偽りの幼稚園児





               【十一】

「いいね、葉月に似合いそうだ」
 皐月が鷹揚に頷いてみせる。
「じゃ、これに決まりね。ほら、葉月ちゃん、足を上げて」
 両手でウエストゴムを広げたパンツを床よりも少し高いところでささげ持った薫が、葉月の目の前で膝立ちになった。
 目の前の女児用ショーツを穿いたら、なんだか、もう二度と元には戻れないような気がする。なんとも言いようのない感情に心がざわめいて、葉月は思わず後ずさってしまった。
 だが、皐月の手で強引に引き下ろされたパンツが足首に絡まったままだ。
「あ……」
 ボクサーパンツに足を取られ再び仰向けに倒れてしまいそうになる葉月。
 それを、そうなることを予想していたかのように予め葉月の背後にまわりこんでいた皐月が支えてやる。
「ほら、しっかりしなさい。念のために教えておいてあげるけど、ペニスタックしたまま後ろ向けに倒れたりしたら、ちょっとひどいことになっちゃうんだよ。普通だったら、床でお尻を打つだけだし、お尻のお肉は厚いから、思ったよりも痛くないけど、今は、ペニスの先っちょがお尻のすぐ近くにあるし、睾丸だって、ぶらぶらしてるわけじゃないから、まともに痛みが伝わることになるんだからね。いい? これからは、ペニスと睾丸を床に打ち付けたらどれだけの痛みに襲われることになるのか、いつもそれを想像しながら行動すること。男の子みたいに走り回るなんて、とんでもない。お転婆は駄目だよ、精々おしとやかにするんだね」
 皐月は葉月の肩に手を置き、言い聞かせるように耳元に囁きかけた。
「あらあら、葉月ちゃんたら、まだあんよが上手じゃなかったんだ。じゃ、やっぱり、ママがパンツを穿かせてあげなきゃね」
 倒れそうになった葉月の足から抜けて床の上でだらしなく皺だらけになっているボクサーパンツに、まるで汚物でも見るかのような目を一度だけちらと向けた薫が、改めて女児用ショーツを差し出した。
 それに合わせて、皐月が葉月の右足を上げさせる。
「……!」
 それまで穿いていたパンツのポリエステルとはまるで違う、少しごわごわした、それでいて、しなやかに包み込んでくれるような厚手のコットンの肌触りに、葉月の顔がかっと上気する。

「はい、できた。うん、とっても可愛いわよ」
 そう言って、薫が葉月のお尻を優しくぽんと叩いた。
 おへそのすぐ下まで届いて下腹部全体を(優しくというよりも)しっかり包み込んでくれるコットンの肌触りと、股ぐりのやや太めのゴムが太股をぴっちり締め付ける感触とに顔を真っ赤にし、心ここにあらずといった様子の葉月が、はっと我に返る。
「ほら、自分の目で確かめてごらんなさい」
 薫が皐月に目で合図を送った。
 頷き返した皐月は、葉月の体から手を離し、部屋の隅に置いてあった玩具の鏡台を抱えて戻ってきて、覆いを外した。
 玩具とはいっても結構しっかりした作りで、鏡は小振りの姿見くらいの大きさがあるから、置く位置を調整してやれば、小柄な葉月の全身を写すことは難しくない。
「え……!?」
 鏡に写る自分の姿に、葉月が思わず息を飲む。
 鏡の中にいるのが自分だとは、とても思えない。
 驚きと困惑の表情を浮かべたその顔は確かに自分の顔なのだが、パンツを穿いているだけでほぼ全裸の体つきは、かつて見慣れた自分の体型とはまるで違っていた。
 ここしばらくは、顔だけは洗顔の時に鏡で見ているものの、次第に薄くなってゆく恥毛と、だらりと垂れ下がるだけになってしまったペニスを直視することができなくて、入浴の際も、全身を鏡に映すことは避けてきた。それが、久々に自分の体を目の当たりにして、まるで見知らぬ他人の体としか思えないくらいに変化してしまっていることを思い知らされたのだ。たとえば、がりがりの痩せぎすではないものの華奢で細っこかった体つきが妙に丸みを帯びて見え、すとんと細いだけだった胴まわりが僅かとはいえくびれているようなシルエットになり、薄い胸板がふっくらしてきているように思えてならない。しかも、恥毛だけでなく(頭髪以外の)体毛が全て消え去り、これといった手入れをしているわけでもないのに、全身の肌が、きめこまかくすべすべで瑞々しい肌質に変わっているのがわかる。加えて、薫によって施されたペニスタックのせいで、醜怪な肉棒と化していたペニスが姿を消した下腹部を包む女児用ショーツが醜く膨れることなく綺麗なラインを描いて股間を覆い、丸く張りのあるお尻を形良く包み込んでいるものだから、鏡に写ったその姿は、男子大学生などては決してなく、ようやく第二次性徴期を迎えたか迎えないかの少女と見紛うばかりだ。それに、よく見知っている筈の顔つきにしても、よくよく見れば、もともと童顔だったのが更に丸っこい輪郭になっていて、唇や頬がいっそう潤ってぷるっと震えでもするような印象を与えるため、もともと中学生の女の子にも見間違えられるくらいだっのが、今や、女子小学生と称しても疑われないほどの容姿に変貌していた。
 玩具の鏡台の前に立っているのは、おねだりして買ってもらった大好きなアニメキャラのバックプリントが可愛いショーツを身に着け、膨らみ始めた胸元とくびれかけのウエストと丸っこく張り始めたお尻を恥ずかしそうに、それでいて少し誇らしげに両親に披露する、思春期を迎えたばかりの少女以外のなにものでもなかった。
 鏡に写る自分の姿に言葉を失い羞恥に全身を赤く染めるばかりの葉月には、それが、美雪が紗江子に提供した薬剤に起因するものだとは、思いもつかない。今の葉月には、うすいピンク色の乳首を右手で隠し、股間を左手の掌で覆い隠して羞じらいの表情を浮かべることしかできなかった。

               *

「さ、パンツを穿いたら、次はこれね。エアコンが効いているから、早くしないと風邪をひいちゃうわ」
 ひとしきり葉月の体を眺め回し、皐月と互いに満足そうな目配せを交わし合った後、薫がそう言って引き出しから取り出したのは、セーラーワンピースよりもいくぶん淡い色合いのパステルピンクの綿素材でできたキャミソールだった。
「いくら夏用の制服は汗を吸いやすい素材でできてるといっても、裸の上に直接着せるわけにはいかないから、下にこれを着せてあげる。ちょっと前まではシャツかスリーマーだったのに、近ごろは小っちゃな女の子もお洒落をしたがるみたいで、こういうキャミの子ばかりになっちゃって。お友達がキャミなのに葉月ちゃんだけシャツだと可哀想だから、ちゃんと用意しておいてあげたのよ」
 薫は、キャミソールの胸元がよく見えるように肩紐を両手で広げ持って悪戯っぽく言った。
「ほら、よく見てごらんなさい。このキャミ、胸のところがちょっと膨らんでるでしょ? これはね、そろそろお胸が膨らんでくる頃のちょっとお姉ちゃん用のキャミなの。幼稚園に通うような小っちゃな女の子には必要ないんだけど、葉月ちゃん、ちょっぴりおませさんだから、胸が痛くならないよう気をつけてあげないといけないと思って、胸のところが二重生地のカップになっているキャミを選んでおいてあげたのよ。――でも、おかしな話よね。パンツも自分で穿けない甘えんぼうさんのくせして、キャミはちょっぴりお姉ちゃん用のが要るなんて」
 薫が悪戯っぽくそう言うと同時に皐月が葉月の後ろにまわりこみ、肘をつかんで両手を上げさせた。
「やめて、そんな女の子みたいな格好させないで!」
 薫がキャミソールを頭の上からかぶせようとするのに対して、葉月はぶるんと首を振って体を固くする。
 しかし、薫の方はまるでお構いなしで、
「女の子みたいな格好だなんて、何を変なこと言ってるの、葉月ちゃん。葉月ちゃんは女の子だもの、女の子の格好をするのは当たり前のことでしょ?」
と、さも当然のごとく言い、さっさとキャミソールを葉月の頭の上からすっぽりかぶせてしまうと、続いて肩紐の位置を整え、最後に裾をさっと引きおろした。
 体の動きを妨げることのないようデザインされたキャミなのだが、薫が用意していたのは百四十〜百五十サイズくらいのものなのだろう、華奢な体つきの葉月にとっても幾らか窮屈な着心地なのは否めなかった。特に、二重素材のカップになっているという胸元のあたりは少なからず圧迫されるような感じがあって、ショーツの股ぐりのゴムで太股を締めつけられるのと同じような緊縛感を覚えてしまう。しかも、こちらも女児用ショーツと同様これまで一度も身に着けたことのない柔らかな肌触りの素材でできているものだから、キャミの裾が首筋から胸元、脇腹を通っておヘソのすぐ下まで広がり落ちる間、体全体を撫でまわされるような気がしてたまらない。
「ふぅん。葉月、パンツを穿かせてあげた時と同じだね。パンツの時と同じで、ママにキャミを着せてもらいながら、とっても気持ちよさそうな顔してるよね。ちょっぴりお姉ちゃん用のキャミが気に入っちゃったかな」
 薫が頭の上からキャミをかぶせる時は背後に立って葉月の手を上げさせていた皐月だが、薫が肩紐の位置を合わせ始めた頃には再び前方に戻ってきていて、キャミソールの裾の乱れを整える薫の手元と葉月の顔とを交互に見比べてひやかすように言った。
「そんな……そんなわけ……」
 葉月は弱々しく否定するのだが、柔らかな素材に上半身を包み込まれる奇妙なくすぐったさと、ちょうど乳首のあたりを中心にして胸元を圧迫される緊縛感とに、体中がぞくぞくするような昂ぶりを鎮められずにいるのは、紛れもない事実だった。
「へぇ、そんなことないんだ。ま、いいや。葉月がそう言うんだったら、そういうことにしておいてあげる」
 皐月は、葉月の胸の内を見透かしてしまうかのような一瞥をじろりとくれながらも、それ以上は追求することもなく、キャミソールの裾の乱れを整え終えた薫がこちらに歩み寄るのを待って、言葉を続けた。
「それにしても、すっかり可愛い女の子になっちゃったね、葉月は。これなら、幼稚園ですぐにお友達ができそうだ」
「そうね。ま、本当の園児に比べれば背は高いけど、丸っこい童顔もあどけない感じだし、なで肩だから体に比べて顔が大きく見えて幼児体型ぽいしね。背の高ささえ気にしなければ、園で預かっているどの子と比べても負けないくらい可愛らしい女の子ね。あとは、あまりお転婆なことをしないようきちんと躾けてあげれば完璧ってところかしら」
 皐月と並んで葉月の体を頭の先から爪先まで眺め回し、にっと笑って薫は同意してみせてから、セーラーワンピースの方に目を向けると、
「あとはあの制服ね。インナーを着けてあげただけでこんなに可愛い女の子になっちゃうんだもの、特製のセーラーワンピを着せてあげたらどれだけ可愛らしくなるのか、とっても楽しみだわ」
と期待に満ちた声で言い、特製の制服を吊り留めてあるポールハンガーに手を伸ばした。

 セーラーワンピースは襟元に、スカーフのようにも見える幅広の飾りリボンがあしらってある。このリボンは制服に縫い付けてあるわけではなく、蝶ネクタイと同じように、襟元のすぐ下で結ぶようになっている。ただ、制服を着てから自分でリボンを結ぶとなると幼児には難しいため、リボンと同じ生地を細長く延ばして一方の襟元から首筋をぐるりとまわし、もう片方の襟元へ出てくるようにしてあって、あらかじめ結んでおいたリボンをその生地の端にホックで留められるような仕組みになっている。このリボンを外してしまえば、胸元からスカートの裾にかけて縦に五つ並んでいるボタンを外すことによって、セーラーワンピースを前開きにすることができる。
 体にぴったりしたサイズの制服を頭からすっぽりかぶって着るのは難しい幼児でも、全部のボタンを外してすっかり前開きにしてしまったり、下のボタンだけ外してゆったりした感じで頭からかぶったりと、いろいろな着方が工夫できるから、一人で着たり脱いだりできるようになるのも難しくはない。実際、ひばり幼稚園に通う園児の内、年中クラスや年長クラスの園児は一人残らず自分で着ることができるし、今年の春に入園した年少クラスの園児でも、夏までには半分くらいの子供が自分で着替えができるようになっていた。




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