偽りの幼稚園児





               【四九】

「早く着替えないと、せっかくのプールの時間が短くなっちゃうわよ」
 薫は葉月の両手を上げさせてさっとスモックを脱がせ、続けて同様にキャミソールを脱がせて上半身を裸に剥いてしまい、両脇に手を差し入れてその場に立たせると、おむつカバーの腰紐をほどいて股ぐりのスナップボタンを外し、前当てと内羽根を留めているマジックテープを外してから、左右の内羽根どうしを重ね留めているマジックテープを剥がした。
 おむつカバーが葉月の足元に落ち、続けて布おむつが、空気をふくんでふぁさっと広がりながら足元に落ちる。
「や、やだ!」
 葉月は内股になって、無毛の股間を慌てて左右の掌で覆い隠した。
 伸也が慌てて目をそらす。
「みんなに見られるのが恥ずかしかったら、ほら、これを穿けばいいわ」
 薫は水遊びパンツを両手で広げ持って、葉月の目の前で膝立ちになった。
 見るからに恥ずかしい水着だが、躊躇っている余裕はない。葉月は女児用ショーツを穿かせてもらう時と同じように薫の肩に手をついて、片方ずつ順に水遊びパンツに足を通した。
「これなら、プールの中でおもらししちゃっても大丈夫だから安心よ」
 葉月が両足とも通すのを待って水遊びパンツを引き上げ、股ぐりのギャザーに指を突っ込んだり、ウエスト部分の幅広ゴムに指を差し入れたりして締まり具合を確認した薫は、その場の全員に聞こえるように言った。
「そ、そんな……プールでおもらしだなんて……」
 葉月は身をすくめてぽつりと呟く。
「よかったね、おもらししても大丈夫な水着、ママに着せてもらって。じゃ、早く行こう」
 雅美がにこにこ笑いながら葉月の手を引っ張って今にも駆け出しそうとする。
 それを両足を踏ん張って拒んだ葉月が
「ま、ママ、上の水着は? このままじゃ、胸が……」
と薫に訴えかけるのだが、最後の方は羞恥のあまり声が小さくなって聞き取れなくなってしまう。
「上の水着? ああ、お姉ちゃんたちが着ているような水着のビキニトップのことね。でも、胸が締めつけられて窮屈だから、葉月はビキニトップなんて着けなくてもいいのよ」
 薫はこともなげに答えた。
「でも、でも……」
「そりゃ、可愛い水着を着たいのはわかるわよ。でも、おむつ離れできていない葉月には、あんな水着はまだ早いでしょ? おむつが外れて年少クラスに進級できたらお祝いに買ってあげるから、それまで水遊びパンツで我慢なさい」
「だけど、胸が……」
「あら、『葉月君』は男の子じゃなかったっけ? 男の子なのに、ビキニトップを胸に着けたいんだ。ふ〜ん、葉月君て、そんな子だったんだ」
 なおも訴えかける葉月の耳元に唇を寄せて、薫はねっとりしたした口調で囁きかけた。
「そ、そんな……」
 弱々しくそう言ったきり、葉月は押し黙ってしまう。
 それに対して薫は、葉月のしょげ返りようを面白そうにしばらく眺めてから、
「いいわ、葉月がおねだりするんだったら、お姉ちゃんたちにみたいにしてあげる。さ、どんなふうに可愛らしくおねだりしてくれるのかな、葉月は」
と勿体ぶって言いながら、手提げ袋からフレアビキニのトップスを取り出して、葉月の目の前に差し出した。
「は、葉月、雅美お姉ちゃんみたいな可愛い水着がいい。葉月、お、おもらししちゃうから下は水遊びパンツだけど、上は可愛い水着がいいの。お願い、ママ。葉月、幼稚園のお姉さんだから、お胸が裸なんて恥ずかしいの」
 葉月は頬を赤く染めてしばらく逡巡したが、膨らみかけの胸に時おり突き刺さる伸也の視線が痛くて、つい『おねだり』してしまう。
「いいわ。可愛らしくおねだりできたご褒美に、このビキニトップを着させてあげる」
 薫はすっと目を細めて言い、もういちど葉月の耳元に囁きかけた。
「ビキニトップを着けたがるなんて、すっかり女の子ね。もう葉月は『葉月君』なんかじゃない。葉月は、年少さんのお姉ちゃんみたいな可愛いビキニトップをおねだりする特別年少さんの女の子の『葉月ちゃん』なのよ。いいわね?」
 葉月にできるのは、弱々しく頷いて、薫の手で可愛らしいビキニトップを着けてもらうことだけだった。
「ほら、雅美お姉ちゃんにプールへ連れて行ってもらいなさい」
 薫は、厚手の水遊びパンツの上から葉月のお尻をぽんと叩いた。
「早く行こう、葉月ちゃん!」
 雅美が声を弾ませ、葉月の手を引いて駆け出した。
 筋力が衰えている葉月は手を引かれるまま、上はフレアビキニのトップス、下は厚手の水遊びパンツという、いささかちぐはぐな、けれど見ようによってはひどく倒錯的でなまめかしい水着姿で雅美に付き従うことしかできなかった――。

               *

「――というような経緯でね、連れて行ってもらったプールの中でもいろいろ恥ずかしい目に遭って、逃げるようにしてプールサイドに上がったんだけど、その途端に足を滑らせて尻餅をついちゃって、そこへ心配した伸也君が駆けつけてくれたものの、よほど慌てていたんでしょうね、伸也君も足が濡れたままだったせいで、葉月のすぐ側でうつ伏せに倒れちゃって、たまたま手の先に葉月の胸があったのよ。それで、偶然とはいえ、葉月ったら、伸也君におっぱいを揉まれるみたいな格好になっちゃって、葉月は泣き出しそうになるし、伸也君はおろおろするばかりだしで、大変だったのよ」
 葉月にとって初めての特別保育の終了時刻を迎え、他の教職員に見送られて駐車場をあとにした車の中で助手席の薫が、皐月が園長室に向かった後の出来事をくすくす笑いながら話して聞かせると、
「へーえ、なかなか面白そうなことがあったんだね。で、その後はどうなったの?」
と、運転している皐月が興味深げに先を促した。
「おろおろしながらなんとか立ち上がった伸也君なんだけど、余計に慌てちゃったみたいで、また足を滑らせて、今度は、手はプールサイドの床についたものの、伸也君の顔と葉月の顔が近づいちゃってね、なんていうか、その、二人の唇が触れ合っちゃうっていうか、つまり要するに、キスしちゃったのよ、簡単に言えば」
 最後の方は言葉を選びながら、薫はくすくす笑いのまま言った。
「要するに、プールサイドでファーストキスを経験しちゃったわけだね、伸也君と葉月が」
 こちらもくすっと笑って、皐月は、いろいろな出来事のせいで心身共に疲れきって後部座席で眠りこけている葉月の様子をルームミラー越しに見やった。
「胸を触られて泣きそうになっていた葉月はとうとう大声で泣き出しちゃうし、伸也君はどうしていいかわからなくなって硬直しちゃうし、他の女の子たちは黄色い声で囃し立てるし、それこそ大騒ぎになっちゃってね」
 薫はそこまで言ってくすくす笑うのをやめ、優しい笑顔で続けた。
「だけど、その時の二人、実は満更でもなさそうな様子だったのよ。伸也君は真っ赤な顔しちゃって、でも、照れくさそうな、うっとりしたような表情も浮かべていたし、葉月は『伸也お兄ちゃんのばか、けだもの、ろりこん、へんたい!』とか泣き喚いているくせに、後で、キスされた唇に自分の人差指の先を押し当てて、その指先をじっと見つめていたりでね」
 それから薫は、今度は神妙な面持ちで更に続けて言った。
「葉月、私たちが想定していたよりも、かなり早く気持ちが女の子になっちゃいそうよ。幼稚園に入ったばかりの、まだおむつ離れできない小っちゃな女の子に」
「それじゃ、『救済』も、思っていたよりも早くなるね。これから忙しくなるけど、大丈夫かい?」
 薫の言葉に、こちらも神妙な面持ちになって皐月が応じた。
「ええ、私は大丈夫。パパの方こそ大丈夫なの?」
 薫は神妙な顔つきのまま、少し気遣わしげに言った。
「もちろん、大丈夫だよ。どんなことがあってもママと葉月を守ってみせるから、安心していてよ」
 皐月は、にっと笑ってみせた。
「わかったわ。パパがそう言ってくれるなら、何も心配ないわね」
 薫は運転席に座る皐月の横顔をちらと見て言い、首を僅かに巡らせて後部座席の葉月の寝顔を見ながら、穏やかな表情で続けた。
「うふふ、あどけない寝顔だこと。幼稚園のお姉さんぶっているくせにおむつの外れない小っちゃな女の子の葉月は、いつまでもこのままでいてくれるのかしら。それとも、いつかはおむつ離れして可愛い少女になって、素敵な女性に成長していくのかしら。私は、できればずっと私たちの手元に置いておきたいんだけど、パパは、どっちだと思う?」
「さあ、どうかな。いずれにしても、『救済』も含めて計画が全て終わった後のことだから、今はまだどっちとも答えられないな」
 皐月は少しだけ考えて曖昧に答えた。
「そうね、今はどっちとも言えないわね。でも、もしも女の子として成長していくのなら、伸也君とおつきあいするのかしらね。なんたって、ファーストキスの相手だもの、きっとそうよね。それで、いつか、頬を真っ赤に染める葉月の傍らで伸也君が私たちに『葉月さんを僕にください。きっと幸せにしてみせます』なんて言う日がくるのかしら。私、伸也君だったら許しちゃうかな。あ、でも、パパは許しそうにないわね。娘はパパにとって一番の恋人だそうだから、絶対に許さないわよね、葉月がどんな相手を連れて来ても。パパ、今から『葉月は絶対に嫁になんか出さないぞ!』とか思ってるんじゃないの?」
 薫は穏やかな顔にちょっぴり悪戯っぽい表情を交えて笑った。
「随分と気が早いんだね、ママは。葉月はまだ幼稚園に入ったばかりだっていうのに」
 わざと呆れたように言って、皐月は大げさに肩をすくめてみせた。
 女の子がいる家庭なら、ほぼ例外なく交わされる、夫婦の『お約束』の会話。
 そんな会話を交わしながら、いつしか薫は、これ以上ないくらい真剣な顔つきになっていた。
「私は長い間、こんな会話に憧れていたの。こんな、どこの夫婦でも交わしていそうな、本当にありふれた、何気ない会話を交わすことができる家族というものに憧れていたの。自分には到底かなわない望みだとわかっていても、でも、どうしても諦めきれなくて、ずっとずっと憧れていたの。――今、その願いがようやくかないそうになっているのよ。私はこの生活を絶対に守ってみせる。この平穏な時間を、どんなことがあっても壊させない。そのためには何でもしてみせる。さっき、『どんなことがあってもママと葉月を守ってみせる』ってパパは言ってくれた。でも、私の方こそ守ってみせる。この、なんでもない、特別なことなんて微塵もない平穏な日常を一緒に過ごしてくれる『家族』を絶対に守ってみせる」
 真っ直ぐ前方をみつめて、薫は、怖いほどに真剣な顔で言った。
「そうだね、この幸せな時間を誰にも壊させないように頑張らないとね」
 皐月も薫に合わせて真剣な顔で言った。
 だが次の瞬間、ふっと表情を緩め、穏やかな声でこんなふうに続けて言った。
「でも、そんなに張り詰めた気持ちのままじゃ長く保たないよ。それに、いつもそんな顔じゃ、『ママ、怖い』って葉月に嫌われちゃうよ。それでもいいのかい?」
「あ、いっけなぁい。そうね、葉月に嫌われるのだけは絶対に避けなきゃね」
 皐月に指摘されてはっと我に返った薫は、わざとおどけた様子で言って表情を緩め、すっと息を這い込むと、努めて明るい声で続けた。
「今夜は親子水入らず、『川の字』で寝たいんだけど、いいでしょう? ベッドが少し狭くなるけど、可愛い娘が幼稚園に入園した記念の日だから、いいわよね?」
 ちょっと聞いただけでは皐月に許可を求めるようにも聞こえるが、その実、いやも応もない口調で薫は言った。
「いいよ、わかった」
 皐月は苦笑交じりに頷くしかなかった。
 本当なら薫は自分よりも四つ年下の後輩というよりも、部下だ。それがいつしか、生活の全般を薫が取り仕切るようになっている。『夫婦』というのはどこの家庭でもこんなものなんだろうな。無言でそう呟きながら、皐月はもういちど苦笑交じりに小さく頷いた。
「じゃ、家に着いたら真っ先に葉月をナイティに着替えさせて私たちのベッドに寝かせるから、手伝ってね。いろいろあった気疲れで葉月はぐっすりおやすみ中だし、もう朝まで目をさまさないと思うから、そのまま寝かせておくことにするわ。ただ、夜中にお腹を空かせちゃ可哀想だから、三人で川の字で寝ている間におっぱいをあげておくわね。ぐっすり眠りこけている最中でも私のおっぱいにむしゃぶりついて乳首を吸ってくれるような甘えん坊さんなのが、こういう時には、無理に飲ませなくても済むから助かるわ」
 後部座席で眠りこけている葉月のあどけない寝顔にもういちど視線を向けて、薫は満足そうに目を細めた。

               *

 幼稚園で葉月が汚してしまったショーツやおむつを洗濯して乾燥器にかけ、軽い夕食を摂って入浴を済ませて、薫は葉月の隣に横たわった。
 葉月の体を挟んで向こう側には皐月が横になっている。
 薫は、ショート丈のネグリジェに着替えさせた葉月の胸元をよだれかけで覆ってから、自分が着ているマタニティパジャマの胸元を開き、あらわになった授乳用ブラのカップを開いた。
 と、気配を察したのか、匂いでわかるのか、葉月が微かに唇を動かした。
「葉月ったら、本当におっぱいが好きなんだから」
 薫はくすっと笑って葉月の頭の下に手を差し入れて腕枕にし、綺麗なピンク色の乳首を葉月の口にふくませた。




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