偽りの保育園児



    第五章 〜お出かけ〜

               【一】

「ずいぶん待たせちゃって、本当に申し訳ありません。この子が面倒ばかりかけるものだから、すっかり手間取っちゃって」
 空き地に駐まって待っているバスに再び乗り込んだ皐月は、運転席の水無月に向かってぺこりとを頭を下げてみせ、皐月に手を引かれておぼつかない足取りでようやくバスのステップを昇りきったばかりの葉月の方に振り返った。
 それこそまるで本当の幼児みたいに『この子』と呼ばれた葉月だが、窓ガラスにうっすらと映る自分の姿を目にすると、一言の反論もできなかった。窓ガラスやルームミラーに映っているのは、キャミソールとサンドレスを重ね着して、つばの広い麦わら帽子をかぶった、夏休みの最中のお出かけに心弾ませる少女そのままの姿をした葉月だった。しかも麦わら帽子はお澄ましした感じで少し斜めにかぶるのではなく、強い日差しから真っ白の肌を守るためにまっすぐ目深に、そして、少しくらいの風では飛んでしまわないよう顎紐をしっかり結んだ、いかにも小さな子供がそうするようなかぶり方だった。その上、やや大ぶりのポシェットを肩にかけているのだが、それも、肩紐を右の肩にかけ、ポシェット本体が左の脇腹あたりにくるようにした、通園鞄と同じようなかけ方だから、いっそう幼さが強調されてならない。

「あらあら、すっかりおめかししちゃって。とっても可愛いわよ、葉月ちゃん」
 皐月に手を引かれてバスに乗り込んだ葉月の姿を見るなり、その正体を充分に承知しているくせに、まるで久しぶりに会う幼い孫娘の面影と重ね合わせてでもいるかのように水無月は顔をほころばせた。そうして、じきに心配そうな表情を浮かべ、
「でも、どうしたの? 皐月お姉ちゃまに面倒かけてばっかりだそうだけど、どんなふうにお手間を取らせちゃったの? だけど、ま、葉月ちゃんはまだ小っちゃいんだもの、自分でできないことも多いわよね? 面倒をかけてばっかりだって皐月お姉ちゃまはおかんむりだけど、年少さんの葉月ちゃんにできないことを無理矢理させようとして皐月お姉ちゃまが勝手に怒っいてるだけかもしれないし、何があったのか、おばあちゃまに話してごらんなさい。おばあちゃまが、どっちがいけないのか考えてあげるから」
と、日ごろから園児たちに『水無月のおばちゃん』どころか、最近は『水無月のおばあちゃん』と呼ばれることもあり、それこそ、厳しい母親に叱られる可愛くて仕方のない孫娘を不憫がる祖母さながら、これ以上はないくらい優しく話しかけるのだった。
 そんな水無月の様子に、皐月がくすくす笑いながら応じる。
「やだ、水無月さん。すっかり葉月ちゃんのおばあちゃま気分じゃないですか。このぶんだと、私が葉月ちゃんに自分でできるわけのないことを無理にさせようとした意地悪なお姉ちゃまにされちゃいそう。ああ、こわいこわい」
「だって、仕方ないわよ。孫娘と会える機会なんてあまりないし、たまに会ったと思っても、一泊するだけで帰っちゃうのよ。そんなところへ孫娘によく似た葉月ちゃんのおでましだもの、ついつい甘やかしたくなっちゃうのよ。ここは私のためだと思って、御崎先生には意地悪なお姉ちゃまの役を引き受けてもらえると嬉しいんだけどね。そうしてくれたら、私は優しいおばあちゃまになって葉月ちゃんの味方になってあげられるもの」
 水無月もくすりと笑い冗談めかしてそう言ったのだが、その口調が半ば本気めいて聞こえたのは否めなかった。
「いいですよ、そのくらい、お安いご用です。でも――」
 皐月は笑い顔のまま鷹揚に頷いたが、そのすぐ後、肩をすくめて続けた。
「でも、私は葉月ちゃんに無理なことをさせようとしたわけじゃありませんよ。着替えの途中で葉月ちゃんがナプキンを汚しちゃったから、それを取り替えてあげただけなんです。ただ、葉月ちゃんの場合、なんて言うか、ナプキンを汚しきっちゃうのに時間がかかって、それで遅くなっちゃったんです」
 そんなふうに説明して最後の方は悪戯めいた顔つきになる皐月に向かって、園長室での一連の出来事を事務室に置いてある防犯モニターでつぶさに観察していた水無月は、苦笑交じりの表情を浮かべて軽く頷き返した。
「ああ、そういうことだったの。そう、皐月お姉ちゃまにナプキンを取り替えてもらっていたのね、葉月ちゃんは。じゃ、仕方ないかな。まだ小っちゃな葉月ちゃんに『自分で取り替えなさい』って言ったのなら皐月お姉ちゃまがいけないけど、皐月お姉ちゃまに取り替えてもらって遅くなっちゃったのなら、仕方ないわね」
 葉月がナプキンを使うことがさも当たり前のことのような調子で言葉を交わす二人。
 そんな二人のやり取りに対して、けれど葉月は沈黙を守るしかなかった。いやらしい白いお汁でナプキンをべとべとに汚してしまったのは事実だし、それを理由に、用心のためという名目で、替えのショーツが入ったポシェットに肩にかけさせられているのだ。しかも、マンションの『はづきのおへや』で取り替えられたばかりの真新しいナプキンさえもがもう既に小さなシミになっていた。それは、部屋を出てここへ歩いて来るまでの間、葉月が歩を進めるたびに両脚の内腿にペニスがこすれて、自分の意識とは裏腹に我慢汁がとろりと溢れ出たせいだった。バスをおりてマンションへ向かう時はそんなことはなかったのに、着替えを終えて部屋を出る時には踵の高いサンダルを履かされたため、これまでスニーカーしか履いたことのない葉月はぎくしゃくした歩き方しかできなくなって両脚に余計な力が入ってしまい、そのせいで両脚の間に後ろ向けに固定されたペニスが、脚を動かすたびに撫でさすられて、皐月の手で精液を搾り取られてさほど時間が経っていないというのに、我慢汁をじわじわ溢れ出させてしまったのだ。
 そんな葉月が二人に対して何を反論できるだろう。



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