偽りの幼稚園児





               【二三】

「わかってくれて嬉しいよ。どんなふうに話せばいいのかずっと迷ってたんだけど、結局、ありのまま話すのがベストだったってことかな」
 そう言う皐月の顔には、明らかな安堵の色が浮かんでいた。
「姉さんこそ、話してくれてありがとう。いろいろと表面には出せない、言葉にするのも憚られるような事情もありそうだけど、無理しちゃ駄目だよ」
 葉月が少し照れくさそうに応じる。
「ふん、弱っちいあんたなんかに労られるような皐月さんじゃないよ。言われなくても、頑張るさ」
 明るい声ではぐらかし、皐月は悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。
「とりあえず、あんたの姉さんでいるのはここまで。もういちど姉さんからパパに戻って、パパ役を頑張ることにするよ」
「じゃ、僕は『葉月ちゃん』になりきれるように頑張らなきゃね。今までは反発心っていうか、なんでこんなことを無理矢理させられなきゃいけないんだよって気持ちが強かったけど、改めて姉さんの話を聞けて、なんだか今は、胸につっかえていた物が取れたみたいな、すっきりした気分なんだよ。だから、恥ずかしいのは仕方ないにしても、今までより、もう少しだけ素直な気持ちで頑張れそうな気がするんだ」
 葉月は少しぎこちなく笑ってみせながら、すっと息を吸って、こんなふうに続けた。
「わ、私、女の子になりきればいいんでしょう? 女の子になりきって田坂先生、あ、ううん、ま、ママと仲良くなればいいんでしょう? 女の子になりきってママと仲良くなればなるほど、ママの心の傷が癒えるんでしょう? そしたら、プロジェクトがうまく進んで、園長先生やみんなの役に立てるんでしょう? それで、姉さ、ううん、パパと私が『救済』されるんでしょう? それでいいんだよね、パパ?」
「うん、そうだよ。ちゃんとわかっていて、本当に葉月はお利口さんだね」
 葉月に調子を合わせて皐月が応じる。
 その後、二人は面映ゆそうにして顔を見合わせたが、それも一瞬のことだった。
「それじゃ、姉と弟として話すのはここまでにしておこうか。これからはパパと娘だ、いいね、葉月?」
 皐月が表情を引き締めて言った。
「うん、いいよ、パパ」
 葉月は、幾らか恥ずかしそうにしつつ、それでも逡巡することなく、こくりと頷いた。

「じゃ、頭は洗ってあげたから、次は体だね」
 家族ごっこの役割に戻った皐月はそう言ってボディソープの容器に手を伸ばしかけたが、ふと何かに気がついた様子で、伸ばしかけた手を止め、背後から葉月に耳打ちした。
「お昼寝の最中におねしょしちゃってから、もうだいぶ時間が経つけど、そろそろおしっこが出そうなんじゃないのかな?」
 言われて、葉月の頬に朱が差した。
 どうやら図星のようだ。
「いいよ、ここでしちゃいなさい。葉月は、おしっこをしたくなった時の我慢ができないみたいだから、どうせトイレには間に合わないんだし」
 皐月は、当たり前のことのように言った。
「で、でも……」
 皐月と薫の娘になりきる約束はしたし、その約束を果たそうとも思う。しかし、実の姉の目の前でおしっこだなんて。
「パパが見てちゃ恥ずかしいのかな。でも、変だね。葉月はママと、お家の中じゃ赤ちゃんになるって約束したんじゃなかったっけ?。それも、指切りまでして。赤ちゃんがおしっこを恥ずかしがるなんて、とっても変なことだと思わないかい?」
「あ……」
 皐月に言われて、ようやく、まどろみの中で薫と交わした指切りの約束が思い出された。二人の娘になりきるということは、その約束も守るということだ。
「だ、だって……」
 何をどう言い繕えばいいのかわからない。わからないけれど……。
 と、皐月がくすっと笑ってこんなことを言う。
「ああ、そうか。葉月は赤ちゃんだから、一人でおしっこができないんだね。そうか、誰かにおしっこをさせてもらわないといけない手のかかる赤ちゃんだったんだね、葉月は」
 言って皐月は、バスチェアに座っている葉月の脇の下に手を差し入れてその場に立たせ、
「少しの間だけ、そのまま立っているんだよ」
と命じて、タオルを冷たい水で濡らしてから角の部分をぎゅっと固く絞り、やや太めのこよりのようにした。
 それから皐月は葉月の真後ろに立って、お尻のすぐ下のあたりをじっとみつめ、タックを施されたペニスの皮を左手できゅっと撫でおろすようにして僅かに亀頭を露出させると、太いこよりにしたタオルの角を、亀頭の先端にある尿道口に押し当てた。
「ひゃ……!」
 悲鳴とも喘ぎ声ともつかない金切り声が葉月の口をついて出る。
 そうして、その直後。
 皐月は
「今度は、そのまま膝を曲げて、少し後ろにそらしてごらん」
と命じ、葉月の両方の腿のお尻側を左右の掌で支え持つようにし、自分の胸に葉月の背中を預けさせて、そのまましゃがみ込みながら、葉月の体を抱え上げた。
 軽々とというわけにはゆかないけれど、いったん抱え上げてお尻を自分の膝に載せさせ、お尻を中心にして膝で体重を支えてやれば、あとはさほど苦にならない。
 二人の正面に、壁に嵌め込みの鏡があった。
「ほら、鏡を見てごらん。赤ちゃんはね、こんなふうに後ろから抱っこしてもらって、おしっこをさせてもらうんだよ。さ、たくさん出しちゃおうね」
 皐月は葉月を後ろ抱きにして優しく囁きかけた。
「い、いや、こんなの恥ずかしい。恥ずかしいから、おろして。おろしてよ、パパったら」
 正面の鏡に映る自分の姿に、葉月は激しくかぶりを振った。
 しかし、羞恥に満ちたその姿から目をそらすこともできないずにいる。
「だって、おしっこがもう出ちゃってるんだから、パパのお膝からおろしてあげるなんてできないよ。おむつ離れの練習をする赤ちゃんはね、おしっこをしたいのに、どんなにふうにしておしっこをすればいいのかわからなくなっちゃうことがあるんだよ。そんな時は、柔らかい紙を細いこよりに撚って、そのこよりを、おしっこが出るところに入れて刺激してあげるといいんだ。そうしたら、刺激でおしっこが出るようになるんだ。ここには紙がないからタオルで試してみたんだけど、ちゃんと出たね。それも、タオルのこよりでほんのちょっとくすくってあげただけで出ちゃうんだから、葉月はとっても感じやすいんだね。感じやすくて、おませさんで、ちょっぴりエッチな赤ちゃんなんだね、パパの可愛い葉月は」
 皐月の言う通りだった。選択性筋弛緩剤の作用によって膀胱と尿道の機能を低下させられている葉月は、軽い尿意をおぼえた直後から、その尿意が異様な速度で強くなり、我慢の限界を迎えるまでの時間が著しく短い体になってしまっている。尿意をおぼえてすぐにトイレへ行かなければ、じきに我慢の限界を迎えて恥ずかしい粗相をしてしまう体にされてしまっているのだ。しかも膀胱の機能が低下しているせいで、溜めておけるおしっこの量も減少していて、おしっこの回数も多い。つまり、おしっこの回数が多い上に、おしっこを我慢できる時間が短いという、幼児さながらの体質に葉月はされてしまっているのだった。そんな葉月のことだから、牛乳に混入した睡眠導入剤によって強引に『お昼寝』させられている最中におねしょをしてしまい、それから短くない時間が経っている今、尿意が高まっているだろうことは容易に想像がつく。そこへ、タオルのこよりで尿道口を責められた上、葉月に後ろ抱きにされる際に思わぬ力で下腹部を圧迫されものだから、もうどうすることもできなかった。
 皐月の言う通り、葉月の股間から、おしっこの雫がぽたぽたと浴室の床に滴り落ち始めていた。
 もちろん、その様子は壁の鏡を通して葉月自身の瞳にもくっきり映っている。
「や、やだ、恥ずかしい。こんなの、恥ずかしくてやだったら」
 皐月の胸に背中を預けた姿勢で弱々しく首を振りながらとめどなくおしっこの雫を滴らせる葉月の姿は、若い父親におしっこをさせてもらっている幼い女の子そのままだ。
 ペニスタックによって尿道が曲げられているせいでおしっこは勢いよく迸り出ることを阻まれて、ちょろちょろとしか流れ出ず、全てを出しきるのに、かなりの時間がかかる。葉月はその間、ペニスからあふれ出るおしっこでお尻のまわりがびしょびしょに濡れる感覚と、お尻のまわりを濡らしたおしっこが雫になって滴り落ちる感覚を味わい続けるのだ。
 けれど、なんだか、胸の中につかえていた様々な思いがおしっこと一緒に流れ出て行くような気がして、それは、さほど嫌悪すべき感覚でないことも事実だった。
「恥ずかしいよ、こんなの、恥ずかしくてたまんないよ。ぱ、パパのばか。恥ずかしいの、パパのせいなんだからね。パパのせいでこんなに恥ずかしいんだからね」
 いつまでも止まらないおしっこの雫を無毛の股間から滴らせ続ける自分の鏡像を見まいとするのだが、なぜだか瞼を閉じることができず、顔ごと目をそむけようとして頬が皐月の胸に触れる。薫の豊満な乳房とは違う少し固い張りのある胸元に頬を擦り寄せ「パパのばか」と甘えるように呟く葉月の心は、徐々に、しかし確実に、変容を遂げつつあった。

               *

「準備はいいかい、ママ。そろそろお風呂から出るよ」
 葉月を後ろ抱きにしてのおしっこの後始末を終え、葉月の全身を綺麗に洗い終えた皐月が、浴室と脱衣場を隔てるガラス戸を開け、脱衣場の外まで聞こえるように大きな声で言った。
 ほどなくドアが開き、大ぶりの衣装籠を手にさげた薫が脱衣場に入ってくる。
 皐月はそれを確認してから、バスチェアに座って待っている葉月に向かって手招きをした。
 が、葉月は立ち上がろうとしない。
「やれやれ、すっすり甘えん坊になっちゃって」
 皐月はわざとらしく苦笑してみせ、ガラス戸を離れてバスチェアが置いてある場所まで戻ると、葉月に向かって右手を差し伸べた。
 それを掴んで、ようやく葉月が立ち上がる。
 皐月はそのまま葉月の手を引いて再びガラス戸に向かって歩き出すのだが、優しげな目で葉月の足取りを確認することを忘れない。

「あらあら、すっかり仲良しになっちゃって。お風呂に入っている間に何があったのかしら」
 開け放った戸口を通して二人の仲睦まじい様子を眺めていた薫は、大ぶりの衣装籠に入れて持ってきたバスタオルを、目の前に近づいてきた葉月の体にかぶせ、感心しきりといった口調で言った。
「うん、とってもいいことがあったんだよ。葉月とパパがすごく仲良くなれるきっかけの出来事がね」
 皐月は、薫が差し出すバスタオルを受け取りながら、悪戯っぽい口調で応じた。
「あら、そうなんだ。どんないいことがあったのか、葉月ちゃん、ママに教えてくれるかな」
 葉月の体中の水滴を大きなバスタオルで拭い取りながら、薫は訊いた。
「うん、あのね……」
 葉月は一瞬言い淀んだものの、頬をうっすらと赤く染めながら続きを口にする。
「……パパに抱っこしてもらって、おしっこさせてもらったの。あのね、おしっこする時、他には何もできないでしょ? 何かこわいことがあっても、すぐに逃げられないでしょ? でも、パパに抱っこしてもらっておしっこさせてもらったら、すごく安心だったの。何か怖いことがあってもパパが守ってくれるって思って、すごく安心だったの。怖いことがあっても、パパが抱っこして逃げてくれるって、とってもとっても安心だったのよ」
 バスタオルを頭の上からかぶせられた後も手を繋いだままの皐月の顔を見上げながら嬉しそうにそう言う葉月の口調は、明らかにこれまでと違っていた。強要された押しつけの幼児言葉ではなく、ごく自然に葉月の口から紡ぎ出される、あどけなく可愛らしい言葉の数々。もともと十八歳の男性にしては高い声だったことと相まって、実際の女の子が頼もしいパパの自慢をしているように聞こえる。




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