偽りの保育園児



               【五】

 しばらくして園長室に戻ってきた皐月は、プラスチック製の小ぶりの洗面器や陶器のソープカップと、柔らかそうなソープブラシ、吸水性の良さそうなフェイスタオルに加え、どきどきするような鋭い刃の付いた剃刀、それに、長さ1メートル弱くらいの厚手の布地といった様々な物を両手に抱え持っていた。
「ま、まさか……冗談だよね? 冗談なんでしょ、姉さん!?」
 園長室を出て行く前に皐月が口にした言葉と、今、皐月が両手に抱えて持っいる道具。それ等を考え合わせれば、皐月が何の準備をするために園長室をあとにしたのかは容易に想像がつく。葉月は、スラックスに足首を絡み取られ膝下にトランクスをまとわりつかせて、お尻を床にぺたんと落とし、両手を床について上半身だけを起こした姿勢で弱々しく首を振った。
「ほら、また、姉さんだなんて言ってる。園長先生から注意された筈よ、私のことは御崎先生って呼ばなきゃいけないって」
 皐月はひょいと肩をすくめて言い、床に膝をつくと、まるで葉月に見せびらかすようにしながら、抱え持って来た道具を一つ一つ、わざとゆっくり葉月の体のすぐ横に並べていった。
「さ、用意はできたし、そろそろ始めようか。葉月ちゃんのあそこ、可愛い女の子パンツが似合うよう綺麗綺麗してあげる。――あっと、でも、その前に、絨毯が汚れないようにしとかないといけないね」
 並べ終えた道具を更に一つずつ丁寧に指差し確認をしてから、皐月は、改めて気づいたかのように、丸めて持ってきた厚手の生地をさっと広げ、こちらもわざと丁寧な動作でぽんぽんと叩いてシワをとった。
「ああ、これ? これは、おねしょシーツよ。うちで預かっている子でも、年少さんとか年中さんとかだとまだおねしょの治らない子がいるから、お昼寝の時に敷布団の上に敷いているの。葉月ちゃんのあそこを綺麗綺麗する時も、これを敷いとけば、石鹸やいやらしい毛やらで絨毯を汚さなくてすむからね。まだあんよも上手にできない小っちゃな葉月ちゃんのお尻の下に敷くのに、これほどお似合いの物は他にないわよね」
 顔に怯えの色を浮かべつつこちらの様子をちらちら窺っている葉月の視線に気づいた皐月は、何度も繰り返しおねしょで汚れて幾ら洗濯しても落ちなくなってしまったおねしょシーツの上の薄いシミを指差してくすりと笑った。
「冗談なんでしょ? そんなの、冗談に決まってるよね?」
 他の言葉などまるで思い浮かばない。葉月は、惚けたように同じ言葉を何度も繰り返すばかりだ。
「ううん、冗談なんかじゃないわよ。だって、葉月ちゃんは遠藤先生に面倒をみてもらわなきゃ何もできない小っちゃな女の子になるんだもの。お転婆なくせにすぐにころんしちゃう、まだあんよも満足にできない小っちゃな子に。そんな女の子のあそこはつるつるじゃなきゃおかしいもの、御崎先生にちゃんとしてもらうのよ」
 葉月の懇願などまるで無視してソープカップのシャボンをブラシで泡立て始めた皐月に代わって、葉月の足元に左右の膝をついた園長がなだめるように言った。
「違う。僕、女の子じゃない。僕、あんよもできない小っちゃな女の子なんかじゃ……」「だから、何度も言ってるけど、自分のことは僕じゃないでしょ? ついさっき、御崎先生のことを姉さんって呼んで叱られたばかりじゃなかったけった? あんよもできない小っちゃい子なんかじゃないって言うけど、こんなに物憶えが悪いんじゃ、葉月ちゃんのことをおっきなお兄ちゃんだって思ってくれる人なんて誰もいないんじゃないかな」
 やれやれとでもいうような口調で園長にそう言われると、葉月は途中で言葉を飲み込むしかなかった。
「そう、それでいいのよ。さ、御崎先生がシャボンの用意をしている間に、葉月ちゃんも恥ずかしい所を綺麗にしてもらう準備をしちゃおうね」
 唇を微かに「へ」の時に曲げる葉月に向かって園長はさもおかしそうに言い、葉月の足首を絡め取っているスラックスに手を伸ばした。
 思わず葉月は床についた両手に力を入れて後ずさりしかけるのだが、園長の手で足首をつかまれてしまっては、それもかなわない。
「聞き分けのないお転婆さんだと、ボーイフレンドもできなくなっちゃうわよ、葉月ちゃん。ひばり保育園には格好いいお兄ちゃんたちがたくさんいて、可愛い葉月ちゃんならすぐにボーイフレンドができると思うけど、お転婆が過ぎると、男の子が一人も寄ってきてくれなくなっちゃうのよ。そんなの、寂しいよね。だから、お利口さんでいようね。――はい、じっとしててちょうだい。次はパンツだからね」
 園長はもうすっかり葉月のことを保育園の新入園時だと決めてかかったかのように言いながらスラックスを足首から自分の手元にたぐり寄せると、続いて、膝の下に引っかかっているトランクスも手早く脱がせた。
 これで、葉月が身に着けているのは、地味なグレイの靴下だけになってしまう。
「はい、いい子ちゃんね。お利口さんだから、そのままじっとしているのよ」
 剥ぎ取ったスラックスとトランクスを部屋の隅に無造作に放り投げた園長は、葉月の両方の足首を一つにまとめて右手でつかむと、そのまま高々と差し上げた。
 それまで床に両手をついて上半身だけは起こしていた葉月だが、園長の手で力まかせに両脚の足首を差し上げられたせいで、たまらず、肩を床につけて仰向けに寝そべった姿にさせられてしまう。しかも園長はまるで遠慮なしにますます右手を高く差し上げるものだから、とうとう最後には、赤ん坊がおむつを取り替えてもらう時そのままの姿勢を強要される羽目になった。
 屈辱に耐えきれず、ぎゅっと瞼を閉じる葉月。

 だが、次の瞬間、閉じた筈の瞼が、はっと大きく見開いた。お尻から伝わってくる、これまで経験したことのない感触のせいだ。
 しばらく逡巡してから、葉月は微かに首を曲げ、思わず開けてしまった目を自分の下半身に向けた。
 大きな瞳に映ったのは、空いた方の手でおねしょシーツをお尻の下に敷き込んでいる園長の姿だった。そう、園長は、右手で葉月の足首を高々と差し上げたまま、左手でおねしょシーツを葉月のお尻の下に敷き込み、シワを取って乱れを整えていたのだ。
 お尻から伝わってくるのは、おねしょシーツの表面の妙にすべすべした防水生地の感触に違いない。物心ついてからは一度も味わったことのない、奇妙な懐かしさと胸をこがしてやまない羞恥とが混じり合った、他に例えようのない甘酸っぱい屈辱感に満ちた肌触り。
「あ……」
 おねしょシーツの防水生地のいいようのない柔らかな感触に、呻き声とも喘ぎ声ともつかぬ熱い吐息が葉月の口から漏れる。
「気持ちいいのね? おねしょシーツの肌触りがとっても気持ちいいんでしょ、葉月ちゃん?」
 あえかな喘ぎ声を耳にした園長は、おねしょシーツの乱れを整え終え、葉月の足を床におろしながら、ぞくぞくするような甘い声で囁きかけた。
「そ、そんな……おねしょシーツの感触が気持ちいいだなんて、そんな……」
 園長の囁き声に、葉月は激しく首を振った。肩に届くか届かないかの髪が絨毯にこすれて、はらりと頬にかかる。
「そう? 気持ちよくないの? ――ま、いいわ。葉月ちゃんがそう言うなら、今はそういうことにしておいてあげる。でも、いつか、本当の気持ちを口にすることになるのよ、葉月ちゃんは。きっと、近いうちにね」
 園長は含み笑いを漏らしてそう言い、傍らでシャボンを泡立てている皐月に向かって目配せをした。
 それに対して皐月もそっと目配せを返すと、葉月の下腹部のすぐ横に場所を移して、きめの細かい泡をたっぷり含んだソープブラシをこれ見よがしに持ち上げた。
「ん……」
 皐月がソープブラシを下腹部に押し当てると同時に、葉月の形のいい唇から再び熱い吐息が漏れる。



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