偽りの幼稚園児





               【二一】

「ママのおっぱいを飲みながらねんねしちゃったのよ、葉月ちゃん。それでパパと二人でベッドへ連れてきてあげたんだけど、体操服のままねんねさせるわけにはいかないから、着替えさせてあげたの。どう、可愛いネグリジェでしょ? 大人の女の人のネグリジェはちょっとセクシーな感じのが多いけど、葉月ちゃんくらいの子供向けのは本当にキュートで可愛いわね。さ、このまま脱衣場へ行ってパパにお風呂に入れてもらいなさい。夏だから寝汗を綺麗に洗ってもらって、すっきりしてから夕飯にしましょ」
 薫は、葉月が女児用のネグリジェを着ているのがさも当然といった口調で説明した後、いかにもわざとらしい口調で続けた。
「あ、でも、その前に、おねしょが大丈夫かどうか調べとかなきゃいけないわね。すぐに済むから、ちょっとの間だけおとなしくしていてね」
「お、おねしょ……?」
 最初はからかわれているのかと思ったが、薫の表情を窺っているうちにあながち冗談を言っているのではなさそうだと判断したものの、どう反応していいのかわからず、それに、乳房に顔を埋めて母乳を貪り、乳首を責められてイかされてしまった相手である薫に対して反抗的な態度を取れるわけもなくて、幼児が拗ねるように言葉を濁すことしかできない葉月だった。
「おねしょなんてしないって言いたいのよね、葉月ちゃんは。うん、お利口さんの葉月ちゃんのことだから、ママもそう信じているわよ。信じているからこそ、ちゃんと調べて、おねしょなんてしてないよってはっきりさせたいのよ。わかってくれるでしょう?」
 薫は優しく言い聞かせながら、葉月の下半身を覆っている毛布を手元にたぐり寄せた。
 毛布がなくなって全身があらわになると、葉月が着ているのが、ロング丈のワンピースタイプのネグリジェではなく、ミニ丈のショートネグリジェにだぶっとしたかぼちゃ型のドロワースの組み合わせという女児用のナイティだということがわかる。かぼちゃ型ドロワースの生地は薄めで、ドロワースの中に着用している下着が薄く透けて見えるのだが、どうやらそれは、葉月が薫の胸に顔を埋めたまま眠ってしまうまで体操服の下に穿いていたのとは明らかに違う、ピンクの生地でできた下着のようだった。
「じゃ、ドロワースを引きおろすから、そのままちょっとだけお尻を上げてちょうだいね」
 自分が女児用の可愛らしいナイティを着せられていることに、そして、その可愛らしいナイティが自分にとても似合っているように見えることに羞恥をおぼえ、頬を赤く染める葉月に、薫が声をかけた。
 もうすっかり薫の言いなりになってしまった葉月は、両手をベッドにつき、脚を開きぎみにして足首と手に力を入れてお尻を僅かにベッドから浮かせる。そんな、普通ならなんでもないことなのに、選択性筋弛緩剤によって筋力が衰えさせられている手と脚がすぐにぷるぷる震え始める。
 が、幸いなことに、薫はすぐに
「いいわ。もう、力を抜いても大丈夫よ」
とねぎらうように言った。
 全身の力を抜き、大きく息をついて、ふと自分の下半身に視線を向けた葉月の目に映ったのは、信じられない光景だった。
 かぼちゃ型ドロワースが薫の手によって膝のすぐ上まで引きおろされてあらわになった葉月の下腹部を包み込んでいるそれは。
 ピンクのチェック柄の厚ぼったい生地でできていて、ウエストの部分を幅の広いリボンのような紐できゅっと結わえ、二重になった股ぐりをスナップボタンで留めた、それは。
「え……?」
 一瞬は、自分の下腹部を覆っているのが何なのかわからなかった。普通の下着でないことはじきにわかったけれど、その見慣れぬ下着が何なのか、ぴんとはこなかった。
 けれど、実物を見たことはないにしても、初等教育に携わる葉月の脳裏に、これまでに目を通してきた数多くの資料に掲載されていた写真や絵図がよぎり、それが布おむつ用のおむつカバーだということが、ほどなくして理解できた。
「ど、どうして……!?」
 自分が女児用のナイティを着せられていることを知った時の羞恥など比べものにならないほどの羞恥に顔を真っ赤にして、けれど、それ以上は言葉が続かない葉月。
「だって、葉月ちゃんは目がさめている間もおもらしをしちゃうでしょ? 制服を着せてあげた時はすぐにショーツを湿らせちゃうし、スモックを着せてあげた時なんて、ショーツの中のおむつを濡らしちゃって、その上、パパがオマルを用意してくれてなかったら、ダイニングルームの床をおしっこでびしょびしょにしちゃうところだったのよ。目がさめている間でもそんなだったら、おねむの間におねしょしちゃうんじゃないかって心配になるのが当り前でしょ。だから、体操服から可愛いナイティに着替えさせる時に、念のためにおむつをあてておいてあげたのよ。だいいち、おむつをあててあげる時に脱がせたショーツだって、内側の布おむつほどじゃないけど随分と湿っぽくなっていたのよ。そんなのを見たら、普通のパンツでねんねさせられるわけないでしょ? 新しいベッドを汚しちゃって一番悲しい思いをするのは葉月ちゃん自身なんだから」
 薫は、いかにも葉月のことを気遣ってというふうを装って説明する。
 しかし、制服を着せられた時にショーツを汚したのも、ブルマーの中のショーツとおむつを汚したのも、おしっこをおもらししてしまったためではない。あれは、おしっこではなく、精液で汚してしまったのだ。制服の時は皐月にペニスをいじられて、そして、体操服の時は、薫の母乳を飲みながら乳首を責められて(そして、葉月自身は知らないが、どちらの時も合成女性ホルモン様化合物によって性器や乳首の感度を著しく高められた結果として)。
 けれど、そんな言い訳を並べ立てることなどできない。精液で汚したから、おもらしなんかじゃない。そんな説明を口にできる筈がない。
 それに、オマルによってかろうじて床を濡らさずにすんだ時のことも、あれは何かの間違いなんだ、いつもだったらもっと我慢できる筈なんだ、あの時はたまたま体調がよくなかったんだと弁明してみても、でも、いつ体調がわるくなるかなんて前もってわからないんだから、念のためにおむつをあてておかないと心配ねと反論されたら、それに対して言い返す言葉はない。
 薫の説明に対して「でも」も「だって」も意味をなさないことは、葉月にも痛いほどわかっていた。
「明後日から幼稚園の葉月ちゃんには、おむつなんて恥ずかしいわよね。パンツのお姉ちゃんなのに、おむつに逆戻りだなんて、とっても恥ずかしいわよね。だから、ママ、決めたの。一度だけ試してみようって。体操服からナイティに着替えさせる時にあててあげたおむつをおねむの間に濡らさなかったら葉月ちゃんはパンツで大丈夫。その時は、もうおむつは要らないって」
 葉月の胸の内などお構いなしに、薫は口調を変えずに言った。
 薫の言葉に薫は、
(じゃ、このおむつが濡れてなかったら、もうおむつなんて要らないんだ。ちょっぴり湿っぽいけど、でも、濡れてる様子なんてないから、大丈夫だ。僕がおねしょでおむつを濡らすだなんて、そんなことあるわけないんだから)
と、自分の下腹部に意識を集めて様子を感じ取りながら、胸の中で呟いた。
「さ、調べてみましょうね。最初に腰紐を緩めて、それから、股ぐりのスナップボタンを右も左も外しちゃって、横羽根と前当てを留めているマジックテープを外して、と。うん、これでいいわね。これで、前当てを開ければ、中のおむつの様子がわかるわよ」
 薫は思わせぶりにわざとゆっくりおむつカバーの前当てを開き、葉月の両脚の間を通してベッドの上に広げた後、おむつカバーの横羽根を左右に開いて、お尻の横に広げた。
 こうすると、それまでおむつカバーの中に隠れていた布おむつがあらわになる。
 あらわになった布おむつは、ペニスタックのおかげで醜悪な膨らみなど見当たらず葉月の股間を綺麗にくるんでいて、濡れた部分はないように見受けられた。
「さ、内側はどなん感じかな」
 薫は、葉月の両脚を幾らか開きぎみにして膝を軽く曲げさせ、股当てのおむつの端を持ち上げて両脚の間を通し、おむつカバーの前当ての上に重ね広げ、それから横当てのおむつを左右に開くと、おむつカバーの横羽根の上に重ね広げた。
 無毛の股間がさらけ出され。エアコンの冷気に触れて、思わず葉月が身震いをする。
 薫は右手の掌を大きく広げて、おむつカバーの上に重ね広げた布おむつに押し当て、最初は股当てのおむつを、次に横当てのおむつを、更に、葉月のお尻の下に掌を差し入れて、お尻に触れている部分のおむつをといった具合に、おむつの様子を丹念に探った。
 それから、すっと目を細めて葉月の顔を覗き込み、
「今どきの赤ちゃんの布おむつは、股おむつといって、両脚の間にだけおむつをあてるのが主流になっているの。昔は、両脚の間のおむつと直角の向きでお尻からお股を横向きに包む横当てのおむつもあてるのが主流だったんだけど、このやり方だと、まだ骨格がしっかりしていない赤ちゃんが股関節脱臼になりやすいってことがわかって、股おむつにかわってきたのよ。でも、本当の赤ちゃんと比べると葉月ちゃんは体が大きくて、そのぶん、おしっこの量も多くなっちゃうでしょ。たくさんのおしっこを吸収するには、たくさんの布おむつで横当ても使うやり方にするのがいいのよ。それに、葉月ちゃんは本当は十八歳だから骨格もしつかりしていて股関節脱臼になる心配もないし。だから横当てのおむつも使うやり方でおむつをあててあげたんだけど、股当てのおむつも横当てのおむつも、それに、お尻に当たっているところも、濡れてないみたいね。お尻のすぐ下のあたりはちょっと湿っぽいけど、これは、ま、仕方ないことにしておいてあげましょう」
と、「本当は十八歳」というところでくすっと笑いながら、おむつがどんな様子になっているのかを告げた。
「じゃ、もう、おむつなんて……」
「でも、見てほしいものがあるの。最初は、これよ」
 葉月の言葉を遮って、薫はスマホの画面を突きつけた。
 画面には、布おむつにくるまれた葉月の下腹部が写っていた。
「これはね、体操服からナイティに着替えさせた時にあててあげたおむつの写真なんだけど、よく見てちょうだい。おむつの模様は何かしら」
 そう言って薫は、画面に写っている布おむつの写真を拡大してみせた。
「……水玉模様……かな?」
 葉月は、なにやらいやな予感を覚えつつ、自信なげに答えた。
「そうね、ショーツの中にあてがっていたのと同じ水玉模様のおむつだったのよ、この時、試しにあててあげたのは」
 そこまで言っていったん間を置き、薫は小首をかしげて続けた。
「それで、今は? 今、葉月ちゃんのお尻の下に敷いてあるおむつの模様は何かしら?」
「あ……」
 葉月の顔に絶望の色が浮かぶ。
「黙っていちゃわからないでしょ? 葉月ちゃんの今のおむつはどんな模様なの?」
 薫は幾らか強い口調で重ねて訊いた。
「……」
 葉月は答えられない。
「明後日から幼稚園の葉月ちゃんなら、これが何の模様かわかるわよね? それとも、幼稚園へ行くのが心配になってきちゃって、お口もきけない赤ちゃんに戻っちゃったかな?」
 薫は「これが何の模様かわかるわよね」というところで股当てのおむつを掌でぽんと叩き、訊くというよりも問い詰めるといった方がふさわしいような口調で尚も訊いた。
「……」
 葉月にも、それが何の模様なのかはわかっている。わかっているけれど、それを口にすることはできない。
「いいわ、ママが教えてあげる。葉月ちゃんの今のおむつは動物柄なのよ。――ねんねしてすぐの時は水玉模様のおむつだったのに、今は動物柄のおむつに変わっているのは、どうしてかしら?」
 薫はふと口調を和らげ、スマホの画面をフリックして、次の写真を表示した。
 そこには、うっすらと黄色に染まった水玉模様の布おむつが写っていた。拡大すると、ぐっしょり濡れているのがわかる。




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