偽りの保育園児



               【四】

 園長の指先が優雅に動くと同時にボタンが外され、微かな音をたててジッパーが引きおろされる。
 頭半分ほど背の高い皐月に背後から抱きすくめられ体の自由を奪われた葉月には、その場から逃れる術はない。
 きちんと折り目のついていたスラックスがシワまみれになってぱさっと落ち、葉月の足首に絡みつく。
「あら、葉月ちゃん、トランクスだったのね。可愛いお顔してるから、てっきりブリーフだと思っていたのに、ちょっと予想外だこと。さ、ズボンの後は、そのトランクスを脱ぎ脱ぎしましょうね。大きなお兄ちゃんが穿くトランクスなんて、可愛い葉月ちゃんにはちっとも似合わないんだから。大人のトランクスなんてバイバイしちゃって、可愛いアニメのパンツを穿こうね。ほら、シナモロールのパンツよ。それとも、葉月ちゃんはキティちゃんの方が好きかな」
 スラックスを引きおろした園長は、その下から現れたトランクスを目にするとひょいと肩をすくめ、皐月が執務机の横に置いた紙袋を手元に引き寄せて右手を無造作に突っ込み、しばらく中の様子を探ってから、バックプリントが愛くるしい女児用のショーツを二枚まとめてつかみ上げ、それを葉月の目の前に突きつけた。
「そんな……下着もだなんて、そんな……」
 綿とポリエステルの混紡だろう、見るからに柔らかくて吸水性の良さそうな純白の生地でできていて、ウエストと股ぐりのゴムのせいで、ぽんと床に投げ出せばくしゅくしゅ丸まってアニメキャラのバックプリントが隠れてしまいそうな児用ショーツ。そんな恥ずかしい下着を目の前に突きつけられて、葉月は、あえかな呻き声を漏らしてしまう。
「そんな、じゃありませんよ。ピンクのセーラーワンピースを着ている可愛らしい女の子がその下におっきなお兄ちゃんが穿く男物のパンツを穿いていたりしたら、その方がよっぽどおかしいでしょ? 制服のスカートが風で捲れちゃって、下のパンツが見えたらどうするつもり? 葉月ちゃんが本当は男の子だって知っているのは私たちや遠藤先生と他の先生方だけで、子供たちには葉月ちゃんのこと、体は大きいけど事情があってもういちど保育園からやり直すことになった女の子だって説明するつもりなのよ。なのに、スカートの下から男物のトランクスが見えちゃったりしたら、子供たちだって変に思って、葉月ちゃんの正体をあれこれ詮索するかもしれないわね。そしたら、本当は大学生のお兄ちゃんが保育園の女の子の格好をしてるんだってことがばれちゃうかもしれない。それでもいいの? ――葉月ちゃんはお利口さんだから、スカートが風で捲れ上がらないように注意するかもしれないわね。でも、困ったことに、うちの保育園で預かっている男の子は腕白揃いで、すぐにスカートめくりなんかして女の子を泣かしたりしてるのよ。ほんと、困ったことよね?」
 口ではわざとらしく困った困ったと繰り返しつつも、その実まるで困ったふうもなく、手にしたショーツをひらひら振ってみせながら、園長は唇の端を吊り上げてにっと笑った。
「でも、でも……」
 葉月は声を震わせて身をよじるのだが、皐月の手に阻まれて、その場から逃げ出すことはかなわない。
「だから、ほら、ちゃんと女の子のパンツに穿き替えようね。葉月ちゃん、シナモロールとキティちゃん、どっちがいい? 好きな方を穿かせてあげるから先生に教えてちょうだい」
 園長は、右手で二枚まとめてつかみ持っていたショーツを左右の手に一枚ずつ持ち直し、これまで以上に葉月の顔に近づけた。
「……」
 どちらがいいか決めなさいと言われて、けれど、選べるわけもない。
「そう。葉月ちゃん、どっちも大好きだから、どっちがいいか、すぐには決められないのね。じゃ、いいわ。先生が選んであげるから、残りは、お風呂上がりの時にでも御崎先生に穿かせてもらいなさい。――うーんと、最初はこっちがいいかな」
 葉月が押し黙ってしまった真意をわざと取り違えてみせ、園長は少し考えるふりをしてから、シナモロールのバックプリントが付いたショーツをさっと振り上げた。
「よかったね、葉月ちゃん、園長先生に選んでもらえて。じゃ、最初はシナモロールのパンツね。でもって、お家に帰って、おねむの前にお風呂に入って、その時にキティちゃんのパンツを穿かせてあげるわね。今は夏だから、葉月ちゃん、びっしょり汗をかいて、せっかく園長先生に穿かせてもらったシナモロールのパンツを濡らしちゃうに決まってる。だから、お風呂上がりには新しいパンツにしないとね」
 葉月の両手を抑えつけたままの姿勢で、園長が持っている女児用ショーツと葉月の秘部を覆い隠しているトランクスとを二度三度と見比べながら、皐月が笑いを含んだ声で言った。
「じゃ、お兄ちゃんのパンツを脱ぎ脱ぎしようね。大好きなシナモンロールのパンツを穿けるんだもの、葉月ちゃん、おとなしくしてられるよね」
 皐月が執務机の上に置いたセーラーワンピの上に二枚の女児用ショーツをそっと重ね置いて、園長が葉月のトランクスに指をかけた。そうして、葉月の口を衝いて出る
「やめて! パンツ、僕のパンツを脱がしちゃやだってば!」
という悲鳴じみた哀願の声などまるで聞こえぬかのように、そのまま、さっと引き下げてしまう。

 それまで葉月の下腹部を覆っていたトランクスは、園長の手の動きに合わせ、あっという間に膝の下まで引きおろされた。
 と同時に、園長の口から、くすっという笑い声が漏れ聞こえる。
「葉月ちゃん、お顔だけじゃなくて、こっちの方も随分と可愛らしいのね。やっぱり、トランクスからお子ちゃまパンツに穿き替えさせてあげた方がお似合いね、これじゃ」
「ほんと、園長先生のおっしゃる通りね。顔は童顔だし、無駄な体毛は生えてないし、その上、ここも子供の頃とちっとも変わってないなんて。これが大学生の体だなんて、実際にこの目で見ても信じられないくらい」
 あらわになった葉月の下腹部を無遠慮に眺め回しながら笑い声を漏らす園長に、皐月がわざとのような溜息混じりの声で同意した。
 葉月が小学校の四年生になるまで、皐月が葉月をお風呂に入れていた。さすがにそれ以後は葉月が恥ずかしがるようになったせいで一緒に入浴することもなくなったため下腹部を目にすることはなかったものの、久しぶりに直視した葉月の股間は、最後に一緒に入浴した時と比べて、殆ど成長していなかった。
 皐月の手で自由を奪われ園長の手でトランクスを引きおろされたことに起因する怯えのせいで股間で小さく縮こまってしまっているペニスは、極端に貧相というほどではないにせよ、同年代の青年のそれと比較して一回りほどは小さく見えるし、その上、小学校の頃と変わらず、皮をかぶったままだ。下腹部の肉づきも、青年らしく腹筋が発達しているわけではなく、平均よりも張り気味の腰骨と凹み加減のお腹まわりのせいで、少年というよりも少女めいた印象が強い。ただ、小学校の頃と違って下腹部には飾り毛が生えてはいる。生えてはいるのだが、けれど、それにしたところが、黒い茂みと言うにはほど遠く、どうにかすると産毛と見紛うほどの短く細い毛が、ほんのお情けみたいに、まばらに生えているだけだ。
 久しぶりに目にする可愛い弟の股間をもっとよく見ようとしてか、皐月が更に前かがみになった。同時に、葉月の体の動きを封じている力が一瞬ふっと緩む。
 普段は優柔不断で何事にも決断の遅い葉月だが、この時ばかりは違った。皐月の両手から力が抜けるのを感じ取った葉月は、日ごろからは考えられないほど俊敏な動きをみせて身をよじり、かろうじてながら、いましめを解くことに成功したのだ。
「あ!」
「駄目よ、葉月ちゃん!」
 皐月と園長の声が重なった。
 その直後、葉月がたっと駆け出す。
 駆け出した葉月はそのままドアに向かって走り去る。……走り去るつもりだったが、必死の思いの脱出劇は、あっけないくらい簡単に幕を閉じてしまう。
 足首に絡みついたスラックスと、膝の下まで引きおろされたトランクスとに両脚の自由を奪われ、二歩も進まぬうちに、葉月は大きな音を立てて床に尻餅をついてしまったのだ。毛足の長い絨毯のおかげでさほど痛みは感じなかったものの、裸に剥かれた股間をさらして床に尻をつく自分の惨めな姿に、葉月の胸が言いようのない屈辱と羞恥に満たされる。

「おとなしくしてなさいって言ったのに、葉月ちゃんたら、先生の言いつけも守れない聞き分けの悪い子だったのね。でも、考えてみたら、葉月ちゃんはまだあんよも上手にできないほど小っちゃな子だもの、おとなしくしてられないのも仕方ないかな」
 一瞬は驚きの声をあげた園長だが、葉月が床に尻餅をつき膝を立て気味にして両脚をだらしなく広げ、のろのろと顔を上げる様子を見て取ると、薄笑いを浮かべて揶揄するように言った。
 それに対して、皐月が大げさに頷いてみせ、こちらもやはり少しからかい気味の口調で言う。
「園長先生のおっしゃる通りね。葉月ちゃん、まだあんよも上手にできない小っちゃな子供だったんだよね。そんな小っちゃな子なのに恥ずかしい所にいやらしい毛が生えてるなんて、どう考えても変なんじゃないかなぁ。いくら薄くても、小っちゃな子供のあそこに毛が生えてるなんておかしいよ。他の子供たちに見らてからかわれちゃうかもしれないから、ちゃんとしてあげないと葉月ちゃんが可哀想ね。いいわ、先生がちゃんとしてあげる。葉月ちゃんのあそこ、小っちゃな女の子の葉月ちゃんのお似合いになるよう、つるつるのすべすべにしてあげる」
 トランクスとスラックスに足を取られて尻餅をついてしまったことを口実に、園長も皐月も、ますます葉月のことを子供扱いしてやまない。
(こんなことだったら下手に逃げようとしなけりゃよかったかもしれない)葉月は思わず下唇を噛みしめたが、大学生の男の子の身で女児用のショーツを穿かされそうになったのだから、おとなしくしていろというのが無理な話だ。
「じゃ、園長先生、ちょっと準備してきますから、葉月ちゃんが勝手なことしないよう見張っていていただけますか。どうせ逃げ出すことなんてできないに決まってるけど、それでも懲りずに勝手に駆けまわってまた転んじゃったりしたら葉月ちゃんが可哀想ですから。それに、足をもつれさせてころんした拍子に応接セットでお顔を怪我でもしたら大変ですし。葉月ちゃん、可愛いお顔をしているくせに、男の子みたいに元気に駆けまわるのが大好きみたいだから、心配で心配で」
 皐月は、いかにも聞き分けの良くないお転婆な女の子が勝手なことをして怪我でもしやしないかと案ずる保育士そのまま園長に向かって言い、くるりと踵を返して廊下に歩み出た。



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