里の恥ずかしい部分を柔らかいパフで執拗に責め続けた。時には軽く滑らせ、時にはつかみ取るように撫でさすり、そして時には肉のひだとひだの間に押し入るようにして。
「あ、あの……」
 千恵里の下腹部を責めるように蠢く(実際、これでもかと責めているのだ)パフの動きと、切なく洩れ響く千恵里の声とに思わず顔を赤らめて、店員がおずおずと割って入った。桃子がただベビーパウダーをはたいているだけとは思えないのだけれど、かといって、実のところ何をしているのかもわからない。ただ、その場に渦巻く淫靡な空気に当てられて、知らず知らずのうちに顔を赤く染めてしまう。
「……もう、そのくらいでいいんじゃありません?」
「そうかしら」
 店員に止められて、それでもまだ名残り惜しそうに千恵里の股間をパフで撫でまわしながら桃子は赤い舌をちろりと出して、ぽってりした唇をぴちゃぴちゃ湿らせて呟いた。
「ええ……もう充分だと思います」
 なぜだかパフから目を離せずに、店員は少し口ごもりながら応えた。
「そうね……もういいかもしれないわね」
 思いを断ち切るように、桃子はパフを手元に引き寄せた。
 ベビーパウダーが付着していたために仄かに白く染まっていた筈のパフがじとっと湿って、千恵里の秘部をさすっていたあたりがうっすらとシミになっていた。
 もう充分だと思います。パフに付いたシミを目にした途端、店員の声がはっきり思い出されて、桃子は声をひそめてクスクス笑い出してしまった。
 店員が妙な顔をして桃子の方に振り向いた。いえ、なんでもないんです――桃子は軽く手を振ってみせたけれど、笑いは消えはしなかった。そうや、たしかにもう充分やったんやわ。せっかくの新しいパフまでこない濡らしてしもて。あれ以上いじっとったら、サクランボの可愛らしい桜貝が潮を吹いとったにちがいないわ。
 桃子は笑顔で千恵里の股間を見おろした。
黒い翳りなど微塵もない白い肌が、たしかにじっとり濡れそぼっていた。
 そうして、必死になって何かに耐えている千恵里の顔。
「サクランボ、あんた、もうあかんのとちゃうん?」
 微かな笑いを含んだ声で、桃子はずけっと言った。
 千恵里は慌てて首を振った。だけど、その弱々しい振り方が、我慢の限界がもうすぐそこまで迫っていることを無言で知らせている。
「ちょっとだけ待っときや。ほんま、すぐやからな」
 いたわるような口調とは裏腹に、桃子は今にも口笛でも吹き出しそうな声で言って、千恵里の足首を差し上げたままにしている店員の向かい側に立った。
 桃子の手が、真っすぐ伸びた千恵里の両脚の下に広がっている布おむつの端をそっと持ち上げた。そうして、店員が足首を支えている両脚の間を通すと、おヘソのすぐ下のあたりへまわして、布おむつがおヘソにかからないように少し折り返した。
 お尻から股間、それからおヘソの下あたりまでを覆われただけなのに、ぞくぞくするような柔らかな布おむつの感触が、まるで下腹部をみんな包みこんでしまったように広がって、千恵里の胸がどきどきと高鳴ってくる。
 そのすぐ後、柔らかな布に包まれた感触に、桃子の手に責められたせいで高まっていた尿意が尚いっそう強まってきた。
 それに合わせて、千恵里の戸惑いもまた大きく膨らんでくる。なんで? なんでやのん? なんで、おむつをあてられたからいうて、おしっこをしたくなるんよ。そんなん、絶対にヘンやんか。裸になった時におしっこをしたなるんやったら、それはまだわかる。けど、おむつをあてられたからいうておしっこをしたなるやなんて、そんなん、そんなん……いやや、私、ヘンになってしもたんやろか。あかん、あかんで。このままおもらししてしもたら、それこそ私は……。
 泣きたくなるのをこらえて、千恵里は下半身に意識を集めた。マンションで桃子の指に弄ばれながら洩らしてしまった時と違って、今は桃子の手はおむつにかかりきりになっている。けれど、ショーツの上からいじくられておしっこをしたくなったのと、ついさっきまでパフで責められて洩らしそうになったのと、合わせて二度もひどい尿意を覚えてはかろうじて凌いできたところだ。もうそれもどうなるか自分でもわからない。現に、桃子の手が動くたびに布おむつが千恵里の下腹部を覆いかくしてゆき、そのたびに、感じやすいというよりも過敏にさえなっている秘部がひくひくして、生温かい液体がこぼれ出しそうになっている。
「えらい我慢強いやんか、サクランボ。けど、無理することはないんやで」
 すっかり布おむつで千恵里の下腹部をくるんでしまった桃子は意味ありげに微笑んで、おむつカバーの両側の横羽根を持ち上げた。
 それで布おむつを押さえるようにお互いにマジックテープで留めてしまうと、千恵里が少しくらい体を動かしても布おむつは殆どずれなくなる。
「あ、これでけっこうです。どうもありがとうございました」
 桃子は、千恵里の足首をつかんで高く持ち上げていた店員に礼を言った。その後、肩を押さえていた倫子にも、もう大丈夫だからと、千恵里から手を離すよう声をかける。
 二人が体から離れても、千恵里は逃げ出す気配もみせなかった。ここで少しでも動けば、我慢に我慢を重ねていたおしっこが溢れ出してくることは千恵里自身が一番よく知っている。
 桃子の手がおむつカバーの前当てをそっと持ち上げて、それを横羽根に重ね合わせるために千恵里の両脚の間を通した。その時、桃子の指が布おむつの上から千恵里の秘部にずぶりと分け入ったものの、その様子は、おむつカバーの前当てに遮られて店員の目には映らなかった。
 桃子の指に押されて、柔らかい布おむつの生地が肉の谷間に食い込んだ。
「ひ……」
 声にならない声が千恵里の口から洩れた。
「あ……」
 店員の顔色が変わった。
 桃子が前当てを留めるよりも先に布おむつがじわじわと濡れ出している。
 おむつが濡れていく光景を目にするのは、もちろん店員にも初めてのことだ。こわばった表情のまま、店員は食い入るように千恵里の股間を見つめた。
 最初、千恵里の股間の、木製の台からほんの少し高い所がじわっと濡れて小さなシミになった。そのシミがふっと左右に広がったかと思うと、シミの真ん中よりも少しだけ上のあたりに、幾つか小さな雫がおむつの表面に滲み出してきて小高く盛り上がった。すぐにその雫は下の方へ、よく見ないとわからないほどのしっぽを引きながら、つっと流れ落ちる。すると、ぼんやりした輪郭のシミが下向きに大きくなって、ついさっき流れ落ちた雫が滲み出したのと同じ所に、さっきよりもたくさんの雫ができた。その雫もつつっと布おむつの表面を滑り落ちて、おむつとおむつカバーの間に消えてゆく。おむつのシミはゆっくりゆっくり大きくなって、次々に滲み出してくる雫は互いに絡み合い、くっつき合っては、台の上に広げられたおむつカバーの内側に堰止められて、千恵里のお尻を濡らしながらじわりじわりと布おむつをぐしょぐしょにしてゆく。
「いやや……見たらいやや……」
 ひどく頼りなげな、それこそ幼児のような声で泣き叫ぶ千恵里の頬を、幾粒もの涙が滴り落ちてゆく。
 三人は茫然とした表情で、あるいは妖しく輝く瞳で千恵里の恥態に見入ったまま、まんじりともしなかった。



 更衣室から出てきた四人は、売り場へ向かう通路で脚を止めた。
「それじゃ、これが盗難防止用のタグと仮レシートです。もしもこれから別の商品もお買いになられるのでしたら、その商品とは別にレジに出してください」
 店員は、自分が商品を入れてきた買物カゴと商品札を桃子に渡しながら言った。顔にはまだ多少は引きつったような笑みが浮かんでいるけれど、かろうじて声だけは元に戻っている。
「はい。――どうも、お手数をかけました」
 桃子は小さく頷くと、これから少し早い昼休みを取るという店員を残して、千恵里の背中を軽く押すようにして通路を歩き始めた。
 千恵里が脚を動かすたびに、少し離れて三人を見送る店員の目の中で、おしっこが洩れないようにとたっぷりあてられた新しいおむつのせいで不自然に膨らんだプリーツスカートがゆるやかに揺れていた。

 再び売り場に戻った桃子は、倫子と千恵里を従えて店内を歩きまわった後、奥まった一角で脚を止めた。
「うん、ここやな」
 桃子は目の前の棚に並んだ食器を見わたして、うんうんと頷いた。
「……何の冗談やのん?」
 ところが、千恵里は疑わしそうな目で桃子の顔を見上げて、不満に充ちた声を出す。
「冗談? うちはなんも冗談なんか言うてへんよ」
 桃子は千恵里の顔をちょっと見返して、大袈裟に肩をすくめてみせた。
「けど、ここは……」
 千恵里は天井からぶらさがっている案内板に目をやった。その白いプラスチックの板には、『ベビー食器コーナー』という字がくっきりと書いてある。
「そうや、あの案内板に書いてある通りや」
 千恵里と肩を並べて案内板を見上げた桃子が平然と言ってのけた。


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