偽りの幼稚園児





               【十四】

「あ……」
 身構えるひまもなかった。葉月の唇が半開きになって、あえかな呻き声が漏れ出る。
「あんたがいつもどんなふうにして自分で自分を慰めているのか知らないから上手にできるかどうかわからないけど、優しくしてあげるから心配しなくていいよ。――どう、ここが気持ちいいの? ほら、こんなふうにしてあげれば気持ちよくなるの?」
 皐月は、中指の腹部をショーツ越しに葉月のペニスの先に押し当て、しばらくの間ぐりぐりと小さな円を描くように動かした後、人差指と中指の先でペニスの先端を軽く挟みこむと、二本の指でこくっこくっと揉みしだいた。
「ん、く……」
 後ろ向きに折り曲げられ特殊な接着剤によって下腹部に固定されてしまっている皮膚から窮屈そうに見え隠れする、男性の体の中で最も感じやすい部分。そこをこねくりまわされ、これでもかとばかりに責めたてられては、どうすることもできない。手慣れているとはいえないものの、皐月の指の動きは執拗だ。これまで自分で慰めるしかなく、異性の手で弄ばれたことのない葉月のペニスは、ショーツ越しの皐月の手に弄ばれて身をくねらせ、けれど皮を固定されてしまっているためにいきり勃つこともかなわずに、女児用ショーツのクロッチに我が身をいやらしくこすりつけながら、ひくひくと蠢くばかりだ。
「いいよ、出しちゃって。恥ずかしがらずに思いきり出しちゃっていいよ。精液を溢れ出させちゃうことなんて、大学生の男の子にとっては、小っちゃな子供が我慢できなくなっておしっこをおもらししちゃうのと同じくらい自然なことなんだから。それで誰にも迷惑をかけないのなら、少しも我慢することなんてないよ」
 葉月のペニスを責める皐月の指の力が増した。
「ひっ……!?」
 葉月の口を悲鳴じみた喘ぎ声が衝いて出て、女児用ショーツの中でペニスが脈打った。
 力強く、どくんと脈打つのではない。服用させられ続けた薬剤とペニスタックのせいで、弱々しく、とくっと脈打つ。
 直後、ショーツの生地がねとっと濡れる感触が皐月の指先に伝わってきて、独特の青臭い匂いが漂い出す。
「いいよ、それで。もしも葉月がおねだりするなら、私が何度でも同じようにしてあげる。それでおちんちんがおとなしくなって、葉月が聞き分けのいい女の子になれるなら」
 ショーツの中のペニスがゆっくり萎え縮こまってゆく様子をはっきり指先に感じながら、皐月は、瞳を涙で潤ませる葉月に向かって、これまで聞いたことのないようなとびきり優しい声で語りかけるのだった。

               *

 あまり広くない浴室に、まるで対照的な外見の二人が全裸で寄り添い立っていた。
 一人は、一メートル七十センチを超える身長に加え、いかにも合気道の有段者然とした引き締まった体躯の持ち主で、やや細面の皐月。もう一人は、一メートル六十センチあるかないかの身長で、もとは細っこい体つきだったのが、最近になってふっくらと丸みを帯びた体型になってきた、丸い輪郭の童顔の葉月。一見したところでは姉妹とも思える二人だが、実のところは姉と弟だ。しかし、うっすらと湯気が立ちこめる浴室で、いくら目を凝らしてみても、葉月が男の子、それも十八歳の大学生だと言い当てられる者などいないに違いない。更にじっと目を凝らし、お尻のすぐ下あたり、両脚の間に隠されている肉棒をみつけない限りは。
 その肉棒の先端あたりにシャワーヘッドを向け、皮膚に残っている精液を洗い流すためやや熱めの湯を勢いよくかけながら、皐月が葉月に話しかけている。

「本当は、先に説明するつもりだったのよ。説明して、一つ一つ手順を確認しながら進めるつもりだった。でも、田坂先生が先走って、こういうことになっちゃってさ。ただ、田坂先生が自分を抑えられなくなっちゃった事情も理解できるしね。そこんとこ、あんたにもわかってもらえたら嬉しいんだけどな」
 葉月のお尻のすぐ下あたりにある肉棒に向けたシャワーヘッドの位置を少しずつ変えながら話す皐月の口調は、淡々としている。
 それに対して、葉月は唇をへの字に曲げて何も言わない。
「昨夜の話で田坂先生の生い立ちはわかってもらえたよね? あんなことがあったから、田坂先生、家族ってやつにすごい憧れを抱いちゃってさ、あ、ううん、憧れというよりも、コンプレックスって言った方が近いかもしれない。田坂先生、子供の頃に地震で家族を失ってるよね。で、こんな言い方をするのはどうかと思うんだけど、でも、それだけだったら、まだ気持ちの整理もできたんだと思う。ひどい言い方になっちゃうけど、田坂先生の周りにはそういう人も少なくなかったんだし、無理矢理にでも感情を押し殺して、強引に気持ちを整理して、きちんと自分の人生に向き合って、なくした家族の分まで自分が生きて、生き抜いて、いつか誰かと結婚して、自分の新しい家族をもつことで、なくなっていった家族を弔うことができたんだろうと思う。でも田坂先生の場合は、それだけじゃなかった。せっかく身を寄せた親類の家で忌々しい目に遭って、そのせいで男性に対する抜きがたい恐怖心を抱くようになっちゃって、おそらく、ううん、きっと、自分でも結婚なんて絶対に無理だって諦めて。結婚を諦めるってことは、新しい家族をつくることを諦めることだよね? 家族を失って、家族をつくることも諦めなきゃならなくて、だから、田坂先生にとって家族っていうのは、まわりの人たちが当たり前みたいにもっているのに自分は持つことができない家族っていうのは、コンプレックスの対象になっちゃったんだよ。だけど、自分が家族をもつことがかなわないからこそ、他の人たちが大切にしている家族が家族じゃなくなっちゃわないよう少しでも自分が役に立てるように、ひばり幼稚園で働く道を選んだ。そりゃ、奨学金の返済を免除してもらえるっていう特典も考え合わせてのことだけど、そんなの二の次だってことは、園長先生や他の先生たちもよぉくわかってる」
 への字に曲げている葉月の唇が少しだけ震える。
「でもさ、人間っていうのは、正直なとこ、そんなに強いもんじゃないんだよ。いくら自分は大丈夫だ、自分ができなかった分、他の人には幸せになってほしい。自分はその手助けができればそれでいいんだ。そう思ってみても、自分にそう言い聞かせてみても、ううん、自分にそう言い聞かせれば言い聞かせるほど、実際のところは無理しちゃってるんだよ。自分に嘘をついちゃってるんだよ。そのことを園長先生は見抜いててさ、本当のことを言うと、ひばり幼稚園で働いてもらうためじゃなくて、すぐにでもぽっきり折れちゃいそうになっている田坂先生の心の傷を癒やすために、田坂先生を自分の目の届く所にいさせるために、奨学金の返済免除とかいろいろ条件をつけて、田坂先生自身にはそのことを気づかれないよう腐心して呼び寄せたんだよ。ま、もっとも、心のケアをするだけのために田坂先生を呼び寄せたんじゃなくて、園長先生はもっと先のことも見越してるんだけどね。自分自身と正面から向かい合って、心の傷を自分の力で治癒することができたら、田坂先生は、将来のひばり幼稚園に欠かせない存在になるって確信していて、だから、将来への投資って意味も含めてのことでさ」
 葉月が何度か浅い呼吸を繰り返す。
「ちょうどそれとタイミングを合わせて、園じゃ、男性応募者に対する課題作成要件を策定するプロジェクトが立ち上がりかけててさ、それで、園長先生は、プロジェクトが二つの目的を同時に達成するように進行手順を組み替えることにしたんだ。男性応募者に対する課題内容の検証が、そのまま、田坂先生の心のケアにつながるようにね。そんなふうに同時進行しとかないと、来年の春に採用する職員募集に男の人が応募してくる可能性が高い。でも、心の傷を抱えたままの田坂先生がいるところに、男性職員を迎え入れるなんてことは絶対に許されることじゃない。だから、そのことへの対応を急ぎつつ、万が一、監督官庁の指導が入ったとかで男性職員を採用せざるを得なくなった場合に備えて、近くに男の人がいても取り乱したりしない程度には田坂先生の心のケアも進めとかなきゃいけない。そんな事情を踏まえてね。田坂先生自身もすごく頑張ったよ。最初の頃は年少クラスの子でも男の子が近づいてきただけで体が震えてたのが、園長先生の知り合いのお医者様に紹介してもらったカウンセラーのおかげもあって、五月のなかばには、おもらししちゃった男の子のパンツを穿き替えさせるくらいのことはできるようになってさ。もっとも、そのくらいにはなってもらわないと、逆に男の子たちが可哀想だよね。自分たちが近づいて先生が悲鳴をあげちゃったりしたら、男の子たち、自分たちは何もわるくないのに、自分たちがいけないことをしちゃったんじゃないかって不安になっちゃうもんね。うん、子供たちにそんな気持ちを起こさせるのは、幼稚園の先生としちゃ失格だからね」
 皐月は葉月の肩に手を置いて体を自分の方に向けさせ、今度は前から葉月の下腹部にシャワーの湯を浴びせ始めた。
 葉月の抵抗はなかった。
「でも、大人の男の人はまだ無理でさ。ああ、ううん、なんていえばいいんだろう、ちょっと曖昧な状態でね、見た目の問題?ってところがあるみたいで、いかにも男性って感じの人だと、乱暴におよんだ従兄のことが思い出されて、体が震えだして息が荒くなってどうしようもなくなるんだけど、見た目がそんなでもないってか、簡単に言っちゃうと、ぱっと見が女の人みたいだったら、実際の性別が男性でも、我慢できないこともないみたいなんだ、今は。なんか、どうにも微妙な話なんだけど、気持ちの問題っていうのはそんなもんかなとしか言えないしね。で、ついでだから単刀直入に言っちゃうんだけど、男の人のペニスに関しても、園で男の子たちの面倒をみているうちに慣れてきたっていうか慣らされてきたっていうか、カウンセリングの効果とも相まって、小っちゃな子供のみたいに先っちょが皮で隠れていて凶暴な状態じゃなきゃ、直視はできないにせよ、ちらと見るくらいなら、どうにか我慢できるかなってとこでさ。――要するに、あんたみたいな見た目で、今のあんたみたいなおちんちんだったら、田坂先生、ぎりぎりのところで大丈夫なのよ」
 皐月は前かがみになり、無毛の葉月の下腹部へ、いれまで以上にシャワーヘッドを近づけた。
「それと、これも言っとかなきゃいけないことなんだけど、これまで他人となるべく関わらないようにして生きてきたから、田坂先生、人との距離感の取り方が随分と下手なんだよね。初対面の人とは口も交わさないし、自分のことを知ってもらいたいと思ったら、昨夜みたいにべったりくっつかなきゃいけないし、それで、自分のことを受け入れてもらえたかなと少しでも感じたら、もう見境なくって表現しても言い過ぎじゃないほど、なんていうか、人への配慮なんてものをちっとも持ち合わせていないんじゃないかと思うほど、不躾に、失礼なほど、距離感を詰めてくるのよ。実の家族でも、もう少し遠慮するぞってくらい。ただ、それは、不安の裏返しだったりするんだよね。この人もいつか私から離れていっちゃうんだ、いつか私はやっぱり一人になっちゃうんだ。田坂先生は、いつも、誰に対しても、そんな不安を胸の中に抱えている。不安というより、田坂先生にとっちゃ、確信めいた予感なのかもしれない。だから、自分を受け入れてくれた人を離すまいとして、自分がこれと決めた人をどこへも行かせまいとして、そんな確信めいた予感っていうやつを懸命に打ち消そうとして。自分よりも大きな存在、この人なら自分を守ってくれそうだと感じた人には、自分の弱さをアピールして、自分から離れて行こうとする人に罪悪感を抱かせることまでして、逆に、自分より小さな存在、自分がこの人を守ってあげなきゃと感じた人には、その対象を盲目的に庇護して、支配欲にも近い優しさで虜にして――でも、そんな田坂先生を誰が責められる? 誰が強いたわけじゃないけど、そうなるように強いられて生きてきた田坂先生を、そして、それでも、どんな理由であっても家族が家族であり続けるために園長先生が設立したひばり幼稚園で、自分がもてなかった家族を他の人が手放さずにすむよう心の痛みを正面から受け止めて自分の力を捧げようとする田坂先生をさ、誰が悪しざまに言える?」
 皐月はシャワーの湯を止めた。
「プロジェクトじゃ、田坂先生があんたのフォローアップをすることになってる。でも、同時に、あんたも田坂先生のフォローアップをしてあげてくんないかな。女の子みたいな見た目で、お世辞にも立派とはいえないおちんちんをタックで目立たなくしちゃったあんた相手だったら、田坂先生も、要らない警戒心を抱かずにすむ。そんな状態で擬似的な家族として生活することで、男性に対する免疫が徐々にできるに違いない。園長先生がプロジェクトの進行手順を調整したっていうのは、簡単に言っちゃうと、そういうことなのよ。予め相談を受けた私も、もちろん賛成した。だから、私から改めてお願いするんだけど、どう? このまま、三人で擬似的な家族生活を続けてくんないかな。田坂先生は、たぶん、あんたのこと、自分が守ってあげなきゃいけない存在だと認識している。そして私は、体つきもこうだし、職場での上司ということもあって、田坂先生を守る存在。だから、田坂先生にしてみれば、私がパパで、あんたが娘なのよ。やっと明後日から幼稚園に通う小っちゃな女の子。そんな役割を演じながら互いが互いにフォローしあって、あんたを通じて田坂先生が男性に対する免疫力を身に付けるのをじっくり待ってくんないかな。男性応募者を追っ払う課題をつくるための被験体として、幼稚園児になりきって、園長先生にデータを提供するって役目をこなしながら」
 冷めた湯の雫が二つ三つ、葉月の股間から浴室の床に滴り落ちた。
 うっすらした筋しかない無毛の股間から滴り落ちる雫は、年端も行かぬ童女が知らぬまに漏らしてしまうおしっこと見分けがつかなかった。




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