偽りの幼稚園児





               【十八】

「ショーツは大丈夫みたいだけど、中のおむつはかなり湿っぽいわね。濡れてるってとこまではいかないけど、それに近い感じ。二枚重ねにした外側のおむつのおかげで、かろうじてショーツは濡れずにすんでいるってところかしらね」
 葉月のショーツに差し入れていた右手の指を卓上のウェットティッシュで拭いながら薫は葉月と皐月、両方に聞こえるように言ってから、葉月の顔を覗き込んで気遣わしげに訊いた。
「よほど我慢していたのね。どう、トイレまで行ける? トイレ、間に合いそう?」
 訊かれて、葉月は下唇を噛みしめたまま無言で弱々しく首を横に振るだけだ。
 どうやらもう我慢も限界に近く、トイレへ行くのに脚を動かすだけで余計な力が下腹部に加わって、しくじってしまうに違いない。
「どうして言わなかったんだい。ちゃんとおしっこを教えていれば、ずくに椅子からおろしてトイレへ連れて行ってあげたのに」
 ややなじるような口調で皐月が言った。
「パパはそんなこと言うけど、仕方ないわよ。だって、葉月ちゃんはご飯の途中だったのよ。ご飯の途中にトイレだなんて、そんなお行儀のわるいことを女の子ができるわけないでしょ? 小さくてもレディなのよ、葉月ちゃんは。がさつな男の子とは違うんだから、仕方ないの。ね、葉月ちゃん?」
 優しげににそう言って同意を求める薫に対して思わず葉月は頷き返しそうになったが、慌てて小さく首を横に振る。
 薫の言葉に同意するということは、自分が、おしっこを教えることもできない小さな女の子だと認めることになってしまう。
「あらあら、パパに叱られずにすむよう、せっかく庇ってあげたのに。――ま、いいわ。とにかく、もうトイレには間に合いそうにないのね?」
 薫は悪戯っぽい口調で言い、もういちど葉月に確認した。
 下腹部をぶるぶる震わせながら葉月が小さく頷く。
「じゃ、仕方ないから、ここで済ませちゃいましょう。パパ、お願い」
 薫はすっと目を細め、皐月の方に振り向いた。
「いいよ、すぐに準備する」
 皐月は鷹揚に頷くと、(そろそろだから、用意しておくよと薫に耳打ちして葉月の新しい部屋から運んできて、葉月の目に触れないよう注意しつつテーブルの下に置いておいた)大きな箱を引っ張り出して蓋を開け、中に入っていた物を抱え上げた。
 そうして、これ見よがしに、葉月の足元に置く。
「こ、これって……」
 皐月が自分の足元に置いた物を見目にして、葉月の顔が屈辱に染まる。
「そうよ、葉月ちゃんもすぐにわかったと思うけど、オマルよ。おむつを外すお稽古をする小っちゃな子が使うオマル。これがあれば、トイレに間に合わなくても床に大きな水たまりを作らずに済むでしょ?」
「……」
 屈辱にまみれた顔で、葉月は何も言えない。。
「ほら、さっさとしないと、パンツまで濡れちゃうわよ」
 そう言って薫がオーバーパンツのウエストに指をかけるのと同時に、皐月が葉月の右足を上げさせ、オーバーパンツとショーツを一緒くたにして右足から抜かせた。
 その後、皐月が葉月の左足を上げさせようした時だった。
「やだ、そんなことしたら……」
 葉月が悲痛な声をあげ、下腹部がこれまで以上に激しく震えた。
 皐月と薫が葉月の体から咄嗟に手を離す。
 迷っている余裕などない。葉月は左脚の膝頭にショーツとオーバーパンツを引っ掛けたまま、オマルに跨がった。
 ショーツの内側から布おむつが滑り落ちて、オマルの底を覆う。
 その直後、オマルにおしっこの雫が滴り落ちる硬質の音が二人の耳に届いた。

 葉月にしてみれば、もっと我慢できる筈だった。
 特製の幼児用の椅子に座らされたまま時間が経ったといっても、一時間ほどのことだ。今朝、いつもよりも遅く目を覚まして、パジャマから着替えた後にトイレへ行って、それからいろんなことがあったとはいえ、幼児用の椅子に座らされていた時間を含めても二時間半くらいしか経っていない。それでこれほど切羽詰まるような尿意をおぼえるなんて思ってもみなかった。
 実は、この尿意もまた、美雪の手になる薬剤のせいだった。合成女性ホルモン様化合物と共に服用させられ続けている選択性筋弛緩剤。明らかに体格に差がある皐月に対してだけでなく、身長や体重がさほどかわらない薫に対しても葉月が力任せの抵抗ができないのは、この薬剤によって手や足の筋肉の力が弱められているせいだが、この筋弛緩剤は、手足の筋肉だけでなく、体中の全ての随意筋に対して作用を及ぼす。たとえば、膀胱に連接する尿道は、内尿道括約筋と外尿道括約筋という、尿の流れを制御する弁の役割を担う二種類の筋肉を有しているが、膀胱に尿を溜める際に閉じる内尿道括約筋は不随意筋であり、膀胱から尿を流出させる時に緩む外尿道括約筋は随意筋でできている。そのため、外尿道括約筋も手足の筋肉と同様に、筋弛緩剤の作用によって筋力が弱まってしまっていて、今は、尿を流出させやすい状態にさせられているのだ。更に、この選択性筋弛緩剤が作用する対象は随意筋となっているものの、不随意筋に対しては全く作用が及ばないかというと、現在の技術でそのような厳密性を備えた薬剤を生成することは不可能であり、不随意筋に対しても幾らか作用が及ぶことは避けられない。そのせいで、不随意筋である内尿道括約筋に加え膀胱そのものも、弛緩剤の作用によって、その機能が弱められた状態にあるのだった。
 ここ二週間ほどでトイレへ行く頻度が増していたのだが、葉月は、暑くなったせいで水分を摂取する量が増えたためだろうとか、寝苦しくて思わぬ時間に目が覚めてついついトイレに行ってしまうのだろうくらいにしか考えていなかった。それでも、尿意をおぼえたらすぐにトイレへ行くことができる普段の環境においては、不自然にトイレが近くなっていることを明確に意識することなく日常生活を送ることができていた。それが今、幼児用の椅子に一時間近くも体を固縛され体の自由を奪われるることによって、膀胱や尿道括約筋の機能が弱まり、トイレが近い体質になってしまっているという事実を意識せざるを得なくなったのだった。

 白鳥を模したオマルの頭部から突き出ている支え棒をぎゅっと握り締め、どことも知れぬ遠い所を見るような目をして、けれど、それまで緊張を強いていた下腹部をようやく緩めることができる開放感に浸り、葉月は、とめどなく溢れ出るおしっこがそのままオマルの中に落ちず、タックで後ろ向きに曲げられて固着されたペニスの先端から弱々しく漏れ出てお尻のまわりを濡らす背徳感に泣き笑いの表情を浮かべつつ、なぜとはなしに奇妙な愉悦をおぼえていた。
 ダイニングルームの空気を微かに震わせる、おしっこの雫がオマルの中に落ちる音。本当なら、その音は、もっと大きく聞こえる筈だ。けれど、おしっこの雫は直接オマルの底には落ちず、オマルの中に広がっている布おむつに触れて衝撃を和らげられ、おむつに吸い取られてゆく。そのため、思うよりもおしっこの音は静かだった。
 まるで、ペニスの先から勢いよくおしっこを迸らせ、後始末のことなどまるで考えなくていい男の子から、注意していないとお尻のまわりをおしっこで濡らしてしまうこともあり、きちんと後始末もしなければならない女の子へ変貌してゆく葉月そのもののような、力ないおしっこの音だった。

               *

「初めてにしては、上手にオマルでおしっこできたわね。本当にお利口さんだわ、葉月ちゃんは。せっかくだから、お利口さんの葉月ちゃんに、おしっこの後始末をどうすればいいか教えといてあげるわね。当分の間は、お家じゃママがしてあげるし、幼稚園じゃ先生にしてもらうといいけど、いつまでも誰かにしてもらうばかりだと特別年少クラスから年少クラスに進級できないから、自分でできるように頑張るのよ」
 薫は葉月の頭を優しく撫でながら、耳元に甘く囁きかけた。
 躊躇うふうもなく、葉月がこくりと頷く。
 これ以上はない屈辱の姿を晒しておいて、もはや抗う気力は微塵も残っていない。葉月には、二人の従順な子供になりきる以外の道など残されてはいない。それも、母親にパンツを脱がせてもらい、トイレが間に合わないからと父親が用意してくれたオマルに跨がってでないとおしっこもできない、おむつが外れたばかりの幼い女の子に。いや、おむつが外れたばかりと言うのも、定かではない。念のためにとパンツの中にあてがったおむつのおかげでかろうじてパンツだけは濡らさずにすませることができたに過ぎないのだから。
「そのままでいいわよ、オマルに跨がったまま教えてあげる」
 ストックで置いてあるトイレットペーパーのロールをオマルの横に置き、薫は葉月に、女の子がどんなふうにおしっこの後始末をすればいいのか、説明を始める。
「おしっこで濡れるとトイレットペパーは破れやすくなるから、簡単に破れないように、何度か折り重ねておくのよ。ほら、こんなふうに。それで、おしっこを拭く向きも大事だから、ちゃんとおぼえておいてね。おしっこが出る所よりも、お尻の方が、バイ菌が多いのよ。数も種類も多いから、病気のもとになる怖いバイ菌がいるかもしれないの。だから、拭く時は、絶対に前から後ろへの向きでね。ただ、ママとしては、下手に拭くよりも、優しく叩くようにして雫をトイレットペーバーに吸い取らせる方がお勧めかな。それで、あとは――」
 こと細かな説明の最後に、折り重ねたトイレットペーバーを、オマルに跨がったままの葉月の股間に押し当てる。
「ひゃん!」
 悲鳴とも喘ぎ声ともつかない、甲高い声が葉月の口から漏れる。
「あらあら、可愛い声を出しちゃって。制服を着てパンツが濡れてないかどうか調べてあげた時もそうだったけど、葉月ちゃんはおませさんなのね。おませさんで、感じやすいところをいじられたら、すぐにいやらしいおつゆでパンツを濡らしちゃう。今だってそう。お尻のまわりのおしっこの雫を拭き取ってあげるためにトイレットペーパーで触っただけで可愛い声をあげちゃって。本当に、おませさんでいやらしくて、はしたない女の子なのね、葉月ちゃんは」
 薫は、それと意識してトイレットペーパーをペニスの先端に押し当て、優しく、それでいて執拗に撫でさする。
「それとも、やっぱり葉月ちゃんは、小っちゃな女の子なのかしら。いやらしいことなんて何も知らなくて、お友達よりも幼くて、でも、まだ小っちゃいから、いやらしいおつゆなんかじゃなくて、おもらしやおちびりのおしっこでパンツを濡らしちゃうのかな。本当は葉月ちゃん、どっちなのかしらね」
 葉月のペニスがうねうねと蠢く様をトイレットペパー越しに感じながら、まるで謎々でも楽しむみたいに薫は言った。
 おませさんですと答えたら、そんないやらしい子は厳しく躾け直さないといけないねと言われて、どんな仕打ちが待ち受けているか。
 小っちゃな女のですと答えたら、これまで以上幼女扱いされて、どんな羞恥が待ち受けているか。
「ん……んん……」
 どちらを選ぶこともできず、ただ喘ぎ声をあげて、薫の指の動きに下腹部をひくつかせるだけの葉月。
 それでも、薫の手でイかされるのは、それも、幼女の装いに身を包んで幼女が使うオマルに跨がった状態でイかされるのだけは……。
「あらあら、よく我慢できるじゃない。制服を着てパパにいじられた時はすぐに白いおしっこをおもらししちゃったのに、ママじゃ駄目なのかな? ママじゃ、満足に感じさせてあげられないのかな? だとしたら、可愛い一人娘を喜ばせてあげられなくて、ちょっぴり悲しいな」
 葉月のペニスの先端をねっとり揉みしだきながら、薫は少し寂しげに言う。
 違うんです、田坂先生。田坂先生のことが好きだから、だから、我慢しているんです。田坂先生の柔らかな手を僕のいやらしい汁で汚さないように。喉から出かかった言葉を、葉月はかろうじて飲み込んだ。
「うふふ、こんなに我慢できたお利口さんの葉月ちゃんにこれ以上いじわるしちゃ可哀想ね。いいわ、おしっこの後始末の説明はこれでおしまいにしましょう。自分でする時は、ママが教えてあげたことを思い出してちゃんとするのよ。でないと、お尻のバイ菌が大事なところに入って病気になっちゃうかもしれないからね」
 不意に葉月の股間から薫の手が離れた。
 絶頂を迎える寸前に放置された葉月のペニスは、股間に固着されたまま不満げにのたうちまわり、下腹部の疼きで葉月の顔が上気し、熱い吐息が唇から漏れ出る。
 オマルの支え棒を握る手から力が抜け、葉月の体がのけぞった。
 それを皐月が支え、優しい声で囁きかける。
「上手にオマルを使えて、本当にお利口さんだよ、葉月は。幼稚園でも、ちゃんとオマルにおしっこをして先生に褒めてもらおうね」
 その囁き声は確かに葉月の耳に届いていた。
 声は届いているが、じんじんと痺れるような下腹部の疼きに身をゆだねる葉月に、その意味は届かない。
 葉月は小さくこくんと頷くだけだった。

               *




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