偽りの幼稚園児





               【九】

 ひばり幼稚園の園児が着る制服は男児用も女児用も基本的にはセーラースーツだ。ただ、男児用の制服が上着と半ズボンとの組み合わせでツーピースになっているのに対し、女児用の制服は上着のアンダーバストのあたりからふわりとした曲線で裾までの丈を延ばし、その延長部分がそのままスカートになるようデザインされたワンピースに仕立ててある。真っ白で大きめのセーラーとスカーフのように幅の広いリボンタイとの組み合わせが可愛らしく、同じ地区にある幾つかの保育園や幼稚園の中でも評判のいい制服だといつも皐月が自慢げに話しているし、その制服を着た園児たちが勢揃いした音楽会の写真を見たこともあるから、それがひばり幼稚園の制服だということは葉月にも一目でわかった。それも、季節に合わせて、長袖ではなく二の腕の中ほどまでの三部袖を丸く膨らませた夏用の制服だった。
 ただ、実際に園児が着用している制服と大きく異なっている点が二つある。
 一つは生地の色合いだ。園児が着用しているのが海をイメージするアクアブルーと純白との組み合わせなのに対し、薫が広げ持っている制服は、パステルピンクと純白との組み合わせという色使いに仕上がっていた。
 そして、もう一つの相違点というのが。
「実際に着る前に、簡単に確認しておきましょうね。サイズがちゃんとしているかどうか」
 薫は制服の肩口を両手で捧げ持った状態で、葉月の体に押し当てようとする。
 反射的に葉月は体をそらし、あとずさった。が、痺れのせいで思うように脚を動かせず、そのまま仰向けに倒れてしまいそうになる。
「大丈夫だよ、パパが支えてあげるからね」
 後ろ向けに倒れかける葉月の体を皐月が背後から抱きかかえ、改めてちゃんと立たせると、葉月の腰骨を左右から支えるようにしながら、おへそのすぐ下で両手を組んだ。
 支えると言えば聞こえはいいが、要は、逃げられないように捕まえているわけだ。
「はい、そのままじっとしているのよ。――いいわ、ぴったりみたい」
 薫は改めてパステルピンクのセーラーワンピースを葉月の体に押し当て、素早く体のあちらこちらに視線を走らせてから、満足そうに頷いた。
 その時、女の子用の制服を体に押し当てられて顔をかっと熱くし思わず目を閉じてしまった葉月は、この特製の制服が随分とスカート丈を短く仕立ててあることに気がつかなかった。園児が実際に着用している制服のスカート丈は、膝頭が見えるか見えないかのミディ丈になっているのだが、薫が葉月の体に押し当てている制服のスカート丈は、膝上十センチほどのミニ丈に仕立ててあることに。
 このスカート丈の差こそが通常の制服との相違点なのだが、それも含めて薫の目には『いいわ、ぴったりみたい』なのだった。
「いいわよ、パパ。次は、葉月ちゃんが今着ているものを脱がせちゃって。下着も合わせて実際に制服を着せてみて、細かいところをチェックしたいから」
 特製の制服がどうやら自分の期待通りに仕上がっているらしきことを確認した薫は、制服をハンガーに掛け、いかにも小さな女の子が喜びそうなキャラクターのイラストが描かれたポールハンガーに吊り留めた後、ポールハンガーと同じイラストが描かれた箪笥の再下段の引出を引き開けながら皐月に声をかけた。
 その声に従い、皐月が、あっという間に葉月をパンツ一枚の姿にしてしまう。二人の体格差に加え、これまでの様々な出来事によって自分の無力さを思い知らされた葉月が抵抗らしい抵抗をしなかったため、皐月が葉月の着衣を剥ぎ取ってしまうのは、造作もないことだった。
 けれど皐月は、パンツだけはわざと脱がさず残しておいた。
「あら、パパったら、パンツは脱がせてあげなかったの?」
 文字通りパンツ一枚に剥かれた葉月の姿を目にして、薫は(皐月の意図を察して)わざと小首をかしげてみせた。
「だって、葉月は明後日から幼稚園だよ。幼稚園のお姉ちゃんなんだから、パンツくらい自分で脱げるだろ。自分でパンツを脱げるようになったところを葉月がママに見せて褒めてもらいたがってるんじゃないかと思ったんだよ。だから」
 皐月はしれっとした顔で応えた。
 皐月は葉月に、自分の立場を改めて意識させるために、わざとパンツを残しておいたのだった。周囲の助けなしで下着を脱ぎ着できるかどうかの年齢の幼児として自分が扱われているのだということを痛いほど葉月に意識させるために。
 二人の目が葉月のパンツに集まる。
「そうね、明後日から幼稚園の葉月ちゃんなら、パンツくらい自分で脱げるわよね。じゃ、パパもママもしっかり見ててあげるから、自分で脱いでごらん」
 幼稚園で年少クラスの園児たちに接する時そのままの口調で薫が葉月を促す。
 けれど、葉月が手を動かす気配はない。
 二人の前で自分がどれほど無力なのかを葉月は痛感している。いつまでもこのままでいられるわけがないことをよくわかっている。
 わかっているけれど、そうするしかできなかった。

「おや、自分でパンツを脱ぐのはまだ無理だったのかな。年少クラスでも、自分でちゃんとお着替えをできる子が多いんだけど、葉月はちょっぴり成長が遅いみたいだね。じゃ、仕方ない。幼稚園に通うようになれば幼稚園のお友達をお手本にして自分でできるようになるだろうし、今はパパが脱がせてあげようか」
 しばらく間を置いて、その場に立ちすくんでいるばかりの葉月のパンツに皐月が手を伸ばした。
「い、いやだ!」
 これまでの無抵抗から一転、葉月は皐月の手を払いのけようとする。
 しかし、二人の力の差は歴然としている。皐月の指が葉月のパンツのウェスト部分にかかった。
「うふふ。パパにパンツを脱がせもらうのが恥ずかしいなんて、やっぱり葉月ちゃんは女の子なのね。それも、やっと明後日から幼稚園に行くことになったばかりの小っちゃな女の子。そんなちゃっちゃな子なのに裸んぼうになるを恥ずかしがるなんて、おませさんだこと」
 薫のわざとらしい含み笑いが葉月の羞恥心を掻き立てる。
 その間にも、皐月が葉月のパンツを足首までさっと引き下ろしてしまう。
「やだ……!」
 葉月は悲鳴じみた声をあげ、慌てて股間を掌で隠そうとするのだが、それも皐月の手で阻まれてしまう。
「……やだ、……いで……」
 いやだ、見ないでと懇願するのだが、その弱々しい声は二人の耳に届かない。
 葉月の下腹部には、恥毛が一本も生えていなかった。
 もっとも、葉月の下腹部は生まれながらの無毛というわけではない。もともとあまり濃い方ではないものの、年齢相応には(平均より少しは薄かったかもしれないが)生え揃っていた。それが、六月の半ばころから次第に薄くなってきて、七月の初頭にはすっかり無毛になってしまったのだ。薄くなってきたかなと気づいた時には、いずれまた元に戻るだろうとあてもなく楽観的に考え、半分ほどの濃さになった時にようやく病院へ行った方がいいかもとは思ったものの、なんだか診察を受けるのがとても恥ずかしいことのように思え、結局はそのまま見て見ぬふりをしてきた結果がこれだった。
 皐月に対して抵抗してみても無駄だということを痛いほど知っていながらも、皐月の手を振り払い、パンツを下げさせまいと拒んだのは、この恥ずかしい股間を二人の目に晒すまいとしてのことだった。この羞恥に満ちた事実を知った瞬間、皐月と薫は侮蔑の目を向け、嘲笑を浴びせるに違いない。
 加えて言うなら、葉月が二人に知られまいとしたことは、もう一つある。それは、幼児のような無毛の股間にだらんと力なくぶら下がるペニスのことだった。
 葉月は、自分のペニスが仮性包茎だということにずっと劣等感を抱いていた。少年というよりも少女めいた容姿の葉月にも人なりの性欲はあって、同居している姉に気づかれぬよう注意を払いつつ自分のペニスを自分の手で慰めることを幾度もしている。そのような際には勃起すると亀頭が皮を突き破って露出するため生殖機能に異常がないことはわかるだが、普段は皮をかぶった惨めな状態であることに劣等感を苛まれてどうしようもなくなってしまうのだった。しかも最近は、どういうわけか性欲がめっきり減退してしまい、ペニスを自分で慰めることも殆どなくなり、たまに行為におよんだ場合も、力強くは勃起せず、皮をかぶったままの状態で弱々しく精子を垂れして果ててしまうといったことを繰り返している。
 実は、ペニスが勃起しにくくなり始めたのは、股間の恥毛が薄くなり始めた頃と時期が重なっているように思えるのだが、そうなるとそうなったで、何か恥ずかしい病気にでもかかったのではないかという不安が湧きたち、却って病院へ行くのが怖くなってしまい、今に至っているというのが実情だ。
 勃起不全のだらしないペニスを二人の目に晒すのも、葉月にとって、想像を絶する恥辱だった。

 しかし、二人が葉月の下腹部に向けたのは、侮蔑や憐憫の視線などではなかった。
 だらしなく垂れ下がるペニスと無毛の下腹部を目にした二人が揃って妖しい笑みを浮かべたように見えたのは、葉月の錯覚ではない。
「あらあら、大変。葉月ちゃんたら、大切なところが腫れちゃってるじゃない。でも、大丈夫よ。すぐにママがちゃんとしてあげるから」
 葉月の下腹部に目をやった薫は、わざとらしい驚きの声をあげた。
「そのままおとなしくしているのよ。すぐに、とってもよく効くお薬で治してあげるから」
 薫はもういちどそう言って踵を返すと、いったん部屋を出てキッチンに向かい、ややあって、何やら小振りのケースを手にさげて戻ってきた。
「すぐに綺麗な女の子のお股にしてあげるから、心配しなくていいのよ」
 部屋に戻ってきた薫は、『女の子のお股』という部分を強調して葉月の耳元に囁きかけてから背後にまわり、その場で膝を折った。
 薫の言葉になぜとはなしに背筋がぞくりとするが、どうすることもできない。
「始めるわよ」
 薫の短い声が聞こえてすぐ、葉月は、妙にひんやりする感触を股間に覚えた。
 慌てて視線を自分の下腹部にやると、おそらく医療用だろう薄くてぴっちりした手袋を着けて葉月のペニスをつまみ持っている薫の左手と、こちらも同様の手袋を着けて陰嚢を三本の指でささげ持つ薫の右手が見えた。
 思わず身をよじる葉月だったが、皐月の手に自由を奪われて思うにまかせない。
「あらあら、お転婆さんだこと。でも、暴れたりしたら、大変なことになっちゃうわよ。――おとなしくしていないと、本当に大変なことになるのよ」
 普段の様子からは想像もできない、これ以上はないくらい真剣な薫の声が葉月の耳に届く。
 どこか凄味さえ感じられる薫の声に、葉月は体を固くした。。
 同時に、自分の下腹部に薫がしようとしていることをそのまま見ていることがなんだか躊躇われて、ぎゅっと目をつぶってしまう。

「……ここが鼠径管で……タックが……睾丸を……精嚢に……外皮と……」
 皐月の指先が下腹部を撫で動き、時おりペニスや陰嚢を撫でさする感触が、妙にはっきり伝わってくる。
 痛みを感じるわけではないけれど、下腹部の、それも極めてデリケートな部位を女性の手でいじられる羞恥と、なんとも表現しようのない違和感をおぼえてならない。それに、これまで耳にしたこともない言葉が薫の口から漏れ聞こえてくるのも、どうしようもない不安を掻き立てる。
 薫の手の動きに合わせて、どういえばいいのか、決して痛くはないものの、下腹部全体に少し窮屈さを感じるような、言葉では言い表しようのない妙な感覚に包まれる。
 その後、不意に薫の手が葉月の下腹部から離れたが、その直後に、かちゃかちゃと金属やガラスが触れ合う音が聞こえたかと思うと、突然、お尻のあたりから精嚢の付け根のあたりにかけて、まるで氷を押しつけられでもしたかのような冷たい感触が走った。
「……!」
 葉月がびくっと体を震わせるのを、皐月が押しとどめる。
「おとなしくしてなさい。でないと、本当に大変なことになっちゃうんだから」
 薫が、さっきの言葉を、さっきよりもずっと鋭い語気で繰り返す。
 それからほんのしばらくの間、かちゃかちゃいう物音と、体中がぞくっとするほどの冷感が何度か股間に走った後、薫が手を止め、葉月の股間をしげしげと眺めまわしてから、すっと膝を伸ばした。
「ママの言いつけ通りおとなしくしていて、いい子だったわね、葉月ちゃんは。おかげで、綺麗なペニスタックがてきたわよ」
 それまで葉月の背後にいたのをすぐ目の前に場所を移し、薫が満足そうに微笑んだ。
  



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