偽りの保育園児



               【六】

 飾り毛をすっかり剃り落とされ、幼い女の子が好んで履きそうなソックスを身に着けさせられた葉月の姿に満足そうな表情を浮かべて、園長がおもむろに立ち上がった。
「ちょっと準備する物があるから、その間に葉月ちゃんがむずがらないよう気をつけていてね」
 葉月がむずがらないよう気をつけてね。立ち上がりながら優しげな声でそんなふうに言った園長だが、実のところ、葉月が逃げ出さないようしっかり見張っていなさいよと命じているのは明らかだ。
 承知しました、園長先生。そういう皐月の言葉を背にして、園長は、部屋の一角に置いてある冷蔵庫の前に歩み寄った。来客用のオシボリや冷たい飲み物を用意するための冷蔵庫だが、庫内の奥まった場所には、人目を避けるようにして茶色の小さな薬瓶が収まっていた。
 園長は薬瓶を取り出すと、ラベルに記載された文章に目を通し、ひとり納得して頷くと、さも大切な物を扱うように薬瓶を両手に包み込んで葉月のかたわらに戻ってきた。

「それ、何のお薬なんですか?」
 園長が戻ってくるのを待ちかねて、興味津々といった態で皐月が尋ねた。だが、その瓶に入っている薬品の正体を前もって知ってでもいるかのような様子なのは否めない。
「これはね、高校時代の同級生で今は形成外科のお医者様になってる友達から譲ってもらったお薬なのよ。御崎先生には以前に話したと思うけど、私の高校時代の友達、特に女性陣は独身が多くて、今でも週末とかに大勢で集まってわいわいやっているの。ま、この年になっても独身を貫く人ばかりだから、わりと個性も強いし、ちゃんと自分で稼ぎを持っている人たちの集まりで、いろいろと面白い話題が飛び交って、なかなか飽きないのよ。その常連で、お医者様をしている人からもらったお薬なの」
 園長は、いかにも不安げな表情で聞き耳を立てている葉月の様子をちらちら窺いながら、どこか芝居じみた口調で応じた。
「へーえ、形成外科の先生から直接いただいたお薬なんですね。それで、何に効くんですか?」
 皐月が重ねて尋ねた。
「効くっていうか、手術とか怪我とかの傷口をくっつけちゃう接着剤みたいなものなのよ。近ごろの手術は、二週間ほどで体に吸収されちゃって抜糸しなくてもいい糸とか、ホチキスみたいな感じで傷口を留めちゃう金具とか、いろいろ新しい技術が使われているそうだけど、このお薬もそういうのの一つで、人間の体にまるで害のない有機系の材料でできた接着剤みたいなものなんですって。それほど大きくない傷だと、わざわざ縫ったり金具で留めたりしくなても、傷口にこのお薬を塗って、その上から包帯で固定しておけばそれで何日か経てば治るんだそうよ」
 園長は瓶の蓋をきゅっと回して開け、空いた蓋をそろりと瓶の上に持ち上げた。蓋の内側には細い刷毛のような物が付いていて、園長が蓋をもう少し高く持ち上げると、刷毛の先から透明の薬剤が瓶の中にとろりと滴り落ちた。
「でも、それを葉月ちゃんのここにどんなふうに使うんですか? 葉月ちゃん、どこも怪我なんてしてなさそうですけど」
 皐月はわざと不思議そうな表情を浮かべて、薬瓶と葉月の顔とを見比べた。
 不意に何かを察したのか、葉月の顔一面に怯えの色が浮かぶ。
「怪我用の接着剤だっていっても、怪我以外にも使えるのよ。例えば、こんなふうに」
 園長は薬瓶の蓋を閉じ、そっと床の上に置くと、おねしょシーツをお尻の下に敷き込んだ時と同様、再び葉月の左右の足首を一つにまとめて持ち、そのまま高々と差し上げた。
 そうして、皐月に向かって
「御崎先生、私がしているように、葉月ちゃんの足首を持ち上げていてちょうだい。御崎先生に足首を持ち上げてもらっている間に、薬の使い方を実際に説明してあげるから」
と言って、自分が差し上げている葉月の足首を代わりに支えているよう指示を出す。
「ま、待って。園長先生、ちょっと待ってください!」
 足首を高々と差し上げられ、腰から下が宙に浮いた姿勢を取らされたせいで、上半身、特に肩胛骨のあたりから肩、首筋を床に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった状態で、それでも、自分の身に降りかかろうとしている異様な事態の気配に、葉月は悲鳴じみた声をあげた。
 けれど、園長はそしらぬ顔だ。葉月の足首を皐月に手渡した後、自分は葉月のお尻を正面から覗き込める場所に移り、葉月の両脚の間を掻き分けるようにして右手を前に伸ばすと、体の前でだらんとだらしなく垂れ下がっているペニスと陰嚢をつかみ上げて、陰嚢の付け根のあたりを両手で入念にまさぐり、なにやら位置を確認したかと思うと、軽く頷いて、片方の陰嚢の皮膚を引っ張るようにして体の中に押し込んでしまった。
 最初は少し手こずっていたみたいだが、片方の陰嚢が葉月の下腹部の皮膚にすっぽり隠れて見えなくなるまで押し込み、更にもう片方の陰嚢に対して同じ処置をする頃にはすっかり慣れてきたのか、今度は最初の陰嚢の三分の二ほどの時間で、やはり同じように下腹部の皮膚のたるみの中に押し込むことに成功した。
 続けて園長は、すっかり萎え縮こまってしまっているペニスをそっと反らせ、そのまま後ろ向けに折り曲げると、皮膚の下に押し込んだ陰嚢に蓋をするみたいな感じで、先がお尻の方を向くように押さえつけて固定してしまった。
「これも形成外科のお医者様になった友達から教えてもらった方法でね、男性の股間を擬似的に女性の股間みたいに見せるやり方なのよ。完全な性転換手術を受けるのはどうしても躊躇われる人に緊急措置的に用いられることもある方法らしいんだけど、体質的にやりやすい人とやりにくい人がいるんだって。私も説明を聞いただけで実際に試してみたのはこれが初めてだけど、それでもちゃんとできたところをみると、葉月ちゃん、体質的にこのやり方を受け入れやすいんでしょうね。こういうの、『タック』っていうんだそうよ」
 葉月の足首を皐月に手渡してから、七〜八分しか経っていないだろう。初めて試す『タック』という措置を短い時間で成功させた満足感に瞳を妖しく輝かせ、園長は声を弾ませた。
 だが、それで終わったわけではない。園長がペニスを押さえつけている指を離せば、ペニスも陰嚢も元通りになってしまうのは言うまでもない。
「そこで、このお薬の出番なのよ。このお薬、傷口をくっつけるだけじゃなくて、皮膚と皮膚とをくっつける力も強いんだそうよ。だから、こんなふうにして――」
 園長は左手の指で葉月のペニスを後ろ向けで下腹部に押しつけたまま、軽く閉めていた薬瓶の蓋を右手だけで開け、余分な薬剤を瓶の中に振り落としてから、刷毛の付いた蓋をそろりと持ち上げて
「余分な所にお薬が付いちゃわないよう注意して、おちんちんの皮とお股の皮にちょっと塗ってあげれば――ほら、この通り。これで、おちんちんを押さえている手を離しても大丈夫」
と、皐月にともなく葉月にともなく言って聞かせるように呟きながら、とろりとした薬剤を、皮かぶりのままのペニスの先の皮膚と、ペニスの先から半ほどあたりまでが触れるあたりの下腹部の皮膚とに塗りつけ、そのまま、ペニスをぎゅっと押しつけた。
「このお薬、人間の体温で温まるとすぐ効き目が最大になるのよ。だから、怪我もじきに塞がるってわけね。でも、瓶に入ったお薬だけだと、いくら体温と同じ温度になっても、勝手に固まっちゃうことはないんだそうよ。くっつける皮膚と皮膚との間の目に見えない隙間とか皮膚の表面や怪我口のすごく細かい組織の隙間にしみこんでくっつく力をつくるそうだから、勝手には固まらないんだって。とはいっても、長いこと保管しておくには冷たい所に置いとくのが一番らしいけどね」
 手短に説明しながらしばらく待って、指をどけても葉月のペニスが下腹部の皮膚から離れないことを確認した園長は、薬瓶の蓋をぎゅっと閉じ、葉月の足を自由にするよう皐月に向かって目で合図を送った。



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