偽りの幼稚園児





               【十六】

「あのね、葉月ちゃん。葉月ちゃんは、自分で気がつかないうちにパンツを濡らしちゃうことがあるよね? あ、ううん、びっしょりとかぐっしょりとかじゃないのよ、そんなにたくさんおもらししちゃうような子じゃないってこと、ママ、よく知ってる。でもね、おちびりっていうか、いつ出ちゃったかわからないくらい少しずつ少しずつ出ちゃってて、それで、パンツに滲みができちゃうみたいなことあるよね? それで、パンツがいつもじっとり湿っぽいままになってることがあるよね?」
 言葉を選びながら、そう、まるで、小さな子供のなけなしのプライドを傷つけないように気を使いながらのように、薫は優しく葉月に問い質した。
 女児用ショーツを穿かされてペニスが疼いて我慢汁でショーツを汚してしまったことを言っているんだと直感した葉月は何も言い返せない。皐月にも指摘されたことだが、少しずつだけど我慢汁がとめどなく溢れ出てきて、ショーツをじとっと湿らせていたのは事実だ。
「ぐっしょりじゃないにしても、おちびりしちゃったパンツのままだと、せっかくの可愛い制服のスカートも汚れちゃうし、おちびりのパンツのまま座ったら椅子も汚れちゃうしね。でも、何度も何度もパンツを穿き替えなきゃいけないなんて葉月ちゃんも大変だから、何かパッドみたいなものをパンツの中に入れておちびりを吸い取っちゃばいいかなって考えたのよ。それで最初に思いついたのは、大人の女の人が使うナプキンだったんだけど……大人の女の人が使うナプキンなんて、葉月ちゃん、いやだよね?」
 薫の言葉に、葉月は慌ててかぶりを振った。
 生理用のナプキンをクロッチ部分に付けた女児用ショーツを穿いた自分の姿を想像するだけで怖気がする。
 葉月の反応に薫も頷き返すと、手に持った水玉模様の布地をそっと差し出した。
「そうだよね、幼稚園の女の子が大人の人のナプキンなんて変だよね。葉月ちゃんがいやがるのも無理ないよね。それで、パパと相談して、特別年少さんの葉月ちゃんにはこれがいいんじゃないかなってことになったのよ。ほら、可愛い柄でしょ。これなら気に入ってくれるよね?」
 薫は、葉月の目の前に差し出した布地を両手でゆっくり広げてみせた。
 咄嗟にはそれが何なのかわからなかった葉月だが、しばらく考えて思い当たるものがあった。
「おむつ……?」
 葉月は、薫の顔と目の前の布地を何度か見比べながらおそるおそる答えた。
「そうよ、布おむつ。園長先生のお話だと、園の指定の業者さんが、葉月ちゃんの制服やスモックを納品する時に一緒に持って来てくれたそうよ。今はどこも紙おむつが主流で布おむつの取扱量がすごく減っちゃったらしくて、下請けの縫製業者さんが困っているとかで、一括購入を前提にしたかなりお安い金額の見積書を付けた試供品を持ってきてくれたんだって。これは水玉模様のだけど、柄もいろいろあって、園長先生は前向きに検討したいとかおっしゃってたっけ」
「……」
「せっかくの試供品だもの、実際に使ってみて、よかったところやよくなかったところを業者さんに伝えてあげなきゃね。だから、とりあえず、これを吸水パッドの代わりに使ってみようと思うのよ。――ほら、こんなふうに」
 薫が目で合図を送った。
 皐月の手がさっと伸びて、葉月のショーツが膝頭のあたりまで引きおろされてしまう。
 突然のことに、葉月は悲鳴をあげることもできない。
「すぐに準備できるから、そのままおとなしくしているのよ」
 薫は、手に持った布おむつを二枚重ねて、葉月の膝頭のあたりまで引きおろされたショーツの内側にあてがった。
 それから、布おむつがショーツにぴったり密着するように、掌で優しくぽんぽんと撫で叩いた後、もういちど皐月に向かって目で合図を送る。
 再び皐月が手を伸ばして、いったん引きおろしたショーツを、内側の布おむつがずれてしまわないよう優しくそっと引き上げた。
「ん……!」
 ショーツのコットンとは違う、これまで経験したことのない柔らかな肌触りの生地がペニスの先端を撫でさすり、背筋がぞくっとすると同時に、目つきがとろんとしてしまう。
「これでいいわね。これなら、葉月ちゃんがおちびりしちゃっても、湿っぽくなるのは、吸水パッド代わりの布おむつだけ。わざわざパンツを穿き替えなくても、中の布おむつを取り替えればパンツの内側はいつもさらさらだから、すべすべのお肌がただれる心配はないわね。自分じゃパンツを穿き替えることができない葉月ちゃんでも、パンツをちょっとだけおろして中の布おむつを取り替えるくらいのことはできるわよね?」
「……パンツの中の、布おむつ……」
 葉月は呆けたような表情で薫の言葉を繰り返し言い、直後に、はっとした顔になって姿見の鏡を見た。
 そこに写っているのは、さきほどと同じ、女児用のインナーに身を包んだ自分の姿だった。
 けれど、さきほどとまるで同じというわけではない。二枚重ねにして内側に敷き重ねた布おむつのせいでショーツの股間の部分がふっくら膨らんでいることに加え、布おむつがショーツの股上の深さよりも長いせいで、水玉模様の布おむつの端がショーツのウエスト部分から外にはみ出てしまうという、恥辱きわまりない姿になってしまっていたのだ。
 しかも、薫が
「お股の下の方はこんな感じになっているのよ。これはこれで可愛いと思うんだけどな、ママは」
と言って、おむつのせいで少し開き気味になっている葉月の両脚の間に差し入れた手鏡には、クロッチ部分よりも幅が広いためにショーツで覆い隠せない布おむつが大写しになっていた。

「や、やだ……こんな格好、やだ……」
 葉月は今にも泣きださんばかり表情で弱々しくかぶりを振る。
「でも、スカートや椅子を汚さないようにするには、こうするしか仕方ないのよ。それに、体操服の時はパンツの上にブルマーを穿くんだけど、じっとり濡れたパンツの上に穿いちゃったら、ブルマーも濡れちゃうでしょ? 替えのブルマーなんて何枚もあるわけじゃないから、お洗濯が間に合わなくなっちゃうのよ。だから、これで我慢してちょうだい。特別年少さんの葉月ちゃんのことだから、幼稚園のお友達も笑ったりしないわよ。だから、ね?」
 薫は手鏡をエプロンのポケットにしまいこみながら、それこそ本当に小さな子をあやすような口ぶりで葉月に言い聞かせる。
「でも……」
 力づくの抵抗が無駄だということを痛いほど思い知らされてきた上に薫の身の上を浴室で皐月に諭し聞かされた葉月は、薫の言葉に抗えない。それでも、せめて、この惨めな姿の下腹部を晒すことだけはなんとしてでも免れたい。
「じゃ、ショーツの上にオーバーパンツを穿いてみる?」
 いかにも情けなそうな葉月の顔を覗き込むようにして薫は言った。
「オーバー……パンツ?」
 いくら幼女の装いに身を包んでいるといっても、十八歳の男子大学生だ。女児向けの衣類に詳しいわけがない。葉月が要領を得ない様子で薫に訊き返してしまうのも無理はない。
「そう、オーバーパンツ。普通のパンツの上に穿く可愛いパンツで、小っちゃい子用の見せパンみたいなものなんだけど、いいわ、ちょっとだけ待っていて。実物を持ってきてあげる」
 薫はそう言い残して、脱衣場をあとにした。

「はい、これがオーバーパンツよ。どう、可愛いでしょ? いろんなデザインのがあるんだけど、特にこれなんて、三段にフリルがあしらってあって、特別に可愛いのよ」
 ほどなくして戻ってきた薫は葉月の目の前で、見える角度をいろいろ変えながら、淡いレモン色の生地でできた大きめのパンツを揺らしてみせた。
 薫の言う通りそのオーバーパンツは、お尻の方に三段に純白の生地のフリルがあしらってあって、いかにも小さな女の子に似合いそうなデザインに仕立ててあった。それに、確かにこの大きさなら、ショーツからはみ出た水玉模様の布おむつもすっぽり包み隠してしまえるに違いない。
 だけど、それを自分が身に着けると思うと……。
「これを穿くか穿かないかは、葉月ちゃんが自分で決めればいいわ。ただ、ママは穿かない方がいいと思うのよ。だって、夏用の薄い生地でできたオーバーパンツでも、普通のパンツと重ね穿きになっちゃうんだもん、すごく暑いと思うよ。見た目の可愛らしさのこともあるけど、もともとオーバーパンツは、お腹が冷えないようにするっていう目的もあって穿くものなんだから、真夏の今に穿くっていうのは、どうかしらね。あ、でも、ううん、決めるのは葉月ちゃんだからね、ママはもう何も言わないことにするね」
 薫はオーバーパンツと葉月の顔を見比べて曖昧に頷いた。
 葉月はしばらく迷ったものの、結局、そのオーバーパンツを穿くことに決めた。いかにも幼女向けといったデザインのオーバーパンツに抵抗はあるものの、実は十八歳の男子大学生が女の子の幼稚園児になりきらざるを得ない状況に追い込まれ、既にキャミソールやショーツ、ソックスといった女児用のインナーを身に着けているのだ。ここにオーバーパンツを加えたとしても、なにほどの差があるだろう。それよりも、女児用のインナーどころの恥ずかしさではない布おむつを人目に晒す方が耐え難い羞恥に違いない。それは、ある意味、自暴自棄めいた決断だった。
「……穿く。私、お、オーバーパンツを、穿きたいの。いいでしょ、ま、ママ?」
 耳たぶの先まで真っ赤に染め、視線を床に落として、葉月は途切れ途切れに言った。
「いいわよ、それで。葉月ちゃんが自分で決めて、自分がどうしたいのかきちんとママに教えてくれたんだもの、葉月ちゃんの思った通りにしていいのよ。じゃ、ママが穿かせてあげるから、ショーツやソックスの時みたいに片方ずつ足を上げてちょうだい」
 薫はショーツを穿かせる時にそうしたように、オーバーパンツのウエストゴムを両手で広げ持って、葉月の目の前に膝をついた。

               *

 脱衣場の姿見の鏡に写っているのは、愛くるしい少女だった。いや、腰骨よりも少し下くらいまでの丈に仕立てたパステルピンクのスモックを着て、お尻に三段のフリルをあしらった淡いレモン色のオーバーパンツを穿いて、くるぶしのあたりのボンボン飾りが可愛いソックスを履いて、母親にしてもらったのだろう肩にかかるかかからないかのさらさらの髪をキャラゴムでツインテールに結わえてもらったその姿は、少女というよりも、幼女と表現した方が適切だろうか。
 おねだりして穿かせてもらったお気に入りのオーバーパンツの可愛らしさに頬を染め、初々しげで羞かしげな目で鏡に写る自分の姿をちらちら見ては、そのたびに、とんくと胸を高鳴らせる幼女。友達が四月から楽しげに幼稚園に通っている様子を羨ましそうに眺めながら指折り数え、ようやく自分も明後日から幼稚園に通えることになって、期待と不安に胸をいっぱいにする幼女。けれど、成育が少し遅れているのか、おちびりでショーツをじっとり濡らしてしまうのが常のことになってしまっていて、おちびりを吸い取るための布おむつをショーツの中にあてがっている恥ずかしい幼女。パパとママのことが大好きなくせに、ことあるごとに我儘を言っては、二人のことを困らせてやまない幼女。そして、見た目のあどけなさとは裏腹に、とても感じやすくていやらしい性器をショーツの中に隠し持つ、ちょっぴり背の高い幼女。
「いいわね、これで。葉月ちゃんたら、ほんとに可愛くなっちゃって」
 幼女の背後で、母親らしき人物が、父親とおぼしき人物の顔を見上げてつややかな声をかけた。
「いいよ、これで。本当に、とても可愛いくなったね、葉月は」
 父親とおぼしきは相好を崩し、満足そうに頷き返す。
 それは、かりそめの、けれど厳としてそこに存在する、新しい家族の姿だった。

「さ、ちょっと遅くなっちゃったけど、朝ご飯にしましょう。パパはもう済ませているから、葉月ちゃんが上手に食べられるかどうか、コーヒーを飲みながら見ていてあげてね」
 葉月のお尻を優しくぽんと叩いてから、薫が皐月に向かって艶然と微笑みかける。
 それは、これまで願うばかりでかなえられずにいた、新しい家族をもつための端緒を確かに手にしたことを知った者の、自信に裏打ちされた微笑みだった。




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