偽りの幼稚園児





               【十五】

「……ずるいよ、姉さんは」
 それまで無言だった葉月が、初めて口を開いた。
「僕が田坂先生のこと好きなのを知ってて……」
「確かに、ずるいよね。田坂先生のためって言ったらあんたが断りにくくなるのをわかってて、こんなこと言ってるんだもんね」
 皐月は、葉月の股間から滴り落ちた雫が浴室の床で小さな飛沫になって撥ね散る様子を眺めながら言った。
「ただ、さ。このプロジェクトの目的は、田坂先生を助けることだけじゃないんだよ。このプロジェクトは、それに関わる全員を――田坂先生だけじゃなく、同時に、あんたと私を『救済』する目的も併せ持ってるんだ。だから……」
「どういうことさ? 姉さんと僕を『救済』するって、どういうことなのさ?」
「ごめん、今はまだ言えない。今はまだ、っていうか、言葉じゃ伝わりにくいことなんだ。でも、このまま疑似家族としてプロジェクトを進行していけば、あんたにもわかる。ああ、こういうことだったんだって、実感できるようになる。だから……」
「やっぱり、ずるいよ、姉さんは」
「ずるくていいさ。いつかきっと、絶対にあんたにもわかることなんだから」
 皐月はひょいと肩をすくめてみせ、冗談めかして続けた。
「それにしても、女の子用の制服を着て女の子のショーツを穿いて気持ちよくなってイっちゃうなんて、口じゃいやだいやだ言ってるけど、本当は、こんなことされるのが大好きなんじゃないの、あんた」
「……!」
「私、知ってるんだよ。あんた、ここ最近、自分で自分を慰めること、してないよね。それに、夢精でパンツを汚すこともなくなってるし。そんなこと全部お見通しで、よく知ってるよ、私は。田坂先生に嫌われまいとして、えっちいことを控えてんの? それとも、夏バテ? ま、理由は知らないけど、最近は長いこと賢者タイムが続いてるよね。なのに、女の子用の制服を着て女の子のショーツを穿いた途端、おちんちんをむずむずさせて、ショーツ越しに私の手の中でイっちゃうんだもん、こういうことされるのが好きなんだって思われても仕方ないよね?」
「そ、そんな……」
 それまでのどちらかといえば重い内容の話から一転、恥ずかしい指摘に戸惑い、おろおろしてしまう葉月。
「最後に、ひとこと言っとくよ。私が姉としてあんたに接するのは、これでおしまい。これから私は、あんたの姉さんじゃない。家の中じゃ、あんたのパパ。幼稚園じゃ、あんたの先生。これから先、私があんたの姉さんに戻る時がいつになるかは私にもわからない。いいね? ――いやらしいお汁で汚れちゃった可愛いお股も綺麗に洗ってあげたし、もういちどママに可愛いショーツを穿かせてもらうといいよ。制服の他にもいろいろサイズ合わせしときたいものがあるってママが待ってるから、ほら、行っといで」
 皐月は葉月の下腹部にちらと視線を投げかけた後、浴室のドアに向かって大声を出した。
「葉月がお風呂場から出るから、用意しといてよ。着せ替えごっこは、風邪をひかないようにしっかり体を拭いてからするんだよ。いいね、ママ」
 そう言って皐月は、葉月のお尻をぽんと叩いて、ドアの方に押しやった。

 気づかぬまま服用させられ続けた薬剤のせいで性欲が著しく減退し、ペニスは勃起不全に陥っていた。それが、皐月の言う通り「女の子用の制服を着て女の子のショーツを穿いた途端」に欲情してしまい、女児用のショーツの上から皐月の手でまさぐられ、精液を溢れさせてしまったのには、れっきとした理由がある。女の子用の制服を着せられて女の子のショーツを穿かされ、羞恥と屈辱とがない混ぜになった感情で被虐的な昂ぶりを覚えてしまってという理由もないとはいえないが、それよりももっと明確な理由が二つ存在するのだった。
 一つは、ペニスタックの副次効果だ。葉月のペニスは生まれつき仮性包茎のため、普段は亀頭が露出せず、皮の中に収まっている。そのため、男性の体の中で最も敏感な部位である亀頭が日常生活の中で刺激を受けることは少ない。だが、ペニスタックを施され、陰茎の表面の皮膚が特殊な接着剤によってお尻の方に向けて固着されてしまったものだから(しかも、タックを施す際、陰茎の皮膚を幾らか縮ませるようにして薫が固着してしまったものだから)、僅かな下腹部の動きでも陰茎の皮膚が引っ張られ、亀頭が僅かに皮の先から見え隠れする状態が常態化し、ちょっとしたことで、もともと感じやすい亀頭の中でも最も敏感な先っちょの方が下着に擦れ、あるいは自分の太股の皮膚に擦れて(これがまた、丸みを帯びた体型に変化するに伴い太股もむっちりした肉付きになってきて、擦れやすくなっているものだから尚さら)、常に刺激を受け続けるといった状況になってしまっていた。それが、ペニスタックによる副次効果だ(ちなみに、タックを施す際に薫が葉月に対して「おとなしくしていないと、本当に大変なことになるのよ」と真剣な口調で言ったのは、陰茎の皮膚を絶妙な長さに固着する際、皮の先から僅かに見えている亀頭に特殊な接着剤が付着することによって亀頭と皮膚が接着されてしまうといったことがないよう細心の注意を払う必要があったからだった。もしもそんなことになってしまったら、中和剤を使って剥離するまでの間、耐え難い痛みを葉月は味わうことになる)。
 そして、もう一つは、服用させ続けられている合成女性ホルモン様化合物の効果だった。もともと女性ホルモンには、性器の感受性を高める作用がある。性交の際、性器の感受性を高めることで膣分泌液の分泌を促し、性器内をぬるぬるの状態にすることで男性性器を受け入れやすくするための作用なのだが、その対象は、実は女性性器に限るものではない。発生学的には、人間の基本性は女性であり、男性のペニスは女性のクリトリスが変化したものとされているため、女性ホルモンによる性器への感受性昂進作用は男性性器であるペニスに対しても効果がみとめられる。しかも、笹野美雪が提供した合成女性ホルモン様化合物に含まれる女性ホルモン受容体の働きを高める触媒様成分の効果によって性器の感受性は自然ホルモンの数倍に増強されており、この化合物を摂取し続けている葉月のペニス、特に亀頭の先端は、僅かな刺激によって、いとも簡単に昂奮状態をしめす状態に置かれているのだった。性欲を抑制しつつも、同時に、いざ刺激を受けた際の感受性を劇的に高めるという、厄介きわまりない化合物の作用によって。
 このような二つの作為的な理由によって、葉月は、性欲なんて微塵も持ち合わせないような澄ました顔をしているくせに、実はちょっとした刺激で、とても感じやすく所かまわずペニスが恥ずかしく蠢いてしまう、本当はとってもいやらしい子に仕立てあげられそうになってしまっていた。そう、一見しただけでは「女の子用の制服を着て女の子のショーツを穿いた途端に欲情してしまう」ような恥ずかしくていやらしい子に。
 園長や美雪と共に自分が仕掛けたそんな罠に葉月をいざなっておきながら、そんなことはまるで知らぬげな表情で、皐月は、浴室のドアに向かう葉月の後ろ姿を見送った。

               *

「よかったわね、パパにシャワーで綺麗にしてもらって。でも、せっかくの可愛いパンツをおもらしで汚しちゃうなんて、明後日からの幼稚園、大丈夫かしら」
 脱衣場には薫が待っていて、浴室から出てきた葉月の裸体を大きなバスタオルで包み込みながら、皐月の手でいたぶられたせいでショーツを汚してしまったことを『おもらし』と表現して、わざとのように心配そうに言った。
 それに対して、葉月は返す言葉がない。
 おもらしではないものの、それ以上に恥辱にまみれた行為だったのは事実だ。
「でも、葉月ちゃんは心配しなくていいのよ。年少さんのクラスでも、四分の一くらいのお友達はまだ昼間のおむつが外れてないし、おむつが外れてるお友達でも、時々失敗しちゃう子がいるんだから、年少さんよりも手のかかる特別年少さんの葉月ちゃんが失敗しちゃっても、仕方ないものね。だから、いいの。ママがちゃんとしてあげるから」
 薫は葉月の体に付着している水滴をバスタオルで優しく拭い取りながら、脱衣場の床に並べておいた衣類を順番に指差してみせる。
「通園の時は制服を着るんだけど、幼稚園の中じゃスモックに着替えてお絵描きをしたり粘土遊びをするのよ。それで、駆けっことかお外で遊ぶ時は体操服に着替えるの。体を拭いたら、新しいパンツを穿いて、さっきのキャミソールを着て、その上にスモックを着てみようね。可愛いスモック、ちゃんと寸法が合ってたらいいね」
 そう言いながら薫は、葉月の腰まわりを拭いた後、バスタオルをお尻のすぐ下のあたりに押し当てた。
 途端に、左右の太股の間に固着しているペニスの亀頭の先にバスタオルが触れて、葉月の体がびくんと震える。
「どうしたの? どこか痛かった? そんなに力を入れたつもりはないんだけど、ママの爪が体のどこかに当たっちゃった?」
 薫が気遣わしげに何度も確認する。
 しかし葉月としては、本当のことなど言えるわけがない。ううん、なんでもないと言葉を濁して小さく首を横に振るだけだ。
「そう? なら、いいんだけど。こんなにつるつるすべすべの葉月ちゃんの体に傷が付いちゃったら可哀想だから、何かあったらすぐにママに教えるのよ。いいわね?」
「う、うん……」
 どう応えればいいのかわからず、曖昧に言葉を濁す葉月。
 と、これまでの出来事で自分がどれだけ無力な存在なのかを思い知らされてきた事実と、浴室で聞かされた薫の心理状態といったものが相まって思い起こされ、擬似的な家族としての生活、つまり家族ごっこから逃れる術がないということに改めて気づいて、身をすくめてしまう。

 それからも、知ってか知らずか薫が手にするバスタオルでペニスをいたぶられ続けた後にようやくいやらしい責め苦から解放されたものの、それも束の間、床に広げ置いていた真新しい女児用のショーツをすっと掴み上げた薫が目の前に膝をついた。
「さっきのパンツは葉月ちゃんのおもらしで汚れちゃったから、今度はこのパンツよ。ほら、さっきのと同じくらい可愛いでしょ? さ、倒れちゃわないよう、ママの肩に手をついて」
 ショーツのウエストゴムを両手で広げ持ち、屈託のない笑顔で言う薫の言葉に、葉月は抵抗できない。言われるまま、薫の肩に体重を預け、おそるおそる右足を上げてショーツの股ぐりに足首を通し、続いて、左足も同様にして足をおろすと、薫がショーツをすっと引き上げた。
 コットンの生地がペニスの先端を撫でさすり、葉月は再び体をびくっと震わせてしまう。
「本当に大丈夫なの?」
 薫がもういちど気遣わしげに訊くが、やはり葉月は力なく首を横に振るだけだ。
「本人がなんともないっていうんなら仕方ないけど。……じゃ、次は、お腹が冷えないようにキャミソールね。ほら、両手を挙げて」
 キャミソールは汚してしまわなかったから、部屋で着せられたものをそのままもういちど頭からすっぽりかぶせられ、肩紐を調節してもらう。
 キャミソールの丈は腰骨までくらいで、ショーツが殆ど丸見えになる感じだ。
「それで、次はソックスよ。園じゃそうでもないけど、お家の中は冷房が効いていて足元が冷えやすいから、ちゃんとしとかないとね。さ、パンツを穿かせてあげた時みたいに、ママの肩に手をついて」
 ショーツの股ぐりに足を通したのと同じく右足に続いて左足の順で、くるぶしの所に小さなボンボン飾りをあしらった短めのソックスを履かされて、葉月はすっかり女児用のインナーに身を包まれてしまう。
 脱衣場に置いてある大きな姿見の鏡に写る自分に向けておそるおそる目をやる葉月だが、その姿にあまりにも違和感がないのが却って屈辱だった。
「はい、最後にスモックね。ばたばたしちゃって朝ご飯がまだだったから、スモックを着てから、ダイニングルームに行きましょうね。体操服のサイズ合わせは、その後でいいから」
 薫が、長袖のスモックの肩口を広げ持った。 
 が、そこへ皐月が浴室から姿を現し、薫の耳元に口を近づけて何やら囁きかけると、薫が何度か両目をぱちくりさせた後、今度は逆に皐月の耳元に唇を寄せ、葉月には聞き取れない小声で囁き返した。
 それからしばらくの間、二人は葉月の方をちらちら見ながら、なにか囁き交わしていたが、やがて薫はスモックを皐月に手渡し、脱衣場から姿を消した。

「な、何を話してたのさ、姉さん。田坂先生とこそこそ何を話してたのさ?」
 なんともいえぬ不安にかられて、葉月はおそるおそる皐月に尋ねてしまう。
「あれ? お風呂場で言った筈だよ、私が姉としてあんたに接するのはこれでおしまいってさ。今の私は葉月のパパで、田坂先生は葉月のママ。そうじゃなかったっけ?」
 葉月の質問を皐月が面白そうにはぐらかす。
「な、何を話してたの、ぱ、パパ? ま、ママ……と何の秘密のお話をしてたの?」
 少し逡巡した後、羞恥にまみれた表情で顔を真っ赤に染めて、葉月は幼児語を真似て尋ね直した。
「たいしたことじゃないさ。葉月のパンツのことでちょっと気になったことがあるから、ママに相談してみたんだよ。そしたら、パパが話す前からママもなんとなく気になっていたみたいで、そのことで、ちょっと葉月の部屋へ行っただけさ。すぐに戻ってくるから寂しがることはないよ」
 皐月が口にした『葉月のパンツのこと』という部分に不安を覚えつつも、それ以上は尋ねることが躊躇われ、葉月は唇を噛んで押し黙ってしまう。

 皐月が言った通りさほど間を置かずに戻ってきた薫は、何やら水玉模様の布地を手にしており、その布地を皐月の目の前に差し出して、さきほど同様、皐月の耳元に何やら囁きかけた。
 二人は二言三言囁き交わしては、さっきみたいに葉月の様子を窺うようにちらちらと視線を投げかけ、小さく頷き合ってから、薫が葉月の目の前に歩み寄った。




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