ママは私だけの校医さん



   《6 お出かけの時は》


 しばらく来ないうちに、電車の窓から見える都心の光景は随分と変化していた。歴史のある建物がいつのまにか姿を消していたり、こじんまりした雑居ビルの周りが有名な店舗の並ぶお洒落なショッピングモールになっていたりと、以前来た時の記憶がまるで役にたたないほどの変わりようだった。
 だが、真衣には、そんな光景の移り変わりに見取れている余裕はなかった。ターミナル駅に併設されている複合商業施設までは、郊外の住宅街にある家からバスと電車を乗り継いで一時間ほど行程だ。家を出る直前にトイレを済ませてきたとはいえ、家から都心までよりも近い高校までの道のりでも途中でトイレへ行かなくて大丈夫か不安になるのが常の真衣だから、電車から駅におり立つと同時にトイレを探してきょろきょろしてしまうのも無理はない。
 なのに、そんな真衣の胸の内も知らぬげに(いや、正確に言うと、真衣の胸の内を手に取るようにお見通しだからこそ)美幸は真衣の手を引いてさっさと歩き出すのだった。

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに急がなくても……」
 真衣は、ずんずん歩いて行く美幸に抗うこともできず、渋々つき従いながら、せめて歩速を緩めてくれるよう懇願するのが精一杯だった。
「何を言ってるの、真衣ちゃん。さっさとお買い物を済ませないと、すぐお昼になっちゃうじゃない。お父様が予約を入れておいてくれたHホテルはショッピングセンターからまだタクシーで大分あるんだから、ほら、急いで」
 美幸は真衣の方をちらと振り向いて言った。
「で、でも……」
 真衣は窮状を訴えようとするのだが、さすがに、大勢の乗降客が行き交うターミナル駅の構内で本当のことを口にするのは躊躇われた。
「わかっているわよ。トイレへ行きたいんでしょ?」
 言葉を濁す真衣の表情を読み取ったかのように美幸が短く言った。
「……」
 図星を指された真衣がますます言葉を失う。
「簡単なことよ。真衣ちゃん、電車をおりる前からそわそわしていたし、ホームにおりた時からきょろきょろしちゃって、あちこちにある表示板に『お手洗い』って書いてあるのを見るたび、何か言いたそうにしていたもの。それに、先週の土曜日、診察室で『通学の時も駅に着くたびに電車からおりたくなるほどトイレが近い』って言っていたじゃない。そのへんのことを考え合わせれば、真衣ちゃんがどうしたいのか推測するのは、そんなに難しいことじゃないわよ」
 こともなげに美幸は言った。それでも、決して立ち止まろうとはしないばかりか、表示板の矢印記号に従ってトイレの方へ行こうとする気配もみせない。
「わ、わかっているんだったら、トイレへ……」
 周囲を行き交う客たちに聞こえないよう、真衣は遠慮がちに訴えかけた。一人りでトイレへ行こうにも、美幸に手首を掴まれているせいでそれもかなわない。
 だが、その声は美幸の耳には届かない。いや、届いているのに、わざと無視している様子がありありだ。その証拠に、美幸はこんなことを真衣に向かって囁き返すのだった。
「あと一時間くらいは我慢できるようにならなきゃ駄目よ。真衣ちゃん、診察室で『学校じゃ休み時間になるたびにトイレへ行っている』とも言っていたわよね。それに対して私は、休憩時間ごとじゃなく、一回おきにして、トイレへ行く回数が半分になるよう頑張ってみなさいってアドバイスした筈よ。もっと我慢する努力をすれば、原因が精神的なものにせよ肉体的なものにせよ、膀胱の機能が高まっておしっこを溜めておける量が増えるんだからって。もちろん、我慢するのは学校の中でだけなんかじゃないわ。いつでもどこでも我慢する習性をつけること。そうしなきゃ、膀胱がおしっこを溜めておける量は、いつまでも限られたままになっちゃう。そんなだったら、赤ちゃん返りの状態からは抜け出せたとしても、膀胱の機能不全が原因で、いつまたおねしょが始まっちゃうか知れたものじゃないわ。ううん、赤ちゃん返りがおさまっても、おねしょは今のままずっと治らないかもしれない。そんなことにならないよう、もう訓練は始まっているのよ。だから、今も、あと一時間くらいは我慢できるよう頑張らなきゃね」
「で、でも……」
 思わず抗弁しかけた真衣だが、それもかなわなかった。美幸が口にする『おねしょ』や『赤ちゃん返り』といった言葉が耳に届いたのだろう、二人と同じ方向に歩いて行く人たちの内の何人かが不思議そうな目で真衣の顔をちらちら覗き見る気配を察したからだ。
 今の真衣には、周囲の人間をやり過ごし、尿意を我慢して美幸につき従うことしかできなかった。




「さ、こんなもんかな。これで、優さんから受け取ったリストの物は揃ったかな」
 ターミナル駅に併設された複合商業施設のワンフロアを占める家電量販店を出たところで、美幸は、レシートに記された商品名と、優から渡されたリストとを一つ一つ丹念に照らし合わせて、ようやく納得したように頷いた。
「……もういいでしょ? 駅に着いてもうすぐ一時間になるんだから、もういいんでしょ?」
 美幸がレシートのチェックを終えるのを待ちわびて、今にも泣き出しそうな声の真衣が言った。
「ああ、そうね。本当はまだ五十分しか経ってないからもう少し我慢してほしいところだけど、最初からは無理よね。いいわ、行ってらっしゃい」
 レシートから目を離した美幸は、真衣の顔と腕時計とを見比べて、エレベーターホールの斜め向かいにあるトイレの表示を指差した。
 ようやくのお許しに真衣はこくんと頷いて、ゆっくり歩き出した。本当は一目散に駆け出したいところだが、もう本当に我慢も限界に近づいているようで、下半身にあまり力を入れられない。

 チンという音が鳴ってこの階にエレベーターが着いたのは、真衣がエレベーターホールを横切りかけた時だった。
 扉が開くと同時に、わっという歓声が聞こえて、新しいゲームを買いにやって来たのだろう、小学生とおぼしき男の子が三人、一団になってエレベーターから走り出た。
 ちょうどそこに真衣が居合わせたからたまらない。周りの様子などまるで気にするふうもなくエレベーターから走り出てきた少年たちと真衣の体がぶつかった瞬間、そろりそろりと歩いていた真衣が少年たちの勢いに負けて、壁の方へ弾きとばされてしまう。
 その様子を見た美幸が
「真衣ちゃん、大丈夫!?」
と叫び声をあげて、たっと駆け出した。
 その間に少年たちは我先に家電量販店の入り口へと走り去ってしまい、真衣の方を振り返ろうともしない。
 弾きとばされた真衣の体は背中を壁にもたせかけるような格好になったおかげで、幸いなことに床に倒れるようなことはなかった。あの勢いで倒れ込み、床に後頭部を打ちつけたりしていたら、まず脳震盪は免れないところだ。
「大丈夫だった? どこか打ったりしてない?」
 壁にもたれた真衣の肩を抱き寄せながら美幸は心配そうに言って、真衣の顔を正面から覗き込んだ。
 その時の真衣は、目が虚ろで瞼が小刻みに震え、唇は何かを求めて半分ほど開き、肩で息をするのが精一杯といった様子だった。
「しっかりしなさい、真衣ちゃん!」
 頭は打っていない筈だと咄嗟に判断した美幸は、真衣の肩を強く揺さぶって大声で名前を呼んだ。
 と、真衣の瞳に精気が戻ってきて、蒼白い色をしていた頬に赤みがさしてくる。
 そうして、どこかとろんとしたような表情。
「せ、先生……!?」
 直後、真衣は自分の目の前にあるのが美幸の顔だということに今更ながら気づいたかのように驚きの声をあげ、両目を大きく見開いたかと思うと、慌てて身を退いた。
 が、背後を壁に阻まれて後ろにさがることはできない。
「真衣ちゃん、あなた、ひょっとして……。いらっしゃい。私について来るのよ」
 真衣の表情の変化と仕草が何を意味しているのか思い当たる節のある美幸は、真衣の手首を強引につかむと、トイレに向かって足早に歩き出した。

 女性用トイレの一室に真衣を連れ込み、扉を閉じた美幸は、家電量販店の袋と自分の大ぶりのバッグを棚に置くのももどかしく、真衣のスカートの裾をさっと捲り上げた。
「いやっ」
 真衣は慌ててスカートの裾を押さえたが、もう遅い。
「まさかとは思ったけど、やっぱりそうだったのね」
 あらわになったショーツのクロッチ部分が濡れそぼり、太腿の内側を水滴が三つ四つ皮膚に沿って伝い落ちている様子を目にして、美幸はふっと溜息をついて言った。
 ショーツの濡れ方と考え合わせれば、太腿を伝い滴っている水滴がおしっこの雫だということは火を見るより明らかだ。
「……さ、さっき、エレベーターから出てきた男の子たちとぶつかったせいで……」
 真衣は言い訳じみた口調で弱々しく応え、涙目で力なく続けた。
「で、でも、すぐに力を入れて、おしっこは途中で止めることができたんだけど、その……」
 真衣はスカートの裾を押さえることは諦め、顔をそむけて口をつぐんだ。
「そう。おもらしはしちゃったけど、全部出ちゃったわけじゃないのね。要するに、ちびっちゃったてことかな」
 スカートの裾を捲り上げたまま、美幸は少し意地悪な口調で確認するように言った。
「……」
「でも、普通、ちびっちゃうっていうのは、パンツにうっすらとシミがつくくらいのことを言うんじゃないかしら。今の真衣ちゃん、それよりもたくさんおしっこが出ちゃったみたいだけど?」
 美幸は尚も意地悪く言った。
 それに対して、いったんは押し黙ってしまった真衣が、今度は唇をぎゅっと噛みしめ、
「……先生がいけないんだ! 私がトイレへ行きたがってるのを知ってるくせに行かせてくれなかった先生がいけないんだ! みんな、みんな、先生のせいなんだからね!」
と金切り声をあげる。
 だが、それも束の間。扉が開く音が聞こえ、隣の個室に誰かが入ってくる気配を察すると途端に弱気な表情に戻り、
「先生がいけないんだから。私、わるくないんだから……」
と、言葉の内容は同じでも、口調や語気が急におとなしくなって、ついさっきの責め立てるような様子がすっかりなりをひそめ、今にもしゃくりあげそうにしてしまうのだった。
 それはまるで、おもらしをみつかった幼い子供が、最初は逆ギレして母親に食ってかかったものの、結局はそれも続かなくなり、その後どうしていいのかわからなくなって泣き出しそうにしてしまう姿さながらだった。
「そうね。真衣ちゃんの言う通り、私がいけなかったのね」
 しゅんとしてしまった真衣に対して、さっきの意地悪な調子が嘘のように、美幸は、これ以上はないくらい優しい声をかけた。
「あ、あの……」
 なんだかんだ言っても、真衣にしても、おもらしをしてしまった自分が一番いけないんだということは痛いほどわかっている。わかっているからこそ、それを認めるのが辛くて感情的になってしまったのだ。そんな時、美幸の方から「そうね、私がいけないのね」と言われると、どう応じていいかわからなくなってしまう。それはちょうど、駄々をこね続ける幼児に向かって母親が「そうよ、××ちゃんはちっともわるくないのよ。いけないのはみんなママなんだから」と言ってあやすのと同じだった。
「ううん、いいのよ、みんな私のせいなんだから。真衣ちゃんは何も悪くないのよ。でも、このままだと、いつまたおもらししちゃうかしれないから、残ったおしっこを今の内に出しちゃおうね」
 戸惑いの表情を浮かべる真衣に向かって、美幸は、優しいというよりも甘ったるいと表現した方がいいような声で囁きかけた。
「う、うん……」
 不意に優しくされたせいでふと生じた心の隙間に美幸の声が染みいり、ついつい頷いてしまう。
「いい子ね、真衣ちゃんは。おねしょは治らないけど、とっても素直でいい子だわ。だから、おもらししちゃう前にちゃんとトイレでおしっこしようね。さ、パンツを脱がせてあげる」
 そんな声にいざなわれるまま半歩だけ歩み寄った真衣のショーツに美幸の指がかかった。
 が、美幸がショーツを引きおろそうとした瞬間、
「いや……」
と真衣が我に返って後ずさる。
「あらあら、どうしたの? ちゃんとトイレでおしっこするんじゃなかったのかな? それとも、濡れたパンツのまま歩きまわって、そのうち残りのおしっこもパンツの中に出しちゃう方がいいの? でも、そうよね。毎晩おねしょでおむつを汚しちゃう真衣ちゃんだもの、トイレよりもパンツにおしっこしちゃうのがお似合いかもね」
 扉を背にしているのは美幸の方だから、真衣が勝手に逃げ出すことはできない。そんな状況の中、美幸は、隣のトイレを使っている客にも聞こえるよう声を大きくして言った。
「だ、駄目……そんな大きな声で言っちゃやだ……」
さっきからずっと涙でうるうるしている真衣の瞳がますます潤む。
「だって、真衣ちゃんが言うことをきかないんだから仕方ないでしょ? 私だって、真衣ちゃんがいい子でいてくれたら大きな声なんて出さずに済むんだから。私は言った筈よ。真衣ちゃんがどう思うかしらないけど、私は真衣ちゃんのことを実の娘だと思って、叱らなきゃいけない時は叱るって。娘を叱るのに、小さな声しか出さない母親なんていないわよ。なんなら、もっと大きな声で叱ってあげてもいいのよ。まったく、いつまでもおむつ離れできない赤ちゃんなんだからって。そんなふうに叱ってから、真衣ちゃんを扉の外に出してあげましょうか? トイレの順番を待っていて私の声が聞こえた人が、扉から出てきた真衣ちゃんを見てどんなふうに思うかな。お洒落な格好をした女子高生なのにおむつ離れできない可哀想な子だと思って不憫がってくれるわね、きっと」
 少しだけ声をひそめて美幸は言った。
「それに、いつまでも濡れたパンツのままいるのは嫌でしょ? しばらく我慢していれば真衣ちゃんの体温でパンツは乾くかもしれないけど、匂いはどうでしょうね。パンツに吸収されたおしっこの匂いって、出てすぐよりも、パンツが乾いた後の方が強いらしいわよ。お洒落なお洋服を着ているくせにおしっこの匂いをさせて駅を歩いたり電車に乗ったりするつもりなのかな、真衣ちゃんは。だいいち、お家の近くで御近所の人におしっこの匂いを気づかれたらどうするのかしら。そんなことになったら、それがきっかけで、おねしょのことも知られちゃうかもしれないわね」
「……」
「こんなこともあるかもしれないと思って、一応、替えの下着を持ってきてあげているのよ。真衣ちゃんが私の言うことをきいてちゃんとおしっこできたら替えの下着と穿き替えさせてあげる。でも、いつまでも駄々をこねるようなら、濡れたパンツのまま外に出てもらうことになるのよ。どっちがいいのかな、真衣ちゃんは?」
 美幸はくすっと笑うと、棚に置いた自分のバッグを指差した。どうやら、不自然とも思える大振りのバッグを持って来ていたのには、そういう理由があるらしい。
「まだ若い頃、子供ができだら自分がどんな母親になるか夢想していたことがあるの。手作りのケーキをつくってあげたり、家族でピクニックに行ったりする光景を想像したりしてね。そんな想像の中に、時々、子供が幼稚園でパンツを濡らしちゃって、先生に新しいパンツと穿き替えさせてもらって、濡れたパンツをビニール袋に入れてお家に持って帰ってくるっていう光景も思い描いたりしていたの。想像の中だけなんだけど、その時の子供、はにかむような恥じらうような、とっても可愛い表情なんかしちゃってね。それで、想像の中の私は、次の日、通園鞄に替えのパンツを入れて子供に持たせているのね、先生へのお詫びの手紙と一緒に。なんだか、そういうのって、ありふれた日常なんだけど、とっても心温まる、絵に描いたような幸せってそういうのなんだろうなって夢想していたの。結局のところは昨夜も話した通り、自分の子供を持つことを諦めちゃったんだけど。でも、優さんと一緒になることになって、真衣ちゃんが私の娘になるってわかって、若い頃に夢想したあの光景がまた頭の中に浮かんできたのよ。おねしょの治らない真衣ちゃんのことだから、ひょっとしたら時々はおもらしもしちゃうかもしれないな。そしたら、お出かけする時は替えのパンツを持たせてあげた方がいいのかな。でも、真衣ちゃん、もう高校生だから、替えのパンツを持たされるなんて恥ずかしがるだろうな。だったら、なるべく私が一緒にお出かけするようにして、私が替えのパンツを持っていてあげればいいのよ、なんてね。自分の子供を持つのは諦めたけど、ううん、諦めたからこそ、真衣ちゃんのことがいとおしくてたまらないの。もう高校生の真衣ちゃんが相手だけど、育児の真似事だけでもできればなぁ、なんてね。うふふ。そうよ、いつまでもおねしょの治らない真衣ちゃんだからこそ、私は真衣ちゃんのことが可愛くてたまらないの。お母様恋しさで赤ちゃん返りしちゃってる真衣ちゃんだからこそ、私にはうってつけの娘なのよ。――さ、こっちへいらっしゃい。パンツを脱がせてあげるから」
 そう言って再び真衣のショーツに手をかけた美幸の瞳は、真衣の瞳が涙でうるうるしているのとはまた違った色合いで妖しく潤んでいた。
「や……」
 真衣は美幸の手を払いのけようとしたが、
「そう、そんなに外へ出たいんだ。私たちの話を聞いているかもしれない人たちが何人もいる外へ、濡れたパンツのまま」
と囁きかけられたが最後、肩を震わせて身を固くするしかなくなってしまう。
「それでいいのよ。聞き分けのいい素直な真衣ちゃんは、そのままおとなしくしていられるものね?」
 真衣がようやく観念したのを見て取った美幸は、唇の端を僅かに吊り上げて艶然と微笑み、ショーツを膝のあたりまでさっと引きおろした。
「さ、これでちゃんとお座りできるわね。スカートを汚さないよう私が裾を持ち上げておいてあげるから、上手にお座りするのよ。それとも、後ろから抱っこしておしっこさせてあげた方がいいかしら」
 美幸は、おしっこに濡れたショーツのクロッチ部分が膝にあたる感触に思わず下唇を噛みしめる真衣の様子を面白そうに見ながら冗談めかして言い、力まかせに真衣の手首を掴んで手前に引いた。
 ショーツが脚に絡まる上、ぐっしょり濡れた生地が肌にまとわりつくため、急に手首を引っ張られた真衣は咄嗟に歩き出すことができず、そのまま真衣の胸元に顔を埋めるようにして倒れそうになってしまう。
「あらあら、真衣ちゃんはとっても甘えん坊さんだったのね。おねむの時は私のおっぱいを吸いながらおねしょしちゃうし、昼間もおしっこをする時におっぱいを吸いたがるなんて。でも、おっぱいはトイレを出てからにしましょうね。順番を待っている人がいるから、おっぱいをあげている時間はないの。真衣ちゃんはいい子だもの、我慢できるよね」
 もたれかかってきた真衣の背中をぽんぽんと叩いて、幼児を諭すように美幸は言った。
「ち、違う……そんなじゃないんだから……」
「いいのよ、恥ずかしがらなくても。真衣ちゃんが甘えてくれて、私はとっても嬉しいのよ。おっぱいをおねだりしてくれて、私は嬉しくてたまらないんだから。でも、その前におしっこよ。さ、あんよが上手じゃない真衣ちゃんは、私がお座りさせてあげるわね。ほら、もう少しだけ後ろに下がって、そうそう、それで、ちょっと脚を開くのよ。うん、とってもお上手よ。ちゃんとお座りできて、真衣ちゃんは本当にお利口さんだわ」
 美幸のなすがまま半ば強引に洋式便器に座らされた真衣は羞恥のあまり顔を真っ赤にして視線を床に落とした。すると、膝頭に引っかかっている自分のショーツがいやでも目に飛び込んでくる。純白の生地で縫製され、ウエストの前方部分に小さなリボンをあしらっただけの清楚なショーツの股ぐりからクロッチにかけての部分が、目を凝らすまでもなくびっしょり濡れているのがわかった。おねしょにまみれたショーツを初めて直視した時に劣らぬ、いいようのない羞恥に胸がざわめく。
「真衣ちゃんがおしっこをしている間に、私がパンツをちゃんと脱がせておいてあげるわね。濡れたパンツがいつまでもお膝に当たっていると気持ちわるいでしょ?」
 真衣が慌ててショーツから目をそらすのと同時に、美幸がすっと膝を折って言った。
 真衣は
「いいです。あとで自分でします」
と目をそらしたまま言うのだが、美幸の方はまるで取り合おうともせず、棚に置いたバッグのポケットから携帯用のソーイングセットを取り出すと、小さなハサミを手にした。
「でも、脱がせる時、おしっこを吸ったところが触れてソックスまで濡らしちゃうといけないから、これで切っちゃおうね。パンツを脱ぐだけなのに、ブーツは仕方ないとしても、わざわざソックスまで脱ぐのは手間だものね」
 美幸がハサミを手にする様子を横目でちらと窺い見て、いいしれぬ不安を抱いた真衣。どうやら、その不吉な予感は的中してしまったようだ。
「い、いやです。ソックスを脱ぐのは手間なんかじゃありません。ブーツを脱ぐ手間に比べたら、ソックスを脱ぐ手間なんてたかがしれてます。だから……」
「替えの下着を持ってきてあげたのはいいけど、ついうっかりして、濡れたパンツを入れるビニール袋を持ってくるのは忘れちゃったみたいなのよ。だから、綺麗に脱いだとしても、このパンツは持って帰ることができないの。だったら、切っちゃっても一緒でしょ? どうせ、ナプキンとか用の汚物入れに捨てて帰らなきゃいけないんだから」
 真衣の言葉を途中で遮り、しれっとした顔で美幸は言った。
 自分のショーツを汚物扱いされて屈辱の極みの真衣だが、自分のおしっこで汚してしまったものだから、それ以上は何も言い返せない。ここでショーツを持って帰ると頑なに言い張ったりしたら、じゃ濡れたパンツを手に持ってみんなに見てもらいながら電車に乗ればいいわと冷たく言い放たれるのは目に見えている。
 それでも、それまで穿いていたショーツを無残に切り裂かれたが最後、なぜだか、二度とショーツを穿けなくなってしまいそうな漠然とした不安が募って、唯々諾々とは承服できない。
「さ、お座りできたんだから、もうおしっこを出しちゃっていいのよ。パンツを汚しちゃいけないからって、いったんは出かけたおしっこを途中で止めて辛かったでしょ? でも、もういいのよ。思い切り出して気持ちよくなればいいんだから」
 恨みがましい目でちらちらとこちらを覗う真衣の横顔に向かって言った後、ふと何かを思いついたかのように納得顔になった美幸は、右手にハサミを持ったまま、左手だけでトイレットペーパーをちぎり取り、それを手早くよってコヨリにした。
「それとも、甘えん坊の真衣ちゃんは自分でおしっこできないのかな。パンツの中にはおもらししちゃうくせに、トイレじゃちゃんとおしっこできないのかな。いいわ。じゃ、させてあげる。ほら、しーこいこい、しーこいこい」
 美幸はそう言うと同時に、便器に座って両脚を小刻みに震わせている真衣の尿道を狙いすましてヨコリの先端を押し当て、何度かくいくいと捻るようにしてコヨリを突き立てた。
 コヨリが三分の一ほどすぐにじとっと濡れる。
「や……やぁ……」
 ぎりぎりまで高まっていた尿意をなんとか耐えていたのを、少年たちとぶつかった衝撃で幾らかおしっこを溢れ出させてしまいながら、それでもその後をかろうじて我慢してきた真衣にしてみれば、たまったものではない。やめて、そんなことしないで! そう叫ぶ余裕も与えられないまま、膀胱を満たしているおしっこが溢れ出した。
 ぴちゃ……ぴちゃぴちゃぴちゃ。
 たぱたぱ……たぱたぱたぱ。
 便器の中に溜まっている水の表面に最初は遠慮がちに一つ一つ雫になって落ちていたおしっこが、気がつけば、一筋の条になって流れ出し、便器の水の表面を勢いよく叩き始める。
「いや、見ちゃ駄目……」
 真衣は、美幸が役目を終えたコヨリを便器に投げ入れ左手を引っ込めると同時に、両手をぱっと広げて太腿の上に置き、おしっこが溢れ出る秘部を覆い隠した。
「あらあら、そんなに恥ずかしがっちゃって。いいわ、見ないであげる。どうせ私は真衣ちゃんがおしっこをしている間にパンツを脱がせてあげなきゃいけないんだし」
 美幸は、真衣のうろたえぶりに薄く笑い、ハサミを持った右手をすっと伸ばした。
 薄い生地ならともかく、ゴムを簡単なソーイングセットの小さなハサミで切るのは、思うほど簡単なことではない。しかし、応急処置の経験も豊富なのだろう、美幸は的確な手さばきでハサミを動かし、ウエスト部分と股ぐりに合計三カ所の切れ目を入れて、それまでショーツだったものをあっという間に一枚の布きれに変えると、真衣の皮膚から引き剥がした。
「さっきも言ったけど、こんなのを持って帰っても仕方ないから――」
 美幸は、隅に置いてある汚物入れのペダルを踏んで蓋を開け、清掃したてらしく空っぽの汚物入れに、ショーツだった布きれを無造作に投げ込んだ。
「私の、私のお気に入りのショーツなのに……」
 ショーツを捨てる時の美幸は、いかにも、用済みの汚れ物を処分するだけだといわんばかりの手つきだったが、とめどなく溢れ出るおしっこを止めることもできず、便器に座ったまま事態の推移に身をまかせているしかない真衣には、その手を押しとどめることもできず、ただ、恨みがましくも弱々しく呻くことしかできなかった。
 それに対して美幸の方は澄ました顔で
「なにを言ってるの、真衣ちゃんてば。真衣ちゃんのパンツなら、ちゃんと私が持ってきてあげているわよ。真衣ちゃんが絶対に気に入ってくれる、とっておきのパンツをね」
と言って、艶然と微笑むばかりだった。




 少し前にぴちゃんと音を立てて便器に落ちた雫が最後の一滴だったのだろう、しばらく待っても、もうおしっこが流れ出る気配はなかった。
「出ちゃったみたいね。ちょっとちびってパンツを濡らしちゃったけど、最後は上手にトイレにお座りしておしっこができて、本当、お利口さんだったわね。さ、あとは私がちゃんとしてあげるから、もう少しの間だけおとなしくしているのよ」
 美幸は、真衣の頭を優しく撫でてそう言い、バッグの留め金を外すと、携帯用のお尻拭きの容器を取り出した。
 それを見た真衣は、幼児がいやいやをするように力なく首を振るのだが、もはや抵抗する気力も残っていないのか、何も言い返すこともせず身をすくめるのが精一杯だった。
「普通だったらトイレットペーパーで拭いてあげるだけでいいんだけど、真衣ちゃんの場合はそうはいかないのよね。毎晩おむつを汚してお尻全体がおしっこで濡れちゃってるから、こまめに綺麗にしてあげないとね。それに、さっきもパンツを汚しちゃって、女の子の恥ずかしいところだけじゃなく、太腿までびしょびしょにしちゃったんだから」
 美幸は小振りの容器からお尻拭きを一枚すっと抜き出して、真衣の下腹部に押し当てた。
「ん……」
 昨夜から今朝にかけて三度おむつを取り替えられた時とまるで同じ、お尻拭きのひんやりした感触に、あえかな喘ぎ声が真衣の口を衝いて出る。
「そうそう、いい子ね、真衣ちゃんは。そのままおとなしくしているのよ。――はい、今度はお尻の後ろを綺麗にするから立っちして。真衣ちゃん、上手に立っちできるかな」
 美幸は、ようやく伝い歩きができるようになったばかりの幼児に対するように言いながら真衣の脇の下に両手を差し入れて便器から立たせ、改めてお尻拭きを押し当てた。

 やがて、トイレットペーパーではなく乳幼児用のお尻拭きでわざとのように入念に真衣の下腹部を拭き清めていた手の動きも止まり、美幸は、くしゃくしゃになったお尻拭きを汚物入れに投げ入れた。
 美幸の手から離れたお尻拭きは途中で空気をふくんでふわっと広がり、ひらひら揺れながら落ちていった。そうして、先に汚物入れの中に投げ捨てられていたショーツの上にふわりと舞いおりる。
 汚物入れの中でお尻拭きに覆い隠されたショーツ。その光景に、なにやら暗示めいたものを感じて真衣の胸が不安にざわめく。
「さ、次は新しいパンツね。でも、困ったわね。汚れたパンツを脱がせてあげる時はハサミで切っちゃえばよかったけど、穿かせてあげるとなると、ブーツが邪魔になっちゃうかな。どうしてもブーツは脱がせてあげなきゃいけないけど、脱いだブーツの上に真衣ちゃんが立つと、せっかくの上質の革が駄目になっちゃうし、かといって、トイレの床に裸足で立たせるのも可哀想だしね」
 困ったわねと口では言いつつ、その実まるで困ってなどいないのが明かな表情を浮かべて美幸はわざとらしい思案顔になったが、すぐににんまり笑ってこう言った。
「なんだ、簡単なことじゃない。パンツを脱ぐのもお尻を綺麗にするのも私がしてあげたんだから、新しいパンツも私が穿かせてあげればいいのよね。真衣ちゃん、もういちどお座りしてちょうだい。お座りしたらブーツを脱がせてあげるから、あんよを上げるのよ。真衣ちゃんがあんよを上げてくれたら私がパンツを穿かせてあげる。そうね、そうしましょう」
 最初からそのつもりだったのだろう、言うが早いか、美幸は、返事も待たずに再びスカートの裾を捲り上げ、強引に真衣を便器に座らせた。
「あ……」
 叫び声をあげる暇もない。便器の上に座らされた真衣の目の前にしゃがみこんだ美幸は、いそいそとファスナーを引き下げ、真衣が履いているブーツを両足とも脱がせると、自分の背後に押しやってしまった。
「さ、これでいいわ。あとは私がパンツを穿かせてあげるだけ。でも……」
 ブーツを脱がせ、真衣の足首を掴んで両足を床から上げさせた美幸はそこまで言って、意味ありげな笑みを浮かべた。
「でも……?」
 不安に駆られて真衣が聞き返す。
「おねだりして欲しいわね。『ママ、真衣にパンツを穿かせてちょうだい』って可愛らしくおねだりしてくれたら、気分良く新しいパンツを穿かせてあげられるんだけどな」
 一瞬の間を置いて美幸は言った。
「……」
 真衣は呆気にとられて口をつぐんでしまう。
「私は昨夜、『私は真衣ちゃんのことを実の娘として扱うわよ。でも、真衣ちゃんは私のこと、今はまだお母さんだと思わなくていい。時間が経って慣れてからでいいわ』って言ったわよね。でも、前言撤回。真衣ちゃんにも私のこと、すぐにでもお母さんだと思ってほしいの。赤ちゃん返りして夜は何度もおむつを汚しちゃう上、昼間もパンツを濡らしちゃう真衣ちゃん。そんな真衣ちゃんのこと、私は実の娘だと思っているから喜んでお世話してあげられるのよ。実の娘の、それも赤ちゃん返りしちゃった娘のおしっこを汚いって思う母親なんていないもの。だから、真衣ちゃんにも私のことを実の母親だと思って甘えてもらいたいの。おしっこのお世話を赤の他人にまかせるなんてこと、恥ずかしくてたまらないわよね。でも、お世話をしてくれる人が肉親、特に実の母親だったらどうかしら。ね、真衣ちゃんの心の負担をなくすためにも、私のこと、本当のお母さんだと思って甘えてちょうだい」
「そんな、急に……」
「真衣ちゃんが普通の高校生だったら、私もこんなに急かさないわよ。でも、真衣ちゃん、ぱっと見た目は高校生だけど、本当はまだおむつの外れない赤ちゃんなのよ。昨夜、一緒に寝てそのことがわかったから、考えが変わったの。赤ちゃんの真衣ちゃんに何の遠慮もなく甘えてほしいから、私も何の気兼ねもなく甘えさせてあげて念入りにお世話してあげたいから、だから、一刻も早く私のこと、本当のお母さんだと思ってほしくなったの。その最初の一歩として『ママ、パンツを穿かせてちょうだい』っておねだりしてほしいのよ」
「……」
「わかってる。『お母さん』というのは、亡くなったお母様だけに許される特別の呼び方。お母様の思い出と結びついたとっておきの呼び方。だから、私のことは『お母さん』と呼ばなくていい。その代わり、『ママ』って呼んでほしいの。若い頃、もしも自分に子供ができたら、そしてそれが愛くるしい娘なら、自分のことを絶対に『ママ』って呼ばせようと決めていたの。『ママ、絵本呼んで』『ママ、おやつ食べさせて』そんなふうに甘えてくれる娘のことを想像してうっとりしていたの。結局、自分の子供を持つことは諦めて、結婚相手の優さんのお嬢さんが高校生だと知って、『ママ』って呼んでもらう夢も潰えたと思った。でも、真衣ちゃんは、本当は高校生なんかじゃなかった。見た目は高校生でも中身は赤ちゃんだった。それを知った時、私の胸は言葉では言い表せないほどの歓喜に震えたのよ。私も『ママ』になれるんだって」
 美幸は熱に浮かされたように言った。
「さ、おねだりしてちょうだい。『ママ、真衣にパンツを穿かせてちょうだい。真衣、おしっこでパンツを汚しちゃったから、新しいパンツを穿かせてちょうだい』っておねだりしてちょうだい」
「で、でも……先生は……」
「わかっているって言った筈よ? 私は真衣ちゃんの『お母さん』なんかじゃない。私は真衣ちゃんの『ママ』なんだから」
 美幸は繰り返し決めつけ、返答を待ったが、真衣がいつまでも伏し目がちに身をすくめるばかりなのを見て取ると、真衣の顔をねめつけて酷薄そうな口調で言った。
「そう、おねだりできないの。じゃ、仕方ない。パンツは穿かなくていいから、そのまままお外に出なさい。真衣ちゃんのスカート丈は膝上十五センチってとこかしら。それくらいの長さがあるなら、ちょっと用心深くしていれば裾が捲れ上がっちゃうこともないでしょうね。だったら、何も穿いていない恥ずかしいところを誰かに見られる心配もないわね。だけど、気をつけなきゃ駄目よ。ビル街はいつどんな突風が吹くかわからないもの。それに、一緒に歩いている私が手を動かした拍子にバッグの角がスカートに引っかかって捲り上げちゃうかもしれないし。特に、大きな買い物袋を持っている時は体のバランスが崩れやすいから尚更ね」
 美幸は、真衣の顔を見据えつつ、目だけを動かして自分のバッグと家電量販店の袋に視線を走らせた。
 さらっと聞き流しただけでは真衣の身を気遣っているようにも聞こえる美幸の言葉だが、それが実は何を意味しているのか、すぐに真衣にも理解できた。
 一瞬にして真衣の顔が蒼褪める様子を面白そうに眺めながら、美幸は、背後に押しやったブーツをこれみよがしに真衣の目の前に突き出して更に続けた。
「それに、あんよの上手じゃない真衣ちゃんには、踵の高いブーツなんてまだ早いわよね。こんなのを履いて歩いたら、すぐにころんしちゃうわね。そしたら、スカートが捲れてお尻が丸見えになっちゃうんじゃないかな。そんなことにならないよう、ブーツは私が預かっておいてあげる。だから、真衣ちゃんはそのままお外へ出るといいわ。靴もサンダルも履いていないソックスだけで人混みの中を歩くといいわ」
 要するに美幸は、私の言うことがきけないなら、ソックスだけの裸足という目立つ格好でスカートの下には何も着けずに街を歩き回れと命じているのだ。それも、バッグの角でスカートの裾を捲くってあげるからせいぜい用心するがいいわという脅しも込めて。
「ひ、ひどい……」
 真衣は声を震わせて呻いた。
 だが、美幸の方はしれっとした顔で
「なにがひどいもんですか。私は真衣ちゃんが憎くてこんなことを言っているんじゃないのよ。ただ、真衣ちゃんが精神的な負担に感じないよう、そして、私に思い切り甘えることで心の鬱積を取り除いて赤ちゃん返りから抜け出せるよう、みんな真衣ちゃんのためを思って言っているんだから」
と告げ、どうするの?とでも言わんばかりに真衣の目の前でブーツを振ってみせるばかりだ。

「……わかりました」
 一瞬しんと静まり返ったトイレの一室、沈黙を破ったのは、真衣の力ない声だった。
「ふぅん。で、何がわかったの? 自分のお口で説明してちょうだい」
 観念するしかないと覚った真衣に、わざとすっとぼけた口調で美幸が問い質した。
「……先生にお願いします」
 真衣は視線を床に落としてぽつりと応じた。
「あら、先生って誰のことかしら? それに、お願いって何のことでしょうね?」
「……マ、ママに……お、おねだりします。だから……」
 尚も追い討ちをかける美幸に、真衣は首をうなだれて言った。
「そう、ママにおねだりしてくれるのね。いいわよ、可愛い真衣ちゃんのおねだりだもの、ママ、喜んできいてあげる。それで、どんなおねだりなのかな?」
「……マ、……マ……かせてください……」
 美幸に先を促されて、真衣は意を決したように言った。が、途切れ途切れの声は細く、よく注意していても殆ど聞き取れない。
「え? なんですって? もういちど大きな声で言ってくれないと、ママ、よく聞こえないわ。それとも真衣ちゃん、おむつ離れできない上にまだお喋りも上手にできない小っちゃな赤ちゃんだったのかな?」
 美幸はわざとらしい身のこなしで自分の耳を真衣の唇に近づけた。
「……マ、……を穿かせてください。お願い、マ……」
 さっきよりはましだが、まだ肝腎な部分が聞こえない。
「そう。やっぱり真衣ちゃんはまだお喋りもできないような赤ちゃんだったのね。でも、それなら、お尻が丸見えで人混みの中にいても平気ね。だって、小っちゃな赤ちゃんは恥ずかしさなんて感じない筈だから」
 美幸は耳を更に真衣の口に近づけた。
「……マ、ママ……あ、新しい……を穿かせて……」
 真衣のかすれ声がようやく言葉になってきた。
 だが、まだ美幸が納得する気配はない。
「誰が、新しい何を、穿かせてほしいの? もっとちゃんとおねだりしなきゃ駄目よ」
「……ママ、わ、私に……あたらしいパ、パンツを……穿かせてください」
 首をうなだれまま、やっとのこと真衣は言葉にして言った。
 それでも美幸は軽くかぶりを振る。
「真衣ちゃんが何をおねだりしたいのか、やっとわかったわ。でも、わかるだけじゃいけないわね。もっと子供っぽく可愛らしい言い方でおねだりしてくれなきゃ。まず、自分のことは『私』じゃなく、『真衣』って名前で呼んでみようか。小っちゃい女の子はたいていそうするもの。それと、語尾は『ください』よりも『ちょうだい』がいいわね。さ、言い直してもういちどおねだりしてちょうだい」
「……ママ、真衣にあたらしいパンツを穿かせてちょうだい」
 真衣は何度か浅く息を吸ってから半ば自暴自棄ぎみに言った。
「いいわよ、それで――と言いたいけど、まだ足りないわね。どうして新しいパンツを穿かせてほしいのかな? それまで穿いてたパンツはどうしちゃったの?」
 美幸は嵩にかかって問い質した。
「お、おしっこ……」
「おしっこがどうしたの?」
「お、おしっこで汚しちゃって……ま、真衣、おしっこでパンツを塗らしちゃったの。だから、新しいパンツを穿かせてちょうだい。真衣、ママに新しいパンツを穿かせてほしいの。おしっこで濡らしちゃったパンツの替わりに新しいパンツを穿かせてちょうだい、ママ……」
 とうとう真衣はそう言うと、それまでうなだれていた顔を上げ、涙で潤んだ瞳で美幸の顔を睨みつけた。
 が、美幸は動じる気配も見せない。さもそれが当然といわんばかりに満面に笑みをたたえ、
「お利口ちゃんね、真衣ちゃんは。新しいパンツを穿かせてほしいっておねだりできるなんて、すっかりパンツのお姉ちゃんだわ。これなら、夜のおむつもすぐに外れるかもしれないわね。いいわ、一日でも早く本当にパンツのお姉ちゃんになりれるよう、とっておきのパンツを穿かせてあげるわね」
と言いながら、自分のバッグを手元に引き寄せて留め金を外し、中に右手を差し入れた。 とっておきのパンツという美幸の言葉に真衣の胸が奇妙に高鳴る。
 案の定、
「ほら、これがママが真衣ちゃんのために特別に用意しておいてあげた新しいパンツよ」
と面白そうに言って美幸がバッグから取り出したのは普通のショーツなどではなかった。

「そ、それって……」
 思わず絶句してしまい、やや間があって再び口を開いた真衣の目に映ったのは、つるつるした淡いピンクの生地で縫製してあって、股ぐりを幅の広いバイアステープで縁取りし、お尻のところに可愛らしいアニメキャラのアップリケがあしらわれた、見るからに厚ぼったい感じのする、股がみの深いパンツだった。
「そう、トレーニングパンツよ。トイレトレーニングを始めたばかりで普通のパンツだとしくじっちゃうような赤ちゃんが昼間に穿くトレーニングパンツ。普通のパンツだとちょっとおもらししただけでもおしっこが漏れちゃうけど、これなら、内側が吸水パッドになっていて表地が防水性の生地になっているから少しくらいのおもらしなら表面に沁み出てくることもないし、匂いも漏れにくいから、おむつ離れの練習にはもってこいのパンツね。ほら、お尻のところにテレビでよく見るキャラクターのアップリケがしてあるから、見た目も可愛いでしょう? ただし、ぱっと見は赤ちゃん用だけど、サイズはうんと大きめに作ってもらってあるのよ。だって、まだおむつ離れできない赤ちゃんのくせに体の大きさだけは高校生の真衣ちゃんに穿かせてあげる特別のトレーニングパンツだもの」
 美幸はわざとらしく念入りに説明してから、
「さ、あんよを上げようね。ママが穿かせてあげるから。真衣ちゃんも、こんなに可愛いトレーニングパンツ、少しでも早く穿いてみたいでしょ?」
と言って、真衣の足首を掴み、便座の高さとほぼ同じになるよう持ち上げた。
「い、いや! そんな、そんな赤ちゃんみたいな……」
 美幸の思惑通りに『おねだり』をさせられた真衣だが、美幸の手で穿かされそうになっているのがサイズこそ大人用とはいえデザインも機能も幼児用のトレーニングそのものだとわかると、さすがにすんなりとは受け容れられない。
「いいの、そんな大声を出しちゃって? ママと真衣ちゃんでこのトイレを随分と長いこと使っているから、外で待っている人たちの内の何人かは変に思っているかもしれないわね。そんな悲鳴をあげたりしたら警備員さんが強引に扉を開けて入ってくるかもしれないわよ。そんなことになって恥ずかしい目に遭うのは誰かしらね」
「で、でも……」
「でも、ま、真衣ちゃんがそんなにトレーニングパンツが嫌なら、別にいいのよ。どうしてもトレーニングパンツを穿きたくないんだったら、代わりにこれでもいいんだから」
 激しく首を振る真衣の様子に美幸は苦笑交じりに言い、ふたたび自分のバッグに右手を差し入れ、淡いピンクの厚ぼったい下着のような物を掴み上げると、今度はそれをトレーニングパンツの替わりに真衣の目の前に突きつけた。
「それは……」
 それは、真衣が夜ごとにお世話になっいて、昨夜は三度もおねしょで汚してしまった紙おむつだった。真衣が朝食を摂っている間に美幸が無断で部屋に入り、パッケージから抜き出してきたのに違いない。
「私、言ったわよね。『赤ちゃん返りしちゃった子でも他人の目を気にしてお出かけの時はおむつを恥ずかしがることがある。だから、家の中じゃおむつ、お出かけの時はパンツにしてあげる』って。なのに真衣ちゃんたら、うちの医院にいろんな介護用の医療を納入してくれる業者さんにお願いしてわざわざ作ってもらった特別のトレーニングパンツをそんなに嫌がっちゃって。だったら、おむつを着ければいいわ。ママ、『お出かけの最中に一度でも失敗したらずっとおむつよ』とも言ったわよね? だけど、今度のはおしっこを全部おもらししちゃったんじゃない。ちびっちゃっただけ。だから、今回だけは特別におむつは許してパンツにしてあげるつもりだったのに、それをこんなに嫌がるだなんて。ほんと、親の心子知らずとはよく言ったものだわ。真衣ちゃんがこんなに手のかかる子だなんて思ってもいなかったわ。これからどうやって躾け直せばいいのか、ママも頭が痛いわよ。でも、今はそんなことを言ってる場合じゃないわね。ほら、ちゃんとあんよを上げてなさい。そんなに嫌なトレーニングパンツじゃなくて、真衣ちゃんが毎晩お世話になっていて大好きになっちゃったおむつだから、おとなしくしてられるでしょ?」
 美幸は、真衣の新たな抵抗ぶりに呆れたように言って、改めて真衣の両方の足首を一つにまとめて持ち上げてから、僅かに両足を広げさせた。
「い、いや……お外でおむつだなんて、そんなの……」
 真衣はさきほどにも増して激しく首を振り、足をばたつかせた。
「仕方ないでしょ、せっかく用意してあげたパンツを嫌がってるんだから。だったら、慣れっこになっちゃったおむつの方がいいんじゃないの?」
 美幸は紙おむつの股ぐりを内側から指で押し広げるようにして真衣の足首に通そうとした。
 と、遂に真衣がひっくひっくとしゃくりあげ、涙声で訴えかける。
「おむつは嫌。たくさんの人の中でおむつなんて嫌。……パ、パンツの方がまだ……」
「やれやれ、言うことがころころ変わるんだから。ま、いいわ。パンツがいいならパンツにしてあげるから、もういちど改めておねだりしてちょうだい」
 美幸は紙おむつを引っ込め、再びトレーニングパンツを手にしながら言った。
「マ、ママ、真衣、もう我儘言わない。もう駄々なんてこねない。いい子にする。だから、お、おむつななかじゃなくて、パンツにしてちょうだい。真衣、ママが持って来てくれたトレーニングパンツがいいの。だから、お願い。可愛いパンツを穿かせてちょうだい、ママ」
 股ぐりが幅の広いバイアステープになっていてお尻に可愛いアップリケをあしらったトレーニングパンツとピンクのパンツタイプ紙おむつ。万が一スカートが捲れ上がって丸見えになってしまったらどちらも劣らず羞恥の極みで、どちらがマシなどとは決められない。それでも、『おむつ』ではない、トレーニング『パンツ』という名前だけにすがる思いで、真衣は涙ながらに懇願するしかなかった。
「わかった。じゃ、パンツにしてあげる。でも、今度もおとなしくしてなかったら、その時はお仕置きよ。真衣ちゃんがいい子になれるよう、たっぷりお仕置きしてあげるから、そのつもりでいなさい。わかったわね?」
 それこそ、ひとしきり駄々をこねてからやっとのことおとなしくなった直後の幼児に言うように美幸は真衣の耳元に囁きかけて、トレーニングパンツの股ぐりを手の指で押し広げた。



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