偽りの幼稚園児





               【四七】

「は、葉月、赤ちゃんじゃない。葉月、今日から幼稚園のお姉さんなんだから」
 葉月は力なく首を振った。
 その声は弱々しい。
「だって、おしっこが出そうなのにママにも渡辺先生にも教えられなかったでしょう? それに、おむつが濡れた後も自分じゃ教えられなかったじゃない? ママのスマホが鳴らなかったら、いつまでも濡れたおむつのままかもしれなかったのよ。そんな子は赤ちゃんよ。さ、おむつを取り替えてあげるから、おねしょシーツの上にごろんしてちょうだい」
 薫は有無を言わさぬ口調で決めつけた。
 入園式の途中の粗相から今まで、二時間も経っていない。
 なのに葉月がしくじってしまったのも、選択性筋弛緩剤のせいだった。それまでも筋弛緩剤のせいでおしっこの間隔が短く、おしっこを我慢しにくい体になっていたが、数日前から薫がミルクに混入する筋弛緩剤の分量を増やしたため、ますます我慢の効かない体になってしまっていた。そのせいで葉月は、尿意を覚えた瞬間、トイレへ行こうとして立ち上がる間もなく、おむつを汚してしまったのだ。
 しかし葉月が、自分の体に起きている異変の本当の原因に気づくことはない。

「じゃ、雅美、もういちどガラガラであやしてあげる」
 床に置いておいたガラガラを雅美が嬉々として拾い上げる。
「おむつを取り替えてもらう間、ボールを持って慣れるといいよ。それまで僕が持っていてあげるね」
 伸也は、布製のボールを拾い上げた。
「おねしょシーツの所へ連れて行ってあげるから、さ、立っちして」
 美鈴と愛子が二人で葉月の手を引っ張って立たせ、おねしょシーツの上へ連れて行き、そっと横たわらせた。
 筋力が弱っている葉月だから、幼い女の子でも、容易になすがままにしてしまえる。
「さ、ママにおむつを取り替えてもらおうね。その間、愛子ちゃんとお姉ちゃんがずっと側にいてあげるし、雅美ちゃんにガラガラであやしてもらえるよ」
 そこまで言って美鈴は、布製のボールを持って葉月の側に膝をおろした伸也の顔を見て続けた。
「伸也君は、どうするの?」
「僕も部屋にいる。今度は、みんなと一緒に葉月ちゃんの側にいてあげる」
 少しだけ迷ってから伸也は答えた。
「よかったね、伸也お兄ちゃんも一緒にいてくれるって。じゃ、おむつを取り替えてもらおうね」
 美鈴はもういちど葉月の顔に視線を戻し、薫がおむつを取り替えやすいように、葉月のスモックの裾をおへその上まで捲り上げた。
 恥ずかしいおむつカバーを見られまいとして葉月はスモックの裾を押さえようとするのだが、その手は愛子に易々と払いのけられてしまう。
「駄目だよ、おいたをしちゃ。おいたをする代わりに、このボールを持っているといいよ」
 払いのけられた葉月の手に伸也がボールを持たせ、年長者ぶって、おねしょシーツに横たわる葉月の前髪を優しく撫でつけた。
 葉月の頬ががっと熱くなる。けれどそれは、羞恥や屈辱のためばかりではなさそうだった。

 幼稚園に入園できたのが嬉しくてちょっぴりお姉さんぶってみるものの、遊びに夢中でおしっこを教えられずにおむつを汚してしまい、年長クラスのお姉さんの手でおねしょシーツの上に寝かしてもらい、年中クラスのお兄さんからもらった布製のボールを大事そうに両手で抱え、年少クラスのお姉さんにガラガラであやしてもらいながらおむつを取り替えてもらう、自分では何もできない手のかかる小さな女の子。
 それこそが、まぎれもなく今の葉月だ。

               *

 それから更に二時間近くが経った頃、かろやかなチャイムの音色が昼休みを知らせる。
 保育園と違って幼稚園は、子供を預かるのは午前中だけというのが普通だ。ただ、長い休みの間の特別保育では園児に弁当を持参させて夕方まで預かることが多い。
 ひばり幼稚園・特別年少クラス・ひよこ組の教室でも、各々の教室に置いておいた通園鞄からランチボックスを取り出した園児たちが戻ってきて、お弁当の時間を迎えていた。
 部屋の真ん中あたりに置いた折りたたみ式のテーブルの上に、可愛いランチボックスが四つと、それよりも一回り大きなランチボックスが二つ並ぶ。
「あれ? 葉月ちゃんパパは一緒に食べないの?」
 テーブルを囲んで床に座る面々の顔を見回して、愛子が不思議そうに尋ねた。
「葉月ちゃんパパは、園長先生のお部屋で、お客様と一緒にお昼ご飯を食べているのよ。入園式の後、大切な相談があるんだけど、相談することが多くて時間がかかりそうだから」
 薫が簡単に説明すると愛子は納得顔になったが、次は美鈴が不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。
「お弁当箱が一つ足りないみたい。えと、私のと、愛子ちゃんのと、伸也君のと、雅美ちゃんのと、渡辺先生のと、葉月ちゃんママのと……葉月ちゃんのお弁当がないみたいだよ?」
「いいのよ、これで。葉月はお弁当を食べないから」
 ランチボックスを一つずつ指差しながら確認し首をかしげる美鈴に、悪戯っぽい笑みを浮かべて薫が言った。
「え? お弁当、食べないの、葉月ちゃん?」
 美鈴は驚いた顔で訊き返した。
「食べないっていうか、まだ、固い物は食べられないのよ、葉月は。体はみんなより大きいんだけど、すぐにおむつは汚しちゃうし、ちゃんとしたご飯は食べられないし、本当にまだまだ赤ちゃんなのよ」
 さも困ったというふうな顔で、わざとらしく溜息交じりに言う薫。
「でも、お腹空いちゃうでしょ?」
 美鈴は重ねて訊いた。
「そうね、何も口にしないとお腹が空いちゃうわね。だから、お弁当の代わりになる物があるのよ。美鈴ちゃん、あそこに置いてある葉月の通園鞄を持ってきてほしいんだけど、お願いしてもいい?」
 薫は意味ありげに微笑んで、ポールハンガーのすぐ側に置いてある通園鞄を指差した。
「うん、いいよ」
 美鈴は身軽に立ち上がってポールハンガーの側へ駆け寄り、手に提げて戻ってきた通園鞄を薫に差し出した。
「おっきな鞄で、びっくりしちゃったよ。何が入ってるのかな」
 通園鞄を薫に渡して元の場所に座りながら美鈴は、興味津々といった様子で隣の愛子に話しかける。
「そうね、みんなの鞄と比べると、葉月の鞄はずっと大きいわよね。でも、みんなより体の大きな葉月が使う物を入れなきゃいけないから、大きな鞄が要るのよ。たとえば、ほら――」
 美鈴と愛子の顔を見比べて薫は言い、二人がこちらに目を向けるのを待って
「――こんな物も、葉月が使うから、みんなが知っているのより大きいでしょ?」
と続けて言い、通園鞄から柔らかそうな布地を取り出すと、それをさっと広げてみせた。
「あ、よだれかけだ! 雅美、ミルク飲み人形を持ってるんだけど、人形も、よだれかけしてるんだよ!」
 薫が通園鞄から取り出した布地が何なのか気づいた雅美は嬌声をあげた。
 雅美の言う通り、薫が鞄から取り出したのは、大きなよだれかけだった。
「そうなんだ。雅美ちゃん、ミルク飲み人形で遊ぶのが好きなんだ。じゃ、あとでちょっと頼みたいことがあるから、その時はお願いね」
 薫は雅美に向かって満足そうに頷いてみせ、手にしたよだれかけで、自分の隣に座っている葉月の胸元をスモックの上から覆った。
「や、やだ。みんなが見てる前で、そんなの、そんなの……」
 葉月がかぶりを振る。
「だって、お昼ご飯の時間なのよ。みんながお弁当を食べているのに葉月だけ何もないなんて可哀想でしょ。お家と同じようにしてあげるだけなのに、なにをむずがっているのかしら」
 自分よりもずっと体の大きな葉月のよだれかけ姿に、園児たちの好奇の目が集まる。
「さ、みんな揃って、いただきますをしましょう」
 好奇に駆られる園児たちの様子を面白そうに眺めながら、奈緒が声をかけた。
「いただきまーす!」
 奈緒に促されて園児たちはランチボックスのハンカチをほどき始めるのだが、その目は葉月と薫に向けられたままだ。
「じゃ、葉月も、いただきますをしようね。みんなみたいなお弁当じゃなくて、ママのおっぱいだけど」
 薫は、自分の腿に葉月のお尻を載せさせて葉月の体を横抱きにした。
「こ、こんなの恥ずかしい。葉月、赤ちゃんじゃない。赤ちゃんじゃないのに、おっぱいなんて」
 葉月は手足をばたつかせて抵抗する。
 けれど、今やすっかり精神的にも肉体的にも薫の虜になってしまっている葉月が薫に抗うことはできない。
 薫は片手でブラウスのボタンを外して胸元をはだけ、授乳用ブラのカップを開いた。
 園児たちの目が薫の胸元に注がれる。
「そうね、今日から葉月は幼稚園のお姉さんね。でも、おしっこを教えられなくておむつを汚しちゃうし、固い物を食べられなくてママのおっぱいしか飲めないのよ、葉月は。お姉さんぶっても、葉月は赤ちゃんなのよ、本当は。赤ちゃんだから、おっぱいでも恥ずかしくないのよ」
 薫は、ぴんと勃った乳首を葉月の口に押し当てた。
 それがもうすっかり習い性になってしまっている葉月は、自分の意思とはまるで関係なくおずおずと乳首を咥えてしまう。
「葉月ちゃん、可愛い。雅美の人形より、もっともっと可愛い」
 頬をピンクに染めながら薫の乳首を口にふくむ葉月の様子に、うっとりした顔で雅美が言った。
「ほら、雅美お姉ちゃんが葉月のこと可愛いって褒めてくれてるわよ。だから、恥ずかしくなんてないのよ。恥ずかしがらないで、ママのおっぱいを飲めばいいの」
 葉月の舌が動いて、薫の乳首の先をぴちゃぴちゃ舐めた。
「そうよ、それでいいのよ」
 薫は葉月の背中を優しく撫でさすった。
 葉月は舌と上唇で乳首を包み込むようにして頬を膨らませた。
「上手になったわね。最初の頃に比べると、ずっと上手におっぱいを飲めるようになったわよ、葉月は」
 薫は背中に続いて葉月の髪をそっと撫でつけた。
 葉月の頬が盛んに動いて、無心に乳首を吸う。
「おっぱいが張って痛かったけど、ちょっぴり楽になったわ。ママのためにもたっぷり飲んでね」
 薫は、盛んに動く葉月の頬を人差指でつんと突いた。
 葉月の唇の端から僅かに母乳が荒れ出て頬を伝い流れ、よだれかけに滲みをつくる。
「ね、可愛いね。葉月ちゃん、ほんっとに可愛いね」
 雅美が興奮ぎみに伸也に同意を求める。
「う、うん。……可愛いね、葉月ちゃん」
 母乳が伝い流れた条の跡が残る葉月の頬をじっと見やって、何度もまばたきを繰り返しながら、伸也は上の空で応じるばかりだった。

               *

 葉月が薫の母乳を飲み終えるのと園児たちが昼食を終えるのとが、ほぼ同時だった。
「さっきも言った通り雅美ちゃんにお願いしたいことがあるんだけど、いい?」
 雅美が両手を合わせてごちそうさまを言い、ランチボックスをハンカチで包むのを待って、薫が声をかけた。
「うん、いいよ」
 屈託のない笑顔で雅美は大きく頷く。




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