偽りの幼稚園児





               【二七】

 生い立ちは、これまでも、紗江子や皐月には語ってきた。しかし、それは、勤め先の経営者や上司に対する、淡々とした報告でしかなかった。なるべく他人と関わらぬよう生きてきた薫だが、これまでの人生は、自分の胸だけに抱え込むには、あまりに辛い人生だった。本当は、自分がどんな思いを抱いて生きてきたのか、今の自分がどんなことを考えているのかを聞いてほしかった。決して、慰めてほしいわけでも励ましてほしいわけでもない。これまでに胸の奥底に溜め込んできたいろいろなものを言葉にして、ただ、聞いてほしかった。聞いてもらえれば、それだけで心が幾らかは軽くなる。自分の本心をさらけ出してしまえば、今よりも少しは心が軽やかでいられる。ずっとそう思ってきた。
 けれど、今まで、そんな相手はいなかった。
 それが、今は、そんなことをできる相手が目の前にいる。
 ごっこでしかない。かりそめでしかない。かりそめの家族ごっこでしかない。
 それでも、皐月と葉月は、確かに自分の目の前にいてくれる。皐月も葉月も自分のことを『ママ』と呼んでくれて、しかも葉月は、自分のおっぱいを飲んでもくれる。
 万分の一の可能性もないけれど、だけどもしも家族ができたとしたら、これまでどんなふうに自分が生きてきたのか、ただ静かに聞いてもらいたかった。
 だから、薫は、自分の生い立ちを改めて皐月に語ることにした。職場の上司ではなく、かりそめのごっこでもいいから、今は家族である皐月に。
 皐月に話して、何も言わずに、髪をそっと撫でつけてもらいたかった。
 それで、全てが報われるような気がした。
 だから、改めて語った。淡々とした口調ではなく、胸の内を全てさらけ出して。おそらく、ヒステリックな声で叫んだのも二度や三度では済まないだろう。激情にかられて、自分の中にこんなに醜い部分があったのかと自分でも驚くほど、自分を襲った従兄のことを口汚く罵り、その父親を更に罵り、そして、そんな醜悪な自分を罵り。
 目は血走っていただろう。口は真っ赤に裂けていただろう。
 薫がそうしている間も、葉月はまどろみの中で薫の乳首を咥えて離さなかった。
 少しだけ落ち着いて、無意識のままに自分の乳房を求める葉月の顔を改めて目にした瞬間、薫は我に返った。
 我に返って、自分の心がすっかり軽くなっていることに気がついた。
 その時になってようやく葉月の口が薫の乳房から離れた。
「葉月、ああ、葉月。私の可愛い娘。ああ、葉月。私の優しい娘。ああ、葉月、葉月」
 薫は何度も何度も、愛おしいその名を呼びながら葉月に頬ずりをした。
「大変だったんだね」
 皐月が薫の頭に手を置いて、前髪をそっと撫で上げた。
 それで充分だった。
 胸の中で凝り固まっていた何かが風に吹かれる霧のようにふっと消え去ってしまうのを感じた。
 だが、ことはそれだけでは済まなかった。
 おそらく、その時に薫が感情のまま口にした暗い過去が、無防備な状態にある葉月の心に痛みをおぼえさせたのだろう。
 言葉の一つ一つまで理解しているわけではないが、声の調子や抑揚といったものに、眠りについている状態でも、人は敏感だ。
 尚更、今、薫と葉月は『精神的な強共鳴』とでも呼べるような状態にある。
 薫の心の痛みを葉月が追体験したとしても不思議ではない。男性に対する、そして男性の象徴たるペニスに対する、薫の恐怖と憎悪を。

「ごめんなさい、葉月。ママがいけなかった。でも、そんなに怖がらないで。そんなふうに、ママから離れようとしないでちょうだい」
 もう、誰かが自分から離れて行くのはいやだ。またひとりぽっちになるなんて、もう絶対に、そんなことさせない。
「……本当? 葉月におちんちんがあっても、本当にママ、葉月のこと、嫌いにならない?」
 躊躇いがちに、そして甘えるように、葉月は訊いた。
「絶対に嫌いになんてならない。さ、おむつの上にお尻を載せてごろんしてちょうだい。今からおむつをあててあげる。おむつをあててあげるママの手が優しいかそうじゃないか、葉月にはわかる筈よ。おむつをあててあげるママの手が優しかったら、ママが葉月のこと大好きだってわかるでしょ? ママのことを大好きな葉月だったら、ママがどんなに葉月のことを大好きなのか、すぐにわかる筈だもの」
 薫は葉月の体を抱く手をおずおずと離し、葉月の裸のお尻を優しくぽんと叩いた。
「……わかった。ママがそう言うんだったら、そうする」
 葉月は、ベッドの上に用意してある新しい動物柄のおむつをちらと見て、ぽつりと答えた。
「じゃ、パパが抱っこしてごろんさせてあげようか」
 皐月がすっと手を差し伸べる。
「ううん、いい。葉月、自分でベッドにごろんする。おむつにお尻を載せてごろんする」
 葉月は皐月の手を押しとどめ、すっと息を吸ってから、ベッドの端に手を置いた。

 お尻の下から伝わってくる布おむつの柔らかな肌触りが恥ずかしい。
 おむつの上に自分で横たわったのだと思うと、余計に恥ずかしい。
「いいわね?」
 恥ずかしさにぎゅっと目を閉じる葉月の耳に、薫の声が届いた。
 枕に頭を置いて、葉月は小さく頷いた。
 薫は葉月の左右の足首をまとめて掴み、そのまま高々と差し上げた。
 そんな姿勢にすると、お尻の方に向けて股間に固着したペニスが丸見えになる。しかし、それを目にしても、薫が顔色を変えることはなかった。カウンセラーの指導のおかげで子供のペニスなら大丈夫になっているということもあるが、なにより、目の前にあるのは『可愛い一人娘である』葉月のペニスだ。薫にとってそれは、ペニスというよりも、幼い娘の無毛の下腹部にできた痛々しい腫れ物でしかない。
 薫は、予め用意しておいたパフを手に持ち、おへそのすぐ下からお尻の方へ、ゆっくりとベビーパウダーの白化粧を施してゆく。
「ここは肌どうしが密着していて蒸れやすいから丁寧に」
 誰にともなくそう言って薫は、柔らかなパフをペニスの先にそっと押し当てた。
「ん……」
 葉月の口をついて熱い吐息が漏れ出る。
「気持ちいいんでしょう? おちんちんを柔らかなパフで撫でてもらって、気持ちいいんでしょう?」
 薫は、目の下を赤く染める葉月の顔を見ながら、ねっとり絡みつくような口調で言った。
「ん……んん……」
 葉月は声を押し殺し、弱々しくかぶりを振る。
「いいのよ、無理しなくても。気持ちいいことは気持ちいいんだって認めちゃえばいいの。葉月、自分におちんちんがあったらママに嫌われちゃうって言ったわよね。でも、絶対にそんなことはない。葉月のおちんちんは、葉月が生まれた時からずっと一緒だった、大切な体の一部なのよ。自分の体を大切に思えないような人が、他の人のことを大切に思えるわけがない。自分の体のことを好きになれないような人が、他の人から好きになってもらえるわけがない。わかる? おちんちんもみんな含めて、葉月は自分自身のことを大切にして、自分自身を好きにならなきゃいけないの。そんな、自分自身を大好きな葉月を、ママはうんとうんと大好きになってあげるから」
 薫は、ペニスの先をパフで包み込むようにして、きゅっと軽く捻った。
「や……」
 葉月の口から喘ぎ声が漏れる。
「ほら、エッチな声を出しちゃって、やっぱり気持ちいいんだ。いいのよ、正直になって。でも、まだ出しちゃ駄目よ。出すのは我慢しなさい。勝手に出しちゃったら、その時はママ、我儘な葉月のこと嫌いになっちゃうわよ」
 薫の吐息も次第に熱くなってくる。
「ど、どうして? どうして出しちゃ駄目なの? ママがいけないんだよ。ママが葉月のおちんちんをいじって気持ちよくさせて、すぐにでも出ちゃいそうにしてるのに、どうして出しちゃ駄目なの? いじわるだよ、そんなの。ママのいじわるだよ」
 ぎゅっと目を閉じたまま、肩で息をしながら、葉月は甘え声で訴えかける
「いじわるなんかじゃないわよ。だって、これは、葉月がおむつを好きになれるようにやっていることだもの。葉月はこれから、幼稚園じゃパンツだけど、お家にいる時はおむつなのよ。ずっとおむつだったら、いやいやおむつをあてるんじゃなくて、おむつを大好きになって、大好きなおむつにお尻を包んでもらっていた方がいいでしょう? だから、葉月がおむつを好きになるように躾けてあげてるの。おむつの肌触りを感じながら気持ちよくさせて、おむつって気持ちいいものなんだって感じさせてあげてるの。わかる? いじわるなんかじゃなくて、これからずっと葉月が気持ちよくおむつでいられるようにしてあげるため、つまり、葉月のためなのよ」
 薫はパフをペニスから離し、ペニスがひくひくと身悶えしている様子を確認すると、満足そうな顔になった。
「だったら、出しちゃってもいいでしょ? 出しちゃって、気持ちよくなってもいいでしょ? じゃないと、このままだなんて、そんなの……」
 葉月は、いやらしい胸の内をさらけ出す屈辱に唇を噛みしめ、絞り出すような声で懇願した。
「駄目よ、まだ出しちゃ。だって、もう今にも出ちゃいそうっていう時のおちんちんが一番敏感なんだもの。すごく敏感なおちんちんでおむつの肌触りを味わうのよ。とても感じやすい時のおちんちんでおむつの柔らかさを感じ取って、体におぼえさせるのよ。そしたら、おむつの肌触りが大好きになる。葉月はおむつが大好きになれるのよ」
 これでおしまいとでもいうように、薫はパフでもういちどだけペニスの先端をすっと撫でさすった。
「あ……」
 葉月の下腹部がびくっと震える。
「我慢するのよ。出しちゃったら、ママ、葉月のこと嫌いになっちゃうわよ。いやらしいお汁をママにみせつけるようなはしたない子なんて、ママ、大嫌いなんだからね」
 パフをベビーパウダーの容器にしまいながら、薫は冷たく言い放った。
 精神的な強共鳴状態にある葉月にとって、薫の言葉は絶対だ。
 葉月は更に唇を噛みしめ、掌を拳に握って、昂ぶりを鎮めようとする。
 そこへ、薫が、両脚の間を通して股あてのおむつをあてた。
 皮の外に僅かに出ている亀頭の先端がおむつに触れ、おむつの柔らかな感触に、絶頂を迎えたくてたまらないペニスが太腿の肉に包まれて身悶えする。
「いじわる。ママのいじわる……」
 はぁはぁはぁと回数ばかり多くて浅い息をつきながら、葉月が枕の上で弱々しく首を横に振る。
「何がいじわるなもんですか。ママは葉月のためを思って、おむつをいやがらないお利口さんになれるよう躾けてあげてるんだから」
 薫は葉月の足首をおろし、両脚を少し開かせるようにして横あてのおむつをあて、おむつカバーの横羽根を留めた。それから、おむつカバーの前当てを横羽根に重ねて留め、股ぐりのスナップボタンをぷつっと留める。
 この時になって葉月は、制服を試着した際に皐月の手によって女児用のショーツの生地越しにペニスをいたぶられて絶頂を迎えてしまったことの意味と、昨日の昼寝の直前に薫の乳房にむしゃぶりついたまま乳首をいじられてショーツの中の布おむつに精液を溢れ出させてしまったことの意味を理解した。今になって思えば、あの仕打ちも、葉月が女児用のショーツや布おむつの肌触りに快楽をおぼえ自ら進んで女児用ショーツを穿きたがったり、布おむつをせがんだりするように仕向けるためのたくらみだったに違いない。あの時は、女児用ショーツや布おむつに精液をぶち撒ける刹那的な快楽を教え込まれ、今は、じっくり時間をかけて女児用ショーツや布おむつの肌触りを身にしみて教え込まれようとしているのだ。けれど、今更そのことに気がついても、最早、葉月にできることは何もない。葉月の下腹部は既に、女児用のショーツのしっかり包み込むような感触と、布おむつの柔らかく優しい肌触りをおぼえてしまったのだから。
「やっぱり、いじわるだよ。ママもパパも、葉月を変な気持ちにさせて喜んでるんだもん。ママもパパも、いじわるだよ。そんなママとパパなんて大っ嫌いなんだから」
 葉月は枕の上で顔をそむけ、拗ねているような甘えているような口調で言い、頬をぷっと膨らませた。
 可愛らしいナイティを着てそんな幼児めいた仕草をする葉月の下腹部を包むおむつの中でいやらしい肉棒が蠢いていようなどと、誰が想像できようか。




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