ママは私だけの校医さん



   《19 偽りの日常生活》


 集金の女性が帰り、テレビの幼児番組を見せられた後、真衣を待っていたのは入浴の時間だった。むろん、投与された薬剤のため両手の自由を奪われた真衣が衣類を脱がされる時も二人のなすがままだったのは言うまでもない。
 まず、脱衣場の床にぺたんとお尻をつけて座らされた真衣の背後にまわった美幸が、背中と首筋の後ろとで結んである紐をほどいてよだれかけを外してから、真衣の腕を上げさせるのに合わせて、予めロンパースの股間のボタンを外し終えていた美沙が、ロンパースの脇の部分の布地をつかんで引き上げ、そのまま脱がせてしまう。それから、真衣を横たわらせ、キャンデー柄のおむつカバーの腰紐を手早くほどいて、上下に四つ並んでいるスナップボタンを左右ともぷつぷつという小さな音をたてて外し、左右に開かせた両脚の間に前当てを広げた。続いてマジックテープを外しておむつカバーの横当てを開くと、汗でしっとり湿った布おむつがあらわになる。美沙は真衣の左右の足首を一つにつかんでそのまま高々と差し上げ、布おむつを手前にたぐり寄せて、美幸が差し出したポリバケツの中に滑らせた。
 最後に残ったソックスも脱がされ、一糸まとわぬ姿に剥かれた真衣は、やはり生まれたままの姿になった美幸と美沙に手を引かれて浴室に連れて行かれ、二人がバスチェアに腰かけるのに対して、一人だけ、バスマットの上に直に座らされた。もともと、子供は最低でも三人はほしいと思い、それを前提に家の間取りを考えていた優だから、親子揃って入浴できるよう浴室も面積をたっぷりとるよう工務店に依頼していた。そのため、美幸と美沙、それに真衣の三人が一緒に入っても、浴室はさほど窮屈ではない。だが、体格がいい上にバスチェアに腰をおろす美幸と美沙との間にはさまれ、バスマットの上に直にお尻をつけて座らされた真衣にしてみれば、二人の豊かな乳房を下から見上げるような格好になり、自分が本当に小さな子供になってしまったように思えてくる。

「三日間もお風呂に入らずにおねむだったから、今日は特に綺麗にしてあげないとね。明日からはまた学校へ行くんだし」
 掛金具からシャワーを外し、湯の温度を調節しながら、美幸が真衣の全身を無遠慮に眺めまわして言った。
「ママが体を洗ってくれるみたいだから、お姉ちゃんは頭を綺麗綺麗してあげるね。ほら、シャンプーがお目々に入らないよう、これをかぶって」
 美沙はそう言って真衣の頭に子供用のシャンプーハットをかぶらせ、浴室の壁に嵌め込みになっている鏡の方に向き直らせた。大柄な女性二人の間に挟まれて、頭にシャンプーハットをかぶり、バスマットにちょこんと座って鏡に映る真衣の姿は、まだ幼稚園にも上がっていない幼女さながらだ。
「や、やだ、こんな小っちゃな子みたいな格好……」
 真衣は慌てて鏡から目をそらし、拗ねたように言うのだが、両腕が自由にならないものだから、シャンプーハットを脱ぐことはできない。
「何をいってるの、真衣ちゃんたら。小っちゃい子って言うけど、赤ちゃんよりはよっぽどお姉ちゃんなのよ、シャンプーハットをかぶらせてもらえるのは。うちの妹も、初めてシャンプーハットを使ったのは三歳になってからなんだから。妹みたいに『わ〜い、お姉ちゃんになっちゃった〜』って喜ぶのが本当なのに」
 美沙が皮肉交じりにそう言い、美幸に向かって目で合図を送った。
 と、美幸がシャワーを全開にして、頭といわず体といわず、真衣の全身に湯をかけ始める。
「きゃっ!」
 突然のことに真衣が悲鳴をあげ、頭をぶるんと振った。顔にかかった湯を掌で拭おうにも、両手が自由に動かせないから、それもままならない。しかも、美幸は容赦なく真衣に向かって湯をかけ続ける。
「ほら、ちゃんとお目々をつぶってなきゃ駄目よ。でも、シャンプーハットをかぶっていてよかったでしょう? かぶってなかったら、もっとお顔が濡れちゃってたんだから」
 バスマットにお尻をつけて座ったまま上半身だけを動かしてシャワーの湯から逃れようとする真衣の顔に乾いたタオルを押し当て、目のまわりについた雫を拭き取ってやりながら美沙は恩着せがましく言ってから、小さな容器に入ったベビーシャンプーを掌に掬い取って、真衣の髪を洗い始めた。
「じゃ、ママも体を綺麗綺麗してあげようかな」
 美沙が真衣の髪を洗い始めたのを見て、美幸はシャワーのコックを閉じ、バスタブの湯を洗面器いっぱいに汲み取った。そうして、美沙が手にしたシャンプーと同様、可愛らしい赤ん坊のイラストが描かれた容器を軽く握ると、ベビー用のボディソープをたっぷり洗面器の湯に溶かし、しばらく洗面器の湯を掻き回して、盛んに泡をたてた。
「これでいいかな」
 美幸は誰にともなく呟くと、泡立ちの具合を確認するために純白の泡を掌に掬い取って満足そうに頷き、洗面器を持ち上げ、きめの細かい無数の泡ごと、程よく温度の湯を真衣の肩からかけた。
 続いて美幸は湯にくぐらせたタオルにボディソープを染みこませ、こちらも盛大に泡を立ててから、真衣の肌に押し当てて優しく体を洗い始める。

 ほどなく、真衣の体は、頭のてっぺんから足の爪先まで、ふんわりした真っ白の泡に包まれてしまった。もちろん、下腹部からお尻にかけての股間のあたりも例外ではない。
 本来、おむつかぶれや汗疹で荒れた肌を石鹸やボディソープで洗うのは禁物だ。ベビー用とはいっても石鹸やボディソープを使うと、含まれている成分に皮膚が刺激されて、おむつかぶれや汗疹の症状がひどくなってしまうことが少なくないからだ。育児の経験のない真衣にしてみればそのあたりの知識がなくても仕方ないが、医師である美幸がそのことを知らないわけがない。なのに美幸が
「ここはいつもおしっこで汚れているから、特に綺麗にしとかないとね」
と言い聞かせながら真衣の股間を泡まみれにしたのは、ボディソープによる肌への刺激を逆に利用して、おむつかぶれがすぐには治らないようにするためだった。口ではおむつかぶれを治療するためと言いながら、それを口実に、二度と下腹部の飾り毛が生えないようにするための脱毛クリームをおむつ交換のたびに真衣の股間に塗り込んでいるのだが、その効果が現れるまでの時間を確保するために、本来は避けなければならないボディソープの泡で、おむつかぶれで赤くなった股間を一部の空きもなく覆ってしまったというわけだ。
 しかも美幸は、真衣の下腹部を泡まみれにする際、手を滑らせたふりをしつつ、無数の泡で真っ白になったタオルを真衣の秘部に押し当て、恥ずかしい部分をタオル越しに指で撫でさすっていた。
 トイレを目の前にしておむつを汚してしまってから今まで、集金の女性の来訪のせいでおむつの交換に時間がかかり、その後もテレビの幼児向け番組を見せられたりして、既に一時間ほどが経過している。もうそろそろ尿意を覚えてもおかしくない頃合いだ。それを見透かして恥ずかしい部分をいじられたものだから、真衣にしてみれば堪らない。
「ぁん……」
 真衣は微かな喘ぎ声をあげて体をびくんと震わせた。
「どうしたの、真衣ちゃん? ひょっとして、おしっこかな?」
 予め美幸としめし合わせていた美沙が、髪を洗う手を止めて真衣の顔を覗き込んだ。
「そういえば、廊下でおむつを汚しちゃってから、もうそろそろ一時間ね」
 今さら『そういえば』も何も、それを見越しての自分の行為なのに、そんなことまるでおくびにも出さず、美幸はしれっとした顔で言い、さりげなく真衣の秘部をタオルの縁ですっと撫でた。
「やぁ……」
 真衣の口から再び喘ぎ声が漏れる。
 それを耳にした美幸は、すっと目を細めて真衣に囁きかけた。
「いいわよ、出しちゃって。おしっこ、したいんでしょう?」
「え……?」
 思いがけない美幸の言葉に、真衣がきょとんとした顔になる。
「おしっこを出しちゃってもいいわよって言ってるのよ。トイレが近いのを治すために二時間は我慢しなきゃいけないのよって言ったけど、我慢ばかりしてちゃ精神的な負担になって却って逆効果になることもあるから、日に一度か二度くらいは、したくなったらすぐ出しちゃうことがあってもいいのよ。特に、今みたいな、気分的にリラックスしているお風呂の時なんかにはね」
 美幸は澄ました顔で説明した。ちょっと聞いただけでは、もっともらしい説明だ。しかし、美幸が真衣の精神状態など気遣うわけがない。尿意を感じても二時間はトイレを我慢しなさいという指示にしたところが、おねしょの治療の一環という触れ込みだが、実は、真衣におもらしをさせ、おむつを着用させるための口実に過ぎない。今の説明にしたって、真衣に二人の監視の中でおもらしをせさるのが目的なだけだ。
「そ、そんな……」
 真衣は弱々しく首を振って身をよじった。 美幸の真意に気づいたわけではないが、二人の視線を浴びながら膀胱の緊張を解ける筈がない。
 真衣のそんな様子を目にした美幸は
「いいのよ、そんなに遠慮しなくても。これまでにも何度も真衣ちゃんのおしっこで汚れたおむつを取り替えてあげた仲なんだから」
とこれ以上はないくらいの笑顔で言うと、やおら立ち上がり、予備のシャンプーや詰め替え用のリンスを収納してある棚に手を伸ばした。

「あ……」
 浴室の壁に造り付けになっている棚から美幸がつまみ上げた物を見て、真衣の顔がこわばった。
 それは、リビングルームやダイニングルームでも幾度となく口にふくまされたおしゃぶりだった。どうやら、タオルの中にでも隠して浴室まで持ってきて、棚に置いておいたらしい。
「さ、これを咥えて気分を落ち着かせるといいわ。本当はママか美沙お姉ちゃんのおっぱいをあげられればいいんだけど、二人とも真衣ちゃんの髪や体を洗っていておっぱいまでボディソープやシャンプーの泡だらけになっちゃってるから、それはできないの。でも、おしゃぶりでもいいよね? だって、真衣ちゃんたら、哺乳壜をちゅうちゅうしながらでもおむつを汚しちゃうんだもの、おしゃぶりも同じよね。それと、まさか、大好きなおしゃぶりを真衣ちゃんが吐き出しちゃうなんてことはないわよね?」
 美幸は真衣の口におしゃぶりの先を押し当て、唇をこじ開けるようにして、おしゃぶりを口から離したりしたらお仕置きよと言外に匂わせながら、そのまま強引に咥えさせた。
 美幸が再びバスチェアに座ると、それまで遮られていた視界が開けて、シャンプーハットを頭にかぶって全身を泡まみれにし、おしゃぶりを咥えた真衣の姿が大きな鏡に映った。これまで何度もおしゃぶりを口にふくまされた真衣だが、おしゃぶりを咥えた自分の姿を目にするのは、これが初めてだった。
 その羞恥に満ちた姿に、頬にさっと朱が差し、慌てて視線を床に落としてしまう。
 だが、そこへ美幸が
「おしゃぶりを咥えた自分を見た感想はどう? すっかり小っちゃい子らしくなっちゃって、とっても可愛いでしょう? でも、お風呂に入る前の真衣ちゃんはもっともっと可愛かったのよ。おむつでぷっくり膨れたお尻をロンパースで包んで、よだれの薄いシミがついたよだれかけを首に巻き付けて、おしゃぶりをちゅうちゅうしてる真衣ちゃん、とっても可愛かったのよ。だから、お風呂からあがったら、すぐにまたおむつをあててロンパースを着せてあげる。今も可愛い真衣ちゃんだけど、もっともっと可愛らしくしてあげる。今はシャンプーハットのお姉ちゃんを、よだれかけとおむつの赤ちゃんに戻して、うんと可愛らしくしてあげる」
と囁きかけて、更に羞恥を煽りたてる。
「ま、真衣、赤ちゃんなんかじゃ……」
「赤ちゃんなんかじゃないって言うの? おしゃぶりを咥えて、おしっこを出したそうにもじもじしている真衣ちゃんが?」
 真衣の弱々しい反論を封じて決めつける美幸の言う通りだった。尿意を二時間近く堪えた後は乳首を吸いながらでないと排尿できないようになってしまった真衣だが、尿意を覚えてすぐなら自分の意志でおしっこを出すことができる。その場合は必ずしも乳首を口にふくんでいる必要はないものの、何かを吸っていれば出しやすいことは確かだ。いや、出しやすいというよりも、少しでも尿意を覚えた時点で乳首なりおしゃぶりなりを口にふくんだ瞬間、自分の意志に反して膀胱の緊張が解けてしまうような体になってしまったと言ったほうが正確だろう。
「ほら、いつまでも我慢してないで、楽になっちゃいなさい。おしっこを我慢する赤ちゃんなんて変よ」
 今にもおしっこを溢れ出させそうになっている真衣の恥ずかしい部分に、美幸が今度は中指の先を突き立てた。無数の細かい泡のために、つるんという感じで僅かながら指先が秘部に侵入する。
「……!」
 真衣は声にならない声をあげて体をのけぞらせた。
 同時に、真衣がお尻をつけているあたりに、シャワーの湯とは微妙に異なる、薄く黄色に染まった温水がじわっと広がり、ボディソープの細かい泡とはまた違う少し大きめの泡が、薄黄色の温水の表面に幾つか浮かぶ。
「あーあ、とうとう出しちゃった。お買い物に行けばショッピングセンターのトイレの床をびしょびしょにしちゃうし、帰ってきたらトレーニングパンツからも沁み出すようなおしっこで玄関先を汚しちゃう。それに、おねむの間に何度もおむつを汚しちゃうだけじゃなくて、せっかくおしっこを教えてもトイレに間に合わなくて、おっきしている間も廊下の真ん中でおむつを汚しちゃったと思ったら、今度はお風呂場で我慢できなくなってママとお姉ちゃんの目の前でおもらししちゃうなんて、本当、すっかり手間のかかる赤ちゃんになっちゃったんだから、真衣ちゃんは」
 それまでのわざとらしくも優しい口調はそのまま、真衣のこれまでの痴態を改めて思い出させるために、美幸はわざわざ指を折りながら、おもらしに至った状況を一つ一つ数え上げた。
「ま、真衣……」
 真衣、赤ちゃんなんかじゃない。これまでも何度か弱々しく口にした惨めな抗弁。だが、二人の視線を浴びながらバスマットを薄黄色に染めている最中の真衣がその言葉を今ここで口にできるわけがない。
「これで自分でもよぉくわかったわね? 真衣ちゃんは赤ちゃんなのよ。おむつ離れなんてずっとずっと先の、ママと美沙お姉ちゃんにお世話をしてもらわないと自分じゃ何もできない赤ちゃんなのよ」
 真衣の力ない抗弁を封じて、美幸が有無を言わさぬ調子で決めつけた。




 入浴を終えた二人は、予め準備しておいた新しいおむつカバーと布おむつにお尻を載せた格好で真衣を脱衣場のバスタオルの上に横たわらせ、美幸はネグリジェを、美沙はパジャマをそれぞれ身に着けた。
 しかし、着替えを終えた後も、ドライヤーを使ったり、髪をブラッシングしたりしながら、二人でなにやら楽しそうに談笑するばかりで、なかなか真衣のことを構おうとはしない。
「マ、ママ……美沙お姉ちゃん……」
 両腕を自由に動かせないから床に手をつくこともできず、背筋や脚力も弱体化したままのため、寝返りを打つのが精一杯で自力では体を起こせない真衣が、長時間の放置に耐えかね、さすがに不安にかられた様子で二人に向かって声をかけた。
「うん? ママとお姉ちゃんに何かご用かな、真衣ちゃんは?」
 それまで談笑を続けていた二人が同時に振り向き、美幸が真衣の顔を見おろして聞き返した。
「ご用っていうか……あの、いつまでこのままいなきゃいけないのかなと思って、その……」
 思い余って声はかけたものの、その後どう言えばいいのかわからず、真衣は曖昧に言葉を濁した。
「いつまでこのままいなきゃいけないのかな、ですって? あらあら、そんなことを言うなんて変ね。赤ちゃんはいつもおむつをあてられているから、たまに裸になるととっても嬉しがって、お風呂からあがっておむつをあてられたりお洋服を着せられそうになると逃げるのが普通なのに」
 今度は美沙が、いかにも不思議そうな口調で言った。
「で、でも……」
「それに、真衣ちゃんはおむつかぶれになっちゃってるじゃない? おむつかぶれを少しでも早く治すには、なるべく乾いた状態にしておくのが一番なのよ。だから、お風呂からあがってもすぐにはおむつをあてないようにしてあげているんだけど……」
 どう反応すればいいかわからないながらも、それでも何か言いたそうにする真衣の言葉に重ねて美幸は言い、少し悪戯めいた表情を浮かべてこんなふうに続けた。
「……でも、いつまでもこのままじゃ嫌なのかな、真衣ちゃんは? あ、ひょっとして、おむつが大好きになっちゃったとか? だから、早くおむつをあててほしいのに二人ともお喋りに夢中になっちゃってなかなかおむつをあててくれないからご機嫌斜めだったりするのかな?」
「そんな……」
 真衣は涙袋のあたりをぱっと赤く染めて首を振った。
「あら、違うの? だったら、当分は裸ん坊のままでいいわね。大嫌いなおむつをあてられずにすむ時間は少しでも長い方がいいわよね?」
 首を振る真衣に美沙が念を押すように言い、
体の横にだらんと伸びた両腕の手首をつかんで引っ張りながら
「でも、ころんしてるだけだったら退屈だから、おっきさせてあげるね。おっきして、廊下であんよのお稽古をするといいわ。おむつをあててないから、両脚の間に邪魔な物がはさまってなくて、少し歩きやすいんじゃないかな」
と続けた。
「……いや! こんな格好で廊下はいやぁ!」
 美沙のなすがまま体を引き起こされそうになった真衣だが、じきにはっとしたような顔になり、激しく身をよじった。
 おむつにロンパース、それによだれかけという赤ん坊そのままの格好を強要されるくらいなら、いっそ丸裸の方がマシかもしれない。しかし、浴室でおしっこを溢れ出させた恥ずかしい部分、それも、飾り毛を一本残らず剃り落とされて童女と同じにされてしまった秘部を二人の目にさらして平気でいられるわけがない。しかも、丸裸のまま脱衣場から廊下へ追い出されたところへ、新聞店の集金のように突然の来訪者があったとしても、両腕が自由にならない真衣は、どこかの部屋へ逃げ込むこともままならないのだ。浴室で口にふくまされたおしゃぶりを咥えたまま丸裸で身をすくめる姿を誰かに見られたらと思うと、美沙の手を振り払わずにはいられなかった。
 だが、真衣が思わず取ったそんな行為さえ、二人は、真衣をますます赤ん坊扱いするための絶好の口実にしてしまう。
「ふぅん。裸ん坊でいるのが嫌なんだ、真衣ちゃんは。じゃ、お手々を離してあげる」
 美沙は、どこか含むところのありそうな口調で言い、いったんは体を引き起こしかけた真衣の手首を意外にもあっけなく離した。
「裸ん坊が嫌だってことは、真衣ちゃん、やっぱり、おむつが大好きになっちゃったってことね。いいわ。だったら、すぐにおむつをあててあげる。だから、おねだりしてちょうだい。大好きなおむつ、早く真衣にあててちょうだいっておねだりするのよ」
 美幸が両目をすっと細め、再びおむつの上にお尻を載せて横たわった真衣の顔を見おろして言った。
「ち、違う。おむつが大好きだなんて、そんなこと……」
「だったら、裸ん坊がいいのね? 裸ん坊で廊下に出てあんよのお稽古をするのね?」
「それは……」
「やれやれ、自分がどうしたいのか、それもわからないなんて、やっぱり真衣ちゃんはまだまだ赤ちゃんね。だったら、お風呂場でおしっこは出したけど、いつまたおもらししちゃうかわからないから、やっぱり、おむつをあててあげないとね。さ、おねだりしてちょうだい。おねだりしないんだったら、裸ん坊で廊下よ」
「……」
 選べるわけのない選択。
 だが、いつまでも黙りこくっていると、再び美沙が真衣の手首をつかもうとして腕を伸ばしてくる。
「……お、おむつ……」
 真衣は口にふくんだままのおしゃぶりをきゅっと噛み、二人の目を見ないようにして、今にも消え入りそうな声で言った。
「おむつをどうしてもらいたいの?」
 美幸が短く聞き返した。
「……おむつ……おむつをあててほしいの……」
「じゃ、やっぱり、おむつが大好きになったのね?」
「そ、そんなじゃ……」
「だったら、裸ん坊であんよのお稽古をしたいのかな? 誰かが急に来たら裸ん坊の真衣ちゃんが丸見えになっちゃう廊下で」
「……ま、真衣……おむつが大好きなの。……いつまでもおもらしの治らない赤ちゃんだから、だから、おむつが大好きで……真衣、美沙お姉ちゃんにおむつをあててほしいの。真衣の大好きなおむつを……」
 美幸に言葉で追い詰められ、美沙に腕力でねじ伏せられて、真衣にはそう応じるしかなかった。
「はい、よくできました。でも、一つ足りないわね。おむつをあててもらう前に、おむつかぶれのお薬を塗ってもらわないといけないんじゃなかったっけ? それもちゃんとおねだりしなきゃ駄目よ」
 ようやくのこと『おむつのおねだり』を言い終えた真衣だが、美幸はそれだけでは満足せず、更に屈辱にみちたおねだりを強要する。
 真衣は一瞬、恨めしげな目で美幸の顔を見上げたが、再び下唇の代わりにおしゃぶりをきゅっと噛みしめ、
「美沙……美沙お姉ちゃん。真衣に、お、おむつかぶれのお薬をつけてちょうだい。真衣、いつもおしっこでおむつを汚してばかりだから、おむつかぶれになっちゃって……だから、おむつをあてる前に、おむつかぶれのお薬をつけてほしいの。お願い、美沙お姉ちゃん」
と、よく注意していないと聞き逃してしまいそうになるほど小さな声で言って視線を落とした。
「うん、わかった。じゃ、おむつの前にお薬を塗っておこうね。ちょっとでも早く治るように、たっぷり塗ってあげる」
 真衣からの途切れ途切れの『おねだり』に美沙は相好を崩して大きく頷き、真衣を脱衣場へ連れて来る時に美幸と一つずつ分担して運んできたバスケットから丸い容器を二つ取り出した。
「たくさん塗ったからって早く効くわけじゃないけど……ま、いいか」
 それが幼なじみの下腹部を童女のままにしておくためのクリームだということを知らず、美沙が手早く蓋を開け塗り薬を指先にたっぷり掬い取るのを見て、美幸は苦笑を浮かべたが、もちろん口出にはしなかった。真衣の股間に二度と飾り毛が生えてこないようにするための脱毛クリームは、たとえ予定よりも早くなくなったとしても、知り合いの皮膚科の医師に話つけていくらでも用意することができる。それよりも、塗り残しになる部分がないようにすることの方が肝要だった。
「そうね、たくさん塗っておいてあげなさい。真衣ちゃんのあそこが少しでも早くつるつるになるように」
 美幸が少し皮肉めいた様子で口にした『つるつるに』という言葉の本当の意味に思い至る筈もなく、一番の親友の手でおむつかぶれの治療薬を股間に塗り込まれる羞恥に、真衣はぎゅっと目を閉じ小刻みに体を震わせて耐えるしかなかった。




 再び布おむつをたっぷりあてられてお尻をぷっくり膨らませた上からロンパースを着せられ、ボンボンの付いたソックスを履かされて、胸元を大きなよだれかけで覆わた真衣は、自分の意志では動かせない右手にガラガラを握らされ、浴室で口にふくまされたおしゃぶりはそのまま、美幸に手を引かれて脱衣所から連れ出された。
 向かう先は二階。
 美幸が先に立ち、美沙が後ろについて、二人に挟まれる格好で一段ずつゆっくり階段を昇りきってすぐの所、二階の廊下に沿って並んでいる五つの部屋の内、一番手前にあるのが真衣の部屋だ。
 ずっと家の中にいながら、自分の部屋どころか、階段を昇って二階までやって来るのが随分と久しぶりに感じられてならない。それに、この前ここへ来た時にはまだ年齢にふさわしい格好をしていたのだと思うと、やるせなさで胸が張り裂けそうになる。

「ほら、こんな所で立ち止まっちゃ駄目じゃない。小っちゃい子はもうおねむの時間なんだから、自分のお部屋へ行かなきゃいけないのよ」
 自分の部屋の前で脚を止めた真衣に向かって、後ろを歩いていた美沙が背中から声をかけ、さっさと歩きなさいとでもいうように、ロンパースの上からぽんとお尻を叩いた。
 そう、真衣が二階へ連れて来られたのは、『もうおねむの時間だから、自分のお部屋でねんねしましょうね』という美幸の言葉に従ってのことだった。早めの夕飯をとって少しテレビを見た後、入浴を終えて間もないから、普通に考えれば就寝には随分と早い時間だ。しかし、『小っちゃい子はもうおねむの時間』と美幸に決めつけられると、逆らうことはできなかった。
 そんなふうにして連れて来られた真衣だったが、自分の部屋の前で立ち止まったにもかかわらず、もっと先へ進むよう指図されて戸惑いの表情を浮かべてしまう。
「このお部屋も確かに真衣ちゃんのお部屋よ。でも、ここは、高校生の真衣ちゃんのお部屋なの。真衣ちゃん、明日からまた学校へ行くことになるんだけど、その時になるまではこのお部屋には入らなくていいのよ。だって、今の真衣ちゃんは赤ちゃんだもの。赤ちゃんが高校の教科書を見ても何が書いてあるのか難しくてわからないし、このお部屋には赤ちゃんの真衣ちゃんにお似合いのお洋服なんて無いもの。赤ちゃんの真衣ちゃんには新しいお部屋を用意しておいてあげたから、さ、こっちへいらっしゃい」
 真衣が立ち止まる気配を察して自分も少し先で脚を止め、こちらに振り返って美幸が手招きをしながら言った。
 その時になって真衣は、美幸と美沙がリビングルームで交わしていた会話の中に出てきた『真衣ちゃんの新しいお部屋』という言葉を思い出した。そう、確か美幸は美沙に「美沙のお部屋はこれまでの真衣ちゃんのお部屋に近い方で、真衣ちゃんの新しいお部屋は美沙のお部屋の隣にしたのよ」と話していた筈だ。
 そのことを思い出した真衣がおそるおそる隣の部屋に目をやると、はたせるかな、ドアの上の方に『美沙の部屋』と書かれた木製のプレートが取り付けてあった。そうして、どうして今まで気づかなかったのか、自分の部屋のドアにも、隣の部屋のドアと同じ高さの所に『真衣の部屋』というプレートが取り付けられているのが目に留まる。
「ほら、真衣ちゃんの新しいお部屋はこっちよ。早くいらっしゃい」
 なんとなく状況は把握したものの、それでも納得のゆかない表情で二枚のプレートを見比べている真衣に向かって、美幸が再び手招きをした。
「そうよ、こっちの二つは高校生のお姉ちゃんのお部屋なんだから、赤ちゃんの真衣ちゃんは新しいお部屋に行かなきゃ。一番奥がお父様のお部屋で、その手前がママのお部屋。真衣ちゃんの新しいお部屋は、ママのお部屋とお姉ちゃんのお部屋に挟まれたあのお部屋よ。さ、行きましょう」
 美幸の手招きを受けて、五つ並んでいる内の真ん中のドアを指差し、美沙はもういちど真衣のお尻をぽんと叩くと、後ろから真衣の背中を押すようにして歩き出した。
 そうされると、渋々ながらも真衣も脚を動かすしかない。

「ほら、ここが真衣ちゃんの新しいお部屋よ」
 覚束ない足取りで真衣が近づくのを待って、美幸が、それまでの他の部屋とは違ってドアの中ほどに取り付けてある木製のプレートを指差した。他の部屋のプレートには『真衣の部屋』や『美沙の部屋』と黒色の漢字で記してあるのに、そのプレートにはピンクの平仮名で『まいちゃんのおへや』という文字が書いてあった。
 そのネームプレートを目にした瞬間、真衣の胸を嫌な予感がよぎる。
事実、美幸がドアを大きく開け放った瞬間、真衣は、自分の予感が的中したことを実感せざるを得なかった。
「うんと可愛いお部屋に仕上げてちょうだいって、医院にも出入りしている内装工事の業者さんにお願いしたのよ。それに、ダイニングルームに置いてあった椅子と同じ、介護用ベッドなんかを取り扱っている業者さんにお願いして、新しいお部屋にお似合いの可愛い家具も特別に用意してもらったの。もちろん、真衣ちゃんも気に入ってくれるわよね?」
 美幸はそう言って、昨日リフォームが済んだばかりの部屋に真衣を押しやり、自分も足を踏み入れた。
「これだけ可愛いお部屋なんだもん、気に入るに決まってるよ。ね、真衣ちゃん?」
 二人に続いて部屋に入ってきた美沙が決めつけるように言った。
 だが、声を弾ませる二人とは対照的に、真衣は固く唇を閉ざし、小刻みに肩を震わせるだけだ。
 もっとも、真衣の顔がこわばっているのも道理で、その新しい部屋は、もともとの真衣の部屋とは似ても似つかぬ内装に仕立てられていた。部屋全体はパステルカラーの壁紙に覆われ、壁際には淡いピンクの木製のベビー箪笥が置いてあり、その横に様々な幼児用のオモチャが入った玩具箱が並んでいるのに加え、部屋のほぼ真ん中には純白のベビーベッドが据え置かれ、しかも、その真上の天井にはカラフルな色合いのサークルメリーが吊ってあるといった具合で、中学生や高校生の勉強部屋はおろか、幼稚園児くらいの幼児が使う子供部屋でさえもなく、赤ん坊の面倒をみるための育児室そのままに仕立てられていた。その上、部屋の中央に据えてあるベッドは、デザインこそ赤ん坊を寝かしつけるためのベビーベッドにして見えないが、サイズは、大人が寝ても決して窮屈ではないくらいの大きさになっているのが一目でわかる。
 真衣に弟や妹が生まれたら使うことになっていながら長きにわたって放置されていた部屋。その部屋が、新しく『まいちゃんのおへや』として、『赤ちゃん返りしてしまった真衣ちゃん』の世話をするための部屋に仕立て直されて、今まさに新しい主人を招き入れたというわけだ。

「さ、いつまでもそんな所にいないで、こっちへいらっしゃい。ふかふかの新しいお布団にねんねするのよ」
 こわばった顔で『育児室』の入り口に立ちすくむ真衣に向かって声をかけながら、美幸はベビーベッドの側部に付いている留め金を解除して背の高いサイドレールを倒し、ベッドの上に敷いてある真新しいベビー布団(とはいっても、ベビー用なのはデザインだけで、こちらもサイズは充分に大人用だ)をぽんぽんと叩いてみせた。
「そうよ、いつまでもこんな所で愚図愚図してないで、新しいベッドでねんねしようね。ほら、お姉ちゃんが連れて行ってあげるから、ちゃんとついてくるのよ」
 美幸がベビーベッドのサイドレールを倒すのと同時に、美沙が真衣の手首をつかんで歩き出す。
「い、いや、あんな赤ちゃんのベッドで寝るなんて、そんなの、そんなの……」
 そう言って拒み、首を横に振るだが、体格差がある上に両腕の自由を奪われている真衣はいとも簡単に美沙に引きずられてしまう。
「やれやれ、またそんなことを言ってる。本当に、同じことを何度言えば気がすむのかしらね、我儘真衣ちゃんは。お風呂からあがって、おむつをせがんだのは誰だったの? おむつかぶれのお薬をつけてちょうだいってお姉ちゃんにおねだりしたのは誰だったかのしら?」
 美沙は真衣の体を引きずってベッドに向かって歩きながら、わざと呆れたように言った。
「……ま、真衣。おねだりしたのは真衣だよ。でも、でも……」
 引きずられつつも真衣は時おり身をよじって美沙の手から逃れようとする。そのたびに、右手に握らされたガラガラからかろやかな音が流れ出て、真衣の羞恥をくすぐる。しかも、おしゃぶりを咥えたまま抗弁するものだから、唇の端からよだれが溢れ出て、胸元を覆うよだれかけのシミがますます大きくなってゆく。
「そう、赤ちゃんのベッドでねんねするのがそんなに嫌なの、真衣ちゃんは。だったら、いいわ。赤ちゃんのベッドが嫌なら、お外へ連れて行ってあげる。赤ちゃんのベッドを嫌がるってことは、真衣ちゃんはもう赤ちゃんじゃないってことよね。自分だけでなんでもできるお姉ちゃんだってことよね。だったら、お外へ行っても困らないでしょう? お友達のお家にでも行ってお泊まりさせてもらえばいいんだから」
 無駄だと知りつつも抵抗をやめない真衣に、美幸が冷たい声で言った。
 効果はてきめんだ。美幸がそう言った途端、さんざん嫌がっていたおしゃぶりを自ら口にふくむようになった時と同様、今回も、屈辱に満ちた表情を浮かべながらも、真衣は美沙につき従って歩き始めた。
「それでいいのよ。さ、ふかふかのお布団でねんねしようね」
 ついさっきの冷たい声が嘘のように美幸はぱっと表情を和らげ、もういちど大きなベビー布団を叩いた。

 二人に体を抱え上げられてベビーベッドに横たわらされた真衣だったが、普段に比べればずっと早いそんな時間に眠れるわけがない。
「あら、どうしたの? ママに添い寝してもらわないとねんねできないのかな、甘えん坊の真衣ちゃんは」
 育児室の真ん中に置いた大きなベビーベッドに寝かされ、拗ねたような顔をして天井を睨みつけている真衣に向かって、わざと気遣わしげに美沙が言った。
「でも、お姉ちゃん用の大きなベッドとは違ってベビーベッドには一人しかねんねできないから、添い寝はしてあげられないの。その代わりに子守唄を歌ってあげるから、それで機嫌を直してねんねしてちょうだいね」
 美沙の言葉を引き取って美幸が言い、すっと腕を伸ばすと、天井に吊ってあるサークルメリーのスイッチを入れた。色とりどりの小さな飾り付けがくるくる廻り出し、ガラガラから流れ出るのによく似たかろやかな音色が優しいメロディーを奏で始める。
 途端に、それまで険しかった真衣の表情がふっと緩み、天井を睨み付けていた目が穏やかになる。
「♪ねーむれ、ねーむれ、はーはのむーねーに――♪」
 真衣の顔に表れた変化を見て取った美幸は、満足そうな笑みを浮かべると、真衣のお腹をぽんぽんと優しく叩きながら、涼やかな声で子守唄を口ずさんだ。
 と、真衣の顔にどこかうっとりしたような表情が浮かんで、瞼がゆっくり閉じ始める。
 真衣が自分の意志に反していつのまにか眠りに誘い込まれそうになっているのは、後催眠と呼ばれる一種の精神療法のせいだった。患者を催眠状態に置いた上で何らかの指示を与えておき、催眠状態が解けた後に或る合図を送ることによって、その合図をきっかけに、患者にそれと意識させないいまま、催眠時に与えられた指示通りの行動を取らせることができる。これを後催眠と呼ぶのだが、美幸は、この三日間に渡り、真衣に対して様々な器具を使って後催眠の下準備を着々と進めてきていた。美幸は真衣が目を覚ましそうになるたび鎮静剤を投与して強引に眠りにつかせていたわけだが、その際、真衣の意識が薄れてゆく僅かの間に、予め録音しておいたサークルメリーの音を聞かせると同時に、真衣のお腹をぽんぽんと優しく叩きながら、甘い声で子守唄を歌って聞かせるという行為を何度も繰り返し行っていたのだ。そうすることで美幸は、熱が下がって意識を取り戻す頃には、サークルメリーの音が流れる中、お腹を優しく叩かれて子守唄を聞かされると、自分の意志とはまるで無関係に気分が和らぎ、そのまま眠りにつくという習性を真衣の精神の奥底に植え付けたのだった。
 こうして美幸は真衣の眠りをも自分の管理下に置くことに成功していた。そう、今まさに真衣が眠りにつこうとしているのも、美幸の企みによって知らぬ間に身に着けさせられた習性のためだった。
「そうよ、そのままねんねすればいいのよ。楽しい夢を見ながらぐっすりねんねしなさい」
 もう少しで瞼が完全に閉じるという頃合いを見計らって、美幸は真衣の耳元に甘ったるい声で囁きかけた。そうして、まだ真衣に幾らか意識が残っているのを確認した上で
「それに、おねむの間におねしょしちゃっても、ママか美沙お姉ちゃんがおむつを取り替えてあげるから心配しなくていいのよ。ただ、添い寝をしてあげられないから、真衣ちゃんのおむつが濡れてもママや美沙お姉ちゃんにはわからないの。だから、おねしょしちゃったら、すぐママかお姉ちゃんを呼んでちょうだいね。ほら、ここにマイクが付いてるでしょう? 真衣ちゃんが夜泣きしてないかどうかママたちの部屋で確認できるように取り付けておいたの。このマイクを通してママとお姉ちゃんのお部屋に真衣ちゃんの声が聞こえるようになっているから、すぐに呼ぶのよ。じゃないと、おむつからおしっこが横漏れして、せっかくの新しいお布団が汚れちゃうかもしれないから。せっかくのふかふかのお布団を濡らしちゃったら、大変だもの。だから、すぐに呼ぶのよ」
と、ベビーベッドの枕元を指差して説明してから、あらためて子守唄を歌い出した。

 サークルメリーの優しいメロディと美幸が口ずさむ子守唄とのハーモニーに抗しきれず、真衣が瞼を閉じ、やすらかな寝息をたて始めるのに、それからさほど時間はかからなかった。
「あらあら、ママにお腹を叩いてもらって子守唄を歌ってもらうだけでこんなに簡単にねんねしちゃうなんて」
 あれだけ恨めしげに天井を睨みつけていたくせに美幸の手にかった途端いとも簡単に寝かしつけられてしまった真衣の様子に、美沙が半ば呆れたように言った。
「だって、真衣ちゃんは赤ちゃんだもの。ママに寝かしつけてもらったらすぐにねんねしちゃうのが当たり前よ。ほら、見てごらんなさい。おしゃぶりをちゅうちゅう吸いながら気持ちよさそうにねんねしてるところなんて、本当に赤ちゃんそのものよ」
 真衣の寝息を確認して子守唄を歌うのをやめた美幸が、にっと笑って応じた。
「そうね、本当に気持ちよさそうにちゅうちゅうしちゃって。こんな真衣ちゃんが本当は私の幼なじみで、一年近く私より年上だなんてね」
 美沙は苦笑交じりに言い、眠りにおちた真衣の唇から力が抜け、おしゃぶりが落ちそうになっていることに気がつくと、ベビー箪笥の上に置いてある小物入れからおしゃぶりストラップを取り出し、紐の端をおしゃぶりのリングに通して固く結わえ、もう一方の端についているクリップをよだれかけの縁に取り付けた。
「これでいいわね。これで、おしゃぶりが口から離れてもベッドから落ちちゃう心配はないわね。それにしても、十一ヶ月年上の幼なじみが今じゃ赤ちゃんなんだから。それも、私たちがいないと何もできない赤ちゃんなんだから」
 美沙は、おしゃぶりストラップのクリップを取り付けたよだれかけの上から真衣の胸をつんとつつき、なんとも表現しようのない笑みを浮かべた。




 時計のない真新しい『育児室』。カーテンの向こうが真っ暗だからまだ朝でないことだけはわかるものの、今が何時ごろなのか、およその見当もつかない中、真衣は目を覚ました。もうサークルメリーのスイッチも切れて、部屋の中はしんと静まり返っている。
 目が覚めたのは、下腹部から伝わってくるぐっしょり濡れた感触のせいだった。
 これまで使っていた紙おむつなら、全ては無理としても、おしっこのかなりの部分は高分子吸水材が吸い取ってゲル状に固めてくれていたから、じとっと湿った感じはあったものの、ひどく気になるほどではなく、夜中におねしょをしてもそのまま朝までぐっすり眠っていた。だが、美沙の手であてられた布おむつは紙おむつと違い、おしっこを吸ったおむつがぐっしょり濡れて肌に貼り付き、自分が恥ずかしい粗相をしたという事実を嫌でも実感させられてしまう。深い眠りにおちて意識しないままおしっこを溢れさせたとしても、下腹部全体を包み込むぐっしょり濡れた感触のせいで、すぐに現実の世界に引き戻され、目を覚まさせられてしまうのだ。しかも、時間が経てば経つほど、おしっこを吸った布おむつが冷えてきて、なんとも表現しようのない不快感を覚えずにはいられなくなってくる。その上、美沙の手で恥ずかしい部分に何度も薬を塗り込まれた感触が妙に鮮やかによみがえってきて、いつまでも濡れたおむつのままでいると、恥ずかしいおむつかぶれがますますひどくなってしまうのではないかという不安にかられ、どうしようもなくなってくるのだった。
「マ、ママ……美沙お姉ちゃん……聞こえてるんでしょ? 聞こえてるんだったら、お、おむつを取り替えて」
 渋々ながらも意を決した真衣は、自分が寝かされている大きなベビーベッドの枕元に取り付けてあるマイクを通して美幸と美沙に助けを求めた。
 だが、二人からの返答はない。
「聞こえてるんでしょう? 真衣の声、ママとお姉ちゃんに聞こえてるんでしょ!? だったら、早く……」
 注射された薬剤の効き目がまだ薄れていないため、体を起こすことはできない。それに、もしも立ち上がれたとしても、背の高いサイドレールは内側からは倒せないような構造になっているから、ベビーベッドから床におり立つことは不可能だ。しかも、強引に体を動かした拍子におむつカバーからおしっこが横漏れして真新しい布団を汚しでもしたら、それを口実にまたどんな仕打ちを受けるか知れたものではない。
「早く来てよぉ。真衣のお部屋に来て、早くおむつを取り替えてってば……」
 いくら呼んでも姿を二人が現さないどころか一言の返答もないことに、真衣の顔には次第にあせりの色が浮かんできて、マイクに向かって呼びかける声も涙声になってくる。
「早くってば……おむつが冷たいよぉ。や、やだよぉ。こんなの、やだよぉ……ひ、ひっく……ひっく、う、うぇ〜ん……ママぁ、お姉ちゃん……うぇ〜ん、ぁん、ぁああん……」
 遂に真衣は身をよじって泣き声をあげてしまった。
 右手に握らされたたままになっているガラガラが小さく震えて、しんと静まり返った部屋の中にかろやかな音色がさざ波のように広がってゆく。おしゃぶりが口から離れて頬の横に落ちたが、美沙が用意したおしゃぶりストラップのせいで、それ以上はどこへも転がって行かない。
「ああん、あぁん、うぇ〜ん、ひ、ひっく……」
 いったん泣き出すと、これまで受けてきた数々の屈辱的な仕打ちとも相まって更に感情が高ぶり、気持ちを鎮められなくなる。真衣は、今は動いていないサークルメリーを見上げ、それこそ火がついたように泣き始めた。

 美幸と美沙が姿を現したのは、真衣が手放しで泣き始めた直後のことだった。
 二人揃って部屋に入ってきたタイミングを考えると、美幸と美沙とで予めしめし合わせていたとしか思えない。おそらく美幸と美沙は、真衣が二人に言葉で助けを求めるのを諦めて赤ん坊のように泣き始めるまで育児室に足を踏み入れないよう、前もって申し合わせていたのだろう。
「あらあら、どうしたの、真衣ちゃん? 怖い夢でも見たのかな」
「それとも、喉が渇いたのかしら。真衣ちゃん、一日に何度もおむつを汚しちゃうから、そのぶん喉が渇くのも早いんじゃないかな」
 あれだけマイクを通して「おむつを取り替えて」と哀願したのだから、真衣が泣いている理由を二人が知らないわけがない。なのに美幸も美沙も、本当の理由にはまるで見当もつかないかのふうを装った会話を交わしながらベビーベッドにゆっくり近づいた。
「怖い夢を見たとしても、もう大丈夫よ。ママもお姉ちゃんもいるから安心なさい。そうそう、真衣ちゃんの大好きなサークルメリーを廻してあげるわね。この音を聞けば楽しくなって、怖い夢のことなんてすぐに忘れちゃうわよ」
「湯冷ましを用意してあげるから、たくさん飲むといいわ。すぐに哺乳壜をあげるから、上手にちゅうちゅうするのよ」
 大きなベビーベッドの傍らに立った後も真衣が泣いている本当の理由には気づかないふりを続け、サークルメリーのスイッチを入れたり、ポットのぬるま湯を哺乳壜に入れたりしつつ、互いにそっと目配せを交わす二人。
 一方、高校生の身でありながら赤ん坊そのままの格好を強要され、特製の大きなベビーベッドに寝かされた真衣の感情の昂ぶりが鎮まる気配はまるでない。むしろ、サークルメリーのかろやかな音を聞かされたり、哺乳壜の乳首を唇に押し当てられたりと、更に赤ん坊扱いされて、羞恥と屈辱に、ますます泣き声が大きくなるばかりだ。
「何をむずがっているのかしら、真衣ちゃんたら」
「本当、いつまでもご機嫌斜めなんだから、手間のかかる子だこと」
 美幸は真衣の右手に自分の手を添えてガラガラを振らせ、美沙は湯冷ましの入った哺乳壜を支え持ったまま、いつまでも泣きやまない大きな赤ん坊の顔を見て二人はもういちど目配せを交わした。
 そうして、おもむろに美幸が美沙に話しかける。
「美沙は幼稚園か保育園の先生になりたいのよね? だったら、まだお喋りのできない赤ちゃんが何をしてもらいたがっているのか、泣き声から判断する練習もしておいた方がいいんじゃないかしら。幼稚園はいいとしても、保育園だったら、二歳児クラスがある所も多いし、新生児から預かる所も少なくないらしいから」
「たしかに、ママの言う通りね。じゃ、どうして真衣ちゃんが泣きやまないのか、考えてみるね。えーと、ママと私が近くにいてサークルメリーの音が聞こえているのに泣いているってことは、寂しいわけじゃないわよね。それに、たぶん、怖い夢を見て私たちを呼んだわけでもないということね。それと、哺乳壜を吸わせてあげても湯冷ましを飲もうとしないところを見ると、喉が渇いているわけでもなさそうだし。季節柄、部屋の温度もちょうどいい感じだし、あと考えられるのは――」
 美幸に言われて美沙はわざとらしく思案気な表情を浮かべ、しばらくしてから
「あ、おむつかな。ひょっとしたら、おむつが濡れてお尻が気持ち悪いんじゃないかしら」
と今更ながら気がついたように言って哺乳壜をベビーベッドの枕元に置くと、掛布団をぱっと捲り上げてロンパースの股間に並ぶボタンを手早く外し、おむつカバーの中に指を差し入れた。
「やっぱりだ。おむつ、ぐっしょり濡れちゃってる」
 最初から結果を知っているのだから当然のことながら、おむつカバーの中に指を差し入れてすぐ、美沙は美幸と真衣の顔とを交互に見て言った。
「そう、おむつだったの。泣いてばかりだからどうしてもらいたいのかわからなかったけど、さすが、お姉ちゃんだわ。これなら、保育士さんになって新生児クラスをまかされても大丈夫ね」
 こちらも真衣が泣いている理由を充分に承知していながら美幸は美沙を褒めそやし、改めて真衣の顔を見おろして言った。
「よかったわね、真衣ちゃん、お姉ちゃんにわかってもらえて。ちょっと泣くだけで真衣ちゃんがどうしてほしいのかお姉ちゃんにはお見通しみたいだから、この調子だと真衣ちゃん、お家の中じゃ、おむつを取り替えてほしいとかミルクを飲ませてほしいとか、いちいち言葉に出して言わなくてもいいんじゃないかな。うん、そうね。美沙お姉ちゃんが保育士さんになるためのお稽古にもなるから、これからは真衣ちゃん、何かしてほしいことがあったら泣いて知らせなさい。つまり、お家の中じゃお喋りは禁止ってこと。わかったわね?」
 それまで泣き続けていた真衣だが、有無を言わさぬ調子で決めつける美幸の言葉に怯えの表情を浮かべ、力なく首を振った。両目からぽろぽろ涙を流しながら弱々しく首を振る姿は、母親に叱られていやいやをする幼児さながらだ。
「嫌がっても駄目よ、ママが決めたことなんだから。それでも、どうしても嫌だっていうんだったら、真衣ちゃんを聞き分けのいい子にするためにお仕置きをしなきゃいけなくなっちゃうわね。ママも可愛い真衣ちゃんにお仕置きするなんて嫌だけど、お父様が出張中に真衣ちゃんが我儘ばかり言う子になっちゃったらママの責任だから、厳しくしないとね。――濡れたおむつのままお外に立ってどうすればいいか考える? それとも、お家の中じゃお喋りをしないって約束する?」
 美幸は、真衣の頬を両手の掌で包み込むようにして首を振るのをやめさせ、真衣の顔を正面から覗き込んで問い質した。
 美幸の全身から漂い出る威圧感に気圧され、知らず知らずのうちに泣き声が小さくなり、涙も止まって、真衣はいつしか泣きやんでしまう。
「約束できる?」
 美幸はもういちど、語気を強めて訊いた。
 だが、真衣からの返事はない。
「じゃ、お仕置きがいいのね。お外に立っていたいのね?」
 美幸は更に語気を強め、念を押すように言った。
「い、いや……お仕置きはいや……」
 真衣の顔に浮かぶ怯えの色がますます濃くなる。
「お仕置きがいやだったらどうすればいいか、お利口な真衣ちゃんにはわかっているわよね?」
 美幸は、一転して優しい声で訊いた。
「や、約束する。約束するから……」
 約束するからお仕置きは無しにして。そう懇願しかけた真衣だったが、美幸の瞳に宿る妖しい光を見た瞬間、言葉で許しを乞うても聞き入れられそうにないことを直感した。
 今の真衣にできるのは、ぎゅっと瞼を閉じて再び泣き声をあげることだけだった。
「ひ、ひっく……ぁあん、うわぁぁん……」
 いったんは泣きやんだ真衣だったが、再び涙がこぼれてきた。最初は泣き真似だったかもしれないが、言葉さえ奪われて泣くことでしか意志を表示できなくさせられる屈辱に胸が張り裂けそうになって、じきに、演技でもなんでもなく、心の底から手放しで泣き始めてしまう。
 だが、美幸はまだ満足しない。
「元気に泣くのはいいけど、なんだか、幼稚園とか保育園のお姉ちゃんみたいな泣き方ね。真衣ちゃんはまだパンツのお姉ちゃんじゃないでしょう? おむつの赤ちゃんなんでしょう? 赤ちゃんはどんな泣き方をするんだったかな。よく思い出して、ちゃんと赤ちゃんらしく泣かなきゃ駄目よ。もしも赤ちゃんの泣き方がわからないんだったら、今から知り合いの産院に連れて行ってあげようか? 生まれたばかりの赤ちゃんと一緒に新生児室で赤ちゃんらしい泣き方をお稽古させてあげてもいいのよ」
 美幸は膝を折り、腰をかがめて、真衣の耳元に囁きかけた。
 瞬間、部屋の中がしんと静まり返る。
 だが、その直後、再び真衣の泣き声が響き渡った。
「……ゃあ、ほ、ほぎゃぁ……おぎゃ、おぎゃあ……」
「そう、それでいいのよ。真衣ちゃんは赤ちゃんだもの、お家にいる時はどんなことでも泣いて知らせるのよ。でも、お出かけの時はちゃんとお喋りさせてあげる。だって、お出かけの時はパンツのお姉ちゃんにならなきゃいけないんだから」
 美幸は、真衣が赤ん坊を真似て泣き出したしたことでようやく満足そうに微笑み、美沙の方に向き直って言った。
「いいわね、美沙。これがおむつが濡れた時の泣き方だから、これからは、真衣ちゃんがこんなふうに泣いたら最初におむつの具合を確かめてあげてちょうだい」
「うん、わかった。あと、お腹が空いた時の泣き方や、おむつかぶれでお尻が痛かったり痒かったりする時の泣き方なんか憶えるよう頑張るね」
 赤ん坊そのままの真衣の泣き声に耳を傾けながら、美沙は大きく頷いた。
「それでこそ、頼りになるお姉ちゃんね。それに比べて、真衣ちゃんはいつまでも手間のかかる赤ちゃんなんだから。でも、それが可愛いんだけど」
 美幸も大きく頷き返し、二人はくすっと笑い合った。

 真衣はその後も、おねしょでおむつを濡らしては目を覚まし、泣き声でおむつの交換をせがむということを朝になるまで何度も繰り返し強要された。
 高校生なのに、いつまでもおむつの外れない赤ん坊として扱われる、それまで想像さえしたこともない新たな『日常』。
 けれど、美幸の出現と共に新しく始まった生活が本当に偽りの日常なのか、それとも、これまで送ってきた高校生としての日々こそが偽りだったのか。いつしか真衣の中では、判然としなくなりつつあった。
 朝になって太陽の光を浴びれば、またいつもの日常が始まるかもしれない。しかし、始まるに違いないと信じるに足るだけの根拠はどこにもない。
 今はただ、美幸にガラガラであやされながら美沙の手でおむつを取り替えてもらうしかない真衣だった。



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